「そしてその妖異は、今まで持っていなかった武器を所持、ですか」
「しかも武器が日本刀で、服が薄汚れた着流しだってんだから笑えるぜ。大昔の人間ってのは、腰が曲がっても骨だけになっても、刀を捨てられねえのか」
バイクを降りて銃やポーチを外し、シートに置く。
そうしてから、ゆっくりとガイコツに歩み寄った。
20そこそこの頃、働いていた飲み屋に人斬りと呼ばれるヤクザ者の老人が来た事がある。
手厚くもてなすオーナーを見て、他のボーイはあんな爺さん俺でも殺せると笑っていたが、俺はその年寄りが怖くてホールに出る事すら躊躇ったものだ。
おい、コゾウ。
他のテーブルに氷を運び終えた俺に、ヤクザ者がそう声をかける。
はい。
俺が伏し目がちにそうとだけ返事をすると、ヤクザ者は咥えていた楊枝をわずかに右へ動かした。
殺される!
それだけの動きで、そう強く思ったのをとてもよく覚えている。
素質があるな。
成り上がるために、人を殺す覚悟は?
自分のようなモンじゃ、とてもそんな覚悟は。申し訳ありません。
その気になったら、後藤組の事務所に俺を訪ねろ。
そうとだけ言い、ヤクザ者はビール1杯には多過ぎる万札を置いて店を出て行った。
あれが、タイマンでも勝てないと初めて心から思った人間だ。
それから全国を流れ歩くうちに勝てそうにない男には何度か出会ったし、あの爺さんより強いと思う人間はたしかにいた。だが、あれより怖いと思う人間には出会う事がなかった。
それと今、俺は向き合っている。
こちらの武器は、実体化させた短刀一振り。
ガイコツはよほど昔の人間なのか、背がこの体より少し高いくらいしかないので、たいした問題はない。
やれる。
殺れる、はずだ。
「隙がねえってのは、こういう立ち姿を言うんだろうな」
「着剣しました。自分も共に、……痛っ!」
狙撃銃の先に銃剣を取り付け、こちらに駆け出したヤコが何かにぶつかったように転ぶ。
「ヤコさん、大丈夫っ!?」
「え、ええ。……これは、能力者の結界?」
タイマン勝負をご所望か、このラスボスは。
「ヤコ」
「は、はい」
「どうやらコイツは、俺の獲物らしい。ヒマだろうから、手に入れた顕現武器と天斗の八郎丸ってガーディアンの、熟練度上げでもしててくれや。ゾンビは、少し走ればまだまだいるからよ。場所は天斗が把握してる」
「丈二殿……」
マトモに殺り合えば、俺が負ける。それはヤコも感じているだろう。
ここで死ぬにしても、天斗の心に傷は残したくない。
「頼むよ」
俺が死んだら、天斗を逃がしてくれ。
想いを、視線に込めた。
「……そうですね。丈二殿が負けるはずありませんから、そうした方がいいでしょう。時間は有限です」
「ちょっとヤコさん、今はそんな場合じゃ!」
「いいから。行きますよ」
「ちょ!?」
ありがてえ。
いえ、ご武運を。
そんな声が聞こえた気がした。
ヤコのバイクが走り去る。
「待たせたな、ラスボスさんよ」
ガイコツが話すはずもない。
それでも気にするなというように頷かれたので、こっちの言葉は理解しているようだ。
「そんじゃ、始めようか」
腰に引き付けた短刀を、駆け寄る速度と体重を使って胴へ突き立てる構え。
駆け出した。
ガイコツは日本刀を杖のように持ったまま、微動だにしない。
甘いと思ってくれ。
そんなものかと嗤ってくれ。
思いながら、野球のスライディングで骸骨の足を狙った。
どこの誰かは知らないが、あれだけ自然に日本刀を持っているのなら、野球なんて知るはずもないだろう。
それに、未来の総合格闘技なんかも。
もらった!
足を絡め、手でガイコツの着流しを全力で引く。
なんでもありのケンカで最も効果的なのは、どんな攻撃をするにも躊躇わないという事だ。
そうしているうちに、人を殺してしまうより先に、あれはイカレてるから手を出すなという評判が立てば、しばらくは安全でいられる。
そして大事なのは、その期間に逃げる準備をする事だ。
「くたばれっ!」
人間の体は脆い。
全力で引き倒したならば、アスファルトも、その人間の体重も、覚悟のない人間の使う刃物などより、よっぽど怖い凶器になる。
ガイコツなので体重はなくとも、この勢いでアスファルトへ叩きつければ!
「ごうぇ!?」
腹に突き立った鞘の先が、抉るように動く。
俺を見下ろす骸骨は、まるで笑っているように見えた。
息が、出来ない。
「……かっは」
息が出来ず、倒れ込む。
そう見せかけ、顎を狙って短刀を突き上げた。
「ぐうっ」
体のどこかを、鞘をしたままの日本刀で打たれた気がする。
それがどうした。
抱き着く。
離れているよりは、まだ勝ち目があるだろう。
どんな構造で動けているのかわからないが、骨をぶっこ抜いてバラバラにして、火でもかけてやる。
「がっ……」
背中、いや、全身に激痛。
夏空が見えた。
雲ひとつない、青空。
背負い投げでもされたのか。
だが、固いアスファルトに投げつけられたおかげか、息が出来る。
まだだ。
まだ、死ねない。
思いながら、立った。
短刀を、左の逆手。右は正中線を守りつつ、骸骨の着流しのどこでもいいから掴んでやろうという構え。
意識していないのに、どんどん姿勢が低くなっている。
まるで、ケダモノじゃねえか。
「ははっ。テメエを咬み殺せるなら、畜生にだってなってやる……」
跳びつく。
鞘で打たれる。
痛みを押し込めて手を伸ばす。
鞘で打たれる。
「こうじゃねえ。もっと速くだ。……そうか。へへっ、簡単な話じゃねえかよ」
習い事をさせてもらえるような環境ではなかったし、中学の途中から義務教育すら放棄した。なので武道の経験などないのだが、簡単な話じゃないか。
「速く。オマエより速く、オマエを殺せるだけの力で、この匕首をぶっ刺してやりゃあいい。そんだけの話だ」
短刀を持ち替え、右手にぶら下げる。
姿勢は、さっきより低いくらいだ。
1歩。
俺が距離を詰めた分だけ、骸骨が退く。
「へえ」
大股で今度は俺が下がる。
すると骸骨は、無造作に前に出た。
下がる時は摺り足で、前に出る時は普通の足捌き。
なら、左右はどうだ。
「……なるほどねえ」
小さく下がる。
すると骸骨は思った通り、摺り足で前に出た。
「細かな動きは摺り足なのな」
走る。
打たれる覚悟をしてだ。
「ここっ!」
骸骨の日本刀が届くギリギリの距離で、右に大きく跳んだ。
「おいおい、マジかよ……」
骸骨は、足を交差させながらの移動、足捌きを嫌っている。
だからこそ右に大きく跳んだのに、骸骨は摺り足で俺に向き直った。
「シロウト相手だってのに、ちょいと用心深過ぎじゃねえか?」
当然、返答はない。
「そういう慎重さと、熟練の動き。どっちも超えなきゃ生き残れねえってか。しんどいねえ」
足捌きを真似て右に回る。
当たり前のように、足が縺れた。
「……上手く出来りゃ、どこでも力を込めて匕首を振れる。そりゃ理解したが、だからって真似てすぐ出来る動きじゃねえなあ」
こうだ、こう。
そうとでも言うように、骸骨が動いた。
左へ、右へ。
その動きはすぐには止まらず、まるで風で舞ってゆく木の葉のように骸骨が揺れる。
「そうしてりゃ、いつ跳びかかられても渾身の力で踏ん張って刀を振れるってんだろ? わかったからって出来るかっての」
跳ぶ。
あんな動きが、俺に出来るはずがないのだ。
ならば、少しでも速く動くしかない。
「っち!」
短刀を突き出した腕が打たれる。
骨が折れない程度の手加減。
授業でもしてやがるつもりか。思いながら、また突きを繰り出した。
骸骨が飛び退く。
「なんだと?」
骨に表情などない。
あるはずがない。
それでも俺は、嘲笑われている気分で、ゆっくりと日本刀を抜く骸骨を見ていた。
「……なるほど。力の差を理解したなら、死ねと。いい性格してやがるぜ」
骸骨は鞘を腰の帯に抉るように差して固定し、素人の俺が見ても見事と言うしかない構えを見せる。
正眼、だったか。
剣豪小説なども嫌いではなかったので知識はあるが、その攻撃をどう躱すかなんて考えた事もない。思いつくのはやはり、コイツより速く動くしかないという単純な事。
「なら、まずはこうだあな」
指輪になっている拳銃を空中に実体化させ、左手で掴んで銃口を骸骨に向けた。
「骨のくせに笑ってんじゃねえ」
トリガー。
放たれた銃弾は俺の狙い通り、正眼に構えた骸骨の日本刀の、その鍔に命中。
「おらっ。ぼやぼやしてっと、ご自慢の愛刀がガラクタんなっちまうぞっ!」
ガアンッ、ガアンッ!
追撃の2発。
鍔が砕け散ったので剥き出しの、握り部分。柄への命中を確信した俺は、骸骨の姿を見失って3度目のトリガーを引けなかった。
「……消えた?」
激痛。
それから、激しい雨音。
振り返る。
その途中で、俺の右側のアスファルトが真っ赤に染まっているのが見えた。
「ぎ、っひゅ……」
声が出ない。
それもそうか。
アスファルトを汚したのは、俺の首から飛んだ血だ。
無意識に右手で傷口を押さえる。
深い。
頸動脈どころか、首の半ばまでを斬られたようだ。
死ぬのか、俺は。
前にも、こんな事を思ったのを覚えている。
死にたくない。
そう思いながら、あちらの世界で俺は死んだ。
どうせ拾った命。
そう思いながらこちらの世界での日々を過ごし、天斗や美和のためならいつでも見事に死んで見せるなどと思ってはいたが、こんな死に方、まったくの犬死にをするとなると、それを静かに受け入れるなんて出来やしないらしい。
「コヒューッ!」
叫びではなく、斬り裂かれた喉から妙な音が漏れる。
骸骨。
その眼窩に指を突っ込むようにして、渾身の力で引いた。
小さな体が2つ、絡み合う。
足をかけてアスファルトに転がされても、手は離さなかった。
どれほど時間が残されているのかはわからない。
喉から息が漏れると力が入れ辛いので、息を止める。渾身の力で頭蓋を持ち上げ、アスファルトに叩きつけた。
ガヅンッ、ガヅンッ。
骸骨も俺も声を出せないので、聞こえるのはそんな音だけ。
俺が失血死するのが先か、骸骨の頭蓋が砕けるのが先か。
死ぬなら、オマエを殺してからだ。
思った途端、視界一杯に銀色の何かが映った。
激痛。
さっきよりもキツイ。
手を離しかけた自分を心の中で罵りながら、また頭蓋を持ち上げた。視界が悪いのは、目を潰されたからか。痛みが酷すぎて、眉間に錐でも刺されたのかと思った。
骸骨の手が、腰の鞘に伸びる。
小さな小さな、ペーパーナイフのような刃物。
骸骨が手にしたそれは、小柄という物だろう。キャンプ用品などがなかった時代、乾いた木をそれで削って焚き火の火を熾すような描写の時代小説を読んだ記憶がある。また別の小説では、鞘の溝に隠したその小柄を暗器として使っていた。
俺の残った片目を突こうと動いた骸骨の手を掴む。
パタッ。
その拍子に骸骨の真っ白な頭蓋骨に、俺の血が落ちた。
コップ1杯分もない。
もう、噴き出すほどの血も残っていないのか。
どうしようもないほど死を覚悟しながら、頭蓋をまたアスファルトに叩きつけた。