「紹介しとくぞ。霜月夜子。俺と同じく、名も知らぬ神の眷属ってヤツらしい」
「ええっ!?」
「お初にお目にかかります。明日1日で軍の士官としての引継ぎを済ませ、明後日からは丈二様と行動を共に致しますので、どうかよろしくお願いします」
「様は禁止な。それなんだが、軍にそのままいてくれっとありがてえんだ。今は分身ってスキルで2人になってるが、天斗はまだ高校生でな。夏休みが終われば学校があるから、一緒にいたって仕事がねえ。妖異狩りも、生活に困らねえ人間にゃ、そうそう仕事は回って来ねえらしいから」
「貯金はありますし、学校の間は家事でもしてお待ちします」
「家事はここには来てねえが、和音って天斗の女がしてる」
「ならば、学校への送り迎えを」
「そう言われてもなあ。住む場所も、そこの美和の家に居候だし」
「まあ同居は構わんが」
「いいのかよ」
美和が事もなげに頷く。
甚平の上を着て、俺はまた狙撃仕様の無坂9式を持ち上げた。
「とりあえず、ここを出たらメシでも食いながら話すか。もう昼だろ」
「だがヤコは軍人だ。今のところな」
「問題ないわ。ねえ、園田大佐?」
「ええ。霜月中尉が眷属であるのは、スキルで確認されています。その長と出会えたならば、軍よりもそちらを優先するが国法。本人は明日を引継ぎ業務に使うと言っておりますが、それも後回しで、問題があった時に電話などですればいいでしょう」
「すんげえ軍隊もあったもんだ。そんじゃ、さっさと試すか」
「あたし達が防音室に戻ったらな」
「へいへい」
50メートルでバケモノの眼球に命中。
75メートルでバケモノの頭部に命中。
100メートルでバケモノの肩口に命中。
たった3射で、ヤコは俺に撃つのをやめさせた。
この程度の腕なら、実戦でもそれなりに使い物になるらしい。
「では園田大佐。銃の微調整は、天斗様の身体測定のデータで」
「わかっている。今までお国のためにご苦労だった、霜月殿」
「はっ!」
これがヤコの、最後の敬礼になるのだろうか。
そんな気分で無坂9式を置くと、銃が並んだテーブルのそばに同じ折り畳みの長テーブルといくつものパイプ椅子が出されているのが見えた。
「あれは?」
「天斗は丈二と違って、小型拳銃以外の銃の扱いを1から教えないといけないだろ。あそこで説明を聞きながら昼食だそうだ」
「俺達もか?」
「いや。和音がそろそろ来るし、姉さんも付いててくれる。外でいいさ」
「初めての外食だなあ」
「そういえば、そうか。ビールを飲むあたしとヤコを、せいぜい羨ましそうに見てるといい」
「うあ。そっか、この体じゃ……」
天斗にしっかりやれと、それでも途中で嫌になったら帰って来いと励まし、美和とヤコと3人で陰陽寮を後にする。
メシは適当にぶらついて食おうと言いながら美和が交番のある通りに足を向けたが、少しだけ付き合えと止めて日枝神社の石段を上がった。
蝉の声が、やかましいほどだ。
だが石段の左右には木々が生い茂っているので陽射しはそうキツくなく、木漏れ日の風情を愛でられるのはいい。
「まったく。言っておくが、今から異界に入るなんて許さんぞ?」
「へいへい」
「昼食はなにがいい、ヤコ?」
「自分は軍人ですので、なんでも食べます。美和様」
「様はやめてくれ」
「俺もな」
「な、ならば、なんとお呼びすれば?」
「自分で考えろっての。これからは、命令なんてほとんどされねえんだ。俺は口調がこんななんで命令されたと感じるかもしんねえが、それはすべて頼み事だと思ってくれ」
「命令をしないのですか、眷属を束ねるお方が?」
「ああ」
「しかし、ヤコも不運だよなあ。眷属長が丈二とは。同情するぞ」
「言うじゃねえか、美和。にしても、やけにフレンドリーだな?」
「実は、あたしは末っ子だったから、昔からずっと妹が欲しくてな。今日から楽しくなりそうだ」
「なるほどねえ。お、ドアはまだちゃんとあるな」
「ああ、本当に境内にポツンと扉が。え、あれ?」
石段を上がり切っても息切れすらしていないヤコが、首を傾げてポニーテールを揺らす。
「ヤコ、まさか……」
「な、なぜか見えますね。どうしましょう、美和、殿?」
「お姉ちゃんでいい。どうせすぐ、竿姉妹ってのになるだろうから。それにしても、3人目の有資格者か。何から何まで規格外だな、さすが丈二」
「俺のせいかよ。ヤコ、ドアを開けて入ってみろ。ただし、すぐに戻れ」
「わ、わかりました」
一礼して門を抜け、ドアの向こうに異界に踏み込んだヤコを待つ。
境内でタバコをやる訳にもいかないので、ヒマなものだ。
「いいのかよ、俺がヤコに手を出しても?」
「当然だ。ヤコだって、抱いてもらえるなら喜ぶだろう。まあ、まだあの子の感覚じゃ、抱かれるじゃなくて抱くだろうがな。あたしが動けなくなっても、丈二はまだ足りないみたいだし」
「気づかれてたんか」
「当然だ。惚れた男の性欲ぐらい、把握できなくてどうする」
「熱い告白だねえ。神社だし、式でも挙げてくか?」
「か、からかうな。バカ」
「けっこう本気で言ったんだがなあ。お、来た来た」
ヤコが現実世界に戻り、やけに丁寧な仕草でドアを閉める。
事が事なので、陰陽寮にまた戻って報告をするらしい。
射撃場でサンドイッチを食っていた面々は、美和とヤコの報告を聞いて大騒ぎだ。
「ここも火気厳禁だから、タバコ吸えねえんだよなあ……」
「それどころじゃないでしょ、丈二さんっ!」
「1人増えただけだろうが。オタオタすんなって」
「でもさっ」
「しかも、さっきまでヤコは軍人だったんだぞ? 俺としちゃ、天斗の護衛が増えて万々歳だっての」
「……あー。そういう考え方もあるかあ」
射撃場の次に行ったのは、陰陽寮の職員専用の食堂だった。
個室も使えるそうなので、ビールを飲んでタバコが吸いたい俺は、すぐにそこでメシにしようと言ったのだ。ヤコは陰陽寮特殊装備課車両班とやらに行って、それから来るらしい。
「まるで高級レストランだな、個室ってのは」
「それなりの立場の物しか使わないからな。ガヤガヤうるさい食堂を通らなくてもいいし、ここなら食堂とは違って注文を取りに来てくれて、料理も運んでもらえる」
「灰皿があるから、タバコも吸えるな」
「当然だ」
丸テーブルに着いて、タバコに火を点ける。
注文を取りに来たらしい初老の男がギョッとしたようだが、何も言わずにメニューを3人分置いて部屋を出て行った。
「さて、っておい。メニューを見ないのか?」
「ああ。外食の機会があればこれだって決めてある」
「それは?」
「カツ丼とビール」
「肉体労働をする中年女か」
「似たようなもんだろ」
俺がカツ丼を、美和がオムライスを食い終えてもヤコは姿を見せない。
場所は誰かに聞けばわかるだろうから探しに行こうかと美和が言ったところで、ちょうどヤコが部屋に入って来た。
「すみません。お待たせしました」
「なんか問題か?」
「いえ。車両班の整備所を出たところで、元部下の田中が必要な装備を聞きに来まして」
「なるほどね。美和、俺のこないだの妖異狩りの報酬はあるんだよな?」
「もちろんだ」
「ならツマミに、ミックスフライとチキンバスケット追加」
「ビールも頼んでおくか」
「だな。決まったか、ヤコ?」
「はい。冷たいとろろ蕎麦に、おいなりさんのセットで」
「おいなりさんからの、とろろ。いいチョイスだ」
「下品な事を言うんじゃない、まったく」
昼メシを食い終えると、美和がせっかくだから赤坂をブラブラしようと言い出す。
「そういや、皇居ってどうなってんだろな」
「なんだそれは?」
「あ。こっちじゃ幕府が残ってるんだったな、あっちの世界の江戸城だ。あんのかよ?」
「夜中だから見えてなかったか。もちろんあるぞ」
「へえ。んで、この辺りには他国の大使館なんかが?」
「多いよ。じゃあ、会計を済ませてから出かけようか」
「あいよ」
美和が部屋の隅の天井から伸びている紐を引くと、すぐに職員がやって来た。
金持ちは、楽をするのが当たり前だと思ってやがる。
思わずそう吐き捨てそうになったが、美和もかなりの富裕層。声は出さずにおいた。
最後の一服を終えると同時に会計が済んだので腰を上げ、美和と並んで部屋を出る。16の天斗と美和は姉弟にしか見えないが、この体なら本当の子供だと思う人間も多いだろう。なら、ヤコは叔母か。
「昔風に言うと、天子様か。それは京都に?」
「それとか言うな、バカ者。そうだよ。主上は、京におられる」
「なるほどねえ」
タイムスリップして観光を楽しむようなものだと思っていたが、これからの散歩は異世界観光のようなものか。
夜間の車での移動は、街灯やネオンがほとんどないので街並みなどぼんやりとしか見えない。
「昭和の赤坂って言うと、ナイトクラブに他国のスパイだろ。この体じゃ、どっちも楽しめねえなあ」
「どんなイメージだ」
陰陽寮を出て、向こうで言う国道246号線へ。
向こうのテレビで見慣れた国会議事堂はなかったが、魔改造でもしたのかと言いたくなるような江戸城に見下ろされ、思わず足を止めてしまった。
「こりゃスゲエ……」
「幕府の象徴だからな」
「国会議事堂の辺りは、商店街になってんのか」
「ああ。この辺りは武家屋敷が多いからな。とりあえずヤコの荷物は明日にでも取りに行くとして、それまでの着替えなんかを買わないと」
「美和殿、自分はこのままでも1泊くらい」
「ダメだダメだ。ほら、行くぞ」
「お、標識がある。こっちでも、246は246なのか。美和、本屋にも寄っていいよな?」
「いいぞ。なんならハイヤーで、上野まで出るか?」
「ハイヤーって、ガキの頃ぶりに聞いたわ。こっちの、昭和の野上にも興味はあるが、それは合体してる時でいい」
「何を期待してるんだか」
「期待じゃなく、警戒だな。こっちのヤクザ者は女なんだろ?」
「当然だ。それじゃ、まずはヤコの服だな」
やはり、異世界。
女らしさの欠片もない、迷いのない即断即決で買い物をする美和とヤコに着いて歩きながら、俺はそんな思いを深くしていた。
そしてお待ちかねの本屋は、何の因果か国会図書館があるはずの場所に、これでもかと店舗や屋台が密集している。
こっちの本などほとんど読んだ事がないので、わざわざ高いハードカバーの新刊を買う必要はない。文庫本で充分だ。
片っ端から手に取っていく。
「うれしそうですね、丈二殿」
「初めて見せる、こっちの男らしさだよ。男は買い物が好きだからなあ」
「そうらしいですねえ」
そんな言葉を聞いて、俺は本棚に伸ばした手を止めた。
「どうした、丈二?」
「い、いや。考えてもなかったんだが、俺が手に取った10冊くれえのハードボイルドだの伝奇小説だのは、主人公が女でヒロインが男なんだよな?」
「当たり前じゃないか」
「そんなん、感情移入できんのかよ?」
「あたし達に聞かれてもなあ」
「ですね」
「もう、これだけでいいや……」
「それでも手に取った分は買うんだな。やれやれだ」