1.
過ぎ去った時間はもう戻らない。死んだ人間はもう戻って来ない。そうは分かっていても、悔いても悔い切れない事は誰にだってあるのだろう。
俺は、来る日も来る日もあの日の事を、俺の部下が、仲間が、カイルが殺された日の事を悔やみ続けていた。あの時に違う指示をしていればもっと結果は変わったのではないか。死なせずに済んだ者が居たのではないか。
その考えが頭を過る度に俺は後悔と自責の念に苛まれていた。
あの日、花騎士達が害虫討伐に出払っている隙を突くかの様に現れた巨大害虫を中心とする大群の襲撃に対応する為に俺が隊長を務める部隊は出撃し、そして俺を遺して全滅した。
そして俺自身も左脚に深手を負い、日常生活は可能なものの、もうまともに戦う事は出来なくなっていた。
部隊を失った俺を、国は兵士の鑑だと持て囃し、女王陛下直々に勲章まで賜った。
しかし、俺の心が晴れる事はなく、ましてや喜ぶ事など出来ようはずもなかった。
軍は戦えなくなった俺に教官としての道を勧めて来たが、既に俺の情熱も心も軍には無く、程なくして俺は軍を退役する事にした。
軍を退役し、無職となった俺は退役の際に支給された多額の金を使ってブロッサムヒルの港都市郊外に居を構えると、そこで半ば隠居の様な生活を始めていた。もはや、俺に戦う者としての心はないものだと、俺はそう感じていた。
そうして失意のままにただ日々を過ごしていた俺に転機が訪れる。それは、一通の手紙から始まった。
俺の元に届いた一通の手紙。そこには俺を花騎士達をまとめ上げる騎士団長に任命する旨が記されていた。
まるで俺が軍を辞めるのを待ち望んでいたかの様じゃないか。
そう感じた俺は、初めの内は断ろうと考えていたが、軍に所属していた頃から騎士団長の人員不足の事を噂に聞いていた事もあり、これがあの時に俺を助けてくれた花騎士への恩返しに、何よりも自分の部下や親友の仇を取る事が出来るであればと考え、俺は騎士団長への就任を決意したのだった。
それから数日後、騎士団長としての就任日を迎え、王宮で騎士団長就任の儀を済ませた俺は、中心部にある騎士団の活動拠点となる城へと足を踏み入れた。
まず出迎えてくれるのはそこまで広くする必要があるのかと疑問に思うほどの大広間。そしてそこには腰ほどまでウェーブの入った銀髪を伸ばし、目を引く程の女性の象徴。そして印象的な自信に溢れた赤紫色の瞳の女性が俺を出迎える様に立っていた。
「初めまして、キミが団長か。私はベルガモットバレーの花騎士、エキナセアだ。以後、お見知りおきを」
エキナセアと名乗った花騎士はそう言うと手を差し出し、握手を求めてきた。
「俺の名はダンテ・アルギエーリだ。今日から宜しく頼む」
差し出された手を握り返しながら答えると、エキナセアは口元を僅かに綻ばせた。
「早速で悪いのだが、エキナセア。他の花騎士達は今、どこにいるのだろうか。一通り挨拶を済ませてしまいたい」
「ああ、それなら私が皆を集めて来よう。執務室で、と。執務室の場所は分からないか。こっちだ、付いて来てくれ」
そう言うが早いか、エキナセアは先導して大広間の奥へと進み始めたので俺はその後を追った。
階段を登り、廊下を歩いて一番奥。おそらくこの建物で一番広いであろう個室が俺がこれから長く詰めることになるであろう団長執務室があった。
エキナセアは俺を執務室に案内するなり「部屋の中で待っていて欲しい」と告げて執務室を出て行った。
それから暫くして……。
エキナセアを先頭として執務室の中には合わせて五人の花騎士達が並んでいた。
「団長、待たせてすまなかった。今、この場にいる五人が君がこれから指揮する事となる花騎士達だ」
「そうか、ありがとうエキナセア。改めて、初めましてだ、皆。俺がこれから君達の騎士団長となるダンテ・アルギエーリだ。宜しく頼む」
さて、と呟きながら全員に自己紹介を頼む。
それぞれ、ブロッサムヒルのセントポーリア、リリィウッドのライラック、バナナオーシャンのグラジオラス、ウィンターローズのナナカマドと名乗っていった。どの花騎士も個性的で、素晴らしい才能を持った者達だというのが見て取れた。
「就任の挨拶として、俺の方針を伝えておこうと思う。……俺は戦死だとかそういう言葉が大嫌いでな、自分の部隊から戦死者など出したくない。俺が団長としてここに在籍する限り、誰一人として戦死者など出させない。それが騎士団長としての俺の責任である、そう考えている。……"必ず生きて帰れ"。これはどんな事態であろうが、何よりも増して優先しろ。もう一度言う。必ず生きて帰れ。これがお前達の責任だ」
自分の部隊から戦死者など出したくない、か。そう心の中で自嘲した。部下を、仲間を、親友を、死に追いやっておきながら、と。しかし、だからこそ、二度と繰り返したくない。繰り返させない。
俺は声には出さず、固く自分に誓った。何があろうと、どんな事をしてでも、死なせたりしないと。
さて、と呟き俺は頭を悩ませる事になった。各騎士団団長は就任と同時に自身の騎士団に所属する花騎士の中から補佐官ともなる副団長となる花騎士を選ぶのが習わしとなっている様であった。俺としてもまだまだ不慣れな事などが多くあるので、これは非常に有り難いという事で誰にするかといったところで、誰にしたら良いのか決めかねていたのである。
それもそうだ。彼女達とは今日出会ったばかり。お互いがお互いの事をよく分かっていないのだから、即座に決定など出来るわけもない。
それでも決めねばならないので、決めたら再度集合を掛けるので解散してもらって構わない。と俺は告げたのだが、やはり気になるのか誰一人として退室しようとする気配がない。
これはいよいよ以ってこの場で決める他ないと察した俺は、自分の直感に頼ろうと考え瞼を閉じた。
そうしてみて思い浮かぶのは自信に溢れた赤紫色の瞳。そして銀色の髪。生命力に溢れたその姿は……。
「エキナセア、副団長を任せられるか」
それは気付いた時には口をついて出ていた。それを聞いたエキナセアは「貴族の誇りにかけて全うして見せよう」と頷くのだった。
副団長も決まり、各々が鍛錬に戻った後に執務室に残った俺とエキナセアだったが、俺からの提案で城内の案内をエキナセアにしてもらうことになった。
さて、この城だが、この城には花騎士だけでなく執務室とは別に団長用の個室が設けられており、生活の殆どがこの城内だけで成り立つ様になっており、食事も国お抱えの料理人達が賄ってくれており、長期遠征の時などにはさすがに現地で自分達で賄う食事で済ますだけに花騎士の多くが食事を楽しみにしているとの事だった。
また、花騎士達が鍛錬を行なう為に施設が用意されている他、過去の文献などを所蔵した資料室も用意されていた。
その一通りの案内を受け、執務室に戻った俺は就任に伴って発生した書類の類を相手に格闘をしていた。
元々書類仕事は昔から苦手だ。そもそも俺は現場主義というか現場の好きな人種である。
興味のない書類にじっと座って目を通して、必要事項を書き込む。この単純作業をしていると新手の拷問を受けている気にすらなる。
かと言って、俺以外に任せられる仕事という訳でもないので渋々と書類仕事を進めていくが、苦行と言って他ならないこの作業を俺は一刻も早く終えるべく一心不乱になった。
一体どれほどの時間が経っただろうか。目につく仕事の殆どが片付いた頃には既に日は傾き、一日の仕事の終わりを告げていた。いつの間にかガチガチに固まっていた身体を解すべく背伸びをすると、背筋などから滞留していた血液が流れるような感覚と共に背骨からもポキポキと小気味良い音が鳴った。
「お疲れ様だ、団長。随分と集中していたな」
「ああ、そうみたいだな。気付いたら夕暮れ時だ。おかげで大半の書類仕事は終わった。明日は……んーっ、少しばかりゆっくり出来そうだ」
ずっとそこに居たのだろうか、エキナセアがやや苦笑交じりにお茶を用意してくれる。そのお茶を飲みながら窓から見える景色を眺めながら一息つく。
「エキナセアもずっと俺に付き合って疲れたろ。お疲れ様」
「それも副団長の務めだ。苦にも思わないよ」
「そうか。……そういえば、エキナセアはどうして花騎士になったんだ? 確か、貴族出身だったか」
ふと思い浮かんだ疑問を聞いてみる事にしたが、エキナセアは力強く頷くと、
「私が花騎士になった理由か。それは、私が貴族であるからだ」
よく意味が分からない。正直、俺はそう感じた。そんな俺の考えを察したのかエキナセアは「すまない」と苦笑いを浮かべつつ
「些か短兵急だったな。団長は"ノブレスオブリージュ"という言葉を知っているだろうか? 」
「ああ。確か"高貴なる者の義務"だったか」
「その通りだ。厳密には特権者や王侯貴族に伴う義務、といった所かな。私は貴族たる者として民を守る義務がある。そう考えて花騎士に志願した。それこそが貴族であるこの身に与えられた義務であり使命だと考えている」
その言葉を聞いた瞬間、俺は"ああ、なるほどな"と彼女の彼女の瞳に湛えられた自信に合点がいった。彼女は自身に与えられた責務を全うしている。そう感じ、実際にそうして来たのだろう。だからこそ、その瞳には自信が溢れているのだ。
だが、それ故に危うさも俺は感じた。その誇りが、いつか彼女の身に危険を及ぼすのではないかと、俺はそう不安を感じた。
「そうか。だが、かと言ってあまり無茶をしてくれるなよ」
「ああ、分かっている。そこは弁えているつもりだ」
まるで「言われずとも大丈夫だ」と言わんばかりの表情で俺を見返すエキナセアに俺も肩を竦めつつ頷くのだった。
「そういえば、今夜はキミの就任歓迎を題してささやかながら宴会を用意しているんだった。そろそろ準備も終わる頃だろう。行こう」
正に寝耳に水である。豆鉄砲を食ったような俺の顔を見ておかしそうに笑うエキナセアを睨みつつ俺も彼女に続いて執務室を後にした。
「まさか、歓迎会を用意してくれているなんて予想していなかったよ」
「笑ってしまった事はすまなかった、機嫌を直してくれ。この歓迎会を企画したのはセントポーリアとライラックなんだ。折角だから、と言って聞かなくてな」
「そうか。何だかセントポーリアがそんなに強情だとは予想が出来ないな」
自己紹介の時のぽやぽやとした雰囲気の彼女からはとてもじゃないが、彼女がそこまで自己主張をするとは想像が行き着かない。どちらかと言えば、周囲に流されてしまいそうな雰囲気の持ち主である。それこそ、ライラックの方がまだ想像に難くないといった印象だ。
「私も最初はそう思っていたんだがね。それがなかなか、自分がこう、と決めた事にはどうやら決意が固い様なのだ。私としては貴族としての振る舞いにこそ、その意志の強さを持って欲しいところではあるんだが」
エキナセアは"やれやれ"といった様子で肩を落とす。なるほど、とは思うものの、エキナセアの様に貴族然とした態度を取るセントポーリアはどうにも想像が付き難い。
セントポーリアの花言葉、「親しみ深い」とは掛け離れてしまいそうである。俺は今の方が彼女らしいのではないか、と思った。
「さて、着いたな。さ、キミから先に入ってくれ。今日の主役はキミなのだから」
エキナセアに促されるままに食堂の扉を開けて中に入る。そこにはセントポーリア、ライラック、グラジオラス、ナナカマドが待っていましたとばかりに待ち構えていた。
「ようこそ団長さん。さぁさぁ、こちらへ来てください~」
こちらへ歩み寄り腕を引くセントポーリアに為されるがままに椅子に座らされる。
そこからがもう大変だった。セントポーリアとライラックから代わる代わるに接待をされ、グラスが乾く暇も、皿が空く隙もない。エキナセアが咎めてくれる頃には俺の胃袋は破裂寸前になっていた。
各々が徐々に眠気を訴え始めてから歓迎会は終わりを告げ、各自解散となったのは夜も更けた頃だった。
酔っ払ってしまい、まともに歩けなくなってしまった俺は、エキナセアの肩を借りつつ部屋に戻った。
「ほら、しっかりしろ団長。団長たる者、もっとしゃんとしないか」
「す、すまない……エキナセア……。なかなか、どうして……それは難しい……」
「キミも随分と呑まされていたからな。すまない、もっと早くに止めておくべきだった」
「エキナセアが気にすることじゃない……。俺も楽しくてついつい酒が進んでしまっていたからな……」
「こんな事はこれっきりにして欲しいな。私も鍛えてはいるが、やはり男性の身体は重たい」
「ほ、本当にすまない……」
世界花からの加護によって一般人を遥かに凌ぐ膂力を持つのが花騎士であるから、これが皮肉だというのはすぐに分かったが、迷惑を掛けているのは事実なので俺はただ頭を垂れて謝るしかできない。
「ほら、部屋に着いたぞ。あと少しだ」
やっとの事で部屋のベッドに横になると、だいぶ身体が楽になった感じがした。エキナセアの顔を見ると、やれやれ、といった表情をしていたが、その表情はどこか優しげだった。
そのまま一人になるのが急に寂しくなった俺は彼女にもう少し部屋に居てくれる様に頼むと、彼女は頷くなりベッドの近くに椅子を持って来るとそれに腰を掛けた。
「団長、不躾を承知で聞くのだが、キミが騎士団長となった経緯はどういったものなんだろうか」
沈黙に耐え切れなくなったのか、エキナセアは少し気恥ずかしそうに口を開いた。
「俺が騎士団長になる前の事か……。まぁ、そうだな。積極的に話す事でもないが、隠す事もないし、エキナセアには話しておこうか……」
俺は仰向けに寝返りをうつと、ぼんやりと天井を見つめ、まだ酔いの残る頭で今までの事を思い起こした。
「俺は、ここに来る前はこの国、ブロッサムヒルの軍に所属していてな。そこで隊長をしていたんだ。正直、害虫相手には俺達の様な只の兵士なんて到底敵う訳もないんだがね。花騎士達の手が回らない時なんかに市民の避難する時間を稼ぐ為の壁くらいにはなるだろう、っていう構想の悪く言えば捨て駒だった。――無論、闇雲に捨て駒の様に扱われる事は少なかったし、俺達だってただ殺されるのは真っ平だったからな。小さな害虫程度なら倒せる位には鍛錬を積んでいた。だがそれでも俺達がただの壁にしかならないのは変わらなかったんだ」
思い起こすだけでも苦い気持ちになるが、それを噛み殺しながら話を続ける。
「あの日、害虫の群れがあっちこっちから攻めて来てな、花騎士達はその対応に奔走していて、人手不足を起こしていた。リリィウッドからも応援はあったが、それでも防衛線に穴が空く程だった。その穴を突くようにして害虫の群れがとある集落に向かって侵攻してきた。花騎士達に応戦要請はしたが、どこも即応出来る程の余力がない状態だった。そこで、俺の部隊が時間稼ぎとして出撃したんだ。……だがな、やはり特別な力を持たない俺達みたいな兵士に害虫の群れと戦う事なんて無理難題だったんだ。花騎士の部隊到着まで多少の時間を稼ぐ事は出来たが、代わりに俺の部隊は俺を残して全員戦死した。俺も、左脚を負傷してまともに戦う事はもう出来ないと診断されてな。俺は軍を退役し、それからは港都市近郊で暮らしていたんだが、そこに騎士団長になれって手紙が来てな。正直、最初は断るつもりでいたよ。俺の中ではその時も未だに俺がもっと違う判断をしていれば仲間達を死なせずに済んだんじゃないかという想いがあったからな。……だが、騎士団での人員不足を現役時代から聞き及んでいたのを思い出して、こんな俺でも少しでもあの時、助けてくれた花騎士への恩返しが出来るのならと考えて引き受ける事にしたんだ。……まぁ、こんな所だ。面白くも何ともないだろう? 」
そこまで静かに耳を傾けていたエキナセアだったが、その表情はやや沈み気味だった。
「おいおい、エキナセアが沈んでどうするんだ。これは俺の話。君の事じゃないんだぞ」
「そうなのだが、団長、キミにそんな過去があるとは思わなくて、その……」
「気にするな。今の時代、そう害虫共に殺られたなんて話は珍しくもない。……確かに、今でも思い出すだけで辛い出来事だが……もう過ぎた事だ。それにな、俺みたいに仲間や家族、友人を害虫共に奪われたりしない世界。それを作る。それが、生き残った俺の一番の責務なんじゃないか。君達花騎士を見ていてな、そう考えるようにもなっているんだ。――確かに害虫は憎い。それに、恐ろしい。復讐心がないと言えば嘘になる。だがな、復讐を遂げたとして、殺された仲間は浮かばれるのか、とかな。そういう事を考えたら、ならそんな悲しい事を少しでも減らす。世界から失くす。その方が、彼奴等も喜ぶんじゃないかな、と思うんだ。だから、気にするな」
俺はそう言い切ると「へっへっへ」と笑ってやった。エキナセアはと言うと、どこか眩しげに俺を見つめ、「強いのだな、キミは」とだけ呟いた。
「俺は弱いよ。だから強がるんだ。目一杯強がるんだ。そうやって強がって見せて、俺は漸く隊長や騎士団長が務まるんだ。全然、強くなんて無い」
俺は気恥ずかしくなって寝返りをうってエキナセアに背を向けた。
「はぁ、酔っ払うと碌でもない事も話しちまうな、もう俺は寝るよ」
わざとらしくそう言うと俺は目を閉じた。
ふと、すぐ近くに彼女の気配を感じた瞬間、耳元で「これからは私がキミを支えるよ。いつでも頼ってくれ」という囁くような声が聞こえ、続いて彼女が部屋を後にする音が聞こえた。
俺は顔が赤くなるのを感じながら、固く瞼を閉じるのだった。