うーん、すべすべした肌。
……無毛のケモノとかハダカデバネズミ一択ですかね?
ではでは、出会いの六夜です。ごゆっくり。
六夜 異種
●●●
―――もうどのぐらい走っただろうか。
息も切れ切れに疾走する中、ふとそんなことを考える。
…もうかれこれ三十分は走っているのではないだろうか?
そんななんの確証も無い考えが頭をよぎる。
しかしそれでも止まる事は出来ない。何故か。
「ヴウゥルァ!!」
「ぁぁッ!!なんでこうなるのよ!?」
追われているからだ。
捕まったら終わりのイビルジョーに。
しかも雷光虫が機能しないせいで放電も出来ない。
…一体何が原因だったのだろうか?
それは嵐龍を見つけた辺りまで遡る。
●●●
一刻も早く動かねば。
嵐龍を確認後、そう判断した私の動きは迅速だった。
巣穴はもはや捨てを決め、日が沈む前には渓流を出る決意を固める。
夕焼けまであとどれぐらいだろうか?
少なくとも猶予はある筈だ。
最悪の事態は群れとの対面。
もしそうなったら1対多数の状況が待つのみだ。
……まぁ、ほぼ負けることは無いだろうけど。
しかし、子殺しは流石に辛い。
“群れ子を残すは喉笛を捨てるに値する”。
幼い頃、親から教わった数少ない言葉だ。
独り残された子は、復讐を糧として生きる。
その狂った牙は、対象を砕くまで止まらない。
痛みも、苦しみも、恐怖も、果てには死すらも無視して進む“ソレ”は正に狂竜。
他の群れを壊滅させるときには、自らを守るために他は一匹すらも生かさない。
それがジンオウガの掟だ。
しかし―――
“非情になりきれない”
私が自覚している、一番の欠点。
殺すという行為自体が好きではないし、子供など尚更だ。
「今度はどこに行くのかな…」
自分を中心に物事を動かすという発想の対極に位置するような思考回路には、いつもうんざりする。
たまには自分の思うがままに動いてみたいものだ。
理性の無い獣のように動けるならばどれ程楽なものか…
……こんな事思ってると渡り竜に怒られるわね。
獣だった私に、理性をくれた竜の声が頭に甦る。
『獣より、理性を持って過ごせば楽しいよ。きっとね』
死寸前の自暴自棄から這い上げてもらったその言葉は、ずっと耳に残っている。
大幅な移動によって出会う可能性も大幅に減るが、またいつか会えるだろう。…多分。
「よ…っと、んー」
木の棒を銜え、適当に上へと放る。
すこし先に落ちてきた棒を覗き込んでみれば、二股に分かれた枝先が、右斜めを指している。
方向的には嵐龍の落ち着く地の真逆右寄り。
「じゃあ…あっちでいいか。」
自分でも適当な決め方だとは思う。
しかしこれぐらいの方が後腐れが無い。
とりあえず赴くままにこの地から離れて―――
ヴァチッ
「…ッ!?」
耳元で嫌な音が響いた。
そう、それは聞き覚えのある、“蓄電殻が緩み、放電する音”。
嫌な汗が流れる。
これはマズイ。何がマズイかって…
地面は先程の雨でびしょびしょになっている。
そしてここは結構見晴らしの良い場所。
周囲のモンスターが嵐龍によってピリつく中、こんな場所で放電すれば―――?
ヴァリィイイ!!
「おおおおぉ!?」
下の水を伝い、周囲が金色に輝く。
何が起きているのかと言えば簡単。
金雷が水を走った。ただそれだけ。
しかしピリつくここ一帯のモンスター達に、挑発攻撃と受け取られるには十分すぎた。
ザザ―ザ――――
明らかに自然のものではない、木々の揺れる音。
そして抑えきれていない怒り狂う気配。
それは、私の背を押し出すには十分だった。
「ヴグリゥアアァアア――――!!」
「まっ…ずい!!」
聞き覚えのある声。
ここ一帯ではあまり聞くことのなかった声だ。
全てを食い散らかす竜、イビルジョー。
……よりによってこいつかぁぁぁ!!
運の無さに内心、多量に落涙しつつ、全力で走り出す。
逃げる以外に方法は無い。
しかも僅かに見えた顔には赤黒い粒子を纏っていた。
……完全にブチギレてますね。
あんなイビルジョーは見たこと無いが、とりあえず雰囲気がヤバい。もう目がイっちゃってる。
そうして私たちは追いかけっこを始めることとなった。
●●●
……森…!!
体力も尽き始めた頃、やっと森が見えた。とは言ってもただの森ではなく、竹で出来た森だが。
しかし結構前に岩場を抜けてから、見晴らしの良い原を駆けていたため、攪乱できそうな森なら大歓迎である。
ただ、凹凸の多い足場はこちらの体力を大きく削る。
この行動選択が裏目に出ないことを祈るばかりだ。
森に入った途端、全力で速度を上げ、細い隙間を縫うように駆ける。
体力はもってあと少し。逃げ切れるか―――?
と、
「グ――ッ!?」
「ッおわ!?」
それは本当に突然だった。
顎に何かが当たったと思うと足に力が入らなくなり、宙に浮いた。…浮いた?
「馬鹿!死ぬぞ!!」
聞こえてきたのはあの変な竜の声。
どうも尻尾を私の腹に巻きつけて飛んでいるらしい。
とんでもない筋力だ。自分とそれよりも重いであろう私を抱えながら飛んでいるのだから。
しかし言われた意味が分からない。
死ぬ?私が?
「何を言って…」
「言葉通りだ。あれ見りゃ分かる」
恐らくは眼下に見えるイビルジョーの事を指しているのだろう。
言われた通りに観察してみる。
いつの間にか目を回している事に若干の驚きを得るが、どうせ何かに頭でもぶつけたのだろう。
…10秒は経っただろうか。今のところ何も起きていない。
「…ねぇ」
「…寝てるのか?」
何の話だ、と言いたくなるが、声音から察するにこちらの命に関わる事は間違いないらしい。
しかしなぜ助けてくれたのか、そして何故ここにいるのかは全く分からない。
と、
「グルぁアアああ゛!!」
「ッ…」
「起きたわね」
目を回していたイビルジョーが立ち直った。
ビリビリと響く咆哮が周囲に走る。
上の竜もナルガクルガと同じ種なら轟音には弱いはずなのだが…
「…ねぇ、大丈夫?」
「今の声か?ちょっと気が昂ったぐらいだ。安心しろ」
ものすっごいフンスフンス言っていて心配なのだが…
ケ―――――――
…ひ
ふと聞き覚えの無い声が聞こえた気がした。
それはこちらの背筋が凍りつくほどに怖く、どこか死を連想させた。
「お、やっと来たか。見てみ」
「……」
何が起こるのかは分からないが、あまりここにはいたくない気分だ。
そしてそれは突然起きる。
「ガッ…!?」
「え…?」
「わーこりゃ縄張り荒らされてブチ切れてるわ」
急激という言葉すら生温い速度で成長した無数の竹がイビルジョーを貫いた。
そしてその光景に言葉を失っているうちに竹が引っ込む。
残ったのは全身に無数の穴を開け、絶命したイビルジョーだけだった。
「なにが…」
「ここを縄張りとしてる主だ。入った奴は皆ああなる。良かったな、助かって」
「……」
この近場に住んでいた私でも知らなかった事だ。
こんな場所があるとは…
しかし本当に分からなくなった。
“何故この竜は私を助けたのだろう?”
自分を助けたところで何の得も無いだろうに。
何か裏があっての行動という事は分かるのだが…
「とりあえず竹林外まで行くぞ」
今はこちらを吊り下げる竜の言葉に頷くしかなかった。
○○○
あっぶねぇ…
今の内心を言葉に表すとするならばこんな感じだろう。
師匠から教わった各地の“死に場”を覚えておいてよかった。
このジンオウガを見かけたからと様子見で追って自分も入ってしまうなんて。
“主の巣”に入る寸前で気が付けた。
二匹が既に入った後で焦ったが…助けられてよかった。
……焦る?
特に助けたのに理由なんてない。
別に自らの命を投じてまで救う必要なんてなかった。
今までと同じように自らの命を第一とし、他をその二とすればよかったのに…
…変な話だ。
そんな風に思案しながら竹林の外まで来た。
ジンオウガを下ろしつつ、こちらも着地する。
「……で?何してああなった。雷で追い払えんだろ」
「…雷が使えない」
「あ?」
「雷光虫を従わせる事が出来ないから雷が操れない」
「…理由は?」
「分かんない」
「そりゃ変な話だな」
しかし見たところ本当のようだ。
コイツに食らった雷の強さなら、おおよそなモンスターは追い払えるはずである。
「…なら今度はこっちが訊きたいことがあるのだけど」
「何だよ。種か?」
「それもだけど、なんで助けたの?」
「…気まぐれだ。たまたま見かけたから、助けた。それが何か?」
「………随分複雑な考えね。まるで人間のよう」
「よせよせ。あいつらと俺らは違う。分かってんだろ?」
「…そうね。で、種は?」
「異種」
「…はい?」
「だから異種。俺と師匠はそう呼んでる」
割とこちらの話題に食いついてきそうだ。
これなら先程聞いてもらえなかった話を聞いてもらえるかもしれない。
……雷で逃げることも出来無さそうだしな。
「異種?それはどういう意味?」
「普通とは違うって意味だ。例えば…」
全力で腕を振る。
その動きに合わせ、翼刃が音を立てて走る。
ヴ―――
青白い何かが刃から飛び出した。
それは少し進むと、空気に溶けるように消える。
「俺はこれが出来る奴を見たことが無い。つまり、普通とは違う」
「…じゃあ私も異種とか言うのかもしれないわね」
「……?いや、そうだろ?」
しかしジンオウガの口調は確認ではなく、疑問とどこか期待を込めたようなものだった。
俺にはその含みを察することは出来ない。が、
……なんかありそうだな。
それぐらいなら分かる。
自らの種を訊かれた時の過剰反応、そして今の口調。
「異種、ね…」
「お前のとこじゃ違う呼び方でもされてたのか?」
「……さぁ?私の“ところ”なんて無かったし」
「まさかお前渡り竜か?」
「…そう言われるのも間違いではない、かな」
……そういうことか。
群生する種のなかでも異端、各地を一匹で渡り歩く竜の蔑称、渡り竜。
そう呼ばれることが間違いではないというならば、群れに入らなかったことを示す。
原因は十中八九、通常とは違う異種の部分だろう。
恐らく心の奥底では自らが普通と同じでありたかったのだ。
だからこその先程の口調。
「…お前はこれからどこへ行く」
「どこか適当に渡り歩く」
「……どうだ、俺と一緒に来ないか?」
「…その理由は?」
―――無い。
そう言ってしまってもよかった。
が、どこか自分でもそれは違う気がした。
あえて言うならば心配。初めて見つけることの出来た自分と同じ異種が死ぬという心配。
でもそれを素直に口に出すことは出来なかった。
「さぁ?でもお前すぐ死にそうだしな」
「…私の得は死なない事、ね………」
「何だよ」
「いや、縄張り意識の無さ、種の共生、複雑な思考。竜じゃないみたいと思っただけ」
「お前もそうだろ」
先程から話していて思う。
このジンオウガの異種は竜としての何もかもが薄い。
俺は師がそうだったから、と理解できる。
しかし渡り竜のこいつはどうしたらこんな風になれるのか。
…理由に興味本位が追加された。
「で、来るか?」
「行ってあげるわ」
「そうか」
「そうよ」
随分と生活が変わりそうだと、そう思いながら溜息を吐いた。
自分でもどうしてあんな事を言ったのか分からない。
……星のババァがなんて言うか…
師を貶しつつ、一つ気になる事を口から零す。
「そういやお前なんて言うんだ?」
「…?異種じゃないの?」
「あーそりゃ種だ。ってお前名前無いんだったっけ」
「うん」
「…じゃあ適当に呼ぶわ。ジンオウガの別名が雷狼竜だから…」
「なんか結構違うのにしてね。同じは嫌」
「じゃあお前の甲殻の色と合わせて“
「それでいいや」
「お、おう…いいのか…」
「まあ、よろしく」
「…よろしく」
適当に決まった名前でいいのかと思いつつ、頭を下げる。
これがジンオウガ異種、“金”との始まりだった。