この作品は絶対に完結します
三十六夜 満たすもの
記憶を失えど、快楽を一度知ってしまえば以前と同じように求めるようになるもので。
本質は変わらず、しかし以前より無垢で無知だからこそ、それは以前よりずっと甘ったるく。
「……」
罪悪感に近い感情を抱きながら、肉を咥えて金の元へと戻る。
空を見上げれば、いつしか見た形と同じで。
未知の樹海に入って既に、月の満ち欠けは一周を迎えていた。
●
緩やかではあるものの、金も少しずつ動くようになっていた。
欠損した前足は皮が包むように傷口を覆い、甲殻と毛が疎らに表面を隠し始めている。
体表に現れていた紫の斑点はその大半を薄れさせ、金色の甲殻の色艶も元に戻り始めた。
「がるぁ」
しかし、未だ言葉を発音するのは出来ないようで、それはつまり、記憶が戻っていないことを示していた。
「ただいま」
「ががぐぃあ」
ただ、挨拶のように、決まった時に発音するのを真似るようになったのは、少しの進展とも言えるだろうか。
だが、本来別種である二匹が意思疎通できていた方が異様である。
喉に適した発音で、一定のパターンによって鳴いていたから通じ合っていたというもので、迅竜の鳴き方は雷狼竜には適しておらず、その逆も然り。
つまり、このままであれば以前のように流暢に会話をすることはできず、口頭では最低限の意思疎通しかできない事は分かっていた。
が、それを解決する術を白は持たない。
己に出来るのは、迅竜の鳴き方と、少しの鳥竜種の鳴き方ぐらいで、牙竜種の鳴き声を使えないままそれを教えるなど難しすぎる。
「ほら、肉だぞ」
「るゔぁ」
喜んだように表情を弛緩させ、バランスを取りながら駆け寄ってくる金を前に、白が何を思うのか。
それを考えるには、今の金の思考はあまりにも幼すぎた。
○
嬉しい。
そういった感情を伝えるために、どうやって言えばいいのかがわからない。
楽しい。
それもまた、どうやって言えばいいのかがわからない。
好き。
それだって、どうやって言えばいいのかわからない。
鳴き声が違う。
白と黒の竜に対して、心の距離の測り方がわからない。
好いてくれているのはわかる。
しかしそれに対して、返したいけど返せないというジレンマが胸の奥を焦がしていた。
頬を擦り付け、己の毛に彼の匂いを付けていく。
自覚していないところだが、渡り竜になる前の、本来の習性が色濃く残っているせいか、役立てないと群れから捨てられるという社会的思想が、無意識に働いていた。
だから甘える。
捨てられたくない。
彼が、私をどのように見ているかがわからないから。
つがいのように、思ってくれていたらいいのに。
願望だけが先行し、寂しさが募る。
こちらを優しく見る彼の紫の目が抱くのは、親愛か、愛情か、それとはまた違うものなのか。
それを知ることはできないし、それを言うこともできない。
彼が同じ時に同じ鳴き声を出すとき、それを覚えて必死に真似ているが、それの意味はわからない。
ただ、彼が快楽を求めるのを嫌っていないのはわかるから、夜になれば腹を曝け出して己の秘裂を晒す。
それが今の己に精一杯できる、彼への報い方だと思い至ってしまったから。
『ちょうだい』
だから今日も、理性的に本能を開放する。
初めの頃は傷を慮ってどこか遠慮がちだった竜も、体を重ねるごとに慣れていった。
押し倒すように、体に乗る彼の重みに、背の骨が軋むような鈍い痛みが来る。
首の傷が疼き出し、彼を受け入れるために膣は濡れ、大陰唇を淫らに濡らす。
習慣のようになりつつある交尾に、体は順応を始めていた。
尖った先端は大陰唇を押しのけ、膣口の表面を数度滑る。
興奮から勃起した陰核を刺激され、雌の声で鳴く。
膣口は挿入によって拡げられ、狭まった膣壁はその形を詳細に伝えてくる。
奥へと先端が当たれば、漏らしたかと思うような感覚と共に愛液が分泌するのを感じた。
膣と比べて肉棒は冷たいが、膣の温度で徐々に熱せられていく肉棒を、まるで己の中で融けていくように錯覚して。
冷えていると表現するには温かいそれが子宮を甘く刺激するように奥を叩く。
時折ではあるが、未だ咳が止まらぬ喉は、濁った声を通し、艷やかという表現が相応しくない程のよがり声を上げていた。
腹毛を粘質な愛液が伝い、地に落ちた染みと淫らな糸を繋ぐ。
交尾によって激しく揺らされる雌の腰が、快楽によって痙攣するような震えを孕み始め。
腹が凹むような感覚と、視界が明滅するほどの快楽によって呼吸が止まった。
快楽からの震えが大きくなったあたりで、ごりゅ、と膣奥を亀頭が押し、しゃくりあげるように腹を震わせて絶頂へと至る。
収縮する膣内に、雄が精を吐き出せば、絶頂の余韻によって敏感になっている雌が声すら出せずに背を仰け反らせた。
顎を上げ、ビクリと震えると、体力を使いすぎたため気を失うように脱力した。
ぬる、と肉棒が抜けた膣口は未だ拡がったまま、ヒクヒクと口を開き、余韻による甘い絶頂が膣内を時折収縮させていた。
収縮によって腟内より精液交じりに吐き出される空気は湿った音を立て、汚い音を立てる。
精液の、雄らしい濃厚な香りに鼻をひくつかせた。
私は彼を雄として見ているし、つがいになりたいと思っている。
ただ、彼が己をどう見ているかはわからない。
己に縛り付けるように、逃さないように。
執着と依存に近い心情を抱きながら、金色の竜は逆流する精液を秘裂より溢すまいと、余韻で痙攣する腹へ力を入れる。
一滴すら、彼のものを失いたくなかったから。
己が彼との記憶を、思い出を、元々の愛情を失っているなど、何一つ気付かずに。
体を重ねて、愛を向け続けていた。
それは幼さからくる無垢で、純粋で、そして無邪気で。
相手を想いながら思えない、どこまでも盲目な愛だった。