※この作品はR-18です。

金雷公は白疾風と幸せになるそうです   作:指ホチキス

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突然ですが、おっぱいって言われてすぐに何が浮かびます?
私が真っ先に浮かべたのは、女性ではなく浮岳龍でした。

……私の深層心理は一体何を求めているのだろう。
昼なのに二夜とはこれいかに。ではでは始まります。


二夜 互いの種族は知らぬまま

     ●●●

 

 

太陽が天頂から下がり始めた昼下がり。

鳥竜種の騒がしい鳴き声が渓流のエリア4に響く。

 

キィンッ―――

 

そこに高い、金属同士が当たるような音が入った。

 

キィン―――キンッ―――

 

更にその音が響く。

音の正体の一つはハンターの太刀。

 

 

「はぁ、はぁ…ぬぁ!」

 

 

キィン―――!!

 

ひと際大きい音が響いた。

しかしその音を立てた“刃翼”には僅かなヒビすら入らない。

武器が弾かれたのだ。

そう、もう一つの音の正体は白疾風の刃翼。

見惚れるほどに蒼く光る“それ”が、このハンターを苦しめていた。

 

 

『グゥァアゥア゛ア゛ァ゛!!』

 

 

白疾風が素早く動き、ハンターの後ろに移動した瞬間、ほぼ予備動作無しで吼えた。

背に生える、美しい白の毛並みが風に靡き、その風格を際立たせる。

 

 

「うぁ……!?」

 

 

突然の咆哮に、思わずハンターは耳を塞ぐ。

その行動を待ってましたとばかりに、飛び掛かるようにして鋭い刃翼をその身に打ち付ける。

 

 

「イ゛ッ―――!?」

 

 

予期せぬ後ろからの強烈な一撃に、身を曲げて吹き飛ばされるハンター。

 

 

「――――ぁ、ゲッホゲホ…!」

 

 

転がった先で咳が肺から漏れ出す。

上手く立てない。多くのモンスターを狩ってきたそのハンターでも、その一撃は洒落にならなかった。

防具のおかげで骨こそ折れてはいないものの、相当に機動力を削られた。

それでも我慢して這いつくばるようにして立つと、すぐに武器を構えた。が、相手がいない。

 

 

「ぁ……れ…?」

 

 

先程までの、噎せ返るようなペイントの匂いが薄くなってきている。

どうやらエリア移動でもしたらしい。

奇襲されることを避けるため、珍しく上空を浮く古龍観測隊の気球に、一応合図を送る。

すると、光で返答が返ってきた。

 

……あーえっと?イ・ナ・イ、…いない?

 

解読して、そのまま5秒。

そこでようやく渓流にはいない、という意味だと理解した。

その瞬間、意思とは関係なくハンターの足が崩れる。

 

 

「おぇ!?」

 

 

突然の事に、思わず変な声を上げてしまった。

慌てて周囲を確認するが、いつの間にか鳥竜種すらもいなくなっている。

どういうことかと思えば、単純な事だった。

緊張感が緩み、限界を超えていた体が悲鳴を上げた。それだけの話。

 

40分近く、極度の緊張感の中で動き続けたのだ。

腹の底が重たく、沈み込むような錯覚に囚われながら武器を振るう。

それがどれだけの苦行なのか。

 

 

「――――続行は無理かねぇ」

 

 

生態調査もまともに進んでいない“白疾風”。

ギルドから存在を聞き及んでいただけに、驚きはしなかったが、採取ツアーで乱入してくるとは予想外にも程がある。

装備を整えていなかった、というか完全採取用装備であれはキツイ。

……まぁ出ると知っていても勝てるかどうかは謎だったが。初見だし。

 

 

「はぁ、村長に文句言うのは気が引けるし、―――チッ、どこに抗議してやろうかしら……」

 

 

そう言うと八つ当たりも込めて、モドリ玉を地面に叩きつけた。

キャンプに戻ったことを確認すると、持っていたネコタクチケットを奉納し、クエストを終わらせる。

 

 

「ぃよっし!ストレス発散として温泉にいる可愛い子を見つけて食べちゃおうかな!!」

 

 

発言が完全におっさんの、女ハンター。

しかしこのハンターにはそれを実行する実力がある。

ユクモ村を救い、英雄と呼ばれたこの狩人は、

集会場の看板娘を巧みな話術と、その美しい見た目によって“全員(性的に)捕食した”という伝説を持つ。

狩りの実力はギルドのお墨付き。その反面、素の性格はただの女好き。

英雄色を好む、という言葉があるが、素晴らしい程欲望に忠実なこのハンターは、村に派遣された女性ギルド職員をすぐに食べてしまう事で、本部の大半からある意味警戒されていた。

ほぼ全男性職員からあそこに職員を派遣すると“男に興味を持たなくなる”、と。

 

 

     ○○○

 

 

渓流から少し離れた水辺。

そこで白疾風は軽く休んでいた。

 

 

「あー、ちょっとヤベーな。切られすぎたか?」

 

 

何となく己の体毛に隠れた傷の痛みに、ふと危機感を感じる。

ズキズキ、ではない。それはスッと抜けるような痛みだった。

軽く移動するだけで腕からは血が伝い、地面に血痕を残す。

 

……止血法ってどんな感じだったっけ?

 

“師”から習った事を思い出してみる。

止血という処置自体が久しぶりなので、記憶が曖昧になってしまっているが……

 

 

「えぇっと?今が秋だから……水使うか?」

 

 

曖昧な記憶に従い、傷口を水に当てないように、身を水に浸す。

浅瀬で寝てるようにしか見えない気もするが、ハンターが柔らかい背中を切り刻んでくれたせいだ。仕方がない。

水が腹の毛に染み込み、その冷たさに身を捩る。

と、血の量が僅かに増えた。

慌てて元の無理のない体勢に戻る。

 

……次何だ?青いキノコを噛むんだっけ?

 

詳しい話は忘れたが、そんな感じだった気がする。

青いキノコ、青いキノコ…、と呟きながら周囲を探してみるが、赤いキノコ以外見当たらない。

もういっそ似たようなもので済まそうかと、赤いキノコに齧り付こうとする。

―――だが噛もうとした寸前、何かこう惨劇のような何かが発生する気がした。

 

……?

 

匂いは感じない。見た目も普通。あえて言うならちょっと色が赤いだけ。

なのに何故か口を付けることを忌避してしまう。

 

 

「あー、えー?」

 

 

迷ったが、別に無理する事ではないと自己完結し、諦める。

 

 

「―――後は忘れたし…仕方ねぇ。寝るか」

 

 

そこから先、というよりそれ以外の方法はもう覚えていないため、止血的な面で効率の悪い、睡眠をとる、という行動以外にする事が無い。

お腹が空き始めたが、下手に動くと傷が悪化する可能性がある。

―――――チラッと赤いキノコを見てしまったが、それを食べるなど論外だ。

 

 

「ついてねぇなぁ…」

 

 

いつまで休むことになるのか、軽く計算し、巣が汚れそうな位の日数は休まねばならない、という答えが出た。

目を瞑って溜息を吐くと窒息しないように岸の方に顔を向け、そのまま呼吸を整える。

それだけで眠くなってきた。

俺、疲れてんだな……、と思った頃にはもう、寝息が静かに響き始めていた。

 

 

     ○○○

 

 

日の高さが下がり始めた頃。

 

「うーん?」

 

 

渓流の広場、そこに残る戦闘の跡に、金雷公は首を傾げていた。

別に血痕は珍しくない。

何人ものハンターが渓流を住処とするモンスターを狩りに来るのだ。

血の跡などいくらでもある。

しかし気になっていたのは血痕の事ではない。

その血と共に落ちていた“紺と白の混同する鱗”が妙に目に入ったのだ。

 

……死体はないから逃げたのかな?

 

顔を近付けて、無数に散らばるその鱗をよくよく見てみる。

 

……うん、やっぱり見たことない鱗だ。

 

渓流に出没するほぼ全てのモンスターの甲殻や鱗は見覚えている。

それらの“持ち主”との面識はもとより、近くで見たことも一切無い。

それでも見覚えてる、と言えるのは、遠目からハンターと、それら持ち主の戦いを見ていたからだ。

 

鮮やかな緑の鱗は、こちらをうるさい声で呼び出してくる鳥のもの。

匂いを嗅ぐと気分の悪くなる紫の鱗は、地上で走る首の膨らんだ魚のもの。

薄く虹色に滑る鱗は、泡まみれの尖がった顔の竜のもの。

嫌な臭いがする黒緑の鱗は、大きな体を持つ恐ろしく暴れる竜のもの。

冷たく金に輝く甲殻と、暖かく銀に光る甲殻は、仲睦まじくハンターを撃退してきた二匹の竜のもの。

 

今まで見てきた沢山の鱗や甲殻。

それは全てハンターに斃されたモンスターが、どこかへ持って行かれた後に、血痕と一緒に散らばっていたものだ。

私はそれを持ち帰って観察するのが好きで、いつの間にか鱗や甲殻と、その持ち主全てを覚えてしまっていた。

―――――だからこそ

 

 

「新しいモンスター、かなぁ?」

 

 

この鱗の持ち主が酷く気になっていた。

どんな見た目なのか。

どんな体躯なのか。

どんな骨格なのか。

―――どんな“持ち主なのか”

 

本当にただの好奇心で、この鱗の持ち主を見てみたくなった。

遠目で見れば問題は無い。そんな言い訳を自分に言い聞かせながら。

痕跡か何かがあればその存在を辿れるのだが―――

 

……血と鱗だけじゃ無理だよね。知ってたよ。

 

無意味に鼻先で、鱗を嗅ぎながら溜息を吐く。

諦めたくないが、早くも行き詰った。

派手な目印も何もない。散策など、ハンターに見つかる恐れがあるため論外だ。

少々残念だが、諦め――――

 

 

「―――ヴァグッ!!?」

 

 

突然の刺激臭に、反射的に身を仰け反らせる。

鼻の奥に刺さるようなその匂いは、最早痛みと表現しても大差ない。

涙目になりながら、急いで近くの水溜りへと鼻を突っ込み、擦り付ける。

以外に浅く、湿った砂と泥の中間ぐらいのものが鼻の中に入ってきたが、気にしないし、気に出来ない。

 

 

「ブァ、ヴゥボボボ…!」

 

 

もう目の前が良く分からなくなってきた。

鼻の感覚がない。視界も歪んでいる。

そのまま悶絶、痛みに耐えるようにゴロゴロとその場を転がった。

 

 

「痛…いぃ……!!」

 

 

声に出す意味は無い。それでも声に出してしまう。

この匂いには覚えがあった。

私が一番嫌いな臭い。

 

……“ペイントボール”の臭いッ…!!

 

ピンクの実と、変な球の二つで人間が作り出すペイントボール。

それの臭いは、もう――――痛い。ただ痛い。

しかし何故突然その臭いが?

鼻に入った泥を出しつつ、先程の場所を見てみる。

 

 

「うわ、これかぁ…!!」

 

 

そこでやっと、ペイントボールの臭いがした理由が分かった。

さっき、なんとなく鼻でひっくり返した鱗に、しっかりとペイントボールの付着跡があったのだ。

初めは血溜まりに浸かっていて、臭いが漏れなかった。

それがひっくり返ったことによって付着した面が表になり、臭いが放たれたと、そういう事だろう。

不幸にも、私はそれを“鼻で”ひっくり返した為、至近でそれを吸ってしまったのだ。

 

 

「………」

 

 

無性にイライラする。

右前足に力を込め、鱗へと八つ当たり100%の強烈な一撃を放った。

 

バンッ!バリバリッ!!

 

気が昂っていたいたせいか、蓄電殻が緩み、全身に雷を纏ってしまう。

全力の叩きつけで血が跳ね、その飛沫が蒸発して霧となる。

そっと足を上げてみれば、ヒビの入った鱗がそこに。

 

 

「……ふぅ」

 

 

満足げに一息吐くと、そろそろハンターが来そうだったので、そのまま巣へと帰ることにした。

 

 

     ●●●

 

 

夕焼けの、赤く染まった空が随分と眩しく見える。

巣のある対岸まで川を渡ってくる際に、蓄電殻が緩んだ時は本当に焦った。

自分の電気に麻痺して溺れるなんて……恥ずかしすぎる。

 

 

「ふぁ…ふなふぁったぁ……!(あ…ぶなかったぁ……!)」

 

 

口に魚を銜えたまま、動かない体を無理に動かして、なんとか岸まで泳いできた私は、あまりの疲労から倒れ込んだ。

普段から纏っている薄緑の帯電も消えてしまう。

随分と流された。恐らくここは、私もあまり来たことのない、山を挟んだ巣の反対側だろう。

まだ夕日で明るく、帰るなら今だ。夜の山は危ない。間違えて変な方向に行ってしまうと、ハンターと遭遇してしまう。

山の周りを歩くという手もあるが…川側は切り立った崖、逆側は深い谷だった気がする。正直この体力だと突破するのは難しそうだ。川も同じ。

ならば休んでいる暇はない。一刻も早く山を越えなければ―――――

 

 

「お、い…」

「きゃぁぁぁぁぁ!!?」

 

 

自分でも「あ、こんな声出るんだ!」という悲鳴が口から出た。

何なんだと、驚いたままに声のした方を振り向けば、少し離れた位置に紺と朱という変わった色の素早い竜が一匹。

日を背にするこちらを眩しそうに見る目が、どことなく光っているように見えるのは私の勘違いだろうか。

 

……というかこの竜ってこんな色だっけ?

 

 

「えっと」

「あー…そこの綺麗な姉ちゃん、あんただ」

「は、はい!」

 

 

綺麗と言われてテンションが直角上昇。

ご指名は私らしい。

誰かと会話する事が久しぶり過ぎて声が震えているが、怯えていると勘違いされていないだろうか。

内心ちょっと不安になりつつ、近寄ってみる。

すると突然目の前の竜が口から血を垂らした。

 

 

「なぁ、ちーっと頼みがあんだ。いいか?」

「え、あの、血!口から血ぃ出てる!!大丈夫!?」

「あぁ!気にすんなんなことぁ!!」

「えぇぇ!?」

 

 

心配したら、口から血をまき散らして喚く竜。

よくよく見れば背中に大怪我を負っている。

口から血が出ているのは、そのせいだろうか。

ならば、頼みとは、死ぬ前最後の願いかもしれない。

 

……出来る限りの事はしてあげようか。

 

 

「…えと、で、頼みって何…?」

「ん、青いキノコ持ってきてくんね?」

 

 

……最後に好物を食べたいのかな?

 

この竜は肉を食べる種族な気もするが…好みはそれぞれなのだろう。

 

 

「青いキノコね。採ってきます」

 

 

……もう今日は帰らなくてもいっか。

 

ここら辺に、縄張り意識の強い危険なモンスターはいないだろう。

寝床が荒れる可能性もあるが、別に一日ぐらいならいい。

明日安全に帰るのも悪くないじゃないか。

 

 

「頼んだ」

 

 

探すついでに今夜寝る場所も見つけようと考えながら会釈を返し、私はその場を離れた。

 

 

     ○○○

 

 

「…助かった、のかねぇ?」

 

陸の奥、森の方へと駆けていくジンオウガを見ながら白疾風はそう零した。

本当に死ぬかと思った。

腹が減りすぎたからと、致し方なくあの赤いキノコを食べ、まだ足りぬ、もう何でもいいからとそこら辺の草を食べたのだが…

“口の中で爆発する”とは予想外すぎる。

 

 

「いってぇ…牙何本か欠けたんじゃねえかな」

 

 

あのジンオウガが来る少し前、口から黒い煙が出たときには、自分でも「あ、死んだ」と思ったものだ。

口がズタズタになっただけで済んだのは奇跡というかなんというか。

 

……あの姉ちゃんには勘違いさせちまったみたいだがな。

 

それにしてもここがあの竜の巣周辺でなくてよかった。

縄張り意識の強いジンオウガだ。もしここが巣の近くだったら戦闘は避けられない。当然こんな状態の俺は死ぬ。よくて相打ちだ。

 

……にしても変な甲殻だったな。種はジンオウガであってると思うんだけど。

 

ふと逆光のような状態から見上げた彼女の、“夕日を反射して煌く甲殻”を思い出した。

普通のジンオウガなら黄色か薄い緑。あまり見た事はない亜種は、確か黒と灰色の甲殻だった筈。

両方とも光を反射しづらい色だ。

決して逆光で煌くなんて事は無い程に。

 

……ま、気のせいだろ。歪んだ視界のせいで逆光がぼやけただけかもしれないし。

 

そう結論すると、空を見上げた。

 

 

「暗くなってきたな。…ちゃんと帰ってきてくれると良いんだけど」

 

 

朱から薄紫へと変わる空。

温度が下がり始めた為、水からのそのそと上がる。

土に身を伏せれば、以外にも暖かい。

 

 

「ふぅ……いったん寝るか。―――頼むから死んでると誤解すんなよ…?」

 

 

瀕死と言う程でもないが、決して元気とは言えない。

今は積極的に回復すべきだろう。

回復用のキノコが届くことを願い、目を閉じて力を抜く。

 

馴染み深い月の時間がそろそろ始まる。

 

 

     ○○○

 

 

「見つけてきたよ―――えぇっと、あ――……」

 

 

名を呼ぼうとしながら名を聞いてないことに気付き、徐々に声が小さくなる。

太陽が沈んでだいぶ経ち、うっすらと纏う雷が周囲を照らす。

尻尾に何本ものキノコを包み、運んできたのだが、

 

 

「あれ…?あー…口から血を出してた竜――?青いキノコ持ってきたよ――!」

 

 

先程の場所にいない。

川に流されたという事も無いだろうし、一体何処に?

 

……逃げた?

 

何となくその言葉が浮かぶが、あの怪我では上手く動けない筈。

というか瀕死の体で逃げる意味が無い。

では誰かに食べられたのだろうか。

 

……でも食べ残しがないからなぁ。

 

骨とかは必ず残るものなのだが、それが無いという事は食べられてもいない。

さて、では何が?

 

 

「――――仕方ない、よね」

 

 

目立つので控えていたのだが、ほんの10秒なら良いという判断の元、辺りを見渡すために雷光虫に頼らず全力の帯電をする。

…ストレスが溜まったから発散したかったなんて事は無い。仕方なく、だ。

 

……これ気持ちいいけど長時間持たないんだよなぁ。

 

などと思いながら蓄電殻を緩め、自らの限界帯電量まで一気に放電量を跳ね上げる。

 

パンッ!

 

破裂するような音と共に、角から背中、尻尾の順に、纏う雷が薄い緑から輝かしい金色へと変わる。

あまり好きではないこの姿。

微妙に苦い顔をしてその姿のまま周囲を見渡せば、

 

 

「あ、いたいた」

 

 

少し離れた位置で寝転がる目的の竜を見つけた。

 

 

     ○○○

 

 

「………す…せーん、起き……ますかー?」

 

 

寝ていた白疾風は、背の毛が逆立つような感覚と、頬をベシベシと叩かれたことにより目が醒めた。

寝ぼけた目で声の方向を見てみれば、ジンオウガのシルエットが見える。

どうやら月は雲に隠れているようだ。

 

 

「…あ、おはようございます。持ってきたよ」

「え?…あぁ……ありがとう」

 

 

一瞬ジンオウガが俺に何の用だと疑問に思うが、すぐに頼み事をしていたことを思い出し、礼を言う。

 

 

「鼾がなかったら死んでると勘違いしてた」

「あれ、俺鼾掻いてた?」

「小さかったけどね」

「……そうか」

 

 

ハンターとの戦闘は予想以上に体力を消費したらしい。

俺疲れてんのか…としみじみ実感する。

血は完全に止まってくれたらしく、全身の痛みは突っ張るような感覚に変わった。

口の中はまだ僅かに鉄の味がするが、血はもう止まっているようだ。

 

 

「どうぞ」

 

 

目の前に青いキノコが置かれる。

嬉しいことに一本ではなく、数本持ってきてくれていた。

 

 

「お、結構持ってきてくれたんだな」

「奥の方にいっぱい生えていたので」

 

 

……本当に優しいなこのジンオウガ。

 

ここまで敵意が無いと、逆に警戒してしまう。

よくよく考えるとおかしい点がいくつかある。

師から聞いた話だとジンオウガは群れで行動し、縄張り意識が強い。

巣に他のモンスターを寄せ付けないのは群れの子供たちを守るため。

だがこのジンオウガは見たところ一匹で行動し、追い出そうという意識も感じられない。

一匹で行動するジンオウガもいない事は無いが、それは屈指の実力を持つ亜種に限る話だ。

 

……渡り竜、って訳でもないだろうし。

 

稀に様々な場所を渡り住む竜がいる。

が、ジンオウガという種はそういう竜じゃない。

ではこのジンオウガは何なのか。

と、キノコの前に数匹の雷光虫が止まった。

金色の光がその場を照らす。

 

 

「どうしたの?食べる?」

「うーん、そうしようかねぇ」

 

 

この時は気付かなかったが、ジンオウガの操る雷光虫の放つ色が薄緑ではなく、金色というところも変だった。

 

とりあえずその場はキノコを口に入れ、噛んだ。

美味しくもない、ほぼ無味に近い味に顔を顰める。

 

……うん、美味しくねぇ。―――あ。

 

その行動と味に、曖昧ながらも師の言葉を思い出した。

潰したキノコを傷に塗り込め、という趣旨の言葉を。

 

 

「……ペッ」

「あぁぁ!何してんですかぁ!?」

 

 

噛み潰したキノコを地面に吐き出すと同時、ジンオウガに叱られる。

 

 

「いや、食べるもんじゃないからさ、これ」

「じゃあなんで持って来させたのよ!!」

「え?傷直し用だが?」

 

 

その言葉にジンオウガが息をのんだ音が聞こえてきた。

 

 

「最後に食べたい物じゃ―――――なかったの?」

「勝手に殺すな。まだ生きる」

 

 

……というより最後に食べたい物がキノコって頭おかしいだろ?途中で気付けよ!

 

内心でツッコむが、今までの会話で察するに、この竜はそこらへんを考えないタイプな気もする。

という訳で鼻先でキノコを磨り潰したものを指す。

 

 

「で、更に頼みごとがあるんだ」

「まだあるのね……何?」

「これ背中に塗ってくんね?」

「―――これを?背中に?私が?」

「俺じゃ届かん。頼む」

 

 

以前背中に塗ろうとしたら届かなくて腕が攣った思い出がある。再起したくはない。

するとジンオウガはたどたどしくそれを手の甲に取り、こちらの背中に塗り始めた。

微妙に沁みるが、そこまで痛くは無い。

 

 

「はい、これでいい?」

「見えないから分からないけど良いんじゃない?」

 

 

塗り終わったジンオウガが水で手の甲を洗っているが、勿体無い。言ってくれれば俺の腕とかで拭ってもらったのに…

だが、本当に助かった。

ここにいつまでもいては、見つかりたくないモンスターに見つかる可能性もある。

それを回避できたという点では本当に感謝していた。

 

 

「いやホントありがとね」

「別に気にしない。ま、後は自分で頑張って」

 

 

声のニュアンスから察するに、ジンオウガはこの場を立ち去ろうとしているようだ。

少し興味本位から呼び止めるように質問してしまう。

 

 

「あー、すまん、名前だけ教えてくれない?」

「……なんで?」

「いや、何か気になった」

「………」

 

 

思案するようにジンオウガが黙った。

 

……警戒されたか?

 

向こうの反応に嫌な汗が流れる。

機嫌を損ねて攻撃されないと良いのだが…

 

 

「ごめん、自分の名前知らない」

「―――――は?」

 

 

返ってきた返答は予想の斜め上だった。

 

 

「知らない!?」

「うん、記憶にないし、呼ばれた覚えがない」

「えぇ名前…アレー?」

 

 

まさか名前を知らないとは。

名を持たない竜はたまにいる。

だが群れで生息する種は個々を判別するため、名を与える場合が多い。

ジンオウガもそういう種の一つだ。

 

……名を与えられていないジンオウガ、か。

 

少し興味が湧いた。

 

 

「ま、そのうち会えたらその時は。今日はありがとね」

「…山の向こう。丁度ここの向かい側ぐらい」

「―――――ん?」

「私の巣。この周辺でなんかあったら訪ねてきて。出来ることはする」

「あ、おう、覚えておくよ」

 

 

なんか良く分からないけど住処を教えて貰えた。幸運と捉えておこう。

 

 

「じゃあね」

「おう」

 

 

そう言い残し、軽やかに闇へと走り去るジンオウガの背を見ながら溜息を吐いた。

 

……さあて、動くか…?

 

完全にジンオウガの背が見えなくなると、軋む体を動かし、立ち上がる。

 

 

「腹減った……」

 

 

そして空腹を満たすため、歩き出す。

森の中へと入っていき、進む速度を上げた。

いつしか気が昂り、目が赤色の光を宿していた。

暗闇が昼のように明るく見える。

異変に気付いた周辺の臆病な草食竜が目を覚ます。

が、起き上がったタイミングに合わせ、鋭利な刃翼で首を落とされた。

口に屍を銜えたまま、音も無く赤色のラインが複雑な軌跡で森を疾風のように走る。

 

―――翌朝、目覚めた草食竜の中で赤色の光を見た竜は一匹もいなかった。

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