「おい、丈二」
「な、なんだよ」
「『性交渉可能者』の視点から見て、この話をどう思う?」
「天斗はあの子に惚れてるみてえだからな。和音って子の気持ちを考えないで答えるなら、悪くねえとは思う」
「ふむ……」
「和音の気持ちなら大丈夫なのよ、丈二くん」
「そりゃ、どういう意味なんで?」
「分家の女が産む子の父を決めるのは、水瀬家の当主なの。和音もそろそろ25になるから、このままじゃ人工授精で顔も知らない能力者の男の子供を身籠り、子育てのために適当な婿を取らされる。それが憎からず思っていた男の子の所有物になり、上手くいけばその子が『性交渉可能者』になって種付けまでしてくれるんだから。あの子にしてみればいい話なのよ」
「なんつーか、金持ちには金持ちの苦労があるんですねえ」
俺なら、そんな将来を知った時点で逃げ出している。
「ねえ、それより美和ちゃん」
「なんです?」
「丈二くんの味見」
「ダメです」
「んもう。嫉妬深い子ねえ。天斗ちゃんが『性交渉可能者』になったら最低でも4人の女を囲わないといけないんだから、そうなったら丈二くんに嫌われるわよ?」
「ほっといてください。だいたい姉さんは……」
姉妹丼ならバッチコイ。
そんな気分で言い争いを聞き流しながら、タバコに火を点けて拳銃とナイフよ指輪になれと念じてみた。
その瞬間に俺の指にはまた指輪が装着されていて、拳銃だけを実体化してみるとマガジンがちゃんと入った状態で出てくる。
「これなら、咄嗟にでも撃てるな」
「頼もしいわね。それで丈二くん、陰陽寮から仕事を回す? それとも、しばらく美和ちゃんに養われる?」
「ヒモ稼業には飽きちゃいるんですが、この体は天斗のもんですからね。アイツの意見を聞かないと、なんとも」
「なるほどね。じゃあ、お昼までは雑談にしましょうか。それとも3人で愉しむ?」
「おい、丈二?」
「へいへい、わかってるよ。姉妹丼ならまたの機会に。うちの恋女房は、昨日貫通したばかりでしてね。しばらくは美和だけとイチャコラしてやんねえと」
「残念だわ」
「こっ、恋女房とか言うなっ!」
「だって1人目の嫁は美和だぞ。天斗も了承してる」
「そうなのかっ!?」
「羨ましいわねえ」
「当主さんなら『性交渉可能者』だって、いくらでも囲えるでしょうに」
「でもうち、小さい子にしか欲情しませんえ」
「……は?」
突然の関西弁にも驚いたが、その内容があまりにも酷い。
どんなカミングアウトだ。
「ま、まさか姉さん。30半ばにもなって結婚も出産もしてないのは……」
「そういう事よ」
「待ってって。水瀬家の当主としては、なにがなんでも子供は産んでくれないと」
「そうよねえ。だから籍を入れてくれなんて言わないから、丈二くんに種付けしてもらおうかと。そうじゃなきゃ美和ちゃんだって困るでしょ。いいの? このままだともし丈二くんとの間に子供が出来たら、その子を水瀬家の跡取りとして奪われるのよ?」
「じ、人工授精で姉さんが産めばいいじゃないですかっ!」
「嫌よ。いつか半ズボンを穿いた王子様が現れて、私を犯して孕ませてくれるんだから」
ショタコンでMとか、どんだけ性癖を拗らせてんだ。
また仲良し姉妹の言い争いが始まったので、俺にだけ見えるノートパソコンを出してスキルのタブをクリックした。
思った通り、分身の熟練度が2/100になっている。
一応はと武器も見てみたが、そちらは変化なしだ。
「だいたい姉さんはねえっ!」
「なによ?」
「あー。ちょいとご両人?」
「なにかしら、丈二くん」
「甘ったるい声を出すんじゃないっ!」
「そもそも、俺の精液で妊娠なんて可能なのか?」
「どうなの、美和ちゃん。あなたくらいスキルを成長させた水の使い手なら、精液を味わえば可能かどうかくらいわかるでしょ」
「スゲエ世界だな」
「……可能だ」
「ふうん。でもまあ、当主さんがショタコンなら大丈夫だろ」
「何が大丈夫なんだ?」
「だってショタコンなら、ナニも小さくなきゃ興奮しねえだろうが」
「そうか。丈二のは大人よりも」
「ショタのデカチン。う、考えただけで鼻血が……」
「まさかの逆効果かよ」
他人の性癖に口出しするようなマネは嫌いだが、その歪んだ欲望が自分に向いているとなれば別だ。
たしかに当主は美和と同じ系統の美人で、こちらではモテないと言うが胸も尻も大きいのに痩せ形で、むしゃぶりつきたくなるような色気を振り撒いている。
だからといって……
「あれ、ショタコンでもドMなら俺の得意分野か?」
「おいこら、丈二!」
「ははっ。わりいわりい、冗談だよ。冗談。ちっと手洗い行ってくらあ」
「丈二くん」
「ん?」
「トイレなら、お姉ちゃんのお口にしーしーしましょうねえ」
「当主がショタコンでドMでスカトロ好き。水瀬の家は、もうダメかもしれない……」
付き合っていられないので広間を出て、襖ではなく金属製のドアのあった玄関方向へ歩く。
途中で和音と天斗の声が聞こえたので薄く襖を開けて覗き込むと、和室に置いたホワイトボードを使って学校の授業のような事をしていた。
ホワイトボードはよく見えないが、『陰陽寮所属の』だとか『警察への連絡』などの文字がかろうじて判読できる。
もしかするとこれは陰陽寮に所属する事を決めた能力者への、最低限の説明なのかもしれない。
「俺には教えなくていいのかねえ」
覗いいても特に楽しそうな展開にはならなそうなので、トイレに向かう。
水瀬家には多数の人間が出入りするのか、トイレは男女が別でいくつもの便器が並んだ、本当に旅館のようなものだった。
便器の前に立って長々と放尿していると、ドアの開く音がする。
「おや。この家に子供とは珍しいね。分家の子供さんかな?」
「そんなとこです。おじさんは水瀬家の?」
「いやいや。私は能力者じゃないよ。陰陽寮の事務官だ」
「へえ」
「いやあ。この家の当主様が後見人で能力者登録する人がいるからと呼びつけられたが、応接室に通された後は音沙汰なしでね。お茶ばかり飲んでたから、トイレが近いのなんの」
「それは。ご苦労様です」
「ははっ、ありがとう」
「それじゃ失礼しますね」
「うん」
覗きはせずに広間に戻ると、姉妹はまだ言い争いをしていた。
それに口を挟み、自分のせいで他人の時間を使わせるのは好きではないからと、能力者登録とやらをするなら早くしてくれと告げる。
「それなんだけど丈二くん。登録は天斗ちゃんが使役系の能力者で、あなたはその式神のようなものだという扱いになってしまうのよ。もちろん身分証は2人に発行して、背に神様の御印がある事も記載されるから、人間として扱われるけど、形式上はどうしてもね」
「構いませんよ。人間爆弾なんて扱いをされるかもと思ってた身からすれば、ありがたい話です」
「うふふ。じゃあ、先に拳銃の試射をしてらっしゃい。それから、写真撮影。お昼までには終わるわ」
「了解」
そこからは早かった。
美波が手を叩くと中年の女使用人が現れ、俺を射撃場へ連れて行って拳銃の試射をさせる。
女は銃に慣れているようで、これならすぐ実戦にも出られるでしょうと微笑んだ。
写真を撮り終えて通された部屋は狭いが、10人ほどが食事をするのにはちょうどいい。
どこの料亭のコース料理だと言いたくなるような料理を給仕するのは和音1人。それを食べ終えて茶が出されると、美波が和音に座るように言った。
いよいよか。
「さて、天斗ちゃん」
「は、はいっ」
「天斗ちゃんは美和ちゃんの息子よね」
「はぁ。それはそうですけど」
「今までは美和ちゃんの希望もあって、水瀬家が能力者の家系である事すら伏せていました。でも、天斗ちゃんが自分で何もする必要はないとは言え、陰陽寮に所属する能力者になったのなら話は違います」
天斗の生唾を飲み込む音が、部屋に響く。
少しばかりお気楽で、男らしさの欠片もないが、頭は悪くない男の子だ。今その頭の中では、様々な状況が思い浮かべられているだろう。
「ぼ、僕は何をどうすれば?」
「なにも」
「は?」
「天斗ちゃんは何もする必要がありません。普通に暮らして、進学をして。どこかの会社に就職がしたいならそれもいいでしょう」
「は、はいっ」
ったく。
大人をナメ過ぎだ。
これじゃまだ、コゾウ扱いでいいな。
「ですが事あらば、あなたは1つだけしなくてはならない事があります」
「そ、それは?」
「決断」
天斗の目を美波の視線が射貫く。
瞳が揺れるようじゃ、コゾウ以下だぞ。そう心の中で思いながら、美和のタバコを咥えた。
それにライターの火を寄せた美和は、心配そうな眼差しをしている。
大丈夫だ。
それを伝えるため、座卓の下の柔らかい手を握った。
天斗が助けを求めるように俺と美和を見るので、ニヤリと笑っておいてやる。
「ど、どんな決断を?」
「そうですね。……あなたは、子供を見殺しに出来ますか? 交通事故などではなく、他者が無慈悲に殺める子供を」
「で、出来るはずないでしょっ!?」
「ならば、言うしかありませんね」
「え?」
戸惑う天斗を見る美波の視線が厳しさを増す。
これが相手を威圧するスキルだと言われたなら、納得してしまいそうな視線だ。
女でも、こちらの世界では女だからこそ、それなりの修羅場をくぐり抜けてきたのだろう。でなければ、こんな目は出来ない。
「あなたの矛であり盾である存在に、死地に飛び込めと」
「そんな事っ!」
天斗が立ち上がる。
優しい子だ。
「丈二さんを兵器のように扱うって言うんですかっ!」
「なら、誰かを見殺しにしなさい」
「っ!」
「それと、勘違いしないでほしいのだけど」
「えっ」
「この国は、ぽっと出の能力者に頼らなくては何も出来ないほど弱くはないわ」
「な、なら」
「それでも、子供の身である事が有利に働くという状況は少なからずあるのよ。だからさっき、他者が殺める子供を見殺しに出来るかって聞いたの。それで、出来るの?」
天斗が拳を握り締め、うつむく。
「そんなに追い込んでやるなよ、姐さん」
「あら。助け船なんて優しいのね、丈二くん」
「これでも親父気取りなんでね。覚悟は、徐々に決めさせてやりたい」
「そんな甘い世界じゃないのだけれど?」
「それでもさ。覚悟の決まってねえ男なんざこの家にはいらんと言われそうだが、天斗はまだ16だ」
「だな。姉さん、少しばかり急ぎ過ぎ」
「じゃあ、あなた達2人が責任を持つのね?」
「それが親ってもんだろ」
「ああ。任せてくれていい」
「……やれやれ。親が甘いと、子は大成しないわよ」