艦娘・人間の戸籍がわかれている国の、艦娘が不要になりつつある時代、桜の季節。提督のいなくなった鎮守府を支える大和の側には、幼い頃を艦娘と過ごした漁師と艦娘の牧民官への道を歩む内務省地方局行政課長がいた。そして、艦娘のアナーキズムはクーデターの噂と共に海の底の彼岸に捧げられ、父への想いは天に昇った。大和は、水平線の向こうに意地を張るべき陸地と艦娘の子供達を見る。

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大和×男女男サンドイッチ× You will not be left behind

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 もう十年以上前のことだ。

 その年はサミットが日本で初めて開催された年で、新聞やラジオが騒いでいたのをなんとなく覚えている。

 当時、小学校中学年だった俺は母親と一緒にボロアパートに住んでいた。その貧乏長屋には同じような子供がたくさん住んでいて、男子も女子もなく、高学年の兄貴分が面倒を見てくれてみんなで遊んだものだ。親の帰りが遅くなったときは、夕方の帰りのチャイムが鳴り窓の外が暗くなっても遊び続けて、そのまま夕飯を食べさせてもらったりする。俺には兄弟もなく親も不在がちだったが、寂しさを感じたことはなかった。あそこは子供の頃の俺にとって天国だったのだと今にして思う。

 俺たちアパート組にはいくつも転機があった。

 ある日、その一つが訪れる。

 きっかけは、ある女の子達にドッジボールの本気の勝負を挑まれたことだった。その日、俺たちは海沿いの公園でソフトグライダーを海風に乗せて遊んでいた。

 声を掛けてきたのは小学校中学年か高学年ぐらいに見える、どこかの制服を着た女の子達だった。

 俺たちは顔を見合わせた。女子と本気でドッジボールをやれるわけがないし、それに彼女たちは妙に垢抜けていて可愛く、顔を見るのがなんだか気恥ずかしかったのだ。

 だが兄貴がやろうと言った。びっくりする俺たちの肩を掴んで、「ほどほどで終わらせてみんなでやれる遊びに変えりゃいい」と囁く。間近に迫った兄貴の眼は、見たことのない色でチリチリと揺れていた。

 そうして生ぬるい空気で始められたドッジボールは、しかし一瞬で終わった。サイドスローで投げられたゴムボールに胸を痛打され、もんどり打って兄貴が倒れると俺たちのチームは全滅していた。一アウトも取れずに負けた。何が起きたのか分からず痛む部位を押さえ呆然とする俺たちをおいて、女の子達はうちの女子と遊び始めていた。

 しかし、去り際に言われた言葉が男子の胸に刺さった。

「よっわ!」

 侮蔑でも失望でもなく、純粋な「君たち思ったより弱いね!」という意味の去り際の挨拶だった。

 これほどの惨めさはない。女の子だと舐めてかかった気持ちはすべて自分たちに返ってきた。でも、最初から本気だったとしても相手にならなかっただろう。真正面からのボールすらまともに受けられなかったのだ。

 その日から、俺たち男子は女子をそっちのけで毎日ドッジボールの練習に取り組み始めた。運動神経のいい奴をいれるという選択肢はなかった。俺たちで見返すのだ。。

 アパートの前で遅くまで練習に明け暮れたある日、兄貴が、あの女の子達は人間ではなく艦娘というらしいと言った。人間ではないと言う意味を誰もよく知らなかったので図書室に行って調べて見た。

 曰く。かんむすは、年をとらない。かんむすは、きずが元通りになる。指をなくしても、また生えてくる。でも、だんだん治るまでの時間が長くなっていくらしい。かんむすは、どこで生まれたかわからない。この国に流れてくるちょうりゅうのどこかで生まれてやってくる。かんむすめは、とてもかわいい人間の女の子のかっこうをしているが、

 人間とは遺伝子から異なる知的生命体である。人間との間に、子供はできない。

 難しい言葉が並んでいた。

 しかしそのどれもが、俺らにはピンと来なかった。

 俺たちが遊んだのはドッジボールが無茶苦茶強くて無茶苦茶かわいい女の子達だった。

 人間ではないと言われても、艦娘が俺たちと何が違うのかわからなかった。

 だから本は棚に戻してまた練習を始めた。

 一矢報いるため。

 あるいは彼女たちを振り向かせて、俺たちを見てもらうために。

 そしてあっさりとその日は来た。最初に出会った公園に、再び彼女たちはやってきた。俺たちの汗が染みこんだタイル。強大な敵に挑むことで俺たちの心は一つになっていた。

 ……もちろん結果は火を見るより明らかだった。しかし、それで艦娘という名の女の子達は俺たちを見直してくれたらしい。たびたび広場に遊びに来るようになった。遊ぶ内容は缶蹴り、ドロケイ、高鬼、色鬼、氷鬼……鬼とつくものなら何でも。とにかく走り回っていた。また、艦娘は何故か金持ちで(子供基準)、彼女らが買い漁った駄菓子を一緒に食べ過ぎて親に怒られたり、今まではアパート周辺でだいたい遊んでいたのに遠出をするようになって親に怒られたりした。

 まあつまり、俺たちクソガキは艦娘にべた惚れだったのだ。可愛くて外遊びが大好きで、うちの女子達と遊ぶときのように加減する必要はないどころか全力でぶつかっても余裕綽々な運動神経。セクハラまがいの悪戯をしても泣き出さないどころか、本気で怒ってぶん殴ってくる気の強さ。そして俺たちが調子に乗っても、どこか仕方ないなあという気配を漂わせる大人の余裕。今にして思えば、彼女たちは俺らに気を遣って遊んでくれていたとよく分かるのだが、俺たち男子は艦娘のたまに見せる大人びた顔と同年代の女子の耳がきんきんする生意気さを比較して酷いことを言う、只のガキんちょだった。生意気なのは艦娘も同じはずなのに、彼女たちにちょっとしたことで褒められるとそれだけで舞い上がってしまう。叱られても怒られても、どこかくすぐったいような気持ちになる。もっと構ってほしいと俺たちみんなが思っていた。

 今でも会話まで覚えている話が一つある。

 艦娘は何十人といたが、その頃にはもう、艦娘一人一人の名前が分かるようになっていた。

 俺は特に親しかった艦娘の一人、文月と二人で近くの人手が入っていない丘にバードウォッチングに行った。文月が持ってきたごつい双眼鏡を手に、二人で森に分け入ったのだ。

「あのいつもツィピィピィーって鳴いてる鳥なにー」

「あの目元の涼しげな鳥はなにー」

 と、頻りに尋ねてくる文月におまえ鳥のこと何も知らないんだな、全部街にいる鳥なんだぞと言ったのを覚えている。そして、双眼鏡を使わなくても遠くの鳥の細部まで見分ける姿に、とても驚いた。

 楽しい時間だった。多分それは文月も同じだったのだろう。文月は自分が怪我をしていることを隠していた。俺は、こっちを見て話していた文月が一瞬顔をしかめたその時にようやく気づいたのだ。怪訝な顔をする俺に気づかないふりをして歩き出した文月だったが、わずかにまくれたスカート、そして太ももに真っ赤な傷ができているのを見た。呼び止めて見させると、赤いギザギザの傷が白いふとももに無残にのびていた。どうしたんだよと問いただすと、二人で法面に腰掛けたときに、突き出ていた鉄筋で切ったのだという。

 この丘に入ろうと言ったのも、あそこに座ろうと言ったのも俺だった。

 へっちゃらだから気にするな、艦娘は人間よりずっと早く傷が治るからと、妙に焦って捲し立てる文月の手を引いて、近くにある彼女の家まで送っていった。文月が艦娘鎮守府と呼ばれる、海軍基地の一角に住んでいることは知っていた。ゲートで呼び止められることを知らなかったのでぎょっとしたが、文月が話すとすんなり入れてくれた。

 モジモジしている文月を背に、俺は艦娘鎮守府の中に入った。そして文月に偉い人がいる部屋を教えてもらう。階段を上がって、秘書艦室と書かれた部屋の扉を叩いた。そして出てきた、とても背の高い艦娘にあったことをそのまま話した後に謝った。遊んで怪我をさせてしまったから文月の傷を見てやって欲しいと頭を下げた。

 赤いミニスカートとお尻まで伸びたポニーテールが印象的なその艦娘は、笑って俺たちを自分の部屋に連れて行った。

 文月は椅子に座らされて少しむくれていた。

「すぐに治るからいいって言ったんだよ。大げさだよ」

 山で見たときには真っ赤にささくれていた傷口は、もううっすらと膜に覆われている。

「あら、大げさなんてことないわ、文月。誰かに手当てしてもらった方がもっと早く治るし、痛みがやわらいでとっても温かい気持ちになれるもの」

「だって、みんなもっとひどい怪我でもへっちゃらなんだよ。わたしだけ恥ずかしいよ」

「そうね。でもね、それはみんな我慢しているの。本当はとっても痛いのに、そういうことが毎日ありすぎるから平気な顔で我慢できる方がかっこよく見えちゃうのね」

「我慢してるだけ?」

「そうよ。私だってそうだもの。けど、私たちもちょっとずつ変わっていかないとね。痛いことは痛いって、嫌なことは嫌って本当は言っていいんだもの。提督も、きっと分かってくださるわ」

「でもそれじゃあ艦娘じゃなくて人間みたいだよ」

「うふふ。そうね」

 綺麗に消毒したあと、その艦娘は文月の前に膝をついて器用に包帯を巻いていった。それは母親が子供にするような優しく丁寧な手つきだった。

「どお? 一人で我慢しているより、誰かに手当てをしてもらうだけで気持ちが軽くなるでしょう?」

「……うん」

「文月も、ひとに手当をしてあげられるようになりましょうね」

「こんな綺麗に巻けないよー」

 巻き終わった包帯にホワイトテープをぺたりと貼って、その艦娘は優しく笑った。

「一緒に練習しましょう。最初は失敗していいの。それでも諦めず何度も繰り返せばすぐに綺麗にできるようになるわ」

 そう言ってから立ち上がると、その艦娘は俺の前で床に膝をついて屈んだ。すぐ目の前に、短いスカート丈では隠しきれない白い太股が露わになって、思わず目をそらした。とても良いにおいが鼻をくすぐって、目の前に迫った顔もとても綺麗でどきどきした。

「文月を連れてきてくれてありがとう。この子達は背の高い艦娘の悪いところばかり真似するから困っていたの」

「あー変なこと言わないでよー」

「あなたのお名前は? 私は、大和って言います」

 大和と名乗った艦娘はお母さんみたいだと思った。うちのアパート組のお母さん達は怒っても怒らなくても怖い人ばかりだったが、大和は漫画やアニメで見たことのある、優しいお母さんのようだった。夕方に帰ってこんなお母さんが出迎えてくれるとしたらどんなに嬉しいだろう。

 それから艦娘鎮守府に遊びに行くたびに、幾度かまって欲しくて優しくして欲しくてモジついたものか。

「あの子達と仲良くしてね」という大和に、なんだかんだと話しかける俺を、文月は「調子いいなー」とむくれていた。

 沖から帰ってくる艦娘たちを迎えに、海沿いの公園まで行ったこともある。約束したのだ、今度公園で手を振って迎えるから、と。遠く海の上に見える小さな人影。手を振ると手を振りかえしてくれたように見えた。あの時見えたのと訊ねると、ちゃんと見えたと大和は俺を抱きかかえて答えてくれた。このスキンシップが好きな艦娘と接するのは子供心ながら恥ずかしくて、嬉しい。海の上を走る艦娘はとても綺麗で、一時期は毎日のように出迎えたものだ。

 ……少し話が逸れてしまった。アパート組の話に戻そう。

 何度も言ったことだが、俺たちアパート組男子は艦娘に周り身が見えなくなるほどゾッコンだった。が、女子は違った。男子が夢中になって入れ込むほど、女の子達は少しずつ身を引いていった。

 アパート組の結束は、一番上の兄貴分が年少の男子や女子に譲ることで成り立っていた。「家を空けがちな親の子供の面倒をよく見てくれる」。今にして思えばよく出来た男の子だった。しかし、その彼が今は一番艦娘に惚れていた。それを責められる人はいない。しかし、艦娘への好意を隠そうともせず周囲に配慮しなくなった兄貴分と、男子が好きな遊びに求められるまま応え、寄せられる剥き出しの好意を平然と受け止める艦娘に、女の子達が反感を抱くのも自然なことだった。誰もが子供だった。確かに言えるのは、俺もまた最後の瞬間まで、それまで一緒に遊んできた女の子達の気持ちに感づくことすらできなかったということだ。

 ハリボテの楽園の終わりはあっけなく訪れた。

 金切り声。

 心がざわざわする甲高い声が、広場に響いていた。

 みんなが駆け寄っていく。

 内一人が先頭に立つ女子三人が文月と対峙していた。

 途切れ途切れに聞こえてくる汚い言葉。

 心臓が嫌な感じに高ぶって現実感がなくなっていく。

 文月の唖然としていた顔が、だんだん強張っていく。

 なにか叫び声が聞こえるがなにもわからない。

 唯一頭に入ってきた言葉は、……「化物が人間の真似すんな!」だった。

 艦娘と俺たちの関係はその日で終わった。

 艦娘達はそれ以来広場にやってこなかった。

 アパート組も兄貴と女子達が何度か喧嘩してバラバラになった。女の子達はもはや譲られることを拒み、自分たちの道を行き始めた。そして春には兄貴は中学へ上がり、俺は母親に捨てられ、近くに住む父親に預けられた。俺たちの楽園は何の区切りもなく、あっけなく終わった。

 そして俺は、文月を見捨てた。兄貴がなんとかしてくれるかも。そうでなくたってまた広場に遊びにやって来たときにでも、あのとき庇えなかったことを謝ればいいと言い訳し続けた。

 すぐにでも艦娘鎮守府を訪ねて謝るべきだという心の声を無視して。

 謝れば、きっと文月も他の艦娘も許してくれただろう。

 ……あのときのことを、今でもこうして夢に見る。

 文月と山を歩いたときの枯れ草の匂い。文月の肌を流れる赤い血の色。大和の部屋の古い建物の匂い。大和の髪が日射しにきらきら輝いていたこと。女子が文月を責める心がざわつく雰囲気。ヒステリックな声。傷ついた文月の顔。

 年に一度、昔のことなんて忘れた頃に夢に見た。

 あれから月日が経ち、高校を出た後、俺は親父に付いて漁師になった。しかしすぐにその親父も蒸発した。

 俺は、独りになった。

 そして二十歳になる数日前、ある一つの決心をしたのだった。

 俺は組合の形ばかりの青年会に身を置いていた。そして、組合と青年会はある事業に名前を貸して協賛していた。県が中心になって行っている艦娘交流事業である。当時既に艦娘の「人間化」は始まっており、内務省に人間になったと認定され、戸籍を艦娘籍から移す艦娘も出始めていたが、大多数の艦娘は以前と変わらなかった。艦娘は国民の義務である兵役に成人男性よりはるかに多く貢献しながら、依然公権と私権を大きく制限されていたのである。俗に「艦娘属人法制」と呼ばれ、日本版アパルトヘイトかジムクロウかと大きく批判された悪名高い一連の法律によるものである。しかし、やはりというべきか、そんな境遇の艦娘に同情を寄せて、少しでも待遇改善を図ろうとしていた人たちもいた。交流事業は政府肝いりでそういう人達の受け皿になっていたのだった。

 交流事業に青年会でねじ込んでくれと組合のおっちゃんに頼むと、何でまた艦娘なんかにとぼやかれたが、ワケを赤裸々に話すと喜んで話を通してくれた。

 ボランティア活動、アーティストによるチャリティーから、就学制限を受けている艦娘への講義、地域小中高生との交流活動等、活発だった。仕事はいくらでもあった。

 見知った艦娘と再会もした。

 文月も大和も、俺が子供の時と全く外見が変わっていなかった。一緒に遊んだ艦娘たちも俺のことを覚えていた。最後に別れた事情などなかったように振る舞って、また笑い合える関係にはなった。

 俺は、他のみんなのように艦娘の置かれた環境に深い同情はない。

 表向きは、子供の頃によく遊んでもらったから少しでも恩返しをしたいと言っているが、ちょっと違う。

 俺は単純に艦娘に共感していたのだ。

 自分の身の上と艦娘を重ね合わせて、共感していたのだ。

 毎日友達と遊んでも埋めきれない何かを、艦娘も俺と同じように抱いているような、そんな気がしていた。

 ……。

 …………最後に、一つだけ誤解のないよう付け加えなければならない。俺がアパートを離れて近所の親父の家に引っ越した後、また艦娘を見かけることがあった。彼女たちは以前と同じように、しかし別の公園で近所の子供達と遊んでいた。そして、男子と女子、別々だったがそれでも艦娘は楽しく遊んでいるように見えた。俺たちと喧嘩したことなどなかったかのように、楽しく遊んでいた。

 彼女たちは、人間と一緒に遊べればそれで楽しかったのだ。遊び方など気にしてはいない。ちょっとした気遣いなど気遣いのうちにも入らなかったのだろう。

 だからつまり、艦娘は俺が気にしているようにつまらない喧嘩のことなど、中傷のことなど、気にしてはいないのかもしれない。

 遠回しに文月に聞いてみたが頭にはてなを浮かべていた。それでもいつか、必ず謝らなければいけないと思っている。

 

 

 

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 基地のゲートを通って道なりに走らせた海沿いの道を行った先に、艦娘鎮守府はある。

 いつもは閑散としている駐車場も今日は埋まっている。

 脇に軽トラを停め、発泡スチロールを台車に下ろしていく。少し離れた所にある空き地には天幕が張られていて、艦娘達が集まっているのが見えた。浮ついた雰囲気が伝わってきて、何やら奇声も上がっている。

 ガラガラと音をさせて魚を満載した台車を押していった。

 今日は艦娘の移籍式だ。

 戸籍を移すための三要件を満たした艦娘が、戸籍を艦娘からヒトに移す日。

 彼女たちはこれから全寮制の学校に入り、与えられる年齢に応じた教育を受け、そして人間社会の仲間入りをする。

 これが艦娘が人間として参加する最初の季節の行事になる。まだ移籍しない艦娘にも自分もいずれ時が経てばここに立つと思わせるのだと、知り合いの役人は言っていた。

 俺がこれに参加するのはこれで二回目だ。

 三回目となる移籍式も滞りなさそうである。

「……あ、何やってんだあいつ」

 文月が一人で鎮守府の階段に座ってぼけっとしている。

 あいつは今日、意識する艦娘として式に出るはずだ。

「よお、文月! 何一人で黄昏れてんだよ!」

 パッと顔を上げると、文月はいつものように笑った。

「お~魚屋さーん! 今日は何入ってますかー」

 飛び起きた文月と拳をごつんと合わせる。

「魚屋じゃねーよ! あー今日はサヨリとかアジとか」

「タイはー?」

「おう、あるぞ~。大和さんに頼まれたんだ」

「たーい!」

「おまえらが獲ったサザエもある」

「えー! サザエー」

「えーって何だよ! じいちゃんがおまえら喜ぶと思っておまけしてくれたんだぞ」

「サザエあきたー」

 一時期、艦娘に自分で獲ったサザエブームが起きた。うまいうまいとバクバク食いまくられたサザエはもう飽きられていたらしい。

「……いいけど。じいちゃんには言うなよ。泣いちゃうからな」

「はーい!」

 文月は一見以前と変わらないように見えるが、最近目に見えて背が伸びた。ずっと変わらなかったポニーテールの長さも伸びた。傷を負っても人間とほとんど同じ早さでしか治らない。文月の成長、「人間化」はもう何ヶ月も前から始まっている。

「一つお持ちしましょ~魚屋さん」

「いや、いいって、あ、だめっ! ……あーぁ。式の前なのに。臭いついちゃうぞ」

「海の臭いが嫌いな艦娘なんていないよ~!」

「はいはい。持っちゃったものは仕方ない。食堂までだぞ、途中で投げ出すなよ」

「出発しんこー!」

 閑散とした艦娘鎮守府内を文月の歌を聴きつつ横切った。そしてさっさと魚を食堂に置いてやれやれと外に出ると、文月が背中によじ登ってきた。両手で俺の肩にぶらさがり、腹に脚を巻き付けてセミみたいになっている。

「……どうしたんだよ、ひっついて」

「べっつにー。休憩ちゅーですぅー」

「絶対余計疲れるだろ……」

 文月は何をするでもなく、しかし離れそうな気配もない。

 俺はそのままいつも艦娘達が使っている埠頭に出た。そこからの海の景色はなかなか綺麗で、出入り業者でよかったと思えることの一つだ。

 文月を背負って、俺はなんとなく海沿いを歩いた。

 春の日射しがとても気持ちいい。

 ずっと無言の文月は何となく、拗ねているような甘えているような。

「なあ。移籍式、出たくないのか」

「ただいま休憩中です~。業務時間外です~」

 そういった文月の声は、あきらかに拗ねていた。

 移籍のための三要件。それは艦娘が、例え四肢を失っても元通りにできる再生能力を失ったと認定されること、年齢を重ね始めたと認定されること、そして艤装を自らの意思で永久に放棄すること。その三つである。

 艦娘は戦場に出るたびに傷が治るのが遅くなる。それは最初の数年はまったく気づくことのできない変化だったが、艦娘の登場から十年以上経過したあたりから遅くなるのが顕著になった。そして、怪我が治らなくなるにつれ、艦娘は成長を始めた。爪が伸び、髪が伸びた。背の低い艦娘達は背が伸び、人間の大人の女性を擬すようになっていった。

 移籍は本人が内務省に届け出をした上で審査され許可されるという体裁を取っているものの、実際には違う。傷が一定期間以上治らなければ、その時点で彼女はほぼ自動的に移籍の手続きが取られる。なぜならば、人間と同じ生態になりつつある艦娘を、「非人道的な艦娘的生活」に置いたままにしておくことを社会が許さないのである。

 だから、背が伸び始めた艦娘はいずれにしろ海に出られない。

 艦娘にはそういう事情がある。

 だから、艦娘達は移籍することを表立っては嫌がらない。生家である艦娘鎮守府を離れることを嫌がらない。仲間達を置いていくことを嫌がらない。その他にもたくさん涙を飲まなければならないことはあって、それでも我慢して艦娘たちは人間に帰化をする。

 文月も、文句を言わない。

「はあ~。むかしはあんなにひょろかったのに。もうすっかり、がっちがっちだねー」

 ぺたぺたと文月は脳天気に背中を触っていた。

 文月の手は子供そのままの柔らかい手。

 子供の頃を、思い出す。

「…………なあ、本当に嫌なら偉いひとにどうにかならないか訊いてみようか」

「も~いやじゃないって言ってるでしょー!!」

「い、言ってねーよ! 一度も言ってねーだらコラ! 嫌なら嫌ってちゃんと言えよ! そのちゃんッと言わないとこ、それだけはずっと納得いかねーよ! いわねーならおまえ、このまま会場行こうぜッて痛い痛い締め付けるな!」

 ギリギリと両脚で俺の腰を締め上げてくる。

 ふざけてやってるのに万力みたいな力だ!

「は~ぁ……」

 ひとしきり暴れると、文月は背中におでこを当てた。

 でもそれ以上何も言わない。

 波が埠頭に当たる音だけが響いた。

 これがきっと、文月の精一杯のサインなのだ。

 ならさ……。

「…………よし! じゃあ式なんか抜け出して遊び行くか!」

「えぇっ?」

 大和さんと式に出る約束したけど、まあいいだろ!

「おまえ荷台に寝転がせばバレねーべ! 魚くせーけどいいべ?」

「お? おー?」

「そうだなあ。まずサシでこの前のボーリング対決の決着つけるだろ。で、終わったらダチ呼んでガッサ山で花見すんべ!」

「お兄さん今日平日ですよー!」

「おう、俺にはなー、平日昼間っから酒飲めるダチがたくさんおんの! おまえガッサ山の桜見たことあったか? すげー綺麗なんだぞ」

「ほ、ほー!」

「こっから見えるかなー? あー、ちょーっと見えねーなー!」

「い、いくかー?! 魚屋さんとボーリングと桜するかー!」

「おう! おっしゃ行こうぜ! そうと決まれば見つからんうちに……」

「魚屋さんなんかあたしのボール捌きでちょいちょいのちょいよ!」

「……は。おまえ、この前仕切り飛び越して隣のレーンにボールぶち込んで、お姉さんたちに大笑いされた艦娘は、だれだっけ?」

「卯月!」

「ちげーよ! おまえだよスットコドッコイ! 笑顔で人のせいにすんな!」

 背中で笑う文月をぷらぷらさせて歩いた。

 軽トラは目の前だったのだが。

 短い夢だった。

 俺たちの背後から声が聞こえたのだ。

「文月~……、探したのよ~~……」

 振り返ると大和が笑っていた。額に怒りマークをつけながら笑っていた。

「みつかっちゃった」

 そう言うと、文月はするすると降りていく。

「そこの漁師さんも! うちの艦娘と何処に行くつもりだったんですか! ちゃんと式に出てくれるって私と約束しましたよね!?」

 とても怒ってる。

 この様子だと文月は相当逃げてたようだ。

「そこの漁師さんはねぇ。あたしのわがままに付き合ってくれたの。責めないで」

「……心配したのよ、文月」

「ごめんね~。じゃああたし、先にもどってるからー」

 風のように脇をすり抜けて会場の方へ文月は走っていく。

「あっ、ちょ、おい! 待てよ!!」

 文月の背中。

 見たことのある背中。

 引き留めて。

 引き留めなければ!

「ばいばーい!」

 しかし、文月はあっさりと行ってしまった。

 艦娘って奴はどうしてどいつもこいつも、もっとごねないのか。

 体育会系ぶってその実、良い子ちゃんばっかりだ!

「……あの、どうしました?」

 気遣わしげに大和が俺を見ていた。

 どうにも昔のことになると微妙に感情のコントロールができない。

「ごめん! なんでもない。あ、そうだ。頼まれてたタイ入れといたよ」

「わあー! ありがとうございます!」

 大和の花のような笑顔はいつ見ても可愛い。

「でも大和さん捌けんの? 手伝ってあげよっか」

「あっ、馬鹿にしてますね! 魚屋さんまだ私が料理できないと思ってるんだ。あれは、本当にた・ま・た・ま・失敗した日だったんです! いいでしょう、式が終わったら来てください。私が本当の出刃さばきを見せてさし上げます!」

「そんなこと言って俺にやらせる気でしょ」

「あっ、あーあー! 違いますって! ちゃんと別の漁師さんに習ったんです!」

 本当は大和に誘われてめちゃくちゃ嬉しいのだがおくびにも出さない。

 この綺麗なひとには当然ながらいい人がいる。

 だからそこは男の意地である。

 でも嬉しい。

 嬉しいデース。

 ……それから俺は大和と別れ、移籍式に出た。

 青空の下、紅白幕が風にたなびいていた。

 二百を優に超える艦娘達。さらに、五十人ばかりが一段前に出て整列している。移籍式が始まって三回目にして最大の移籍数だ。

 来賓も軍服か役人風のスーツばかりだったが、地域や知り合いの交流事業の人間も招かれているのでそこに混じった。

 式はつつがなく進んだ。

 壮年の軍人がすごい男泣きをしているのを周りになだめられているのが目立っていたのと、ただ艦娘が戸籍を移すだけなのに首相の次に偉い内務大臣や海軍次官がスピーチすることに改めて驚いたことぐらいだ。

 知り合いの役人曰く、艦娘出現時に、内務省と海軍は司法省と陸軍外しに共闘したらしく、艦娘問題では特に仲が良いらしい。

 内相のスピーチは移籍する艦娘に向けて。国家に奉仕してきた君たちに、我々がこれから出来る限りの機会を与えられることを喜ばしく思う。君たちは君たちのあとに続く者のために、どうか頑張って欲しい、というようなものだった。

 これから彼女たち魔力を失った元艦娘は、人間社会で生きていくための教育を受ける。この五十人がその試金石になるのは間違いない。

 そして、式はつつがなく終わった。

(大和さんがうまく捌けなかったら二人羽織で手取り足取り教えるのはありだな)

 などと足取り軽く厨房に向かっていると、聞き覚えのある声に呼び止められた。

「おーいおい、小僧っ! 小僧小僧!」

「……あっ、課長」

 呼び止めてきたのは、育ちの良さそうな悪戯小僧がそのまま中年になったようなオッサンだ。妙に愛嬌があってとても絡みやすいのだが、これでも内務省地方局行政課長というとってもとっても偉い人だ。一高から帝大法、高文受験前に内務省内定というエリート中のエリートで、生まれもエスタブリッシュメントの雲上人。本来俺みたいなのと接点がある人ではない。しかし、艦娘と仲良くなったらこの人とも何故か仲良くなった。それ以来、色々よくしてもらっている。

「おまえ、今日軽トラで来てるか?!」

「っすよ」

「よしよし! まだ時間あるか? ちょっと片付け手伝ってくれんか、礼はするから」

「えぇぇ…………っていうか、もしかして課長がここ仕切ってるんですか? のワリには手際悪いっすね!」

「うるせー俺に説教するな! おめーやるのかやらんのか!」

「はあ。でも俺も、大和さんに呼ばれてまして……魚捌くから」

「ふん……」

 始めて課長が俺から眼をそらした。

 とてもアホっぽい人だが、頭の回転は速い。こういうときは大抵よくないことを考えている。

 加えて言うと、大和のいい人はこの人である。

 たまに一緒に歩いているのを見る。

 …………悔しいが正直、お似合いなのである。

「じゃ、俺行きますんで」

「おい、言ったろう。礼はする。おまえ、大和すっぽかしてもきっと見合うぞ」

 大和と二人っきりでイチャイチャする時間に見合う礼ってなんだおめー! と言いたかったがこの人にだけは言えない。

 それにこの人が口にすることは間違いがない。

 見合うと言ったら見合うのだ。

 この前は交流事業や自治体の若い人らと一緒に料亭に連れて行ってもらった。まず、そこのお内儀さんがめちゃめちゃ色っぽい、綺麗。あの人も多分課長のいい人だろうな。そんな雰囲気だった。どっちが恋人でどっちが愛人なのかは知りたくもない。で、料理がめちゃめちゃうまい。うまいうまいと食いまくる、食い意地張った俺をお内儀さんはにこにこして、課長は脇息にもたれて嬉しそうに見ていたものだ。人が飯を食うところを見て、何が面白いのかは知らない。でも飯は本当にうまかった。さすが本省の課長さんが連れて行ってくれる料亭だと思ったものだ。

 ……なんにしろ、課長が見合うと言ったら期待していいということだ。

 結局俺は課長の話に乗った。

 大和にはその後、大人になったら私との約束全然守ってくれなくなりましたね、と嫌みを言われた。すいません。ごめんね。

 

 

 

/3

 数日後、実際に艦娘を全寮制の学校に送り出す日が来た。

 残るものと去るもの。

 艦娘たちは涙の別れをしてバスに乗り込んでいった。向こうでは先に「人間化」した艦娘たちが五十人の到着を首を長くして待っている。

 大和は、「やっぱり行けない」とぐずる娘をなだめ、あるいは桜の下で一緒に写真を撮るよう代わる代わる艦娘たちに求められてはポーズをとっていた。

 いわゆる「背の高い組」の戦艦や空母の人間化はもっとも早かった。それがどういう仕組みで成長しなかった艦娘たちが成長し出すのかいまだに分かっていないが、いずれにしろ今回の移籍式で、戦艦クラスで残っている艦娘は大和だけになった。向こうで先に待っている元艦娘たちの中心も、戦艦クラスや空母クラスなのだ。

 仲間を置いて戦場を去ることを後ろめたく思う艦娘は多い。

 しかし、大和は渋い顔をしている艦娘を叱咤激励して回った。

 艦娘は言葉がなくても通じ合えるが、人間はそうもいかない。深海棲艦はわかり合えずとも倒せばよいが、人間はそうもいかない。あなたたちはこれから、心で簡単に通じ合えない、だけど決して倒してはいけない相手との闘いにいく。それは深海棲艦と戦うよりもきっと辛く悲しいことも多いだろう。けれど艦娘はどこにいても通じ合っている。だから寂しいことや後ろめたいことは一つもない。ただ少し闘う場所が離れただけなのだから、胸を張って別れようと。

 大和は最後に一人一人抱擁して送り出した。

 スキンシップの好きな大和らしい別れだった。

 文月も、他の子と同じように泣いたり笑ったりして別れの時を過ごしていた。俺も話したが、心が少し遠い。人間は艦娘同士の絆の中には入っていけない。そういう壁を感じた。あのとき、無理にでも連れ出して文月の本当の気持ちを訊いておかなければいけなかったのかもしれない。

 だが、バスは行ってしまった。

 文月も窓から身を乗り出して手を振りながら消えていった。

 そうして五十人の艦娘が去ってしまうと、残された艦娘たちは意外とドライだった。自分たちも行くことになるのかどうか、行きたい行きたくないと、いつまでもはしゃいで大和に一喝されていた。

 それから敷地内で酒の出ないささやかな打ち上げが行われた。今や多くの人が艦娘に関わっている。艦娘をその過酷な環境から救い出したいと願い行動している。しかし一方で、艦娘たちは自分たちの置かれた状況を人間が思うほど過酷だとは考えていない。だがそれでも、多くの人間が艦娘が人間同様の暮らしが出来るようポジティブなアクションを起こしているからこそ、五十人の艦娘が生家である艦娘鎮守府を黙って離れた。もしかしたら、もっと楽しい別なことが世の中にはあるんじゃないかと、思ってもらうことはできたのだ。それがこの事業の一番の成果だと俺は思う。

 どれだけ見掛けが似通っていても人間と艦娘は違う。それは、忘れがちなことだ。

 打ち上げはそこそこに。

 それがお開きになると、俺は大和と一緒にハイヤーに乗った。

 課長にホテルで酒を飲もうと俺たちを呼びつけられていたのだ。

 バーで飲むのかと思いきや、部屋で飲むのだという。どういうことか思っていたが、大和と一緒に歩いてなんとなく納得した。大和の外出着はいつもの艦娘の服にショートトレンチコートを羽織ったもので、コートに半分隠された赤く短いミニスカートがスタイルの良さを強調していた。ホテルのロビーでは煌々と輝く照明に生足が照らされて、顔をしかめる紳士も目に入れまいとする男性も、一度は視線を引きつけられて上から下まで舐めつけてしまう威力だった。大和はエレベーターの中で俺に向かって悪戯気にウィンクした。破廉恥な艦娘ですよ、このひとは!

「やーすまんすまん呼び出して! いっぱい引っかけたのが間違いだった! さきにやってるよ!」

 既に酒の入っている課長は、そう言うと食事を運ぶようフロントに電話を掛けている。

 部屋のベッドはダブルだった。

 これ、俺はお邪魔だったのかも。

(……まあいっか。若者は変な遠慮をするなっていつも課長が言ってるし。大体呼び出したのは本人だし)

 課長の馬鹿笑いが部屋に響いた。課長はシェリー酒、大和はウィスキーをストレートで。ウィスキーのソーダ割のためにアイスペールの氷をガショガショさせている自分が少し恥ずかしい。

 でも、久しぶりに大和と一緒に酒が飲めてちょっと嬉しいな。

「えー艦娘の無事送りだしを祝ってー!」

「かんぱーい!」

 音を鳴らして一斉にグラスを呷る。

「かー! うまあい! つーか大和さん相変わらず酒強いね!」

「おい小僧、今日はおまえを大和の慰労のために呼んだんだ! 飲むんじゃなくて大和を褒め称えろよ!」

「お、そりゃいいっすね! 大和さんかんぱーい!」

「な、なんですか、それ! 私聞いてないです」

「お疲れ、大和。なかなか伝わらないかもしれないが、今日まで省の人間も相当に気を揉んでいた。でもおまえならやれると言って、ここまで来れたんだ。俺がこのポストに居る間にちゃんとした移籍までこぎ着けられたのはおまえのおかげだ。ありがとよ、礼を言う」

「わ、わたし、ですか?」

 大和はびっくりした顔をしている。

 このヒトは他のことでは褒められても素直なのに、艦娘のリーダーとして褒められるといつも謙遜する。

「いいじゃん、大和さん! 実際大和さんが一番の功労者なんだし! そこのオッサンが異動しても代わりの課長はくるけど、大和さんの代わりはどこにもいないしね!」

「そうだぞ、大和! 小僧の代わりは死ぬほどいるが、おまえの代わりはいない。今日は黙って褒められろ!」

「あ、ありがとうございます。でも、わたしのおかげなんてことはないですよ。今日だって沢山の人が、あの子達が鎮守府から出て行くのを惜しんでくれました。私達が人間らしく振る舞えるのも、みなさんのおかげなんです。みなさんが心を尽くしてくれるから、私達は笑っていられるんです。だから、お礼ならみなさんに」

「──って、言ってるぞ、漁師!」

「まあまあ。大和さんが言ってることもわかりますよ。自分で言うのもなんだけど、俺たち本当に物好きの集まりだ。色々苦労して漁に連れ出したのに、海の上でウニの投げ合いを始めるような艦娘たちと付き合うのが楽しいってんだからさ。それでもおっちらえっちらやって、大和さんの言う通り、人間も悪くないって少しでも思ってもらえたと思う。でもさ、戸籍上のこととはいえ、艦娘から人間になるんだ。俺たちはほんの少し、人間になっていいと思えるきっかけは作れたかもしれない。でも、そのきっかけを実際に艦娘に掴ませてくれたのは大和さんだ。大和さんが先頭に立って手を伸ばしてくれたから、俺たちはその手助けができた。だから、俺からもお礼を言うよ。ありがとね、大和さん」

「は、はい……」

「この漁師良いこと言うよな。感動的なスピーチだった。でも、俺もその通りだと思うぞ。あんまり謙遜するな、大和」

「そうだよ! もっと自信持ってよ! 大和さん本当にすげーんだからさ! 他のことなら普通なのに艦娘のこととなるとすっごい謙遜し出すんだから! いや、これはもはや謙遜じゃない、韜晦ですよ! しかめつらした坊さんじゃないんだから、そのいつもの包容力ある笑顔でどっしり構えてていいんすよ! ねえ課長!」

「おまえ難しい言葉知ってるな。だがこれも小僧の言う通りだ。おまえを頼りにしているのは艦娘だけじゃない。省の人間も、財団の学校関係者も、地域の人間も、海軍の人間も、おまえを頼りにしている。誰が見たってよくやってるんだ。なかなかできることじゃない」

「…………あ、あのう、お二人とも、労うっていうかぁ、これじゃあ褒め殺しっていうかぁ」

「褒め殺しなもんか! 『人間化』した艦娘に艤装を放棄することを納得させたのも、放棄された艤装を海軍に管理させるのも、大和さんが決めてやった! そもそもどの程度の『人間化』で艦娘を海に出させないかの基準を決めたのも大和さんだし、海に出られなくなった艦娘達の移籍式までの勉強カリキュラムを決めて納得させたのも大和さんだ! 世の中決めたって決まってないことは多いけど、大和さんの場合はこうしてやってきたことを並べていくだけで褒め殺しになるんだ。これってすごいことですよ! ねえ課長!」

「まったくまったく。ウチの課員もおまえとは話をしやすくて助かると言っていた」

「わ、わかりました。もうわかりましたから、やめてくださいよ~……」

 とても赤くなってる。

 かわいい。

「いいや、やめないね! 大和ちゃんいつもは褒めたってのらりくらりと受けてくれないんだもの! こっちは本気で褒めてるのに! ほら、課長ももっと言ってくださいよ!」

「そうだな~……」

 課長はいつもの仕草で目を伏せた。

「実は大和をうちの審議会にいれたらいいじゃないかって話はある」

「えっ、本当ですか!」

 艦娘処遇改善うんたらかんたら審議会とかいう内務省の諮問機関だ。

 偉い人ばかりが名前を連ねてる。

「まあ、人間になったらという前置きがつくし、それ自体は会話の中での思いつきさ。それよりも、そんな風に上の人間にも話が通るぐらい、おまえは評判よくやってるってことさ。俺も色々迷うことがあるが、おまえを見ていると、誰それがどういう地位を得たから俺もああなければならんというのではなく、大和のように毎日面白く仕事をやっていれば結果はついてくると思える。俺はそれに勇気づけられているし…………まっ、だから、こいつの言うよう謙遜はほどほどにな」

「きゃっはー! なーに途中から恥ずかしくなってるですか、かちょー! いい年して照れちゃってもー恥ずかしいなー!」

「うるせーおまえが恥ずかしげもなく褒めまくるのがいけねーんだよ! おまえのせいだおまえの!」

「…………あの、ありがとうございます」

 大和も恥ずかしそうだったが、嬉しそうだった。

 家族同然だった仲間たちと離ればなれになって寂しくないはずがない。

 少しでも気が紛れればいいな。

 まあ、慰労のためなんて聞いてなかったけど!

 大和が嬉しそうだからそれでいいや。

 ……それから俺たちは、互いに酌をしあって艦娘の昔話に花を咲かせた。

 艦娘の二十年近い歴史。話題には事欠かない。

 俺は知らない話ばかりだったので逆に楽しかった。

 ふとしたことから感情的対立になって艦娘全員と陸軍がにらみ合った話。あまりにまずい飯に耐えられず賄い征伐と称して反乱まがいを起こした話。艦娘が戦いのあと、夜の宴会でやる不謹慎な宴会芸の話。ひと昔前は艦娘の労働時間がとても長かった話。

 そんな話を延々としたあと、課長はロビーに行くと言って出て行った。

 かなり酒入ってるのに大丈夫かな。

 扉がバタンと閉まり、静かになった部屋。

 なんだか気分がいい。

 横の大和を見ると、グラスを掌で包んで外を見ていた。

 瞳を潤ませて遠くを見つめていた。

「どうしたの、大和さん」

「いえ……ちょっと、心配になってきてしまって」

「向こうにいったみんなのこと?」

 大和が小さく頷く。

「みんな鎮守府以外で暮らしたことのない子達ばかりですから……鎮守府のベッドしか知たないんです。食事だって艦娘の舌に合うように調理されたものばかり食べて、おいしいおいしいって言ってるんです。それにここの人達は、みんな良い人ばかりですから、人間は優しい人ばかりだと思っていて…………少し…………」

 大和の瞳の奥が、自分で口にした言葉に揺れた。

「……大丈夫かな………………」

 ポツリと漏れた言葉は震えていた。

 本当に大和は連中の母親みたいなもんだ。

 ちょっと嫉妬する。

「なに言ってんのさ、大和さん! 心配するところが違うぜ! あいつらが居丈高な教師が気に入らねえって大喧嘩になったあげく、軍隊が出動するようなことにならないかどうか、心配するのはそっちだろ! じゃなきゃ、料理が口に合わねえって料理人囲んで大喧嘩だ! 泣き寝入りするような、そんな線の細い連中じゃあないぜ、やつらは!」

「ふふ。そうですね。ごめんなさい、ちょっと気持ちの整理が…………」

「……そうだね。それは、仕方ないよ」

 五十人も艦娘がいなくなるなんてこと、なかったもんな。

 俺には家族同然の仲間が五十人も遠くに行く気持ちなんてわからない。

 大和が一瞬上目遣いでこっちを見た。

 弱気な顔だった。

「大和さん?」

「……私、お二人に褒めて頂きましたけど、本当は違うんですよ」

「違う?」

「私は、真似をしているだけなんです。提督の真似を」

「……提督って、昔艦娘鎮守府にいた軍人の人だよね」

 たまに艦娘の話題に上る。

 提督が訪ねてきたというと、艦娘たちはギャーギャー言いながらいつも楽しそうに集まっていく。知っているのはそれぐらいだ。

「私達には家族がいません。でも、提督は私達の本当のお父さんみたいだった。私達を褒めてくれて、叱ってくれて、いつも見ていてくれて、導いてくれた。艦娘は仲間意識が強いと言いますけれど、提督がいたから私達は喧嘩をしても仲間で居られたんです」

 大和は床を見ていた。

「まだ提督が艦娘鎮守府にいたとき、一度だけ私に仰ったんです。『おまえ達を安全保障の枠組みから外してやりたい』って。それからすぐ提督は異動になって、私達の前からいなくなってしまった。だから、誰かが……誰かが、代わりをしなくちゃいけなかった」

 その腕は、小刻みに震えていた。

「本当に真似できているなら、代わりになれているのなら、それはいいです。でも私は、提督よりずっと拙くて……みんなの気持ちを見落として、辛い思いをさせています。今日だって、本当は本心ではみんなここを離れたくなかったのに……。ここに居たいって、いままで通り暮らしていたいって、そう思ってた。それがよくわかるんです。生まれてからずっと、ここで生きてきて……思い出も、仲間も、艤装も、妖精さんも、艦娘という名前もみんな…………置いていくんですから。でも、みんなはそれも飲み込んで行ってしまった……」

 大和は震えていた。

 謝るようにうな垂れながら、震えていた。

「だから、私は誰かに褒めて頂くようなことはしてません。みんなが我慢してくれるから、私はこうしていられるんです。……提督がいてくれたらって思います。もうそんな時代じゃないって分かってはいます。でも、本当は私達、いまでも提督に戻ってきて欲しいんです。だって本当は私達、戦争から外してなんかもらえなくても、提督さえいたら…………」

 そういう大和の顔は見えなかった。

 ……ふう。

 まあ、課長が戻ってきて、この間男野郎とぶん殴られるぐらいは覚悟しよっか。

「大和さん」

 その震えている手を握る。

「俺、その提督って人のことは知らないよ。でも俺、大和さんが仕切ってる艦娘鎮守府が好きだ。大和さんが好きだし、大和さんに仕切られてる艦娘が好きだ。交流事業がイベント興せるのも大和さんがいて艦娘のニーズを的確に教えてくれるから、人間からの押しつけにならないんだ。その提督って人がいても同じことができるのかもしれない。でもさ、艦娘がリーダーやってくれて表に立ってくれるから、俺たち安心してるところもあるんだ。艦娘が言うんだから俺たちのやることは間違ってない! って。はは、勝手な言いぐさかもしれないけど。俺たちみんな、本当に大和さんのことを信頼してる」

 大和の眼はいつもの眼ではなかった。

 何か感情の渦が巻いているような、不思議な眼だった。

「わかんないけどさ、艦娘もきっと同じだよ。我慢させてるっていうけど、大和さんだからみんな我慢したんだ。すげーよな。ここから離れていく辛さって想像することしかできないけど、大和さんが我慢させたんだ。誇っちゃいけないのかもしれないけど、俺は大和さんだからできたんだと思ってる。本当だよ。真似って言うけど、俺にとっては大和さんのリーダーシップは大和さん流だ。なあ、だから、あんまり……寂しいこと言うなよ。大和さんのことが好きなのは、艦娘だけじゃないんだからさ」

 何言ってるんだか途中から自分でも分からなくなってきた。

 こういうとき、ちゃんとくどけない。ダサイよね。

 恥ずかしさに伏せていた眼を上げると、大和は俺を見ていた。

 眼の中で本当になにかが渦巻いているのではないかと思うような、吸い込まれるような眼だった。

「……あなたは、昔から変わらないですね」

 大和の顔が近づいてくる。

 思わず身を引くと、身を乗り出した大和に背もたれに押しつけられた。

「ちょ、ちょっと」

 覗き込んでくる眼。

 何もかも飲み込んでしまいそうな桜色の眼。

 ぎらついている。俺を飲み込もうとして。

「ど、どうしたの。落ち着い──」

 引き離そうと押した肩はびくともしなかった。

 大和はゆっくりと迫ってくる。

 俺が押し返そうと抵抗するたびに、眼のぎらつきが強くなっていく気がして、怖い。

 触れている大和の身体はとても熱かった。

「ごめんなさい。わたし、もう我慢できないです」

 突っ張っていた腕が軽く捻り上げられる。

 大和の顔が間近にきて。

 閉じられた瞼、

 唇。

「ん、んん…………や、やまと、さん……」

 一瞬だけ唇が離される。

 熱い吐息。

 大和の眼が、舌なめずりするように揺らめいた。

「う、んぐっ、…………はっ、はぁぁ……」

 大和の舌が口内を貪る。

 首に回された腕がぎゅっとしまった。

 俺の舌が大和に吸われ、頭に卑猥な音が響く。

 押し返しても動かない肩は、火傷しそうなほど熱い。そして大和の身体がどんどん俺にのしかかってくる。脚の間に大和の脚が入れられて、大和の膝が股間の前に突き立てられ、どんどん密着していく。

 そして離される唇。

 ぼうっとする頭。

 耳を舐められている。舌が耳の中を舐め回す音が頭一杯に響く。もはや、大和は完全に俺の身体の上に乗っかっていた。

「や、大和さん……正気に戻ってよ」

 荒い息が耳に吹き掛かるたびにゾクゾクしてしまう。

 大和がうなじを舐め上げた。

 それにぴくぴくと反応してしまう俺を見て、大和がくすりと笑った。

「大和さん!」

「わたし、正気ですよ……」

 そういう大和の瞳には、いつもの優しさがない。ぐるぐるぐると渦が巻いている。こんなの、普通じゃない。

「……大和さんには課長がいるでしょ!」

 叫んだ。

 しかし、大和は答えず自分の首元の紐を解いて装飾品を外していく。

 発情した顔。

 はぁ、はぁと荒い息。

 部屋の薄暗さでもわかるほど酒に酔ったように赤く上気している。

「後悔するって、こんなの!」

 そりゃちょっとは慰めたかった。

 でも、こんなの……。

 抵抗する俺の手首が、また捻られた。

 そして息をつく間もない手際の良さで手首をクロスさせられ、首元にあった黄色い紐で手錠のように拘束された、

「…………本気なの?」

「痛かったらごめんなさい。少しだけ、我慢してください……」

 大和が腰をひねって後ろのウィスキーのグラスを掴んだ。

「ちゃんと、飲んでくださいね」

 そしてそれを呷って口に含むと、また口づけしてきた。

 大和の口から溢れてくる生ぬるいウィスキー。咳き込みそうになる俺の首筋を、大和の掌が撫でた。ちょっとずつ、嚥下にあわせて啄むように大和がウィスキーを流し込んでくる。そうして全て注ぎ終えると、口の端から漏れたウィスキーを大和が舐めた。

「おいしかったですか?」

「…………」

「じゃあ、もう一回……」

 そう言ってまたウィスキーを飲まされた。

 何度も咳き込みそうになったが死ぬ気で堪えた。

 その間も、大和は切なげに身体を俺に押しつけていた。おっぱいを俺の胸板に押しつけて愛しげに揺すり、ウィスキーがなくなると口内をねぶってからまたウィスキーを含んだ。

 何度も何度もそれが繰り返された。

「ん、っちゅ…………おしえてください、わたしのウィスキー、おいしかったですか?」

 頭がぐわんぐわんする。

 こんなにウィスキー飲んだことない。

「……よくわかんない」

 大和が嬉しそうに笑った。

「じゃあ、あなたがわかってくれるまで……」

「も、もう、だめ、だって……」

 何度も何度も飲まされた。

 もう何度目かも分からない。

 もうウィスキーですらなくて、大和の唾液を飲まされていた。頭がぐわんぐわんして、頭が倒れても大和は追いすがるようにのしかかってキスをしてくる。熱い吐息が頬に当たって、指が顔の輪郭を撫でている。

「ベッド、行きますね……」

 宙に浮く感覚。

 膝裏と脇に大和の腕。

 脚がバタバタ。

「暴れちゃダメです!」

 背中にスプリングの感触がした。

 ホテルの天井、右に左に視界が揺れる。

 下を見ると、大和が自分の服を脱いでいた。艶めかしい身体。ホテルの薄暗い温かな照明に照らされて、大和の肢体がてらてらと光っていた。長い脚の上に誘うように突き出された大きなお尻と、女の曲線を描くお腹とまんまるのおっぱい。

 期待に目を輝かせた大和が、ベッドに膝を突き、俺の身体ににじり寄ってくる。

「はぁ、はぁ、ぁっ、ぁふ……………」

 大和の興奮した息。

 正気とは思えないぐるぐるした眼。

 俺は……。

 俺は、大和が好きだけど。

「大和さん…………。教えてよ。大和さんには、課長がいるでしょ」

 大和は、俺のお腹の上にお尻を降ろすと、そのまましな垂れかかって身体が密着した。汗ばんだ肌、硬くなっている乳首、柔らかなおっぱい。

 心臓の音。

「あの人は、私の昔の恋人です。…………それだけじゃ、ダメですか?」

 ……。

 数週間前にも大和と課長が一緒に歩いているのを見たことがある。

 でも、大和はそういう。

 ぐるぐるした瞳で、俺を見ている。抑えきれない気持ちを我慢して、俺の言葉に応えてくれている。荒い息をついて、上気しきった顔で、俺の言葉を待っている。

「うん、わかった」

 縛られた腕を大和の背に載せると、びくんと大和は身体を跳ねさせた。

「なんか辛そうだもんね。いいよ。好きにして」

 恩を仇で返すことになるかもしれない。

 けど、仕方ないよね。

「あ、ありがとうございます…………ん、んんッ」

 待ちかねたように大和が俺の口に吸い付く。

 はふはふと息を漏らしながら、何度も啄んで俺の口の周りを唾液で汚していく。

 俺は手錠されたままの手でもどかしく大和のお尻を撫でた。ふっくらと盛り上がった尻に指をうずめると、そのたびに大和が脚を広げて股間を俺の腹にわずかにすりつける。なんだかそれが楽しくて、俺は間隔を空けて大和の尻肉を押した。セックスするみたいに尻を上下させる大和は、そのたびに息を荒くしていってかわいい。

「んちゅ、ちゅっ……ちゅっ」

 大和は本当にキスが好きだった。

 俺の胸板をなで回しながら、肩甲骨を指の腹で押しながら、俺の尻をなでながら、ずっとキスしていた。乳首を俺にすりつけながら、唇も舌も歯茎も舐め尽くされた。

 ちょっともどかしい。

「大和さん、もう止めないから……外してよ」

「ま、まってください、わたしに、もうちょっとだけ……あと少しだけ、好きに、させてください」

「そんなに舐めるのが好きなの?」

 大和は鎖骨を舐めていた。

 口を離すのももどかしげに頷いた大和は、俺の首や胸板に顔をうずめてあちこちを舐める。たまに大きく息を吸い込んでは、丹念に汗を舐めとる。

「大和さん……?」

 頭をずらして大和を見ると、我を忘れるほど発情していた。真っ赤な顔で夢中になって肌を舐め回している。そしてどんどん顔を降ろしていって、胸板を指でなぞりながら、何度も何度も舐めた。荒く何度も息をつきながら、おでこを俺に当てながら、飽きもせずそうしていた。

 俺は手持ちぶさたの手で、大和の背中をなでた。

 玉の汗が流れる熱い背中を指でなぞると、大和が背筋を震わす。大和はもてあました身体を揺すりながら目一杯俺に身体を押しつけていた。

 びんびんに尖っている乳首が、ちらちら見え隠れする。

「俺にも大和さんの身体触らせてよ……」

「ハァッ、はぁ……ご、ごめんなさい……。わたし、男の人のからだ、好きで……。あなたのからだ、あッ、とってもごつごつしてて……、いいんです……」

 ぴったりと俺の身体にくっついて、大和は尻を持ち上げて秘所を俺の股間に押し当てる。

「あんッ、いちどだけ、いちどだけ…………あっ、ゆるして……あぁぁ……」

 尻を上下させて、秘所の入り口を陰茎でこすっている。

 俺の背中にしがみつくようにして、ゆっくりゆっくりを艶めかしく腰が上下する。

「うぅぅッ、……うぅっ、…………うッ、……きもち、いいっ、ですぅっ」

 大和の腕は苦しくなるぐらい、きつくを俺を抱きしめていた。

「…………大和さん、すごい苦しそう」

「だめ、なんですっ……からだが、とっても、敏感に……っ、あぁっ、ぁぁぁぁッ」

 肉棒に少し強く秘所が押し当たると、大和はひくひくと声をあげた。

 それでも先走りと愛液にまみれてぬるぬるの股間は止まらなかった。

「いっ、いいっ、ですっ! あなたの、かちかちで、たくましくてっ……」

 辛そうに、でも止められず、大和は何度も自分の秘所をこすり上げた。

 押しつけられた大和のおっぱいが、どんどん熱くなっていくのが分かる。

 大和の腕が俺の背中に回されて強く締まった。

「い、イけそうです……っ、ごめんなさい、わたし、ずっと、我慢してて、おかしくっ、おかしくなりそうで……ッ、い、いっちゃ……あぁっ、いっちゃうっ」

 尻が勢いよく上下していく。

 陰茎が、秘肉を押し分けようと反り返るが絶妙にハズされる。

 大和は騎乗位でするように腰を前後させて刺激を得ていた。

「いっちゃうっ、いっちゃうっ、いっちゃう…………ッ」

 うわごとのように呟く大和。

 性感は高まっているのにイけそうでイけない。

 その姿は気持ちよさそうで、でも辛そうでもあった。

「我慢しなくていいから……」

 そういって、大和の背中を撫でてあげると、大和は尻から背中を震わせた。ビクビクと痙攣するように背中を震わせて、それがだんだん全身に広がっていった。イッている。秘所を俺の腹にこすりつけて、長く長く潮を吹いていた。大和の頭から汗が落ちる。それでも、余韻を味わうように大和は身体を揺さぶっていた。

「なんか、辛かったね、大和さん…………」

 背中を撫でると、快感に緊張していた身体が緩んでいく。

「ごめん、なさい、わたしばっかり……」

「いいよ。っていうか俺、縛られてるから」

「あ……」

 そして、ふふっと笑い合う。

 すぐに大和は腕の紐を外してくれた。

 そして少し息を整えると、大和は同じ姿勢のまま陰茎を秘所にあてがうと、そのまま腰を落としていった。

「あっ、……大和さん、もうちょっと、休んでからでも……」

「はぁっ、くっ、か、かたいですっ。ずりゅずりゅって……なかがぁ……」

 大和は陰茎の感覚を楽しむように、ねっとりと腰を回した。

「大和さんのなか、ぐちゅぐちゅだよ」

「あんっ! ついて、ついてくださいっ! もっと……っ!」

 わずかに腰を浮かせてくれた大和の尻を掴んで、下から突き上げる。

「し、したぁ、あなたもした、だして…………はむっ、んちゅっ」

 その舌を吸い上げながら突いていると、大和が軽くイッた。

 深くキスをすればするほど、大和の震えも大きくなっていく。

 俺が出してしまいそうなときはキスで誤魔化して、大和をイかせた。

「だしてっ、だしてぇ…………なかに、だしてくださいっ」

 大和は何度イッても熱に浮かれたように腰を振り続けた。

「あぅ、あっ。くぅっっ、ふかい、ですっ! もっと、おくでっ!」

 大和は腰と腰をがっちりと密着させると、尻を激しく振った。

「亀頭っ、ぷくって……なってきましたっ」

「……」

「たくさん、出して、くださいねっ……あッ」

 堪えきれず射精すると、大和は一番奥まで腰を落とした。

 膣肉をうねうねさせて、ずるりと陰茎を絞り上げてはもっと射精を促す。

「あぁぁぁ…………出てますぅ。たくさん、なかに、わたしの…………」

 歓喜に震える大和は、キスを浴びせながら膣で精液を搾り取る。

 射精は一分近く続いた。

「はぁ…………はぁっ、はぁ……」

 大和は気持ちよさそうに俺の上に身体を横たえていた。

 満足そうな息をつく姿に変な気持ちがわいてくる。

「…………大和さん、俺、子供の頃から大和さんのこと好きだったんだよ。知ってた?」

 そう聞いて一瞬瞳孔を大きくした大和は、愛しげにキスをしてきた。それが、大和とセックスできたことよりも嬉しかった。また勃起してきたが、ゆるゆると楽しんでいた。

 幸せなだった。

 しかし、

「よぉ~! わりぃわり、どぉーしても顔出さなくちゃならなくてよぉ~! いまだに見習扱いなんだからたまらんよなぁ~…………ん? ……あ? う、おぉぉォッ?!」

(か、課長ッッ!?)

 反射的に飛びすさろうとしたが。

 尻から上が動かない。

 大和が、レスリングの技を決めるように俺の身体を押さえ込んでる。

(や、大和さん!)

 大和はそっぽを向いて身体をぺったり密着させていた。

 脚をばたばたさせてもがいてもビクともしない。

 これって……美人局?!

 そうこうしているうちに、無言で歩み寄ってきた課長が視界に入った。

「小僧」

「は、はいッッ」

「…………おまえ、足の方から見ると大和に喰われてるみたいだったぞ」

「は、は…………ぃ」

「しかし相変わらず大和の尻はでかい。離れてみると一層でかいな。うん、でかい!  安産型なのに惜しいな! ……ま、ともあれ、お疲れ!」

「お、おつかれ…………?」

 にこやかに課長は言った。

 な、何を言ってるんだこのヒトは?

 何も言えない俺を見て、課長は怪訝そうな顔をした。

「なんだよ、もっと嬉しそうな顔をしろ。嬉しくないのか?」

「いや、その……」

「……あ?」

「……」

「なんだなんだ、その反応は? おまえ、なんて言って小僧を押し倒したんだ、大和」

「……」

「おいおい、いつまで尻丸出しでカマトトぶってんだこの淫乱艦娘──────イッてェッ、蹴るな! おまえ手加減しろ!」

「本気なら大腿骨を折ってます…………」

「くそがぁ!」

 課長は本気で痛そうに蹴られた脚を押さえていた。

 何をしてるんだ、この人達は。

「大和さん? これって……」

「その……なんというか」

 モゴモゴと、こちらを見ようとせず大和は言葉を濁した。

 課長が溜息をつく。

「なんだよもう。何も言わずに押し倒したのか。人間の男と女じゃねえんだ。そこはちゃんと言葉にしなくちゃ、結局小僧にいらん心配をさせるんだ。なあ?…………まあ、いい。最後の餞別だ」

 蹴られた場所をさすりながら、課長は近くのベッド脇までやってきた。

 大和は向こうに顔を向けている。

 課長がベッドに座って、スプリングが沈んだ。

「小僧。おまえを押し倒したこの艦娘はどうしたことか、艦娘には殆どないと言われる性欲が時々抑えられなくなる。それは多分おまえの見ての通りだ。そうなってしまうと、大和はもう一人ではどうにもならない。それで俺が相談されたのが約三年前。こいつとは昔、付き合ってたんだ。もう十何年も前のことだが、だから無闇な性生活のできない大和には都合が良かった」

 ……本当に昔の恋人だったんだ。

「そうなったときのこいつは、おまえも分かるだろうが手が付けられない。俺が始めて呼び出されたときもそうだった。それでもこいつはなかなか我慢強くて、実際に我慢できてしまう。それがすごいところだ。しかし我慢すればするほど当然溜まっていく。本当は我慢させない方がいいんだが、一応俺も忙しい身でね、頼られたはいいがこいつには結局我慢させることが多かった」

 大和の尻をぺしぺしと叩く音がする。

「だが、おまえとは相性が良さそうだ。おまえも大和のこと気に入ってるようだし、大和も満更じゃなさそうだ。……な?」

 課長がそう言うと、大和はゆっくりと顔を上げた。

 不安そうな顔で、俺を見下ろしていた。

「ごめんなさい、わたし、なんて言えばいいか……」

「……ううん、いいよ、何も言わないで。正直、いきなり言われてもよく理解できないけど、でも大和さん辛そうだったし、辛いのに理由があるんでしょ。それに、今はちょっと楽になっているみたいだ……」

 俺が言葉を重ねるほど、大和は自責の念に呵まれるようだった。

 そんなこと感じる必要ないんだって、伝えたかった。

 大和が辛そうで、その辛さが少しでも和らいだ。俺はそれでいい。そして課長とも喧嘩しなくていいみたいだし、何もそんな顔する必要ないんだ。

「俺、大和さんとこうなれて嬉しいよ」

「……はい」

 そういった大和の眼は、それでも少し下を向いていた。

「大和さん──……」

「……」

 …………。

 なんだ。

 なにやらごそごそ音がしている。

「やあ、すまんすまん。ピロートークはまた今度にしてくれ」

 ベッドの足元で、課長が服を脱いでいた。

 面倒くさそうにあちこちに服を脱ぎ散らかしている。

「か、課長?」

 もう下着一枚になった。

 そしてのしのしとこっちに近寄ってくる。

「──じゃ、丸くまとまったところで、次は三人で始めようか!」

「は、はあ?」

 いや、もう終わってるんですけど。

 っていうか終わってなくてもそれはないですけど。

「おまえなあ! 大和が、セックスの一度や二度で満足すると思ってるのか!」

 課長の大きな声に、大和がびくりと反応する。

「こいつらの体力を人間と同じに考えるんじゃあない! 人間より遙かに体力のある艦娘が色欲狂いになったとき、人間のオスではまともに相手にならんのだよ。これから発情した大和を見て、辛そうで可哀想だと思うこともあるかもしれないが、それはそれだ。満足させてやろうなどと思ってはいけない。これはセックス以外にも通用することだが、人間が艦娘に合わせると大抵人間の方が悲惨で惨めになる。それは覚えておけ」

「は、はあ」

 また、課長が怪訝な顔をした。

「……それとももしかして嫌なのか、二穴責め」

「い、いや、だって」

 そ、そりゃあ、好きな女が他の男に抱かれるなんて。

 別に、大和は俺の何っていうわけじゃ、まだ、ないけど……。

 そんな俺を見て、課長はニッコリ笑った。

「まさか! 一度抱いたこいつは俺の女だって言いたいワケじゃないよな」

「……い、言いませんよ! 実は、すっっごい言いたいですけど、言えませんよ!」

「だろう。だが盗ろうってんじゃねえよ、俺はさんざん振り回されたお礼に、最後に一度やってみたかった二穴責めをみんなでやりたいな、と言ってるだけなんだよ。それに、大和クン。小僧の手前余り言えないのだろうが、でもちゃんと言わないとダメだ。おまえ、まだ全然吐き出してないだろう」

 大和は、顔を伏せていた。

 その瞳は影に隠れて見えなかったが、雰囲気が肯定している。

 ちょっとだけショックだった。

「全然、まだなんだね……」

 一人だけ満足してたのが恥ずかしい。

「ご、ごめんなさい、わたしは!」

 慌てて顔を上げる大和を遮って、

「──課長! やりましょうや、二穴責め! 大和さんがアヘアヘ言えなくなるまでやりましょうや!」

「おうよ。おまえならそう言ってくれると思っていたぜ」

「うぅぅ……」

 そうしてウキウキの課長と大和と俺で、3Pが始められた。

 最初は色々体位を試してみたがしっくり来ない。

 結局、始めと同じように俺が大和を騎乗位で抱いた。

「大和さん、もう少しお尻上げて」

「は、はいっ。──あぅッ、はんっ!」

「か、課長! あんま激しくしないでくださいよ! こっちが動けないんすよ!」

「おぉぉ……若いのがいるとノリが違うぞ。きゅうきゅう吸い付いてくる」

 このオッサン聞いてないぞ!

「だ、だいじょぶ大和さん? 痛くない?」

「へ、平気ですッ。で、でもっ……さっきからわたし、ばっかり、気持ちしてもらってぇ……っ」

「気にしないでよ。俺もまさかこんなだとは思わなかったけど、慰労会なんだし」

 でも大和がさっきよりも濡れているようなのが悔しい。

 だからその腰を支えてあげて、できるだけ感じるところを探した。ぽたぽたと汗をたらす大和。長く綺麗なポニーテールが乱れて身体にへばりついていた。それでも大和は突かれるたびに喉を震わせ、額を俺の胸板に押しつけて耐えている。

 大和は懸命に性感を貪っていた。

 そのしなやかな身体を汗まみれにして貪っていた。

 だから俺も大和の頭を捕まえて腰を揺さぶった。キスをされながら突かれると、大和はもう膝を立てていられなってしまう。仕方ないので自分で脚を掴んでゆっくりと前後させる。課長に攻められて、大和は気持ちよさそうだった。

「ううぅ……大和っ、やっぱりおまえ小僧がいると感度いいな!」

「そっ、そんなっ、こと、ありません!」

「恥ずかしがるな…………っ。この数年、おまえがいたおかげで俺は若返るようだった」

「は、はいぃ……」

「おまえは、今も昔も最高の艦娘だよ」

 課長の声は優しかった。

 大和が課長の名前を呼ぶ。何度も何度もその名前を呼ぶ。それはとても悲しげに、嘆くように長く伸びた。

 課長が激しく動く。

 俺は小さな絶頂を何度も繰り返す大和の身体を抱きしめた。

 嫉妬よりも愛しさの方が先に立った。

 我慢してきた性欲を絞り出すように感じ続けるこの身体が愛しかった。

 大和の長い嬌声が響く。

 それに合わせるように課長が果てていた。

 大和の満足そうな熱い息。

 俺は心を無にして、何度もイかされたその身体を抱きしめた。

「…………おい。なんか俺ばっかり動いてないか? なんで若いのが大和の痴態を眺めてニコニコして、俺ばかり腰を振ってるんだ?」

 あんたが女の尻を独占してるからだろーが!

 それから、課長のを咥えつつ大和が騎乗位で動いてくれたり、大和を片足立ちさせて前後から突いてみたり、課長にバックから突かれる大和にねっとりフェラさせて気分が良くなったり。

 大和は艦娘の名に恥じない無尽蔵の体力で、へとへとになった俺たちから最後の一滴まで搾り取った。もう勃たないと言っても丹念にしゃぶられると半勃ちにさせられて、本当に最後の一滴まで搾り取られた。

 そして本当に勃たなくなることを確かめると、大和は糸が切れたように寝始めた。

 静かな寝息を立てて……。

 

 

 

/4

 窓の外は薄明の空。

 薄暗い部屋で、大和はくうくうと寝ている。

 俺は妙に冴えてしまった頭と疲れた身体で、椅子に座って窓から港の景色を見ていた。

 ここはとてもいい部屋だが、金輪際自分の金で泊まることはないだろう。

「なんだ、起きてたのかおまえ」

 バスルームからシャワーを浴びていた課長が頭を拭きながら出てくる。

「課長こそ、眠くないんすか」

「おまえね、内務官僚は体が資本だよ」

 どかりと椅子に座って、大和が開けたウィスキーをグラスに注ぎ始めた。

「まーた飲むんすかあ!」

「おまえは?」

 ボトルの口を俺に傾けてくる。

 なんだってそう、みんな酒が好きなのか。大和だっておいしそうにがぶがぶ飲んでいた。まずいとは言わないが、そんなに好きじゃない。

「課長、ききたいことがあるんすけど」

「う~ん……簡潔になぁ」

 かったるそうに椅子に身を沈めている。

「こんなこと、聞きづらいんですけど……大和さん、大丈夫なんですか。課長は性欲を抑えきれなくなるって言いましたけど、あれ普通じゃなかったですよ。大和さん、セックスしてイッてホッとしてた。そんなの艦娘で聞いたことないですよ」

 艦娘の世界は狭い。

 特に悪い噂はあっという間に関係者に広まる。

「そういうことは自分で本人に聞けよ」

 そっけなく課長は言う。

「わかってます! でも、課長、大和のこと知ってるんでしょう。知っているなら教えてください。病気じゃないっていうんなら、別にいいんです」

 俺は大和のことを何も知らない。

 再会してから二年になるが、それなりに仲良く楽しくやってはきた。

 でもそれだけなのだ。

「……病気か。そうだな。まず、病気と言っても、おまえも知っての通り艦娘に医者はいらない。心身のバランスを崩すことはあっても、怪我は治るし人間流の病気にもならない。それでも一応医者はいるんだが……まあ誰も診せたがらないな。もう一方、いわゆる心のケアは艦娘達が自分達自身でやってきた。提督がいたころは提督にも頼ったが、今は仲間内で解決している。一応外部に医者もいるが、原則艦娘内で処理される。医者と言っても、人間の医者だからな」

「そ、そんな! だから大和のことも放っておけって言うんですか!」

「違う。もし大和が自分でこれはまずいと思えばまず仲間に言うだろう。仲間内で解決できなければ艦娘は提督に頼る。そして提督は必ず頼ってきた艦娘を助ける。つまり、そんなことは俺たちが気にすることじゃない、ってことだ。大和を信頼して任せろ。無理だと思えば必ず仲間を頼る。それでもおまえがこの件で何かをしたいというなら、ま、どうすればいいかは分かるだろ。なるべく大和に気を遣ってやれ。おまえの方からな。大和は、自分が性欲を持て余していることを酷く恥じている。だから、おまえが気を遣ってやれ」

「はい……」

 艦娘を語る課長の声色は優しい。

 大和は昔の恋人だったという。

 でも、二人の間にはもっと親しい何かを感じる。

 勘違いでなければ、課長は俺の背中を押している。俺と大和が深い仲になればいいと考えているように思える。

 課長は、四十前にして独身だった。この地位、この年齢、この年齢にして独り身なのだ。少なくとも縁を取り持とうという周囲の偉い人は引きを切らないだろう。課長の部下の人が、課長にはゲイの噂があると教えてくれたことがあるが、それも理解できる。この人には将来がある。浮かんでは消える知事公選制案が通らなければ、ほぼ確実に勅任官まで昇る人なのだ。どうして独り身で居られるだろうか。

 だからどうしても頭に浮かんでしまう。

 課長にとって、大和はどういう存在なんだろう。

 俺はそれが怖い。

「すいません、課長。これも答えてくれなくてもいいです……。でも、課長に甘えて訊かせてください。課長と大和って、どんな関係なんですか」

「さっき言った通りの関係さ」

「俺、大和さんのことが好きです。本気で好きなんです。でも、二人を見てると焼けぼっくいとかそういうんじゃない、もっとなにかとても親しいように感じます。それなら、それでいい。いや、全然よくないけどそれならそれで……頼むから俺をけしかけるようなこと、言わないでください」

 そんなのキツすぎる。

 この人に俺が勝てるところなんかないんだ。

 分かりきってる!

 課長は、そんな俺をじっと見ていた。

「……艦娘ってのはなあ、面倒なんだ」

「え?」

 課長が脚を組んで言う。

「人間の女の子みたいに、あの子がかわいい、あの子がほしいと簡単にはいかない。あの子もいいと言っているから、ぼくたち一緒になりますという訳にはいかない。もしおまえが大和が欲しいというなら、それはおまえが考えている以上にずっと面倒なことなんだ。わかるか?」

 課長の顔は茫洋としていて、でも目は真剣だった。

「……課長が何のことを指して面倒だと言っているのかはわかりません。でも、艦娘が面倒だから、俺はまた艦娘に関わることができたんです。もし艦娘が面倒じゃなくて何でも自分達でできるのなら、俺はきっとここにはいない。だから、不謹慎でしょうが、艦娘が面倒なことに俺は感謝しますよ」

「ははっ、言うね」

 課長は持っていたグラスを置いた。

「おまえは俺と大和が親しいというが、それは単に俺たちが二十年弱の付き合いだからだ。そしてその二十年弱は人間側だけから見ても、とても面倒な二十年だった。そういう面倒な中で培われた親しさだ。俺はおまえに、人間と艦娘がどんな面倒な付き合いをしてきたかという昔話をしてやることはできる。おまえは、艦娘と親しくやれる人間だ。昔話など退屈だと思うかもしれないが、おまえには艦娘の話をしておかなければならんとずっと思っていた。俺とおまえがこうして膝をつき合わせて話すことは、多分もうない。だから……聞けよ」

 本省の行政課長が俺に構ってくれる理由。

 前から考えていた。

 この人は俺に何かを期待している。それがなにかまったく見当がつかないが、何かを求めている。だから俺みたいなのに、こんなに良くしてくれるのだ。それ以外に俺に親しくしてくれる理由なんてあるはずもないが、でも、この人とはそんなこと気にならないほど自然に話せたのだ。

「……聞かせてください」

「わかった。じゃあまず、俺が艦娘に出会った頃の話をしよう。あれはだいたい十七、八年前のことか。俺は、大学を出たあと、内務省本省に再設置されたばかりの参事官室に見習として配属されたんだ。あの頃、まだ別の名前で呼ばれていた深海棲艦が既に我が国のシーレーンを脅かしていて、海軍は大出血をさせられ、同時に艦娘は人知れず対深海棲艦戦を開始していた。艦娘の存在はまだマスコミや世間に漏れていなかったんだ。政府は秘密裏に彼女たちに接触していた。俺が入省した年は、艦娘の存在が紙面に載って、政府が表立って艦娘対策に乗り出し、その予算を引っ張ってこられるようになった転機の年だった。艦娘対策本部は内閣主導という題目で設置されたが、実際は内務省主導。俺は参事官室をほっぽり出して、そこにねじ込んでもらった」

「……参事官室って、なにするところなんですか?」

「大臣の判子が必要な案件を事前にチェックする。でも俺はそんなのより艦娘と会って彼女たちが人間と何が違うのか、何を必要としているのか、何がしたいのか。それを聞くのが好きだった。それを本部に持ち込んで、先輩や海軍士官と詰めて法律が出来ていくのに関われるのが嬉しかった。あの頃はよかったなあ。艦娘も海軍もピリピリしてて、面白半分に艦娘に近づいたりするとゴミを見るような眼で見下される。みんな抜き身の刃物みたいだった」

「……もしかして課長、艦娘に見下されたんですか」

「ちょっとだけな」

「……もしかして、大和さんにも?」

「…………ちょっとだけな」

 大和にゴミを見るような眼で見下されるってどんな気持ちなんだろう。

 しかしそれでまあ、よく恋人になれたものだ。

「まあとにかくも俺も末席に加わって作った、艦娘属人法制が国会で可決された。みんなで帝国主義時代の資料をひっくり返して作成に当たったんだ。誇張ではなく寝る暇もなかった。上から急かされていたからな。大変だったがやりがいがあった。先輩方に扱き使われて可愛がってもらえたし、何より艦娘と仲良くなれた。その後、俺は参事として地方を巡りをさせられるんだが、上京したら必ず艦娘鎮守府に顔を出すようになった。できたばかりの艦娘鎮守府には提督がいて、深海棲艦を屠るだけ屠れる艦娘達がいて、みんなきらきらしていた。自分達の骨身を削って戦争してるのに、艦娘にはまったく悲壮感がなかった。それどころか、傷のある身体でも楽しげに遊ぶ。遊ぶのは治ってからにしろと言うと、いや痛くねえという。だが痛くないはずがない。当たり前だろ。なんでもみんな飲み込んじまう艦娘に、どれだけ提督が頭を悩ませていたか……」

 感情のこもった声で課長は言った。

 そういえば俺たちのところに遊びに来る艦娘は、みんな傷などなかった。

 艦娘だって怪我をして痛くないはずがないし、なんにも感じてない風を装ったら人間にどんな風に見られるかわからないはずがない。

「……そんなに昔と今で艦娘鎮守府は違うんですか?」

 子供の頃となにが違うのか、俺にはよくわからない。

「まあ、艦娘が馬鹿やってるのは今と同じさ。しかし時代が違う。あの頃の艦娘は良く悪くも今よりも多くの人間に切実に、真剣に必要とされていた。その変化を、艦娘たち自身が一番感じてるはずだ。そして理解せざるを得ない。人間に必要とされてこそ、艦娘も輝く。自分達が求めることだけしていては、必ず袋小路に突き当たると……」

 そこで息をついた。

「……さて、話が横にずれてしまったな。言ったように、艦娘属人法制と艦娘鎮守府、どちらも大変な急ピッチで組織された。その理由は、政府が大変に艦娘を怖れていたからだ。一時期はまさしく軟禁状態だった。建物に入る人間出る人間、すべてチェックされた。さながら大正の無政府主義者のようにな。だが小僧。どうしてそこまで政府は艦娘を怖れたのだと思う。艦娘は軍属で国民で、なにより深海棲艦と戦うための集団だったというのに」

「………………どうして? うーん…………。それは、ありきたりかもしれませんけど、やっぱり反乱が怖かったんじゃないですか。人間と違う艦娘の思考が理解できなくて、何をし出すか分からないから……」

 課長は渋い顔をした。

「反乱が怖いというのは間違いじゃない。しかし、ちょっと違うな。政府は艦娘のことを正しく理解していた。理解していたからこそ、危ぶんでいたんだ。艦娘は感化されやすい若者と同じだ。そのくせ若者の何十倍も力を持っている。……おまえに、『艦娘に対する処遇改善要項』をくれてやっていただろう」

 大分前に、艦娘に関する法律のことを知りたいと言ったら課長が冊子をくれた。「艦娘処遇改善問題のための閣僚懇談会」とかいうのに提出された、艦娘政策の基本方針は大体これに載っているという。

「その一番始めの項目は何に関するものだった? 覚えてるか、おまえ」

「ふん、覚えてますよ! 『警察上の処遇』でしょう。…………つまり? つまり、ええと、特高による監視……ですか!」

「そう。もう大体分かっただろう。政府は、艦娘が思想汚染されて反社会勢力に利用されることを怖れたんだ。艦娘は、豊かな感性と優れた知性で若者のように好奇心に溢れていた。そんな彼女たちは同時に、三十八口径やライフル弾では足止めにならない耐久力と、手足を失っても萎えない異常な戦闘意欲、艤装と呼ばれる大口径の砲口を持つ武装を軽々振り回し、そして無くしてもまた生えてくる身体を持っている。彼女たちが、反社会勢力に利用されることを、政府は怖れた」

 課長の言っていることは分かるが……。

「でも、艦娘に政治思想なんて……。艦娘は、深海棲艦が相手だから戦えるんです。人間に対して同じようにいきませんよ!」

 実際に艦娘に会ってみればわかる。

 自分たちの力で人間をどうこうしようなんて発想は、かけらも艦娘にはない。

「話が早い。その通り。特高は所詮特高さ。おまえの言ったことは正しい。正しいが、同時に世間では艦娘によるクーデターの噂が何度も浮かんでは消えたんだ。三月事件や十月事件の再来かと、そのたびに人々は不安な顔で囁き合う。おまえは、まだ子供だったから知らないだろうな。おまえは怒るだろうが、それは単なる中傷じゃない。そんな噂が流れては消えるのにも理由があった。とりあえず法制で国籍を与えただけの人外の知的生命体の集団が、何の首輪もなく武装したまま首都に手が届く場所にいたのだ。……艦娘にはちゃんと『深海棲艦相手に』戦ってもらいたい。多分人間には銃を向けないだろう。だが、それでもやはり首輪は必要だった。わかるよな」

「ええ……まあ」

 でも、艦娘が聞いたらとても怒る。

 俺だっていい気はしない。

 あんまりな言い様だ。

 提督って人が聞いても怒るだろう。会ったことはないけれど、艦娘たちに信頼されるぐらいだから、とてもいい人なのだろう。自分の大事にする艦娘たちがそんな風に言われたらきっとその人もカンカンに怒って……。

「……ああ、そうか。その首輪っていうのが、提督って人のことなんですね」

「おまえ冴えてるな。そうだ。艦娘に提督と呼ばれたあの人は、艦娘鎮守府ができる少し前に艦娘達と出会った。提督は当時三十ちょいで中佐という、それだけで異色の経歴だったんだが、選ばれた理由は能力ではなく、多くの要人から人格面の保証を受けているという一点に尽きた。提督は、偉い海軍軍人の元に生まれた。その軍人はとても教育熱心で、多くの有望な若者を物心両面で大いに援助していた。提督はそういう環境で将来国を担う若者達と育ったんだ。提督が思想汚染などとは無縁で人格が高潔であることを、とても偉くなっていたその元若者達が保証してくれたというワケだ」

 なんとなく、この人もその男達の輪に入っているのだろうと、想像がつく。

「そして提督は提督になった。艦娘の思想汚染を防ぐ。具体的にはどういうことだと思う。とても単純なことだ。艦娘には家族がいない。人間が誰しも生まれながら持っていて、最後のよりどころになる家族がいない。提督には、艦娘の父親になることが求められた。父親には若すぎるだろとぼやいていたが、別に兄でも構わなかった。そういうアナクロな繋がりが艦娘と人間の間には必要だったんだ。艦娘も提督には真剣だったし、提督も深く艦娘達に共感していた。それこそ、首輪としての役目をひととき忘れる程度には、共感していたんだ。…………知ってるか、おまえ! 提督ってひとは父親の役割で放り込まれたくせに、艦娘たちみんな自分に惚れさせちまったんだ。で、惚れた腫れたの刃傷沙汰まで起こしてる。仕事がちげーだろおまえ! って、しょっちゅう爺さん達にからかわれてたよ、あの人は」

「…………そういうことだったんですか。実は俺、提督の話を艦娘たちがするとき、いつも嫉妬してたんですよ。みんな楽しそうにきらきら話してさ!」

「おう、俺もだよ! ずるいよなあ、刷り込みだぜ。俺ももう十年早く生まれて海軍に入っときゃなあ」

 思わず笑い合う。

「ま、そうして、艦娘は提督という父親に忠誠を誓ったワケだ。肉に血が通い心まで通じた父親を通じて、決して国家に弓引くことのない、忠義の集団に艦娘はなった。それは今も同じだ。対艦娘政策は艦娘の心を掴んだ提督の功績の上に成り立っている。そんなことで良いのかと思うかもしれんが、それが大事だ。提督が、艦娘と人間は心を通わせることの出来る存在なのだと示してくれたから、我々は共存の糸口に立っていられる」

「……いや、いい話っすけど、なかなか課長と大和さん出てきませんね」

 大和が提督に首ったけなのはもう知ってるもんね。

 畜生め。

「うん、長くなったな。じゃあ、最後に俺と大和の話をしようか。言ったように、俺は参事として地方を回ったあと、本省に戻った。その頃には何度目かのアタックの末に大和と付き合っていた。地方局に入った俺は、艦娘問題の研究に久しぶりに関わった。そのときだな、対艦娘政策が単に治安や安全保障の問題ではないと、ようやく気づいたんだ。間抜けな話さ」

「……? じゃあ、なんの問題なんです?」

「簡単な話だ。内務省にとっての艦娘問題。それは、人外の知的生命体を我が国民に同化するということだったんだ。その知的生命体が我が国の社会でどのように必要とされ、どこに活躍できる場所を見出すにしろ、我が国の文化に同化されなければならなかった。それが、当時の内務省にとっての艦娘問題の意義だったんだよ」

 ポツリと言った課長は、少し寂しそうだった。

「艦娘が『人間化』を始めたからまたこの話がややこしいんだが、人間と生まれの違う知的生命体を国民にしなければならない、という点に変わりはない。そもそも、艦娘の『人間化』という俗語が俺は好きじゃない。条文のどこにもそんな言葉は使われないし、人間の生態に艦娘が少し近づいただけで、別に人間になるワケじゃない。……まあそれはともかくとして、もう十何年以上も前から考えるだけは考えられていた、艦娘達の教育が今ようやく始まった。艦娘達は我々の文化的な背景を遠からず理解してくれるだろう。それはいい。問題は、国民の側だ。国民と艦娘が共生するためには、艦娘が教育されるのと同様、国民もまた艦娘を理解するために教育を受けなければならないんだ。言ってること、わかるか?」

「ええ、まあ。まだ艦娘を神の使いとか言う人もいますからね……」

「そう、そういう『誤解』を解くために、国民の側にも艦娘を理解するための訓練が必要だった。おまえがやっている交流事業がその一つだ。結構評判がいい。その評判を大事にしなければならない。そういう事業を積み重ねて、地域と艦娘、お互いの理解を深めるんだ。そしていつの日か、艦娘が地域に受け入れられ自分の住みたいところに住むことが出来る日が来る。……そういった政府肝いりの事業は、地域、つまり県が主体となってやっている。地域密着。もっと具体的には、県の地方委だ。前に、その中の若いのとおまえを会わせたよな。ああいう善意の連中が集まって、艦娘の境遇をよくしようとしている。そして、そういう地方委を統理するのがウチ、行政課の仕事の一つだ」

 行政課にとって本来、艦娘問題なんて瑣末な問題に過ぎないと聞いたことがある。

 押しつけられた片手間の仕事なのだと。

 でも、この人は入れ込んでる。

「艦娘に立派な国民になってもらい、地域に馴染んで幸せに暮らしてもらうってことですよね」

「その通り」

 そんなことが確か要項に書かれていた。

「それはわかりました。……でも、じゃあ、なんで大和さんと別れたんです? 人間に艦娘のことを分かってもらって、人間化した艦娘は教育を受けさせて人間らしい人間になってもらうって、今の大和さんがやってることそのままだ。全然話が見えないですよ。お似合いじゃないですか」

 課長は答えず、テーブルに置いてあったパイプを手に取った。

 それをウェスで拭き始める。

「課長?」

「少しだけだが大きな違いだ。我々は、全ての艦娘を国民化したい。仮に『人間化』しない艦娘であっても、大砲を捨てて人間のように生きてもらいたい。だが大和は『人間化』した艦娘だけを人間の社会に送り出す。他の艦娘も、『人間化』してしまったから、しようがなく人間に帰化する。それは、大きな違いだ」

「そ、そんなこと……!」

「『人間化』とは、艦娘が傷が治るのにどんどん時間が掛かるようになって、人間のように年齢を重ね成長し始めたように見える、ということだ。もうそれは殆ど艦娘ではなく人間だ。だから。あなたたちがとても大事にしている『深海棲艦を倒すこと』も戦場に出ることも叶わないだろうから、これからは人間のルールに従って生きましょうねと、そういう話だ」

「は、はい」

「だが大和は、政府や内務省の、艦娘も『人間と全く同じように』生きてほしいという願いに抗っている」

「え?! で、でも、大和さんはとても優しいって言うか、人間らしさをとても大切にしてますよ」

「人間らしさは大事にする。人間のような優しさも大事にする。だが、生き方は別だ。艦娘には艦娘の生き方がある……ということらしい。昔は、安全保障という大義名分があったから、艦娘は自分達の好きなように生きていけた。深海棲艦を屠りたいだけ屠れた。仲間達との絆を大切にすることができた。もしかしたら自分が生まれたかもしれない海の上で自由に往くことができた。でも、今は安全保障のほとんど海軍が担っている。艦娘達の楽園は、もうどこにもない」

 課長は磨き終えたパイプを仕舞った。

 もしかしたら、大和から送られたものだったのかもしれない。

「大和は内務省の方針にハッキリと抗っている。それでも大和が艦娘鎮守府のリーダーとして受け入れられているのは、おまえが言ったように大和は『人間化』した艦娘を進んで送り出していて、大和がいなければこんなスムーズにことは運ばないだろうと誰もが分かっているからだ。提督が居た頃は艦娘と海軍、仲が悪かったが、大和は海軍ととてもよく付き合っている。地域や役所との仲もいい。艦娘なりの生き方というが、大和はそこらの人間より社会的信用を得ているのが皮肉な話だ」

「でも、だから、別れたっていうんですか……」

「俺も若かった。内務省人だからというより、俺は一人の人間として艦娘の意地を張る大和を受け入れてやることができなかった。未練ではないが、そのことだけは今でも悔やんでいる。馬鹿なことを、したものだ」

 課長は、とても率直な人だ。

 率直すぎて心配になるほど、率直だった。

 俺には過ぎるほど良くしてくれる。

「…………悪かったな。俺の話に付き合わせて」

「いえ、話を聞かせてもらってありがとうございました。……でも、課長にとって艦娘ってなんですか。どうして、そこまで入れ込むんですか」

 少しだけ微笑む。

「ま、年の離れた放っておけない妹、そんなところだ。おまけにやたら手が掛かる。駄目な子ほどかわいいもんさ」

 そういった課長は、流石に恥ずかしそうだった。

 最後まできいても、結局最初の疑問は分からなかったな。。

「……すいません。課長が率直に話してくれるのに甘えさせてください」

「ん?」

「なんで、俺によくしてくれるんですか。なんでそんなに率直に俺なんかにそこまで話してくれるんですか」

「……」

「こんな話をしてくれるのも、いままで俺に色々良くしてくれたのも、俺に艦娘のことで何かをさせたいからだとは分かります。でも、何をさせたいのかも、なぜ俺なのかも、まったく分かりません。思想汚染だとか特高だとか内務省の話だとか、提督や課長みたいなエリートの話だとか、俺には全く遠すぎる。俺は見ての通り、生まれも教育もない天涯孤独の漁師です。取り柄と言ったら頑丈なところぐらいだ。課長には恩返ししたいと思う。でも、なにをさせたいのか、さっぱり分からないんですよ!」

 課長は、眼をぱちくりとさせていた。

 一瞬、沈黙が訪れる。

 そして課長は眼を反らした。

「……何をさせよう、か。そうか、そう見えるか」

「違うっていうんですか!」

 この人に対して、こうして対等に口をきいてること自体、本当はあり得ないことだ。

「おまえは艦娘に良くしてくれる。そういう人間には、俺も良くしてやりたい」

「はあ。でも艦娘によくする人間なんて、俺以外にもたくさんいますよ!」

「ふっ、そうだな。その通りだ。いいだろう。じゃあ、俺がおまえに色々よくしてやったお礼に、ささやかな頼み事を聞いてくれるか」

 課長は仕方ない奴だと言いたげだった。

「自分が艦娘のために何が出来るのか、考えてくれ。さっき自分の生まれがうんぬん、教育がどうこうと言っていたが、その上で尚考えてほしい。おまえが言ったことは大事なことだ。おまえが、艦娘に、なにができるか。それを頼みだ」

 そう言い切ると、課長は窓の外に目を向けた。

 暁の港。

 東の空が赤く燃えている。

「……それだけ?」

「あと、二度と自分で自分のことを天涯孤独だなんて言うな。若者が自分で自分に使っていい言葉じゃない」

 そう呟いた課長は外を見ていた。

 懐かしい景色を見るように、港を見ていた。

 もう俺のことなど、眼中にないかのように。

 部屋に静寂が降りた。

 しんと静まりかえっていた。

「………………子供の頃、おまえ、艦娘と遊んで失敗したことがあるって言ってたよな」

「は、はい」

「ならもう失敗するな。次はないぞ」

 課長は、独り言のように呟いた。

 ……。

──その晩、俺はまた夢を見た。

 いつもの艦娘達との喧嘩別れの日。

 だがそこが違った。

 俺は、最後は気まずい雰囲気で言葉もなく物別れになったのだと思い込んでいた。

 去ろうとする艦娘達。だが、文月は俺の名前を呼んでいた。何度も呼んでそれから一度だけ言っていたのだ。

 最初はまねっこだったけど、でもわたし、わたしたち本当に楽しかったんだよ、と。

 そして仲間に引かれて消えていった。

 俺は、何も言えなかった。 

 大和に艦娘も手を伸ばさなければと偉そうなことを言っていながら、昔文月が求める助けを見ないふりをした。助けなかった。見捨てたんだ。

 俺は高校のときの恋人もそうして見捨てた。

 血のせいにするつもりはない。

 でも、俺は自分の子供を見捨てるような両親と同じ人種。

 人を平気で見捨てる人種なんだ。

 

 

 

/5

 春のうららかな昼。

 俺はいつものように艦娘鎮守府に搬入していた。

 あの晩の日から数日、まだ一度も大和と顔を合わせていなかった。なんとなく馴れ馴れしいような気がしたのだ。適当なきっかけが欲しかったのだが、そう都合良くはないらしい。先に大和に会いたい気持ちが抑えられなくなった。

 普通に食事に誘おう。

 それが結論だった。

「……」

 俺は扉の脇で立ち止まった。

 大和の執務室に行きたい。

 しかしそこに行くには、この目の前の秘書艦室を横切らなければならない。

 この部屋割り、どうにかならんの?

「…………あー、失礼。大和さんいる? 仕入れのことで話があるんだけど」

 開けっ放しの秘書艦室の中には数人の駆逐艦クラスが詰めていた。

 あーだこーだと何か言い合いっていた彼女たちの、一番俺に近かった卯月が答えた。

「あー、魚屋さん! この前のサザエうまかったっぴょん! 今日うーちゃんたちもお礼行くぴょんけど、魚屋さんからも言っておいて欲しいっぴょん!」

「おう、うまいよな! なのに文月のやつもういらねーって言ってたぞ!」

「あの子はサザエ食べ過ぎなんだぴょんね! それに最近ちょっとすねてたぴょん。でも、どうせすぐいつも通りに元気になるぴょん、ほっておけばいいぴょん! ……あ、大和だったぴょんね。中にいるぴょんよ…………ウシシシ」

「……は? なにその笑い。仕事の話にきたんですけど?」

「シシシシのシ…………ごゆっくりぃぃ~ぴょん!」

 変な笑いをしている卯月を無視して、扉に向かう。

 他の黙っている艦娘達もニコニコ……いや、ニヤニヤしている。

「コンコン、失礼しまーす」

 大和の返事で扉を開けて中に入った。

 背中からは、ンキャー! と嬌声が響いている。

 恥ずかしい。

 大失敗。

「…………一応、もうちょっと自然に訪ねる予定だったんだ」

 デスクについている大和は苦笑している。

「ごめん、馴れ馴れしかったかな」

「いーえ! 私もいつ連絡しようかなと思っていましたから。……あ、今日久しぶりに自分で料理しようと思っていたんです! 向こうに行った子達から、あんな料理覚えた、こんなの作ったって電話をもらってて。よければ、私の料理食べてもらえませんか?」

「いいの?! やったー! いくらでも食べますよ、大和さんが作ってくれるんなら!」

「うふふ。あ、でも、あなたに食べてもらうならお魚以外の方がいいかなぁ」

「ん? んー……大和さんが作ってくれるんならなんでもいいよ!」

「よーしじゃあお魚で! って言うほど私、自信がないので……お肉にします」

「うわあ、ちょー楽しみ…………ってあれ、夜基地のなか入れなくない?」

「フッフッフッ! 甘いですよ、魚屋さん! 艦娘鎮守府はもはや名実共に鎮守府内鎮守府、もはや特権的存在といっても過言ではないのです! 守衛さんには話を通しておきますから、ふつーに私の部屋に来てくださいね!」

「ほ、ほぉー……」

 そして部屋から出た俺は、秘書艦たちの子供じみた囃し立てを背にしつつ、手土産を何にするか考えていた。

 あっという間に夜になった。

 ドキドキしながらゲートに近づくと、本当に守衛は通してくれた。まっすぐ行けよ、というありがたい言葉も頂戴した。恥ずかしい。

 夜の艦娘鎮守府はまたいつもとは違った趣がある。一階にある食堂だけが煌々と白く浮かび上がって騒がしい。覗いてみたい気持ちもあるが今日はやめておこう。

 入り口の鍵は開いていた。ロビーは電気は付いていたが人の気配はない。まっすぐ大和の部屋に行くだけなのだが、なんだか悪いことをしているようだ。……いや、悪いことなのか? 見つかったら捕まるのか? 

 できるだけ足音を立てずに歩いた。

 幸か不幸か、他の艦娘とすれ違うことはなかった。

 まさかみんな寝ているということはないだろうし、どうやって夜を過ごしているんだろう。

「や、大和さーん……?」

 大和の部屋をノックした。

 明かりが隙間からわずかに漏れている。

 返事がこない。

 思わず周りを見回す。

 艦娘の部屋の前で張り付いてる男ってどう考えても不審者だ。

 と、バンと勢いよく扉が開いた。

「いらっしゃいませぇー!」

 声でけえ!

「男の方一名ご案内でーす! さあ、入ってくださーい!」

 テンション高え!

 中からは肉料理の良いにおいと、わずかに花の匂いがする。

「お邪魔しまあす。……あ、これ、シャンパン。冷たい、まだ」

「わーありがとうございます! じゃあ早速開けましょっか!」

 大和の部屋は子供の頃と違って広くなっていた。

 部屋の場所が代わったのは知っていたが中に入ったことはない。

 バストイレ別でキッチン、寝室付き!

 すごい寮だ。俺もボロ家を捨ててこんな部屋に住みたい。

 テーブルには料理が所狭しと並べられている。ロールキャベツに照り焼きチキンに唐揚げに魚介サラダにきんぴらゴボウに春雨スープにポテトサラダに揚げ出し豆腐に…………………。

「や、大和さん?! う、うまそうだけど、これすっげー量じゃない?!」

「昔からあなたはやれば出来る子でしたよね!」

「え?! それどういうこと?! もしかして作りすぎたって意味?! 作りすぎたけど全部残さず食えよ、おまえがな! って意味?!」

「うふふ。驚くのはまだ早いです。まだデザートもありますよ!」

「うわーッ、やるねえ! 大和さんやるねえ!」

「ふふ、ありがとうございます……。というのは冗談にして、本当に作りすぎちゃいました。でも余ってもみんなに食べてもらいますから、気にしないでください! なんといっても、これはリベンジですから! あなたに美味しく食べてもらわなきゃ意味ないんです!」

「…………リベンジぃ? ……ああ、もしかして、タイ捌きのときの話のこと言ってるの?」

「だってあなたが約束すっぽかすんですもの」

「ごめんごめん、あれはさ、課長が手伝ってくれれば礼をしてやるって──」

 ……礼。

 そうだ、あれが礼だ。

 とんだ礼だった。

 嬉しくはあるけど、なんかいいところを持ってかれた気もするし。

 そもそもあのヒトの気持ちがよくわからない。

「うふふ。嘘です。気にしないでください。でも、食べてもらいたかったのは本当です。私、あなたにお礼をしなくちゃいけないと思ってもこんなことしか思いつかなかったんです。だから、冷めないうちにおいしく食べましょう?」

「……そうだね」

 言いたいことはたくさんある。

 言わなければならないことも。

 でも、今は大和の料理を頂くとしよう。

 この量だ! 余計なこと考えてる余裕はないな!

「いただきまーす!」

 大和の料理は文句なしに美味しかった。

 こんな手間の掛かった料理を食べるのは久しぶりだ。自分でも拙い料理をするから分かる。美味しい。子供の頃以来だ。と同時にあんな母親でも、子供にはちゃんとした料理を食べさせたかったのだと、詮無いことを思った。

 さすがに全部食い切るのは酒で食欲増進しても辛かったけど、二人で頑張って食べきった。

 好きな女が少々(←オブラート)作りすぎたからって、残してもいいよって言ったからって、本当に残したりはできませんことね?

 デザートはさすがにあと食べることにして、食後のほうじ茶を飲ませてもらった。

「うー……食い過ぎた。めちゃめちゃおいしかったよ、大和さん」

「よかった。お口に合って」

 本当に嬉しそうに大和は笑った。

 この笑顔に何人の男が勘違いしただろう。

 大和の優しさが滲み出ている笑顔だ。

 俺は大和の側に居たい。でも、一度セックスしただけで彼氏面するつもりもない。

(……艦娘のために何ができるか、だって?)

 そんなこと、俺が出来る範囲のことなら言われずともやっている。

 大和のためになにかをしたい。艦娘のためになにかをしたい。

 艦娘はいまだに就業・就学の自由、居住・移動の自由、身分法上の行為等たくさんの自由を実質的に制限されている。もし普通籍の国民と艦娘籍の艦娘がトラブルを起こし刑法あるいは民法上の手続きを踏むことになれば、それはそれは面倒なことになる。

 艦娘籍の艦娘は国民であって国民ではなく、一応人間扱いでも人間ではない。

 艦娘籍のまま社会を生きるのは難しい。というよりも不可能としか思えず、法律を作った人間もきっと想定しては居ないのだろう。

 でも大和は艦娘という生き方を続けるつもりらしい。

 艦娘籍のまま生きるというのだ。

(艦娘のために何が出来るか考えろって、大和さんを翻意させろとかそういう意味じゃないだろうし。謎かけしないでハッキリ言えよな)

 大和は、お茶を飲んでぽや~っとしていた。

 少しだけ、本人に聞いてみよう。

「……ねえ大和さん、俺、これまで以上に何か艦娘のためになることしたいって思うんだ。唐突でごめんね。ずっと考えてたことなんだ。でも、俺にできること言ってたら、ダチ巻き込んで頭数増やすとか、組合に話し通して艦娘に特別に漁業やってもらう仲立ちしたりだとか、そんなことしかない。あとは艦娘連れて遊びに出るけど、それは友達としてだし……。でも俺、それだけじゃなくて、もう少し何かしてみたいんだよ。こんなこと聞くのは情けないけど、でも、大和さんなら答えてくれそうだから」

 大和は急に語り出した俺に一瞬驚いていたが、最後まで聞いて目を伏せた。

「あの晩あの人に、何か言われましたか?」

「え? あ、聞いてたの……?」

「いいえ。でも、何か話してるのは聞こえましたから」

「何か言われたのは、そうだよ。でもそれとは別に艦娘と…………大和さんのために何かしたいんだ。力になりたい。それは何か言われたとか、関係ないよ」

 俺がそう言うと、大和は視線を反らした。

 このジェスチャーは最近みた。

 な、なんだ? これは、分かってねえな、ってそういうジェスチャーだろ?

 そうだ。

 あの時の課長もこんな風に眼を横に向けた!

 なんだよ? 一体なんなんだよ?

「…………俺。変なこと言ってる? 言ってること、見当違いかな?」

 大和がハッと顔を上げる。

「あの! 怒らないでください!」

「怒ってないって。なんか……情けないだけ」

「そうじゃないんです! 聞いてください! 私達、みなさんが仰るようにとても不自由な立場です。みんな鎮守府内で暮らしているからなかなか外の人に会う機会は少ないですし、お休み取って何処かに泊まりのお出かけに行くこともなかなかできません! なにか事件に巻き込まれただけでとっても不利な立場に置かれます! ……だから、多くの人に同情してもらって共感してもらえます。でも、でも……こんなこと言うのは不謹慎かもしれませんけど、それでも私達、それなりに楽しくやってるんです。それが逆に生意気で、小賢しく、不気味に見えるかもしれませんけれど、でも結構楽しくやってるんです!」

 大和は必死に訴えていた。

「あなたは最初から私達に普通に接してくれました。馬鹿みたいにへらへらして、友達みたいに話してくれました! それが嬉しいんです! それだけでいいんです! 私達をどっちの方向でも特別扱いしない、あなたが好きです! 私、交流事業のあなたよりも、駆逐艦の子達とはしゃいでるあなたの方が好きです!」

「…………うん。わかった。ごめん、変なこと言って」

 でも、俺は、艦娘のためになりたい。

 大和のためになりたい。

 ……分かってる。課長の影がちらついて、不安なんだ。なのにこんな言い方でしか大和の気を引けない。

「いいえ……私、言葉足らずで……あの、お茶、入れてきます…………」

 そう言って大和は俺の後ろのキッチンに立った。

「ふう」

 俺が一人で女々しく不安になっても仕方ない。というか大和まで不安にさせている。何やってるのか、せっかく部屋に呼ばれたというのに。

 もっと、楽しい話題にしよう。

「ねえ、大和さ──」

 振り向こうとして、はたと背中に体が当たった。

 大和が俺のすぐ後ろに立っていた。

「……大和さん?」

 大和の腕が、俺の首にするするとしな垂れかかるように巻かれていく。大和の顔が、耳の横に来た。

「……私達、もう他人じゃないですよね?」

「うん。……そうかも」

「じゃあ、もう『さん』付けなんてしないでください。寂しいです」

 ぎゅうっと腕が締め付けられる。

「うん……。そだね、わかった」

「…………」

「……」

「……呼んでくださいよ! な・ま・え」

「当たってる! 頸動脈に腕が当たってるから! ほんとに締まっちゃうから! 『大和、大和!』 これでいいでしょ! 恥ずかしいの、そんな待ち構えられると!」

「もー! 昔は『大和ちゃん』って言ってたのに!」

「だからなによ! 恥ずかしいものは恥ずかしいの!!」

 首に掛かる大和の腕に触れる。

 こうしていると、あの日の夜のことを思い出す。

 あのときの大和はおかしくなっていた。

「大和さん……じゃない、大和。料理ありがと。なんか大和の気持ちが伝わってきた」

「そうですか? それはちょっと恥ずかしいですね……」

 本当は大和の口から聞きたいことがたくさんある。

 大和の病気のこととか、課長との関係とか。

 でも、でもさ……。

 大和の作ってくれた料理からは、温かい気持ちが伝わってきた。それは俺の勘違いじゃないはずだ。だったら、今はそれだけでいいじゃないか。大和が、今だけは俺のことを想ってくれる。

「ふふ。どうしたんですか? 甘えたくなりました?」

 振り向いて、大和の頭を引き寄せる。

「誰かに飯作ってもらったの久しぶりだったから。なんか、感動しちゃったの」

「いくらでも作ってあげます。あなたさえよければ……」

 

 

 

/6

 その後、腹ごなしに一緒に食器の片付けをした。

 ただの後片付けなのに大和とすると華やかな気分になれる。すごいことだ。

 それが終わって少し休んでから、大和と一緒に風呂に入った。

 しかし、狭い浴槽にどっちが上でどっちが下になるかで揉めた。

 確かに大和はでかい。女性の平均身長よりずっと高い、俺よりも少し高い。

 腕っ節だって大和の方が強い。喧嘩したら負ける。

 うん。たしかにね。

「……でもさあ、風呂で女を下にして抱きかかえられる男ってちょっとないよね!」

「そんなことないです。昔は抱っこしてあげたじゃないですか」

「昔の話はやめよう! …………重くない?」

 大和は嬉しそうに俺の身体をさわさわしている。

 でもこの体勢だと俺が大和の身体触れない。

 女が男の身体まさぐって楽しいんでしょうか。いいえ楽しいはずがありません。だから、場所を変わって欲しいです。

 大和は何故かひとの身体をべたべた触るのが好きだ。

 身体を密着させて、首筋や鎖骨を舐めて、掌で胸板や腹筋をまさぐっていた。あまりに生殺しなので片手で陰茎をさわってもらったが、大和は犬のように俺の首筋に顔をうずめるのに夢中だったので全然しごいてくれない。

「……なんでそんな舐めるのが好きなの?」

 大和の顔は赤くなっている。俺の顔も真っ赤だろう。

 だんだんのぼせてきた。

「わ、わからないです。でも、こう、なんか男の人のエキスでくらくらするって言いますかぁ……」

「え、エキスぅ!? へ、変態だなー! 大和さんすげー変態やなー!!」

 がーんと大和はショックを受けた顔をしていた。

 変態の自覚なかったのか。

 さらに囃し立てると、大和は恥ずかしそうに唸って舐めなくなった。

 可哀想だけどフォローするのは後にしよう。

 このまま好きにさせてたら一晩中でもぺろぺろしていそうだ。のぼせてしまう。

 しょぼんとして浴槽に顔をうずめていた大和を立たせると、そのデカ尻を向けさせた。

「大和っておっぱいも大きいけど、お尻もでかいね」

「はぃ……変態ですから…………」

「すごい! ぷりぷり!」

 この前は暗かったし、あの人に乱入されたからよく見れなかったんだよね。

 壁に手を付かせて、大和のお尻をさんざんに舐め回して、キスマークをつけて、秘所をねぶった。でも、前戯をするまでもなく大和のあそこは濡れに濡れていた。

「触んなくてもすごい濡れてるよ」

「も、もういいですから……はやく挿れてください」

 挿入すると、大和は大きな声を出した。ホテルでは酔ってて気づかなかったが、大和の声はでかい。風呂場に反響する艶声。窓はないが、これは……。

「大和、大和さん、ちょ、ちょっと声大きいって」

「ううぅぅぅ……知りません! 変態だから声もおっきいんです! もっと突いてください! はやく!」

 ごめん……気にするよね。

 風呂縁にしがみついて、熱に浮かされたように腰をくねらせている大和。

「んはぁッ……あなたの、ほんとうに硬くてッ、はうっ、はあっはぁはぁ──」

 や、やばい。スイッチが入ってしまった。

「な、なんで止まっちゃうんですかぁ……」

「隣にも艦娘いるんでしょ? 絶対聞こえるって。出てからにしよ?」

「わ、私じゃ、だめですか? そんなに、魅力ありませんか? ……二人の男の人と一緒にしちゃうような変態じゃ、だ、だめですか…………」

 そう言いながらも、大和は自分で動くのをやめなかった。

「はぁはぁハッ────う、うぅ、き、気持ち、いいです……」

 軽くイったように背筋を震わせて、大和が振り向いた。

「あなたも、気持ちいいですかっ? くぅぅっ、わ、私、いつもあなたに気持ちよくしてもらってばかりで、なにも……あっ、し、してあげられなくて……はうッ」

「気持ちいいよ。でも、大和……」

「ごめんなさいッ! 私、あなたのこと、本当に好きなんだって信じてもらえるように頑張りますからっ……。こんな、変態な艦娘ですけど……。本当に、あなたのことが本当に好きなんです……!」

 あ……そっか。

 そうだよね。

 不安なのは、お互い一緒だよね。

 あんな風に始めてあんな風に終わったら、不安になって当たり前だよね。

 あのオッサン、今度とっちめてやろう。

「あっ! あぁッ! すごいですっ、すごッ、か、カリが、私の、入り口っ、うあぁっ! そこぬるぬるされると、わたしっ、すぐイッちゃいますぅ!」

「ごめん。不安にさせて。俺も、大和のこと好きだよ」

「はぁ、あッ────はッ、ん、はあぁはぁはぁぁっ! わたしも、わたしもぉ……」

 大和は軽い痙攣を繰り返しながら、それでも止まらなかった。

「あ──く、くるうっ、大きいの、来ちゃいますっ、んあぁッ────はあぁぁぁはっ……はぁぁっ、だめなのっ、だめだめっ、ほんとうにッイ、イッちゃうッ──きちゃうぅぅッ!」

 ガクガクと膝をついて大和は派手にイッた。それでも止めずに膣の浅いところを責めていると、大和は呼吸を忘れて身体を跳ねさせていた。

 ちゃんと組み伏せていないと手加減なしの艦娘の後ろ足蹴りを食らいかねない……。

「気持ちよかった?」

「……は……ぃ…………」

「でもごめんね。俺まだイッてないから」

 惚けてる大和をタイルに寝かせて、まんぐり返しをさせる。

 一瞬恥じらうように身をよじったが、上からのしかかって挿入するとまた小さく果てていた。

 それからは大和が待ってと叫んでも派手に潮を吹いても、俺は自分が気持ちいいように大和の秘所の角度を変えて突きまくった。大和は焦点の合わない眼でよだれを垂れ流していたが止めなかった。長い脚を思いっきり開かせると、仰向けになっても垂れない大和のおっぱいを思いっきり握りつぶしながら腰を振った。絶叫し疲れもはや呻いているだけの大和にキスをしながら中で思いきり射精した。

 大和の手が、背中にぴとりと添えられていた。

「あ~……すっげぇ出た…………」

 まだ半勃ちのそれを前後させると、びくびくと反応する大和の膣に残った精液が出て行く。

 大和は荒い息を吐きながら、それでも幸せそうに放心していた、

 硬く勃起している乳首を撫でると乳房が震える。

 ……大和の赤ちゃんできればいいのに。

 でも、子供が出来ないから種族が違うって言うんだってさ。

 大和を床から起こして抱きしめ、正気に戻るまでずっとそうしていた。

 こんな時間がずっと続けばいいのに。

 正気に戻った大和は怒っていたが怒っていなかった。俺に初めて夢中で身体を求められたのが嬉しいらしい。なんか距離が近くなった気がする。

 それからベッドの上でいちゃいちゃしながら休憩したあと、変態、変態言われて開き直った大和と変態的なプレイを楽しんだ。本気になった大和の体力はすさまじく、最初に襲ったときすぐに挿れてしまわなかった理由がよくわかった。

 次の日は一日中身体が嬉しい悲鳴をあげていた。

 

 

 

/7

 春の雨。夜に降ると流石に寒い。

 でも、俺の心はまったく温かかった。

 さっきまで大和と一緒にラブホテルでさんざんにイチャついていたのだ。お互い朝が早いので長くは楽しめなかったが、それでも楽しかった。大和の部屋は隣の艦娘からクレームが入ってしまったのでNGである。

 俺のボロ一軒家は海軍基地から何駅も離れた外れにある。俺が受け継いだ財産といえる数少ない財産だった。移り住もうと何度も考えたが、今も結局ここに住んでいる。

(ただいま、と最後に言ったのはいつだっけ)

 ロクに鍵も閉めていない扉を開ける。大和と市街地のどこかに一緒に住みたい。住めないかな。

「そしたらただいまーってッ────!!」

 げ、玄関に……なにか、いる。

 真っ暗な片隅に確かに、何かが……あ、空き巣?

「ぁ…………」

 声が出なかった。

 腹が引きつったようになってる。

 影はひっくり返る俺を見て、もそりと動いた。

「…………ごめんねぇ~……驚かせて~…………」

 それは、体育座りをしている文月だった。

 

 

 文月はびしょ濡れだった。

 俺のシャツとジーンズを、だぶだぶだったがとりあえず着せた。そして仕舞いかけていた灯油ストーブの火を付けて出しっぱなしだったこたつの電気を入れる。

「おかまいなく~」

「構うわ! そんなかっこで押しかけてきておいて無茶言うな!」

「へへぇ~」

 文月はふざけた調子だったが、服は一部破れて身体は汚れていた。なにか事件や事故に巻き込まれたのかと、それだけは聞いたがそうではないと言う。

 俺は珈琲を作りながら文月に適当なことを話しかけた。

 文月は必ず自分から話してくれるだろう。

 だから、来てくれたのだ。

 そう信じたい。

「悪いな。インスタントコーヒーしかないぞ」

「わ~ありがと~」

 俺のシャツを着た文月はちんちくりんだった。

 外見だけなら年の離れた妹なんだけどな。

 一緒にこたつに入りかけようとして、また腰を上げる。

「あ、ちょっとトイレ」

「魚屋さん! うまい! 珈琲うまい! 入れ方うまいね!」

「はいはい。お世辞でも嬉しいよ」

 トイレに行くふりをして電話を掛ける。艦娘鎮守府、大和宛。そして自分の部屋から冊子を取ってきた。「艦娘処遇改善要項」。でも、こんなものに頼ったら終わりだ。

「すまん、部屋きれいにしてきた」

「えーっ、ちょーこんないたいけなあたしに何するつもりですかー魚屋さんは~」

「そういうのは、文月がもうちょっとおっぱい大きくなってからなー」

「はーダメかぁ。おっぱい小さいとダメかあ~」

 文月の顔を持ってきた布巾で綺麗にしてやる。

 ぐいぐい拭っていると、なんだか昔を思い出す。

 こいつは昔から危なくて汚くて子供さえ尻込みするところを颯爽と駆け抜けていったんだ。

 体面を気にせずマジになって冴えた遊び方をするこいつに、俺たちは目を輝かせたものだ。

「ね~え、魚屋さんのお父さんはー?」

「ん……言ってなかったっけ。もう二年以上前にいなくなった。蒸発するっていうのかな。まあよくて女のヒモ、でなきゃ魚の餌ってところか。人様に迷惑を掛けてなきゃいいけどな、ま、無理だろうな」

「……そうだったんだ」

「おまえ、俺の母親に会ったことあったよな。あっちはもう少しマシだ。今頃ちゃんと働いてる男と子供作って、今はそれなりに幸せな家族を作ってる。いや、よく知らないけど。……ま、おまえら相手に家族が居ねえって不幸ぶってみても、すっげーダサいしな。今言ったことは忘れてくれ」

「ううん。そっか、魚屋さんも私達と同じだったんだね」

 文月が呟いた言葉は胸に刺さった。

 そうだ。俺はこいつらと同じだ。

 家族なんてハナから居ないようなものだった。今だって何処かで生きている(かもしれない)親のことを、文月に言われなければ思い出しもしない。でも、家族に対する無関心さを自覚させられて、安心と空しさを覚える程度には意識してる。

 たまに、俺は同情よりもっと悪いもので、再び艦娘に関わってしまったのかもしれないと思うことがある。

 でも……もう自分のことで悩むのは十分だ。

「……なあ。向こうの学校、どんなところだった?」

「そー! すごいの! なんかねー、丘みたいになってるところでね、丘の森みたいになってて、その木がわさわさしてる斜面に、何階建てだっけなー高い建物がだんだんと生えてるの! 小さな山みたいなところに高い建物がたってるんだよ! すごかったなー」

「ほお~」

「あ~でもね、一番高い屋上に登っても海が見えないの。それが残念だった。みんなも海が恋しいって言ってた。だからこの前の式に来たときにはしゃいでたんだって。海が見えないだけであんなに寂しいとはな~思わなかったな~」

 文月の様子は自然だった。

 楽しげに話しているようにすら見える。

「あっちで、みんなどんな風に過ごしてるんだ?」

「かわんないよー! この前はねー。赤城と瑞鶴が腹減ったーごはん足りねーって言っててねー。じゃあ第二次賄征伐するか? お? するか? するか? ってあたしも混ざって作戦考えてたんだけど、加賀さんが来て、いい加減歳を考えなさい! って怒られて赤城が本気で泣いてた。心を入れ替えますって言ってたけど、みんなに我慢しなくていいからねーって言われてまた落ち込んでた。でもみんな本当は赤城を頼りにしてるから、そんな風に言えるんだ。それから足柄はねー、いつも勉強してるの。たまに長門や金剛となんか難しい話してる。それでねー、たまにぼうっとして外を見てるの。なんでかなーって思ってたんだけど、鎮守府にいたときはちょくちょく会えた海軍の中尉さんと離ればなれになって寂しいんだって! 遠距離恋愛! はー素敵だねえ~。あとはねー、金剛がねー、本当はちゃんと何年間も勉強を修めないといけないんだけど、特別に大学に入れてもらえるんだって言ってた! 金剛はなんか背が伸びちゃって、勉強もがんばって、とっても明るい普通の人間の女の子みたいになってた。人間の大人にもすごい認められたから、特別に一足先に入れてもらえるんだって! えらいねえ~」

「そっかぁ。人間の大人っていうけど、先生とかさ、いじわるじゃないの?」

「先生はねえ、若い先生はとっても優しくて頭が良さそうな女の人がいたりねえ、男の人もなんかしゃんとしててねえ、ちょっと提督と雰囲気が似てるなーって。ジジババ先生たちは反対にとっても怖くて頭が良さそうだった。あれは怖いねえ~。……そうそう! それに提督も毎月あたしたちに会いに来てくれるの。手ぶらで悪いなぁ~って。でも、提督が来るときは大抵良いニュースを持ってきてくれるんだよねぇ~。提督が来るたび、あたし達はついでだよねー! ってみんな笑うんだけど、でもみんな本当は提督が来てくれて嬉しいの。提督は、えらくなっても、すっかりオジサンになってもずっと昔のままなの。優しくて、強くて、艦娘を艦娘として普通に見てくれるの。それが、あたし達はとっても嬉しい。あたし達が歳をとっても大きくなっても、提督みたいに中身はかわらないでいようねって誰かが言って、そうだねえってみんなが頷いたの」

「……楽しそうだな、みんな」

「楽しいよ! 男の子連れ込んで寮母さんにすっごい怒られてたり、髪伸ばして髪型かえたり、爪伸ばしておしゃれしたり、みんなたくさんやりたいことあるからね!」

「そっか……」

──なら、なんで出てきちまったんだよ?

 その言葉をなんとか飲み込んだ。

「いいな。羨ましいよ。俺も出来るならちゃんとした教育を受けてみたかったなあ」

 ……話題を変えよう。

「文月。全然話が違うんだけど、俺と大和が恋人みたいになるっていったら、おまえは応援してくれるか?」

「えっ?! ええー! そうなの! すごい! 応援するよ~! 素敵だねえ! 魚屋さんなら安心だもんねえ!」

「なんだよ安心って」

「大和はねー。たくさんの人に会って話してこうしようああしよう、って色々決めなくちゃならないのに、いつもニコニコ誰に対してもニコニコなの。でもね、あたし達にはわかるんだ。いつもとまったく同じニコニコでも、あー今日は心で疲れてるなーとか、さっきとっても嫌なことがあって我慢してるんだなーって心でわかるの。そういうときはね、あたし達は大和を一人にしてあげたり、気遣い品をあげたりするの。そうすると、大和はニコニコして心でありがとうって言ってくれるんだ。だからね、大和の好きな人は大和のこと心で分かってくれる人じゃなきゃいけないの。でも、魚屋さんなら、艦娘の心を分かってくれるし大和のこともきっとわかってくれるもの。おめでとう! 魚屋さん」

 文月の笑顔は満面だった。

 なぜか、心が痛い。

「どうして……俺なら艦娘や大和の心がわかるって思うんだ」

「え……? んん? お? ……ん~…………。言われてみると艦娘のことわかってくれる人って、あたしそんなに知らないや。提督と魚屋さんしか知らない。提督はとってもすごい人だから別だけど、魚屋さんはふつ~~の人なのにねぇ」

「悪かったな、普通で!」

「普通はね、どんなにいい人でも、艦娘のことよくしてあげようっていう人でも、艦娘ってなんやのこの人達、艦娘って何なんだろう、人間じゃないこの子達はどこからきたの、どうしてきたの、なんでいるの、あなたたち・なんなのって、頭じゃなく心で思うの。仕方ないよねそう思うのも。あたし達だってその疑問みんなわからないんだから、人間が、そう思うのは仕方ない…………」

 少しだけ憂いの差した幼い笑顔。

「ごめんね。普通なんて言って。あたし達、魚屋さんに感謝してるんだ。感謝なんていうと大げさだけど、でも、本当だよ。あたし達、魚屋さんには艦娘に話すみたいに話せるし、魚屋さんも普通の友達みたいに話してくれるもんね。それって本当はすごいことかもしれない」

 そうだ。

 友達だ。

 俺たちは、友達だった。

「あたし達、これからどこにいっても艦娘、元艦娘って眼で見られる。でも提督や魚屋さんみたいな人もいるって思えば、きっと人間も怖くないもん。だから、それは本当にありがとって言わなくちゃいけないのかもしれない。うん、だからありがと、魚屋さん!」

 そうか……。

 ようやくわかった。

 俺は、子供だった俺は、おまえたちに刷り込んでもらっていたんだな。

 物事に本気で取り組むことを。そして艦娘と一緒なら、毎日を楽しく過ごせることを。

 何が天涯孤独だ。

 何が生きるための能力は自分で勝ち取らなきゃいけなかった、だ!

 俺は自分が見捨てた友達から、俺が今も歪まずまっとうに生きていられるだけの沢山のものをもらっていたんだ。

「……魚屋さーん?」

「もし、艦娘やおまえが俺のことをそう思ってくれるなら、それは俺がすごいんじゃなくて、おまえらがすごいんだよ」

「えー?」

「俺は……いや、俺たちは、子供相手でもマジで本気で真剣に遊んでくれる艦娘に惚れたんだ。おまえたちが本気で俺たちと遊びたいと思って遊んでくれたから、女の子と遊ぶなんてダサイとか斜に構えて格好付ける余裕もなかった。おまえたちのことをもっと知りたいと思ったし、もっと振り向いて欲しかったし、もっと笑ってほしかったし、もっと……構って欲しかった。おまえらに付き合わされた子供達はみんな、そう思ったはずだよ。だから、すごいのは俺じゃない。子供にそう思わせた艦娘がすごいんだ」

 本当に、そうだ。

 心の底からそう思うよ。

 俺たち糞ガキはみんな、おまえ達に惚れさせられたんだ。本気で向かい合えば、相手の心に何かが残るって教えてくれた。

「なのに、それなのに……。俺は、おまえが酷いことを言われている時、おまえをかばってやれなかった。そのことずっと後悔してたんだ。大したことじゃないって誰からも笑われるだろう。でも、俺は文月に謝るためにボランティアを始めたんだ。おまえは覚えていないかもしれないけど、でも、あのときは、ごめん。あのとき、あの女の子を止めておまえをかばってやらなきゃならなかった。色々行き違いがあったとしても、あんな酷いことを言われる理由はどこにもない。そして、なんとしても言わなきゃいけなかったんだ。『一緒に楽しく遊ぶのに真似もクソもあるか』って。おまえらが子供達の間を遊んで回ったことは何も真似事じゃなかった! 俺が証拠だ。おまえらが人間に本気だったから、俺も艦娘に本気になれるんだ。何が真似なもんか、どこが真似なもんか! ……」

 文月はぼうっと俺を見ていた。

 憑きものが落ちたような顔をしていた。

「……わたしたちのやってること、人間の真似ごとじゃないと思う?」

「おまえらはいつも本気だ。本気の奴が、いつまでも他人の真似で我慢できるかよ」

 人間にもヒトの真似をしているだけで満足しているような連中、腐るほどいる。

 俺みたいに。

「そっか。そうだよね……」

 そう言って顔を上げた文月は、大人びて見えた。

「向こうの学校はとっても楽しかったけど、わたし、抜け出してきたの。わたしはやっぱり艦娘だもの。背が伸びても傷が戻らなくなって戸籍がかわっても、わたしは艦娘だもん。人間にはなれない。生まれてからずっと、一度も人間だったことなんてない」

「…………鎮守府に戻るのか? 戻ってどうする? 何ができる?」

「うん。もう少ししたら出て行くよ。……ありがとう、魚屋さん。わたしのこと……わたしたちのこと、見捨てないで居てくれて。でも、わたしも艦娘としてのわたしを待っていてくれる子達がいるの。置いていけないよね。わたしの一部だもの」

「そうか…………」

 それから、文月が、”魚屋”ではなく俺の名前を呼んだ。

「とっても勇気をもらいました。なれないって言ったけど、あなたみたいに子供から大人に変われるのなら、人間も悪くないよね」

 笑った文月はその後俺の隣で色々話した。子供の頃、あのあと喧嘩別れをしたときの話、反省をした話。しかし少し話すと、俺の膝の上で力尽きたように寝た。深く寝入る姿が、ここまでの道のりをどうやって文月が踏破してきたのかを物語っていた。

 布団に寝かせようかと思ったが、俺は少しだけ様子を見た。

 案の定、家の前に急ぎ足の車が何台も止まる音がする。玄関口でなにやら言い合う声がした。そして、飛び込んでくる大和。

「文月!!」

 口に指を当てて、焦りを表情に出す大和を見た。

「よかった。あなたの所にいて……。帰ったら、こんなことになっていて…………」

「文月は、自分が人間じゃなく艦娘だって言ってた。だから、鎮守府に戻るつもりで、なにかやり残したことがあるって。…………なあ大和。文月、ひどいことにならないよな」

「なりません。だとしても、させません」

 そう言い切った大和は、いつもの大和だった。

 文月を抱える大和と一緒に外に出ると、警官や軍人の顔が一斉にこっちを向いた。外にはパトカーやら軍の車両やらハイヤーやらが止まっていて大変なことになっていた。家々の窓からはご近所さん達が様子をうかがっている。ムカツクほど大げさ。

 車に乗り込もうとしている大和の背中に声を掛ける。

「大和。文月は、なにか思い切ってるようだったから……」

 文月にはもう、艦娘鎮守府に居場所はない。

 それでも帰ると言い切ったのだ。

「大丈夫ですよ。文月は仲間ですから。何があっても……見捨てません」

 そう言って笑うと、人目を気にせずキスをしてきた。

 そしてあっさりと身体を離して、大和が車に乗り込む。

 車列はテールランプの残像と共に消えていった。

 

 

 

/8

 東の空、まだ太陽は昇っていない。海の向こうの半島に、薄ぼんやりとした山々の陰が赤い空を背にして見えるだけだ。

「よぉ、ほっと!」

 小さなかけ声と共に、文月はアスファルトに着地した。

 その背後には文月が軟禁されていた独房……というには人間的な部屋のある建物。

 なまった身体をほぐすように全身を伸ばす。

「なんだろなぁ~……」

 人間は、艦娘に甘い。

 艦娘の外見に囚われすぎる。文月は何も壊さずに軟禁部屋から脱出したが、壊せばもっと容易に出ることができた。文月以外のどの艦娘でも同じことができる。ここは一応軍の施設だ。それでもこうなのだから、本当のところ、人間は艦娘の実際に興味がないのではないかと思ってしまう。

「……はーダメダメ! ぐちぐち考えるのやめー!」

 魚屋さんに優しくされると甘えっぽくなる。

 人間は優しい。そして、魚屋さんのように艦娘にその優しさを向けてくれる人もいる。それだけでいいのだ。

 ありがとう、魚屋さん。

 わたしも、わたしが見捨てたらいけないものを守るよ。

 文月は、服の埃を入念に落として、掌と膝小僧の汚れをぬぐい、それから走り出した。

 目指すのは二ブロック先にある倉庫だ。

 倉庫には、元艦娘たちの艤装がすべて保管してある。

 そこに行くのだ。

 時間が時間なのですれ違う人はほとんどいなかった。

 文月はいたちのような身のこなしで基地内を駆け抜けた。

 倉庫はすぐに見つかった。プレハブのような外観、安っぽい曇り窓、そして……安物の南京錠で閉められた扉。それが、艦娘の艤装が収められている倉庫の姿だった。

 南京錠は石で叩いて開けた。

 扉を開けると、スチールラックが所狭しと敷き詰められている。小さい艤装はその上に、大きい艤装は床の台座に載せられている。

 とても埃っぽい。曇りガラスからはオレンジ色の朝日が差し込んでいた。

 文月は抜き足差し足で自分の艤装を探した。

 役人の人に艤装を渡すという儀式をしたあと、どこにしまわれたのかは分からないのだ。

「あっ……」

 いけない。

 他の艦娘の艤装から、寝ぼけ眼の妖精が顔を出した。

 ぼんやりとあたりを見回していた妖精は、眼をまんまるにして文月を二度見した。

「シーだよ…………!」

 唇に指を当ててそう言うと、妖精は文月の真似をして口に指を当てていた。

 文月はニッコリ笑って先に進む。

 そして自分の艤装を見つけた。部屋の中頃に、外から日の差し込む場所にあった。

 砲塔、魚雷発射管、爆雷、シューズ。みんなそのまま置かれていた。

 砲塔のお尻からは妖精の脚がはみ出している。シューズをのぞき込むと、中では妖精が敷き詰められてすやすやと眠っている。

 その久しぶりに見た無邪気な顔に、文月は止めようもなく胸に何かがこみあげてきた。

 最後に会ったのは、艤装の引き渡しの時だ。人間化の認定をされて、そういうものだと言われるまま引き渡した。こんな風にずっと長い間会えず、そしてこれから先もずっと長い間会えないのだとは思わなかった。いままで、文月に取り返せないものなんてなかったのだ。沈んでしまった仲間もいる。提督が艦娘鎮守府を去ったときもとても寂しかった。でも、艤装と妖精は文月の身体の一部だった。生まれたときから一緒だった。四肢を失ってもまた戻ってきたように、文月にとって艤装と妖精は決して長い間失われることのなかった文月の身体の一部だった。

 涙が止まらない。

 みんな、どうして平気な顔をしていられるのだろう。わたしは耐えられない。艤装をこんなさびしいところに置いて、妖精さんたちを心のない道具のように放置して。こんなのは絶対におかしい。

 隣の台座、影になって誰の艤装かは分からない。しかし、その台座に文字が掘られている。「また絶対会おうね!」……そんな一言で、艦娘が妖精と別れることは済ませられるはずがない。彫った艦娘もきっとよく分かっている。でも、そうする以外にしようがないのだ。人間化してしまった艦娘には、他にしようがないのだ。

 文月は、妖精が起きないことをいいことに、さめざめと泣いた。

 まだ出撃の時間までには余裕がある。

 だが気づくと文月の妖精の一人が、文月を見上げていた。目を丸くして、口を大きく開けて文月を見ていた。

「ただいま、妖精さん……」

 その言葉で正気づいた妖精は、あたふたとあちこちを転がり回ると、どこからかスパナを取り出し振り上げた。いつもそのスパナで金板を叩いて、何かあるとみんなに知らせるのだ。

「あっ、待って!」

 文月の制止に、妖精は腕を振り上げたまま固まった。

「それじゃあ、他の子の妖精さんまで起きちゃうよ。わたし、わたしの妖精さんにだけお話があるの……、みんな起こしたらだめだよ」

 そう言う文月を、妖精はじっと見た。

「ね?」

 わずかな沈黙。

 そして「何言ってんだこいつ」という顔をした後、妖精は思いっきりスパナを振り下ろした。

 カーン、カーン! と甲高い音が倉庫中に響き渡る。

「な、なんでよー!!」

 そうなのだ。

 昔から妖精はよくわからないときに文月の言うことをきかなかった。魚雷発射のタイミングを文月のタイミングから一テンポ遅らせたり、資材を持ってきてもなかなか艤装を直してくれなかったり。しかしそれが結果的に文月のためだったりしたのだ。

 でも今日はわからない。

 周囲の艤装からわらわらと妖精たちが起き出してくる。何事かと顔を見回す妖精たちは、お互いに挨拶して文月の姿を伝え合っていた。

「も、も~っ! なんなの?! なんで言うこと聞いてくれないのー!」

 ざわざわして様子をうかがっていた他の妖精たちは、文月の様子を見ていっそう騒ぎ始めた。

 妖精が何かあると吹き鳴らす下手くそなトランペットが音を上げ、妖精になにかあるとやたら滅多に打ち鳴らされる鐘がガンガン鳴っている。空母の妖精は甲板上で艦戦の暖気を始め、戦艦組の艤装からは既に炊き出しの湯気が上がり始めていた。

 文月の妖精たちは、文月が元気のないときにやるド突き漫才をしていた。大昔、妖精が他の艦娘の見よう真似でやったこの漫才に、文月が大笑いしたことがある。その後、妖精は馬鹿の一つ覚えで、文月を元気づけたいときにはこの漫才をやった。文月は、そんな自分の妖精が大好きだった。

 艦娘が人間から力をもらうように、妖精もまた艦娘から力をもらう。

 さわがしい室内は、その証だった。

「みんな…………」

 文月はもう泣かなかった。

 文月には、妖精の気持ちがわかった。

「ごめんね、みんな! みんなじゃないの。わたしだけなの! わたしだけ、抜け出してきて戻ってきたの! だからみんなは連れて行けない。でもわたし、わたしが艦娘であることを証明してくるから! みんなが艦娘の妖精なこと、証明するから! ちょっとだけ、待っててね! 本当は、こんな狭い部屋に閉じ込められてみんなが我慢する理由なんて、どこにもないんだから! 妖精さんたちを置いていってまで、わたし達が人間になる理由なんてどこにもないんだから!」

 文月は勢いよく艤装を付け始めた。

 下手くそなトランペットの行進曲、スパナをぶんぶん振り回す妖精たちに鼓舞されながら……。

 

 

 

/9

 文月が押しかけてきた次の日の昼前、俺はいつものようにボロ船を水洗いしていた。

 年季の入ったボロ船。金を貯めてこいつとおさらばすることを夢見ていたが、大和とそういう関係になれて今は考え直している。金はいくらあっても足りない。気が早い? そんなことないね。

(まあ、まずは住むところだな……)

 騒がしい春の潮風。

 俺は海が好きだ。水平線を往く艦娘達の姿を見るのが好きだ。あんな綺麗な姿が、すぐそこの海の上にあることを街の人間ですら知らない。

 これ洗い終わったら文月に顔出してやろう。なんの差し入れがいいかな。食い物が一番なんだけど、奴らは舌が肥えてるから安くないんだよな。外に連れ出してやれないかな。桜はだいぶ散ってしまったが、ああいうのは葉桜でもいいのだ。死ぬほど連れ回してやれば少しは気が晴れるだろ。

 文月が戸惑うのは当然のことだ。仲間の変化、自分の身体の変化、環境の変化。いままで当然にできていたことができなくなる。それをなんとも思わず淡々と過ごせる方がどうかしている。せめて学校の場所ぐらい鎮守府の近くにおいてやればいいものを、遠く離れた海から離れた場所に飛ばされる。

 艦娘の傷の戻りがだんだん悪くなり、とうとう「戻らない」と認定され、同時に「加齢が始まった」と判断されたとき、艦娘は艦娘の世界から引き離される。それは人間の社会が当然のこととして艦娘に要求したことだ。遺伝子から違うなどと言っても、艦娘は人間の身体に似ている。人間の心に似ている。何も違いはしないのだ。

 俺だって、艦娘の身体が欠損しているところなど、見たくない。どれだけ艦娘自身が平然としていようと……見たくない。

 艦娘は、暴力に屈さない。

 それは心構えの話ではなく、顔を殴り蹴とばす程度ではどんな艦娘の意志も絶対に曲げることはできない、ということだ。強気な艦娘であれば喜んで殴り合いを始めるだろうし、気弱な艦娘でも瞳をわずかも揺らさず見つめ返すだろう。

 艦娘は痛みを我慢することができてしまう。

 艦娘のそういう非常な心身と、与えられる年齢に対して豊富な知識と経験、身体能力。…………そしてなにより、その見栄えのする整った美貌。学校に行った艦娘は、その全てを買われて、ある種の人間達に物色され始めている。課長は、帝政ロシアのバレエ劇場じゃねえんだと吐き捨てていた。

 でも、人間化した艦娘はその人波を漕ぎきらなくてはならないのだ。

 漕ぎきって漕ぎきって成功して、あとに道をつくってやらなきゃならないんだそうだ。

 人間と艦娘の共生だとか、今後現れるかもしれない別の知的生命体だとか、色々あるんだそうだ。

 …………でもさぁ。

 艦娘全員にそれ要求するのって、無茶だよな。

 そんな人間らしさって、なんだよ?

「坊主!」

 組合のおっちゃんだ。

 岸壁を汗を流しながら走ってきた。

「おっちゃん、そんなに慌てるとまた腰痛めるぞ」

「おまえ、聞いてないだろ!」

「何を」

「いま人間化した元艦娘を海軍が沖に出したって、そっち系の団体と警察が集まって騒ぎになってる! そんでおまえ…………噂だが、それで大和ちゃんが大怪我しちまったって」

 全てを放り捨てて、俺は軽トラをぶん回した。

 ゲートの前は団体やら記者風やら警察やらが集まっている。全然進まないゲートの入場待機列にさんざんイライラさせられたあと、俺は艦娘鎮守府に直行した。

 艦娘鎮守府の中はいつもより騒然としていた。軍人の数も多い。

 俺は階段を駆け上がると秘書艦室に駆け込んだ。

 室内もまた、騒然としていた。鳴りっぱなしの電話を、秘書艦が休む暇もなく受けている。

 すぐに誰かに声を掛けるつもりだったが、秘書艦の話が聞こえてしまった。

 ……大和はもう病院に収容されている。それも、かなり酷い怪我で。大和は当分の間療養する必要があるだろうと。

 話している艦娘の肩を掴んで振り向かせ、大和の状態を詳しく聞きたかった。

 だが文月の名前が聞こえた。

 落ち着いて、話を聞かなければ。

 電話が途切れたのを見計らって、俺は秘書艦の一人に声を掛けた。

 俺の顔を見ると、その艦娘は複雑な顔をしていた。

 それでも、もう何度も繰り返しただろう話を最初からしてくれた。

 今朝早朝、軟禁されていた文月は独房から脱走した。文月はその足で倉庫の扉を破り保管されていた艤装を装着、その後、定期の間引き作戦に向かっていた駆逐隊に乱入し、自分を組み込んで欲しいと懇願した。隊は会敵直前だったため撤退もかなわず、なし崩しに要求を飲む形で戦闘に突入。しかし、そこにさらに文月の脱走と艤装奪取を知り追ってきた大焦りの大和らと海軍対深海棲艦部隊が突入、戦場は一時大混乱だったそうだ。

 そこで大和が文月に絶対怪我をさせまいと守りに入った結果、身動きがとれなったところを攻撃され、大和は「大損害」を被るにいたった。おかげで文月は砲弾の破片が刺さり、火傷する程度の「軽傷」で済んだ。

 その後、大和は海軍艦艇で応急処置をされつつ軍病院に担ぎ込まれた。

 命に別状はない。

「文月はなんでそんな…………。何のために?」

 秘書艦は何故か言葉を濁した。

 それでもしつこく聞くと、文月は妖精のために海に出たのだという。元艦娘も艤装を付けられる、海に出られる、戦える。傷が戻る頃と同じようにとはいかなくても、元艦娘にも海に出るための妖精がいることを示したかったのだという。

 しかし俺は面食らった。

 妖精は艦娘にしか見えない。

 そこにいると艦娘に指をさされても、機械ですら感知できない。艦娘の間の隠語だとか、集団妄想だとか、様々な言い方がされた。

 何にしろ一つだけ言えるのは、そんな理由でこんな大騒動を起こしたと言っても、人間の誰一人納得しないだろうということだ。

(自分を待ってくれている人達って、妖精のことだったんだな……)

 艦娘が妖精と話しているところを見たことがある。妖精の姿を見えない俺には奇妙な感じだったが、妖精と話している艦娘の笑顔は屈託がなかった。しかし、屈託なく虚空に向かって話している艦娘の姿に、艦娘の異常性と嫌悪感を感じる人間もいる。

 だから、人間の前で妖精の話はタブーなのだ。

 それも艦娘が人間に対して我慢していることの一つだ。

 ……。

 …………軍病院。俺は教えてもらった大和の病室の前に立った。

 とくに警備がいるというわけでもなく、小さくノックをすると中から大和でない声が応えた。

「魚屋さん……」

 少し疲れた顔をしていた卯月が、ベッドの脇のパイプ椅子に座っている。

 そして、頭まで包帯で巻かれた人影がベッドに寝ていた。

「や、大和なのか……?」

「そうぴょん。顔や頭に巻かれて大げさに見えるけど、ただの火傷だから気にすることないぴょん」

 平然と卯月は言い切った。

「先生も、じき起きるだろうって。でも……」

「でも?」

「大和はもうとっても傷の戻りが遅いぴょん。だから、腕の方は箸を持てるようになるまで半年以上掛かるかもしれないって…………」

「う、腕…………?」

 寝ている大和の身体。

 ベッドに近づく。

 首トより下はみんな布団の下。

 そっと掛け布団を捲ると、大和の右腕は────二の腕の半ばから先が────なかった。──左は手首から────先がない。

「お…………、ぁッ…………」

 昨日まで俺に触れていた大和の腕がない。

 昨日まで愛し合った大和の指がない。

 ない。

 腕が、ない。

 愛しい人の腕が。

「あたし…………ちょっと外すぴょん。二十分で戻るぴょん……」

 俺が艦娘にまた関わり始めて二年。

 大和は一度も大怪我をすることはなかった。

 他の艦娘たちも、もはや身を挺して艤装を守ることを禁じられていた。だから、だから……俺は、

「くそぉッ!!」

 なんだよこれ!

 戻るとか戻らないとか、人間とか艦娘とかいう問題じゃない!

 昔の艦娘は毎回手足を失って、また生やしては戦ったって?!

 嘘つけ!

 嘘ばっかりだ!

 そんなの、そんなの、まともな心を持っていて耐えられるわけないだろ! ありえないだろ! ありえねえよ!

 もし、こんなのに耐えて戦い続けるのが艦娘だっていうんなら──

「すごい顔してるな、小僧」

 病室の扉、開いていた。額に汗を滲ませた課長がいた。

「どうせこっちに来たんなら顔を見ておこうと思ってな。……大和は?」

 ベッドに歩み寄ると、こっちを見て言う。

「────じき起きるそうです。でも、箸が持てるまで半年かかると」

 課長は、捲った布団を元通り綺麗にかけ直した。

「……そうか。おまえ、毎日来てできる限り手伝ってやれよ。きついぞ、これは」

「言われなくても…………」

 昼の太陽が差し込んでいる。

 ちょうど日の当たる場所に課長は立って、大和を見ていた。その表情から、感情を読み取れない。

 思わず、口から言葉が突いて出た。

「課長、大和と文月、どうにかなりませんか」

「どうにかってなんだ」

「移籍法ってザル法なんでしょ。大和はもうほとんど人間のようなものなんだから本来認定されるはずでしょ。逆に文月は艦娘のままで居たいという。海に出られなくたって艦娘籍のままでいさせてやればいいじゃないですか。認定取り消しだか無効だかって、してやれないんですか」

 課長はまったく体も顔も動かさなかった。

「後の方にだけ答えよう。仮におまえの言う通り、文月の認定を取り消したとして、あの子はどうなる。艦娘属人法制は我が国のこれまでの属人法がそうであったように過渡的な性質をもつ。艦娘籍はいずれ消滅するものとして誕生した。あの子が深海棲艦と戦いたいのであれ、艦娘鎮守府で働きたいのであれ、もしくはただ仲間といたいのであれ、彼女は社会的な人間となるために教育を受けなければならんのだ。『歳を重ね成長を始めたほとんど人間のような艦娘』という存在を、本人の希望だからと好きなようにさせてやることはできない。艦娘には人間にはない力がある。仲間意識も強い。艦娘という集団は確かに反社会勢力に狙われている。だからこそ、艦娘には模範的な臣民として死んでもらわなければならんのだ! 良き妻として、あるいは軍人として、あるいは経済人として。我々の社会のために我々の社会なりの幸せの中で死んでもらわなければならんのだ。おまえの言うことは、論外だよ」

 艦娘は艦娘としてはどうにもならないという。

 人間のようになってしまった艦娘なんて七面倒な存在は、人間の幸せのなかで死んでもらうしかないという。

「大和の話は聞かなかったことにしよう。おまえ、俺を失望させたら何処へ逃げても地の果てまで追いかけて潰してやる。本人の前で、絶対にそんな話をするな」

「……すんません」

 一瞬の静寂。

 廊下を人が行き来する音が部屋に響く。

 多くの人が艦娘を支えている。艦娘が人間として少しでも快適に生きていけるように支えている。だが人間に艦娘のことは分からない。俺にも分からない。だから、艦娘は多くのことを我慢して独りで傷ついている。悲しんでいる。

 それでも艦娘は、人間と関わり合って生きていかなければならないのだ。絶対に。

「……おまえがつべこべ言わずとも、艦娘の絆は強い」

 課長がまだ先のあるような言い方をした。

「なんですか」

「事件発覚後、元艦娘たちが全員一致で即、文月の不問と自分達全員の艤装保管庫への出入りの保証を求めてきた。特に長門が怒髪天で、話を受けた職員は相当狼狽えていたらしい。みんな、それまで非常に協力的だったからな」

 目に浮かぶよ。

「文月は不問とはいかなくても、形式的な罰で済ませることができる。艤装の方は簡単にはいかないが、どこかで妥協はできるだろう。だが、なんともはた迷惑で頭の痛いことだし、艦娘に関わるすべての人間が、どうして爆発する前に言葉で訴えてくれないのかと思っている。しかし、今回の騒動を単に人間の子供の癇癪と同じように捉えれば、我々はまた繰り返すだろう。艦娘のサインに気づくのは難しい。何が彼女たちのアイデンティティを支えているのかすら俺たちは本当には理解していない。その溝を乗り越えられないまま、俺たちは二十年を過ごした。今ようやく艦娘たちは海軍という組織の外に出始めたところだ。無駄な二十年だったとは、思いたくない」

 課長は溜息をつくと歩き出した。

 そして扉の前で立ち止まると、振り向いた。

 課長の四十路前の顔のしわが、何故か印象に残った。

「なあ頼むぜ。おまえが、おまえらが艦娘と人間を繋ぐんだからよ、弱気なこと言うなや! 艦娘を何も理解してないロシアの大公どもに、艦娘をくれてやるわけにはいかねえだろ? 陸に上がったって艦娘は常在戦場だ。おまえが艦娘と一緒に暮らしていくっていうんなら、もうちょっと気張ってみせろ!」

 そして本当に去って行く。

 その背中。

 官僚っていうには、ちょっと優しすぎる。

「……ねえ、課長」

「あぁ?」

「大和、俺の女っすよね」

 課長は笑った。

 心底おかしそうに笑った。

 その後ろを看護婦が鬱陶しげな目つきを隠しもせず通り過ぎていく。

 ひとしきり笑ったあと、

「どうかな。おまえが死ぬ気でものにしないのなら、俺のモンだ」

 そう言って課長は消えた。

 そして部屋には、俺と大和が取り残された。

 大和は始めと同じ体勢のまま、ずっと寝ている。

「……子供の頃、大和さん言ったよね。私達と仲良くしてねって。約束、守れてるかな。人間化した元艦娘達の未来が開いてる感じと、まだ艦娘のままの艦娘達の身動きが取れない感じ、どっちも分かるような気がする。どっちも沢山のこと我慢してどうにかこうにかやってる。文月に言われたんだ、俺と艦娘おんなじだねって。俺、艦娘のために少しでも何かしたいと思う……思うけど…………なにができるって言うんだ?」

 何かをしてやる? 何かをしてあげる?

 何をどうすれば艦娘のためになるんだよ?

 そもそも艦娘のためってなんだよ。

 艦娘と人間を繋ぐってなんだよ。

「──見捨てないで、ください」

「や、大和!」

 うっすらと開いた眼が、俺を見ていた。

「……」

「大丈夫か? せ、先生呼んでくるから!」

 扉に向かいかけた脚。

「……私達のこと、見捨てないでください」

 再び発せられた言葉で止まった。

 不安になって当然だよな。

「何言ってんだ。見捨てたりしないよ。飯食う手伝いぐらいしかできないかもだけどさ、必ず毎日来るよ」

「…………」

「じゃなくて、文月のことか? 文月は不問だろうって。みんなが抗議してくれて、きっと大丈夫だろうって」

「…………」

 桜色の瞳が俺を見ていた。

 わずかも揺れることがない、確かな瞳。

「大和?」

「……艦娘のこと、諦めないでください」

「あ、諦めてなんて!」

「私の目標は、これまでもこれからも、あなたみたいな人を一人でも増やすことなんです。文月が来たらそれをお願いしようと思って。文月はこれからたくさんの人に会います。そういう人達に艦娘のことを心で分かってもらうこと。それが今日からのあの子の仕事です」

 頬が引きつって喋りづらそうにしながら、大和は言った。

 大和の眼、確かな眼。

 わずかに揺れることもない。

「そうだね。あいつにぴったりの仕事だ……」

「艦娘が艦娘として必要とされれなくなっても、私達はここにいます。艦娘として生まれたからには、どんな風に暮らし、どんな風に死んでもそれが艦娘という生き方です。けれど私達はとても未熟です。今日だってもしかしたら、私がいない方がかえって文月の怪我も少なくて済んだかもしれないです」

「そんなこと──」

 揺らがない大和の眼。

「海軍における私達の必要性はもはや経済性にすらなく、ただ戦死のリスクを限りなく減らせるからに過ぎませんし、私達は子供も残せない。そして二十年経っても変わらずに未熟です」

 揺らがない。

「あなたは、そんな艦娘に未来がないと思いますか? 子孫を残せず、いまだ未熟で、人間社会における必要性と合理性すら失った艦娘に未来はないと、あなたは思いますか?」

 大和の眼。。

「私は諦めません。私は艦娘を見捨てません! これから長いこと敵もいないのに戦力だけが減っていく戦いが続いていくでしょう。でも、誰が諦めたって私は諦めません! 人間になっていったみんなと協力して、私は、私達を守り続けます!」

 大和。

「誰に嗤われたって、誰に失望したように首を振られたって構わない。だって、私達は艦娘として生まれたんですから!」

 大和の眼は、いつも揺らがないから。

(それでも、あなたにだけは諦めないでほしいんです。あなたにだけはわかっていてほしいんです。あなにただけは見捨てないでいてほしい────)

「…………あっ」

 大和の頭をそっと撫でた。包帯の上から、出来る限りやさしく撫でた。

「痛くない?」

 撫でやすいように傾けられた頭を触る。

 気持ちよさそうに目を閉じ、息をついて喉を震わせる姿はとても弱々しい。

 誰かに撫でてもらうと心が軽くなるって。

 誰かに傷を気遣ってもらえると心が温かくなれるって。

 言葉にすれば簡単なのに、それがなかなか現実にならない。

「大和。一つだけ約束してほしい。大和が文月の身体を大切にしたように、おまえも、俺が愛するおまえの身体を大切にしてくれ。俺が頼みたいことは、それだけだ」

 それは譲れない。

「はい……。きっと」

「じゃあ、契約成立だ。大和が諦めないものを俺も諦めない。大和が大切にするものを俺も軽んじたり蔑ろにしたりしない。大和の張る意地は俺の意地だ。…………だからよ! 俺より先に意地曲げんなよ、大和!」

 俺たちには意地しか残っていない。

 俺たちの大切にしていたものは冷たい雨風にさらされて見る影もない。

 だが、俺たちはまだ生きている。

 見る影もなくなったそれは、さっさと捨ててしまって新しいものに変えた方が手っ取り早いだろうか?

「約束ですよ。ちゃんと、私についてきてくださいね」

 包帯の間の小さな唇にキスをした。

 長く長くキスをした。

 もうきっと、これから心を休ませる余裕はないだろう。普通ならば傲慢とは言えない、慢心とも言えない心の隙が、俺の大切なヒトを傷つけることになる。

 でも大和がいれば、俺たちは誰しもただすり減っていくだけの存在にはならないと、そう思えるのだ。

 そう思えれば、価値のない自分が意地を張る価値が、ようやくあるように思えてくるはずだ。

 ……。

 ………。

「ほら、はやく入るぴょん! 手間掛かる子だぴょんねー!」

「そ、そんなこといっても、わたし、どんな顔したらいいのか」

「文月は肝心なときにモジモジする艦娘だぴょん! 正しいと思ってやったんだから、心からごめんなさいって謝る以外になにがあーるぴょん! はぁ~、いくぴょんよ、いいぴょんね! はいっ、失礼しまっぴょん! ……………………あ?」

 私達は、舌を入れてキスをしています。

「ぎゃっ、ぎゃああああああああ! ぎゃああああああああああ!! ごめんなさいぴょぉぉぉおん!」

 走り去っていく音。

「……いっちゃった」

 文月の声。

 彼が、顔を上げる。

 視界の端に、包帯を巻かれた文月の姿が見える。

「ごめんなさい。二人とも。とっても迷惑をかけました」

 頭を下げる文月の頭を、彼がぱしぱしと叩くと、顔を上げさせた。

「文月。俺とおまえ、友達だよな」

「うん。ずっと、思ってるよ」

「そうか。じゃあ、次から人間との間のことで我慢ならないことがあったら、必ず俺に言え。俺がどんなにみっともなくても、どんなにダサくてもどうにか折り合いをつけてやる。だから、絶対に独りで我慢するな。その代わり、俺もおまえに艦娘との間のことで我慢ならないことがあったら、必ずおまえに言う。どうだ。守るか?」

「守るよ、魚屋さん」

「よし。じゃあ、俺たちは仲間だ。これは、おまえと俺の間のことだぜ」

「うん」

 拳と拳がごつんとぶつかる音。

 私の好きな人。

 私達は、なくしてもなくしても何かを見つけられたね。

「大和」

 文月が近づいていくる。

「文月。よかった、大したことないみたい……」

「ありがとう、私のこと助けてくれて」

「でも、私がいなかった方がきっとあなたは無事で済んだわね」

「ううん。わたし、大和に助けてもらった分をきっと返すから。大和がきっとわたしを助けてよかったって思えるような、人間の艦娘になるから! それまで、待っててね!」


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