体についたおしっこを拭き、美和さんを床に寝かせてから丈二さんが掛布団を剥ぎ取る。
美和さんが早く挿入したくて掛布団をめくる余裕すらなかったのが幸いして、クリーニングに出すのは掛布団だけで大丈夫そうだ。
(えーっと、あとは美和をベッドに寝かせて)
(掛布団カバーと、ジャージとかも洗わなきゃだよ)
(面倒だなあ。代わってくれよ、天斗)
(ヤダよ。ここまでやったのは丈二さんじゃん)
(どちらかっつーと、俺は被害者じゃねえか?)
(ないない)
(はぁ。ホント体が2つ欲しいぜ。人格は2人分あるんだからよ)
(そんなの出来たら能力者じゃん。ヤダよ、僕。能力者はほとんどが陰陽寮か警察か幕府の軍隊に就職して、実戦部隊に入るんだから)
(実戦って、なにと戦うんだっつーの。戦争がねえんだろ、こっちは)
(妖異)
(……は?)
丈二さんが濡れたジャージに伸ばした手が止まる。
(あっちにも妖怪の話とかあったでしょ。あと、都市伝説のバケモノとか。ああいうの、こっちじゃ普通に出るから)
(おっそろしい世界だなあ、おい……)
(だから科学の発展が遅れてるのかもね)
(なら、天斗を守るためにも能力者になりてえなあ)
(望んでなれるものじゃないって)
(だろうなあ。でもほら、1つの体に2人ってだけで、同じようなもんじゃねえか。なんかあるかもしんねえぞ、能力)
(それってどんな?)
(そうだなあ。俺達にありそうなのは、……分身っ!)
「とかな。あはは」
子供。
自分のセリフで笑うのは、子供の頃の僕だ。
慌てて自分の手を確認する。
小さい。
小学校2、3年生くらいだろうか。
「あ、あれ?」
丈二さんもやっと気がついたらしい。
「おめでとう、丈二さん。願いが叶ったね」
「マ、マジか……」
「でもまいったなあ」
「悪い。冗談のつもりだったんだが」
「丈二さんのせいじゃないでしょ。それより、まずは美和さんを寝かせて洗濯しなきゃ。頭の方を持って」
「お、おう」
丈二さんが理由と思われる男とは思えない怪力は、子供の姿になっても健在のようだ。2人で美和さんをベッドに寝かせ、洗濯物と僕の制服を持って部屋を出る。
洗濯機を回した僕は、濡れた掛布団を雨の日に洗濯物を干す空き部屋に運んだ。
「小さな体でよく働くなあ、天斗」
「そう思うんなら手伝ってよ」
「いや、なんかまた妙な物がな。これ、天斗にも見えるか?」
「えっ。ノートパソコン、だよね」
「おう」
「な、なんで空中に浮かんでんのっ!?」
「俺が知るかよ」
「あ。も、もしかして……」
「ん?」
「ちょっと来てっ!」
「お、おい」
廊下を走る。
2階の、僕の部屋へ。
駆け込んだその部屋で本棚に取り付くようにして目的の物を探していると、宙に浮かぶノートパソコンを操作しながら丈二さんが入って来た。
「おい、天斗」
「あった。これだっ!」
「おいって」
「丈二さん、これ読んでみて」
「なんだそれ、マンガか?」
「うんっ。陰陽寮に入った能力者が主人公の」
「へえ。じゃあ天斗は、このノートパソコンに触れるかとか使えるかとか確認しとけ」
「わ、わかった」
2人で並んでベッドに腰かけ、マンガとノートパソコンを交換してそれぞれに視線をやる。
「触れるか?」
「うん。画面の文字も見える、けど……」
「笑えるだろ?」
「だね。体力に筋力、精力まで数値化されてる。精力が飛び抜けてるのは今は置いとくけど、これじゃまるで丈二さんの世界のゲームじゃない。こっちじゃインベーダーゲーム程度しかないけど」
「しかも気づいてねえみてえだが、俺と天斗のチンコは16歳のまんまだぞ」
「ええっ!?」
「……なるほど。天斗が俺に見せたかったのは、これか。能力者なら誰もが持つ、その人にしか見えない本」
「もうそこまで進んだんだ?」
「マンガは絵なんてチラッと見て状況を把握するだけで、読むのは文字だけだからなあ。それより主人公のナヨっちい男のは、本じゃなくて巻き物なんだが」
「漫画家さんが怒りそうな読み方だね。じゃあ、一緒にノートパソコン見る?」
「ああ」
すうっと、ノートパソコンが滑るように移動した。
僕と丈二さんの中央に。
「わっ」
「ははっ。これ、思うだけで移動してくれるんだよ。ステータス画面は見たな?」
「う、うん」
「じゃあ、次だ」
手も触れていないのにディスプレイのポインターが動き、上部のタブをクリックする。
この人の順応力はどうなってるんだと呆れながらも現れた文字を読むと、スキル・分身1/100とまず書いてあった。
その下に、分身の説明。
「ふうん。特にリスクなく、いつでも分身と合体を自由に出来るのか」
「熟練度が100になると、スキルが成長するって」
「そんなん簡単じゃねえか。合体すんぞ、天斗」
「う、うん」
「……合体の条件が性的な意味でとかじゃねえよな?」
「や、やめてって。僕にそっちの趣味はないよっ!」
「俺もだっての。まあ、最初だし声に出してみっか。合体」
視界が急に高くなる。
(表に出てるのは、丈二さんか)
(俺が言ったからかもな。次は天斗が言え)
(わかった。えっと、分身)
合体と口に出した方が表に出た状態で元に戻るというのは正解だったらしく、次は僕が表に出ている状態で16歳の体に戻った。
せっかくなら丈二さんも自分で体を動かしたいだろうから、すぐに分身と呟く。
「ありゃ。気にしねえでいいのに」
「せっかくだからね。体に悪くないみたいだし、あれっ」
「ん?」
「熟練度、そのまんまだよ」
「げ。ある程度の時間経過を待たなきゃ、2には上がんねえってか」
「日に1しか上がらないなら、100になるのは早くて秋だねえ」
「まあいいさ。それより見ろよ、この説明」
「どれどれ?」
さっき読んだ部分の下を見て、僕は開いた口が塞がらなくなった。
「俺の方の体で酒を飲もうがタバコを吸おうが、天斗の成長に影響なし。いいねえいいねえ」
「も、問題はそっちじゃないでしょ! なにこの、本来の体の持ち主でない分身は痛みこそ感じるが、決して死なぬ矛であり盾って!」
「言葉通りだろ。俺が死ぬのは痛みでショック死するか、天斗が死んだ時。おかしいと思ってたんだが、まあこれで納得はしたな」
「ど、どういう意味?」
「リビングに行くぞ。タバコが吸いてえ。美和のがテーブルにあったはずだ」
「ちょ、待ってって!」
ノートパソコンが消え、丈二さんが立ち上がって部屋を出て行く。
慌ててその背中を追おうとしたが、ベッドから立ち上がる前に大声で叫んでしまった。
「どした、そんな大声出して?」
「せ……」
「あん?」
「背中っ!」
「背中がどうしたってんだよ?」
「そ、そこの鏡で見て」
「はあ」
部屋の隅にあるドレッサーの姿見に背を向け、丈二さんが振り返る。
「げっ、紋々!?」
そう。小学校2、3年生にしか見えない丈二さんの背中には、見事な極彩色の入れ墨があった。
それを鏡でしげしげと眺めていた丈二さんが、ため息を吐いて歩き出す。
「ちょ、丈二さんっ!?」
「死んだと思ってたら違う世界の男の子の頭ん中で目覚めて、体を動かせるどころか分身なんて事まで出来たんだ。今さらなにかわかんねえ柄の紋々くれえで驚くかよ。行くぞ」
「か、軽っ!」
いったいどうなってるんだと思いながら立ち上がってドアに向かおうとした僕は、全裸なのに気づいてタンスを開けた。
「あ。この身長で着られる服なんてある訳ないじゃん。バスタオルでいっか」
急いで部屋を出る。
こんな時は、家の広さが恨めしい。
バスタオルを折って下半身を隠した僕がリビングに入ると、ソファーで紫煙を吐く丈二さんはニヤッと笑いながらノートパソコンを出現させた。
「なんでこんなすぐ使いこなしてるんだか」
「そんな人間だから、能力者の矛と盾なんてのにされたんだろ。ガキの頃で慣れてっから痛みには強いし、銃撃戦の経験はねえが刃物で殺り合った事はある」
「ぼ、僕は丈二さんにそんな事させないよっ!」
丈二さんが瞳を細めて煙を吐き、タバコを灰皿で揉み消す。
「天斗は、な。でも周りはそうじゃねえさ。自分で言ってただろ、能力者は軍隊なんかの実戦部隊に入れられるって」
「で、でもこっちにだって、人権や職業選択の自由がっ」
「そんなのは、建前ってヤツさ。嫁を持たねえ『性交渉可能者』の扱いを見りゃわかんだろ。それよりほら、いいから続きを見るぞ。隣に座れ」
「う、うん」
僕が隣に座ると、丈二さんは指の1本も動かさずにまたタブをクリックした。
血の気が引く。
そんな経験をしたのは、今日が初めてだ。
「ははっ。専用武器もあんのか。しかもそれにも、熟練度があんのな。笑えるぜ、まんまゲームじゃねえかよ」
「ど、どうしよう丈二さん。こんなの、完全に戦闘向きの能力者じゃん!」
「落ち着けって。美和が起きて来たら、まず能力者がそれを自覚したらどういう行動を取る事に決められてんのか聞く。話はそれからだ」
「な、なるほど」
「美和に打ち明けるのは賛成なんだな?」
「もちろん。僕達だけじゃ、どうすればいいかわかんないもん」
「りょーかい。武器も成長すっから、最初は22口径の拳銃と小さなナイフだってよ」
「普段は指輪になってるって」
「これな」
丈二さんが両手の人差し指で輝く指輪を見せる。
右が黒、左が赤の宝石が付いた指輪だ。
「銃の弾は酒とタバコとセックスで増えて、自由に取り出せるってよ。最大は100発か。今は、12発あるな」
「それって、丈二さんへのご褒美のつもりなのかな。酷いよ、神様……」
「神様ねえ。天斗、俺の紋々に見覚えは?」
「入れ墨の事だよね。まったくない。でも……」
「でも?」
「なんていうか、邪神って感じ。和風の」
「おいおい」
「この神様が、丈二さんを僕の中に入れたのかなあ」
「まあ、それで命を狙われたりしないなら心から礼を言うさ。天斗にゃわりいがよ」
「生き返れたんだもんね」
「ああ」
「もし生まれ変われるなら、マトモな人生を送ってみたいってあっちで言ってたし」
「これがマトモなのかって言われると、自信がねえけどよ」
「だねー」
ノートパソコンのタブはもうない。
ステータス画面。
スキル画面。
装備画面。
それをまた最初から、2人で眺める。
「だ、誰だっ!」
いきなりの大声に視線をやると、そこにはきちんと新しいジャージに着替えた美和さんが立っていた。
その美和さんが、リビングの電話台に走る。
「待て、美和。俺だ!」
美和さんの足がビタッと止まった。
全裸の丈二さんを見詰め、美和さんは唇を震わせている。
「ま、まさか。丈二、なのか……」
「ああ。こっちは天斗だ」
「ど、どうしてそんな姿に?」
「説明すっから、まず座れ」
「コーヒーでいい、美和さん?」
「俺はビール」
「はいはい」
美和さんは驚いて飲み物どころではなさそうなので、自分のと2杯のインスタントコーヒーを用意して、瓶ビールを2本と小さなグラスを2つ持ってリビングに戻った。
「見えないな」
「やっぱノートパソコンは、俺と天斗にしか見えねえのか。お、来た来た。まだ昼くれえだから、ビールがいいよな」