個人的に好きなのはイヌ科です。顔の長さがグッときます。
……耳関係ないですね。
ではでは雨空の五夜、始まります。
●●●
「………」
雨の当たる感覚に目が醒めた。
ゆっくりと身を起こすが、体の末端が痺れたように言う事を聞かない。
何が起きたかは自分でも分かる。
雨水を介しての感電。
随分と手荒な真似をするものだ。周りのモンスターはおろか、自分ですらも傷を負うだろうに。
……何かしちまったかな。
突然逃げ出すようにしたあの竜の言動を思い出す。
―――なんでそんな事を訊くの…?
「という事は多分あれか…」
“何竜か”と問うたあの言葉。恐らくあれが何かの引き金だったのだろう。
翼刃をほぐす為に動かしつつ溜息を一つ。
初めて会えた自分と同じ“異種”の姿を思い出す。
艶のある金色の甲殻、荘厳に巨大化した片角。そして通常とは大きく逸脱した動き。
亜種や希少種のように全てが似ているのではない。主な姿はそのままに。骨格や、筋肉のつくりが異なる珍しき種。
――――ま、お前みたいな奴の事だな。
ふと師の言葉が頭に浮かぶ。
あの時は何が違うんだよ、と聞き返したものだった。
返答はいつも“動き”、という短く、素っ気ないものだったが。
「あの竜は―――ジンオウガの異種であってる…よな」
ジンオウガの希少種は見た事無いが、亜種なら見た事があった。
筋肉の付き方が多少違うだけで、後は外見の違いしかないように覚えている。
あの竜のように、動きの根本が違う訳ではない。
生きてきた中で、希少種や亜種、通常種は多く見てきた。
しかし異種だけは未だ、自分以外を見たことが無い。
探す理由が無かった。自分と同じという存在を見つける必要が無かった。
―――だが、
「巣立って以来、孤独っつうのにヤキが回ったかね」
自分と同じという“それ”が見つかったのは、同種ではなくとも本当に嬉しかった。
縄張りを主張したい訳でもない。威嚇や、警戒をする訳でも無い。
ただ親しくしたかった。
孤島の巣に戻るのは相当先になりそうだと考えつつ、その場に倒れ込んだ。
「―――また会えたら、な…」
随分と雨が強くなってきた。
遠く遠く、遠吠えが聞こえたのは空耳だろうか。
●●●
「ルォ――――」
山頂近くで遠吠えを一つ残した私は、転がるように山を降り始めた。
巣穴に一旦戻る理由は帰巣ではなく、必要な物を次の巣穴に持ち運ぶ準備をするためだ。
もうあそこにはいられない。
……ここにも随分と長く居たなぁ。
思い入れは割とある。
住み心地の良かったこの地は、昔の事を思い出さずに住み着くことが出来た。
…とは言っても昔の記憶などトラウマ以外無いに等しいのだが。
ガッ
「!?」
そんな余計な事に意識を向けていた所為か、雨で足元がぬかるんでた所為なのか、木の根に前足が引っ掛かった。
つんのめるようにして頭から地へと突っ込む。
更に山の斜面という事が災いしてか、滑る勢いが止まらない。
10m近く滑り落ち、太い木に背を強打して、やっとのこと止まることが出来た。
「――――――」
衝撃に息が詰まる。
倒れるように寝転がれば、先程より雨が強くなっている事に気付いた。
……当分晴れることはなさそうだなぁ。
灰色の空に今までの経験から憶測する。
「グゥゥゥ……」
泣きそうな位痛む体を起こしつつ、眼下に広がる濡れた斜面を見下ろす。
正直この体だと降りるのに長く掛かりそうだ。
「休まなきゃダメかなぁこれ」
木のおかげである程度雨は凌げるが、下がる気温は防げない。
仕方なく丸まるようにして腕を屋根代わりにし、雨の当たり辛い場所で雷光中に発電を任せる。
…ここだけの話、別に雨が降ってる時に蓄電殻を閉じる必要はない。
意味はある。無ければ閉じたりなんかしない。
目立つのだ。薄暗い雨の日は特に、雨粒や水溜まりを伝い、四方八方を照らす雷が。
…更に雨が強くなってきた。
この時期にしては珍しい豪雨にふと空を見上げる。
そしてその視線の先にてある存在を視認した。
……う、わ…!?
“巨大な雨雲と強烈な風を纏う竜”。否、竜ではなく龍。
一般に考えられている竜ではなく、“渡り竜”の教えてくれた、東方にて言い伝えられる龍とかいうものに酷似したその姿は、見ているだけで頭の何処かが忌避するような感覚に囚われる。
しかし視線が外せない。
自らの纏う風に靡く全身の飛膜に、淡く発光する胸殻に、細長く伸びた二本の角に、どこか妖しい美しさを感じてしまったからだ。
心情を例える言葉が見つからない。
それはさながら畏敬のようであり、ただの恐怖なのかもしれない。
そのまま遠ざかる龍を見送るようにボーっとしていた。
龍の姿が切り立った柱のような岩山の合間に消え、見えなくなり、ようやく我に返る。
龍が去ったことにより、雨が上がり、虹のかかった空がとても眩しく思えてきた。
「………」
あの龍が来た事は私がここに来たばかりの頃に一度あった。
確かここ一帯を縄張りとしていたジンオウガの群れがあった場所に襲来、遠目から隠れるように見ていたが、最終的にはほぼ一方的な蹂躙と言っても過言ではない結果だった筈だ。
そして何よりも面倒なのは、
……逃げてきたんだよなぁ…こっちに。
住処を追われたほぼ全竜がこちらに逃げてきたのだ。
当然予期していないこちらとしては最悪の対面となった。
雄の成竜はほとんど居なくなっていたとはいえ、生き残った数は少なくなかったのだ。
次の日、当時巣にしていた洞窟に狩りから帰った瞬間、洞窟の中から三匹のジンオウガが出てきた時の反応といったらもう……逃走しかなかった。
後ろで仲間を呼ぶ遠吠えが聞こえてきた時には死すら覚悟した。
当時はまだ成竜の一歩手前で、普通よりは雷光虫の扱いに長けてたとはいえ、成熟した成竜には力も速さもまだ及ばなかった。
逃げる最中に何度も恨んだものだ。あの龍のせいだ、と。
その後今の巣穴を見つけてなんとか開き直る事が出来たが、当時の事を思い出せば背筋が凍るような感覚を覚える。
しかしあの龍が居ついてしばらくすると、一人のハンターが討伐に向かい、成功したはず。
まさか同じ龍の二匹目が来るとは。
「もし同じ場所に行くとしたら…」
一匹目が討伐されて、あの場所へジンオウガの群れが住み戻ったと、以前“渡り竜”から聞いた。
と、いうことは?
……またか。
一刻も早くこの場を動かねば。
○○○
「そ~んちょ~。ただいま~」
ユクモノ足湯をぼんやりと眺める私に声が掛けられた。
昔から聞き馴染みのあるこの気の抜けるような声。
階段を上ってくるハンターの方を向けば、親しみのある顔がそこにあった。
「あら、フルニア。おかえりなさい。今回はどこまで行きましたの?」
若くしてハンターとしての実力を持つこの子は、各地を転々と駆けまわっている。
故郷であるこの地に帰ってくることが少なくなり、皆が寂しがっているが、本人に伝えると優しいフルニアはきっと仕事よりそちらを優先してしまうに違いない為、成長を喜ぶように、引き留めるのではなく、本人が帰ってきた少ない時間を大事にしている。
「ポッケ村。もう雪が積もってた」
今回もやはりそう。
依頼の為に遠い地まで赴き、また旅をする。
きっと今回もたまたまこの近くで依頼があったから帰ってきたのだろう。
ならば影響しない程度にゆっくりしていってほしい。
それが村の総意だ。
「そう、寒かったでしょう。温泉で芯まで温まりなさい」
突然の帰りに集会場の娘達が騒ぐだろうが、たまにはいいかと頬を撫でる。
すると、フルニアの整った顔がパァァっと見るからに明るくなった。
「いってきます!」
「…温泉の中ではやめてね」
以前温泉に女性が浮いていた事案を思い出し、顔を引き攣らせて進言するが理解しているのかどうか。
……それにしてもこの時期に帰ってくるなんて。
秋は行事なども無く、周辺のモンスターも沈静化した現状だ。
という事はギルドに報告した金雷公についての依頼だろうか。
「あ、村長、ちょっといいかな」
「?どうしたの」
突然真剣な顔になったフルニアに、頭のスイッチ切り替える。
「嵐龍が来てる」
「…あらあら」
その情報はこちらにもまだ来ていない。
一体どうやって知り得たのかは大体想像できる。
古龍観測隊の誰かから聞き出したのだろう。
…手段はいつも通りだろうが。
それより嵐龍が来てるとは。
新たな個体だろう。来襲とはまた……
「まだ依頼としては出されてない。むしろ出してほしくてここに来た。仕事ではなくて個人的な感情でね」
「ありがとう、もちろん出すわ。隊は?」
「えーっと、仲間を一人連れていきたい。情報は規制するの?」
「あなたがいるから規制しないわ」
「また有名になっちゃうわぁ」
「あなたのオトモがヤキモチ焼くわよ」
「……あとで可愛がろう」
「もう既に心当たりがあるの…」
溜息を一つ、立ち上がってフルニアを抱きしめる。
身長の低い彼女に合わせて少し膝を曲げるため、少しきついが気にしない。
「…いつもありがとう」
「どうしたの。急に」
「ふふっ、いえね」
彼女の髪のいい匂いがする。
このどこか甘美な香りに誘われた女は何人になるのだろうか。
そう思いながら身を離す。
「さぁ、温泉でよく体をほぐしなさい。ギルドに申請しておくから明日までに準備を整えておくこと」
「ほいほい、じゃ、ありがとね」
「えぇ」
「……あ」
「?」
「――――おっきいんだね。再認識したよ」
彼女の、空気を揉むような仕草に軽く赤面する。
「言わなくていいから。早く行きなさい」
「はいよ」
隣の階段を登っていく彼女の背中が随分と逞しくなったと思いつつ、そっと報告書を取り出した。
一分後、集会場から黄色い歓声が上がり、五分後、鬼の形相をして集会場に入ってきた村長によって静かになる。