今の会話からわかるように、僕達はこの1つの体に2人の意識という奇妙な同居生活が、丈二さんが消える事で終わるとは思っていない。
理屈ではなく本能が、そう感じているのだ。
でも丈二さんが美和さんに言った、自分が消える事でこの同居生活を終えられるならそうなってもいい、と言った言葉にウソはない。
それもわかる。
そのまま読書をしながら雑談をして過ごし、そろそろお昼ゴハンの用意でもと思っていると、丈二さんがくすくす笑い出した。
(どしたの?)
(ソファーの美和を見ろよ)
寝ている美和さんに目をやる。
まだ起きていないじゃないかと思うと同時に、美和さんの顔が真っ赤になっているのに気がつく。
(うっわ、真っ赤だね)
(起きたはいいが、寝ちまう前にしてた事を思い出したんだろうな)
(どうしよ。僕達は部屋に行く?)
(それじゃつまんなくねえか?)
(あんまイジメるのは感心しないなあ。美和さん、まだ処女なんだし。代わるから優しくしてあげて)
(あいよ)
体を渡すイメージ。
それを思い浮かべると、すぐに丈二さんが表に出た。
「そろそろ昼だぞ。起きろ、美和」
「……ん。丈二か」
「おう。顎とか痛くねえか?」
美和さんが起き上がり、顎に手をやる。
「大丈夫だ」
「そうか。安心したよ」
丈二さんが頬を撫でて軽いキスをすると、美和さんはさらに真っ赤になる。
ニヤリと笑っているらしい丈二さんを睨みつける美和さんだが、その表情には多分に照れが含まれているようだ。
「天斗が酒屋に酒を注文してくれた。夕方には届くそうだ。この家にシャワーは?」
「ある」
「なら浴びて来い。それと、甚平とかの男でも着れるスカートじゃねえ服はねえか? パジャマはズボンだが、天斗の服は部屋着までスカートだそうなんだよ」
「なるほど。甚平なら不自然じゃないな。これから夏だし。あたしのがあるから、後で持って来よう」
「わりいけど頼むわ」
「いいさ。じゃあ、シャワーを浴びて着替えるとしようかな」
美和さんがリビングから出てゆく。
それを見送った丈二さんは煙草に手を伸ばしたが、半ばまで抜き出したそれを箱に戻した。
(どうしたの?)
(これは天斗の体だからなあ。禁煙するのが最善なんだろうが……)
(気にしなくていいよ。こっちじゃ癌の手術なんて、下手すれば日帰りだし)
(はあっ!?)
(やっぱり知らなかったのかあ。18世紀から人工授精が一般的な世界だよ。癌は盲腸みたいな感じで、病院に行けばすぐに治るんだって)
(おっそろしい世界だな、おい……)
しばらくするとシャワーを浴びた美和さんがリビングに戻り、数着の甚平を丈二さんに渡した。いくつか、ビニール製の封さえ開けていない物もある。
「ありがてえ」
そう言うと、丈二さんは新聞を取りに行く時に着たパジャマを脱ぎ捨てて全裸になった。
「こ、こら。男はもっと恥じらいをだなあ……」
「ああ、そうか。悪いな、美和。次に脱ぐ時は、焦らしながら色っぽく脱ぐからよ」
「そういう意味じゃない。まったく」
「脱いだついでに、もっかいどうだ? まあ俺も、次は口だけじゃガマンできねえと思うけどよ」
美和さんが生唾を飲み込む。
こんな色気やムードなんて欠片もない誘い方でも、思わず言葉に詰まるほど悩むらしい。
まあオレンジ系の男が好みそうな色のジャージに着替えている美和さんは美和さんなりに、丈二さんの世界とその好みの事を考えてそれを着たのだろう。断れる可能性は低そうだ。
「……まだ昼だぞ」
「男と女が愛し合うのに、時間なんか関係ねえさ」
丈二さんが美和さんの隣に座る。
肩に手が回されても、美和さんはそれを拒みはしない。
「あっ」
キス。
額にだというのに、美和さんは小さく喘ぐような声を上げた。
「初体験がリビングのソファーじゃ物哀しいな。美和の寝室でいいか?」
「……散らかってるから、客間に布団を敷こう」
「ベッドがいい」
「むう」
「酒やツマミを用意してから行くから、見られて恥ずかしい物は隠せるさ」
「……仕方ない。ゆっくり用意して来てくれ」
「あいよ」
丈二さんが甚平を着てキッチンに向かう。
ビールとツマミの用意だろう。
(丈二さん、おツマミ作ろうか?)
(俺がやるよ。使ったらダメな食材を手にしたら教えてくれりゃいい。晩メシもあるしな)
(了解)
丈二さんが作ったのはほうれん草のお浸しに焼いた鯵の干物、それとイカの塩辛に刻んだネギを乗せてゴマ油を回しかけた物だった。
それに僕が漬けているヌカ漬けと、大きな缶から取り分けたミックスナッツをお盆に載せる。ビアグラスはもちろん、2つだ。
それを持って、僕がこの家の間取りを説明しながら美和さんの寝室へ向かう。美和さんが両親から遺産として受け継いだこの家は広いので、そうしなければ迷ってしまうだろう。
行儀の悪い丈二さんが足でノックをすると、美和さんはすぐに顔を出した。
「待たせた。これ頼む、ビール持ってくっから」
「わ、わかった」
キッチンから瓶ビールを取って寝室に戻る丈二さんはご機嫌だ。
根っからの女好きだから仕方ないか。
「ジャマすんぞー。ビール足りなきゃまた取って来るから、とりあえず3本な」
「ノックぐらいしろ、こら!」
「まあまあ。おお、綺麗な部屋だなあ。ベッドもデケえ。それにテレビと、ビデオデッキまであるじゃねえか」
丈二さんがテーブルと呼ぶには足が低く面積も狭い、ちゃぶ台の前に腰を下ろす。
美和さんは少し悩んで丈二さんの隣の座布団ではなくベッドに腰を下ろしたが、すぐに手を引かれてちゃぶ台の前に座った。
「ち、近くないか?」
「こんくれえだろ、普通。ほら、乾杯」
「か、乾杯」
「そういや、小説家なら資料とかたくさんあるよな?」
「みっ、耳元で話すな。たくさんあるが、それがどうした」
「編集者って言うのか、それが送ってきたりもするんだろ?」
「まあ、そういう事もある。気を利かせてくれたりしてな」
「その中にエロビデオとかねえの?」
「ど、どうだろう。あたしはそういうのは見ないからな。必要ないと判断した資料なんかは、ダンボールに入れて放置だし」
「ないか見てくれよ。俺はこっちのセックスを知らねえから、美和を傷つけそうで怖いんだ」
美和さんが迷いを見せる。
「い、一緒に見る気なのか?」
「そうだよ。俺の常識の勉強と、経験のない美和の勉強にな。で、美和は初めてなんだから、あっち風の初体験は嫌だろう。ビデオの通りにすればいい」
「ビ、ビデオの通りに……」
「嫌か?」
「気を使ってくれるのは嬉しいが」
「なら決まりだ。ほら、テープを探して来い」
「わ、わかった」
呆れてため息が出る。
(ため息をつくと幸せが逃げるぞ)
(美和さんに気を使ったのは評価するけど、こっちの女の人は性欲が凄いんだよ。見た事はないけど、アダルトビデオも物凄いって聞いた。大丈夫?)
(なあに。所詮は棒を穴に突っ込む行為だ。問題ねえよ)
(そうだといいけど。美和さんをがっかりさせたら怒るからね)
(へいへい。いやあ、久しぶりだからとっとと1発ヌキてえのなんの)
そういえば、丈二さんはあっちで死んでから僕の中で目が覚めるまでどこで何をしていたんだろう。
それを聞こうとすると、クローゼットに上半身を突っ込んでいた美和さんが手にビデオテープを持って丈二さんの隣に戻った。
顔が赤い。
「こ、こんなのがあった。まったく、ウチの編集は変態で困るな!」
「そうかそうか。どれどれ……」
丈二さんがビデオテープに手を伸ばす。
(げえっ!?)
(だから言ったじゃん。僕は知らないからね、自分で責任とってよ?)
(マジか……)
ビデオテープのパッケージの表にはセーラー服を着た若い男が、口元に手をやるかわいらしさを狙ったあざといポーズで写っている。
裏はその若い男が短いスカートを自分でめくっていたり、AV女優の股間を舐めていたりする写真だ。驚いた事に、セーラー服のスカートだけを脱いだ男が上着をまくり上げて胸を露出させ、恥ずかしそうに放尿している姿もある。
(ションベンなんか楽勝だが、セーラー服にフリルの付いたパンツだと……)
(問題そっち!?)
(あたりめえだ。しかしこの顔を赤くして横目でチラチラこっちを窺う美和に、いまさら嫌だとは言い辛い……)
(まあ、頑張って。僕は夏休みの予定でも考えとくから)
(海。ナンパ。一夜の恋。これは外せねえな)
(お持ち帰りされて輪姦されたいならご自由にどうぞ)
(いいのかっ!?)
(良い訳ないでしょ、なに言ってんのさ!)
(事が終わって監禁されそうになっても、俺なら女をぶん殴って逃げられっからいいかなと)
(僕の精神が保たないから。輪姦なんかされたら、絶対にトラウマだよ)
やっぱりかあ。
そう残念そうに言いながら、丈二さんが立ち上がる。
「ど、どうした丈二!?」
「いや、着替えに」
「そこまでするのか!?」
「嫌ならこのままでもいいが」
「べ、別に嫌じゃないぞ、うん。そうだ。貰い物だが舶来物のブランデーがある。とびきり上等な酒だ。あたしは、それを用意しておこう」
(……酒をエサにしやがったよ、コイツ)
(だから、あっちのどんな生き物より性欲が強いのがこの世界の女の人なんだって)
「ブランデーか。楽しみにしてるよ」
「お、おう」
僕の部屋に向かう丈二さんの足取りは重い。さっきまでの上機嫌がウソのようだ。
階段を上がり切るのに、1分はかかったと思う。
「セーラー服に、どう考えてもチンコがこんにちはするパンツ……」
(あっちでそんなカッコしてたら、紛う事なき変態さんだよねえ)
(いろんな女と寝たが、さすがに「女装して犯されてくれ」なんて言った変態はいなかったなあ)
(そういえば、丈二さんはタンスの中とかどこに何があるかわかんないでしょ。ちょっと代わって)
(あいよ)
体の支配権が僕に移ったので、自室で甚平を脱いで手早く着替える。
アダルトビデオのような下着は持っていないが、同じクラスの女子が「男のパンツは白が興奮する」と言っていたので白にした。
スカートは腰で折って、無理やりミニスカートにする。
(ソックスも学校指定のを履いてっと。……よし、完成)
(男が姿見の前でくるっと一回転なんかすんじゃねえっての)
(だから、あっちとこっちじゃ男女が反対なんだから仕方ないでしょ)
(セックスが始まっちまえばこっちの女もかわいいモンだが、まさかその手前に高いハードルがあるなんてなあ。って、もう戻るのか?)
(当然でしょ。部屋の前で交代ね)
(股間がスースーする……)
(スカート穿いて、それをミニにしてるんだから当然)
(チンコがはみ出してパンツの意味がねえ……)
(昨日まではジャストフィットだったの)
(まあ、ブラジャーをしなくていいだけマシか)
(だねえ。到着っと。じゃ、後は頑張って)
(天斗、あのエロビデオの前戯が短いのを祈っててくれ)
(はいはい)