真夏の夕暮れに吹き付ける生暖かい風がしっとりと。
放課後になっても暑さが和らぐ気配はない。
少し汗ばむ背中に気持ち悪さを感じながらも、隣を歩く先輩の横顔をそっと盗み見る。
美少女の後輩が横に居ると言うのに、この先輩はどうしてそんなに無関心で居られるのだろう。
……いや、だからといって下心を丸出しにした男子みたいに、面白くもない話を延々とされるよりはマシか。
そういえば、出会った頃の先輩は冷静沈着、何事にも無気力で大人しい人だと思っていた。
だけど、先輩と一緒に居れば居るほど、実は水面下で必死にもがくアヒルのような人だと再認識させられる。
今だって、私の背中に出来た痣を、私自身よりも真剣に悩んでくれているんだから。
「…そういう所に、みんな惹かれるんですかねえ」
「…あ?引かれる?そうやって急に人のトラウマを刺激するの止めてくれる?」
「ふふ。そうですね。……あ、そろそろ私がお参りした神社です」
学校を出ること数分。
普段の下校通路から少し外れ、あまり歩いたことのない道の先に例の神社が見えてくる。
そこは赤い鳥居とお社があるだけの平凡…、って言ったら罰当たりか、特段に有名ではない神社だ。
「…知らない神社だな」
先輩は鳥居を見上げながら小さく呟いた。
真夏の神社は鳥居によって神域を分けられているかのように、どこか独特な気配を感じさせる。
なんとなく、私が脚を踏み入れようとすると先輩によって私の腕が掴まれた。
「…おまえはここで待ってろ」
「え、な、なんでですか?」
「……。いいからココで待ってろ」
少しだけ力強く引っ張られ、私はやむなく鳥居の前で待機させられる。
……心配、してくれたのかなぁ。
先ほど掴まれた腕からジンジンと伝わる熱さが、真夏の太陽に当てられた熱よりもずっと熱い。
掴まれたのはワイシャツの上からだったけど、もしも……。
もしも、生肌に触れられていたなら、私の身体はどれだけ熱くなってしまうのだろう。
「…っ」
頭をよぎるのは、腕を掴まれ腋を舐められた昨夜の記憶。
気のせいか、先輩の舌の感触が身体を火照らせる。
「ぁ、ぁぅ…」
ダメだ。
心が切なくて何かを求めてしまう。
身体をギュッてしてもらいたくなってしまう。
私は両手で自らを抱き締めるようにその切なさを紛れさすも、物足りない力強さが物悲しい。
……せ、先輩…っ。
「ぁ…、はぁはぁ」
蒸気する顔に手で風を送りながら、私は鳥居に背さもたれ腰を下ろす。
先輩……。
先輩、先輩、先輩…。
「おい。大丈夫か?」
「ぃやん!」
ぴと、と。
首筋に当てられた冷たい缶ジュースに、私は聞かれてはいけない声を上げてしまった。
「…何を気色悪い声だしてんだよ」
「き、気色悪いとは何ですか!!」
「ほら、暑かったろ」
「あ、ありがとうございます」
先輩の手から手渡された冷たいストレートティーは、結露を帯びてその冷たさを自らで証明している。
「先輩はやっぱりその甘いコーヒーなんですね」
「マッ缶以外に選択肢がないだろう」
なんて、甘すぎるコーヒーを傾ける姿は一丁前に凛々しいんだから。
「……」
柔らかそうな唇が缶コーヒーの飲み口に着く。
……あの唇が…、私の…。
…っ。
「…っ」
「…?…なんだよ?」
「…へ?へ!?な、なんですか!?」
「いやすげぇ睨んでたから…、あ、おまえ、もしかして…」
「!?」
「…これ、飲みたいのか?」
……へ?
私がキョトンとしていると、先輩はドヤ顔を浮かべながら缶コーヒーを私の目の前に差し出した。
「マッ缶の甘みにおまえもトロけてみるがいい」
「ふ、ふぇ?」
思わず受け取ったその缶コーヒーは少しだけ中身が減っている。
先輩が先ほど飲んでいたのだから当然か…。
先輩が、先ほど…。
その柔らかい唇を付けて…。
……ゴクリっ。
「おっと。淑女(笑)に飲み掛けを渡してしまうとは。マッ缶信者として新しい物を…」
「ちょっと待った!!」
「買ってきて、…。な、何だよ」
「ひ、一口で良いんです。新しい物はいりません」
「…だがな、俺は純度の高いマッ缶をだな…」
「先輩の唾液が付いた物が良いんですけど!?」
「……は?」
「……あ」
何か間違えた事を言ってしまった気がする。
やばいやばい、心を整えないと。
……ふぅ。
「先輩の口移しで飲ましてください」
「おまえマジで何言ってんだ?」