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40℃程のお湯が私の身体を滴り落ちる。
普段のシャワーよりも強い水圧が少しだけこそばゆい。
念入りに洗った身体を鏡に映しながら、私は早く脈打つ心臓に左手を添えてみた。
とくんー
とくんー
ジャージャーと浴室内に鳴り響く水温が、”ベッド”で待っているであろう彼に聞こえていると思うと恥ずかしい。
ふと、私は蛇口を回してシャワーを止める。
途端に訪れる静寂は、夏の夜空に散らばる星のざわめきすらも消し去った。
浴室のドアを開け、バスローブに身を包みながら、私は濡れた髪もそのままに部屋へと戻る。
ピンクが基調とされた室内で、大きなベッドとテレビに冷蔵庫。
洗面所には歯ブラシからシュシュまで揃えられ、雰囲気にさえ目を瞑ればビジネスホテルと言われても信じてしまうだろう。
ただ、ベッドの枕元に置かれた正方形の小さな包みが、その幻想を打ち消すかの如く、ココがラブホであるのだと現実に私を引き戻した。
「……あ、あの、あがりました」
「……。髪くらい乾かせよ」
ぶっきらぼうに言い放つその言葉は、あの部室で普段と変わらずに私を対応しているソレと同じ。
私に目を向けようともせず、彼はスマホに目を落とし続ける。
そんな彼もバスローブで身体を包んでいるわけなのだが、どこか制服を着ているときのような幼さは無い。
「…わ、私の準備はできてます!」
「……そうかよ。言っておくが、俺に多くは求めるなよ?言わずとも分かると思うが、俺はこうゆうことをするのが初めてだ」
私は千鳥足もさながらに、そっと彼の隣に腰を下ろすと、ギシっと音を立ててベッドが私のお尻を吸い込んだ。
「大丈夫です…。私も、初めてですから……」
初めて、なんて言ってもきっと彼は信じてくれないのだろう。
ビッチが。とか。
あざとい。とか。
そうやって、私たちに一線を引いて騙し続ける卑怯な人だから。
「……見ればわかる」
ふわりと撫でられた頭と、予想外の返答。
「そんだけ震えて、逆に経験済みだって言われるほうが信じらんねえよ」
「ふ、震えてなんかいません!」
「手も、風呂上りにしては冷たいぞ?」
「冷え性なんです…っ!」
彼がベッドの脇に備え付けられたスイッチをoffにすると、室内の電灯は明るさを失い、窓際に置かれた間接照明だけが彼の顔を小さく照らした。
きゅっと。
優しく抱きしめられた私の身体からは力が抜ける。
暖かい香り。
紅茶の香りに紛れていつも漂う陽だまりの香りだ。
「な、なんで、そんな手慣れた感じなんですか……」
「手慣れてねえよ。ただ、こうしたかっただけ」
「あ、あざといです!……あの、もっと強く…」
「ん」
ベッドに2人で倒れるように横になると、彼は優しく私の身体を抱きながら、普段では見ることの出来ない影のある顔で私に囁きかけた。
「……本当に、俺でいいのか?」
「…はい。先輩がいいんです。他の誰でもなく。先輩が」
ふにゃりととろけた私の顔はどうしようもなくだらし無いであろう。
そっと唇がくっ付いた瞬間に、胸に詰まっていた切なさは幸せへと昇華し、足の指から湧き上がるように身体が熱くなる。
「そ、その、胸も触って……」
「……ん」
いつの間にか脱がされていたバスローブがベッドからゆらりと落ちていた。
露わになった私の身体は彼の目にどう写っているのだろう。
くびれたウエストも、膨らんだ胸も、整えられた陰毛も、全部全部、彼に好きになってもらいたい。
そう、切に思いながら、私は彼の唇に貪りつく。
「…ん。……綺麗だ。…一色」
「ぁ、ぁぅ…ん…。せ、先輩…」
蒸気する息遣いは共鳴し、肌と肌の重なる部分は同じ体温を持った。
腕と腕、脚と脚が絡み合い、ベッドのシーツが乱れていく。
もう、我慢が……っ。
「せ、先輩……っ!」
「……」
「い、挿れ………」
ーーーーーーーー。
……………
……
…
.
.
.
リンリンリンリンリン!!
リンリンリンリンリン!!
「ん、んぅ〜。い、挿れてくだひゃい〜」
……。
あれ?
なんか目の前が急に真っ暗になったぞ?
さっきまで感じていた先輩の体温はまるで夏の日差しに照らされているみたいに蒸し暑い。
ベッドの軋む音だけが響いていたはずの室内に、なぜか耳をつんざくほどにうるさい目覚まし時計の音。
私は手を伸ばし、ベッドの上で先輩の身体を探す。
わさわさと、手は空を切るばかりでお目当ての物には打つからない。
「……ん?……うっ、眩しい…」
見慣れた天井はまるで私の部屋と同じだ。
……。
窓から差し込む太陽の光に目を背けながら、私はベッドから上半身だけを起こし自らの身体を確認する。
「…確信しました。あれは夢だ…」
リンリンリンリンと喧しい目覚まし時計に鉄拳を振り下ろし、なぜか煮え切れない頭を切り替えるために枕へと顔を埋めてみた。
「……もふはほ!!!」
……ゆめかよ!!
…………
……
…
.
.
夢からの帰還は、同時に現実への帰還ともなるわけで。
怠い身体を無理矢理起こし、普段と同じように軽めの朝食と念入りなお手入れだけを済ますと私は家を出た。
夏の日差しは女子の天敵。
塀沿いに出来た日陰をコソコソと渡りながらバス停を目指し、毎日乗っている時間帯のバスに乗り込む。
ここまでの私は実に無気力だ。
今日は1限から体育だから?
週明けの月曜日だから?
バスの車内が暑いから?
……違う。
夢の中でお預けを食らったから。
それも、相手は葉山先輩でもなければイケメン大学生、ましてや大企業社員でも無く、……あのどうしようもない先輩に。
「…はぁ」
小さく吐いた溜息は人でごった返した車内では直ぐに無くなり消え落ちた。
車内の手すりに掴まりながら、腰やら腕に打つかるリーマンのバッグに苛立ちを募らせていると、私の近くに座っていた1人の乗客が席を立ち降りていく。
お、ラッキー!!
稀にある奇跡が今日起きてくれるとは。
そそくさと立ち上がった人と入れ替わるように座った席で、私はどっさりと腰を落とし鞄から取り出した手鏡で前髪をいじる。
今日の私も超かわいー!
先輩なんかには勿体無いですね!
……で、でも、あの優しく頭を撫でてくれた感じとか、ベッドに押し倒してきたときの顔とかは………。
……はっ!ないないない!
あり得ないって!
ちょ、ちょっとだけいいなぁって思うときもあるけど、それは彼氏とかそうゆうのじゃなくて……、利用しやすい先輩として?みたいな?
ま、まぁ、偶にドキッとさせられるのはそうゆうお兄ちゃん的なアレだよね!?
「……ん?」
ふと、私は手鏡越しに隣に座る乗客と目が合ってしまう。
私がそわそわして居たのを不思議に思ったのか、隣に座るその人は呆れたように……、どっちかと言うとバカにした感じで私を鏡越しで見ていた。
……輪郭や鼻筋はいっちょまえに整っていて、どこか落ち着きのある表情とおどけたアホ毛。
そして、腐った瞳。
「…せ、先輩!?な、何をー!?」
「な、何を??…いやつうか、大声出すなよ」
「だ、誰が私の隣に座ることを許可したんですか!」
「君が後から座ってきたんだからね?」
「……そ、その。はい。そうですか。…はい」
「……」
気まづい会合だ。
あんな夢を見てしまうから。
私はなんとなく、先輩から目を逸らそうと、用事もなにもないくせにスマホを睨みつける。
隣には私の気も知らずアホ毛を揺らしながら窓際に頬杖を構えて余裕をぶっこく先輩。
……や、やっぱり顔は悪くないよね……。
手も、本当に暖かいのかなぁ…。
……ち、違う違う!
何を考えてるの私!
よし、まずは深呼吸だ。
すーはー、すーはー。
……あ、お日様の香りだ。
なんて、どうにも本調子を取り戻せぬままに私はバスに揺られ続けた。
学校の最寄駅に着いた途端に、逃げるようにその場を立ち去ってしまったことを先輩はどうおもったのだろうか。
ただ、今の私はなんとなく先輩の近くに寄っちゃいけない。
そう、思ったから。
ーーーーーー。
6限が終わり、チャイムの音と同時に私は腕を目一杯に伸ばす。
長いようで短い授業が終わり、クラスメイトはどこか浮ついた様子で帰り支度なり部活支度なりを始めた。
……はぁ、生徒会の仕事はほとんど無いし、サッカー部に行くのも怠いですし。
「……仕方ない。奉仕部に顔でも出しますか」
とてとてと歩き、トイレの鏡で身なりのチェックを軽く済ます。
奉仕部の部室がある特別教室棟へと階段を上がり下がりすること5分、ようやくたどり着いた部室の前で、再度軽く手鏡で身なりのチェックを行った。
「お疲れ様でーす。いやー、今日も暑いですねぇ」
「あれ?いろはすじゃん!こんなところで会うなんて奇跡じゃね?」
静かで緩やかな空気が流れていると思って戸を開けた途端、私の機嫌を直降下させる人物。
戸部……先輩だと?
「…おまえの奇跡、ハードル低過ぎるだろ」
「ちょ、ヒキタニくん言うわー!」
普段の部室とは違い、机の上に紅茶もお茶菓子も用意されていない。
用意する人物が居ないのだ。
「珍しい組み合わせですね。雪ノ下先輩達はどうしたんですか?」
「結衣と雪ノ下さんは職員室に寄ってから来るってよ!」
「戸部先輩には聞いてません」
「いろはすひどっ!」
ガタンっ!と大袈裟にリアクションをする戸部先輩の横で、先輩は鬱陶しそうに文庫本に目を落とす。
ページを捲る指は夢と同じようにしなやかに長く伸びていた。
「そんなことよりヒキタニくん!さっきの話の続きなんだけどさ!」
「…」
「ちょっ聞いてる!?」
「…その話、真面目に聞かないとダメか?あまりにバカバカしくて聞くに堪えんのだが」
「いや信じてないっしょ!?マジなんだって!ほら、俺の右手見てよ!」
そう言いながら、相変わらず騒がしい戸部先輩は自分の右手を先輩の目の前に差し出す。
その手には包帯が手首を覆う程に巻かれていた。
「あれ?戸部先輩怪我したんですか?よく知りませんけど自業自得ですね」
「なんだ?魔力でも封印してんのか?ちょっとカッコいいじゃん」
「2人ともガチで聞いてって!コレ見てもそう言える!?」
戸部先輩は慌てて巻いていた包帯を取り外しすと、その中からは冗談では済ませそうにない大きな火傷?アザ?みたいな模様が。
それは手の甲全体を覆うように広がっている。
「……おまえ、コレどうしたんだ?」
「だから!さっきから言ってんじゃん!呪われたんだよ!!」
呪われた?
何を言ってんですか?
バカなんですか?
と、口に出そうとするも、戸部先輩があまりに必死であったから黙ることにする。
すると、先輩は戸部先輩の手を持ち、その痣を念入りに見始めた。
「…火傷…じゃないみたいだ。痛いのか?」
「い、痛くはないんだ。でも、3日前くらいに気付いて、なんか、どんどん広がってるような…」
「病気とか…、いや、こんなの聞いたことがないか…。打つけた覚えはないのか?」
「ねぇって!…朝起きたらできてたんだし…」
「朝起きたら…。コレが出来る前の日に何か心当たりは?」
と、先輩は丁寧に戸部先輩の手を離すと、包帯を巻き直すように指示する。
「…ん?その日って、確か私と戸部先輩で神社に行った日ですよね?」
「え、あ、あぁ、そういえば…」
「神社…。寒川神社か?稲荷神社?もしかして八坂神社?」
「ちょ、ヒキタニくん神社に詳し過ぎっしょ」
「は?千葉県民の常識だろ」
「先輩の常識を世間一般の常識と同じにしないでください。……私たちが行った神社はその何処でもありません」
あの日はサッカー部のマネージャーとしてポカリや氷を買いに行って、戸部先輩もサボりついで付いてきたんだっけ。
その帰りに、偶々通りかかった小さな神社で、暇潰しに賽銭投げときますか、ってノリで立ち寄ったのだ。
「あーあ、どうせおまえら、そこでゴミをポイ捨てとかしたんだろ。それで呪われたんだよ」
「いやいや、流石にそれは罰当たり過ぎますって」
そんな軽い冗談を言い合っていると、戸部先輩の顔がみるみる青くなっていき、額から大量の汗を吹き出し始めた。
「…おまえ、捨てたのか?」
「戸部先輩サイテー」
「ち、違うって!ガチで違う!!……ただ、その…」
何故か言い淀む戸部先輩は尚も顔面蒼白のまま何かを思い出している。
流石に心配になったのか、先輩が戸部先輩の肩に手を置いた。
「おい、冗談に決まってんだろ。おまえ、大丈夫か?」
「…っ。願掛け……。な、なぁいろはす!あの時さ、何を神様にお願いした?」
「へ?え、そんな急に言われても…」
戸部先輩はゴクリと唾を一つ飲み込み、落ち着かないままにうな垂れる。
「俺、結衣のオッパイを触りたいって願った」
「「……」」
室内は途端に静まり、先輩は普段以上に腐った瞳で戸部先輩を睨んだ。
なんか、シリアス感出してた自分が恥ずかしいですね。
もうこいつ窓から捨てちゃいましょうよ。
「ち、違うんだ!…そ、その、冗談で願ったっていうか、魔が差したってか……、いや、そんなことよりも、その日から俺、毎晩変な夢を見るようになって…、その、結衣のオッパイを触る夢なんだけど…」
「……戸部、それはおまえの深層心理が由比ヶ浜の…、その、アレを触りたいとだな…」
「戸部先輩不潔です」
「ま、マジで軽い気持ちだって!いやホントに、さすがの俺でもそんなに毎晩夢で見る程に欲求不満じゃないって!」
「…おまえ、それで何が言いたいの?もしかして、由比ヶ浜のソレを触ればアザが治るかもとか言うんじゃねえだろうな?」
「こ、怖いよヒキタニくん!もしかしたらって話!」
夢の話がどうとか、本当にバカみたい。
なんて思いながらも、今、私の隣に座っている先輩に夢の中で優しく触られた身体が少しだけ疼いたのは気のせいか。
「…もしかしたらの話で犯罪者を出すわけにはいかんだろ」
「でも、結衣って結構無防備だから、躓いたフリして触ればいけるかも…」
「リトさんの技を舐めるな。…そもそも、そんなことしたら雪ノ下が……」
と、先輩が話し出した瞬間に部室の扉が開く。
そこに現れたのは雪ノ下先輩と結衣先輩。
相変わらず仲がよろしいようで。
「ん?珍しい組み合わせね」
「えー?あ、いろはちゃん、トベっち、やっはろー!」
雪ノ下先輩、普段はノックしなさいとか私たちに言う癖に自分はしないんだ…。
なんて口にだしたら泣かされるからやめておこう。
「…よ、よう結衣!じゃ、じゃぁ俺はもう帰るわ!ひ、ヒキタニくん!……俺のシカバネはヒキタニくんが拾ってくれよな」
「…と、戸部…」
何を言ってんだか。
あーあ、優しい結衣先輩はともかく、雪ノ下先輩が何と言うか…。
私はこれから起こるであろう事を予想しながら、戸部先輩の明らかに不自然な歩き方に注視する。
「……っ、う、うわあ。つ、躓いてしまって身体が倒れる〜〜」
世界の時間が止まったように。
戸部先輩の身体はゆっくりと宙に浮かび上がる。
スローに動く世界は確実に、戸部先輩の手は結衣先輩の胸へと伸びていった。
むに
「ふぇ?」
あ、柔らかそう。
「…わ、悪い!結衣!あ、足がアレでアレして!ま、マジで悪い!!」
「ぅ、い、いいよ!そ、それよりもさ、トベっちは大丈夫?」
あ、雪ノ下先輩の目が獲物を見つけたサメの目になった。
終わったな、戸部先輩。
「…お、おい、戸部。大丈夫だったか?まぁ、不可抗力だし、こんだけ頭も下げてんだ、許してやってくれよ。な、雪ノ下も」
「……世の中には不可抗力ですら罪に罰せられる法律が…」
「と、戸部!手は大丈夫か?」
先輩は雪ノ下先輩と戸部先輩の間に入りながら、戸部先輩に包帯を外して確認するように促す。
なんだかんだ面倒見良いですよね、先輩。
「あ、そ、そうか。…ちょっと包帯巻き直そうかなー、なんて」
苦笑いを浮かべながら、戸部先輩は手に巻かれた包帯を解いていった。
流石に半信半疑な眼差しだが、手の様子には気になってしまう。
「……え」
素っ頓狂な声を出したのは私でも先輩でもない。
戸部先輩自身、おそらく予想外だったのだろう。
目を見開き、戸部先輩の手の甲に視線を送る私達3人に、雪ノ下先輩は不思議がりながら声を掛けてきた。
「…?どうしたの?あなた達」
「…い、いや。何でもないんだ。なぁ、戸部、手は……大丈夫か?」
流石の先輩も動揺が隠せていない。
それもそのはずだろう。
だって、戸部先輩の手の甲から痣が……。
「ひ、ヒキタニくん。…マジで消えたんだけど……」
.
…
……
………
…………
その後、身を持って不思議な経験をした戸部先輩は首を捻りながら奉仕部の部室を出て行った。
ゆっくりと進む時間はそれでも過ぎていく。
部活動の終了を知らせる鐘が鳴ると、背筋を伸ばして文庫本を読んでいた雪ノ下先輩が立ち上がった。
「それじゃあ、今日はこれでおしまいにしましょう。私は鍵を」
「私も行く!!」
「…鍵を返しに行くわ」
飛びつくように結衣先輩も立ち上がると、2人は仲睦まじく職員室へと向かっていく。
「ヒッキーといろはちゃん、正門で待っててね」
「あ、はい…」
いつものように、下駄箱と職員室の分かれ道で一時的に解散しようとすると、突然に先輩が私の首根っこを引っ張った。
「いや、悪いけど、俺と一色は少し用事があるから先に帰るわ」
「「「へ?」」」
静かな廊下に響く声。
結衣先輩はともかく、雪ノ下先輩のこんな声を聞いたのは初めてだ。
ーーーー。
夕暮れの下校風景。
思い描いた青春ドラマのような恥ずかしさを感じつつも、ふわりと感じる先輩の気配が心地良い。
よ、用事なんて無いよね?
隣を歩く先輩は口数少なく、普段のように自転車で早々に帰ろうともしない。
「…一色」
「へ、へぁい!」
「…おまえは大丈夫なのか?」
「へ?」
大丈夫……とは?
え、えっと……、まさか!?
安全な日か?ってこと!?
「ふぇ!?あ、あぅ、わ、私は、だ、大丈夫じゃないっていうか!いや、その!!」
「…おまえにも痣があるのか。それってやっぱり、戸部と同じような痣なのか?」
「あ、痣?」
「?」
「あ!痣!痣ですね!」
「…手の甲…にはねえか。違う所に出来てるのか?」
「え、えっと…」
勘違いの恥ずかしさに慌てながらも、私はキョロキョロと手足を眺めてみるも痣のような物は見つからない。
先輩は戸部先輩が言っていたように、あの神社でお参りしたことが原因だとしたら、私にも痣ができてるんじゃないかと心配してくれたのだろう。
ストレートの優しさに思わず頬を赤らめてしまう。
ほんとに、急に優しくなるんだから。
「…な、無いです」
「ん、そうか」
「あ、あの、でも…。せ、背中とか見えないです」
「…帰って確認しとけよ」
「…っ。身体硬いから、先輩が見てください」
「アホか」
何でだろう。
先輩になら見られても良いって思っちゃう。
むしろ、見て欲しい…。
……って、これじゃ痴女じゃない!
ビッチじゃない!
結衣先輩じゃない!!
「た、頼める人!…先輩しか居ないんです…」
「と、友達とかに見てもらえよ」
「もしも痣があったら…、私、恥ずかしいです…」
「……俺だって恥ずかしいっての。はぁ、ほれ、分かったから早く制服捲れ」
「へ、変態です!路上で制服を脱がせようとするなんて!!変態です!」
「おまえなぁ。……つっても、俺ん家には小町が居るし…」
「わ、私の家にもお母さんが…」
と、言いながら先輩の裾に手を伸ばしてみる。
普段ならあざといなんて言いながら振り払う癖にこんなときばかりは優しくそれを受け入れてくれるんだから。
「…あ、あの、先輩。…あそことかなら、誰にも見られずに確認してもらえると思います」
私は少し薄暗い路地に見えたピンクの建物を指差した。
なんだろう。
身体がふわふわしている。
まるで夢みたい。
そっか、あの夢は正夢だったんだ。
きっとこの後、先輩は優しく頭を撫でてくれて、暖かい腕で私を……。
「…ラブホじゃねえか。背中を見るくらいそこの公園でもいいだろ。行くぞ」
「あれ!?なんか違う!!」
「あ?」
「…い、いえ、あの、何でも…」
正夢と違うのかい!
なんて思いながら、気づかぬウチに繋がれていた手から伝わるぬくもりは夢と同じだと感じてしまう。
ゆっくりと引っ張られ、私と先輩は人通りの少ない公園のベンチに到着した。
周囲に誰も居ないことを確認し、私は制服とワイシャツを静かに捲る。
「……あ、あの、私、初めてで」
「背中くらいで変な空気出すな」
「う…。そ、それで、痣とかあります?」
「……」
黙り込む先輩は私にワイシャツを降ろすように指示をした。
私はワイシャツを丁寧にスカートへ押し込み、黙り込む先輩を見つめる。
「…あ、あったんですか?」
「…あった。戸部と同じやつだ。だが、戸部のより少しだけ小さかった」
「ま、マジですか。…そういえば、戸部先輩が日に日に大きくなったって言ってましたよね……」
「……。神社のお参り、…おまえは何を願ったんだ?」
「へ、え、えっと…、なんだっけ…」
少しだけ先輩の真剣な目にドキッとしてしまったが、私はあの日のことを思いだす素振りをして自然に視線を逸らした。
「…なんか適当にお願いしたような…」
「…夢だ。夢は見なかったか?戸部みたいに、願ったことに関連した夢を」
いやいやいや。
戸部先輩の手の甲から痣が途端に消えたことは驚きましたけど、さすがにそんな馬鹿げた事が何度も起こるはず……。
「……ゆ、夢…。夢…っ!?!?」
「?」
夢!!
変な夢見ましたよ!?
え、もしかしてあの、え!?
「…夢、見たのか?」
「ゆ、夢!?は!?夢って何です!?私、アナウンサーになりたいですけど!?」
「え?いや、そっちの夢じゃねえよ」
「ちょ、何ですかそのイヤラシイ目は!?気持ち悪いです!!」
夢は見た。
そして、神様に何をお願いしたかも思い出した。
誰も居ない公園で、慌てて先輩に背中を向けた私は顔を手で覆いながら目を閉じる。
そうだ、あの日。
私は願ってしまったんだ。
せんぱいとエッチがしたいです。って