※この作品はR-18です。

士道クリミナル   作:サイエンティスト

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 三連続の非エロ話。シリアスっぽい話の続き。
 いまいちシリアスが上手く書けている気がしない……。
 ここを乗り切ればもうシリアスっぽい話はもう無いです。最終話近くについては保証できませんけど……そもそもそこまでついてきてくれる人がいるのだろうか……。





〇七罪プラトニック

 すでに日付が変わりつつある時間帯。

 七罪は士道の部屋の前まで来ることはできたものの、あと一歩を踏み出すことを躊躇っていた。

 扉を開ければ士道は七罪の方から訪ねてきたことに驚きつつも、優しく出迎えてくれるはずだ。

 恐怖に身体が凍えている七罪は、恥じらいも忘れてその腕の中に飛び込み暖めてもらいたい。

 だが本当に士道は普段どおり接してくれるだろうか。

 普段どおり接してくれたとして、七罪に興奮しないことに気付いたらどうなるのだろうか。

 それを考えると怖くてどうしても扉に手を伸ばすことができない。

 ここまで恐怖を感じてしまうのは、士道が感じさせてくれた愛情があまりにも大きかったせいだろう。

 愛情が大きければ大きいほどそれを失うことが怖くなる。

 今では士道が七罪の身体に飽きたのだと勘違いしてしまった時よりも怖くて堪らない。

 それこそ自分の意思とは無関係に、能力を駆使して決して失わないよう手を尽くしてしまうほどに。

 しかしその無意識の行為こそが恐怖の原因となってしまっているというのは何とも皮肉な話だった。

 間違いなく本当の自分が愛されていると思っていたのに。

 

「……っ!」

 

 自分の性格と能力への恨めしさが突き動かしたのか、気付けば七罪は八つ当たり気味に扉を叩いてしまっていた。

 どういう仕組みかは分からないが防音でも扉の外からの音は聞こえるので、部屋の中にいるはずの士道には扉がノックされたと思われるだろう。

 パニックになりかけながらもうっすら滲んでいた涙を拭い、扉が開かれる前に呼吸を整えて何とか平静を装う。

 

「こんな時間に誰だ……って、七罪? もしかしてわざわざそっちから来てくれたのか?」

「し、どう……!」

 

 扉が開かれ灯りの眩しさに目を細める七罪を出迎えてくれたのは、やはり士道。

 部屋で待っているであろう七罪が訪ねてきたことへの驚きをそのどことなく女っぽい中性的な面差しに浮かべている。

 七罪は懸命に平静を保とうとしたが士道の顔を見た途端に悲しさや安心感といった矛盾した感情が胸の内に溢れ、再び涙が込み上げてきてしまった。

 瞳に浮かぶ涙を見たのか士道の表情が不安気に曇っていく。

 

「七罪……お前、泣いてるのか……?」

「っ! そん、なわけないでしょ……それより、電気消すわよ……」

 

 何とか誤魔化そうと士道の横を通り抜けると共に、部屋の電気を消して暗闇を作り出す。

 そして闇に紛れて涙を拭いながらベッドへ腰掛けて士道を待つ。

 できれば見間違いだと思って欲しかったが、涙の滲む瞳で見つめ返してしまったのだからそれは虫が良すぎるかもしれない。

 その証拠に士道は開けっ放しだった扉を閉めると、せっかく消した電気を点けてから七罪の隣へと腰を下ろしてきた。

 

「……何か嫌なことでもあったのか?」

 

 そして横から七罪の顔を覗きこんでくる。

 泣きたくなるほど優しげな気遣いを瞳に浮かべて。 

 

「な……何でも、ない。ちょっとショックな出来事があっただけよ」

 

 反射的に顔を逸らし士道の瞳を避ける七罪。

 この気遣いが本物の七罪に向けられていないかもしれないと考えると、怖くてどうしても見つめ返すことができなかった。

 その怯えに再び身体が震え、ショックの大きさを士道に伝えてしまう。

 

「いや、ちょっとって感じじゃないぞ。本当に何があったんだ?」

 

 先ほどよりも深刻な声音で尋ねてくる士道。

 いっそ何もかも話してしまえば、士道は七罪の心情を慮って優しく慰めてくれることだろう。

 自身が抱いている七罪への想いが例え本物ではなくとも、本物のように振舞って。

 そんな虚しい迎え方をされるかもしれないと考えると、やはり話す気にはなれなかった。

 

「……話したくないのか?」

 

 その思いを雰囲気から感じ取ってくれたらしい。

 控えめに確認してくる士道に七罪は無言で頷いた。

 

「そっか……分かった。話したくなったら言ってくれよ。いつでも聞いてやるからな」

「……ありがと」

 

 これ以上追求されないことに安堵を覚えた七罪の肩が、士道の手で静かに抱かれる。

 七罪を慰めるように、普段どおりの優しさで以って。

 しかしこれが本当に七罪を愛しているからなのか、それとも異常なまでの興奮と最高の快感を得られる七罪の身体への依存を愛と錯覚させられているからなのか、それを思うと肩を抱く温もりに心地よさを感じることはできなかった。

 

「それにしても今日は何でか全然興奮しないな。いつもならもうとっくに襲い掛かってるはずだっていうのに……」

「っ……」

 

 士道は話題を変えた気なのだろうが、逆にそれは確信に迫る話題だった。

 すでに七罪は令音に手渡された薬を飲み、シャワーを浴びて完全にフェロモンを消している。

 この状態で士道が全く興奮を催していないということは、やはり原因は七罪が無意識に作り出したフェロモンだ。

 きっと七罪に対して抱いた性的な興奮は、最初から全てこのフェロモンに無理やり抱かせられたものなのだろう。

 作用は弱かったとはいえ関係が始まったあたりからすでにフェロモンの影響は出ていたのだから。

 

「けど丁度良かった。これなら大丈夫そうだ。七罪、今夜は一緒に寝ようぜ?」

「……一緒に寝るって、もともと今夜はそういう日でしょ」

「いや、そっちの寝るじゃなくてただ普通に同じベッドで寝るだけだよ。お前さえよければだけどな」

「……私は構わないわよ。別にああいうことが大好きってわけでもないし……それに私程度じゃ興奮しないから今夜はやりたくないんでしょ?」

 

 抑えようとしてもどうしても自虐気味に答えてしまう七罪。

 それも当然だ。

 士道の提案は明らかに七罪を抱く気がないことを示している。

 士道が一番の快感を得られる身体に作り変わっているとはいえ、フェロモンの力を借りなければいくらロリコンの士道でも七罪の身体で興奮できるわけも無い。

 やはり令音から話を聞いた時の予想通り、本当の七罪の姿を性的な魅力を感じるほどに認めてくれた事実も偽物に違いない――

 

「別に興奮してないからってやりたくないわけじゃないんだぞ。ていうか変に興奮してないだけで今も普通に興奮してるんだからな?」

「え……興奮、してるの……?」

 

 そんな絶望の溜息をつきかけたところで予想外の言葉を聞き、七罪は耳を疑った。

 怯えも忘れて呆然と士道の瞳を覗き返していると、若干赤面しつつ視線を逸らされる。

 

「そりゃあ、その……お前のためだからはっきり言うけど……女の子と暗い部屋で二人きりでいるんだし、興奮しない方がおかしいだろ。それにこうやって肩を抱いてるだけでもお前の体の柔らかさとか温もりとか感じるしさ……」

「じゃ、じゃあ、何で何もしないのよ……別に私は士道がしたいなら、構わないっていうのに……」

 

 もっともな理由だが信じきることができず、疑うような声音で以って尋ねてしまう七罪。

 フェロモンという生物的な物質で興奮した士道のことだ。

 どうせ異性とくっついているから本能的な興奮を覚えているだけであって、七罪の魅力とは無関係に違いない。魅力ゼロでも一応七罪の性別は女だ。

 あるいは興奮しているというのも単純に溜まってきていただけで、七罪とは何の関係もないということも考えられる。

 下手に期待して喜んでしまうと、また自分の能力に裏切られ傷つくだけだ。

 それは身に染みて嫌と言うほど理解している。

 

「そんなのお前が落ち込んでるからに決まってるだろ。落ち込んでるんだからそういうエロイことするよりも慰めてやりたいんだよ。ただでさえお前はいつも必要ないことで悩んだりして気を張ってるんだからさ」

「っ……!」

 

 理解しているというのに、その思いやりの心に堪らなく嬉しさを感じてしまった。

 ショックを和らげるために悲観的に考え備えるべきだと頭で考えても、胸の奥から湧き上がる喜びに抗えない。

 

「それにお前言ってただろ? たまにはこういう風に過ごしたいって。最近は一緒に過ごしててもずっとそういうことばっかりさせちまってたからな……だから平気な今の内にそういう風に過ごそうぜ」

「士道……」

 

 見ているだけで七罪も辛くなるほどに罪悪感を表情に滲ませる士道。

 七罪が口にした小さな不満を真剣に受け止め、努めて改めようとしてくれている。

 そんなことをしても士道が得るものは何も無いというのに。

 扱いが面倒でウザイ七罪を快感も得られない方法で相手しなければいけないというのに。

 

「ほら、来いよ。心配しなくても今日は襲わないって」

 

 ベッドへ横になり、シーツをまくって誘ってくる士道。

 そこへ横になれば士道は七罪を抱きしめてくれる。

 怯えと恐怖に凍える心を暖めてくれる。

 クリスマス目前の真夜中の寒さ、そしてほんの僅かな期待に背中を押されてしまい、七罪はその誘惑に抗うことができなかった。

 誘われるまま士道の隣へと身を横たえ、その胸元に身体を寄せる。

 

「あ……ぅ……!」

 

 静かに自分をかき抱き迎え入れてくれる温もりに、恍惚の吐息が零れかける。

 凍りついた心に深く染み入る温もりが、怯えを涙として溶け出させていく。

 ただ抱きしめられただけだというのに、怯えも忘れるほどの心地よさと幸せを感じてしまう自分がいた。

 

「……ん、やっぱり前みたいにおかしいくらい興奮はしないな。これなら何とか我慢できそうだ」

「っ……」

 

 安心したように一息つきながら、七罪の頭を胸に抱え撫でてくれる士道。

 零れる涙を隠したい七罪はそのまま胸に顔を埋めてされるがままになる。

 柔らかく包み込んでくれた令音とは違う、自分の全てを預けたくなるような力強さを感じる厚い胸板。

 その奥からは更に力強く、それでいて早鐘のような鼓動が伝わってくる。

 本人が口にした通り、興奮していることは間違い無い。

 我慢せずに遠慮なく七罪を抱けば悶々とした気持ちを解消し快感を得られる。

 七罪を抱く気が無いなら、琴里なり四糸乃なりに変身させるという手もある。士道が望むなら誰だろうとお望みのままだ。

 それなのに襲ってこないとは、まさか本当に七罪を慰めたいがために欲求を抑え込んでいるのだろうか。

 精神状態の乱れを不安に思う故の選択という線もあるが、抱けば七罪は幸せを覚えると分かっているのだから抱いた後に慰めるのがベストのはずだというのに。

 

「ごめんな、七罪。幾らお前が断らないからって、最近は毎晩付き合わせちまって……」

「謝らなくて良いって言ってるじゃない。それに……どうしても我慢できないんだから仕方ないわよ……」

 

 実際士道に非は無い。

 理性が半ば吹き飛ぶほどの興奮を強制的に覚えさせられているせいであって、むしろ被害者と言える。

 意識的にやっていることではないとはいえ本当に謝らなければいけないのは七罪の方だ。

 あくまでも自分に非があると思っているのか、士道は七罪の答えに首を振る。

 

「いや、仕方ないわけないだろ。そんな都合の良い女扱いとかどう考えても最低じゃねえか」

「何でそんなに気にするのよ。私は別に構わないって言ってるじゃない……」

「琴里みたいにそれがお前の本心なら俺だって気にしない。けどお前はたぶん俺に嫌われたりしたくないから応えてくれてるんだろ? そんな俺への想いを利用してるみたいで、自分でも許せなくなってくるんだよ……」

「っ……」

 

 その誠実さ溢れる囁きを耳にして言葉に詰まってしまう七罪。

 的確に心情を言い当てられたことも要因の一つだが、一番大きな要因は士道が気に病んでいる理由だった。

 七罪を抱く気になれないのは、誠実な心を持つが故に想いを利用することに罪悪感を抱いてしまうから。

 しかし何故そこまで気に病む必要があるのだろうか。

 嫌われたくないという七罪の想いを知っているなら、愛して欲しいという想いも知っているはず。

 身体を重ねても忘れず愛を感じさせてやれば良いだけの話だ。

 誠実な心を持つからこそ、それくらい士道には苦もなくできるはずだというのに。

 

「じゃあ、何よ……もしも私が応えなくなっても……もう二度と、士道とそういうことしなくなっても……変わらず、愛してくれるっていうの?」

「それは……かなり辛いし、正直耐えられる自信はないけどさ……もしそうなっても俺は変わらずお前を愛してるよ。お前も同じように俺を愛してくれるならな」

 

 正直にも苦渋を露に返してきた答えは少々意外なものだった。

 あんなにたくさんの綺麗で可愛い女の子たちに愛されている士道が、まるで七罪などに愛されたがっているような台詞。

 もう士道の考えも行動の理由も何もかもが理解できなかった。

 男の癖に興奮していても頑なに性的な触れ合いを行おうとしない。

 七罪が幸せを得ることは分かっているはずなのに決して抱こうとしない。

 何もかもが理解できず、最早ただただ疑心暗鬼になってしまう。

 

「な、何よ……私の愛なんか、無くたって良いでしょ……士道は皆に、愛されてるんだから……」

「俺を愛してくれてる七罪はたった一人しかいないだろ? お前の俺への想いはたった一つしかないし、代わりなんてどこにも無い。それに……愛する人に愛されたいって思うのは普通のことじゃないのか?」

「っ……」

 

 そんな疑いは瞬く間に叩き壊された。

 別段特別でもないごく当たり前のことのように告げてくる士道の言葉に。

 士道の言う通り、七罪の士道に対する想いだけはたった一つしかない。

 そして幾ら自分が抱いているものだろうと、形を持たない想いは七罪にも決して作り変えることはできない。

 士道が尊いもののように扱ってくれている七罪の想いは間違いなく本当の七罪が抱いているもの。

 想いに限って言えば、士道は間違いなく本当の七罪を見てくれている。

 七罪にも決して作り変えることのできない、七罪の本質そのものを。

 

「……本当に、私のこと……愛してるの?」

 

 その事実に喜びと希望を抱いた七罪は、緊張に渇く喉からついに決定的な質問を絞り出した。

 真実はどうあれ愛してると答えてくれるのは分かっている。

 ただ、今ならその真実を見抜ける気がした。

 本当の七罪を愛しているなら、答えは頷きで済ませようとはしない。

 本当の七罪を愛しているなら、きっと――

 

「ああ、もちろん愛してる。ていうかお前、もしかしてまだ疑ってたのか……?」

 

 きっと――

 

「……いや、当たり前だよな。最近は身体ばっかりでお前を愛してるってこときちんと伝えてやれてなかったし……本当はいっぱい心に感じさせてやりたいのに……ごめんな、七罪……」

「――っ!」

 

 ――こんな風に、七罪の心を想ってくれる。

 願い通りの士道の答えに、七罪はやっと自分の怯えが杞憂だったことを理解した。

 興奮を覚えながらも士道が七罪を抱かずに慰めようとしてくれる理由。

 欲望の赴くまま抱くことに罪悪感を抱いてしまう理由。

 それは士道が、七罪を愛しているから。

 だが士道が愛しているのは、誤魔化を行っていない本当の姿の七罪ではない。

 そして無意識の誤魔化しにより、士道が最高の興奮と快感を得ることができる身体を持つ七罪でもない。

 本当は身体などという表面的なものは関係なかったのだ。

 士道が本当に愛しているのは、七罪の身体の奥にいる真の七罪。

 本当に愛されているのか不安と恐怖に怯え、後ろ向きな性格に引きずられるまま更に怯えてしまう七罪。

 外見や性的な魅力云々は関係ない。

 士道は七罪の人間性そのものを、七罪にも決して作り変えることのできない七罪の心を愛してくれている。

 最初から本当の七罪を、正しく本当の七罪の全てを――愛してくれている。

 無意識に作り出された魅力に騙され真実が見えなかったのは、士道ではなく七罪の方だったのだ。

 

「ぅ……ひっ、く……うぅ……!」

「お、おい、七罪!? どうした!?」

 

 罪悪感を滲ませた囁きではっきりとそれを理解させられ、あまつさえ額へ甘く口付けられ、今まで抑えていたもの全てが瞳から溢れ出すのを止められなかった。

 本当に愛されていたという安堵の気持ちと喜びが暗い気持ちを涙として追い出し、胸の中を熱く満たしていく。

 しかし純粋に喜ぶことはできなかった。

 むしろ恥ずかしかった。 

 いつもあれだけ本当の七罪を愛してくれていた士道の想いを疑ったことが。

 そして興奮やら快感やらという下世話な理由で物事を考えていた自分が。

 

「な、七罪!? ど、どうして泣いてるんだ!? 俺何か気に障ること言っちまったか!?」

 

 自分が泣かせたと勘違いしているのだろうか。

 士道は慌てて身を起すといっそ可愛そうになるほど必死に七罪を泣き止ませようとしてくれた。

 その優しさが余計に涙を流させていることも知らずに。

 

「ち、違う、わよ……士道のせいじゃ……ない、から……っ」

「じゃ、じゃあ何でそんなに泣いて……もしかして、お前が落ち込んでたことと関係あるのか?」

「……大有り、よ……あんなに苦しんでた、私が……馬鹿、みたいじゃない……全く……」

 

 涙は流れているが悲しくは無い。

 むしろ嬉しすぎて頬の緩みが全く抑えられない。

 これが嬉し泣きだということを理解してくれたらしく、ほっと一息ついてくれる士道。

 だから七罪も、遠慮なく士道の胸へと飛び込んだ。

 

「七罪……」

「う、ぁぁ……!」

 

 驚きながらも迎え入れてくる士道。

 背中に回される腕の力強さと自分を包み込んでくれる温もりに、抑えようとしても夢心地の喘ぎが零れてしまう。

 士道の抱き方は普段と何一つ変わらないのに、初めて経験するほどの強い愛情を感じる。

 本当は最初から気付けていなかったからなのかもしれない。

 外見が根本にある本当の七罪だけでなく、内面が根本にある本当の七罪を愛してくれていたことに。

 結局最も外見に囚われていたのは、他ならぬ七罪自身なのだから。

 

「お前がこんな風に抱きついてくるなんてよっぽど辛いことがあったんだな……もう立ち直ったなら何があったか話してくれるか?」

 

 背中に回された士道の腕が、顔を胸に埋めさせるようにそっと七罪の頭をかき抱いてくる。

 逆らわず士道の胸へ顔を寄せると、その奥から先ほどよりも激しい鼓動が伝わってきた。

 生じた興奮を未だに引きずっているのだろう。

 七罪にとってはこれ以上ないほど感動的な場面だったので、水を差されたように気持ちが少々白けてしまった。

 だがこの興奮は七罪の魅力と特殊なフェロモンによる性欲の増進によって生じたもの。

 本人は七罪を慰めるために耐え難い興奮を抑えてくれているのだから、士道を責めるのは筋違いだ。

 原因はこちらにあるのだから、攻められ最後まで責任を取るべきなのもまたこちら。

 

「っ!? お、おい、七罪……?」

 

 恥ずかしさに一瞬躊躇うも、七罪は困惑に近い驚きを示す士道の首の後ろへと両腕を回し、そのまま引き寄せるように身体をベッドへ横たえた。七罪自ら、押し倒されているような格好に。

 意外なことに士道はその行為に対して赤面しつつ固まるという純情な反応を示していた。

 この反応からするともしかして初めて女からベッドに誘われたのだろうか。

 確かに四糸乃はもちろん、琴里が自分から士道をベッドに誘うなど想像できない。琴里の初めての夜も誘惑というより明らかに命令だったので数には入らないと言える。

 となると士道をベッドに誘ったのは(折紙などの特殊な例を除き)七罪が初めてということなのだろう。

 そんな意図は無いというのにまたしても士道と初めての共有を行い、卑怯にも抜け駆けを働いてしまっている。

 本当にどうしてこうも七罪ばかりが幸せになってしまうのだろうか。 

 

「知りたいなら、聞き出してみなさいよ……私が我を忘れるくらいいっぱい愛してくれたら、教えてあげるから……」

 

 顔から火が出そうなほどの恥ずかしさから視線を逸らしてしまうも、七罪ははっきりと秘め事への誘いを口に出した。

 ただ誘うのではなく、七罪も士道も得るものがある条件をつけて。

 七罪の心を想ってくれている士道なら、そうしなければ嫌われたくない一心で誘っていると勘違いしてしまうから。

 

「……良いんだな? 今夜はいつもと違って意識もはっきりしてるし、たぶん嫌って言うくらい愛してやれるんだぜ?」

 

 チラリと視線を戻すと、不敵な笑みが自分を見下ろしている。

 理性を失いかけるほどの発情を催すフェロモンが無くなった今、ここ最近のような熱く激しい愛を得ることはできないだろう。

 だがそれで構わない。

 元よりそんな無理やりな方法で得た愛情など何の価値も無いし、今はもっと価値あるものがここにある。

 心という七罪にも作り変えることのできない、真の意味での本当の七罪へ向けられている愛情が。

 

「嫌なんて言うわけないでしょ……幸せ、なんだから……」

 

 幸福に緩む頬を隠さず見せつけ答える七罪。

 不敵な笑みを愛しさに溢れた笑みへ緩めると、士道は七罪の唇へと静かに距離を詰めてくる。

 距離が縮まるにつれて苦しくなるほどに胸の高鳴りが増していく。 

 まるで初めての夜と同じかそれ以上に。

 きっとあの時も心のどこかに愛への僅かな疑いがあったから。

 それが消え去った今こそが、七罪にとって本当の初めて。

 二度も初めての幸せを得られる喜びを噛み締め、七罪は目蓋を下ろし士道の口付けを迎え入れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『嫌なんて言うわけないでしょ……幸せ、なんだから……』

 

 頬を赤く染めながらも嬉しそうに微笑む七罪。

 その緩んだ口元へと士道の唇が静かに寄せられていく。

 ずっと探っていた士道の興奮の原因も判明し、かなりのショックを受けていた七罪の精神状態も今はすっかり安定している。

 もう観察する必要も事の安否を見守る必要も無いだろう。

 いつも通り傍らで共に観察している令音に視線を向けると、同様の意見らしく無言で頷きを返してくる。

 二人の唇が重なり合う寸前、琴里は躊躇い無くモニターの電源を落とした。

 琴里だって好きで覗いていたわけではないのだ。

 必要が無ければ二人きりの幸せな一時を穢す気はないし、逆の立場なら穢されたくない。

 

「一時はどうなることかと思ったけどこれで一件落着ね。七罪も自分の体質に折り合いをつけたようだし、これで身体の変化も元に戻れば言うことは無いわ」

「……それは無理だろうね。愛を失いたくないという怯えは誰の心の奥底にも眠っているはずだ。君も同じじゃないのかい?」

「それは……否定は、しないわ。ただそうなると七罪の身体の変化はずっとこのままっていうことになるわね。身体そのものはともかくフェロモンへの対策を薬以外にも何か考えるべきかしら……」

 

 調べた所によるとどうも七罪のフェロモンは士道に対してのみその効果を発揮する性質を持っている。

 ちょうど良い実験台がいたので縛り上げてフェロモンを嗅がせるという人体実験も行ったが、普段と全く変わらない様子だったので蹴りを入れて放置しておいた。

 恐らくは対象を士道にのみ限定することで、どんな興奮剤よりも強い興奮を生じさせる物質へと変化させているのだろう。フェロモンベースの興奮剤といったところか。

 アレが折紙や美九の手に渡ったら三日三晩酒池肉林の宴が繰り広げられてしまうことだろう。

 間違ってもそれだけは避けなければならない。やはりいくら自分の部屋でも保管方法や場所にも注意を払うべきか――

 

「……変化はこのまま……原因は無意識……ならば仮に七罪が……そもそも精霊は……しかしこの自在性……いや、さすがにそれは……」

「ど、どうかしたの令音? まさかまた何か問題!?」

 

 不意に令音が考えを纏めているような呟きを漏らしたので、琴里は再び気を引き締めざるを得なかった。

 あの時も令音は考えを纏めるための意味ありげな呟きを漏らしていたからだ。

 しかし今回は特に真剣になるでもなく、いつもの眠たげな表情で首を横に振った。

 

「……いや、単なる考えすぎだ。フェロモンの対策についてはこちらで考えておこう。それよりも琴里、実験に使ったあの香水が無くなりそうなら言ってくれるかい。新しいものを用意しておくよ」

「っ! だ、だからあれはもう処分したって言ったでしょう!? 全く……」

 

 非常に失礼な勘違いをしている令音に呆れて言葉も無い。

 まあ令音が考えすぎと言うなら心配することは無いだろう。

 それよりも琴里が気になっているのは七罪のこと。

 あれほどショックな思いをして苦しんでいたのだから、それを忘れ去れるほどの強い幸せを感じさせてやるべきだ。

 発情していないとはいえ性欲が増進されているケダモノの士道が、本当にそこまでの幸せを感じさせてやれるのか。

 琴里はどうしてもそれが気になり、モニターを点けたい衝動を必死に抑えなければいけなかった。あくまでもそれが気になるだけで、羨ましいとかそういうわけではなく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 幸せは長く続いているとその尊さを忘れてしまいがち。そのうち幸せなのが当たり前に思えてしまうもの。より深く幸せを実感するためには不幸も必要。不幸を感じさせ、また幸せを感じさせることでその尊さを再確認できるもの。
 なので矛盾しているかもしれませんが幸せにしたい七罪に幸せを再確認させました。七罪フィアー以来の再確認。ちょっと反転しかけるほどの不幸のどん底に叩き落してしまった気がしないでもないですけど。
 当初はこのままエロ話になだれ込むはずでしたが、プラトニックなラブについての話からそんなエロに行くのは何となく忌避感を覚えたので止めました。そもそもどちらかと言えばエロよりラブを重視したい……。

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