申し訳ない話ですが、前日分の投稿を一週間ほど後のものと取り違えておりました。それは今朝のうちに、正しい次話と差し替えてあります。
なのでもし、「昨日も読んで今日もこれから読むよ」という方がおられましたら、面倒だとは思いますが前日更新分から読んでいただけたらありがたいです。
3連休の中日に投稿ミスとか、もう間が悪いとしか言えないです……
眠れるはずがない。
丈二さんと違って僕は妖異狩りどころか、ケンカの経験すらないのだ。それでも後部座席で目を閉じて横になっていると、たしかに疲れが少し抜けた気がした。
話し声。
母さんと、和音さんだ。
身を起こす。
「おっと、起こしてしまったか」
「寝てないもん。目を閉じてただけ」
「鼾をかいてたのにか?」
「……マジで?」
「ああ」
僕は、もしかしたら自分で思っているより図太い人間なのかもしれない。
「準備が整ったそうだ。やめるなら今だよ?」
「……大丈夫。役に立てなくても、お荷物にはならないようにする」
「そうかい」
「あはは。母さん、丈二さんの口癖が移ってるよ」
「むっ。それは、なんとなく癪だな」
僕と母さんが車を降りると、空き缶を灰皿にしてタバコを吸っていた丈二さんが荷台から跳び降りた。
丈二さんが顎をしゃくる。
そちらにあるのは、小さな公衆トイレだ。
「どしたの?」
「多目的トイレはねえが、この神社は俺達が異界を探索して帰るまで立ち入り禁止だ。和音に咥えてもらうなり、ナニをぶち込むなりしたらどうだ?」
「こんな時にするはずないでしょって」
「こんな時だからこそ、だ。俺はさっき、あそこで美和のナカに思いっきりぶち撒けたぜ?」
「お、おい。普通にバラしてるんじゃない、丈二!」
殴られかけた丈二さんが、その拳を避けて母さんのお尻を撫でる。
「初体験は、無事に帰ってからに取っておくよ」
「そうかい。勃起はしそうなんだな」
「なんとなくだけど、わかる。僕は異界から帰ったら、丈二さんがいた世界の男と同じ存在になるって。根拠はないけど、そう思えるんだ」
「へえ。和音が苦労しそうだな」
「天斗様なら、何の心配もありません。天斗様なら」
「なにを言いてえのかわからんな。まあ、必要ねえならいいさ。行こう」
「うん」
境内には、仮眠を取る前より多くの人がいた。
僕達に頭を下げたり敬礼をしたりするさっきまでいなかった人達に丈二さんが会釈をしたので、僕も頭を下げておく。
美波おばさんが一歩、前に出た。
「まずは、そうね。広瀬中尉から説明してもらおうかしら」
「はい。はじめまして、御印を背負うお方。小官は、陸軍の広瀬中尉であります」
「物資の提供だけでなく、わざわざ説明にまで来ていただいて申し訳ない」
「いいえ。まずはこちらを」
広瀬中尉が差し出したのは、分身した丈二さんの身長ほどもある銃だ。
「サンパチに似てるな……」
「それは。偶然にしては出来過ぎていますね。こちらでも、そう呼ばれております。その中でも試射で精度の良い物に、スコープを付けるなどの改造を施しました。調整はこちらでしてありますが、説明は必要でしょうか?」
「……大丈夫そうだ。微調整は、撃ってからする。なぜかこれも、知識があるようなんでね」
「さすがです。それでは、次は手榴弾です」
「これも、知識があるな。なぜか」
「なるほど。16歳のサイズの迷彩服と一緒に、ラビットの荷台に括り付けた背嚢に8つ入れてあります。この2つは、子供用の迷彩服がないのでそこの運動着に着替えてからベルトのポーチに」
「ありがたい」
「次は私ですね。はじめまして、警視庁特殊機動隊の桂木警視正です。こちらが、今回提供する散弾銃になります。猟師用の銃に改造を施した、元込め式の上下二連。銃身と銃床を切り詰めてあるので、小さな体でも撃ちやすいかと」
「それはこっちの、天斗が使う。シロウトなんでな。噛み砕いて説明してやってくれ」
「わかりました」
桂木警視正さんが僕に散弾銃の取り扱いを説明し始めたので、一言も聞き逃さないように耳を傾ける。
あくまでも護身用。
桂木警視正は、何度もそう繰り返した。
護身用なら丈二さんの銃に似たのをホルスターに納めて薄手の上着で隠してあるが、それだけでは足りない可能性もあるのだろう。
説明だけでなく、見本にと基本動作まで披露してくれた桂木警視正にお礼を言って、ドキドキしながら散弾銃を背負う。
うるさいよ、僕の心臓。
「終わったなら、次はこれだ」
「小さなバイクだね。これなら、僕達でも乗れそう」
「ま、少しばかりカッコつかねえけどな。こっちじゃウサギって名前らしい」
「これは僕でも知ってる。オンダの原動機付自転車、ラビットでしょ。丈二さんのいた世界じゃ、お猿さんって名前だったよね」
「ああ。ついでに言うと天斗のは、最新鋭の自動遠心クラッチだ。美波がムリを押し通して、調達したらしくてな。礼を言っとけ」
「それって左足でシフト? を踏むだけでギアチェンジできるのだよね。美波おばさん、ホントありがとう」
「いいのよ。気にしないで」
「天斗の方の荷台には、水や固形食糧が積んである。運転は、実際に動かしながら慣れてもらうぞ?」
「う、うん。丈二さんが乗ってるのは何度も見たから、大丈夫かな」
「ならいい。もしハッツいて壊したら俺の方の弾薬や手榴弾を捨てて、水と食料を天斗が背負って2ケツだからな。覚悟しとけ。よし、そんじゃ着替えっか」
丈二さんが、Tシャツを脱ぎ捨てる。
周りにいるのは女の人ばかりなのでサービスのつもりかもしれないが、さすがに恥じらいがなさ過ぎだ。
焔家の女の子なんて、顔を真っ赤にしている。それでも裸をガン見しているのは、さすがこちらの女の子と言うべきか。
背の入れ墨を見た皆さんから、声にならないどよめきが起こった。
「おい、丈二っ!」
「僕は天幕で着替えるね」
「別にいいが、急げよ。もう夜が明ける」
「うん」
「お手伝いいたします、天斗様」
「ありがと、和音さん」
和音さんが僕の運動着や子供がするにしては武骨なベルトなどを拾い上げたので、母さんの怒声を聞きながら天幕へ歩を進める。
誰もいないそこで服だけでなく靴までを脱がされると、和音さんは跪いて僕の肉棒に頬擦りをした。
「そんな事して、おっきくなったらどうするのさ」
「この場で膜を貫いていただきます」
「それは帰ってからのお愉しみ、でしょ?」
「はい。和音は天斗様が望むなら、どんな事でもいたしますので」
「また僕のココにおしっこかけてくれる?」
「は、はい」
「大きい方もだよ?」
「しますから、言葉にはしないでくださいませ」
「またまた。すっごく恥ずかしそうにしながらも和音さんは、つうっと僕の体にいやらしい汁を垂らすじゃない」
「も、もうっ。ですが、どうかご無事で。この歳で尼僧になるなど、和音は嫌ですよ」
「約束する。無事に帰って、その夜に和音さんを僕のモノにするってね」
「あっ……」
唇に触れるだけのキス。
「ご武運を」
「うん。ありがと」
話しながらも着替えをしていたので、準備は完了だ。
跪いたまま頭を下げている和音さんを残して、天幕を出る。
「はえーな。てっきり、1発キメてから出て来ると思ってたが」
「ホントにそこで着替えたんだね。それは、無事に帰ってからだよ。水瀬の家の能力者として恥ずかしくない男である事を証明しないと、僕なんかが和音さんを抱く資格はないんだ」
「……コゾウが言いやがる。乗れ。目的を果たすまでは戻らねえぞ」
「うん」
バイクに跨った。
丈二さんがそうするのを何度も見ていたので、手順は覚えている。
キーを回し、キックスタート。
左足の置き場の前後にあるペダルの、前をつま先で踏む。
これでギアはローに入った。この状態でアクセルを開ければ、バイクは動いてくれるはずだ。
「ドア、開けるぞ」
「うんっ」
「入ってすぐの道はそんなに狭くねえから、少し進んで運転に慣れとけ。最初の交差点にゾンビがいたら、そこまでは進むなよ? いなくても、行っていいのは交差点までだ」
「わかってる」
「そんじゃ、ほれ。羽ばたいて見せな、雛鳥」
「いってきますっ!」
車は入れないが、バイクなら余裕で通れるドア。
初めての異界に向かって、僕はアクセルを開けた。
空が見える。
夏の夜明けの、どこか始まりを連想させるような空。
支えなんかないのに直立している、ドアの枠。
「あ、あれ? ……こ、これってウイリーっ!? う、わああぁああっ!」
呆れたような丈二さんの声が聞こえた気がしたが、それどころではない。
突風に目を閉じながら慌ててアクセルを緩めると、つんのめったようになってハンドルに顔をぶつけた。その衝撃で、バイクは蛇行している。
「こんのっ、大人しくしてってば!」
兵隊さんが使う物ではないだろうが、天幕で和音さんに履かされた靴は編み上げで底の厚い丈夫な物だ。
それでダンッと地面を蹴り、体勢を立て直す。
「ははっ。そうそう、いい子だよ」
自転車もそうだが、バイクも安定するとこうまで安心感のある乗り物なのか。
風が頬を撫ぜる。
「いいな、これ。丈二さんが好きなのも頷ける」
交差点が見えた。
ゾンビの姿はないが、念のためにハンドルを切る。
「お、ととっ!」
「天斗、ハンドルに頼り過ぎんな。基本的には、体重移動で曲がれ。荷物もあるから、緊急時以外はスピードも出さなくていい」
「わ、わかった!」
ドアから少し離れてバイクを停めた丈二さんが、苦笑しながらタバコを咥えるのが見えた。
少し進んではUターンを繰り返していると、バイクの事を体で理解できた気がする。
僕がそのままバイクに近づくと、丈二さんは缶コーヒーにタバコを入れて小さく振ってからニヤリと笑った。
「練習はもういいのかよ?」
「うん」
「じゃあ、次は俺の番だ」
「丈二さんが練習? そんな必要ないんじゃ」
「コイツのさ」
バイクを降りた丈二さんが缶コーヒーの空き缶を僕に渡し、背負っていた銃を持つ。
「なるほど」
「その空き缶を、交差点の車の屋根に置いて戻れ。水も食料も、たっぷりある。急がなくていいからな」
「いや、片手運転ってほどじゃないし、すぐ行って戻れるけど……」
「いいから。急ぐ必要はねえ。それだけ憶えとけ」
「はぁ」
空き缶を左手で持ちながらアクセルを開け、交差点へ向かう。
焼け焦げた車の横にバイクを停め、その屋根に空き缶を載せると、元が人間だったとは信じられないほど損傷した焼死体と目が合った。
いや、眼球なんてもう焼け焦げている。
窪みでしかない眼窩。
それが、僕を見詰めているのだ。
「うっ」
家を出る前、僕を着替えさせて拳銃まで装備させた和音さんは、残っていた白米でおむすびを握ってくれた。
あんなに美味しかったそれが、とても嫌な臭いで僕の胃から逆流する。
亡くなった方に顔向けが出来ないので根性でそれを飲み込もうとしたが、車内から顔を背けるので精一杯だった。
アスファルトに、吐瀉物をぶち撒ける。
それだけでなく、涙と鼻水でも地面を汚してしまった。
「ぜえっ、ぜえっ……」