早朝、食事を済ませた僕達は、日枝神社の境内でたくさんの人に見られながら、装備や乗機の最終確認をしていた。
軽くだけど一通りされた自己紹介によると、陰陽寮や四大家、幕府陸軍だけでなく、警察や幕府のそれなりの地位にいる人までが集まっていたのだ。
それだけ、眷属長が有資格者であった場合、眷属を異界に伴えるかもしれないという新事実に関心があるのだろう。
でも無事の帰還を祈るとか何人もの人に言われたが、この3人で異界に入ってボスを倒した時、誰にスキルが与えられるのかという興味が透けて見えるようで、なんだか素直にありがとうございますとは言いたくない。
ただ焔家のあの女の子にだけは、心からありがとうと言えた。言葉は横柄だったけど、本当に僕達の身を案じてくれたのがわかったからだ。
決して、おかっぱ頭でかわいらしい顔立ちで、将来は美人さんになるのが確実だからではない。ないったらない。
丈二さんに似てきたのかな。気をつけないと。
本人が聞いたら怒りそうな事を考えながら、僕はサイドカーに乗り込んだ。
「行くか」
「はい。いつでも」
「僕もOK」
「ほんじゃ、人体実験小隊の初出撃だ」
「……うっわ、嫌な名前」
「次があれば、ゾンビの頭に注射器がぶっ刺さったマークをサイドカーにペイントだな」
「ぜったいヤダかんねっ」
「そうかい。そんじゃ、俺から行くぞ」
僕達3人にしか見えないドアを開け放ち、丈二さんがラビットを押して向こうに消えた。
こっちはサイドカーがあって横幅ギリギリなので、エンジンをかけたヤコさんがゆっくりとアクセルを開けて敷石を鳴らしながらドアを抜ける。
「わぷっ。また風っ」
「もう大丈夫ですよ。一応、ドアは閉めておきますね」
「僕がやる」
「いえ、あっ」
ドアを閉めてサイドカーに戻ると、咥えタバコの丈二さんが戻ってくるのが見えた。
「どうでした、丈二殿?」
「やっぱ、リポップしてたよ。子供のゾンビじゃなかったがな」
「そっかあ。もしまたあの子がいたら、僕にやらせてってお願いするつもりだったよ」
「テメエの手で楽にしてやりてえってか。いい心がけだ。でもま、最初の獲物はヤコに譲ってやれ」
「自分ですか?」
「見せてくれよ。その背負ったスコープのねえ狙撃銃を、どう使うのか」
「わかりました。では」
「……へ。ここから撃つの?」
「ええ」
バイクに跨ったまま、ヤコさんが狙撃銃を構える。
たしかに道路は直線だけど、いるのがわかっていなければ見逃すほどの大きさでしかゾンビは見えない。
ヤコさんは2種持ちと呼ばれる能力者で、母さん達のように土を操り、狙撃スキルというのを使えるそうだ。
でも、こんな距離から本当に命中するのだろうか。
ダアンッ!
機関銃ほどではないが、かなりの銃声。
カメラで防壁や街の遠景を撮っていた丈二さんが、レンズを操作してヤコさんをパシャリとやりながら口笛を吹く。
「っは。この距離から、眼球を撃ち抜きやがった。これが狙撃スキルか?」
「はい。自分の目が、ズーム自在のスコープになるのです」
「おっかねえなあ。どんくらい成長してんだ?」
「戦争や派兵など1000年以上ありませんし、幕府軍に要請が出るほどの妖異は自分が軍に入ってから1度も。なので、訓練中に遭遇した妖異を狙撃しろとの命令を2度受けただけですから。……今ので、熟練度は3ですね」
ヤコさんが、バインダーに挟んだ書類を捲るような仕草を見せる。
僕達だけに見えるノートパソコンと同じ物なのだろう。
「就職先を間違えてんじゃねえか」
「そう思った事もありますが、陰陽寮に所属する能力者が拳銃以上の武器を持ち歩くには、いろいろと制限があるそうなのです。それに厳しい訓練で熟練度が上がらずとも狙撃の腕を上げ、災害救助などで人のために働けた事を、間違っていたとは思いたくありません」
「そうか。悪かった、失礼な事を言ったようだ。許してくれ」
「そんな、丈二殿は」
「じゃ、今日はヤコの狙撃ですべてのゾンビを倒して進むぞ。いい熟練度上げだ」
「だね」
「待ってください。それはムリです。30も倒せば、心力が切れますよ!」
心力の事は僕も聞いている。
前にお風呂場を汚してしまった時、それをスキルで掃除した和音さんが急にキスだけで、それまでないくらい乱れに乱れて、不思議に思って聞いてみたんだ。
心力は何かを操ったり、連続使用すると強力だったりするスキルを持つ能力者だけにあり、スキルの成長時にその総量が増える。
初期値は10で成長は5刻みだと言っていたから、30もゾンビを倒せるヤコさんは、土を操るスキルをかなり上げているのだろう。地水火風のような自然系スキルは戦闘時だけでなく、災害時などで人のために使用した時も熟練度が上がるらしい。
そして心力は時間経過で徐々に回復するが、異性の体液を体の中に取り込むとそれより早く回復する。
「いい笑顔だねえ、丈二さん?」
「いつもタバコを持ち上げれば灰皿を俺の方にそっと押し、ビールが空になると黙って注いでくれる。そんなヤコに、少しでも恩返しをってな。でもあれだぞ、ヤコがどうしても天斗じゃねえと嫌だって言ったら」
「それはないでしょ」
ヤコさんは銃こそ下ろしているがそれを背負うのを忘れ、丈二殿とキス、そんな、でも戦闘のためなら、とか呟いているんだから。
しかし、キスで済むとか思ってるんだ。
かわいいなあ。
「今日は左から突き当りを2度曲がって、イの3を目指すか」
「とりあえず、外周をいっぺん回ってみるんだね」
「そうなるな。呆けてんじゃねえ、ヤコ。行くぞ。あの交差点まで行って、そこから左右を狙撃だ」
「わ、わかりました」
丈二さんが先を走って交差点まで進むと、ヤコさんはまず銃を構えて左右どちらにも向けた。
「やれそうか?」
「突き当りまでを、すべて問題なく。ただ車の残骸などがあるので、それの大きい物の陰に隠れてしまった場合は」
「まあ、時間はあるから気にすんな。そんで土を操る方のスキルなんだが、攻撃にも使えんのか?」
「それはもちろん。接近戦は、それで行いますので」
「そんじゃ、そっちの熟練度も上がるか試さねえとな。右の最初の交差点、ゾンビを2匹殺ったら最後のは腕に命中させろ。それでこっちに来てくれたら、土の攻撃を。来なくても、俺が引っ張ってくる」
「試すのなら、攻撃だけで熟練度が上がるのかも確認するのですか?」
「当然だ。1撃ぶっ放したら、イの1に向かって熟練度を確認。その間は、俺がゾンビを引き留める」
「了解。それでは、始めます」
「ああ」
銃を構えたヤコさんが、無造作とも思える仕草でトリガーを引く。
ダアンッ! ダアンッ!
ダアンッ!
連続した銃声が途切れたと思った瞬間、また銃声。
カメラを覗いていた丈二さんがいい腕だと言いながら、それを後部の荷物箱の金具にひっかけた。
こういった装備は、異界から帰って2日目には出来上がっていて、その仕事の早さと格段に上がった使いやすさに、僕達はずいぶん驚かされたものだ。
だから丈二さんはそのお礼として、ゆうべ陰陽寮の職員さん達と宴会をしたのだろう。
「土の攻撃スキルの射程は?」
「自分程度の腕では、50が限界です」
「そんじゃ、足を狙え。そうすりゃゾンビは這って移動すっから、熟練度の確認をここでできる」
「了解」
交差点までは、100メートル以上。
200メートルはないとは思うが、ゾンビは足が遅い。
「……おっせえなあ。こっちから行くか」
「ですね。天斗殿、しっかり掴まっててください」
「はいっ」
バイクが走り出す。
向こう側なので見えないが、丈二さんも並走しているだろう。
もうすぐ50メートル。
そう思ってヤコさんを見ると、器用に水筒のフタを口で開け、左手に持ったそれを僕からは見えない位置に移動させた。
「土よ、鋭き槍となりて亡者の足を薙ぎ払えっ!」
そうか。
ここはアスファルトの道路。
あの水筒には、土が入っていたのか。
「ひゃー、スゲエ。まんま魔法じゃんかよ!」
丈二さんの声がここまで聞こえる。
たしかに凄い。
ヤコさんの言葉通り、土は槍のようになってゾンビの両足を一刀両断だ。
バイクが止まる。
魔法のように水筒に土が戻ると、ヤコさんはありがとうと呟いてからそれをガソリンタンクに置いて、また書類を捲る仕草を見せた。
「やはり、土は上がってませんね。狙撃は、しっかり3上がってますが」
「なら、土で倒してみろ。それでも上がらなきゃ、次からは狙撃で手足をもぎ取って熟練度上げだ」
「了解」
4段階も成長した土スキルは、やはりゾンビを倒しても上がらなかったそうだ。
なら狙撃だと言いながら、丈二さんがラビットを降りて僕の方に歩いてくる。
「天斗も降りて、水分補給。今日も異界は、真昼の暑さのままだからな。蝉も鳴いてねえけど」
「あ。なら、機銃の準備をしてからでいい?」
「いい心がけだ。ヤコ、バイクを降りてのんびりやんな。ゾンビなら、まだまだいる」
「はい」
銃声を聞きながら、機銃の準備を始めた。
まずサイドカーの外側に折り畳まれている機銃を、その場で半回転。ガチッという音だけでなく、しっかり力を入れて固定されているかを確認。
次は、機銃とそれを動かすためのレールを持ち上げるようにする。それだけでレールはサイドカーの横に固定されたが、その接合部もサイドカーを降りて確認して回る。
「様になってるじゃねえか」
「準備だけは、ね」
「なあに、それでいいのさ。強くなりてえって言っても、年がら年中戦場にいたいってんじゃねえんだろ?」
「当たり前じゃん」
サイドカーの後部に積んであったバナナのようなマガジンを、拳銃とは違って上から差し込む。
安全装置がかかっているのを確認してから、今度はレールの動作チェックだ。
「……うん。問題なし。いつでも撃てる」
「にしてもヤコ、いい腕をしてやがるなあ」
「丈二さんをこの世界に連れて来た神様に好かれるくらいだもんね。昨日のレースで、なんかいろいろと理解したよ」
「知ってっか?」
「なにを?」
「眷属ってな、ヘタすっと10やそこらはいるらしいぞ?」
「……丈二さんみたいな人が、10人。その上に立つのは、絶対に戦争とかの神様だね。間違いない」
「戦争ねえ。万が一そうであっても、天斗や美和を巻き込みたくはねえなあ」
おそらくだがお互いに、もしこの国が戦争に巻き込まれたなら自分はどうするのだろうと考えていると、銃声が止んでいるのに気がついた。
「あの、その。丈二殿」
「お、心力が切れたんか?」
「はっ、はい」
「俺でいいか?」
「……はい」
「わかった。覗くならバレねえようにな、天斗?」
「ないない。サイドカーに乗って目を閉じとくよ。ごゆっくりどうぞー」
丈二さんが立ち上がる。
「な、なぜ笑顔でズボンのベルトを外すんですかっ!?」