呻き声に飛び起きれば、金が目を醒していた。
飛び退いて声を掛けるが、充血した瞳に理性は無いように見える。
「…金?」
「がうぅ…」
涎を垂らす姿は孤島で相対していた時と変わり無いように見えるが、暴れる気配は無い。
前足を伸ばして体に触れようとすれば、寸前で体毛の表面を雷が走る。
「…俺の言ってることがわかるか?」
「ぐ、ぐが…ぁ」
一時的な混乱だろうか。意思の疎通が取れない。
警戒心を抱いているのかすら判断できない瞳だが、取り敢えず意識はある。
しかし死ぬ可能性もあった事を考えれば、それだけで十分過ぎるほどだった。
金が唸り声を上げながら背を丸め、尻尾を体に寄せる。
その仕草には見覚えがあった。
周囲を警戒しながら寝る時の彼女は、いつもこうして丸くなっていて。
「…そこから動くなよ」
声に対し、彼女は僅かにこちらを見て、瞼を閉じた。
その姿を確認し、遺跡から樹海へと飛び込んだ。
翼は軋み、宙へ飛ぶ事は暫く出来ないだろう。
なんとか肉を得る事ができればいいのだが───
○○○
妙な竜が茂みの奥へと消えた。
青い残光が暫く目に残り、それも夜明けの光に溶けていく。
『が、ゔぅ…い、あぃ…」
喉が沁みるように痛み、声が出なかった。
歯を食い縛って動かねば痛みに耐えられるが、とてもじゃ無いが歩く事などできやしない。
“これでは、群れからの虐めから逃れる事ができない”。
『…?』
しかし少し落ち着いてみれば何かがおかしい。
鼻に入ってくる匂いが、あの慣れた匂いと違う。
鼻で触れた土の感触と匂いは知っているものと大きく違い、どこでも聞こえた大きな水音が全く聞こえない。
強い違和感がある。
───寝ていた間に、群れから捨てられたのだろうか。
ならば、瀕死の私を食べようとあの竜が巣へ持ち帰った?
逃げられないからと油断していたから、私はここに置いていかれた?
あぁ、わからない。
けれどあの竜を“私は知っている”。
思い出せない。どこで見たのか、どこであの鳴き声を聞いたのか。
群れにいた時にあんな竜に遭遇した記憶が無い。
けど、どこかで、必ずどこかで───
ガサリ、と茂みが揺れた。
音の方に顔を向け、全身の痛みに呻く。
警戒すらまともにできないが、どうにか背電殻を開いた。
ほんの僅かに雷が甲殻を撫でるも、いつものように毛から虫が出て来る事はない。
……1匹も…?
困惑している間に、横に気配が来た。
目を向ければ、あの妙な竜だった。
口には獣が咥えられており、こちらを見下ろす紫の瞳が揺れている。
「がぁ」
「……」
敵意は一切無く、当然というように目の前に獣を置かれた。
何のつもりかと見返すが、竜は静かにこちらを見るばかり。
寝転んだまま爪で獣を寄せ、腹を噛む。
群れで滅多に食べる事のできない、血の匂いがする新鮮な肉だった。
『───』
この感情がよくわからないまま、涙が溢れた。
竜を見上げ、痛む喉から声を捻り出す。
『なぜ…?』
竜は首を傾げると、目を細めて口を開いた。
「がぁ、ぐぅ」
何を言っているかはわからない。
ただ、敵意が無い事は強く伝わってきて。
群れには無かった安心感に、竜へと前足を伸ばす。
竜がこちらへと静かに寄り、前足に竜の毛が触れた。
懐かしいようなその感触に鼻を鳴らせば、竜が隣に並び。
「ぐぁ…」
大きく欠伸をして、頭をこちらの顔へと擦りつけた。
一度もこの竜とそんな事をした記憶なんて無いのに、何故かこちらも擦り付けてしまう。
いつの間にか、警戒心など欠片も無くなっていた。
不思議な安心感に、瞼が重くなる。
痛みも薄れ、緩やかな微睡へと意識が溶けていくのを自覚した。
この竜の隣なら、群れの中のように警戒しなくて良いような気がして。
───体の横に暖かさを感じながら、眠気の中へと沈んでいった。