お久しぶりです()
金は、戦闘能力が高くない。
それは白が、初めて出会った時から現在までを見続けて結論付けた事である。
だがそれは、弱いと言う訳では無い。
金を総合的に見た結果、強くはないという結論に至ったまで。
それは自ら敵対的になることが少ないという、金の性格を見抜いているからこその評価であり―――
種としての能力、雷狼竜の異種という視点で見れば、それは脅威以外の何物でもない。
好戦的でない事を差し引けば、星ですら認める危険性を秘めている。
それが、研究を必要としない、竜たちの直感での評価だった。
○○○
金の殺意に毛が逆立ち、白は瞳を紅く光らせる。
全開の背電殻からは幾筋もの黄金の雷が宙を走り、破裂音を響かせていた。
周囲を飛び回る雷光虫は金雷の影響か、はたまた狂竜症の影響か、異常なほど雷を増大してその身に蓄える。
些細な刺激でその体を爆裂させかねない程に強大な電力は、その虫の寿命を擦り減らすことになるが、それでも虫たちは狂ったように体内の雷を増幅し続けていた。
「ル…」
金は濁った瞳で白を睨み付ける。
噛み付かんとする程に牙を剥き出し、低く唸った。
ただそれだけで、周囲の雷光虫達がリズムを刻むようにバチ、バチとその身から雷を放出する。
静電気によって白の毛は逆立ち、チクリと痛む体の各所。
雷光虫が肌に触れるたびに、刺さるような痛みがそこから突き抜けていく。
虫を見れば、叩き落とすことも出来ない数だ。
そんな量の虫たちが、金の背電殻や毛に付着し、金雷を受け取っては宙に流れて雷を増大して放っていく。
今やエリア内は金色で照らされ、夜という事を微塵も感じさせない程に明るかった。
金は顔を顰め、大きく息を吸う。
「―――ッ!!」
大きく一吠え。
すると一部の虫達が金の背へと移動し、背電殻から漏れる雷はその量を増す。
金雷はくすんだ甲殻を這い、金の全身を常に雷が這う状態へと変化した。
雷の鎧が常に自らを守る自衛状態。
白ですら滅多に見ないその状態は、本気でこちらを殺すつもりだという意味であり。
筋肉は雷によって活性化。踏み込んだ爪は既に地を固く踏みしめ、体は前傾。
―――肥大化した角を向けられたと思った頃には、既に金は白の真横にいた。
身体能力任せの高速移動。
瞬きすら許されぬその僅かな時間で、金は始めに白の機動を奪おうとした。
狙うは右前脚。
角を用いた切り裂きに、白は受け流すように横回転した。
その勢いのまま尾を振り回すことによって構えなどの初動を作らず、ノーモーションで複雑な動作を可能にする。
加減をして勝てる相手ではない。
振り返りざまに尾を振り回して幾つもの雷弾を飛ばしてきたのでそれらをすべて躱し、着地と同時に刃割れではない右翼刃を横一文字に振り抜いた。
地面スレスレを真空刃が飛ぶが、虫たちが巻き込まれて勢いを弱めてしまい、金には届かない。
「ルォアアアア!!」
金は白から離れた場所にも関わらず緩慢な動作で、大きく右前足を振り被る。
前脚の毛へと虫が集い、激しい音を立てて放電するその様に、白は何をするつもりかと警戒した。
地へと叩き付ける事による感電が目的ならば、跳べばよい。
急接近からこちらを直接攻撃するつもりなら、寸前で躱せばいい。
―――しかし、ここで金の能力がその真価を発揮する。
金の背電殻から特殊な雷を宙に流して虫たちに指示。次の瞬間には雷光虫達が一斉に放電。
空気中を金雷が走り、白の動きがその刺激によって一瞬止まる。
麻痺した体は咄嗟に動かすことも出来ず。
感電を狙い、金はその腕を真水に浸る地へと叩き付けた。
―――凄まじい破裂音が弾け、エリア全てが金に染まる。
○○○
私は、モガの村からそれを見ていた。
日が沈んだにもかかわらず、太陽が昇るような金色の光。
……金雷公…だよなぁ。
ギルド職員が、モガの村人が、そしてむっちゃんも同じ方向を見ていて。
モガの森で先程から確認される、遠雷の轟きと、金色の光。
ギルド職員の警戒を強める旨の提案に、むっちゃんが無言で頷いてから、既に5分程度が経過していた。
現在は武器を片手に、モガの森へと繋がる桟橋に胡坐を掻いて座るむっちゃんが、何処か楽しそうに息を吐いていて。
「アリーシャ、少し早いが行けるか?」
「行けるよー」
「…計測器は二の次でいい。現状を把握して来い」
「んま、無理せず帰って来るから心配しないで」
「おーう。んじゃ行って来い」
そうして私は、孤島へと足を踏み入れる。
肌がチクチクと痛むような緊張感。
エリア1から意外にも近い金色の光に、どうしたものかと思案する。
……ぐるっと回って計測器回収してから考えよ。
岩場方面のエリア7側からエリア5へと回ってとりあえず計器回収を試みようと決めた。
面倒なことは後回しである。
空を護りたい気持ちはあるが、どうせ彼は何だかんだ生き延びる雄であると知っているから。
―――暫く進めば、雷光虫が妙に浮ついているのが目についた。
というか、普通じゃない。何故なら金色の光を宿していたからである。
「…ほっ」
宙を柔らかく掴むようにして、雷光虫を捕まえた。
指の腹で転がすと、手先が痺れる感覚。
雷光虫にしては、かなり強い痛みだった。
しかしその光も徐々に弱まり、やがて動かなくなる雷光虫。
限界まで“引き出された”力に、体が限界を迎えたのだろう。
「なにしてるんだか…」
ここまで全力を出すような子じゃなかったと思うのだが。
ほんの僅かにしか知らぬ金雷公の事を考え、アリーシャは孤島の奥へと足を勧めた。
○○○
「ガ…ッ」
感電した。
頭がそれを理解するのに、数秒を要した。
あまりの衝撃に、意識が飛んだのだから。
そしてその数秒は、金にとっては大きな数秒であり、白にとっても大きな数秒だった。
既に構えを終え、残るは踏み切るだけの金と、無防備に隙を晒す白。
引き絞られた筋肉はばねのようにして互いの距離を縮め、そして―――
黄金の右前足にて、白の頭蓋を狙い、振りかぶって叩き下ろした。
「ッルァ!!!」
―――ブチリ、と繊維を千切るような音が響いた。
その場に落ちたのは、紺と白の鱗が特徴的な尻尾。
断面は力任せに引きちぎられ、潰れた上に焼けていた。
「――――ッ!」
激痛すら、今では鈍い。
尻尾でのノーモーション回避を行ったはいいが、尻尾を巻き込まれてしまった。
血を零し、僅かにバランスを崩しながら、濡れた地をすべるようにして距離を取る。
荒い呼吸を繰り返す白に対し、金は緩慢な動作でこちらを見た。
白は紅の残光を引く瞳で冷静に現在の状況を分析していく。
周囲は既に金雷を宿した雷光虫達によって包囲。動くだけで必ず当たるほどの密度だ。
金は殺す気で向かってきている。ただし判断能力は鈍っていない。
機動力から奪おうとしてる辺り、狂ってはいても暴走ではないのだ。
そこが最も厄介である。
ただの暴走なら隙は多少ある筈だった。
それがまさか、こうも着実に追い詰めて来るとは…
白は、苦悩した。
金は果たして戻れるのか。
そして、戻ったところでまた元のように暮らせるのだろうか。
全てが崩れたこの状況で、またあのように幸せな時を―――
過ぎた時間を巻き戻ることは出来ない。
あの頃へ、帰ることも出来ない。
それでも。
それでも―――
あの幸せを、夢に見て。
「……お前なら許してくれるだろう?」
「ガァ…ッ」
「―――痛みを知ろうか、金」
優しい声を口より溢し、白は飛び掛かる構えを取った。
白の瞳の色が青から白へと近づき、そして白金へと変わり。
逆立っていた毛並みは月光を受け、すべてが白色のように見え。
警戒を強めて雷光虫を更に集めた金に、白は大きく息を吸う。
「今からお前を斬る。―――だから、耐えろ」
刹那―――
―――金は、深い傷より濁った血を噴き出した。