「お前は雷光虫の扱いが変というかおかしいというか……」
「そう?」
「あぁ、酷使するような使い方はどうにかならないのか?」
――――昔から私は周囲と少し違った。
「へぇ…金色の甲殻…ふぅん……」
「……なぁに?」
「うぅん、何でもない」
――――特別意識は無い。あったのは私だけが違う、という疎外感。
「お前本当に俺の娘か…?」
「……」
――――気が付けば親には見捨てられるように距離を取られていた。
「……何?」
「い、いや何でも…」
「ならこっち来るなよ」
――――同種には年を経るにつれ避けられるようになった。
「この甲殻がダメなの…?この鱗がダメなの……?」
――――いつしかそんな立場に嫌気がさし、自ら甲殻を削ったことも、鱗を剥いだこともあった。
「うぅ…痛い…痛いよ……」
――――そして夜、あまりの痛みに独り泣く。弱さは見せまいと、誰にも話さずに。
「……んっ」
――――いつしか自慰がストレスを発散させる、ただ一つの手段となっていた。
恥ずかしい事だとは何となく分かっていた。しかしそれでもやめる事は出来なかった。
「グルゥウウ!!」
――――滅多に無かったが、今まで生きてきた中でハンターに対面した事が数度。
「ジンオウガ…じゃねぇ!?なんだコイツ!?」
「俺が知るか!モンスターリストにも載ってねぇし新種じゃねぇか!?」
初めて対面したのは成竜になる一歩手前、暇つぶしに洞窟を散歩していた時だ。
それぞれが大きな声を出し、こちらに武器を振るってきた記憶がある。
その後の記憶は薄い。
覚えているのは必死になって、全力で暴れたことぐらいだろうか。
――――きっとその時の恐怖から体を丸めて眠るようになったのかもしれない。
いや、もしかしたら独りだと、そう自覚した幼き日からだったのかもしれない。
――――そもそも私はいつから独りだったのだろうか。
否、私は初めから独りだったのだ。
ふと、目の前が歪んだ。
私は自嘲するようにため息を一つ。
目から水分を零さないようにそっと目を閉じると、そのまま深い眠りについた。
一夜 金色の狼娘
渓流周辺<朝>
秋の中頃らしい朝冷えに、ハンター達が毛布を深く抱く時間。
人間が渓流エリア7と、呼称する場所から見える対岸に一匹の竜が寝転がっていた。
其の竜は金雷公ジンオウガ。
周辺集落にてその存在を認知され、警戒されている竜である。
●●●
「ぅ………?」
ふと寒さに目が覚めた。
寝ぼけたままに辺りを見回す。
あまり働かない頭でぼんやりと、霧が深いなぁ…などと思いながら。
「くぁ……ん」
今日も特にすることはない。
大きくゆっくりと欠伸をする。
働かぬ頭で何をしようかと考えれば、
バチッ
「ゥ?」
突如背中の雷光虫達が放電を始めた。
欠伸の時に蓄電殻が緩んだらしい。
「あ、拙い拙い!えっと、何でもない、何でもないから!」
背の蓄電殻を閉じればいいだけなので声を出しても意味は無いのだが、思わず吠えてしまう。
それがまた背に潜む雷光虫を刺激してしまったようで。
悪い事に辺りに飛んでいた雷光虫までもがその雷に反応して活性化し始める。
「……逃げよ」
そのことで完全に目が醒めた私は、その場から一目散に逃げ出した。
●●●
息を切らして登った岩山、眼下に見えるのは先程刺激してしまった雷光虫が騒ぐ水辺である。
「うわー騒ぎになってるよー…人間もそろそろ来そうだし……」
まだ朝だというのに、雷光虫に驚いた鳥竜共がギャーギャーと騒ぎ立てている。
霧の晴れた今では、対岸からよく目立つ事だろう。
漁に来た人間なら確実に気付く。
「…人間に見つかったら面倒、というかホント何だろう?」
以前は寒さが和らぎ始じめた頃だった。
自分でもよく分かっていないが、それぐらいの周期で蓄電殻の制御がうまく出来なくなる時がある。
そしてそれが、どういう訳かしばらくの間続くのだ。
これが始まると無性に吠えたくなるから困ったものである。
昔、気になって調べた事があるのだが、親にも頼れなかったので、結局は分からず仕舞いだった。
「――――よし、お腹空いた」
考えても無駄。そう結論すると眼下の水辺から目を逸らし、捕食対象を探すことへと意識を切り替えた。
○○○
ハチミツを採りに来ていた二匹の野良アイルーは、偶然その場を目撃する。
目の前が金色に光ったと思うと、一瞬でそこにいたガーグァが消えたのだ。
しかし、近くにいた仲間のガーグァ達はまだ気が付いていない。
大型モンスターが近くにいただけで過敏に反応し、逃げ出すという、あのガーグァが、だ。
「ニャ、ニャ?」
思わず相方を見れば、その相方もこちらを見ていた。
その顔と目線の意味は分かっている。
“何が起こった……!?”
それだけというかそれしか浮かばない。
あまりの恐怖ゆえか全身の毛という毛が逆立っている。
必要量のハチミツはまだ採り終えてないが、相方と頷き合うと一目散にその場から逃げ出した。
ちゃんとハチミツを入れた籠は持って、だが。
しかしそこら辺は薄情な相方。こちらの事は完全に無視で目の先を全力疾走中だ。
重い荷物を背負うこちらはその十歩後ろ。
…絶対後で怒る!死ぬほど怒るにゃ!!
そんな後の事を考える最中、
「……にゃ?」
ふと、何かの匂いが鼻孔を擽る。
それは形容し難い、とても良い香りだった。
○○○
ガーグァを銜えたまま岩山に登り終えると、先の失態に悶え転がる。
……あぁぁぁぁあああ!な・ん・であそこで放電しちゃうかなぁぁぁ!
蓄電殻が緩んでいることを完全に失念していた。
いつものように全速力ですれ違いざまに獲物を狩ってみれば、喉を噛み千切る瞬間に放電してしまうとは。
「気付かれた……絶対気付かれたよあれ…!しかもアイルーの姿も見えたし…ハンターに言われたらどうしよう!?」
―――実際はハンターのオトモではなく、金雷公のことを知らない野良アイルーなのだが、一度被害妄想を始めると止まれなくなるのは良くある事。
さて、もうお気づきだろうか?周辺集落で警戒されているこの金雷公だが、実情は“戦闘を怖がる臆病者”なのだ。
幼竜の頃から頼れる者はなく、外敵からは逃げるように生きてきた。
当然、戦闘などが得意な筈が無い。
已むを得ず戦闘するのは、自らがこれ以上逃げられない時か、戦わないと殺される時ぐらいだろう。
そんな金雷公はぐったりと身を伏せ、深くため息を吐いた。
「はぁ…住処変えたくないな……」
割と慣れ親しんだこの地を離れるのは精神的にキツい。
とは言っても居ついたのは二年前だったが。
「……ま、まぁハンターが来ないかもしれないし、来たら考えよ……」
これは前向き、というよりもこうだったらいいな、という願望の方が強い。
頭の奥では直接発見されると手遅れだと理解している。
だが住み着いた地には愛着が湧くもので、ここから離れたくは無かった。
「うん、その時考えればいいよね」
自分に言い聞かせるように口に出して言うと、爪でガーグァの羽を処理することにした。
○○○
渓流<昼>エリア6
「がぁ……!?」
「あぁ、もうダメ!!撤退よ撤退!!ギルドに報告するのよ!!」
叩きつけた尻尾を食らって倒れたハンターを担ぎ、傷だらけのリーダーと思われるハンターが喚き立てるのを遠くから見ていた。
どうやら逃げるらしい。
こちらはそのハンター共に向かって嘲りの意を含めて吠える。
「ハッ、ザマァ――!!」
きっとあいつらには込めた意など理解出来ないだろうが、理解するしない、ではなく、やったかやってないか、という点が大事なのだ。
するとハンターたちが逃げる速度を上げた。
その様子にゲラゲラと笑い転げる。
「あー楽しかった。弱小ハンターの馬鹿共は何しに来やがったんだ?あぁ?」
孤島へと飛んでいた時、ふと下を見ると、
「あ、そうだそうだ。おーい、無事かぁ?ってあら?」
ふと、通常種に目を向けると、水たまりに倒れている。
耳を澄ましてみれば、呼吸音が聞こえない。ただの屍のようだ。
元々助ける気は無かったが、こうもあっさり死なれては興醒めである。
「…大方死因は俺のせいだろうが」
心当たりしかない。
なにせハンターはそちらに攻撃する暇はなかったのだから。
恐らくは暴れた際に尻尾でも当たったのだろう。
「ま、死んだ方が悪い、だな」
開き直るように結論し、元の目的である孤島へ飛び立とうと――――
「おぉっと?」
鋭い聴覚が金属音と水の跳ねる音、そして人間特有の呼吸音を聞き取った。
「まーだいんのか?んじゃもうちょっと遊ぼうかね」
巣に帰ってもやる事は無い。
ハンターがまだいるならばそいつで遊ぼう。
そう考えると歯をガチガチと鳴らした。
其の竜は迅竜の変異体、白疾風。
その中でもモガの村にて問題視されている、通称“刃割の白”
「さぁて、いきますかァ!!」
毛の色と、右の刃翼が割れていることからつけられた綽名である。