「ちょっと、姉さん。車を走らせながらだって説明くらい」
「和音と天斗を拾ってからだろ、説明は。じゃねえと、二度手間だ」
「そうよ。なんなら赤灯を屋根に付けてもいいから、急いでちょうだい」
「……こんな時間だから、渋滞はない。このままで飛ばすよ」
水瀬家の別宅から美和の家まではかなり近い。
玄関先で待っていた天斗と和音が後部座席に乗り込むと、美和は荒っぽくアクセルを踏んだ。和音はいつもと同じ無表情だが、天斗は車内の重い空気に戸惑っているらしい。
「それじゃ、揃ったから説明するわね。今回の一斉招集の対象は、江戸都内全域の能力者」
「なっ!?」
「それは……」
一つ舌打ちをした美和が、片手を助手席との間にある箱のような収納スペースに伸ばし、そこから赤色灯を出した。
マグネットでも付いているのか、それに手を伸ばした和音が後部座席の窓から身を乗り出すようにしてルーフに載せる。
窓が閉められると、また美波が静かに語り出した。
妖異。それも難敵が出た、という訳ではないらしい。
「ならなぜ、一斉招集なんか。この10年、1度もなかったのに」
「神託よ。それも、異能者へのね」
「……ただ事じゃなさそうだ」
「それはそうよ。神託で告げられたのは、日枝神社の境内に異界発生って事だけ」
「そんなっ!?」
「数百年ぶりに、ですか。たしか最後に異界へ行ったのは、発足当時の新選組の副長であったかと」
「そうよ。そして異能者、姫は、ならば自分の出番かと問うたそうだけど、返って来たのは有資格者は都内の能力者だって返事だけ」
そういえばこちらでは明治維新がなかったし、新選組があってそれが存続していたりするのか。
西暦も2299年になっているし、俺には理解できない事ばかりだ。
「異界の事は天斗ちゃんと丈二くんに、和音が説明してあげて。うちと美和ちゃんは、分家を含めた水瀬家に有資格者がいた場合にどうすべきか話し合うわ」
「かしこまりました」
和音が語り出す。
歴史上、有資格者と呼ばれる者にしか見えないドアが発見された事が何度かある。
それを抜けた先にはまさに異界と表現するしかない景色が広がり、日本の比ではないほど妖異が襲いかかって来るそうだ。
そして、能力者の熟練度上げだけが、そこへ踏み込むメリットではない。
「……新たなスキルの習得、ねえ」
「記録に残っている限りでは、無事に帰れた能力者は約半数。ですが無事に帰ったその誰もが、新しいスキルを手に入れていたそうです」
「最悪なのは、天斗だけにドアが見えた時だな」
「ま、まさか。僕なんかに見えるはずないよ。っていうか、見えないで欲しい」
「召集されている誰もが、自分が有資格者であってくれと祈っているはずですが。さすがです、天斗様」
「で、もしこの中の誰かにドアが見えた場合は?」
「咳払いを3回、そう決めておきましょうか。で、まずは身内だけで相談」
言ったのは美波だ。
それを了承すると、車内に沈黙が満ちる。
こちらにも、国会議事堂はあるのだろうか。
そんなどうでもいい事を考えながら、薄く窓を開けてタバコを咥えた。車が少なく街灯など数えるほどしかないので、窓ガラスに映るのは自分達の顔だけだ。
「着いたぞ、ここからは歩く」
片側一車線ずつのそう広くない道は、交番の前から交通規制がされているらしい。
子供姿の俺と天斗を見た警官がこの先には入れないと言いに駆け寄ろうとしたようだが、美和が四駆を指輪に戻すのを見て、足をビタリと止める。
額に冷汗を浮かべながら警官が敬礼をしたので、俺も二本指でそれを飛ばしてから天斗と並んで美波と美和の背を追った。
さすがと言うべきか、和音は俺達の背後、何があっても天斗を庇える位置だ。
「ははっ。まるで不良とチンピラの見本市だな」
スカジャン、革ジャン。派手なアロハに、刺繍が施されたジャージ。
夜中だというのに、グラサン率も高い。
少し先に2股になった道が見えているのだが、そこまでそんな連中がタムロして、タバコの煙を吐いたり紙コップを呷っていたりする。
男はまだ、1人も見ていない。
「この辺りにいるのは、フリーだったり素行が悪くて家から追い出された能力者ですので」
「ふうん」
お、美少年。それも双子の。ツバつけとくか。
バカ、先頭を見ろ。水瀬の当主だ。ぶっ殺されんぞ。
そんなヒソヒソ話を耳に入れながら、分かれ道を左へ。
少しだけ坂を上ると境内へ続く石段が見えたのだが、その前や階段の途中にもそれなりの人数がいた。
「へえ。今度はヤクザと休日の兵隊の見本市だな」
「ここから境内までは四大家の分家や、その配下ではなくとも古くから陰陽寮に出仕している旧家の者達でしょう。下のとは、腕どころか、人としての格が違います」
「そうかい。お、樽酒が並んでんなあ。ま、こんな姿じゃ飲めねえか」
「よ、よくお酒なんて気分になれるね。丈二さん」
「心配したってしゃあねえからな」
「当主様、ご苦労様です」
美波に駆け寄って頭を下げたのは、見るからにマジメそうな若い女だ。
ああいうのを、余裕など欠片もなくなるまで喘がせるのがいい。そう思って足を止めると、思いっきり美和に睨まれた。
「……やれやれだ」
「分家は?」
「すべて揃って、駐車場で待機しております」
「そう。まずは四大家から境内に?」
「はい。そう聞いております」
「なら、のんびりお酒でも飲んで待ってなさい。駐車場には、陰陽寮の食堂から料理なんかも運ばれてるんでしょ?」
「それはそうですが」
「たぶん。いいえ、きっとあなた達の順番は回って来ないわ」
そう言いながら、美波が俺を見る。
「は、はあ」
「じゃあ、分家の取りまとめをお願いね」
「はっ。決してだらしなくタムロしたりはさせません」
「よろしい。じゃあ、行くわよ」
「いってらっしゃいませ」
女は当主とその妹に続いて足を動かした俺達を見て驚いたようだが、背後の和音が睨みでもしたのか慌てて深々と頭を下げた。
石段を上がる。
あれは、水瀬家の。
後は焔が来れば。
そんな声を聞きながら石段を上がり切り、美波達を真似て一礼してから立派な門を潜る。
東京のそれはどうだったのか今となってはわからないが、かなり格の高そうな神社だ。
人垣と言うほどではないが、10人ほどの女達の背中が見える。
「水瀬様、ご到着です」
スーツを着た女がそう言うと、境内を見ていた連中が一斉に振り返った。
それだけでなく、視界を遮るのが失礼だと思ったのか、さっと左右に移動までしている。
「お、おひさしぶりです」
「そうね。扉が見えた者は?」
「それが、未だ。焔の到着」
「え、ええっ!?」
……バカ野郎が。
「も、もしかしてその子がっ!」
「……そうなの、天斗ちゃん?」
「僕にも見えるよ、美波お姉ちゃんっ!」
できるだけ子供らしく言いながら天斗に抱き着き、耳元で「オマエはもう話すな」と小声で釘を刺す。
美波なら、こういう小芝居を巧く利用するはずだ。
「良い響き……」
「は?」
「な、なんでもないわ。それより、ここにいるのは四大家の本家の人間かその代理人と、陰陽寮でもそれなりの地位にいる職員だけ。子供のフリはしなくていいわよ」
「なんでえ。お姉ちゃんとか言って損したぜ」
「うふふ。高木さん、そこの天幕を借りるわね」
「は、はいっ。すぐに飲み物をお持ちしますっ」
美和に促されて大きな天幕のテーブルに着いたが、美波はまだ四大家の連中と立ち話をしている。
先ほど美波に声をかけられて上擦った声を発した女が飲み物をテーブルに置いて下がると、小学生くらいの女の子を先頭とした5人ほどが四大家の輪に加わった。
「ありゃっ、樽酒じゃなくてジュースかよ」
「こんな時だからな。それでどうするんだ、丈二?」
「あのドア、出入りは?」
「自由に出来るらしい」
「そうかい。なら、俺が1人で偵察してくっか。すぐに戻るよ」
「お、おい」
「ちょっと丈二さんっ!?」
構わずに立ち上がり、天幕を出る。
「あら。どうしたの、丈二くん?」
「ちっと様子を見て来る。最初の妖異を見るか、狩るかしたら戻るよ」
「アタシより幼く、男。なのに有資格者……」
呟いたのは、小学生くらいの女の子だ。
身長差があまりないのでポンとその肩を叩き、笑顔を見せておく。ついでに、いかにも神社らしい白くて丸い小石を拾ってポケットに入れた。
「見るからに勝気そうだが、将来は別嬪になるに違いねえ。5年もしたら1ぺんくれえ抱いてやるから、まあそう睨むな」
「まったく、この子ったら」
ドアに歩み寄り、ノブに手を伸ばす。
洋式のドアなのねという声や、なんちゃら班を呼べなどと言う声を聞きながら、開けたドアを潜った。
風。
突風のようなそれを目を細めてやり過ごし、銃を出しながら目の前に広がる景色を観察する。
鉛色の空。気温は、外と同じくらい。
俺が立っているのは、ヒビの入ったアスファルト。道の左右にあるガードレールも、やたらと錆が目立つ。
「ドア、消えてねえよな」
独り言を漏らしながら振り返ると、まるでヨーロッパの城塞都市のような防壁と、そこにポツンとある場違いなドアが目に入った。
左右を見ればその防壁は長く続いていて、どうやら四角形であるらしい。
「……まるで檻だな。反吐が出そうだ」
懲役の経験はないが、こんな場所が好きになれるはずがない。
さっさと終わらせようと歩き出すと、道の先に交差点が見えた。
そこにある自動車はどれも焼け焦げており、どうやらこの異界とやらはかなり物騒な場所であると思われる。
「お、なんかいるなあ」
歩を止めて目を細め、それを観察。
天斗の視力がいいのか、精力のようにステータスの底上げでもされているのか、なんとかそれが人型である事は判別できた。
ただ、その動きがどうもおかしい。
「まあ、敵は1人。交差点をふらつきながらノロノロ動いてるくれえだから、いざとなりゃ走ってドアまで逃げれば余裕だろ」
30メートルにまで接近すれば、実体化させた拳銃で足だって撃ち抜ける自信がある。
タバコを咥えて火を点け、交差点へ歩き出した。
みなが心配しているだろうし、あまり時間はかけていられない。
「マジ、かよ……」
人影が何者のものであるのかを見て取れる位置にまで近づくと、思わずそんな呟きが出た。
知らず知らずのうちに唇から落ちたタバコを、乱暴に踏みつける。
どこの誰が用意したのかは知らないが、なんとも悪趣味な世界だ。
「でもま、殺るしかねえんだよなあ」
歩き出す。
そうしながら、覚悟は決めた。
トンッ、トッ……
サッカーボールを蹴った男の子が、それを追いかけようとして視線を俺に向ける。
「あ……」
目が合う。
俺の体と同じくらいの身長。
男の子が、フラリと歩き出す。
サッカーボールが転がった方向ではなく、俺の方に。
「あ゛あ゛ぁあ゛あぁあ゛あ゛━━━━━━っ!」