番外編での舌が動く描写は、淫らにかつ滑らかにをモットーとしています。
……ただ本編でのディープは舌の表面的に口内がズタズタになる予感。させない。
それでは、スランプ脱却を目指しての22夜を始めます。
○○○
目を覚ますと、真っ先に自分の首がある事を確認した。
次に目を開くより先に寝転がったまま耳を澄まし、周囲の匂いを嗅ぐ。
薄い花の匂いを一気に吸い、思わず
「ゲフッゲフッ…」
とりあえず周囲に何もいなさそうなので目をゆっくりと開けると、目の前でセイがバラバラになっていて。
気配も、生気も感じられない。
そんなバラバラになったセイと、ふと目が合った。
「ギリュィイイ…」
「キャイン!?」
軋みにも似た声を出され、怖すぎて単純に泣いた。
「キュリュ…あ、間違えた間違えた。って何泣いてんの?」
手足をばたつかせてその喋る肉片から距離を取ると、放電を始める。
が、雷が上手く溜められない。
毛に潜む虫は一匹もおらず、蓄電殻を開いてもすぐに雷が空気中に散ってしまうのだ。
……なにこれ!?
焦りが正常な判断能力を失わせ、挙動がもたつく。
結局どうしようも出来ない事が分かると、とりあえず逃げようと立ち上がった。
が、立つことも出来ない。
「わふッ!!」
顎を打ち付け、その痛みに地を転がる。
その際にセイの肉片が近寄って来る事に気が付き、這いつくばって必死に逃げた。
「ねぇちょっと」
「ぅぅぅ…バウ!バウッ!!」
ずりずりと寄って来る肉片に吼えるが、退くどころか滑るように近付いてくる。
気が付けば尻尾が岩の壁に当たり、これ以上逃げられないことが分かった。
頑張って立ち上がろうとするが、目の前がぐるぐるとまわってまともに立つことが出来ない。
「寝っ転がってると楽だよ」
「ぐ、ぬぬ、ぬ…」
肉片が何か言っているが聞き入れるつもりなど無い。
どうにかして回り込むようにして逃げる。
今更気が付いたが、周りは岩の壁に囲まれていてこれ以上逃げることが出来ない。
立ち上がることさえできれば駆け上ることが出来そうだが…
「ギャンッ!」
「…諦めたら?」
「嫌!」
匍匐前進で頑張って逃げる。
「……いやぁ、落ち着いてくれると楽なんだけど」
「や!近寄らないでぇぇぇ!!」
距離を縮めた肉片に対しジタバタ暴れると、呆れたようにため息を吐かれた。
「…幼竜より手が掛かりそうだ」
平らな岩の床に突っ伏した肉片は、ごろんごろんと気だるげに転がると、こちらの様子に苦笑するのだった。
○○○
……うぅん…?幼いな。
連れてきた雷狼竜の異種だが、成竜にしてはどうにも言動や仕草が幼い。
わんわん鳴かれるのをどうにかしたいのだが…何故こうも警戒されているのだろう?
動くのがかったるいので平らに整えた岩の大地を蹴り、滑るように彼女に近寄る。
―――遂には泣き出した彼女の頬を尻尾で叩くと、驚きのあまり動きを止めてくれた。
「やぁ。落ち着いたかい?」
「……?今何が?」
恐怖より興味が勝ったのか、辺りをきょろきょろと見渡し始める。
……あぁ、そういうことか。
失念していた。
太陽の光でも毛がある程度光を反射してしまい体の一部が見えにくくなるのだ。
身震いして毛を寝かせると、金の目が驚きから丸くなる。
「セイが…生えた!?」
「生えたって…」
再生したなら分かるが、生えたとはおかしな表現だ。
否、恐らく彼女から見ればそう見えたのだろう。
「悪かったな。毛が逆立つとその部分が見え辛くなるのよ」
「…?い、生きてるって事?」
「そうだな。死んでない」
彼女にとってはそれが分かり易い答えだったらしい。
恐る恐るこちらに近付くと、安心したように息を吐いた。
……可愛い反応だな。
反抗的な息子しかいなかったので、この反応は面白い。
ベターっと脱力した金が、不思議そうにこちらを眺めながらもふもふと口を動かした。
「…ここどこ?」
「山」
「…?私の知ってる山と違う」
彼女の言っている山がどういうものかは知らないが…少なくともここと同じものは滅多にないだろう。
シキ国の中でもかなりの標高を誇る天空山。その最奥だ。
人間はおろか、竜人族ですら『掟』を守ってこの場所には入ろうとしない。
雲より上。高高度にあるこの場所は、生物が生きていくにはあまりに過酷。
「…ここは間違いなく山さ。ただちょっと高いだけでね」
「嘘じゃ無いのね?」
「嘘では無い」
ただ、全て真実でも無い。
「むむ…じゃあ私が立てないのはなんで?」
「三半規管が酔いを起こしてるから」
「…えっと?」
「分かるように言うなら、視界は正常だけど目が回ってる」
「…なるほど」
こちらの説明に、彼女が上を向きながら頷いた。
……分かって無いな。
そんなところも、背伸びをする子供のようでいじらしいのだが。
「…どうも、悪い子じゃなさそうなんだよなぁ」
喰から聞いて気になったので連れて来てみたが、幼い純真さは見ていて微笑ましい。
…ただほんの少しだけ気に入らないとすれば、彼女が迅竜ではない事だろう。
「金、少し私と話をしないかい?」
「ぅ…」
彼女の目に僅かな警戒の色が宿った。
しかしそんな様子ですら可愛げがある。
もし危害を加えるつもりなら、彼女が起きる前に縛り付けていた。
その反応は、遅れすぎと言うほどに無意味なのだ。
「大丈夫。もし怖かったら私はこれ以上近づかないから」
こうは言うが、やろうと思えばこれだけ離れた位置でも彼女を殺せる。
すると彼女は少し視線を彷徨わせた。
「近づかないじゃヤダ。触れないで」
……ほぉう。
幼いと思ったが中々に賢い。
しかし今の案も、まだまだ未熟であることに変わりはなかった。
触れるな。それは確かに私の行動を縛る。
だが、望むのであれば、“私に対して危害を加えるな”が正しい。
直接触れずとも殺すことができる私には、いささか甘い条件だった。
「わかった。触れないよ」
「うん…なら…」
警戒は無くならないが、幾分か緩んでくれた。
その場に腰を据えると、彼女と目を合わす。
「それじゃあお話しよう。金、君はいつ白と出会ったんだい?」
「んと…あそこは渓流って言ってたかな。そこで怪我した白を見つけたの」
……渓流の近くで怪我。
あの子がそこまで無茶をするとは思えないが…些か贔屓目が過ぎただろうか。
成程。中々面白い出会いだ。
「と言うことは金は渓流の雷狼竜の群れで暮らしていたのかい?」
この質問に対し、彼女はビクリと跳ね、角から顎にかけて金雷が走るという分かりやすい反応を返してくれた。
こちらの見解は概ね合っているらしい。
「やっぱり、渡り竜か」
「……」
項垂れる金に、視線を向ける。
注意深く見れば、いくつかの鱗に自傷跡が見られた。
短い期間で、且つ同じ場所を傷付け続ける。
幼い頃についたその傷は、成竜になって尚も消えることはない。
新たに生える鱗に歪みとなって表れる跡は、同様にして歪んだ幼少期をも表す。
「迫害…ただし虐待では無く倦厭か」
群れで暮らす竜に時折見られる行動である迫害。
自らのテリトリーにいる不純物を取り除こうと働くその動きは当然であり、あまりに残酷。
例えば子殺し。
生まれた子を群れの長、又は親が殺す。
例えば子捨て。
親が育てる事を放棄し、赤子を放る。
例えば集団での虐め。
お前だけが違うと虐待を受け、何も知らぬ子はそれを受け入れてしまう。
挙げるだけでキリのないそれらは、理性を持つ私から見れば、間違いであると言わざるを得ない。
突然変異、又は環境適応によって変異した個体が子を成し、種として変わっていくからこそ竜は進化していった。
それを自ら潰すなど愚の骨頂。
思い返せば空もまた、子捨てによって命を落としかけた竜だった。
「…金。金は空の…白のどこに惹かれた?」
「えっ」
項垂れから一転。思案するように視線を彷徨わせる金。
しばらく待つと、鼻が雌の匂いを嗅ぎとった。
……考えるだけで濡れるって…
一体どれほど体を交えたのだろう?
白の事を考えるだけで体が反応するなど…
ある意味で、あの巣穴の濃厚な雌雄の香りに納得した。
「ダメだ分かんない。でも…隣にいて欲しい」
「…ほう」
こちらの反応に何故かオロオロし出した金を尻目に、翼刃で岩場に文字を書く。
「読める?」
「え?…これ、文字ってやつ?ん…んー?」
どうやら文字は知っているらしい。
彼女はしばらく睨み合いを続けたが、最後には悲しそうにため息を吐いた。
「よめない…」
「そうか。文字は何か書けるか?」
「え、あ、分かんない」
成程。彼女の言語関係が何と無く掴めてきた。
通じた言葉は鳥竜種ヒプノック系統。牙竜種ジンオウガ系統は反応こそすれど全ては通じない。
文字は知っているようだが、読めないし、書けない。
つまり、彼女に“言葉”を教えたのはヒプノック系統の何かで、牙竜種、ジンオウガ系統の言葉は微妙に通じれど忘れかけている事から、まともな扱いを受けていなかった事が伺える。
ついでに言えば文字は空と会ってから知った、と。
「金、あの子の言葉はどう聞こえる?」
「あの子…白の事?えっとね、えっと…優しい感じ!」
……ふむ、分からん。
知っている言葉量が多くても、それを会話に出すのが苦手なのだろうか?
この子はどこか、体の成長と精神が合ってないような気がする。
「…日の単位は分かるか?」
「?」
「日が昇り降りを繰り返すのを数えたものだ」
「あ、渡り竜から教わった!」
ならありがたい。
人とは賢いものだ。
日付という概念を生み出してくれたのだから。
彼女の言う渡り竜が何者かは知らぬが、少なくとも話が通じるだけありがたい。
「じゃあ金。自分が何歳か分かるか?」
「…えー…と…?」
……まぁ分からない、か。
当然といえば当然である。
迫害を繰り返されて、自分の生まれ年など気にしてる余裕はない。
まぁこの体躯だ。出生から20年は経過しているだろう…
「思い出せないなら「9、かな?」…ん?」
金がパッと顔を上げる。
「生まれてから、多分9年!」
「…少なく見積もって、か?」
「いや…記憶が曖昧だからちょっと多めにしたよ。記憶があるのは7年前から」
「…」
……多く見積もって9、だと?
そんな…それではこの子は…雷狼竜基準とすると……
“まだ、成竜になっていない筈…!!”
だが姿形はどう見ても成竜であることは間違いない。
事実ならば、それはあまりにも異常で。
「うーん…どうだったかな。でも渡り竜に会ったのが夏…数えて六回前…うん。多分合ってる」
「…ならば金、初潮はいつだ?」
「…?ショチョー?」
「いや、すまない。知らないなら教える。だから少しだけ考えを整理させてくれ」
見た目は確実に成竜。
しかし精神はどこか幼く、年齢通りとも言うべき言動と思考。
異常成長を遂げたのもまた、異種としての特徴なのか…
『これはまた、面白いものを見つけた』
「?」
「あぁ、 酔いは覚めたんじゃないか?とな」
「お!立てる!!」
テンションを妙に上げて立った金を微笑ましく思いながらも、同時にして本当に残念に思う。
……金、お前が迅竜だったなら…
叶わぬ夢を胸に秘め、私は岩の大地に尻尾を強く擦り付けた。
高音な音が、岩に囲まれたこの場に響く。
…ふと見えた彼女の首筋の歯形に抱いた嫌気は、苦々しげな表情と代わった。
○○○
近海島浜辺にて、籠に人の一部を放り込んでいく竜人族が一人。
腕、足、体と腐敗の少ないものを選び抜き、それらをハンターナイフで捌いていた。
そして、もそもそと口を動かす竜が一匹。
「―――食えたもんじゃねぇな」
とは言いつつ肉を咀嚼し、目の前で鼻歌を歌う喰を見た。
無造作に食べるならまだしも、わざわざ人の道具を使って人肉を調理していることから、最早狂気すら感じる。
…とりあえず海水の風味が強すぎて普通においしくないとだけは言っておいた。
「好き好きと言ったものだ。ただ我は好かん」
「んなもん食わすなっての」
丁寧に腐敗した部位を削ぎ、辛うじて食べられそうな場所を茹でたり焼いたりして味付けをする。
手慣れて見えるこの作業を、人が見たら一体どう思うのか。
「…アンタ今では人じゃないのか?」
「我は人であり人成らず。故に、認めざる者は人として成り立たず」
暴論である。
人として出来損ないの自分が人ではないと思うならば、それは人ですらないという事を平然と言ってのけたのだ。
この竜はやはりどこか、根本が狂っている。
「まぁ…食いもん貰っといてそこまで文句は言わねぇがな」
「所詮不味程度。嫌なれば我と同じように木土を食せばよかろ」
平然と浜砂を口に入れる喰に、思わず顔を顰めた。
「俺にゃ無理だ」
「…反して言わば、主はまだ美味を知らぬよな」
「あ?」
突然の話の変わりに着いて行けない。
どういう意味かと問おうとすれば、無造作に掴んだ骨をパリパリと食みつつ、緩やかな口調でとんでもないことを口走り始める。
「我は何千と人を喰ろうて、その最上となる人と契った。主は何故に彼奴と契ろうか?」
「…ん?」
どういう意味だ?
人の味の中で最上を見つけ、私は結ばれた。
ではお前は何をもってアイツと結ばれるのだ、とでも言いたいのか?
「んなもん…適当だろう」
「…ほぉう」
「雌見つけんのに必要なのは直感だ。違うか?」
「―――――毒されよって」
クツクツと笑う意味が分からず眉を顰めれば、喰の口から嫌な言葉が飛び出る。
「主の考は人に寄りとうな」
「…アイツらと一緒にするな」
人と同じにされるのは嫌いだ。
奴らの考えには相容れない。
だって奴らは――――
星と喰を、傷付けた。
「俺はまだ、忘れてねぇよ」
「…その話はするな。我まで再燃するぞ」
真っ黒な激情をぶつけられ、思わず言葉に詰まる。
次の瞬間にはへらへらと笑ういつもの顔に戻るが、喰もやはり忘れていないか。
「話を再開しよう。どこまで行った?」
「俺と金が出会って孤島に来るまでだな」
「ふむ…続けてくれ」
季節を感じさせぬ、温かな風が毛を撫でていく。
「そうさなぁ…孤島に着く前に水竜から襲撃されてよ…」
金は今頃何をしているのだろうか。
喰の言葉では“誓って、手は出さない”と言っていたが…
あのババアは頭が回る。
言葉の裏をかき、平然と金を殺しかねない。
……手ェ出してみろ。ぶっ殺すからなクソババア…
静かな怒りを宿しつつ、喰の顔を見た。
「…逃がさぬぞ。行きたければ我を斃せい」
「無茶ばかり言うな。アンタは」
最終的にはそのつもりだと言う事も出来ず、痛む腕の挙動を確認しながら喰を窺う。
腕の回復まで残り三日と言った感じだ。
さぁ…待っていろよクソババア。
―――涙目の金を思い浮かべ、少しばかり胸のあたりが疼いた。