コーヒーを啜りながら丈二さんの説明を聞き終えた美和さんは、少し待ってろとだけ言ってリビングを出て行った。
驚いてはいたようだが、身内が能力者だったにしては反応が薄いような気もする。
「どこ行ったんだろね、美和さん」
「資料でも取りに行ったんじゃねえか。どんな話を書いてるかは知らんが、小説家なら能力者の事を調べた事くれえあるだろ」
「なるほど。あ、時間があるなら体を借りていい? そろそろお昼すぎて1時になるんだけど、この体じゃゴハン作るの大変なんだ。お湯とか沸かすのはいいけど、その後が怖くって」
「おいおい。そういう事は早く言えって。いつでもいいぞ。ついでに、どのくらいの距離でなら合体できっかも試せ」
「わかった。じゃあ、まずはキッチンから徐々に近づくね」
「あいよ」
まずはキッチンに行って合体と呟き、出来なかったので徐々にリビングへ向かう。
それが出来たのは、僕が廊下からリビングに足を踏み入れて3歩目に合体と呟いた時だった。
(5メートルってトコか)
「だね。じゃあ、お昼ゴハン作る。んー。時間も時間だし、簡単にそうめんでいっかなー」
(夏じゃのう。あの日も、こんな強い陽射しがワシの頭上に降り注いでおった……)
「何キャラ!?」
2階の自室で服を着た僕がまず縁側に向かってサッシを開けると丈二さんはそれを訝しんだが、庭の壁際で育てているミョウガを摘んで薬味にすると言うと「そうめんにミョウガの天ぷらで1杯なんて最高だよなあ」とうれしそうに呟く。
「急いでるから、それはまた今度ね」
(ケチ。それより声を出すなって。もし他人がいたら、独り言の多い変人って思われるぞ)
(た、たしかに。これから気をつけるよ)
忙しく歩き回っているらしい美和さんの足音をたまに聞きながら手早くそうめんを茹で、昨日作って冷蔵庫で冷やしていたツユと、ネギとミョウガと大葉を刻んだ薬味をリビングに運ぶ。
すでにそこにいた美和さんは上機嫌のようで、さっきは飲んでいなかったビールを笑顔で飲んでいた。
(げえっ。女物の子供服ばっか)
「僕が小さい頃の服。捨ててなかったんだね」
「お、天斗か。そうだよ。2人の身に起こった事が憑依なんてオカルト現象じゃなく、能力者として目覚めたゆえの事なら、長い付き合いになるだろうからな。引っ張り出して来た」
「その、美和さんは嫌じゃないの? 僕が能力者になった事」
「心配ではあるが、これっぽっちも嫌ではないな」
「そうなんだ」
「まあ、座るといい。メシを食いながら、いろいろと教えてやろう」
「あ、うん。でも、何を?」
「いろいろさ。先輩として、な」
そうめんをテーブルに並べた僕がソファーではなく床で正座をすると、丈二さんが美和さんにハサミを持って来るように頼めと言う。
なぜだと聞けば、服を着たまま分身を試すからだそうだ。
なので箸を持ち上げずに立ち、サイドボードからハサミを出して美和さんの前に置く。
「どうするんだ、ハサミなんて?」
「このまま分身を試すから、もしこんがらがった状態で僕達が出たら服を切って助けて」
「なるほど。まあ大丈夫だとは思うが、任された」
「それじゃ、分身っ」
丈二さんの危惧と美和さんの予想。
当たっていたのは、美和さんの方だった。
僕達は服に絡まったりはせず、全裸の状態でリビングに立っていたのだ。服は、僕達のちょうど中間で脱ぎ捨てられたようになっている。
どうでもいいけど丈二さん、少しは股間を隠そうよ。体が小さくなったのに合体してる時と変わってない大きさのアレを見て、美和さんが驚いてるし。
「ふうっ。凄いね、どうして大丈夫だってわかったの?」
「こういう事だよ。見ててくれ」
美和さんがビールを飲み干してグラスを持ち上げ、灰皿の上で逆さまにした。
「何も入ってないよな?」
「おいおい。まさか美和は」
「そのまさか、なんだな。……水よ」
グラスに水が満ちる。
「うわあ。母さんって、能力者だったのっ!?」
「また母さんと呼んでくれるのはうれしいな。そうだよ。水瀬家は、水の能力者の家系なんだ。全員がそうじゃないが、それなりの確率で水を操る能力者が生まれる」
「能力者でも、普通に暮らすのは可能なのか」
「説明は食べながらする。とりあえず、服を着るといい」
「わかった。まあ、俺は飲みながらだがな」
「丈二さん、スカートじゃないのが良いよね?」
「当たり前だっての」
僕はスカートに抵抗がないので、ミニスカートにTシャツ。丈二さんには半ズボンを手渡そうとしたが、それには目もくれず足首まで隠れる子供用のジーンズを穿かれた。
次に渡そうとしたTシャツは問題ないようで、丈二さんはそれを着てテーブルの前に座る。
いただきますをしてそうめんを啜りながら美和さんが説明してくれたのは、能力者がその力に目覚めてからの基本的な流れだ。
知識がなかったりすれば別だが、力を自覚したら一週間以内に陰陽寮へ。
そこで自分の能力を説明し、朝廷の機関である陰陽寮、幕府の管理運営する警察、同じく幕府の各軍に就職する意思を問われる。
それは断っても問題はないそうなので、一安心。
「だが、協力要請が来る事もある。特に、珍しい能力者には。学生でも高校生以上なら、当たり前にな」
「そ、それってどんな?」
「いろいろさ。自然災害なんかでよく駆り出される地水火風の能力者は、四大家とその分家が朝廷に仕えてるからほとんど要請なんて来ない」
「母さんの家はその?」
「四大家の水。その本家になるな」
「わあ。マンガでいえばヒロインの実家じゃん」
「美和、協力要請を拒んだら?」
「特に何もないが、報酬が破格だからね。負えるリスクだと判断したなら、喜んでやる能力者は多い。各部署のサポートは万全だし。それとこの10年ほどはないが、一斉招集というのもある。これは断れない」
「なるほど。それと、俺が人権を認められない可能性は?」
「ないな。その背にあるのは、その神の眷属衆のトップにいる眷属長であるという証だ。神の機嫌を損ねる訳にはいかないから、扱いはかなりいいぞ」
丈二さんがニヤリと笑う。
神様、権力を与えちゃいけない人間って存在すると思うんですけど……
「失礼な事を考えてねえか、天斗?」
「いえいえ。それでどうするの、丈二さん?」
「なにがだ?」
「協力要請が来たら」
「あのなあ、天斗」
丈二さんはグラスを置き、隣でそうめんを食べている僕に向き直る。
その眼差しがあまりに真剣なので、思わず僕も箸を置いた。
「な、なんでしょう?」
「俺はただの居候だ。この家の、ってだけじゃねえぞ。天斗の体の中にいる、ただの居候なんだよ。こうして分身して酒を飲ましてくれたりするだけで、他には何もいらねえ。いいか。この体はお前のもので、その人生もお前のものだ。好きに生きろ。なあ、美和?」
「そう言ってくれるとありがたいな。あたしからも礼を言おう」
「いいさ。美和が天斗を息子だと思ってるなら、俺の息子でもある訳だし」
「こ、こらっ。そういうのは、もっと時間が経ってから打ち明けるべきでだなっ!」
「へいへい。そんで陰陽寮ってのは、やっぱ京都にあんのか?」
「か、各都道府県に出先機関が必ずある。この江戸では赤坂、日枝神社の隣だな。でもまあ、1人でそこに行くかは天斗に決めてもらおう」
「……どゆこと?」
「美波姉さんが、ちょうど江戸に来てる」
美波おばさんは母さんの姉で、京都の大きなお屋敷に住んでいる。
江戸に来た時は2人で顔を見せに行くのだが、その家もうちより広い見事な豪邸だった。
「わあ。もう3年くらい会ってないよねえ」
「それが当主なのか? 四大家とまで呼ばれてる、美和の実家の」
「そうなるね」
「そうだったのかあ。いつも和服のキレイなおばさん、としか思ってなかったよ」
「古くから朝廷に仕える、それなりの家の当主だ。姉さんに話を通して能力者登録をすれば、警察や軍からのスカウトはほぼないと言っていい」
「おおっ!」
「だが四大家と陰陽寮とに、ある程度のしがらみが発生するだろうからな。よく考えて決めろよ」
「おおっ……」
2人が苦笑しながらビールを口に運ぶ。
どうすべきかアドバイスをください。そんな感じで目を合わせても、2人は黙って首を横に振るだけだ。
会ったばかりなのに、仲が良すぎでしょ。
僕1人だけの事ではないし、下手をすれば人生にも関わる決断なので、あまりよろしくはない頭を必死で回転させる。
最も避けたいのは、軍人になる事。危険だし、あまり家にも帰れないだろう。
マンガで得た知識でしかないが、警察と陰陽寮の能力者はどっこいどっこいか。
「……僕が頼る事で、美波おばさんに迷惑がかかる可能性は?」
「ほぼ0だろう。逆にどれほどの数かはわからんが、背に刻まれた神の眷属を束ねる立場にある丈二が水瀬の家を頼った事で、姉さんは他の家から羨まれるかもな」
「なら問題は、丈二さんが美波おばさんに手を出しそうって事だけか……」
「失礼だな、おい」
「あはは。もしそうなったら丈二を、立ったまま溺れさせてやるからいいさ。何度でも、そんな気を起こさなくなるまでね」
「こわっ!」
でも迷惑じゃなく少しでも美波おばさんのためになるなら、そうした方がいいのかもしれない。
それが、僕を引き取ってくれた母さんへの恩返しになるのなら尚更。
「じゃあ、美波おばさんにお願いしようかな」
「わかった。電話で、いつ会えるか確認しておこう」
「なあ、美和」
「どうした?」
「陰陽師がいるなら、やっぱ式神とかもいるんか?」
「もちろんだ」
「だから俺と天斗の件も、あんな簡単に信じてくれたって事か」
「それは式神がどうこうと言うより、違う世界の人間に会った事があるからさ」
「ええっ!?」
「マジかよ……」
「まあその存在は公にはされていないが、そんなに珍しい存在ではないよ。違う世界の人間なんて。さ、まずは電話だな」
母さんが立ち上がる。
「なんつーか、やっぱスゲエ世界だなあ。天斗」
「だねえ。あ、そうだ。晩ゴハンのリクエストある?」
「だから甘やかすなって。特にねえよ」
「遠慮しなくてもいいのに」
「してねえよ。ああ、ただ寝室は別にしてくれっとありがてえ」
「……はいはい」
黒電話の受話器を持ち上げた母さんが噎せているが、まあどちらにとってもいい気晴らしになるのだろうから放っておこう。
母さんはまだ30そこそこ。
若いんだし、妊娠しても問題はないはずだ。