バイクに戻り、残る1発の発射準備をして耳を澄ます。
悲鳴は聞こえるが、地響きはない。
デカブツはあの場所で、ただ泣き喚いているようだ。
「ホントの赤ん坊みてえで、なんか気分がよかねえな」
覗き込んだ道の向こうでは、デカブツが赤ん坊のように座り込み、腕の付け根に開いた大穴を押さえて泣き喚いていた。
「もしかすると、オマエは被害者なのかもな。今、楽にしてやんよ」
今度の狙いは、大きく開いた口。
もしオマエが俺のように何者かに生き返らされた人間ならば、いつか仇は取ってやる。
そんな気分で、銃とはまるで違うトリガーを押し込んだ。
爆音。
デカブツが頭部を消失し、仰向けに倒れてゆく。
発射筒を捨てて片手で拝んでから、タバコを咥えて火を点けた。
「ふーっ。……ん?」
何かがおかしい。
見える景色は、何も変わっていないのにだ。
ただ1つ違うのは、デカブツを迎え撃った時に背を這い上がった恐怖か愉悦か自分でも判断できないそれが、より強く俺を撫ぜているという事。
「おいおい。そんなトコまで、あっちのゲームに似てるってのかよ……」
もう、ハッキリと聞こえている。
肉棒でほぐれ切った膣を掻き回すような、水音。
それは、デカブツの腹部から聞こえているのだ。
腐肉が、蠢いている。
その腹が、パンっと爆ぜた。
「キシャアーッ!」
デカブツの腹から飛び出したのは、完全な人型で、肌まで持つ大男。血まみれの洋服は、まるで軍人の礼装だ。
「ちっ」
タバコを吹いて捨て、拳銃を実体化させる。
ガアンッ!
命中。
それも、顔面に。
殺ったか。思った瞬間、大男はとんでもない反応速度で腕を上げ、クロスアームブロックで顔を庇った。
「おいおい。傷は出来てっけど血は出ず、貫通もしねえってかよ。バケモノだなあ、テメエ」
「キシャアッ!」
トリガーを引く。
連続でだ。
バケモノが顔面をまた庇い、次に狙った腹に銃弾を浴びても後退りすらしないのを確認して、俺は駆け出した。バイクに向かって。
エンジンはかけっぱなし。
跳び乗って、ギアをローへ。
アクセル。
「キシャアーッ!」
「読んでるっての、タコ」
顕現武器は指輪に戻し、俺は左手で強襲仕様の無坂9式を抜いている。
短くトリガーを引き、3連射。
バイクに手が届きそうな距離で顔を庇ったバケモノを置き去りにして走り出す。
「まいったねえ。まあ、武器を持ってねえのが救いだがよ」
バケモノは足が速いが、バイクに追いつくほどではないらしい。
車体を横滑りさせて、イの5の交差点を曲がる。
俺からは米粒くらいの大きさでしか見えないが、ヤコならスキルでこっちを見られるだろう。
最初のT字路でバイクを停め、後方、イの5を指差す。
次に両手で人間の顔の形を表現して、それから親指と人差し指を立てて銃撃する仕草。
「伝わんなくても仕方ねえな、こりゃ。単独行動しねえし、重いならいらねえって無線機を断ったのは失敗だったか」
天斗が準備したという手榴弾は、すぐに見つかった。
路肩に几帳面に並べてあるそれを、襟元から迷彩服の中に落とす。
数は8。
このままバイクで転倒でもすれば、やはり俺でもくたばるのだろうか。
そんな事を考えながら、急いでバイクに戻る。
「キシャアーッ!」
「あ、ヤベ……」
予想していたよりバケモノの足が速い。
死んだかな。
いや、怪我くれえだろ。たぶん。
ショック死さえしなきゃ、生き残れるはずだ。
風鳴り。
俺に飛びかかったバケモノが吹っ飛ぶ。
銃声は、バケモノが吹っ飛んだ後に聞こえた気がする。ヤコの狙撃に間違いないだろう。
「ありがてえっ。帰ったら、たっぷりかわいがってやんぜっ!」
声が届くはずもないのに礼を言いながら、バイクに跳び乗って急発進させた。
俺のバイクには、ドアを抜けるのに余裕があるのでバックミラーが取り付けられている。
その向こうで、バケモノが起き上がるのが見えた。
「ダメージが0って感じではねえが、まだまだ動けんのか。なら、こうだ」
アクセルを緩め、胸元を寛げて手榴弾を取り出す。
歯で安全ピンを抜いて、安全把を握り込んだ。
「ほらよ、成人祝いだ。受け取れ」
バックミラーでなく目で見ながら、手榴弾を投げる。
ちょうどクロスアームブロックでバケモノが顔を庇うと、アスファルトを跳ねた手榴弾がいい位置で爆発した。
「まさか、タイミングを合わせて狙撃したってのかよ。なんて腕だ」
イの5からヤコが銃を構えるイの2までは、1キロほどの距離がある。
それからも俺がバケモノから距離を取って手榴弾を投げると、ヤコは必ず手榴弾か自分の銃弾が直撃するタイミングで狙撃をバケモノの顔面に叩き込んでくれた。
(丈二さん、聞こえるっ!?)
(……なんだこりゃ。天斗か?)
(説明は後、まずは指示を。これはヤコさんにも聞こえてる。それと指示は、僕も戦える計算でいいから!)
(スキルでも手に入れたか。ヤコ、聞こえるな?)
(は、はい。これが何かはわかりませんが、しっかり聞こえます)
(今はそれでいい。バイクに乗って、移動準備。今度は、天斗の機銃で削る。バケモノの足は速くねえし、いざとなりゃ俺が足止めする。いいな?)
(了解っ!)
もう表情まで見える距離のヤコが、曲がり角の向こうに消える。
以前のようにステップがアスファルトで削れて火花を散らしたりする事はないので、思いっきりドリフトでイの2を曲がった。
(バケモノは近いぞ、天斗)
「任せて。今の、僕ならっ!」
バックミラーに、バケモノが映る。
サイドカーの機銃が火を噴く。
拳銃の比ではない銃声の合間に、天斗の雄叫びも聞こえた。
(……なあ、天斗)
(リロードで忙しいのに、なにっ!?)
(そりゃすまん。ワンマガジン撃ち切っても、1発も命中してねえような気がするんだが?)
(し、仕方ないでしょ。銃撃スキルなんて手に入れてないんだからっ!)
(よくそれで任せろとか言えたなあ。ヤコ、さっきと同じやり方を繰り返すぞ)
(わあっ、待って待って!)
(んだよ。遊びじゃねえんだから、チャンスなんて1ぺんくれてやっただけありがてえと思え)
(次は、次は大丈夫だから!)
(ったく。マジで言ってんのかよ)
(マジマジ。ヤコさん、あの妖異との距離を、10メートルまでわざと詰めさせて)
(……丈二殿?)
(まあ、もう1度だけな。だがヤコの判断で距離を離したら、そこで終わりだぞ)
(ありがとうっ!)
ヤコがアクセルを緩めたようで、俺のバイクと並走する形になる。
その視線が息子に甘すぎますよと言っている気がしたので、苦笑いを返しておいた。
走るバケモノが、見る間に近づく。
「いっけー、八郎丸っ!」
漁船でも手に入れたのか?
言いかけたが、振り上げた天斗の手にチラリと指輪が見えた。
合体している時の会話と同じようなものだけでなく、武器顕現スキルも手に入れたのだろう。
「鉄の、球?」
ピンポン球よりは大きく、野球のボールより小さい鉄球が、バケモノに迫る。
速度が銃弾より遅いのでそれは簡単に避けられそうになったが、途中でキュインッと軌道を変えてバケモノの片目を見事に潰した。
(よしっ! もう1ぱ、ああっ。妖異が足を止めて10メートル以上離れたから、指輪形態に戻っちゃった!)
(ソイツとこのテレパシーが、第一段階のボスを倒して得たスキルか)
(うん。【通信指揮】と【守護者】だって。八郎丸は10メートル以内の敵を自動迎撃するけど、僕が思うままに操る事も可能)
(へえ。なら、次は膝を狙え。距離10で、俺がバケモノの顔面に銃を撃ち込む)
(わかった!)
バケモノは顔面が弱点なのに間違いはないだろうが、あの威力なら膝を砕くくらいは出来そうだ。
叫びながら、バケモノが駆け出す。
(やるぞ?)
(はいっ)
振り返りざま、強襲仕様無坂9式のトリガーを絞った。
「いっけえーっ!」
鉄パイプに圧を加え続け、ついに耐え切れず折れてしまったような音。
俺を見たヤコに、頷いて見せる。
同時にブレーキ。
バケモノは片足で俺達に接近しようとするが、動きがゾンビ並みに落ちてしまえばただの的だ。
(もう片方の膝も潰せ、天斗)
「はいっ!」
八郎丸とやらがバケモノに向かって撃ち出され、またあの嫌な音が夏空に吸い込まれる。
それを見ながら俺は無坂9式を両手で保持して、跳ね上がる銃身を押さえ込みながらトリガーを引きっぱなしにした。
あっという間に撃ち切ったそれをホルスターに戻し、迷彩服から最後の手榴弾を取り出す。
歯で噛んで安全ピンを抜き、安全把を握り込んだ。
「上出来だ。あとは、ぶっ殺すまで撃ちまくれっ!」
「はいっ!」
「了解っ!」
手榴弾を投げてから、腰の弾薬ポーチから出したマガジンを叩き込み、また強襲仕様無坂9式を撃ちまくる。
爆発。
天斗もすでに機銃を連射しているし、ヤコなどシートの上で振り返った状態で小銃をぶっ放しながら土まで操って攻撃しているようだ。
まずヤコがリロード。
俺は天斗とタイミングがかぶったので、無坂9式を腰に戻して拳銃を実体化させて手榴弾の爆煙が散るのを待った。
「や、やったの?」
「第二段階は、だけどな」
「ま、まだ次があるのっ!?」
「ゲームじゃお約束だろ。少し離れて、スキルが増えてねえか確認すんぞ」
「了解」
さっきと同じく、倒してすぐ第三段階が出てくるというのではないらしい。
「感じるか、ヤコ?」
「はい。とんでもない殺気です。あの死体からですね」
「そ、そうなのっ?」
「俺は増えてねえなあ、スキル」
「あ、僕も。当たり前だけど」
「今度は自分のようです。顕現武器に、【戦力看破】と」
「へえ。やったな」
「【戦力看破】は通信スキルで繋がっている人間にも効果があるそうなので、すぐに適用させます」
「どんなのだろね」
「……くくっ。敵HPをバーで表示に、脅威度を星で表示。ご丁寧に、弱点まで表示してくれてるぜ」
「えっ」
天斗がノートパソコンではなく、大きなタブレット端末から視線を上げる。
タブレット端末も気になるが、今はそれどころではない。
「銃撃、爆発、属性スキル無効。それって、無敵って事じゃ……」
天斗が呟く。