ゾンビの脇をラビットで駆け抜けながら、1匹を倒す。
車体の向きを変えて停車させ、リロード。
2匹目を倒して、またリロード。そのマガジンで最後のゾンビを倒す。
丈二さんがそれを4回も繰り返して、やっと僕達はイの2、防壁沿いの交差点へと辿り着いた。
ゾンビの死体から少し離れた場所でラビットを停め、腰のポーチから出した缶コーヒーを開けながら丈二さんがアスファルトに座り込む。
「ふうっ、休憩にしようぜ。天斗もこっちで、なんか飲め」
「うん。スポーツドリンクかな、ポーチにあるし」
丈二さんが咥えタバコで、手帳にペンを走らせる。
「今んトコ、異界の地図はこんな感じだ」
「どれどれ。……ドアから短い直線で、最初のT字交差点。そこから右折すると4つの逆T字交差点があって、最後がここか。なんか、妙に整備された街だね。ドーム状の建物も、やけに規則正しく並んでるし」
「美和が言ってたが、異界ってのは神様からの褒美だって言う研究者もいるらしくてな。ゲーム風に言えば、ボーナスステージ」
「へえ」
「ここまで来ただけで、俺の銃の熟練度は65だろ。敵もゾンビだけだし、楽なモンだ。それで熟練度を上げ、ボスを倒してスキルを手に入れろって、神様は言ってんのかもしんねえぞ」
「でも有資格者の半数は戻らないって話だから、油断はできないよね」
「だな」
「そういえば熟練度が50になると、武器とか改造できるようになるんじゃ?」
「ああ。それを考えるための休憩でもある。ノートパソコン出して、武器のページを見てみな」
「ん。わかった」
僕と丈二さんにしか見えないノートパソコン。それを思うだけで出して操作すると、武器の欄には改造可能という文字があった。
クリック。
「わあ」
「まんまゲームで笑えるだろ?」
「だねえ」
消音器の追加に、大型マガジン。
銃身の変更なんて物もある。
「どうするの?」
「長バレルへの変更かねえ。少しは射程が伸びるだろうし」
「ふうん」
「この調子なら今日にでも熟練度は100になるだろうから、次の銃の方が楽しみだぜ」
「いくつかの中から選べるんだよね。どんなのかな」
「まあ、どこまで行っても拳銃だからな。そう変わりはねえだろ」
「わかんないよ。対戦車拳銃! とか出るかも」
「アホか。撃つだけで手首がイカレるっての」
「あはは。それより、次の突き当りまでは、最初の交差点からここまでより近そう。ほんの少しだけど」
「そうなんだよ。だが、ボスを倒してドアから出るまで異界は消えねえらしい。のんびリやろうぜ」
「うん」
「理想は俺の銃が1段階成長したタイミングでボスを倒して、天斗が手に入れるスキルの熟練度を限界まで上げてから異界を脱出だな」
「あはは。そんな上手くいかないって」
「まあな。じゃあ、また次の突き当りを目指すか」
「うん」
また同じ事の繰り返し。
だが、次の突き当りまでT字路は3つしかなかった。
そしてまた僕は突き当りの1つ手前の交差点で、双眼鏡を覗き込んでいる。
「なっ、なに考えてんの丈二さんっ!?」
驚いて落としかけた双眼鏡を持ち上げ、急いで丈二さんに向けた。
ジャージ姿の小学生が、大きな銃を背負ってゾンビに手にしたナイフを向けている。
身長差があって首にはナイフが届かないので、腹部をブスリ、脚部をスパッ。そうしながら丈二さんは、笑顔でゾンビの殴打を避けるのだ。
「もう、どっちが悪役なのやら……」
まるでダンスのようなその戦闘は、数分で中断された。
股関節を切られ過ぎたゾンビが、片足を失ってアスファルトに崩れ落ちたからだ。
何度かナイフを投げつけた丈二さんが、僕に手招きをする。
恐る恐るそちらへラビットで向かうと、丈二さんは自分の乗っているそれのエンジンを切ってから、僕の方に足を向けた。
「悪いな、天斗。ちょっと大発見をしてよ」
「大発見?」
「ああ。ゾンビな、頭を攻撃しなきゃ死なねえんだ」
「うっわ。それでナイフの熟練度を上げてるの?」
「とーぜん」
「えっと、死者への敬意って話は?」
「生き残るためになら、どんな事でもする。それは人間の美徳だぜ」
「は、はぁ」
「だから俺はしばらくこうしてっから、少し向こうでメシでも食ってろ」
「丈二さんのゴハンは?」
「固形食糧1回分は、ポーチに入ってる。ゾンビを避けつつ、ナイフ投げながら食うよ」
「わかった。油断はしないでね?」
「へーへー」
僕が味気ない食事を終えても、丈二さんはまだナイフを投げる事を繰り返している。
ガソリンがもったいないので、エンジンは僕もすぐに切った。
固形食糧を食べ終えると少し迷ったが、あの様子では問題ないだろうと丈二さんに歩み寄る。
「もうメシ食ったんか?」
「うん」
「タイミングがいいなあ。そんじゃ、少し離れてっと」
丈二さんが僕に駆け寄って、ノートパソコンを出す。
「まさか。ナイフの熟練度、もう100まで上げたのっ!?」
「おう。ちょいちょいっと。……おお、成長先が出てら。投擲用は、投げナイフとクナイ。どっちも小せえな」
「刃渡りが欲しいならこれだね、サバイバルナイフか短刀。鉈と斧っぽいのもあるよ?」
「短刀一択だな」
「さすがチンピラ」
「うっせえよ。サバイバルナイフは頑丈で、短刀は斬れ味がいいって書いてるからな。小型でも鉈と斧は、癖が強そうだ」
「でも、短刀は壊れやすいって書いてあるけど?」
「刃物はメイン武器じゃねえ。別にいいさ。それより、少し下がるぞ。ゾンビが這って接近してる」
「あ、ホントだ」
僕のラビットまで下がる。
ただでさえ動きの遅いゾンビは這って僕達を追うので、それで数分は余裕が出来ただろう。
「そんじゃ、ナイフを指輪に戻して短刀を選択っと」
白木の鞘に納まった短刀を実体化させ、丈二さんがほくそ笑む。
スッと抜かれた短刀の見事な刀身が、夏の陽射しで煌いた。
「よしよし」
「銃も成長させるの? あっちが100になったから、ナイフを使い出したんだよね」
「それなんだが、20数発は弾が残ってんだよな。それがすべて新しい銃の弾になるなら、迷わずそうするんだが」
「その説明は、……ないなあ」
「だろ。本当に吸いたい時にタバコ1本を半分以上を吸えば、銃弾が1発増えるのはわかってる。酒を1杯飲んでも増えるが、さすがに持って来てねえしよ。セックスなら射精で10発も増えるんだが、ここにゃ俺達しかいねえ」
「ねえ、丈二さん」
「ん?」
「予定変更して、現実世界に帰らない? 出入り自由なんだから」
「それも手なんだがなあ。また1からゾンビを倒す事んなったら、面倒だろ」
「それでも帰るべきだと思う。都合よく手持ちの弾が新しい銃のになったって、残りは20くらいなんでしょう? また万全を期して、それから入るのがベストなんじゃないかな」
わずかにではあるが考え込んでいた丈二さんは、あの人好きのする笑顔で僕の頭を撫でる。
くすぐったいからやめて欲しい。
「ありがとな、天斗」
「えっ」
お礼を言われる意味がわからない。
「俺はどうやら、急ぎ過ぎてたらしい。こんな場所から、早く天斗を出してやりたくってよ」
「ありがたいけど、僕なら大丈夫。なら、戻るんだね?」
「そうなるな」
「武器はあっちで成長?」
「いや、ここでいい。ノートパソコンにある選択肢は、たった5つ。小型の消音器付きオートマチック。頑丈なのと、威力重視のリボルバー。弾数重視のオートマチックと、威力重視のオートマチックだ」
「丈二さんなら、威力重視なのかな」
「そうなるな。どうせゲームに似てるなら、攻撃力なんかも表示してくれりゃわかりやすいのによ」
「あはは。そうだねえ」
丈二さんがノートパソコンで拳銃を成長させる。リボルバーではなく、オートマチック拳銃の方に。
すぐに実体化された銃は、前のより少し大きくなっていて子供が撃つのはキツイ感じだ。
それでもこの人なら、問題はないのだろう。
そう思いながら横顔を見ていると、丈二さんは前に出て抜いた短刀を振りかぶった。
ノートパソコンは消えていないので、短刀の説明欄に切り替えてそれを読み直す。
「あ。やっぱ投げづれー」
「外したの?」
「まさか。ちゃんと胴体に命中さ」
「なら問題はないじゃ、待ってっ!」
「いきなり叫んで。どした?」
「僕は少し下がるから、また短刀を投げて当たったら教えて」
「お、おう」
ノートパソコンに着いて来てと念じ、10歩ほど下がる。
「投げたぞ-」
「当たったんだよね?」
「ああ」
「やっぱりか。熟練度が上がってない」
「それか。武器顕現ってスキルは、初期武器は戦闘中に敵に命中させれば上がるが、成長させたら敵を倒さなきゃ上がんねえんだってよ。そうなっと、弱過ぎんの倒しても上がらねえって美和が言ってた」
「そうなんだ。100もの妖異を倒すって、現実の世界だと何年かかるんだろね……」
「のんびりやるさ。銃の弾は、残ってた分が新しいのに対応してる。これで倒して、現実世界に戻るぞ」
「了解。どのくらい強くなったのかな」
「わからんなあ」
丈二さんが両手で大きな拳銃を構えた。
ガアンッ!
「ひょ-っ。1発でくたばりやがった」
「熟練度も1上がってるよ。そして今気がついたけど、貯めておける弾も150に増えてる」
「いいねえ。そんじゃ、帰っか」
「うん」
丈二さんが走って自分のラビットへ向かう。
大声で走らなくていいと言ったけど、手を振るだけで丈二さんは走るのをやめなかった。
エンジンをかけて待っていた僕のラビットに、丈二さんが並ぶ。
「さあて。帰ったらお互い、ヤリまくりだな」
「そ、そうなるね」
「ドアまでの間、これまでどんな風に和音をかわいがったかを聞こうか」
「言わないよっ!?」
「そんなのはダチじゃねえな。わかったよ。俺と天斗は、赤の他人。そういう事だろ。わあったわあった」
「え、ちょ」
そう言いながらラビットを走らせた丈二さんは、僕が話すから他人なんて言わないでと叫ぶと、いい笑顔でスピードを落としてタバコまで咥えた。
僕の話を煙を吐きながら聞いていた丈二さんだが、だんだんとその頬が引き攣ってゆく。
「そんでね、和音さんのって……」
「も、もういいっ。それ以上は言うなっ!」
「丈二さんが言えって……」
「だからもういいんだっての。ほら、ドアが見えたぞ」
「なんとかなった、かあ」
「美和や和音に、自分も妖異を狩ったぞって自慢してやれ」
「へへっ。少し恥ずかしいな」
「誇っていいさ」
「かなあ」
「当たり前だっての」
母さんは、和音さんはなんて言うだろう。
褒めてくれるかな。
危ない事をするなって、怒られるかな。
そんな事を考えながら、僕はエンジンを切ってラビットを押し、丈二さんが開けてくれたドアを抜けた。