休日の駅前には普段の倍以上の人通りと、それに伴う喧騒で溢れている。
部活動へ向かう生徒は元気良く、休日出勤を命じられたサラリーマンは恨めしそうに。
「……へへ」
夏の日差しは今日も眩しいぜ!
と、意気揚々に心を踊らせる私は待ち合わせ場所で腕時計を確認すると、時刻は約束の時間の10分前。
あの人の事だ、ノソノソと芋虫みたいに遅い足取りで歩いているに決まっている。
強い日差しを気にすることも無く、私は先輩を探すため、周囲に目を凝らした。
どこだどこだー?
夜のテクニシャンめ!
だが、いくら首をキョロキョロさせようと先輩は見つからない。
なんだかんだ人を待たせない先輩にしては珍しい。
ふと、私はポケットのスマホが震えていることに気が付いた。
ん?先輩から電話?
「はい。私ですけど」
『…ん、俺だけど』
「先輩、遅刻ですか?暑くて死にそうなんですけど」
『…もう居る。こっち…、おまえから見て右』
「え?右?……あ」
私はスマホを耳に当てながら先輩の指示通りに右を向く。
すると、私の視線の先にはバス停の屋根で出来た日陰に隠れる先輩が。
なぜかそこから動こうとしないため、私が仕方なく歩み寄る。
「……先輩、何やってんですか?」
「…日陰が無くなって動けなくなった」
「は?」
「家からずっと日陰を移動して来たんだ。だが、バスを降りた所でこの有様……」
「……どんだけ日光を浴びたくないんですか。ほら、行きますよ」
「だが断る」
「はいはい」
頑なに日陰から出ようとしなかった先輩の腕を掴み、私は無理やり引っ張り出した。
別に日陰だろうと日向だろうと暑さはそんなに変わらないでしょ。
「あっ、暑い…。これ…。…暑すぎる」
ーーーーー。
「さて、到着しましたね」
「…水族館…。おまえ、こんな所に来たかったの?」
暑いだの疲れただのとのたうちまわる先輩の腕を引きながら、バスと電車を乗り継ぐこと30分。
ようやくたどり着いた目的地には休日ということもあり、多くの来客者で溢れていた。
しかも、入場口の前には大きな剥製のクジラが居るためか、記念写真を撮る列と入場パスを買う列がごっちゃになっている。
「本物のクジラが中に居るのに、どうして偽物に群がってんだか…」
「バカばっかりですね」
「そもそも鮮魚を見るために金を払う水族館のシステムもどうかと思うぞ?」
「せ、鮮魚って…。ほら、帰ろうとしないでください。”目的”を忘れましたか?」
「……覚えてるよ。はぁ、非常に乗り気ではないが中に入るか」
「ふふ。おっと、お忘れですか?」
私は先輩に向かって右手を差し出す。
それをジト目で睨む先輩も、どこか気恥ずかしそうに左手を差し出した。
「…掴みたきゃ勝手に掴め」
「はい。それじゃあお言葉に甘えます」
指を絡めるように、ふわりと結ばれた互いの手。
意外に大きな手のひらと長い指は夢で見た通りだ。
体温と一緒に伝わる先輩の静かな鼓動が、どこか身体を合わせたときに感じた心地良さに似ている。
「…ほら、入るぞ」
照れ臭さそうに囁かれた言葉。
先輩はやっぱり照れ屋です。
手がすっごく暑いんですもん。
「はい!」
.
…
……
………
…………
………………
「ふわぁ。あのお魚綺麗です」
「ニモだ。小町と映画で見たから知ってる。あれはニモだ」
「え、それって正式名称なんですか?」
大きな透明な窓ガラスを挟み、その奥にはまるで海中を思わせる景色が広がった。
青く透き通った世界に、私は思わず魅了されてしまう。
「あ!蟹と海老が共存してますよ!」
「似たようなもんだしな。どっちも美味しいし」
「私は海老派です」
「おれはマッ缶派」
「それ選択肢に入ってませんから」
窓越しにピースをする蟹を写メってあげると、ガラスに映った先輩が優しく微笑んでいることに気が付く。
普段は見せない顔に、私は気付かないフリをしようかとも考えたが、迷っている内にガラスに映った先輩と目が合ってしまった。
「……っ、な、なんです?」
「…あ?」
「……むぅ」
「…。そうやってはしゃぎ回る姿を見てると、やっぱりおまえも普通の女の子なんだなぁ、って」
「ふ、普通の女の子に決まってるじゃないですか!」
「はは。いや、普段から計算高い奴だし……、でもまぁ、それくらい素を出してる方が可愛いんじゃないか?」
「の、のぇ?」
あれ?
これって夢だっけ?
優しく繋がれた手も、どこか先輩らしくない甘い言葉も、まるで私の身体にゆっくりと充満していくようだ。
あれー?
いつの間に私は寝てしまったのだー?
「おまえのことは今日から劣化版小町と名付けよう」
「現実かよ!」
ーーーーー。
「イルカショーが始まりますよ!!」
「お、凄いな!イルカ型ロボットみたいだ」
「その例えは正解ですか?」
ーーーーー。
「ペンギン散歩ですって!」
「この暑い中で?ペンギン社会も過酷だな…」
「……確かにぐったりしてますね」
ーーーーー。
「あははー!セイウチって先輩みたい!」
「歴代で1番に酷い事を言ってるからね?」
……………
………
……
…
.
.
.
.
水族館を端から端まで回りきり、餌やりやショーまで見尽くすと、お空からいつの間にか太陽が身を隠していた。
時刻は19:00。
先輩と一緒に居ると、どうしても世界は早足に進んでいってしまうみたいだ。
「……」
「…いつの間にか夜になってたんだな。…年頃の娘よ、そろそろ帰った方が良くないか?」
帰りたくないです。
なんて言ったら、先輩は困っちゃうかな…。
それとも呆れる?
「…一色、痣は消えたのか?」
優しい音色が夜空に吸い込まていく。
一つ、一つ、先輩の声が私の胸を締め付けた。
「…”目的”は果たせました。……さっき、トイレで確認しましたけど痣も消えていましたよ」
「…そうか」
ありがとうございます。
と、小さく頭を下げ、私は先輩の手を離す。
「…」
「…」
この続きは夢の中で。
私は夢だけで充分なんです。
あんまり私が我儘に先輩を独占しちゃうと、きっとお二人が悲しみますから。
「はー、疲れたー!さぁ、帰りましょ!」
……バカみたい。
目の前に好きな人が居るのに。
目の前に居ない恋敵に気を使うなんて…。
いや、2人にとって、私は恋敵にすらなっていないかな…。
「……一色、結局おまえがお参りした事ってなんだったんだ?」
先輩はどこか表情重めに呟いた。
今日のデートのきっかけ、私はとある嘘を付いたのだ。
『お参り事を成就させるため、今度の休日に付き合ってください』
と。
「…自由気ままに遊びたいって願ったんです。ほら、私って裏表があるでしょ?だから…」
願いは叶えられない。
叶えてはいけない。
痣は残ったままだけど、これ以上、先輩を困らせるわけにもいかないですしね…。
だから、私は小さな小さな嘘を付いたのだ。
「…そんなこと、なんで早く言わなかったんだよ?」
「え、えへへ。…ごめんなさい。夢見心地が良くってつい…」
見つめられる先輩の視線から目を逸らす。
これじゃぁいつもと立場が反対ですね。
ーーーーふわりと。
先ほどと同様の暖かい感触が私の手を包み込む。
「え…」
「嘘をつくな」
「っ!」
優しくて力強い。
それなのに綿菓子のように甘い。
「おまえの痣はまだ消えていない」
「な、何言ってんですか?」
すると、先輩はゆっくりと自分の着ているシャツをめくり上げ、おヘソを露わにした。
ただ、見えたのおヘソだけじゃない。
右の腹部に出来た
大きな痣……。
「っ!……せ、先輩、ソレ…どうして…」
「俺もあの神社でお参りしたんだよ」
「っ!?」
「一色の痣が消えますようにって」