遠い昔の話だ。
私がまだ、今よりずっと小さいころ。
殺し屋になってすら、なかったころ。
そんな、昔の話。
私と、あぎりだけの。
秘密の話。
私は、ロシアで産まれた。
とても短い期間だったが、普通の家庭で普通の生活を楽しんでいた時期が私にもあった。
あの時の私は自分の未来がどうなるか、なんて事は微塵も考えていなかった。
毎日、新しい物に追いついていくのが必死で。
自分の今を、全力で過ごすのに必死で。
だから、両親がいなくなるなんて考えたことも無かった。
あのモスクワの劇場で、両親が。
ママが。
パパが。
物言わぬただの肉の塊に、一瞬で姿を変えるなんて。
小さくて未成熟な、当時の私の頭では想像もつくはず無かったのだ。
そこからあとは、あまり覚えていない。
私を引き取った、優しそうなおじさん達はもう既にいなくなって。
私の手には、ナイフがいつの間にか握られていた。
それだけは覚えている。
そして、組織とやらの施設で一緒になった一人の少女のことも覚えていた。
「私、あぎり。よろしくね」
彼女は、あぎりと自ら名乗った。
見た目からして日本人だということはすぐに分かった。
その落ち着きようからてっきり年上と思っていたが、私とほとんど変わらないと聞いて驚いたのを覚えている。
同年代、ということもあってか私達はだんだんと話すようになっていった。
そして、ある日。
私に、初めての仕事が舞い込んだ。
標的は、私の両親を奪った事件に関わった一人の男。
それまでは、ずっと施設で同じような訓練の繰り返しだったものだから。
私は、内心喜んだ。
やっと、あのつまらない訓練から開放されるんだと。
人を殺せるのだと。
復讐が出来るのだと。
私はその事を、心を弾ませながらあぎりに話した。
やっと、仕事が貰えた!
これで復讐できる!
あぎりはそんなふうにはしゃぐ私を。
いつものように微笑みながら。
けど、少し悲しそうな目をして見つめていた。
そして、決行当日。
深夜の街、誰も居ない街道で。
私は服にナイフを忍ばせて、その時を待った。
しばらくすると、一人の酔っぱらいが現れた。
写真にあった顔、間違いない。
奴が、ターゲット。
私は男の後をつける。
全く私に気がついていない。
なんて無防備。
なんて無警戒。
こんな奴に、私の両親は殺されたのか。
そう思うと怒りが自然と湧いてきた。
でも、今はまだ我慢。
もっと人目につかないような、暗く寂しい場所で始末しなければ。
フラフラとおぼつかない足取りに、私はイライラする。
こいつめ、はやく歩け。
お前の死に場所に、さっさと案内しろ。
同じ目に……いや、もっとひどい目にあわせてやる。
はやる気持ちを抑えながら、私は一定の距離を保って男の後をついていく。
数分も歩くと、人気のない路地裏があつらえたように現れた。
この辺りがいいだろう。
私はナイフを取り出して、訓練で教わったようにそれを構えた。
そして真っ直ぐ、音もなく。
しかし全速力で男へと突っ込んでいく。
ナイフが男の背中に突き刺さる瞬間は、まるでスローモーションを見ているようだった。
まず、ナイフの先端が男の体に接触。
僅かに押し返された感触の後、プツリと彼の皮膚にナイフが挿入されていく。
その後は、全く抵抗なく。
ナイフを彼の体が飲み込んだ。
彼の体の内部に、かなりのダメージが与えられたことだろう。
ナイフを引き抜くと、先程まで鋭く光っていた刃先が。
今度は血と油に塗れて、ぬるりとした生暖かい光を放っていた。
刺されて数秒後、男の酔いが覚めたようだ。
そして更に数秒後、自分の体に何が起きたかを理解したらしく地面に倒れ込む。
しかし、まだ息があるようだ。
怯えた目で私を見ながら。
安定しない呼吸を、続けていた。
「た、助けて……」
何やら男が言っている。
そうだ、止めを刺さなくちゃ。
確実にコイツがあの世に行くように。
私が男に近づくと、男は必死にもがいて逃げようとする。
だが、そんなのはムダな抵抗も良いところだ。
私はすぐに男を捕まえて、首筋にナイフを当てる。
男が「ひっ」と悲鳴をあげた。
「やめてくれ!やめてくれェ!」
「うるさい」
私は、彼の首をサッと薙いだ。
すると、大量の血液が吹き出した。
一体、その体のどこにそんな量の血液があったのかと思うほど。
本当に噴水のように。
噴き出した彼の血が、私に降り注いだ。
男はというと、喉をやられたせいか声も出ないらしい。
そのまま、男はあっけなく。
本当にあっけなく、その生涯を終えた。
何も言わず、とても静かに。
血の噴水の勢いは、徐々に弱まり。
やがてそれも止まる。
「……死んだか」
彼はもう、ピクリとも動かなかった。
さっきまで、陽気そうに歩いていたのが信じられない。
だらしなく開かれた口からは、舌がだらりと伸びていた。
「……ざま見ろ」
なんとなく悪態をついてみた。
だが、私の心は晴れない。
こんな簡単に済んでしまうなんて、思ってもみなかった。
もう一度、私は男の死体へ目をやった。
その時。
彼と、目が合った。
「あ……」
言いようのない気持ちの悪さが、いきなり私を包み込む。
あの、どこまでも深く淀んだ沼のような目。
死体の目。
それが、真っ直ぐ私を覗き込んでいる。
「っ……!」
とっさに目を逸らす。
でも、もう遅かった。
私の網膜に、彼の苦悶の表情が。
焼き付いて離れない。
「……あんなもの」
ただの死体だ。
肉の塊だ。
仕事だから、仕方ない。
私のせいじゃない。
そう何度も自分に言い聞かせる。
あいつは、私の両親を殺したんだ。
だから、私も殺してやった。
当然の報い。
復讐だ。
私の頭を押さえつける言葉が、だんだんと過激さを増していく。
それでも、あの目が。
私に付き纏い続ける。
仕事を終えて、施設に戻っても。
ずっと、ずっと私の周りをぐるぐると。
「はぁ……」
いい加減に、うんざりだ。
もういい、今日は寝よう。
私は、ベッドに転がり込んで電気を消した。
「……?」
それが、まずかった。
闇に乗じて一斉に。
あの目が、私を取り囲む。
「う、あ」
私のことを、見つめている。
「ああああああああああああああああああああああああああああああ!!」
私はたまらず、電気をつけた。
すると何事も無かったかのように、奴らは消え失せる。
でも、私は恐ろしくて仕方がなかった。
電気を消せば。
闇が訪れれば。
またあいつらがやって来る。
私はベッドの上で、膝を抱えて震えていた。
「はっ……あ……」
呼吸も、落ち着かない。
苦しい。
そんな時、部屋のドアが開いた。
「おかえりなさい、ソーニャ」
「あぎり……」
そこに居たのは、あぎりだった。
でも、普段とは様子が違う。
いつも顔に張り付いている微笑みは消え失せて。
代わりに少し悲しそうな顔をしている。
「お仕事、終わったんですね」
「……うん」
あぎりが、ベッドの上に腰掛ける。
ギシ、とスプリングが音を立てた。
「……私も、そうなりましたねぇ」
「え……」
「……ソーニャも、見られてるんでしょ?」
「……あぎりっ!」
私は思わず、あぎりに抱きついた。
温かい。
そして、とても懐かしい。
小さいころの、遠い記憶にあった温かさ。
「あぎり……!」
「……ソーニャ」
「あぎりぃ……!」
この時のあぎりは、私にとっての全てに思えた。
私が失ったもの。
私が捨てたもの。
私の過去。
そして未来すらも。
この温かさに、すべてが詰まっているように思えて仕方がなかった。
そう信じたいだけだった、と言ってしまえばそうかもしれない。
でも、私はそれにすがるしかなかったのだ。
そうでもしないと、あいつらが。
あの目の群れが。
一瞬で私の心を押しつぶしてしまうだろう。
あぎりは黙って、私を抱き返した。
あぁ、なんて安心感だろう。
もう、嫌なことなんか全て忘れてずっとこうしていたい。
そのまま抱き合って、およそ数分が経った頃
あぎりがいきなり、しかし優しく。
私をベッドに押し倒した。
「あぎり、何を……?」
「悪いことは、忘れてしまいましょう」
「それ、どう言う……」
私が言い終わる前に、あぎりが私に覆いかぶさった。
同時に、私とあぎりの唇が接触する。
「んっ!?」
「んう……」
あぎりの舌が、私の唇をこじ開けた。
彼女の一部が、口内で暴れまわる。
口の中を舐め回される感覚。
なんだか、変な感じ。
「ぷぁっ」
「っは……」
数秒間、お互い見つめあう。
あぎりは、少しだけ顔を赤くしていた。
私は今、どんな顔をしているんだろう。
「ソーニャ」
「……なに」
「……可愛いですよ」
「な……んんっ」
あぎりはまた、私の唇に食らいついた。
激しく、強く。
時々優しく、甘く。
キスをしながら、あぎりは私の胸に触れる。
そして、ボタンを一つ一つ外して行った。
この時、私は状況を今ひとつ理解できていなかったのだろう。
これから、あぎりが私に何をしようとしているのか。
私が、どうされるのか。
まだほんの子供だ、わからなくて当然だろう。
普通なら、逃げ出していたかもしれない。
「……ソーニャ?」
「ん……」
「抵抗、しないんですね」
「……別に、なんとなく嫌じゃないし」
むしろ、私は何かを期待していた。
出来ることならずっとこのままがいいな、とか。
ずっとあぎりとこうしていたいな、とか。
自分でもよくわからない。
けれど、多分本能の方はあぎりを求めていたんだろう。
本能は、誰より欲望に忠実だ。
でも、一体どんな欲望なんだろうか?
三大欲求とはまた、違った欲望。
相手を求める心。
人の生存には、直接関わってこない部分。
けれどやっぱり、必要不可欠な何か。
わからない。
考えている間に、私の胸が露わになっていた。
その上を、あぎりの指が行ったり来たりしてくすぐったい。
「小さいですねぇ」
「お前も同じようなもんだろ」
「ソーニャより、ちょっと大きいですよ」
「へぇ……」
そんな会話をしながら、行為は次のステップへ。
あぎりの指が、胸の上で何周かした後に。
私の胸の突起が指で弾かれた。
全身の神経に、電流が走る。
「ひぅっ!」
思わず、声が出た。
情けない声。
「ふふふ、いい声ですねぇ」
それを聞いたあぎりが、静かに微笑んだ。
余裕そうな表情で、私の胸を弄ぶ。
指の次は、手のひらで。
未熟な乳房がふわりと包まれ、揉みしだかれる。
さっきの鋭い快感とは違う、また別の気持ちよさ。
体の奥底から、静かに湧き上がる溶岩のような熱が、私を支配していく。
「ソーニャ……あむ……」
「ふぁっ!」
今度は舌が、胸を這う。
生暖かい唾液が、軌跡を作る。
そして、体に染みこんでいく。
天然の媚薬のような。
「美味しい……」
「あ、あぎり……あぁっ!」
「ふぅっ……んむ……」
あぎりは時々息を漏らしながら、私に吸い付いてきた。
私は、されるがまま。
あぎりが胸を責めて。
時々、キスをして。
しばらく、そんな状況が続く。
「はぁ……ぁ……」
「すっかり出来上がりましたね……それじゃ」
あぎりは、今度は自分の服のボタンを外し始めた。
ぷち、ぷちと小さく音がする。
そしてあぎりの胸が、目の前に現れた。
なるほど、確かに私よりある。
少しだけ、だが。
「今度はソーニャの番ですよ」
「私の……」
「……好きにして、いいですから」
私の上に乗りながら、そんな事を言う彼女。
どっちかというと、私のほうが好きにされているみたい。
好きにしていいとあぎりが言うので、とりあえず私は彼女の胸に触れてみた。
さっき彼女が私にしたように、手のひら全体で乳房を包むように。
あったかい。
そして、柔らかい。
「んっ……」
彼女の体が、ぴくりと反応した。
手のひらのちょうど中央あたりに、なにか硬いもの。
少し擦ってやると、あぎりの体がまた小さく跳ねた。
「いいですよ、ソーニャ……」
「あぎり……」
私は起き上がって、彼女の胸に顔を埋めた。
あぎりの胸を舐め回す。
汗のためか、少ししょっぱい。
「はぁっ……ん……」
まだ少女とは思えないほど、悩ましく色っぽい声であぎりは喘いだ。
本当に、私の一つ上なんだろうか。
でもまぁ、今はそんなことどうでもいいか。
私の体で、今度はあぎりが気持ちよくなっている。
それがなんだか、とても嬉しいことのように感じられた。
「ソーニャ、もっと……」
「わかってる、んぅ……はぁっ」
彼女の汗と、私の唾液が混ざり合う。
不思議な味。
あぎりの味。
私の舌と、彼女の肌。
摩擦は、ほぼゼロ。
なめらかに、滑るように。
彼女の胸を、体を弄ぶ。
私の吐く息と、彼女の甘い声。
夜の部屋に、静かに響く。
舐めて、吸って、転がして。
あぎりの神経を、刺激する。
あぎりの頭を、私でいっぱいに。
「あっ、はぁ……ソーニャ……!」
気持ちが昂ぶったのか、あぎりが私の方に倒れこんでくる。
そのまま、再びキス。
あぎりとベッドに挟まれて、私は押し潰される。
圧迫感。
苦しい。
けど、それが気持ちいい。
私と彼女の境界が消えて、一緒になってしまいそう。
一緒に、溶けていきたい。
混ざり合ってしまいたい。
そしてずっと、一緒にいたい。
そうすれば全部、忘れてしまえる気がする。
嫌なことも、悲しいことも。
昔の思い出も。
あの目も。
快楽が津波のように押し流していってくれる。
その濁流に身を任せて。
どこまでも、どこまでも。
どこか知らない場所へ、流れて行きたい。
そんな気分だ。
「ソーニャ……」
「あぎり……」
「……もう、こんなに」
「あっ!?」
あぎりが、私の下着に手を突っ込んだ。
彼女の指が優しく、割れ目をなぞる。
「はぁっ……あ、ぎり、それ……」
「気持ちいいですか?」
「……うんっ」
「じゃあ……ソーニャも」
片方の手で、私をまさぐりながら。
もう片方の手で、あぎりはスカートをまくり上げる。
その奥にあるパンツには、うっすらとシミが出来ていた。
「……ふっ」
「……どうしたんです?」
「いや、別に……」
こんなに彼女は大人っぽいのに。
パンツは私と似たような、子供用だったのがなぜだか無性におかしくて。
思わず笑ってしまった。
「ほら、ソーニャ」
「急かすなよ……」
私たちは抱き合って、ベッドに埋もれながら。
お互いの秘部を、お互いに優しく責めた。
腹の底が、炎が燃え上がるように熱くなっているのがわかった。
あぎりの割れ目からも、とめどなく愛液が溢れ出る。
「んっ……あ、ぁ……っ!」
「ふぅ……んっ、んぁっ……」
体内に溜めきれなくなった熱が、声となって溢れ出る。
もう、頭のなかはぐずぐずだ。
何も考える事ができない。
その間にも、私達の熱量はどんどん膨れ上がっていく。
もうすぐ、臨界点。
いつ弾けたって、おかしくない。
「あぎり、もうっ……!」
「私も、です、ソーニャ……」
あぎりの切なそうな声。
脳が溶けそうな響き。
指の動きは、激しさを増す。
「あ、あぎりぃっ……!」
「ソーニャ、ぁっ……」
そして、破裂する。
ぱしん、と頭の奥底で。
何かが小さく爆発するような。
何かが外れたような。
「あ、あああっ……!」
「ふぅ、うん……っ!」
そして、波が引いていく。
「は……は、ぁ……あ……」
「ぁ……は……」
呼吸音にかき消されそうなほど、かすかな声で。
狭いベッドで、二人が仰向けになって余韻を楽しむ。
窓からやってきた隙間風が、私達の体から熱を奪っていった。
クールダウン。
体が、重くなっていく。
「……ソーニャ?」
「ん……」
「気は、晴れましたか?」
「……うん、もう」
行為に夢中で、先程まで私を見ていた目のことなんてすっかり忘れてしまった。
「もう、大丈夫」
「……よかった」
「……ありがとう」
「いいえ、それほどでも」
あぎりはそう言って、にっこりと笑ったあとに。
私の額に、軽くキスをしたのだった。
時は流れて。
「……こう言う服は慣れないな」
「お仕事ですからね、ちゃんと着こなさないと~」
私のネクタイを締めながら、あぎりが言う。
「はい、出来ました」
「……上手いな」
「今度から、ちゃんと自分でしてくださいね~」
「出来るかな……」
二人揃って、同じ格好。
学校の制服。
私たちはこれから、日本での長期潜伏を開始するのだ。
そのために、セーフハウス近くの高校へ通う。
普段はごくごく普通の女子高生として。
そして、仕事の時は殺し屋としての二重生活を送る。
本当の事を知っているのは、組織の幹部と。
あぎりだけ。
見慣れない国の、見慣れない街で。
お互いの秘密を知っているのは、私達だけ。
「さ、行きましょうかソーニャ」
「……」
私はふと、あの夜を思い出す。
私とあぎりが一つになった、あの夜を。
結局あれ以来、私達が体を重ねることは無かった。
「……ソーニャ?」
「あ、あぁ……」
「しっかりしてください、最初が肝心なんですから」
「最初が肝心、か……」
けれど、どこかで。
私たちは、どこかで。
きっと繋がっていると信じていたから。
もう必要無かったのかも、しれない。
「そのとおりだな」
「何がですか?」
「なんでもない。じゃ、行くか」
玄関のドアを開けると、柔らかな春の風が舞い込んできた。
空を見上げると、真っ青な空が広がっている。
私たちは並んで、学校へ続く道を歩き始めた。
おわり。