やっぱり口でさせようとするか。
頑張れ、ヤコさん。
ここで押し切られたら、なし崩しで処女膜も破られちゃうよ。そうなったら声なんて抑え切れないから、僕に初めてをぜんぶ聞かれちゃう。
「100までなら、精液を飲めば1発で全回復らしいからな」
「自分の心力は30しかないので、その」
「ん?」
「キ、キス。のような感じで、その」
「なにが欲しいんだ、ヤコ? ちゃんと言わなきゃ、回復してやんねえぞ?」
「……だ、唾液を」
「キスの経験は?」
「あ、あるはずないでしょう」
「なら、優しくしねえとな。俺なんかが初めての相手で悪いが。ほら、しゃがめ。道路に座ってもいい」
ふうん。
時間をかけるつもりか、丈二さん。
でもまあ、異界に泊まる事になったらそこまででしょ。
「んっ」
耳を塞いでた方がいいのかな。
でも、つい数日前に童貞を捨てたばかりの僕は、丈二さんの人生を見せられていた時よりずっと、性に興味が出ている。
ここは、声だけでも聞かせてもらおう。
「激しっ、んうっ!」
「染みてきただろ。ベロなんかよりもっと硬くて大きいので気持ち良くなるか、ヤコ?」
「そんなっ、やあっ!」
「戦闘服の上からでもわかるくらい、乳首がビンビンじゃねえか」
「い、言わないでくださっ、ああっ……」
これは、本番まであるな。
丈二さんが僕の立場なら、きっとこう言うだろう。
いいぞ、もっとやれ!
「あっ、ありがとうございましたっ」
「なんだ、もう全回復かよ」
「は、はい」
「なら、続きは後のお愉しみだな。弾を必要な分だけ残して、他はすべて熟練度に換えるぞ」
「そんなっ!?」
「いいから。ほら、撃った撃った」
戻って来てまたアスファルトの上に片膝を立てて座った丈二さんに、僕は目の前の建物の中にでもいようかと言ったのだが、なにがあるかわからないので単独行動は禁止だと言い渡された。
トイレもドーム状の建物の中ではなく、庭の道路から見えない場所に穴を掘って、そこでするらしい。
「しっかしタフだなあ、ヤコは。休憩も取ってるが、銃を休ませるためだって話だし」
「だねえ。もうすぐお昼だよ」
「弁当は和音の手作りだろ。この暑さだから、夜からは固形食糧だ。お、もう心力回復の時間か。銃声が止んだ」
「いってらっしゃーい」
「そうではありません。このたった数時間で、狙撃スキルを2度も成長させました」
「約200発を撃ったって事か」
「はい。自分の銃は狙撃だけでなく普通の小銃としても使いますので、このくらいにしておきたいと」
「了解だ。心力の回復は?」
「……スキルが成長して総量が上がると同時に全回復ですので、必要ありません」
「それは残念だ。そんじゃ、メシにすっか」
「いいえ。その前に、ゾンビは出来るだけ殺さずにおきましたのでその始末を。丈二殿の顕現武器は、とどめを刺せばまだ熟練度が上がるそうですから」
「じゃ、バイクで一回りしてくっか。悪いな、気を使わせて」
「いいえ。天斗殿は、自分とトイレの設営。それから食事の準備ですね」
「はい」
最初のT字路はゾンビが1匹。それは、ヤコさんが1発で倒した。
イの2からイの4までの直線道路には、それとは別のT字路が10。交差点には必ず3匹のゾンビがいるから、30匹のゾンビに約200発も銃弾を撃ち込んだのか。
死体にもゾンビにもずいぶん慣れたけど、サイドカーからはアスファルトが近いので覚悟を新たにしておこう。
「まずここに、男性用ですね。土よ、壁と穴を」
地面が動いた。
そう思った次の瞬間には、向こう側の面がない四角の小さな個室が出来ている。
「凄いですねえ……」
「塹壕なんかもこうして作れるので、武家の出ではなくとも士官学校に入れたのです。玄関の反対側にも作りますね」
「ヤコさん用ですね。そこでどこかの変態に襲われないように、気をつけてください」
「からかわないでください」
顔を真っ赤にしてヤコさんは言うが、時間さえあるならあの人は平気でそうするだろう。
僕達が道路に戻ってお弁当や飲み物の準備を終えると、ちょうど丈二さんが戻って来てラビットを降りた。
「さあて、メシだメシだ」
いただきますをして、3人でおむすびに食らいつく。
塩が効いていて、疲れた体に染み渡るようだ。
おむすびを3つとタッパーのおかずをすべて平らげると、丈二さんとヤコさんがタバコに火を点ける。
「丈二さん、午後からは?」
「左からイの3を目指して、イの2まで掃除。そっからボス探しだなあ」
「ふうん。えーっと、今の銃の熟練度は……」
「ほれ、11だな」
ノートパソコンの画面を見ながら、頭に異界の地図を思い浮かべた。
どうせノートパソコンなら、こういう事にも使えればいいのに。ついでに、向こうのインターネットにも繋げてくれたら完璧だ。
「この異界は左右対称の区画になってるのは間違いなさそうだから、……16のT字路を掃除してボス探しか。16×3で48でしょ。銃の熟練度は、59になるね」
「成績がわりいのに、よく計算できたな」
「ほっといてよ。改造、楽しみだね」
「まあな。そこまで狩っても、弾は100近くあるし」
「問題は、丈二殿と天斗殿がボスと呼ぶ妖異ですね」
「だなあ。まあ、見てみなきゃわかんねえ。気楽に探そうぜ」
「だね。外周を掃除するのは、そのためなんだろうし」
「そうなのですか、丈二殿?」
「ああ。安全なルートさえ確保してりゃ、そこを通って逃げればいい。攻撃が出来そうなら、そうしながらな」
「なるほど。バイクの速度と持久力を活かして、街の外周を引っ張り回すのですか。お2人は軍略家なのですね……」
向こうの世界のゲームなんて知らないヤコさんは、かなり感心しているらしい。
「そんじゃ、行ってくっかな」
「ええっ、1人で行く気なのっ!?」
「それはさすがに……」
「でも、外周を掃除するだけだぞ? ボスがいそうな場所があってもそこは後回しにするし、ゾンビはあの強さだ」
「いやいや。だからって、ねえ?」
「そうですよ。どんなに相手が弱かろうが、ここは異界。単独行動は避けるべきです」
「なら3人で行くか。この通りのゾンビにトドメを刺しに行った時、状態の良くねえ一般人の死体なんかもあったからよ」
「僕なら大丈夫だから、気を使わないでって」
「へーへー。そんじゃ、行くぞ」
「はい」
「うんっ」
タッパーやおむすびのラップを荷物に入れ、丈二さんが心配するから死体を見ても顔色も変えるんじゃないぞと自分に言い聞かせる。
僕がサイドカーに乗ると、2台のバイクはすぐに動き出した。
イの2からイの5まで、この直線道路のゾンビは片付いているので、すぐに銃声が響いたりはしない。
「イの5だ。こっからは先行する。交差点1つの距離で追走しながら、なんかありゃ狙撃でバックアップを」
「了解。ご武運をっ!」
投げキッスを飛ばし、丈二さんがアクセルを開ける。
見上げてみると、やはりヤコさんの顔は真っ赤だ。
田舎の農家に生まれたけど、神託のおかげで早くから真贋鑑定スキルを持つお役人に神の眷属であると太鼓判を押され、幕府陸軍の幼年士官学校へ入学したとヤコさんは言っていた。
周りが武家の娘ばかりだったろうから、苦労もしただろう。
そして士官学校なんて厳しい場所に、男子生徒なんているはずもない。
「耐性がなくて当たり前か……」
「何かおっしゃいましたか、天斗殿?」
「いえいえ。それより、丈二さんが両手をハンドルから離してるんですけどっ!?」
「アクセルを固定できるように、そうしながら手を離してもバランスを取りやすいように、改造してありますので」
「へえっ」
「緊急時には自分もそうして銃を撃ちますが、その時はサイドカーの左右にあまり体重をかけないでください。なるべく、フラットな状態を心掛けるイメージで」
「お、覚えておきます」
3発の銃声。
成長させた銃の装弾数は、5発。
丈二さんがマガジンを捨てるとそれは空中で消え、新しいマガジンを叩き込んでコッキングという操作をしているのが見えた。
「さすが、用心深いな。見習わなくっちゃ」
銃は指輪状態から実体化させると、すぐに撃てる状態で手の中に現れる。
それでも丈二さんは、自分で行った事以外はそう簡単に信じない。それどころか自分さえ疑って、何度も確認作業をしたりするのだ。
あの平和な日本で、10代の前半から住民票などの身分証明すら持たずに、全国を流れ歩いていた過去。
それは納税すらマトモにしていないという事であるのだが、その決して平坦ではない旅路で身に着けた用心深さがこの世界で役に立っているのだから、人生とは不思議なものだ。
「もうすぐ、イの4か。ヤコさん、左に注意しててください」
「左には石壁があるだけでは?」
「その可能性もある。でも僕と、たぶん丈二さんも何かあるなら街の中心か、イの3から4の間の防壁だと思ってるんだ」
「それはお2人がこちらの世界に似た、アニメやゲームというものを経験しているからですか?」
「うん」
「……わかりました。常に注意を払っておきます」
「ありがとう」
なにもなければそれでいい。
でも可能性がわずかでもあるなら、注意を促しておくべきだ。
丈二さんはいろいろな女の人と暮らしてはいたけど、ずっと1人だった。だから僕から見ると、決定的に言葉が足りないように思える事がたまにある。
こんな僕でも、そういったところで気を回せば、今よりは役に立てるんじゃないだろうか。
「丈二殿が、止まった?」
ヤコさんがそう呟いたのは、イの4から2つ目のT字路で丈二さんのラビットが動き出すのを待っていた時だ。
丈二さんが手招きをしたので、バイクが動き出す。
街の中心じゃなくて、こっちか。
丈二さんのうんざりした顔を見れば、ついに見つけたのだろうと見当はつく。
「どうしたんです?」
「アレを見ろ。天斗も、サイドカーのシートに立てば見えるだろ」
「うわあ……」
「ずいぶんと妙な色でかなり大きいですが、右手にある建物と同じですよね?」
丈二さんがタバコを咥えて火を点ける。
説明は任せたという事だろう。
「ええっと、その色って何かに似てません?」
「肉っぽいですね。それも血の滴るような」
「うんうん。それで、あのイの1。異界の入口のちょうど反対側にある建物って、かすかに動いてません? なんて言うか、脈動してるって感じで」
「言われてみれば……」
丈二さんがバイクに歩み寄り、咥えていたタバコをヤコさんに差し出す。
「え、あの」
「吸っとけ。ヘタすりゃ、倒すまで数日はかかる相手らしい」
「ま、まさかあのドームは……」
「アニメやゲームじゃ、鉄板であれがボスだあな」
「あんな、巨大な。あれが、妖異だというのですか……」