童謡なのにあの寂れた風景を想起させる歌が好きです。
……タイトルで歌詞が進んでいることにはお気付きですか?
では、夕焼け超えて夜超えて。朝焼け前の三十夜へと参りましょう。
―――それは、風のようだった。
金の限界まで引き出された能力ですら、視認出来ぬほどの速度。
白が消えた。
否、白が、突如金の背後へと現れたのだ。
移動と言う過程をすっ飛ばしたかのような、無駄を一切削った全力の移動。
驚いたように振り返ろうとして、金はそのままゆっくりと転がった。
“右前脚が動かない”。
そう認識したものの、数秒の後にそれすら間違っている事に気がつくだろう。
右前脚は、既にそこに無いのだから。
まるで置いて行かれたように、立ち尽くす右前脚。
その断面はあまりにも綺麗で、骨も、筋肉も、血管すら潰れる事無く切れていた。
金の断面からは、零れ始めた血液は心音に合わせて勢いを増していく。
「ッシャァ!!」
その隙に、白は潰れた翼刃にて全力で打撃した。
混乱のままに顔を殴打され、失血も含めて抵抗無く意識を失う金。
白金の瞳はいつの間にか紫へと色を戻し、ズタズタに裂けた体を丸め、痛みに呻く。
「なん…っ」
「…喰」
声の方を向けば、人の姿の喰。
途端に力が抜け、白は地へ倒れ伏した。
○○○
目に入ったのは、空と金雷公。
それに、水に溶けた紫と赤の色。
慌てて空に駆け寄ると、まだ意識があった。
「何ありけり」
「…星のあれと同じだ」
「狂竜症か…!?」
バッと金雷公を見ると、流れる血は紫に染まり、甲殻も、皮も紫の斑点が浮き出ている。
意識は無い。出血も多く、死期は近いだろう。
「ぐ…ァ…ま、だ…!」
地を這い、金へと寄る白。
痛みが無いのか、散り始めている雷光虫に放電されているにも関わらず、気にする素振りは無い。
尻尾が千切れているせいでバランスが保てないのか、立つ事すらまともにできていないのだが、それもどうでもよさそうだ。
「血を止めろ喰…!」
「構わんが」
果たして助けられるかなど分からない。
が、血を止める程度造作もないので、懐から包帯を取り出した。
救助用の回復薬に浸した包帯だ。ただ縛るよりかはマシだろう。
長く伸ばして捩り、私の力に耐えられるぐらいにすると断面近くを巻き、力任せに思い切り締め付ける。
治せと言われれば無理だが、圧迫止血なら容易いものだ。
「そのまま動けないようにできるか」
「息の根を止むるは易し」
「縛れって意味だよ馬鹿!!」
「ふむ」
雷光虫はもう殆どいない。
この瀕死の状態では、どう頑張っても逃げられない気もする。
一応後ろ足を縛っておくと、空がゆっくりと立ち上がった。
「止まれ」
「なんだよ」
「尻尾。縛るぞ」
「…おう」
グイっと縛って止血。
すると、よろよろと動き始めた白が、短くなった尻尾で金雷公の左前脚を巻き付けると、飛び上がろうとするかのように翼刃を広げた。
「止まれ」
「…なんだよ」
「何処へ」
「知らん。ここじゃない所だ」
どこか投げやりな態度に、少しばかり心配になった。
多分、金雷公を連れて療養の地に出ようとしているのだろう。
治る保証も、死なない保証も無いままに。
そんなところも人らしく思えるのだが、まぁ空にそんな自覚など無いだろう。
私としては金雷公が死んでも構わないが、空が不幸になるのはあまり喜べない。
下手をしたら、金が死んだらそのまま死体に寄り添って衰弱する可能性すらある。
空の尻尾を掴んでここに縛り付けても良いが、この孤島に金雷公を置くのはあまり良い事ではないだろう。
「…はぁ」
“これ”はまだ開発途中のものだ。効くかどうかも分からない。
しかも貴重なものだ。人間にとっては貴重なものだが…
私にとって、“これ”の価値は空よりも低い。
懐より取り出した小指の爪ほどの石を、金の首の噛み傷に押し込んだ。
「おい!」
「元に戻るべかりもこそ。人あらぬ地にて安静にせよ」
「は?」
「元に戻る、かも、だ。確証無き事」
「…本当か?」
「あぁ」
研究中の物質、抗竜石。
狂竜症を抑制する効果があるとされる石…のような何かだ。
研究中だし、未だ精製された数も少ない。
これも、狂竜症に対して効果があるものなのか実験出来るならとギルド上層から支給されたものだ。
こちらを見て、ゆっくりと頭を下げる空。
「いつもすまん」
「構わぬよ」
彼の頭をふわりと抱くと、耳の間を撫でた。
目を細めた彼に、昔を思い出す。
本当に、大きくなったものだ。
「番いかがならむとも、定めて一度は星に会ひに行け」
「…約束は出来ん」
「そうか」
頑固者め。
ふんわり笑うと、空の顔を離した。
秘薬を空と金雷公の口に放り込むと、背を向ける。
「行け」
「…あぁ」
背後で、羽ばたく音が聞こえた。
どうなるかは分からない。
だが、これ以上出来ることも無いのだ。
村に戻り、村長に金雷公と白疾風が逃げたことを報告。
ギルド職員たちに回収した計器を渡すと、溜息を吐いた。
夜風に当たろうと、村の端に座っていれば、夫が隣に座る。
「むっちゃん、もし私が死んだらどうする?」
「あ?」
明らかな困惑を浮かべるむっちゃん。
竜人族の私が先に死ぬなど、確かに想像しにくいだろう。
暫く考え込むと、むっちゃんは柔らかく笑った。
「そりゃお前、そんときゃお前と一緒に俺も死んでるさ」
お前が死ぬような時は俺も死んでるだろ。
そんな事を言うむっちゃんに、私は唇を尖らせて脇腹を突いた。
「私は私の分も生きて欲しいけど」
「でもお前が居ないと、人生の生きてる意味の半分が無くなるぞ」
その言葉を飲み込むのに数秒。
「…男ってほんとバカ」
鼻から息を吐き出し、私は抱き寄せた彼の唇を啄んだ。
雲の上。
はるか地平線の奥は白み、太陽が顔を出すまであと僅か。
無言のまま、翼で宙を叩く。
尻尾が掴む体は、一切の身じろぎも無い。
唯一、体温を感じる事で生きている事を確認できる。
翼で宙を叩いた。
目指すは、人どころか竜すら迷う深い樹海。
そこは生態系も、環境も、何もかもが混沌とした場所だ。
あそこなら、孤島より確実に安静に出来る。
「ル…」
風を切る音も、何処か遠くに聞こえて。
もう、夜明けは近い。