人の仲直りの仕方はそれぞれです。二匹の場合は金が白の後ろから近寄り…
……このあと滅茶苦茶セックスした(声を大にして)
ではでは、気が付けば連載から一年経過の21夜です。
二十一夜 昼月
――――頭が痛い。
ズキズキと角の根元辺りが痛み、顔を顰めた。
……白…?
腹のあたりに細い何かが巻き付く感覚。
浮遊感から、どこかへ移動しているのかと考え、目を開けてどこに行くのかと白に呼びかけようとする。
「ん…」
「グルァ……」
「―――ウ?」
いつもより重たい瞼を上げれば、見たことのない空を飛んでいた。
上には遥か遥か青い空。眼下には白い雲が海のように広がり、甲殻を叩く風に痛みに近い圧迫感を得る。
通常の羽ばたきは元より滑空中はいつもよりずっと速く、ここまでの速度を経験したのは初めてだった。
「グルル…ガァ……」
「ひっ」
顔をあげれば白によく似た見たことの無い竜がこちらを覗き込んでいた。
紺色の瞳を向けられているが、そこから感情を読み取ることはできない。
「きぅ―えるら――?………ガァガラララ……シュギギィイイイ……ルゥ゛アアアア…」
「…?」
何かを絶えず喋る、その竜のコロコロと変わる鳴き声に恐怖を覚える。
が、暴れようにも体が重いし、ここがどれぐらい高いのかもわからない。
大人しくしているのが賢明だと判断し、怯えながらもどうしようか考える。
「ギィィイイ……ゥォオオオオ……これなら聞こえるかな?」
「!?」
突如聞こえた若く、鈴を転がすような美しい声。
それが白によく似た竜から発せられたと気付くのに、少しの間が空く。
「お、この鳴き声がいいのか。ふーん、牙竜種のが通じないとは渡り竜ね。元はとうの昔に忘れちゃったかな?」
随分と話す竜だ。
心地の良い声だが、何故か背筋が凍る。
発言に気を付けつつ、とりあえず第一の質問を飛ばすことにした。
「…誰?」
「おぉっと言ってなかったね。そうだねぇ…星って呼んで」
「セイ?セイってどこかで聞いた…名前……」
思い出そうとしてみれば、白の言葉が脳内で再生される。
『…星って言う名前の師匠に色々教わったのさ』
「白の…師匠……?」
「…成程、あの子は白と呼ばれているのか」
「……」
「あらら、そーんな硬くならなくてもいいんだよん?別に取って食おうって訳じゃないからね」
信用に足るものが無い、という表情をどう出せばいいのか。
「白は?」
「ちょっと置いてきた。君一人で私と一緒に旅行だよ。嫌かな?」
「……嫌じゃない」
こちらを見る紺色の目に刻々と不穏なモノが混じっていくのを感じて、口を閉じることにする。
「…あれ、警戒されてる?」
こちらがそう思っていることを確信していると分かる程に口調が笑っていた。
ある程度飛んだからかセイが滑空を始めるが、その際に引っ掛かるように触れただけの甲殻が容易く両断されるのを見て息を呑む。
肉に届くまで刃は入らなかったものの、こうもあっさり命を守り続けた甲殻を切られては警戒を強める他ない。
白が首を容易く両断する様子を見ているのだ。あの切れ味より上ともなると、気分を損ねては抵抗の余地すらなく切り刻まれる。
―――金雷を纏わせて打ち込んだ腕が刃に当たって両断される想像をしてしまい、軽く涙目になった。
「…訊い゛ていぃ?」
「何で涙声なのか分からないけど…いいよ。話すのは好きなんだ」
「どこに…行くの?」
とてつもない速度で飛行し続けるセイに、一番気になる事を訊く。
速度は白より速く、孤島に渡る時よりずっと長く飛び続けているのだ。
白い雲で隠されているので地は見えず、いつも頼りとしている匂いはこの竜から漂う花のような香りで全く分からない。
経過した時間も分からず、お手上げだ。
「どこに行くって…山」
「え」
「山」
……山?
山に良い思い出は無い。
変なのに追い回されて殺されかけたり、足を滑らせて死にかけたり。
果てには
そんな不満たらたらなこちらの雰囲気にセイからきっぱり一言。
「嫌だったらここで落としてもいいんだけど?」
「…ここってどれぐらい高いの?」
「うーん、落ちたら肉片になるぐらいには高いね」
「い、嫌じゃないから落とさないで…」
何故だろうか。心なしか体に巻き付く尻尾が緩んだ気がする。
気を損ねたと思い、即座に口を閉ざした。
落ちる想像が頭から離れず、死の恐怖に視界が歪む。
…沈黙のまましばらく飛行が続き、今度はセイが口を開いた。
「…質問はおしまい?」
「……うん」
「じゃあ私から質問していい?」
「………うん」
「あの、質問とは別にさ…怖い?」
「うん」
「即答かぁ」
尻尾がまた緩んだ。
恐怖が増し、横隔膜が震える。
そんな様子を尻尾で感じ取ったのか、セイがこちらの顔を覗き込んできた。
「…震えてるね。死ぬのは怖い?」
「……怖い…と思う」
「思う?」
「死んだことないから…怖いけど……よく分かんない……」
知っていて怖いのと、知らなくて怖いのは違う。
死ぬのは怖い。死ぬぐらいなら逃げたいし、泣きたい。
でもそれと
逃れられぬ恐怖。存在自体が心を抉り、体を縛るその怖さは、それとまた違う。
だから死ぬまでその怖さの正体が分からない。不思議を胸に抱いたまま、死んでいくのだと思う。
そして…多分分からないところで答えが見つかる。
「死ぬのは……不思議だと思う。けれど…当然なのだとも思う」
「ふぅん、そりゃ面白い考え方だ」
「……でも怖いのは、直ってくれないね」
「君の考え方通りなら、怖くても仕方がないのさ」
心なしか尻尾が締まった気がした。
「…更に質問をいいかい?」
「……うん」
「その金色の甲殻…嫌い?」
セイの言葉に一瞬体が固まった。
ただ白と出会ったばかりのような過激な反応はしない。
訊かれて驚くだけに済んだのは、自らが違うという事を必死に忘れて過ごしていたのではなく、違うという事を共有して過ごしていたから。
「今は……嫌いじゃない…かな」
「…そう。今は、か」
この言葉に対する反応は無い。
唯一言えば、セイの顔に少しばかり表情が浮き出てきたことぐらいだろうか。
その表情は嫉妬。向けられても困る感情だった。
次の羽ばたき後には表情は消えてしまうものの、今の顔は忘れられそうにない。
「うーん、面白いね。言葉はあの子に習った?」
…どうも訳の分からぬ私より、セイの方が訊きたいことが多いようだ。
「ううん…白と会う前から……」
「?」
「違う竜に……習った」
「ん、なのにあの子と話せてるの?」
「そう」
「……あの子この鳴き声話せたっけ…?」
不思議に塗れた口調だがその理由は分からない。
しばらく沈黙が続き、風を切る音が耳を占領する。
「…そう言えば君の名前訊いてなかったね」
セイの言葉に顔を上げた。
名前…名前か。
「金。金が私の名前」
「金?それは…甲殻の色と関係してる?」
「白が…つけてくれた」
「……へぇ、金とあの子は似てるね」
似てる?
姿かたちは違う。性別も違う。色も何もかも違う。
一体何が似ているというのだろう?
「さってと。そろそろ遊ぼっか」
「え?」
「どっこいしょーいっと」
縦に一回転。勢いをつけて前方へ投げ飛ばされ、一瞬何をされたのか思考が止まる。
「――――!?」
目も口も開けられない。
このまま死ぬのかと思えば腹に違和を感じ、突然右に方向転換。
更に左、下、上と方向転換が続く。
「♪」
何をされているのか、今分かった。
セイが投げて飛ばして遊んでいるのだ。
「金、ちょーっと我慢しててね」
「ぅ」
カコン
顎に走る衝撃。
これは知っている。白の得意な脳を揺らす技だ。
「さて、知られなければいいからねー」
視界が揺れる。
『金か…予想以上に面白い』
セイが何か呟いたが、理解できる鳴き声では無かった。
再度投げられる前と同じ体勢に戻ると、滑空が始まる。
「寝てていいよ。目を瞑って…ゆっくりと息をして……」
セイの声がまるで従わねばならぬ命令のように、不思議と眠くなってきた。
「そう…大きく息を吸って……眠くなってきたね……目を閉じれば楽になるよ…」
落ちる瞼に逆らえない。
風を切る音が途切れ途切れになり、体を包む花の匂いに体の力が抜ける。
「さぁ、おやすみ」
ほんのりと熱を持つ頭がぼう…として働かない。
白の匂いを思い出して、よく分からないまま眠りに落ちる。
山に行くのは…もはや決定らしい。
○○○
「…予想通り…ではあったよ」
「主は無茶をするのでな」
孤島近海にある小島。
包帯でぐるぐる巻きにされた白疾風が転がされていた。
「星に追いつくことなどあと二百年生きぬと叶わぬよ」
「……あのババァ死んでるだろ」
「どうだか。生き永らえそうな太々しさはあるぞ」
「食っちゃ寝のだらしない生活と言い換えるべきだろ」
「…違えては無い、な」
あんなぐうたら竜だが実力はある。金に危害を加えないという保証はない。
今すぐに追いかけたいのだが…
「…動いていいか?」
「主が動けるならば、な」
「……くそ」
腕は落下の衝撃で痛め、飛ぶことが出来ない。
喰に引き上げて貰って生きてはいるが、あまり軽い怪我でないことは確かだ。
「…金は?」
「星が連れ去った。今はもう山だろうて」
山。つまりここから追いかけるとあと三日は要する。
「…ったく…目的はなんだ」
「あの竜の思考が読めたら苦労せん」
「…アンタが言うなら信じるしかないんだろうな」
大きく一息。
「そのうち帰って来るだろ。まずは治せ」
「…俺には喰の考えも読めなくてな」
「まぁ、少しばかり訊きたい事を尋ねるだけだ」
頬に罅が入るようにして肌が硬化し、赤っぽい鱗に変わる。
「楽になれ。久方ぶりの対談だ。安心しろ。肉には困らんぞ?」
「塩漬けは嫌いだし、出来れば逃げたいんだがな」
―――人間に近海島と呼ばれるその島には魚も大して寄り付かず、要件がない為人も来ず。
とくになんでもない、ただの孤島。
しかし一部のギルド職員は知っていた。
その島は三年前の大きな戦闘により厄海から逃げ、眠りについた煉黒龍の上に出来た島だという事を。
不思議な事に、その島には人の死体が流れ着く。
近くの島で海に攫われた死体は、必ずここへ。
潮の流れは気まぐれで、何かの意思を持っているかのようにここへ屍を運んでくる。
煉獄の巨人を起こさぬよう、生贄を捧げるかように。
「さぁ、食うか?」
「…人肉はあまり好かないんだがな」
煉獄の巨人に深い傷を負わせた竜の紅い瞳が光る。
微かに島が揺れた理由を知るのは、島の地下に眠る龍だけであった。