白も同じですが、他の二つ名もそうとは限りません。
……遺伝子異常で子犬サイズのジンオウガと一緒にいたいだけの人生だった。亜種でも可()
さて、人間サイドとの関わりが多い24夜が始まります。
「…ルミャノちゃん、あとどれぐらいで着きそう?」
「うーん…龍識船の航路からして、あと10分程でコンタクトできそう…?」
地図とコンパスを見て、首を傾げながら望遠鏡を覗く古龍観測隊員、ルミャノ・ヒハバリスク。
赤を帯びたブロンドの髪を一つに纏めて制服に身を包んだその姿は、少女と呼ぶべき実年齢より大人びて見える。
対してルミャノの指示を仰ぎながら、小型飛行船の舵をとる女ハンター、クニケロマ・ホワイトヘッド。
最近22になった彼女は友人兼愛人の少女より贈られた、ハンマーの形を模した造形が彫られた懐中時計を見ると、んー、と意味もなく呟く。
「あー…暇」
「何もないのが一番だよ」
「そうだね……でも、そう…でも…ないかも…?」
「…えっ?」
ふとクニケロマが微かに聞いた異音は、明らかに自然のものではない。
風切り音を発しながら、船の上…雲の中を、何かが通り過ぎて行こうとしている。
遅れてルミャノが風切り音に気が付き、体を強張らせた。
「クニケロマおねーちゃん…!?」
「分かってるわ。でも、覚悟だけはしておいて…」
風切り音から察するに、相当な速度。
もしも小型飛行船が飛竜種の襲撃にあったのなら、崩壊は必至。
頼む、通り過ぎてくれ。
そう願う二人の前方の雲が、下方に膨らんだ。
「…!」
ハンマーを構え、ルミャノだけでも生かそうと覚悟を決めたクニケロマの前に現れたのは…
「ガァアアアア!?」
「グギュイ!?ラグアシュイア!バリュメリ!!」
「わぁぁぁぁぁぁ!?」
迅竜の二つ名個体、白疾風に、その尻尾に捕まる人程の体躯の赤い竜。
見たこともない竜にクニケロマが目を剥くと、赤い方と目が合ってしまう。
……!?
竜の視線が体を射抜き、硬直するクニケロマ。
「クニケロマおねーちゃん!?」
「…つ、ぁ…!」
鈍重な鎖を引きちぎるように力を入れ、襲撃に備えようと体を無理矢理動かす。
だがその数秒のうちに白疾風と赤い竜は高度を上げ、厚い雲の中へ消えて行った。
「…なんだろう、アレ…新種?」
少なくとも、クニケロマの記憶には無い竜だ。
小型竜のような体躯。何処と無く四肢が四足歩行竜として歪んでいたのが、かなり特徴的。
「ルミャノちゃん…今のは?」
「わ、私もわからないよぉ…!?」
「…報告事案かしらねぇ…」
ただでさえ謎の飛行物体の調査に追われたり、G級特有の休む暇なし連続クエストをこなす身だと言うのに…
これ以上面倒ごとが増えないでほしいというのが、クニケロマの本音だった。
●●●
「見られた気がするんだが…!?」
「致し方なし…否、彼女に見られたのは面倒か」
「なんの話だ…ッ」
必死に羽ばたきを繰り返し、高度を保つ。
雲中なので視界は悪いが、察知能力が桁違いの龍がいるのだ。
喰の尻尾を抱える腕に力が篭り、相当な速度の中ですら明朗に聞こえる鳴き声が響く。
「前方右方寄り。竜、飛来…ッ!!」
「づッ!!」
トップスピードから急な減速、回避を行い、翼が軋んだ。
しかし斜め上方向へ行った旋回回避は成功し、指示方向から後方へと、真下を何かが通過する。
―――が、その竜が通過した先でこちらへと方向転換したのを、感じ取った。
「こっち狙いかよッ!!?」
「…あの姿…?」
一転、静かになった喰へと不審を覚えるが、宙を叩くことに集中する。
―――迅竜の最高飛行速度は、空気抵抗の少ない翼と体で行われる滑空下で計測される。
尋常ならざる圧倒的速度から、追い付ける竜などほとんど存在しない。
更に言えば、白疾風は滑空中にその体から微量な真空刃を生み出し続ける。
追っ手に降りかかる小さな刃は、例え重傷を負わせずとも、眼球に当たれば失明は免れない。
五回ほど宙を叩き、上がる事だけを意識。
前へは進まなくていい。
ギリギリまで引き付け――――
「青電主!?空、逃げ―――ッ」
「わぁってる!舌噛むぞ!!」
背後まで迫る気配に、今度は前方へ向けて思い切り宙を叩いた。
腕に嫌な痛みが走ったが、気にしている暇など無い。
喰の尻尾を抱える腕に、力が篭る。
―――滑空開始。
初速から手加減などしない。
適度に羽ばたきを加え、風に乗るのではなく、風を切り裂いて。
5も数えれば、喰の悲鳴を遥か後方へ置き去る速度で空を抜けていく。
気を奮わせ、痛みすらも空へ置き去りにしろ。
青電者だろうが何だろうが関係ない。
全て置き去りにする勢いで、風を裂いて行く。
「―――!!!?」
喰の明朗とした声ですら、もう聞こえない。
風が耳を塞ぎ、雲中を抜けていき。
赤い色の瞳が、紅のラインを引いていく。
さぁ、ここからが最高速度。
昂るテンションが、白の口を歪めた。
●●●
薄い空気の中、蹲ったまま、私は何度目かもわからぬ自問を繰り返す。
“果たして白に私は必要だったのか?”
群れから追いやられ、寂しさから頼る私を、白は愛していてくれたのだろうか?
憐憫や哀れみから、優しさを与えてくれただけなのではないだろうか?
私の想いは、一方通行?
全て、作り物?
あぁ、どうしよう。
涙が止まらないや。
あの頃のように、一匹だけで丸くなる。
最近まで感じていた温もりは、隣に無い。
こうして一人でいることが少なくなったからか、自傷跡が痛む。
「…セイ、外に出ても良い?」
「好きにすると言い」
反り立つ岩壁を蹴り、踏み、外へと飛び出した。
まるで落とし穴のような岩場から飛び出してみれば、相変わらず薄暗い空。
亀裂の走った岩が斜面から飛び出し、ここがようやく山なのだと実感できた。
遥か先まで続く雲の海に、私は吼える。
「――――ッ!!」
よく分からない気持ちを吐き出し、山を駆け下りて。
山にかかる雲に突っ込んで、どうしようもないぐらいもやもやした気持ちを抱えたまま、
「あ…ッ」
視界不良から躓いた。
「あー!?」
●●●
全身を打ち付けられた末にたどり着いたのは、変な場所。
かなり落ちた筈だが、空はまだ暗い。
「うぅ…痛ぁ…」
背の低い黄色い草に、人間が建てたと思われる奇妙な…塔?
赤い旗が先端で風にはためき、バサバサと音を立てている。
ここはどこかと土から顔を上げれば、
「ル゛」
「え゛」
金色の龍と目が合った。
しばし流れる沈黙。
「「………」」
無言のまま立ち上がると、戸惑う金色の龍を真正面から見据え、
「わぁぁぁぁぁ!!?」
「ルァアアァァァ!!?」
思いっきり顔に前足を叩き付けた。
すると、口を閉じた袋を押し潰したたように、龍の体から噴き出す何か。
ゴロゴロと転がって距離をとった龍に、私は逃げる事を選択する。
“知ってるか?逃げるってのはいいぞ”
白曰く、勝てる勝てないではなく、逃げる事は戦闘において大切な選択らしい。
私は臆病だから、戦う事は基本避けてきた。
故に、逃げ足には自信がある。
「アアァアア…ッ!!」
怒号を発しながら追ってくる龍に対し、背を向け、全速力で逃げる。
逃げ道はよく分からない。
とりあえず逃げられそうな場所…
……あった!
閉まってはいるが、飛び越せば向こうへと抜けられそうな門。
そこへ狙いを定めれば、蓄電殻を開き、僅かながら金雷を纏う。
雷光虫など無くても、短時間なら残雷を利用して金雷を纏えるのだ。
活性化する筋肉により、踏み込む土の跳ね返りをより強く感じる。
駆ける速度は上がり、一目散にその場から逃げ――――
「気になったから忍び込んだけど…ここ何処――うぉわッ!?」
「キャゥ!?」
門の向こうから突如現れた人間…武器と防具を見つけている事からハンターと推測…を、反射的に地を叩いて全力で跳ね、飛び越した。
が、ちょっと失敗。
「い゛っぁ!!?」
タイミングが急だったので跳躍が足りず、尻尾で思い切りハンターの顔を叩いてしまう。
ビタンと、後頭部から地面に叩き付けられるハンター。
「旦那ァァァ!!?って何か来てるニャァァァァアアア!!?」
「グラァアアア!!」
実に阿鼻叫喚。
岩が崩れ、硬いもの同士がぶつかる音にすら負けぬ絶叫が、天空山に響く。
頭をさすりながら、走り寄る金色の龍の鼻先を蹴っ飛ばし、怯ませた瞬間にモドリ玉を叩き付けるハンター。
「ッ…!!こんなの聞いてないですよ!?」
「ボクだって聞いてないニャア!!っていうかさっきの何だったニャ!!?」
「知らないです!!」
そんな台詞を残し、禁足地からいなくなるハンター。
興味から近付くと同時、突如顔に叩き付けを喰らった挙句、鼻先を蹴っ飛ばされた金色の龍、シャガルマガラは、全身から狂竜ウイルスをまき散らしたうえで、怒りを込めて本気で叫んだ。
「ア゛、オ゛ア゛ァァアアア―――ッ!!!」
てめぇらマジざっけんな、と。
●●●
天空山より離れた、遥か上空。
「進まねぇ!?何してやがんだアイツ!?」
「耳痛ッ…イヤリングが!?」
白と喰の逃避行ならぬ、逃飛行は、未だ続いていた。
滑空も痛みからか幾分か速度が落ち、追いつかれずとも、かなり疲弊し始めている。
「ギィイイイ…!」
追うはライトニングリヴォルト、青電主。
その飛行速度は空中制御能力に長けているが故に、速度は白より大分劣るものだが、自身の能力によってその差を埋めていた。
「んだよッあれはぁ!?」
「知らぬ…が、磁力が関係しているのか…」
「磁力だァ!?」
青電主は、その発達した電殻と膨大な電力を駆使する事で強力な電磁力を発生、周囲に存在する磁力に影響を受ける物を引き付ける“超電磁球”を生成することができる。
白や喰は、金属を身に着けていないので二匹に影響する事は無いが…
青電主の本気は吸引では無く、その超常的な電磁力を用いた“反発”にあった。
超電磁球を背後に生成し、もう一つ分の超電磁球を発生させるための電力を、性質を反転させて纏う。
そうすれば、とんでもない磁力同士の反発により加速する。
―――しかし本当にとんでもないのは、それを意識せず、感覚でやってのける青電主だった。
ヴァ、リ、リリ…ァッ
宙を走る雷に、背後を振り向いた喰が顔を引き攣らせる。
雲中ですら異彩を放つ、全身に纏われた青の雷。
青電主が青電主たりえる、その圧倒的な青い雷が、遂に真価を発揮する。
「…ッ!来るぞ!」
「くっそがぁ!指示通りに動く!!指示をくれ!」
「承った!!」
視界の悪い雲中。
喰は、目に頼る事を極力減らした。
周囲に張り詰めた威圧感は、喰が瞼を閉じる事によって霧散する。
が、それにも関わらず、青電主は気を緩めることがなかった。
「…強者ぞ」
喰の苦々しく呟かれたその言葉は、青電主の圧倒的な強さを持ちながらも、油断の一つすらしない性格に向けられていた。
張り詰めた緊迫感を一度緩めれば、ほんの一瞬だろうと油断や隙が生まれる。
だが、威圧感が消えて尚も何一つの隙すら生まれない青電主は、正に二つ名を授かって然るべき強さを持っていた。
決して抜きん出た能力のみで、二つ名を授かった訳ではない。
そう言う意味では、桁外れに特殊な能力から二つ名を付けられた金の逆を行く、強靭な精神と肉体を持つ二つ名だった。
「…距離は空いていようと、油断せざるべき」
「分かってる…」
真空刃を飛ばしながらも滑空を続ける白は、その言葉の意味と、背を追う竜の強さを理解していた。
だからこそ、痛む腕すら気にすることができない。
「来るぞ!後方より…球体一発飛来!!3、ッ1!」
「なんだそのタイミング!!?」
しかしながらも白の反応は速い。
挙動にブレが生じたものの、喰の尻尾を叩いたタイミングに合わせ、翼を閉じて側転をしながら右前方方向へ回避する。
が、回転しながらの回避は、喰にとって厳しすぎた。
ただでさえ相当な速度での無理のある動きであり、白の尻尾はそのバランスを制御しようと大きく揺れる。
そうして尻尾を掴んで必死に耐えていた故に、喰は尻尾を叩くだけでしか、危険を伝える方法が無かった。
キィィィィ…
雲中に響く、甲高い音。
迫る威圧感に、白は本気で思考を回す。
そして、数瞬の隙すら与えられず、それは振り下ろされ、
その日、青の剣によって雲が割れた。
●●●
角に電力制御を集中し、角を伸ばすような形の青雷の剣を作り出して振り下ろす、影を残して対象を消し去るとすら揶揄される程の威力を誇る、ライトニングブレード。
その威力は本当にあった出来事から、測られたものだった。
神出鬼没、生息地不明。
ギルドすら認知していなかった青電主は、ほんの一昔前にとある事件を発生させ。
とあるG級ハンターの出身地を無惨に破壊した後、その存在をようやく仄めかさせた過去がある。
そして、そのライトニングブレードを振り下ろされた先で、姿形の残った者は3名のみ。
村唯一の生き残り、レァム・シャーミウマと、その追跡から逃れ切った喰と白である。
●●●
振り下ろされる寸前、白の行動は喰の指示通りだった。
我を気にせずに動け…ッ
その僅かに聞こえた叫びに、白は行動で示す。
喰がいるにもかかわらず、回転中の状態から翼を開いて急停止、縦回転をすることによって青電主の顔めがけて尻尾から真空刃を飛ばし、もう一度翼で宙を叩いた。
ただしそれは上昇が目的ではなく、真下への落下を助長する為。
そして喰は、狙いを少しでも逸らすために目を開く。
その狙いは成功し、真空刃を躱して狙いを定め直す瞬間、襲いかかった突然の威圧感に青電主はほんの僅かとはいえ挙動を乱し、振り下ろす方向にズレが生じた。
それで尚も、白に掠らせる青電主の空中制御能力を褒めるべきか、その狙いを外させた白と喰を褒めるべきか。
真っ二つに割れた雲の根元で地上の森を見下ろす青電主は、これ以上の追跡は不可能だと判断し、踵を返す。
『空ッ!?意識が…出血もまずい…ッ薬草は…!?』
幸か不幸か、地上に響く悲鳴は、その耳に届かなかった。
古竜観測隊本部に喰が報告された際の上の反応。
本編には出せないのでここに。
コンコン
「誰だ」
「龍歴院派遣部隊四番、ルミャノ・ヒハバリスクです!」
「入れ」
「はい!突然の訪問失礼します!先程新種が発見されました!」
「何!?どんな姿だ!」
「赤黒い鱗があり…」
「ふむ…」
「頭部から黒緑の毛が生えていて…」
「…む?」
「人程の体躯で…」
「………」
「美しい紅の瞳が特徴で、目があった際に同乗者が自由を奪われたそうです!」
「あぁ…そいつか…」
「知っているんですか!?」
「なんだ?そのー…あれだ。危険度は桁違いだが、危険じゃない奴だな」
「なんですかそれ!?竜に言葉が通じると!?」
「あー…まぁいい。一応記録にも残っているが、機密だ。他の隊員にも話すな。同乗者にも釘を刺しておけ」
「…分かりました。要件は以上です。失礼しました」
バタム
「…はぁ」
(俺に尻拭いさせんじゃねぇよ…)
といった感じでした。
古龍観測隊の上層部はアリーシャの本来の姿を知っていて、秘匿しています。
何故なら、上層部には竜人族が多く、アリーシャの危険性と人柄を知っているからですね。
彼女を敵に回した際の被害と、味方にした際の利益を考え、そういった結論に至っています。
そんな、ルミャノからは釈然としない報告でした。