基本的にコメディです。生暖かい視線を注いで頂けるとありがたいです。
今回も少し前置きが長いです。
先日楯無は本家の魑魅魍魎が願ってやまない「早く孫の顔が見たい」という願望達成への第一歩を踏み出していた。具体的には恋人の織斑一夏と床を共にし、
虚にとって楯無が一夏と一つになりたいと望んでいることを知っていた。恋人ならば誰しも思うことなのだが、本家の魑魅魍魎と同じく表向きは更識楯無ほどの者が男女の恋愛にうつつを抜かすなど言語道断という姿勢を示しており、楯無は感謝しながらも、また疎ましくも思っていた。
事を為した後素知らぬ顔で楯無に探りを入れたら、それはもう傍目から見ても明らかに動揺していた。耳元でのろけまくったかと思えば、エッチがうまくいかなかったことを気に病んで落ち込んでいたので、年上の部下から手渡すよう頼まれていた、読書カバー付き文庫本を楯無に押しつけた。こっそり読書カバーを外した楯無は、すぐに虚の顔を見ていたずらっ子のような顔つきで肘で小突かれたので、妙な誤解をしているのは確かだった。
一人生徒会室で仕事をしていた虚は、学内イベントの企画書をファイリングして楯無の席に置いた。IS学園の生徒会のメンバーは、楯無と虚、そして虚の妹の本音の三名で構成されていた。生徒会の仕事は特に学祭の時期になると忙しくなることもあってか、すぐに処理できる仕事と先生方の根回しを早期に終えていた。人海戦術が必要な事務処理や司会進行などをのぞけば、楯無と本音の仕事はそれほど多くはなかった。
最後の仕上げにマグカップを洗って生徒会室を後にした。
帰り道。虚は歩きながら先日防諜部で年上の部下と話した内容を思い出していた。
▽
「虚様。織斑先生に先日の録画を提出しても問題ないでしょうか」
「問題ありません」
織斑先生としても一夏がしでかした一部始終を報告しておくべきだろう。下手に情報を秘匿してもいいことはない。それに先に内容を伝えておけば、録画を確認するかどうかを織斑先生自身が判断するものと考えていた。
「先日、防諜部の会合にて、織斑先生だけでなく山田先生にも盗撮の件について話を通しておいた方がよいのではないかという意見がありました。会合ではこの件について保留としましたが、念のため虚様の判断を仰ぎたいのですが、いかがでしょうか」
防諜部は事情を知らない山田先生が盗撮という事実を問題視して、職員会議の議題に上がるのは避けたいという考えを持っていた。虚は熟考する。生徒の私生活が四六時中監視されているという事実を山田先生は受け入れることが可能だろうか。また、彼女は若い先生だから血気にはやらないだろうか。
「この件については織斑先生に相談の上、判断するべきだと思います」
「わかりました。この件についてはこちらから打診をしておきます」
「私の方からも意見を聞いてみます」
部下の女性は手帳に印を打ち終えると、提案するべく挙手をしていた。
「提案があります」
「何でしょう」
「楯無様に男性の喜ばせ方をレクチャーして差し上げたいのですが、よろしいでしょうか」
虚は思わず飲んでいたお茶を吹き出していた。むせかえっていると「大丈夫ですか?」と聞いてきたので、口からこぼれたお茶をハンカチで拭き取った。
「どうしてそう思ったのですか」
「先日の一部始終を見まして、楯無様は実践に関する知識が不足していると感じました。一夏様は十代の男子ですから頭の中はセックスのことで一杯です。遅かれ早かれ楯無様の体を求めるのは確実ですから、一夏様の精で
彼女の直接的な物言いのため、思わず額に手を当てていた。歯に衣着せぬ物言いで虚にとって刺激の強い単語が飛び出してくるため、羞恥心を表に出さぬよう努めるだけでも大変だった。
「いえ……」
虚は呼吸を整えてから続けた。
「性急に事を進めるのはどうかと思います。お嬢様が一夏様との健全な愛を育むためにも、いきなり実践的なレクチャーではなく、もっと基礎的なことから始めるのが重要だとは思いませんか」
虚はまだ処女だった。楯無よりは知識があるとはいえ男女のまぐわいについて未知の部分が多かった。部下の「穴があるのです。さっさと突っ込みましょう」という姿勢は受け入れがたいものだった。
「なるほど」
「ですから、まず……知識を蓄えることから始めるとか」
「そう答えると思いまして、代案を用意してきました」
女性は足下の段ボール箱から数冊の本を取り出して虚の前に置いた。虚は段ボール箱には文庫本が積み重なり、B五版の薄い冊子が縦に敷き詰められていた。文庫本を手にとりながら、部下にどんな本か聞いてみた。
「これは何ですか?」
「官能小説です」
虚の手が止まった。部下を見るといたって真剣な顔つきだったので、言わんとしていることを理解するまで何度も本と部下の間へ視線を行き来させた。彼女は今何と言ったのか。
「今、虚様が手に取られているのは先日、四次元夢小説文庫というレーベルから発売された学園ものです。著者は
手に取った本のブックカバーを外すと、流行のアニメ絵で描かれた銀髪オッドアイの女子校生が複数の男に犯されながら喜んでいるものや、裏表紙にはどこかで見たような左目に眼帯をした少女が、下から突き上げられながら体中に精を受けている姿が描かれていた。
「四次元夢小説文庫は一八禁ゲーム愛好家とその予備軍をターゲットとしています。昨今は魔法少女ものや触手ものが主流ですが、
他の本を手に取ってみた。やはり表紙は銀髪眼帯のどこかでみたような少女の絵だった。
「そちらは書淫文庫で、昔のライトノベル世代を対象にした官能小説レーベルです。少し大人びたイラストと生々しい
虚は最後の本を恐る恐る手に取った。女性の目がひときわ強く輝いた。
「虚様ったらお目が高い。それはローズノベルスの新刊ですよ。
女性は立て板に水といった風情で説明していた。虚は頭が未知の単語の
「
虚は部下の女性を呼び、得意げに説明を続けようとした彼女を制止した。
「もういいのですか。おすすめは書淫文庫なんですが」
表紙に苦悶に歪む銀髪の少女のイラストが掲載された本を手渡そうとしたが、虚が首を横に振ったので思い直して別の本を手にした。
「あ、初心者にはこちらの方がよかったですね」
そう言って洒落た青色のブックカバーの本を手に取った。
「よくある経験豊富な男性教師が、教え子に手を出す物語です。激しいプレイはないですが、口唇奉仕の記述がかなり詳しいので参考になると思います」
「最初からそれを出してください」
「申し訳ありません。つい調子に乗ってしまいました」
五郎丸が謝罪した。
「その本ですが。私からですと本家の関与を疑われますので、虚様から手渡していただけないでしょうか」
虚は彼女の言い分が理に適っていると感じた。本を手にとって好奇心から中身をのぞいてみると、男性の逸物を口でくわえ込む姿がグロテスクに感じてしまい、すぐに閉じてしまった。
そして五郎丸の顔色がまったく変わっていないことを確かめると、咳払いしながらカバンにしまい込んだ。
▽
生徒会室を後にした虚は織斑先生の部屋に向かっていた。
今回は楯無を理由にするのではなく、山田先生の件を相談するつもりだった。
「まったく面倒な」
周囲に誰もいないことを理由に面倒な仕事を押しつけられたことに対して独り言を漏らした。
本家の魑魅魍魎は表向きは楯無と一夏の交際を快く思っていなかったが、その裏では手ぐすね引いて楯無を妊娠させようと画策していた。しかも、その工作を処女である虚にやらせるあたりが外道であった。
「五郎丸にやらせればいいじゃない」
部下の五郎丸は同級生の従姉であり、初体験は一六歳で男性経験は三〇名を超えるという経験豊富な女性だった。
彼女がおすすめする官能小説を楯無に手渡したら、ものすごく変な顔をされたことを虚は気にしていた。夜な夜な官能小説を読みふけり手慰みに一人で致す変態に思われたのではないか、と考えて頭が痛くなってきた。
「面倒だな……」
虚の足取りは重かった。一般人ならば買収や脅迫によってある程度言い分を飲ませることができたが、IS学園の教師を抱き込むのは骨が折れると感じていた。できることなら山田先生の件は織斑先生に一任して、楽になりたいと考えていた。
虚はため息をついて顔を上げた。
「あれ?」
織斑先生の部屋の扉が開いていた。中からきびきびとした所作の銀髪の少女が出てきた。
「ラウラ・ボーデヴィッヒ?」
銀髪で左目に眼帯をつけている少女は、IS学園の中には一人しか在籍していない。彼女は汗ばみながらもすっきりとした表情を浮かべていた。
「……す……先生」
扉で見えないが、織斑先生と話をしているのは間違いなかった。虚は一夏の交友関係を洗い出した時に、ラウラと織斑先生との関係について調査結果から、彼女は「先生」ではなく「教官」と呼ぶはずだった。ドイツ時代の恩師の呼び名を変えるのはなかなか難しいことで、織斑先生はことあるごとに「先生と呼べ」と指摘していたものの、彼女は一向に改める気配はなかったはずである。
ラウラの様子をぼんやりと眺めながら、ふとお嬢様みたいな表情をすると思った。
なぜか、少年のような顔立ちのラウラが恋する少女に見えたのだ。そして、恥じらうようにうつむいた彼女の横顔は手練手管に長けた、快楽に慣れきった淫乱な顔つきに変わっていた。
虚はその違和感に小首をかしげた。
はじめは一夏が調教したのかと思った。しかし一夏は先日楯無との行為からして童貞で早漏だった。
ラウラが深く礼をすると、訓練された仕草で体の向きを変え、足早に進んだ。虚とすれ違い様、柔らかく微笑みながら会釈してきたので、一瞬遅れて会釈を返した。十代の年頃の少女らしい仕草に虚は見とれたまま立ち尽くしていた。
今見たラウラの表情は、調査結果に添付されたいかなる写真にも存在しないものだった。
おそらく、普段の彼女を知る者なら驚いたに違いない。それぐらい自然で可憐な笑みだった。
織斑先生の部屋の前に来た。
「織斑先生。布仏です」
「開いている。入れ」
「失礼します」
織斑先生の部屋は相変わらず壁際に雑誌が山積みになっていて、机の上に文庫本が散らかっていた。
机の脇にはノート型端末。ノートに鉛筆。そして年代物の鉛筆削りが置かれていた。
「すまんな。ちらかっていて」
「いえ」
室内は一人部屋にも関わらず、香水の匂いがほのかに漂っていた。
「客人はボーデヴィッヒさんでしたか」
「ああ、見られていたか」
織斑先生は頬をかいた。
「少し副業の手伝いをしてもらっていてな」
「副業ですか」
「ああ。ちゃんと理事長には許可をもらっているよ。教師になる前から続けていることがあってね。まあ、趣味と実益を兼ねたなんちゃらみたいなものだ」
「はあ」
「……そうだな。近いうちに布仏にも手伝ってもらおうかな」
「別に構いませんが」
織斑先生は喜んで両手を握りしめて、上下に揺らしてきた。
「よかった」
虚は壁際に赤いひもや麻縄がきれいに結んで置かれているのを見て首をかしげた。赤いひもは一部が水濡れで変色していた。一体に何に使ったのだろうか。
「で、今日はどんな用事だ?」
「五郎丸から既にお聞きになっていると思いますが、先日のビデオの件についてお話に参りました」
「ああ、
「……見ました?」
「もちろん。酒のつまみ代わりに見させてもらった」
弟の初体験未遂を酒のつまみとは、豪気なことである。
「どうでした?」
虚は興味津々だった。処女の身としては楯無はずいぶん頑張ったと思い、同時になぜさっさと犯らなかったのかと未練が残る内容だった。
「一夏は早漏だな」
「なっ!」
虚は動揺を隠せなかった。
「童貞に早漏だとか言うのはちょっと酷ではないかと」
「布仏も早漏を否定しないんだな」
「初めて女性の裸体を前にして何をどうやればいいのかわからなかっただけですよ」
「そういうのを童貞と呼ぶんだ。一夏のやつが顔射を決めたのには笑ったよ」
女性の口から顔射とか、見も蓋もないと思った。
「同感です。さっさとフェラさせればよかったんですよ。口の中に出せば後始末が大変なことにならなくてすんだでしょうに」
虚は織斑先生の経験値について興味がわいた。
「何ならお前が一夏のあっちを鍛えてやるか?」
織斑先生はにやけ面で冗談を言ったが、洒落になっていなかったので即座に否定した。
「楯無さまに殺されます」
「……だな。更識なら本気で殺りかねん」
「ご理解頂いて恐縮です」
「今回はその確認だけか?」
「いえ。実は防諜部の方から盗聴・盗撮の件について山田先生にも話を通しておいた方がよいのではないか、という意見がありまして、織斑先生にそのご判断を仰ぎたいと思った次第です」
「山田君にか……話の持って行き方さえ気をつければ大丈夫じゃないかな」
「できれば織斑先生に一任したいのですが、五郎丸を同席させても構いません。こちらとしては職員会議の議題になるような事態を避けたいという思いがあります」
「ならちょうどいい。すぐ話してしまおう。もうすぐ山田君が来るんだよ。宅呑みに誘っているんだ」
「……大丈夫でしょうか」
「なに、抵抗するなら話をのんでもらうようにするまでさ」
織斑先生は何気に物騒な事を言った。虚は初めて見る彼女の顔に畏怖を感じた。百戦錬磨の戦士というか、手練手管に長けた女というか、本家の魑魅魍魎の顔つきと近いものだった。
「……と言っている側から誰か来た」
扉のノック音。続いて山田先生の声が聞こえてきた。
「織斑先生。山田です」
「おう。今開ける」
織斑先生は山田先生に向かって扉越しに大きな声で返事をした。
腰を上げて、ふと立ち止まって虚を振り返り、
「お茶の用意を頼む。準備の振りをしながら、山田君が入室したら施錠してチェーンをかけろ。いいな」
「はあ。わかりました」
「よし」
とやる気を見せた。
織斑先生が山田先生を招き入れると、虚は彼女に挨拶をしてから席を立ち、お茶の用意をしながら言われたとおり施錠してチェーンも掛けた。後は食器棚から湯飲みとティーパックを取り出して何事も無かったように先生方の前に立った。
「お茶です」
「お構いなくー」
山田先生は愛想良く笑って湯飲みを受け取る。織斑先生にも渡し、目で指示通りに動いたことを伝えた。
「ああ、すまんな」
「玉露ですか」
「ああ。クラスの奴が連休のお土産とか言って押しつけてきた」
虚は連休明けに割と端正な顔立ちだが印象の薄い下級生から、生徒会メンバーに配るようお茶の葉を押しつけられたことを思い出した。その子は四方八方にお土産を配って回っていた。
「えーちゃんですね。私も頂きました」
本当は二年の岩崎なる後輩が仕入れてきたのだが、本人が季節外れのインフルエンザで倒れたので急遽彼女が配ることになった、とぶつくさぼやいていた。
織斑先生は山田先生と話をしながらノート型端末のキーボードを叩いて待機状態を解除した。虚はぼんやり画面を眺めていると、見慣れたツールの起動画面が目に入ったものだからびっくりしてむせ返った。
「布仏、大丈夫か」
「布仏さん、ハンカチ」
織斑先生のしたり顔に気づき、何とか発言しようにも息苦しくてそれどころではなかった。心配そうな顔つきの山田先生からハンカチを受け取って吹き出したお茶を拭き取った。
「ごほっ……あ、ありがとうございます」
そう答えながらも虚の視線はノート型端末の画面に注がれていた。どう考えても五郎丸が閲覧権限を与えたとしか思えなかった。
「織斑先生、その端末……」
山田先生がノート型端末に気付いて話しかけてきたので、虚は心臓が捕まれたような気分になり背中から冷や汗が流れるのを禁じ得なかった
「ああ。いつも使ってる奴が不調でな。代替機を借りてきた。幸いバックアップを取っていたから助かったよ」
「ん。布仏、もう大丈夫か」
織斑先生は顔色一つ変えることなく応じていた。虚は少し頭が冷えたのか、あわてた自分がばからしく感じた。
あのツールの表示を見ても知らない人なら興味を持つことはない。よほどの好事家ならともかく一介の教師が意味を知ることはないはずだった。
ふと虚の携帯端末が振動した。振動パターンからメールの着信だと分かったので、時間からして楯無あたりだろうと思って端末を一瞥した。相手は五郎丸だった。
「まさか……」
悪い予感がしてメールの文面を確認すると、
「虚様大当たりですよ! 今すぐ生徒会室のチャンネルに合わせてください。一夏様と楯無様が教室プレイをなさってます」
予想通りの内容が書かれていた。しかも今回は生徒会室だという。
本家から楯無が致すときはできるだけ監視するよう申しつけられていたので、無視することはできなかった。退室して寮に戻るか、織斑先生と山田先生の前で痴態を眺めるか、本当に忘れていたことにするかの三択だった。
虚は立ち上がって織斑先生に声をかけ、五郎丸のメールの内容を耳打ちした。
「織斑先生。先ほど五郎丸から連絡があり、その……お嬢様と織斑君が……生徒会室で」
「ちょうどいいじゃないか」
何がちょうどいいのか、と虚は思った。
「どうせ山田先生に伝えるんだ。一部始終を見てもらおう」
共犯者に加えようと、織斑先生は真顔で言い放った。
「それは……」
「山田君。ちょっと見て欲しいものがあるんだが」
「何でしょう」
「これなんだが……」
織斑先生はノート型端末を山田先生にも見えるように傾けると、虚に向けて生徒会室へチャンネルを合わせるように指示を出した。
「……知りませんよ」
「構わん。やれ」
渋る虚の後押しをすると、画面に生徒会室が映し出された。
山田先生がのぞき込んだ先には、虚の席で唇を求め合う楯無と一夏の姿があった。
▽
布仏虚はとにかく有能だった。彼女の妹である本音と恋人の一夏を連れた楯無が生徒会室に到着すると、既に今日の分の仕事は終わっていた。生徒会長席にファイリングされた学内イベントの企画書が置かれており、楯無が内容を確認すると、申し分のない出来栄えだった。過去の担当者が作った書式に当てはめるだけなので、企画書作成の労力は軽減されているとはいえ、その仕事の速さ故にいずれ虚が抜けたときにその穴を誰が補填するのかという悩ましい課題があった。
楯無はチラと本音を見やったが、彼女に仕事を覚えさせるべくいろいろ任せてみたが、とにかく仕事が遅かった。同じ血を分けた姉妹なのにこうも違うものなのか、と思うことさえあった。あまり役に立たなさそうな本音だったが、虚よりも優れた部分もある。人体の整備の腕だった。よく「かんちゃんに頼まれて覚えたんだ~」とか口ずさんでいるのだが、とにかくマッサージがうまかった。そして手つきがいやらしかった。
楯無は思った。簪は彼女に一体何を吹き込んだのか。時々ミドルティーンとは思えぬほどものすごく色っぽい顔をするので、楯無の方がどぎまぎする場面が多々あった。
しかも簪と本音が隠れて深い方のキスをしている場面に出くわし、忍びの技を使って気配を殺して一部始終を何度のぞいたのかわからない。ある意味において、楯無のキスの先生は簪と本音だった。
そのせいかのほほんとした普段の本音を見ていると、どちらが本当の顔なのか分からなくなっていた。
「さすが虚ね」
そう言って楯無は冊子を一夏に手渡した。
「え。それ今日の仕事ですか」
「そう」
楯無は腰掛けた椅子の背にもたれかかりながら、わざと一夏に下着を見せつけるように足を組んだ。
「今週いっぱい使って作る予定だった学内イベントの企画書」
「さすがお姉ちゃん。はやーい」
「虚さん……あの人いつ仕事してるんですか」
「前に聞いたら隙間の時間をちょこちょこっと、と言ってたな」
おりむーみせてー、と本音が一夏の手から企画書を抜き取って、すごいすごい言っていた。
「いずれ君たちにもこれぐらいになってもらわないといけないんだよ」
「う……」
「……それはちょっと」
一夏と本音が肩を落とした。楯無は有能な人材を発掘する必要性を感じていた。虚がいたから二人で切り盛りできたのだが、いずれ彼女は引退してしまう。何人か候補はいた。学内での顔の広さと仕事の速さ、そつのなさから言うと最適なのが一人いるのだが、航空部の一件で禍根を残しているので頼みにくさを感じていた。もし頼むなら五郎丸とその従妹、彼女が所属する部活や同好会に根回しする必要があった。
早めに決断しないといけないな、と楯無は考えていた。
「かいちょー。他にやることないんですかー」
本音に言われて考え込むように背もたれを軋ませながら天井を見る。下着が見えるようにわざわざ一夏の正面を向くように位置をずらした。
「ない」
一夏の部活貸し出しについては、企画書作成のため一週間生徒会が独占するように根回しを済ませていた。
したがって今週は、生徒会室でお茶する以外に用事がなくなってしまった。
楯無は顎に手を当てながら二人には聞こえないように呟いた。
「……待てよ」
そこで楯無は、虚が手早く仕事を済ませてしまった真意に気付いた。先日の初体験失敗のことを伝えた時にある小説を手渡された。「参考にしてください」と虚の恥じらう表情が新鮮だったので就寝前に目を通したのだが、その内容は女子校の男性教諭が生徒会長を手籠めにするというものだった。生徒会長は深層のお嬢様でいつも強気で、弱気を見せることなく虚勢を張ってばかりいた。居残りして仕事を終えた生徒会長は、生徒会室に他に誰もいないことを確かめ手淫という背徳行為を致していたところ、冴えない男性教諭に発見され、口止め料として口唇奉仕を強いられるという書き出しだった。作者が女性のためか、舌使いや唇や唾液の使い方など非常に細かい点にまで気を配った内容だった。
その小説に虚がはまった理由がよくわかった。生徒会長が性器と化した口を使う場面などは開き癖がつくほど読み込まれていて、気恥ずかしさに耐えながらお気に入りの一品を渡した彼女の心意気に惚れた。
そして楯無は決心した。
自分の机の整理をする本音と一夏に向かってこう言った。
「今日は解散」
一夏は椅子にもたれかかって言った。
「やることないですもんね」
「かいちょーわかりました~」
本音が整理の手を止めて、ゆったりとした動作で敬礼をした。
「おりむーかえろー」
「ああ。そうだな」
本音にすそを引っ張られ一夏が帰ろうとしたので、楯無はあわてて一夏を呼び止めた。
「それと一夏くんは別件で用があるから、本音ちゃんごめんね」
一夏が足を止めて振り返った。
本音はしばらく小首をかしげていたが、突然楯無の意図を理解したのか頬をゆるませ、
「てひひ。邪魔者は消えるね~。お嬢様におりむーがんばってね~」
鍵はちゃんと掛けようね、と言い残して生徒会室から姿を消した。
▽
二人きりに生徒会室。本音に言われたとおり内側から鍵をかけ、窓のカーテンを閉めたせいか、室内は少し薄暗かった。
楯無はあえて虚の席に座った。彼女の座席は入り口から死角になっていて、用務員が鍵を開けてはいってくるという不測の事態になっても、わずかだが時間を稼ぐことができると考えたためだ。
虚の椅子が楯無の重みで
「い、一夏くん」
「楯無」
楯無は一夏の名を呼び、一夏もそれに答える。二人きりになるのは久しぶりだった。
生徒会の仕事や季節外れのインフルエンザで倒れた航空部、ロケット研、滑空部の面々にイベント企画書の提出を求めたりと仕事に忙殺されたことや、虚や本音、薫子らが入れ替わり楯無をたずねたので二人きりになるタイミングを逸してしまっていた。そして、先日の初体験未遂のせいか気まずさが残っていた。
「やっと二人きりになれたね」
「ああ。この前以来だな」
「うん。ごめんね。おねーさん時間を作ってあげられなくて」
「生徒会の仕事があるんだからしょうがいないって」
一夏は頬をかいた。彼自身は各部への一日貸し出しや雑用に忙殺されたり、自習のため一緒にいる時間をとることができなかった。それにおそらく虚からと思われたのだが、先日の初体験失敗の情報が姉の耳に入っており、顔を合わせる度ににやけ面を作るので気恥ずかしくてしょうがなかった。
虚の席まで歩み寄ると、腰を上げた楯無が首に腕を回してきた。
「ね」
潤んだ瞳を向けられてどぎまぎした一夏は、ほとんど吐息に近いかすれた声のお願いを聞いて、胸が高鳴った。
「キスしよ」
返事はいらなかった。楯無の腰を支えながらゆっくりと唇を触れあわせる。桃色の柔らかい唇。重ねているだけで胸の鼓動が速まり、下半身に血が集まっていくのが分かる。一夏は理性を狂わせる唇の感触に溺れてしまいそうだった。
楯無が少しだけ腕の力を強めた。唇から伝わる体温が心地よくてずっとキスだけしていたかった。
薄目を開けて一夏の様子を確かめると、彼も目蓋を閉じて唇の感触を堪能していた。もしも一夏と、簪と本音がするような大人のキスを味わえたらいいのに、という思いがよぎった。しかし楯無にはそこまで要求するような勇気はなく、大人のキスとはすなわち男女のまぐわいと同等の淫らな行為と思っていたから恥ずかしくてたまらなかった。だから、処女じゃなくなったらしてみよう、と心に誓った。
「……あん」
唇を離すと一夏の体温が遠くなって寂しさを感じた。
一夏の体に抱きついたまま、互いの目を見つめ合い、心臓の高鳴りに身を任せた。
「一夏くん」
楯無は熱を帯びた視線を投げかけながら、首に回していた片腕を外して制服の上を指でなぞってゆっくりと太股へ這わせた。
一夏の瞳も熱を帯び、期待感からか獣欲をたぎらせていくのがわかった。少年が大人に、一匹の雄の瞳に変わっていく。太股を人差し指で撫でながら、内股をなぞったかと思えば、すぐに外側に逃がす。
体を密着させているためか、内股に触れたときに一夏の胸の鼓動が高くなり、鼻息が荒くなるのがわかった。
楯無は一夏が煮えたぎった股間を触って欲しくてもじもじする様が楽しくてしょうがなかった。
一夏は少しだけ積極的な楯無に期待しつつ、制服の上を這う指先がいつ股間におりてくるのか気が気でならなかった。
一瞬だけ触れる。そして離れる。そのたびに一夏は体を震わせた。もっと触って欲しい。今すぐ触って欲しい。一夏の目蓋には、今すぐ楯無を傷つけてしまいそうな妄想が沸き起こっては必死に静めようとした。股間の逸物が下着を押し上げ、痛みを感じるほどに硬直していた。
「かたあ……い」
不意に楯無の指が触れ、彼女の妖艶な声が鼓膜を打った。
一夏は歯を食いしばった。楯無の目を見たら暴発してしまいそうだった。下腹部が熱を帯び睾丸がむずがゆかった。直感的に先走り汁が下着を汚しているのがわかった。
「おねーさんとのキスで……興奮しちゃった?」
調子に乗って余裕ぶりながら一夏の耳元でささやいた。その間、楯無は心の中できゃーきゃー言っていた。
顔が真っ赤だった。一夏を正視できなかった。一夏は息を荒げるだけで気付いた様子はなかった。
片腕を背中に回して、もう片方で股間をさすった。逸物がズボンの中ではちきれんばかりに膨張して、外に出たいと懇願しているのがわかった。睾丸が持ち上がって子種を放出したくてたまらない。今すぐにでも楯無を押し倒して荒々しく子宮をえぐり、しとどに湿った膣の中に白くて粘ついた液体を放出し、受精の準備が整った子宮口に一滴もこぼさず流し込む用意ができていた。
先日の勢いよく飛び出す一夏の精液を思い出した。あんなのを生で流し込まれたら一発で妊娠しそう、などと楯無の脳裏に妄想が駆け巡った。
股間がしっとり熱くなるのがわかった。しかし、生徒会室で処女でなくなるのは嫌だ、という思いがあって決して主導権を離さないつもりだった。
一夏は股間をさする楯無の指の温かさを感じ、脳がとろけそうな心地よさと射精に至れないもどかしさがせめぎ合って、ただ鼻息を荒くするだけだった。興奮した楯無の体から香ばしい女の匂いがして、鼻の奥に吸い込む度に頭の奥で理性が破裂しそうな勢いで瞬いた。
理性を崩壊させたら楯無に嫌われる。それだけは嫌だ。その一心で一夏は耐えた。
「ここじゃ最後までしてあげられないけど……その代わり」
耐える一夏の横顔を盗み見ながら、一度股間から手を離し、代わりに手を握った。そして背中に回した手を抜きながら背伸びして決定的な一言を告げた。
「口でしてあげる」
一夏が驚いて振り向いた。目があったので羞恥に顔を赤らめながら、楯無は持ちうる限りの勇気を振り絞ってにっこり笑った。
そして体の位置を入れ替え、一夏が踏ん張ろうとする前に胸を軽く突き飛ばした。
「え?」
一夏は間抜けな声を出したかと思えば、すとん、と虚の席に体が納まっていた。
楯無は一夏を見下ろしながら、両腕を胸の前で組んだ。一夏は流されるまま、期待と不安の入り混ざった視線を向けてきた。
艶やかな笑みを浮かべながら、内心は心臓が飛び出るほど緊張していた。先ほどの動作は更識家の訓練でよくやっていた動きだったので特に心配していなかったが、うまい具合に虚の椅子に腰掛けてくれてほっとした。せっかく作り出した優位を崩したくなかった。
一夏の顎に人差し指を当てると、わずかに
「あ、あのさ」
一夏がチラと入り口に視線を向け、不安な声を出した。
「虚さんが戻ってきたら……あの人鍵持ってるし」
「虚は来ない。残業をしないタイプだから一度直帰したら戻ってこない」
これから致す場面を見られたら一方的に一夏が悪いことになってしまうのだから、彼の不安はもっともだと思った。だから怖じ気づく前に釘を刺しておく必要があった。
「それに、他の女の名前を呼ぶのはめっ、だぞ」
「ご、ごめん」
頬をふくらませて、一夏の頬を人差し指を軽く叩くと、彼の瞳に再び獣欲が燃え上がるのを目の当たりにした。
「わかればよろしい」
そう言って唇を奪った。
▽
「初めてだからうまくできないかもだけど……い、一生懸命してあげる」
一夏の脚の間にひざまづきながら楯無は言った。
来ちゃった。ついに来ちゃった。やりきるしかない。と楯無は自分を応援していた。虚の席でいたすのは複雑な気分だが、彼女の応援を無にするわけにはいかなかった。あの小説を読みふけりながら、人差し指と中指を一夏の逸物に見立てて練習したのだ。その成果を以て虚に報告しなければ主人の矜持がすたるというものだ。
「た、頼む」
一夏は積極的な彼女の雰囲気に呑まれていた。猫のような瞳が淫らにきらめく度に初めての口唇奉仕を受けるのだという期待で逸物がいきり立った。片手で握っただけではおさまりきらない、少なくとも
楯無は恥じらいながらもたどたどしい手つきで一夏の股間に手を触れた。先ほどまさぐっていた時と同じく逸物はその硬さを保ったままだった。
ゆっくりとファスナーを下ろす。男のむせ返るような汗の臭いが鼻孔を通り抜け、楯無は艶やかな笑みを浮かべたまま、一夏に腰を浮かすよう言って決死の目つきでズボンとボクサーパンツを膝まで下げた。
「……う」
一夏が低くうめいた。逸物が勢いよくはね上がり、先端に先走り汁を浮かべたまま楯無の眼前に姿を現した。楯無が凝視するものだから、彼は思わず顔を背けていた。立派な逸物なのだが、興奮のしすぎで睾丸から精が駆け上ってきそうだった。
「元気だね」
楯無はあえてはっきりと言った。一夏の顔が羞恥で真っ赤になるのがわかり、もっといじめてやろうと思った。いきなり口に含むような真似をするつもりはなかった。彼の内股にそっと置いていた指先を離し、目と鼻の先にある逸物へと触れさせる。一夏が尻の穴をすぼめたのか、逸物が跳ね上がった。楯無の指から逃げ回る逸物をやさしく握りしめると、燃えるような熱さと硬さが伝わってきた。血管が浮き上がり、破裂しそうなくらい硬く、普段は皮を被っているはずのそれは、本来あるべき雄々しい姿で
「んふふ」
楯無は含み笑いをしつつ上目遣いに一夏の様子を観察しながら、逸物をゆっくりと上下に擦り上げた。
すると歯を食いしばっていたはずの口から、押し殺したような苦悶の吐息が漏れ聞こえてきたので、気を良くした楯無は少しだけ手の動きを早めた。
「……あっ……た、て…………んぐ……」
やりすぎると先日のように暴発してしまいそうだったので、すぐに手を止めて、今度は物欲しそうな目で見下ろしてきた。まるで獣だな、と楯無は思った。調子に乗った彼女は手を離して、長い舌を見せつけるように口をあけて先ほどまで逸物に触れていた手のひらに唾液を垂らした。
白く糸を伝うような液体。本来は飲食物を嚥下したり消化しやすくするためための体液で、決して性的な用途に使うのではない液体。だが、一夏にとってのそれは、お預けを食らって怒り狂った逸物に恐ろしい快感をもたらす魔物のような存在だった。楯無が舌を出したまま見上げてくると、ちょうど目があった一夏は目をそらすことなく光に反射して滑った輝きを凝視することしかできなかった。
「た、楯無……はやく」
そして一夏は楯無の瞳に吸い込まれながら、唾液に濡れた手で逸物を擦り上げるよう哀願した。性欲で気が狂いそうだった。受け身の快楽。女に支配される快楽に一夏は目覚めつつあった。
楯無は口の端を歪めた。更識楯無としての嗜虐心が黒いもやとなって心の中に生まれるのを自覚していた。恥じらう一夏をもっと支配してみたいという欲求だった。本家の魑魅魍魎のように他人を欲望の道具にするような外道の瞳の色に染まりながら、股間の逸物を擦るだけで男が女の軍門に下るのかと知って、とてつもない喜びが芽生えた。
一夏を独占したい。恥じらう姿を見るのは自分だけにしたい。そんな黒い欲求が楯無を満たしていた。
「頼む……はやく」
求めに応じて逸物を握ってやると、
「……うぁ……」
一夏が歓喜の吐息を漏らした。
手はあくまでゆっくりと擦った。緩慢な動きとも言って良かったが、それでも一夏は喜んでいるのか時折堪えるような荒い息を吐いた。
手を離すと、名残惜しそうに小さな声を出したので、楽しくなって尿道口から透明の液体を垂れ流す亀頭をデコピンしてやった。
「一夏くんったら、こんなに興奮しちゃって……」
かなり我慢しているのがわかった。あまり焦らしすぎるとすぐ終わってしまいそうだったので、一夏を落ち着かせようと再び唇を奪った。下唇にキス。そして下手で亀頭をなで回す。
唾液に濡れていない方の手で頭をなでて、見つめ合いながらゆっくりと逸物へ目を落とした。
それだけの仕草で一夏は次に何が行われるかを悟った。
ようやく楯無の口が俺の物になる。楯無の唇、口腔、そして喉を己の逸物で初めて白く汚すことができるのだと思い至って、目を見開きながら恋人の姿を見つめた。
「じゃあ、するね」
楯無は自分に言い聞かせるように呟いて、逸物の根本を優しく握りしめると亀頭にキスをした。
上目遣いに一夏を見上げると、すぐに口の中に含まれるわけではないのだと言った少し残念な気持ち、そしてとても喜んでいるのが分かった。
楯無は虚から借りた小説に書かれていた手順を思い浮かべ、たどたどしく、それでいて余裕ぶったゆっくりとした仕草で竿に舌を這わせ、逸物が倒れないように手を当てながら睾丸へとたどり着いた。
敏感な部分なので慎重に舌を当てる。絶対歯を当てたり強くしたりしない。丁寧に扱うことを心がけた。
一夏はといえば、最初何が起こっているのかよくわからなかった。楯無が亀頭にキスをしたら、竿の裏側を舐めたかと思えば、睾丸を艶めかしげにちろちろと動く舌を見た。
ぞわぞわした未知の感覚だった。楯無の心を征服した気持ちがわきおこり、いつこんな技術を覚えたのか、自分を喜ばせるために甲斐甲斐しく練習する姿を思い浮かべると、一夏の逸物はさらにいきり立った。張り裂けそうで痛みを覚えるほどだった。
楯無は逸物が赤黒さを増し、次々と血液が流入するのが分かって驚いていた。本に書いてあったとおりにしただけで、これ程までに効果があるとは思っても見なかった。そして虚の顔を思い浮かべ感謝した。
しわの一筋一筋をほぐすように舌先で触れるか触れないかぐらいのタッチで舐める。そうすると男性は征服欲に狂って本番への期待感を増すと書いてあったのだ。
「すご……どこで覚えて……」
「一夏くんのためにおねーさん、一生懸命勉強したんだから」
睾丸から口を離し、再び亀頭へと戻り、尿道口を解きほぐすように舌先を当てた。
時々髪が当たってくすぐったい感触が走る度に一夏は熱い吐息を漏らした。
こうすれば気持ちいいんだよね、と楯無は雁首にキスしながら、舌を這わせた。こそばゆいのかな、と思いながら丁寧になめ回す。
尿道口から流れ出る透明な我慢汁の量が少し増えたように思えた。
「た……」
「ん? 一夏くんどうしたの?」
我慢の限界に達したのか一夏が、やはり哀願するようなか細い声を出した。楯無は彼の要求を知りつつ、様子を見ようととぼけることにした。
「そろそろ……」
「どうして欲しいの?」
「……口で、くわえてほしい……」
一夏が恥じらいながら何とか声を絞り出した。女の子のように頬を赤らめ、面白がる楯無を正視できないようだった。
「どうしよっかなあ」
だから楯無は意図して思わせぶりな表情と弾んだ声音で焦らした。
「そ、そんな……」
「だって一夏くんだけ気持ちよくなってるんだもんなあ。おねーさんにお願いしてみたら、もしかしたら咥えたくなるかも」
心に黒いもやがかかる。一夏が快楽と自尊心を天秤にかけているのが手に取るように分かった。どちらを選んでも楯無は口唇奉仕を続けるつもりだったが、できることなら快楽を選んで欲しいな、と女の顔で微笑んでいた。
「……ちょっとお願いするだけでいいんだよ? そうしたら、私の口の中に……」
楯無は唾液まみれの口を開けて見せた。一夏の瞳に迷いが浮かぶ。天秤が傾きかけている。あと少し。もう少しで……堕ちる。
「た、てな、し……口の中に……入れさせてください」
完全に堕ちきっていないので及第点と言ったところだろうか。
「……お願い……します」
例の小説みたいにはうまくいかないか、と楯無は嘆息してみせた。
しかし一夏はため息をつく彼女の姿を見て、これでもまだダメなのか、と思った。天秤を快楽側に傾けてみたものの、楯無は傾け具合が足りないという。強欲な女だと思った。それでいて、
楯無が満足するような言葉は何か。考えを巡らせた一夏は名前の後にたった一文字つけるだけで、楯無との力関係を変えてしまう魔法の言葉があった。だが、これを言ってしまった瞬間、織斑一夏と更識楯無の対等な関係は終わりを告げてしまうだろう。傍目からなら対等に見える恋人の関係に上下関係ができてしまう。それでも言ってしまえば楯無は尽くしてくれる予感があった。
楯無は少し待ってみるつもりだった。一夏の要求に屈した形ではなく、不満が残るけどしてあげるね、とお姉さんポジションを維持したいだけだった。それ以上の効果は期待していなかった。半信半疑で小説に書いてあるとおりに演技したにすぎなかった。
「……ま」
一夏は我慢の限界だった。性欲に狂った瞳で楯無を見上げ、彼女は猶予を与えるつもりで普段と変わらぬ視線を投げかけていたに過ぎない。一夏は思った。誠意が足りなかった。楯無の唇で逸物を蹂躙してもらうためにはもっと誠意を見せなければならなかった。どうすれば? ……答えは出ていた。素直になるだけだった。
「……さま」
楯無は一夏が何かを呟いているのに気付いていなかった。表情こそ不敵な笑みをたたえたまま、確かあの小説によると次はあれとあれを攻めるのか、と記憶をさらうことに専念していた。
だが、楯無の精一杯の見栄が一夏の天秤をさらに傾けるに至った。
「……楯無……ま」
一夏はもう焦らされるのは耐えられなかった。腹に力を込めてはっきりと言った。
「……たてなしさまおねがいします」
「へ?」
楯無は思わず間抜けな声を出した。予想もしない言葉を耳にしたからだ。
焦らしすぎた――と楯無は心の中で大量の汗をかいた。やりすぎた。確かに快楽に堕ちたら面白いかな、と思ったのは事実だったがまさか本当に堕ちてしまうとは思わなかった。慌てて視線を落とすと一夏が不安そうに見上げていたので、背筋に寒気に似た感触が走るのがわかった。
楯無は自分の性癖を垣間見た気がした。任務で子供ながらに他人を壊すのって楽しかったもんな、とそんなことを思いながら両親の言いつけを思い出した。快楽に呑まれるな。刺激に呑まれるな。怠れば大事な物を見失うぞ――。
「じゃ、ご褒美上げるね」
ずっと一夏の顔を見ていたかった。だが、今にも泣き出しそうな表情を見ていると一夏を壊れるまで追い詰めてしまいそうな気がしたので、楯無は心の中の黒いもや――
溜めすぎてしゃべることができなくなってしまい、恐る恐る逸物に口を近づけた。
変な味、と思いながら亀頭を口に含む。唇から唾液が零れ堕ちて根本を握った手を汚したが、楯無はそれどころではなかった。
上下の顎に意識を集中しつつ、上目遣いに一夏の様子をうかがう。
「痛っ」
一夏の顔が苦悶に歪む。どうやら歯が当たってしまったらしい。気を取り直して慎重に口をすぼめた。
ゴムみたいだな、と楯無は思った。ものすごく熱いのがわかった。
亀頭を口に含みながら舌で唾液を塗りつけていく。音は立てない。ゆっくりやらないと逸物が抜け落ちそうだった。
「……うぁ……」
今度は歯が当たらなかったらしくかすれたあえぎ声だったので、楯無はほっとした。
慣れるまでしばらくは舌を這わせるつもりでいた。
「くぅ……すご……」
手でされるよりも気持ちが良かった。一夏にはそう思えた。最初だけ歯が当たったが、楯無も初めてなので仕方ないと考え、ぬるぬるした口の中の感触を楽しむことにした。
雁首から指一本分までが口の中に埋まり、亀頭の周りを舌が這っていった。最初はぎこちなかった動きが徐々に慣れてきて当たったり離れたりした舌が絶えず亀頭に当たるようになった。時々口をすぼめて上下に動かそうとするがうまくいかずにやり直すなど、些細な刺激が何とも言えない熱さを生んだ。
舌先の力を抜いて舐めていたのが、今度は硬くすぼめて雁首に引っかけてみたり、筋を唾液の塊を溜めた舌の腹で舐め上げたりと生き物のように進化していく。
その間一夏は声を押し殺しながらあえぐほかなかった。
「……きもひいひ?」
何度も頭を振って頷く一夏。
唇を離し、舌先と亀頭をつなぐよだれの筋がいやらしくきらめいた。上目遣いのまま舌足らずに聞くと一夏の快楽に蕩けた声が聞こえて、楯無は彼が愛おしくてたまらなくなった。
「じゃ、続き、しよっか」
手で根本をつかみ、筋に舌を這わせつつ口を大きく開けて、
「……ん……ぅ……ちゅぶっ……」
楯無は熱を帯びた逸物が果てようとする様を見届けるつもりで、亀頭を咥え雁首に唇が当たるまですぼめて、引っかかっている感覚が分かったら後は歯に当たらないよう顔を上下に動かした。大量の唾液と空気がかき混ぜられて、下品で卑猥な音が生徒会室に響き渡る。
「……ぁ……くぅ……」
一夏はだらしなく口を開けて逸物からもたらされる強すぎる刺激に耐えていた。もうすぐ射精しそうだった。脳の奥で星が弾けているのが分かる。筋に舌が当たり、唇の感触が雁首から根本へ、根本から雁首へ、そして亀頭へ伝わり抜け落ちそうになると、再び唇の盛り上がってそれでいて柔らかい肉の感触がたまらなかった。
「ゃば……ぐ」
「……ちゅぶっ……ぅ……ん……」
もう限界だった。一夏は腰を浮かした。
射精を言葉にすることなく、睾丸から逸物へと駆け上がっていく熱さに飲み込まれながら一夏は楯無の頭をつかんで押さえつけた。楯無が苦しさのあまり顔をしかめるのも構わず、精液を喉の奥に放っていた。
「あぁ」
長い射精だった。逸物が脈打つ度に気怠さが全身を覆っていき、睾丸にたまった精液をすべて出し尽くす勢いで逸物が萎えていくのがわかった。
「うげっ……ごほっごほっ」
楯無は一夏が腰を浮かしたので、喉の奥まで逸物が入り込み苦しさでむせ返りそうになっていた。射精の瞬間まで空気を求めて少しでも口から遠ざけようとしたのだが、一夏は苦悶する楯無を気にすることなく射精感と口腔内の心地よさを一秒でも長く続けようと頭を押さえつけてきた。楯無にとってそれは不意打ちだった。
苦しいだけだった。一夏の逸物が引き抜かれた後で何度もむせた。喉奥に流し込まれた精液を床にこぼさないよう手のひらに溜めていった。
対する一夏はしばらくの間、苦しそうにしている楯無を呆然と見つめていた。結果的に口内射精の形になったことに気付いて真っ青になった。
射精後のけだるい気分が続く中、虚が常用しているウェットティッシュのボトルから一枚取って、手のひらと舌のくぼみにたまった精液を見せつける楯無に手渡した。
一夏は何度も謝りながらこぼれた精液を拭き取っていった。
▽
虚、山田先生、そして織斑先生は一部始終を見ていた。
時折虚の携帯端末が振動するのでメッセージを読むと「楯無様の鬼畜! 外道!」と書いてあった。
五郎丸は嗜虐的なプレイが好みのようなので、隣にいる経験豊富なお姉様方に感想を聞いてみることにした。
視野の裾に入った画面には一夏がズボンを上げて、楯無が床掃除をしている姿が映っていた。
「あそこ私の席なので血まみれにならなくてよかったです」
虚は嘆息してから織斑先生へ視線を向けた。
「更識と一夏が妙な
織斑先生はにやけ面のまま言った。気がつけば手元にビールの缶があり、勝手に宅呑みを始めていたらしい。
「そう言われましても……。彼に元々そういう気があったとしか言えませんよ」
虚は責任を取れと言わんばかりに強い口調の織斑先生に向けてそう言い放った。楯無が本家の魑魅魍魎と同じ顔つきになったので血統って怖いんだな、と考えていた。驚いたのは一夏の方で、今まで童貞だったためか快楽に飲み込まれやすい性質らしく、楯無との今後の恋人関係が
「うむ……ありかもしれんな」
織斑先生が一人で妙なことを口走っているのを無視して、今度は山田先生に話を振ってみた。
「山田先生はどう思われますか?」
「おおお織斑君! ふふふ不純異性交遊の現場じゃないですか!」
思い切り動揺していた。びっくりするのは分かるが、そこまで取り乱す必要はないと感じた。恥ずかしがるのが精々だと思っていた。
織斑先生はビールの缶を傾けて一気に飲み干した。
「恋人同士がセックスしないわけがないだろ。一夏が男になる様を覗いているだけだ。山田君だって経験がないわけなかろう?」
「そうですね。私はともかく、むしろその年まで男性と性行為をしたことがない方が驚きですよ」
山田先生の男好きしそうな体をねめ回すように眺めた。しかし、いつまで経っても反応が無かったので虚と織斑先生は互いの顔を見合わせた。
山田先生は顔を真っ赤にして黙りこくっていた。
「む、おぼこか」
「意外です」
虚は目を丸くして驚いていた。男を意のままにできそうな童顔と巨乳にもかかわらず未使用ときた。
「もったいないですよ」
「お織斑先生だって男が寄りつかないって」
虚が小さく呟くと同時に、山田先生が織斑先生を攻撃することで自己弁護を始めた。
「言っておくが私は経験豊富だぞ」
「え?」
そうだったんですか、と山田先生が言った。
「そこでだな。山田君。私からたってのお願いがあるんだ。この映像を見てしまった以上、もう共犯だから断る選択肢はないと思うのだが……」
織斑先生は顔を真っ赤にした山田先生に向かって静かに諭し始めた。
▽
表紙に「布仏虚」と署名した日記帳を開いた。
その日記帳は虚が一日に為したことを淡々と記録するもので、時系列に沿って書き留めてあった。
虚は袖机の引き出しから筆記用具を取り出すと、日記帳に今日の日付が書かれたページを開いて朝から今までの出来事を書き出していった。
筆を止め、先ほど見た一部始終を思い浮かべた。ふとラウラ・ボーデヴィッヒの横顔が記憶に残っていたので合わせて記入することにした。
※※時 楯無さまが生徒会室で織斑一夏に口唇奉仕。
楯無さまのステータス:処女
ただし、次の項目について経験済
・接吻
・手コキ
・顔射
・【NEW!】フェラチオ
・【NEW!】口内射精
織斑一夏のステータス:童貞
ただし、次の項目について経験済
・接吻
・指入れ
・顔射(注、暴発)
・【NEW!】フェラチオ
・【NEW!】口内射精
☆特記事項
楯無さま、言葉責めスキル習得?(S寄り)
織斑一夏、言葉責めで覚醒?(M寄り)
織斑先生、山田先生、諜報活動を許可
山田先生のステータス:処女
(追記)
ラウラ・ボーデヴィッヒのステータス:???
虚は日記帳を閉じて元の場所にしまった。窓際に立ち、夜の帳が訪れた学園の空を見上げ、お星様に向かってこう話しかけた。
「お嬢様が変な方向にレベルアップされました。といってもまだ処女ですが」
(終)
最後まで読んで頂きありがとうございました。
お、お楽しみ頂けたでしょうか。一話あたりの文字数が多いので苦労されて読まれた方が多いと思います。お疲れ様です。
前回がアレだったので今回は喪失編だと期待された方がいらっしゃると思います。
少し関係を進展させたんですが二人とも初心者なので、かなり冒険したつもりでもやっぱりアレな終わり方になってしまいました。
その代わり次回以降につながるように準備してみたり、雰囲気重視になるよう頑張ってみました。
何かありましたら感想欄や一言欄にメッセージをお願い致します。