※この作品はR-18です。

士道クリミナル   作:サイエンティスト

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 今回も非エロのお話。何か不穏なタイトルの気もしますがあまり気にしない方向で。
 このお話からしばらくは時系列が入り組んでいて複雑になりそうです。というか調整に無茶苦茶悩みました。
 今回はかなり七罪にスポットが当たっているお話。可愛い七罪を書こうとしたら文字数がかなり多くなりました。上手く七罪の可愛さを書けてると良いなぁ……。





〇七罪リハビリテーション

「うー……」

 

 時刻は真夜中。丑の刻ではないというのに誰かが刻参りでもしているかのような痛みを胸に抱きながら、七罪はベッドの上で寝返りを打つ。

 新年を迎えてすでに四日。当初の予定通り七罪は三が日中に五河家へと移り住み、士道(と琴里)と一つ屋根の下で暮らす新生活を始めていた。

 それはいつでも好きな時に士道の顔を見られて、好きな時に声を聞けて、好きな時に触れ合えるという夢のような生活だ。皆に申し訳なく思いつつもやはり嬉しく、そして溢れんばかりの幸せを覚える薔薇色の日々。七罪はそんな満ち足りた日々を過ごしていた――というのはあくまでも七罪の願望と想像と妄想。

 

「あー……」

 

 実際には今眠れず呻きながら寝返りを打っている場所は、去年と同じく精霊用マンションの七罪の部屋である。しかも夜だけこっちの部屋にいるとかそういうわけではなく、未だ普通にここで暮らしている。とはいえ七罪が未だ同棲を躊躇っているというわけではない。

 当初は予定通り三が日中に移り住もうと考えていたし、実際引越しをする日取りを士道にも琴里にも伝えようとしていた。もちろん士道は快く迎え入れてくれると分かっていた。こんな性格も身体もどうしようもなく残念な七罪の全てを心の底から愛してくれているのだからそれは間違いない。というかぶっちゃけ本人が同棲を提案したし嬉しそうにしていたのだから当たり前といえば当たり前である。

 琴里に関しても内心は面白くないだろうが拒絶はしないだろうと思っていた。とはいえ士道に対するものとは違いこっちはかなり不安が捨てきれない。だから七罪はその不安で眠れず寝返りを打ち、呻きを上げている――というわけでもない。

 七罪が今現在眠れずに苦しんでいるのは、不安とは異なる別の感情によるもの。

 

「うああぁぁ……士道おおぉぉぉ……!」

 

 余計に辛くなるだけだと分かっていても、愛する人の名前を口にしてしまうほどの寂しさだ。

 だがこの寂しさも仕方なかった。何せ七罪はここ二日間、一瞬たりとも士道と顔を合わせていないのだから。

 

「き、気を強く持たないと……あとたった二日と二十二時間三十九分だけなんだから……って、嘘でしょまだそんなにあるわけぇぇぇ!?」

 

 おまけに士道と再び顔を合わせられるのが、約三日も先のことなのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「七罪。あなたはこれから五日間、士道と顔を合わせることは禁止よ」

「え……」

 

 事の始まりは二日前の夜、三が日の真っ只中に琴里からかけられた残酷な命令だった。

 性的な触れ合い無く士道と一緒に過ごしおやすみのキスをして、暖かな幸福感を胸に抱いて五河家を後にしようとした時に告げられた突然の命令。七罪は自分が何を言われたのか理解するのに少なくない時間を要し、しばらく反応することができなかった。

 

「え、な、何? 遠まわしに私に死ねって言ってる? それともしばらく士道を独り占めしたいから少し遠慮しろとか、そういうアレ……? そういうことなら、まぁ……」

「そ、そんなわけないでしょう? 仮に士道と二人きりで過ごしたいからといってここまで非道なことをするつもりはないわ」

「少しは非道なことする気があるってことよね、それ……じゃあ何で五日間も会っちゃ駄目なわけ? さすがにそんな長い間だと正気を保てるか自信ないんだけど……」

 

 以前四糸乃のために同じくらいの日数士道を完全に断ったが、あれは遠い昔である去年の話だ。

 まぁ年を跨いだだけで本当は二ヶ月も経っていないのだが、あの頃に比べると七罪の士道に対する依存は更に増している。一日二日ならともかく五日間ともなるとさすがに厳しすぎだ。

 人間だって水と食料が無ければ三日間くらいしか生きられないのだから、士道の愛と温もりがなければたぶん七罪も餓死してしまう。七罪の中ではそれだけ士道の存在が大きく強くなっているのだ。

 ここまで依存していては最早呆れられても仕方がないが、琴里は呆れよりもむしろ心配を色濃く見せてきた。

 

「理由はそれよ。そのあなたの士道に対する過度な依存。あなたも何とかするべきだって分かってるでしょう?」

「それは、まぁ……うん。でもそれと私をじわじわ孤独死させることに一体何の関係があるわけ?」

「さしずめリハビリってところね。今の内にあなたの士道に対する過度な依存を完治――は無理でしょうから、せめて少しでも和らげておく必要があるわ。あなたは幸せに浸ってて忘れてるかもしれないけど、士道はあと一週間足らずでまた学校に通い始めるのよ? あなた何の備えも無くその時を迎えられる?」

「っ!」

 

 琴里の指摘に七罪は残酷な現実を思い知らされ、一瞬呼吸すら忘れた。

 確かにもうすぐ高校の始業式が始まり、士道は再び平日には学校へ通う生活を始めるだろう。そうなれば朝方から夕方まで士道の傍にいるどころか会うことすら叶わなくなってしまう。

 それに五河家の家事は士道が行っているのだから、帰宅しても士道には仕事が待っている。更には学校の宿題や他の精霊との約束やら何やらもあり、それらを済ませた上で真夜中に士道を待っているのは七罪だけでなく四糸乃や琴里との愛の確かめ合い。七罪のせいで性欲が荒振り気味な士道には真夜中の一時は外せないし、仮に外したとしても同じくらい荒ぶっている琴里の方がそれを許さないだろう。

 こんなブラック企業も真っ青な日々が予定されている士道に対し、一時の安らぎとも言える夜の貴重な時間を七罪と過ごせなど残酷に過ぎる話だ。もちろん今の七罪なら士道にとっては愛する人と一緒に過ごす幸せな時間に違いないと分かっているが、それにしたってここまで疲れる日々なら一人で休みたいことくらいあるだろう。何よりもどうせ一緒に過ごすなら癒し系の四糸乃が適任だ。

 そもそも時間が無くなる事に加え、士道の疲労と心労を考えると今までのように一緒に過ごすことなどできるはずがなかった。例えそれで七罪が辛い思いをすることになろうとも、その辛さを我慢するなと士道に言われていようとも。

 

「どうやら理解してくれたようね。だから今の内に多少の荒療治だろうと手を打っておくべきだわ。私の家に移るのはこの五日間を乗り切ってからにしなさい。その方が士道と過ごす時間が減っても今までの寂しさを埋める形になって少しはマシになるでしょう」

「埋める形って……五日間会えなかったなら部屋移る程度じゃ何も変わらないじゃない。むしろ距離は近くなったのに過ごせる時間が減って余計に寂しく感じそうな気もするし……」

「私がそんなことに気がつかないとでも思ってるのかしら? もちろんリハビリを乗り切ったらそれとは別にたっぷり士道と過ごせるご褒美が待ってるわよ?」

「ご、ご褒美……?」

 

 たっぷり士道と過ごせる、という琴里の言葉につい反応してしまう七罪。見れば琴里はかつてないほど自信に満ち溢れた笑みを浮かべていた。まるで一世一代の褒美を考えているとでも言うように。

 

「ええ。もしも五日間士道と顔を合わさずに過ごすことができたなら、士道と二人きりの旅行に行かせてあげるわ」

「……っ!」

 

 琴里が言い放ったご褒美の内容に衝撃を受け、七罪は息を呑んだ。

 二人きりの旅行とは何という大盤振る舞い。もしそれが実現できたなら関係がバレる危険性など気にせず二人でゆっくりすることができるだろう。よくよく考えると士道の部屋で過ごす夜と変わらない気もするが、雰囲気的に強い魅力を感じた。

 

「場所はあなたが好きに選んで良いわ。何か協力して欲しいことや実現したいシチュエーションがあるならセッティングしてあげる。まぁあなたの精神状態安定のためっていう理由を付けても、一泊二日くらいが旅行がバレても怪しまれない限界のラインでしょうけど……」

「一泊、二日……」

 

 つまり旅先に出向いてその日の晩を過ごし帰宅、という流れだろう。時間帯によってはあまり長く過ごせないだろうし、夜は確実にベッドでのアレコレが待っているだろうがそれでも魅力的だ。

 

「まぁ、リハビリを受けるかどうか最終的な判断はあなたに任せるわ。とても辛い道のりでしょうけど今の内に済ませておいた方が後で楽になるはずだし、得るものはとても大きいはずよ。さぁ、どうするのかしら七罪?」

「……っ」

 

 質問の形を取ってはいるが、琴里の表情には確信に満ちた微笑みが浮かんでいる。

 確かに七罪には選択肢が一つしかなかった。リハビリは間違いなく辛く険しいものになるが、今の内に寂しさに慣れておかなければ後でもっと寂しい想いを抱え苦しむことになる。そこに二人きりの旅行という耐える価値のあるご褒美が加わったのだ。しばらく考えてみたがやはり有無を言わせぬ一択であることに間違いはなかった。

 そしてこの日から、七罪の士道依存症を和らげるためのリハビリ生活が幕を開けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 リハビリが開始したのは一月二日の午後十時ごろ。リミットはその五日後なので一月七日の午後十時となる。学校の始業式が始まり士道が再び通学を始めるのは一月九日。正にギリギリの滑り込みのリハビリ生活だ。やはり寂しさに耐えられるよう多少無理をしてでも依存を和らげるのは正解かもしれない。

 リハビリ生活一日目は特に目立った問題も無く過ごせた。ぐっすりとはいかないまでも夜も問題無く眠れた。一日くらいなら七罪にだって余裕だ。さすがに一日ですら耐えられなかったら本気でリハビリが必要なほど重度の依存症だろう。

 リハビリ生活二日目はちょっと怪しかったが何とか無事に過ごせた。士道の手料理が食べたいなぁとか食事中にふと思ったり、士道に会いたいなぁとかテレビでカップルの姿を見かけた時にふと思ったり、士道の声が聞きたいなぁとか部屋の中に一人でいた時にふと思ったり、日常の様々な場面で士道が恋しくなってきていたがまだ大丈夫だった。夜も寝つくまでそれなりの時間を要したが、何とか明け方が来る前までには眠りにつけた。

 そしてリハビリ生活三日目は――

 

「な、七罪さん、大丈夫ですか……?」

「大丈夫よ、四糸乃。まだ三日目だしそんなに寂しくないから。たった三日顔を合わせてないだけだから……たった三日……ああぁぁぁ……!」

 

 ――かなり怪しくなってきていた。しかもまだ正午にもなっていないというのに。

 もう日常のふとした瞬間とかではなく常に士道が恋しくて堪らない。心配して様子を見に来てくれた四糸乃が癒される笑みを曇らせ、不安げな表情で声をかけてくるほどだ。四糸乃の眩しい笑みを曇らせるとは今の七罪は瘴気でも醸し出しているのかもしれない。

 

『何か全然大丈夫じゃなさそうだけどなー……あー、そうそう。士道くんから伝言あるよー。四糸乃、読んであげてー』

「士道から……?」

「は、はい。じゃあ、そのまま読みますね……えっと『寂しかったら無理せず会いに来いよ。平日だろうとなんだろうとお前と過ごす時間くらい作って見せるから。でもお前が頑張るっていうなら、応援してるぞ七罪。愛してる』……だそうです」

「そういう優しいこと言うの止めなさいよぉ……! 決心ぐらつくでしょうがぁぁぁぁ……!」

 

 胸にじわじわ広がってくる幸福感と今すぐ会いたい恋しさに襲われ、七罪はテーブルに突っ伏して堪える。

 離れていても士道はちゃんと七罪を想ってくれていることが嬉しい。そして七罪のために無理をしてでも時間を作ろうとしてくれるというのが嬉しい。

 何よりも嬉しいのはやはり愛してるという言葉だ。士道本人の言葉なのは間違いない上、それを四糸乃が口にしてくれているのだから破壊力倍増である。まるで四糸乃が七罪を愛してくれているかのようだ。

 

「が、頑張ってください、七罪さん……私も、辛い気持ちを我慢しますから……」

「……え、我慢するって何のこと?」

 

 突っ伏して悶えていた七罪は、四糸乃のそんな台詞に顔を上げる。見れば四糸乃も何やら辛そうな顔をしていた。

 

『んー、実は七罪ちゃんが頑張ってるって聞いて、四糸乃も琴里ちゃんに頼んで同じような試練を課してもらったのさ。内容とか期間とかは言っちゃ駄目って言われてるから教えられないけど、こっちも結構四糸乃にはキツイんだよー』

「な、何でそんなことしてるのよ四糸乃? 四糸乃は私みたいに士道に無駄に依存してるわけじゃないんだから、やる理由なんてどこにも無いじゃない」

 

 四糸乃は全くと言って良いほど士道に依存していない。一緒に過ごす時間も七罪と比べると遥かに少なく、しかも四糸乃はそれで十分に満ち足りているのだ。

 リハビリどころか逆に触れ合いを増やすべきだというのに、何故七罪と同じようなことをしているのか不思議でならなかった。

 

『んー、よしのんはご褒美目当てかなー。二人っきりの旅行なら気兼ねなくエロエロ……イロイロなことして楽しめるだろうしねー』

「私は、その……七罪さんが辛い思いをしているのに、黙って見ていることなんてできませんから……私も同じ気持ちになって、少しでも七罪さんと辛さを分かち合えたらと思って……」

「よ、四糸乃おぉぉ……! 何なのよもう、士道も四糸乃も優しすぎでしょおぉぉ……! 二人とも愛してるわよおぉぉぉぉ……!」

 

 『よしのん』の台詞はさておき、四糸乃の台詞に感動の涙が込み上げてきてしまう七罪。胸の奥から湧き上がる熱い感情を根性で捻じ伏せなければ、思わず四糸乃に抱きついてしまいたくなるところだった。それを士道にできないから余計にである。

 

『まー、そういうわけでお互い頑張ろうよ。でもこの調子だと七罪ちゃんあと二日間耐えられるかすごく怪しくない?』

「そ、それはたぶん大丈夫……ちょっと考えがあるから」

「考え、ですか……?」

「そう。琴里が決めたルールにギリギリ反しない方法で、士道に会って声を聞く方法があるから……」

 

 七罪のグレーゾーンギリギリを狙う反則宣言に対し、首を傾げる四糸乃と薄ら笑いを浮かべる『よしのん』。たぶん『よしのん』は何をする気か分かっているのだろう。

 初めて寂しさで眠れなかったあの夜の苦しみを、七罪は忘れたわけではなかった。あの時から七罪なりに色々と考えていたのだ。また同じような状況に陥った時、寂しさを埋めるためには一体どうすれば良いのか。どうすれば士道と顔を合わせずとも心の充足を得られるのか。

 果てしなく難しい問題であったが、つい最近幸いにもその解決策を見出すことができた。何故ならそれは考える必要など無く、七罪が常日頃から無意識に行っているのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その一、士道に会ってはいけない。

 その二、士道に電話をかけてはいけない。

 その三、士道に手紙やメールを送ってはいけない。

 その四、士道に声や姿を認識できる距離まで近づいてはいけない。

 琴里が制定したルールは全部でこの四つ。要するに士道の声を聞ける範囲や姿を見ることができる範囲には近づけず、言葉や文字を使ったやりとりも行ってはいけない。七罪には非常に厳しいルールだ。

 だがこのルールには幾つかの穴がある。法に抜け穴があるのと同じだ。例えばその二とその三。こちらからの行動は禁止されているが、士道からの行動は禁止されていないのだ。つまり士道からのメールや手紙を受け取りそれを読むことは結果的に許されている。電話についても同じなのだが、こちらはルールその四に抵触するので話どころか受け答えなども許されていない――というわけでもない。

 ルールその四で禁じられているのは、士道の声や姿を認識することではなく、それらを認識できる距離まで士道に近づくこと。つまり向こうからかかってきた電話は全てのルールに抵触しないのだ。士道の声が耳元に認識できても、士道本人には物理的には近づいていないのだから問題ない。

 だがここで問題となるのは士道本人もこのリハビリの監督官であるということ。そのため恐らく士道から連絡を取ってくれる事はないので、せっかく見つけたルールの穴も有効活用できない。普通ならこの時点で積みと言っても差し支えないだろう。そう、普通なら。

 

「……完璧だな、どっからどう見ても五河士道そのものだぜ」

 

 生憎と普通ではない七罪の目の前には、不適に笑い自信満々に言い放つ制服姿の士道の姿があった。

 一見レッドカード待ったなしに思える状況だが、実は琴里が定めた全てのルールに抵触していない。何せこれは士道本人ではなく、士道に変身した七罪が鏡に映っているだけなのだから。

 唯一問題になりそうなルール四も犯してはいない。実際には士道に近づいたわけではないし、そもそもこれは士道ではなく七罪だ。故にルール上は何の問題ない。声を聞き姿を見ることについても同じ。何か問題があるとすれば七罪にではなく、七罪が士道に変身することを禁止していなかった琴里側に問題があるだろう。

 冷静に考えてみると極大解釈や屁理屈の極みともとれる状態だが、今の七罪はなりふり構っていられるほどの余裕はなかった。実際準備を整え姿見の前へと立った時は、目の前の士道(七罪)の姿に視線を奪われぼーっとしていたのだから。

 

「さて、と。まずは――」

 

 何度か咳払いして喉の調子を整え、七罪は優しげな笑みを形作ると共に身を乗り出して鏡に片手をついた。その結果七罪の瞳に映りこんできたのは、超近距離から七罪の瞳を覗きこみ優しく笑いかけてくれる士道の姿。

 

「――大丈夫か、七罪? 辛かったらいつでも会いに来いよ。けどちゃんと五日間我慢できたなら、後でたっぷり甘えさせて……あ、これ駄目。士道の顔が私みたいなにやけ顔になって気持ち悪い。萎える」

 

 台詞の途中あたりから表情がキモくなったので中断し、思わずなりきるのも忘れて嘆く七罪。

 別に士道本人のにやけ顔なら(七罪に対してそんな顔を浮かべている状況以外は)構わないのだが、中身が七罪だと根本的に何かが違うので違和感も相まって全然宜しくない。後味最悪で気分も落ち込んでしまう。

 

「けど発想は良かったんだよな。七罪みたいなキモイ笑いをよりにもよって至近距離で……見ちまった、こと……以外、は……う、ぐぅ……!」

 

 更にはなりきりが中途半端な状態で癖になりかけている卑屈な言葉を口にして、それが士道の声と口調だったので余計にダメージを受けて沈む。

 気をつけて演じれば心の癒しを得られるはずだというのに、少しでも言葉や表情を間違えれば即座に心に傷を負いそうになってしまうリスキーな状態である。毒にも薬にもなる士道の声と言葉と表情、やはりリハビリは必要なのだろう。

 

「っ! そうだ、これなら……!」

 

 名案を思いついた七罪はすぐさま実行に移すことにした。もう鏡は必要ないので姿見に変化させていた扉を元に戻し、携帯を取りに向かう。

 携帯には幾つもの便利な機能がある。使用頻度が最も高いのは電話にメール、カメラ機能、そしてネット上で呟いたりサイトを閲覧したりなどの多岐にわたるネット関連機能というところか。

 だが今七罪が必要としているのはアナクロな機能だ。その名もボイスレコーダー機能。これを使って何をするかは至極単純。七罪はボイスレコーダーを起動し、口元を送話部に近づけ囁いた。

 

「――電話なんてしてきてどうしたんだ七罪? 寂しくて俺の声を聞きたくなったのか? ははっ、可愛いやつだな……俺もお前の声聞きたかったよ、七罪……」

 

 そして幸福や羞恥が声音に表れキモくなる前に録音終了。

 

「……再生」

 

 すぐさま再生をタップ。胸の高鳴りを感じながら耳元に携帯を近づけると――

 

『――電話なんてしてきてどうしたんだ七罪? 寂しくて俺の声を聞きたくなったのか? ははっ、可愛いやつだな……俺もお前の声聞きたかったよ、七罪。愛してる……』

「――――っ!!」

 

 ――恋焦がれた士道の声が、甘い囁きとして耳元に届いた。七罪は胸の中に広がる幸福と歓喜に身悶え床に転がってしまう。

 やっとキモさ無しの士道の声を聞けた安心感。しかも七罪への愛の言葉だという喜び。これが全て悲しい自演であることは分かっていたが、士道が七罪を愛してくれていることは事実なので虚しさはなかった。あくまでもこれは事実を事実として述べているのだけなのだ。

 

「つ、次は……そうだな……」

 

 十分身悶えして落ち着きを取り戻した後、七罪は先の言葉を保存して再び録音を開始するためにしばし台詞を考える。

 どうせなら士道が絶対に言ってくれなさそうな台詞を選ぶべきだろう。何せ今の七罪の声は完璧に士道のものなのだから、自分の言ってもらいたいことをそのまま口に出せばそれが士道の言葉となる。例え士道本人が恥ずかしくて絶対に言わないことでも、そもそも思ってもいないことでも、何でもかんでもお構いなしにだ。

 やはり七罪の能力はこれ以上無いほどに便利な能力と言えるだろう。少し前に呪ったような気がしないでもないがアレは気の迷いだったに違いない。

 七罪は無限の可能性に心を躍らせながら大きく息を吸い、携帯に向けて情熱を込めた愛の言葉を士道として発した。七罪が一番言って欲しくても、士道はそうそう言ってくれないであろう愛の言葉を。そんなことを七罪が口にしてしまう畏れ多さを堪えながら。

 

「さ……再生っ!」

 

 そして七罪は震える指で再生をタップし、すぐさま耳を傾けた。聞こえてきたのは、七罪が一番言われたい愛の言葉。それは――

 

『――七罪、愛してる! 四糸乃と同じくらい愛してる!』

「――っ!!」

 

 ――あの四糸乃と同じくらい愛されているという事実。

 その最上級の愛の言葉は心を歓喜の想いで貫き、全身を幸福感で痺れさせた。堪えきれずに七罪は床を転げ回ったほどだ。

 恐らくこの愛の言葉は事実。だが士道は誰かに対する愛情をわざわざ他の誰かと比較して口にすることなど滅多に無い。きっとそれは愛情を比較するなど失礼だと思っているからなのだろう。だが七罪にとっては四糸乃と比較した愛の言葉は考え得る限り最高の愛の言葉である。

 よりにもよって七罪風情が、あの女神でオアシスで慈愛の化身たる四糸乃と同じくらい愛されている。そして士道の想いや愛を鑑みるにそれが事実なのだから、これを本当の士道に言われてしまえば一体どれほどの喜びや幸福感が訪れるのやら。

 もちろん頼めば言って貰えるであろうことは分かっているが、それでは意味が無いし自分を愛しているかどうか何度も尋ねるのは明らかにウザイし重い。だからこそ士道には頼めず、士道が言ってくれない、七罪にとって最上級の愛の言葉なのだ。

 

「はあっ……はあっ……! よ、よし、次だ! 七罪、お前の笑顔って本当可愛いよな。にやけ顔も可愛くて可愛くて食べちまいたいくらい……うっ、おえぇぇ……!」

 

 調子に乗って心にも無いことを何度も口走った結果、込み上げてきた吐き気に七罪は録音を中断した。

 七罪の笑顔を可愛いと思ってくれているのは士道で、七罪自身は可愛いとは思っていないせいだろう。士道のおかげでキモくはないかもしれないと思っているのだが、やはりまだ身体の方が拒絶反応を催すらしい。

 

「ちょ、ちょっと、欲張り過ぎたな……もう少し軽めのものにしとくか。おはようとかおやすみとか、それくらいのものに……」

 

 吐き気が落ち着いてきた後、七罪は再び士道の言葉を録音し始めた。この辛い日々を乗り切る力を得られるように、全身全霊で士道を演じながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 薬というものはいつまでも効き目が同じというわけではない。普通のものでもヤバイものでも長い間同じ薬を使い続ければ、身体が慣れてきて効き目が薄れていってしまう。以前と同じ効き目を取り戻そうとすると量を増やさざるを得なくなり、そしてまた身体が慣れて効き目が薄れ、量を増やすを繰り返しては深みにはまっていくことになるのだ。

 七罪にとって携帯に吹き込んだ士道の言葉は正に劇薬だった。何せ一回聞くだけで幸福感に胸が締め付けられ、堪えきれずに悶絶してしまうほどの効き目があったからだ。

 だから七罪は日常のあらゆる場面で士道に言って欲しい台詞を吹き込み、事あるごとに再生して一人夢心地に浸っていた。その結果――

 

「な、七罪さん……昨夜も、眠れなかったんですか……?」

『昨日と全然変わってないみたいだけど大丈夫ー? 秘策はあんまり意味無かったー?』

 

 ――効き目はあっというまに薄れ、舞い上がっていた気分も一気に昨日の午前中と同じくらいに落ち込んでしまった。

 たぶん短期間で過剰な量を服用した副作用だろう。調子に乗って聞きまくらなければ良かったと、七罪は今更ながらに後悔していた。

 

「最初は効果あったんだけど、ちょっと調子に乗ってキメすぎたっていうか、聞きすぎたっていうか……」

「あ、あの、一体どんなことをしたんですか……?」

「あ、やっぱり四糸乃は分かってなかったのね。うん……聞いてもらった方が早いかも……」

 

 何をやったか具体的に話すのは恥ずかしいので、七罪は携帯を取り出し保存した偽士道の台詞の一つを再生した。

 

『おはよう、七罪。今日も酷い寝癖だな。でもそんなお前も可愛いぜ? 大変だろうけど今日も一日頑張れよ。ちゃんと五日間我慢できたら、後でいっぱい甘えさせてやるからな』

 

 ちなみにタイトルは朝の挨拶。今朝も聞いたのだがすでに効き目がゼロに近かったのでむしろ自演による悲しさと虚しさを覚えた。

 四糸乃はこの士道の声で吹き込まれた言葉に対して驚きを示し、しばし不思議そうに考え込んだ後不意にはっとした表情を浮かべた。これが悲しい自演であることに気付いても哀れみの視線を向けたりしないとっても優しい子だ。

 

「あ、あの……もしかしてそれは、七罪さんが……?」

『やっぱりねー。七罪ちゃーん、それズルじゃなーい?』

「る、ルールの穴をついたって言って欲しいんだけど。琴里に言われたルールは破ってないし……」

 

 そう、ずるはしていない。ルールで禁止されていない以上ずるではない、はず。

 冷静になってから良く考えてみると常識とか暗黙の了解という言葉が浮かんできてしまったのだが。

 

『そんな方法想定してないからルールにならなかっただけじゃないのかなー。それ七罪ちゃんにしかできないし』

「う、うぅ……」

『全く七罪ちゃんはズルっ子だなー。琴里ちゃんに告げ口しちゃおっかなー?』

「っ!? ちょ、ま、よしのん!? そ、それだけはお願いだからやめて!」

 

 思いのほか辛辣な『よしのん』に七罪は平身低頭してお願いした。九十時間近く士道との触れ合いを堪え、あと少しで苦労が報われるというのにここで全て水の泡になってしまうのはさすがに嫌だった。

 

『あはははー、冗談だよ冗談。七罪ちゃんの慌てた表情が見たくて意地悪しただけだからさー』

「そ、そう、良かった……ていうかよしのん、士道と考えること一緒よね。私の色んな顔見たいとか。見てて愉快なもんじゃないと思うけど……」

 

 一体何が楽しいのかは良く分からないが、何故か士道もそれが目的でよく意地の悪い真似をしてくる。まぁ士道の場合は表情だけでなくその後の反応まで含めて楽しんでいるようだが。趣味の悪い二人に七罪は内心呆れて溜息をついた。

 

「そ、そんなことありません! 私も、もっと七罪さんのいろんな表情を見てみたいです。七罪さんは以前よりも表情が豊かになってきていて、とっても可愛い表情を見せてくれるようになりましたから……」

「ぐふっ……!」

 

 そして次の瞬間不意打ちにも似た形で四糸乃の口から紡がれた言葉が、容赦なく七罪の胸を貫き羞恥と歓喜で溢れさせた。

 七罪のような言葉だけの悲しい自演ではなく、ちゃんと気持ちを込めて四糸乃が可愛いと言ってくれたのだ。まるで心臓を握りつぶされたかのような恐るべき衝撃だった。

 

『そーそー。特に笑顔が良いよね! いつもは全然見せてくれないからたまーに見られる笑顔はそのまま凍らせて永久に冷凍保存したいくらいだよー。ねー、四糸乃ー!』

「え、えっと、よしのんの言い方はちょっと変だけど……七罪さんの笑顔は、私も大好きです。もっと普段からも笑って欲しいです……その、できれば……あの夜みたいな、とっても嬉しそうな笑顔で……」

「かはっ……!? い、幾ら四糸乃のお願いでもそれは無理よ! そんな笑顔絶対キモイ類のやつじゃない!」

 

 四糸乃が顔を赤くして躊躇いがちに口にしたのは、二人で士道の相手をした夜に見せてしまった笑顔のことだろう。

 四糸乃には悪いが愛や快感で自制心を砕き割られた時だけ浮かべてしまう笑顔など人様に見せられるような代物ではない。とはいえ士道によると一切卑猥でなどなく、ただ純粋に喜びと幸せを感じて浮かべる類の笑顔らしい。

 

「そ、そんなことないです! 全然そういう感じの無い、とっても……とっても嬉しそうな、眩しいくらいの笑顔でした……」

『ねー。てっきりアヘってるとかそういう系の笑顔を期待してたからがっか……本当に驚いたよー。まさかエッチの最中なのにあんな純粋に笑えるなんてさー。さすがにあの時ばっかりは四糸乃の方がエッチな笑顔になっちゃってるんじゃない?』

「ちょ、ま、待って二人とも! もういい! もう分かったから! これ以上言われたら自分を抑えられなくなりそうだから!」

 

 容赦の無い誉め殺しに耐えられず、七罪は必死に『よしのん』の口撃を遮った。まだ何か言いたげにしていた四糸乃にも何とか言葉を飲み込んでもらう。

 これ以上追撃を受けたら正気を保てるか微妙な所だった。何せ寂しさで弱っている今の状態で優しい言葉をかけられ、飢えていた気持ちのこもった言葉で誉め殺しにされているのだから。感極まって四糸乃に抱きついてしまうかもしれないし、できることならそうしたいというのが今の正直な気持ちだ。

 

『……良いんだよー、七罪ちゃん。皆の心のオアシスである四糸乃の胸に飛び込んでおいでー? 士道くんもそうだったように、このオアシス特産の瑞々しさ抜群で柔らか食感のフルーツの虜にしてあげるよー?』

「や、柔らか食感……」

 

 『よしのん』の言葉に息を呑んで思わず四糸乃の胸元を凝視してしまう七罪と、視線を注がれ恥ずかしそうに俯く四糸乃。

 まな板の七罪とは違ってきちんと膨らみのある女の子の胸だ。あの柔らかさで以って慈愛の女神である四糸乃が優しく抱きしめ包み込んでくれる。士道が虜になるのも当然と言えるだろう。実際同性の七罪でもちょっと堕ちそうな気がしてしまう。

 

『ほらほらおいでー? 寂しい寂しい七罪ちゃんを四糸乃がたっぷり慰めてあげるからさー。そして四糸乃と一緒に百合のお花をいっぱい育てて、咲き乱れるお花畑を士道くんに見せてあげようねー?』

「あ、それが狙いね!? 言っておくけど私は抱きしめてもらいたいだけで四糸乃を穢す気は無いわよ!?」

『ちぇっ、何だそれだけだったかー……』

 

 残念極まるというようにうなだれる『よしのん』。どうも七罪が美九のように襲い掛かるとでも思っていたらしい。さすがにそれだけはどう転んでもありえないことだ。

 ただ士道が心の底から望んでそういうプレイをお願いしてきた上で、四糸乃自身が構わないというのなら場に流されてしまいそうな気もしないでもない。本人が慈愛の化身であることに加えベッドを共にしたという経験もあって、四糸乃も士道と同じく七罪を疎ましく思っていないということは心の底から理解しているのだから。

 

『じゃー話を戻すけどさー、七罪ちゃんのずるっこが効き目無くなったならこれからどうやって寂しさを紛らわすのー? ていうかそもそもあと何日あるわけー?』

「えっと、あと一日と十一時間ちょい。アレが駄目ならもう我慢するしかないと思う。せっかくここまで耐え切ったんだから最後まで耐えないと今までの頑張りが無駄になるし……」

「えっ……あ、あの、七罪さん! 二日後の何時に終わるんですか!?」

「えっ、夜十時だけど……どうしたの、四糸乃?」

 

 本当に唐突に声を荒げ、身を乗り出してリハビリの終了時間を尋ねてきた四糸乃。不思議なことに七罪が答えを返すとその瞳は衝撃に揺れ、明らかに動揺を示していた。

 

「そう、ですか……い、いえ、何でもありません……」

『あちゃー……やられたねー……』

「えっ……ほ、本当にどうしたの二人とも……?」

 

 何でも無いと言いつつ肩を落として俯く四糸乃に、短い手を額に当てて無い首を左右に振る『よしのん』。どう考えても四糸乃が嘘を突いていることは明らかだった。

 とはいえ四糸乃が意味も無く嘘をつくわけはない。きっと七罪を心配させたくない、あるいは七罪に何か関わりがあるから嘘を突いているのだろう。

 

『あー、気にしないで気にしないで。ちょうど同じ時間に七罪ちゃんと四糸乃で士道くんへのご奉仕計画を立てようと思ってただけだからさ。そのまま士道くんに夜這いをかけて朝までムフフなことをするっていう流れで。確実に士道くんが喜んでくれるって分かってるから四糸乃も乗り気だったんだけどなー』

「え、そうなの、四糸乃……?」

「え、あ……は、はい……そう、です……はい……」

 

 何としてでも真実を確かめようと決意を固めた途端、『よしのん』があっさりと話してくれた。

 内容はアレだが四糸乃が顔を赤くして躊躇いがちに頷いた以上事実なのだろう。四糸乃なら士道を喜ばせるためにその身を粉にして奉仕することに躊躇いは無いはずだ。もっとも奉仕の内容が性的なものなら『よしのん』に乗せられた可能性が非常に高いのだが。

 

「そ、そう……まぁ、四糸乃が構わないっていうなら、私もそれは、構わないけど……」

 

 恥ずかしくて目を合わせられず、あらぬ方向を向いて答える七罪。

 どちらかと言えば構わないというよりもむしろ歓迎すべきことだ。もちろん四糸乃と一緒に奉仕するということは互いの裸や感じる姿を見せ合い、肌を重ね舌を交えることになる線が濃厚なのは分かっている。無茶苦茶恥ずかしいのは相変わらずなのだがそれらはすでに一度経験済みなので初めての時よりは抵抗が薄いし、四糸乃となら構わないと思っている自分もいるのは確かだ。というか四糸乃としかこんなことはできない気がする。

 歓迎すべき理由は七罪が士道を一人で満足させられるほどのテクニックや体力を持ち合わせていないからだ。初めの頃は一人でもギリギリ満足させられていたのだが、士道の性欲が猛烈に亢進していった結果、今はもうついていけなくなってしまった。そして恐らくそれは四糸乃も同じ。

 たぶん今の士道の性欲を完全に満足させられる奉仕を一人で行えるのは琴里くらいだ。もっとも士道から琴里がそういった行為をしてくれたという話は欠片も聞いたことがない。まぁプライドのある琴里は士道に跪いてイロイロすることには抵抗があるのだろう。

 

『まー、その相談と準備は別の日にすることにしよっか。それで話を戻すけどさー、七罪ちゃんは我慢するしかないって言ったわけだけど本当に我慢できるのー?』

「……正直無理だと思う。絶対途中で心折れそう。不眠でダウンするか寂しさでダウンするかの二択だと思う」

『あー、やっぱり……よーし、そんなお先真っ暗の七罪ちゃんにこれを差し入れするよー! 四糸乃、アレを!』

「え……う、うん……」

 

 妙にテンションを上げた『よしのん』に促され、まだ沈んだ表情をしている四糸乃が傍らに置いていた紙袋を手に取った。実は四糸乃が七罪の部屋を訪れた時に持ってきたもので、中身が何なのかずっと気になっていた。まさか七罪への差し入れだったとは。

 

「え、何これ? なんかの布……?」

 

 四糸乃から手渡された紙袋を覗いて見ると、中には何やらビニール袋に包まれた白っぽい布。ハンカチくらいの大きさだが厚さはそれなりにあるので、本当はもっと大きい布を綺麗に折りたたんだものなのだろう。しかしビニールがあまりにも不透明すぎてそれ以上細かいことは分からなかった。

 

「あ、あの、それは……」

『おーっと、その先は言っちゃ駄目だよ四糸乃ー。開けてからのお楽しみなんだから。七罪ちゃん、寂しくて寂しくてどうしても我慢できなくなったらこれを開けてねー?』

「う、うん、ありがと……?」

 

 布の正体を口走りかけた四糸乃を制し、意味深な言葉を口にする『よしのん』。

 寂しくて堪らなくなったら開けろということは、何か七罪の心を癒してくれるようなものなのだろうか。若干の不安と疑いはあるがありがたい差し入れなので、とりあえず七罪はお礼を言って受け取った。

 

「が、頑張ってください、七罪さん……どうしても辛くて苦しくて一人で抱え込めないなら、いつでも私を頼ってください。私でよければ、七罪さんが眠れるように添い寝でも何でもしますから……」

「よ、四糸乃が……添い寝でも……何でも……!?」

 

 とても魅力的な励ましを口にした四糸乃に、思わず目を剥いて驚いてしまう。四糸乃と添い寝ということは二人で身体を寄せ合って眠る、ということなのだろうか。それとも四糸乃が七罪をその柔らかそうな胸に抱き寄せ、慈愛で以って眠りに導いてくれるのだろうか。

 

『お、七罪ちゃん今エッチなこと考えたー? やっぱり百合のお花を二人で育てる?』

「えっ、あ、ちが……!」

「私じゃあ、力になれませんか……?」

「そ、そんなことないわよ、四糸乃! 気持ちだけでも嬉しいし! それに確かに良く眠れそうだし……」

 

 落ち込んだ様子を見せる四糸乃を慰めるためにこちらも何とか励ましの言葉をひねり出す。

 実際の所はたぶん寝付くのに相当時間がかかるだろう。緊張と羞恥で眠れない可能性も大いにあり得る。二人で士道の相手を務めた夜もベッドを共にしたが、あの時は間に士道がいたのだ。二人きりでベッドに入り身を寄せ合ったら何か間違いが起こるかもしれない……いや、何故四糸乃との間に間違いが起こると思ったのか。そう思ってしまった時点で絶対避けるべきことだろう。どうも七罪は自分が思っている以上に寂しさで弱っているらしい。

 

「じゃ……じゃあ本当に困ったら、頼んでも良い……?」

「は、はい……任せてください」

 

 それでも四糸乃のためにそう答えた。頼りにされたことが嬉しいのかにっこりと笑う四糸乃。相変わらず七罪には眩しくて浄化されてしまいそうな笑顔だ。

 ただ本当は頼まれないと薄々気がついているのだろうか、四糸乃の笑顔はどこかぎこちないものだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うー……あー……!」

 

 妙に遅く感じる時が流れ、真夜中。寂しさを紛らわす手段を失った七罪は再び眠れずにもんどりうっていた。

 

「あ、あと、二十二時間と四十一分……! でも、もう無理よぉ……! しどおぉぉぉ……!」

 

 会いたい。キスして欲しい。抱きしめて欲しい。愛してると言って欲しい。恥ずかしくて口になど出せない想いが胸の中に溢れていく。むしろ気を抜くと口から言葉として零れてしまいそうだ。

 士道断ちからおよそ百時間。もう七罪は限界だった。

 

「あ……そういえば、よしのんがくれたアレ。アレを開ければ、もしかして……」

 

 ふと『よしのん』からの差し入れを思い出し、ベッドから起き上がる。

 確か寂しさが我慢できなくなったら開けると良い、とのことだったはず。今開けずにいつ開けるというのか。七罪はベッド脇に置いていたそれを手に取り、包装を解いていった。やたら不透明だと思ったらどうも包装は何重にも重ねているようだ。

 

「な、何かこれでもかってくらい密封してあるわね。これ一体何なのかし――ら!?」

 

 最後の一枚を破り中身の布地が外気に晒された瞬間、七罪の身体を衝撃が駆け巡った。士道に優しく抱きしめられているような堪らない幸福感と安心感が、突如として。

 しかしそれも当然のこと。中身の布地はある意味七罪が求めていたものだったのだから。

 

「し……士道の、シャツ……! 士道の、匂い……!」

 

 士道の身体の匂いが染み込んでいるシャツ。『よしのん』からの差し入れはそれだった。

 しかも匂いの染み付きがとんでもなく濃厚。まるで士道の汗に漬け込んだかのように匂いたっぷりだ。恐らくこれは士道が誰かとイケナイことをしている時に着ていたものなのだろう。もしかすると相手は四糸乃なのかもしれない。

 

「はふぅ……!」

 

 顔を近づけ数回匂いを嗅ぐだけで、濃厚な士道スメルに幸福の眩暈を起す七罪。

 確かに士道の身体の匂いは嫌いではないし汗の匂いも臭いとは思わない。本音を言えばちょっと好きだ。しかし今の七罪には最早中毒になりそうなほど刺激的で爽快感たっぷりの危険な香りに感じられた。近い表現を挙げるなら依存性のある溶剤にミントやフルーツの香りをつけたようなもの、というところか。

 顔を埋めたら一体どれほど幸せになれるだろうか。どれほど安心できるだろうか。魅せられたように七罪は士道のシャツへと更に顔を近づけ――

 

「――はっ!? い、今私何やってた!?」

 

 ――すんでのところで正気に戻り、意志力を総動員して顔を逸らした。危なく欲求に飲まれ我を忘れてしまうところだった。

 以前もこんな風に士道の匂いで寂しさを紛らわせたことがあったが、それは邪道極まる紛らわせ方だ。士道は寂しさからやったことがむしろ可愛いと言っていたものの、七罪としてはどう考えても変態的な行為で躊躇いがある。

 しかし『よしのん』がこれを差し入れしたということはその変態的な行為で以って寂しさを紛らわせ、ということなのだろう。確かにこれがあれば寂しさはしばらく吹っ飛ぶに違いない。何せ七罪が再現した紛い物などではなく、正真正銘本物の士道の匂いなのだから。

 

「さ、さすがにこれはちょっと……」

 

 幾ら何でもこんな危ない真似はしたくない。七罪はシャツを袋の中へと戻し、後ろ髪引かれる思いを抱えながらも根性でベッドへ戻った。

 幾ら士道がこの行為を快く受け止めてくれても、変態的な行為だと自ら恥じている七罪には快く行うことなどできない。具体的には倫理的とか道徳的にしてはいけない行為に思えて躊躇いがある。

 というか一番やりたくない理由は折紙とか美九のいる領域に足を踏み入れることになりそうだからだ。あの二人と同じ人種になってしまうのはちょっと勘弁して欲しい。

 

「でも……どうせ私、すでに一回やったのよね……」

 

 ベッドに潜り込んだままもう一度件のシャツを見やる。

 そう、七罪はすでにその行為を行ってしまったのだ。あの四糸乃と士道の初めての夜に。無人の士道の部屋へと無断で侵入し、変態的な行為だと理解していながら抗えずにベッドへと潜り込み、士道のシーツを被り士道の枕を抱きかかえて顔を埋め、その匂いに浸りながら眠りについた。

 考えてみれば今更躊躇っても恥ずかしがってももう手遅れなのだ。すでに七罪は過ちを犯し、道を外れてしまっていたのだから。

 つまりは七罪もめでたく折紙と美九の仲間入りを果たした立派な変態ということ。それに七罪はベッドで性格が変わってしまう立派な痴女だ。そんな奴が今更何を気兼ねする必要があるのだろうか。

 

「あははっ……もう、いい……うん……これくらいのこと、何だってのよ……」

 

 もう何もかもどうでも良くなり、七罪は自分の欲求に素直に従うことにした。

 ベッドから這い出て躊躇い無く士道のシャツを手に取り、そして――顔を埋めた。

 

「う、あぁぁ……!」

 

 濃厚な士道の香りが鼻腔を走りぬけ脳髄を貫き、頭の中を真っ白に染め上げる。

 気分は極楽。愛する人に抱かれその胸に顔を埋めている幸せな感覚。最早背中に回される腕の感触や温もりすら感じられそうなほど。

 若干トリップしながら七罪はシャツを握り締めたままベッドへと潜り込んだ。そうして身体を丸めると共にシーツを頭まで被り、密閉する。士道の匂いをほんの少しでも逃がしてしまわないように。

 

「あぁ……ヤバイ、もう落ちそう……」

 

 まるで催眠ガスのように七罪の意識を薄れさせていく士道の匂い。先ほどまでは全く眠れなかったというのに、今度は気を抜いた瞬間眠ってしまいそうだった。

 しかし気を抜いたって別に構わないのだ。ここは士道の部屋ではなく自分の部屋。朝までこのままでいても誰にも七罪の行為は知られない。

 ひょっとすると琴里がまた覗いてるかもしれないが、最早今更である。七罪のベッドでの豹変具合やら何やらはすでに知られているし、たぶん七罪が士道の部屋でこうして眠りについたことも知っているだろう。この状況をルール違反に取られてしまったとしたら今更止める意味も無い。だからもうどうでも良かった。

 

「おやすみ……士道……」

 

 七罪は睡魔と欲求に身を委ね、安らかな眠りについた。士道のシャツを胸に抱え、顔を埋めて士道の匂いに浸りながら。

 もちろん朝までぐっすりだったことは言うまでもない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、リハビリの合否だけど……」

「……っ」

 

 翌日、午後十時。

 魔のアイテムを用いて寂しさを紛らわせた七罪は何とか期限まで耐え切ることができた。とはいえ虚しさという名の反動が凄まじかったため、本末転倒気味だがそれも誤魔化すために度々このアイテムを使い続けた。リハビリ中なのに中毒状態に陥っている気もしたがそうでもしなければ正気を保てそうになかったのだ。

 今ではすっかり士道のシャツからは匂いが無くなり、代わりに七罪の匂いが染み付いている。まさか汗がたっぷり染み付いていた上に一日も経っていないのに嗅ぎつくしてしまうとは。自分でやっておいてなんだが驚きである。

 残る問題は琴里が合格をくれるかどうか。七罪がやらしたことを知っているのなら、ルールで禁止されていない行為を認めてくれるかどうかにかかっている。七罪は固唾を呑んで琴里の言葉を待った。

 

「……ま、合格ということにしてあげるわ。あなたは当初のルールには一度も反してないし、士道本人と何らかの接触を行ったわけでもないから。少なくとも士道本人とは、ね?」

「……何で知ってるのかはもう聞かないことにするから私がやったことには絶対触れないで。お願い」

 

 ニヤニヤ笑いながらも合格をくれたあたり、やはり七罪がやらかしたことは全て把握しているのだろう。

 というかもうあえてルールの穴を作ってくれたような気さえした。冷静になって考えてみると、士道のおかげでせっかく精神状態が安定していたというのに、七罪の心が折れることで乱れてしまえば元も子もない。たぶん表立って口にはしなかったが救済措置として認めていたに違いない。

 

「本当は色々言ってやりたいことがあるのだけど、あなたは良い意味で私の予想を裏切ってくれたから触れないことにしておいてあげる。おめでとう、七罪。まさか無事に乗り切るなんてさすがに驚いたわ。ま、四糸乃の方は予想通り駄目だったけど」

「え……ちょ、ちょっと待って。四糸乃は駄目だったの……?」

 

 あまりにも意外な言葉に七罪は耳を疑った。その前に七罪がリハビリに耐えられないと予想していたような言葉を零していたが、そんな些細なことよりも四糸乃の方が重要だ。残念なことに聞き間違いではなかったらしく、琴里はあっさり頷いた。

 

「結構頑張っていたけど四糸乃は耐え切れずに降参したわ。ちょうど昨夜の出来事ね」

「嘘、四糸乃が……? そもそも四糸乃は何をやってたわけ?」

「ふふっ、それはあとで四糸乃から聞きなさい。ただ降参の理由は聞かない方が良いわ。四糸乃が辛い思いをするだけだから」

「ほ、本当に一体何やらせてたのよ……」

 

 意味ありげな微笑みを浮かべる琴里に七罪は疑いの眼差しを向ける。まさか七罪ほど士道に深く依存しているわけではない四糸乃がたった三日で音を上げてしまうとは、一体どのような地獄の試練を課したのだろうか。

 

「そんなことよりあなたには他に考えるべきことがあるわ。士道との旅行の件だけど、できれば明日にしてくれると私としては助かるのよ。ただそうすると期間は明日の夕方あたりから明後日の早朝くらいまでの期間になるけど」

「ちょっ!? 明後日って士道の学校始業式じゃなかった!?」

「だから逆に都合が良いのよ。他の精霊たちには新学期の準備や諸々をさせる予定だから。まぁどうしても嫌なら別の日でも構わないけれど、さすがにスケジュールの調整が難しくなるわよ」

「わ、分かった……じゃあ明日で良い。どこに行きたいかとかはもう考えてあるし……」

 

 ちょっと思うところはあったが頷いた。そういう理由なら仕方ないし、七罪はあまり贅沢を言って良い立場ではない。

 それにかなり急な話とはいえ別段準備が必要になったりはしないところなので特に問題はなかった。問題があるとすれば士道の希望も聞くので場合によっては行き先が変わるかもしれないことくらいだ。

 

「そう、なら早速――いえ、明日の午前中に教えてくれれば良いわ。今夜はもうあなたは朝までスケジュールが詰まってるでしょうものね?」

「う……」

 

 琴里は最高に意地の悪い笑みを浮かべ、七罪の身体に上から下までじっくりと視線を注いでくる。七罪はついさっき頭の天辺から爪先まで念入りに身体を洗い、これでもかというほど髪を梳かし肌の手入れもしたばかりだ。

 久しぶりに士道に会うのだからできる限り可愛い自分を見せたいというのが七罪自身の理由だが、琴里が暗に触れているのはもう一つの理由の方だろう。つまりは士道に襲われても大丈夫なように準備を整えている、ということの方。きっと襲われるであろうことは、すでに七罪には分かっていたのだから。

 

「もう……会いに行っても、良い……?」

「……ええ、好きにしなさい」

「っ……!」

 

 士道に会いたい気持ちを抑えられない七罪は答えを聞くなりすぐさま走り出してしまった。居心地の悪さも手伝っている節はあるのだが、一刻も早く士道に会いたいという気持ちも確かに胸の中にある。

 今すぐ士道と顔を合わせ、その手で優しく抱きしめてもらいたい。七罪の名前を、愛の言葉を、その口から聞かせて欲しい。最早気持ちが確かにあるというよりも、もう七罪の胸の中にはそれしかなかった。

 

「本当にリハビリの効果はあったのかしらね……?」

 

 部屋を出る寸前最もな疑問が聞こえてきたが、なるべく考えないようにしておいた。

 琴里の許しを得た七罪は遮二無二走った。目指す場所はもちろん一つ。士道のところだ。

 全力でマンション内を出入り口まで駆け、マンション前の道をひた走り、飛び込む形で五河家に突入。速さだけなら警官隊の突入に勝るとも劣らない手際である。

 もう靴も投げ捨てる形で脱ぎ捨て、二段飛ばしで一気に階段を駆け上がる。部屋の前に辿りついた瞬間、最早ノックする時間すらもどかしく七罪はすぐさま扉を開けた。

 

「……っ!」

 

 そして七罪の目の前に広がったのは見慣れた士道の部屋と、士道のベッド。そして待ち構えていたようにベッドに腰かけ優しげに微笑みを向けてきている士道本人。もちろん鏡に映った偽物などではなく、百パーセント本物の士道であることは疑いようがなかった。

 やっと再会できたことに最早感激に近い嬉しさを覚えてしまった七罪は、駆け寄ることも忘れて立ち尽くしてしまった。

 

「……ほら、そんなとこ突っ立ってないで早く来いよ。抱きしめてやるから」

 

 するとそんな七罪に士道が笑いかけてくる。どことなく呆れたような、それでいて優しさに満ちた笑顔を。

 更には両腕を広げ、好きなだけ甘えて来いと身体全体で語りかけてくる。

 

「――っ!」

 

 辛抱堪らず、七罪はほとんど体当たりのような形で士道の胸の中へと飛び込んだ。

 

「は、ふぅぅ……!」

 

 身体を優しく包み込んでくれる士道の温もりに感極まった声を零してしまう七罪。蕩けるほど幸せそうな顔をしているであろうことが自分でも分かる。

 背中に回し抱きしめてくれる士道の両腕にはさほど力はこもっておらず、温もりも互いの衣服を通しての儚いもの。だが寂しさと恋しさに気が狂いそうになっていた七罪にはあまりにも刺激的な感覚だった。

 衣服越しに士道と触れ合っている肌は痺れすら覚えるほどに深く士道を感じていて、儚い温もりはむしろ焼け付きそうなほどに胸の中を熱く満たしていく。最早心も身体もやっと士道と触れ合えた喜びに完全に舞い上がっていた。

 そして舞い上がり我を忘れかけている七罪は、この程度の触れ合いではまだ満足できなかった。

 

「んっ……ん、ぅ……ちゅ……!」

 

 もっと触れ合いたいという欲求に突き動かされるまま、士道の腕の中で顔をあげ七罪自ら唇を奪う。あまりにも大胆かつ積極的な行動に驚いたのか、士道の両肩に置いた手の平に強張った感触が伝わってくる。

 頭が冷えたら恥ずかしさに転げまわってしまうかもしれないが、もうそれでも構わなかった。五日間もの間士道と触れ合えなかった寂しさを埋められるのなら、一時の羞恥に耐えるくらいわけはない。

 

「っ……はっ……愛してるぞ、七罪……っ……愛してる……」

「ふああぁぁぁ……! しどおぉぉ……!」

 

 驚きからすぐに立ち直り、士道は優しく口付けに応えてくれる。更には七罪の苦しみを見抜いていたのか合間に幾度も気持ちのこもった愛を囁いてきた。

 本当の自分へ向けられる脳髄が蕩けそうなほどの甘い言葉にくらくらきて、危うく意識が飛びそうになってしまう七罪。やはり気持ちのこもった本物の愛の言葉は次元が違う。自分で士道になりきって口にした愛の言葉とは、同じ言葉でも比較にならないほど桁違いに強い幸福感を感じられた。それこそ完璧に骨抜きにされ、頬を引き締める力どころか口付けを続ける力すら失われてしまったほどに。

 

「ん、んぅ……ちゅ……し、どぉぉ……っ、ぁ……!」

 

 しかし脱力して動けない七罪に代わり、士道が口付けを続けてくれた。激しさなど微塵も無い、七罪を慰め愛を感じさせるためだけの想いのこもった口付けで。

 そうして七罪はまるで恭しく手を取られダンスをリードしてもらっているかのように、優しく絡められる士道の舌先による深い口付けに酔いしれていった。

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅ……どうだ落ち着いたか、七罪?」

「うん、何とか。でもまだ離さないでくれると嬉しい……」

 

 士道の優しく愛情のこもった口付けにより、やっと寂しさを完全に埋めることができたが七罪。

 頭が冷えたことでとんでもない恥ずかしさに見舞われているが、士道の腕の中から離れる気はなかった。今夜はずっと士道の腕の中にいたい気分だったからだ。

 その気持ちを伝えるように士道の服の胸元をぎゅっと掴むと、背中に回されていた士道の両腕により力がこもっていく。

 

「好きなだけ抱きしめててやるから安心しろ。それにしてもお前があれだけ甘えてきてくれるなんてな。俺も寂しいのを我慢してた甲斐があったってもんだぜ」

「……士道も、寂しかったわけ?」

 

 ちょっとした意外感に見舞われ顔を上げてみると、確かに士道の顔には寂しさを思い出したような辛さが浮かんでいた。 

 

「寂しかったに決まってるだろ? いつも傍にいてくれた愛する人が急にいなくなったんだから、寂しいどころの騒ぎじゃねぇよ」

「そ、そう……でも、それって――」

「――先に言っとくと一番気持ちよくなれるお前の身体が恋しかったってわけじゃないからな。またそういう卑屈なこと言ったら腕離すから、良く考えてから喋った方が良いぜ」

「う、うん、じゃあそこは聞かないことにしとく……」

 

 正しくそれを尋ねようとしていた七罪はギリギリで言葉を飲み込んだ。さすがに今この瞬間の幸せを手放してまで卑屈を貫き通したくはなかった。

 

「じゃあ代わりに一つ聞きたいんだけど、よしのんが言ってたことって本当なの? 寂しかったって言うわりにはずいぶん元気にしてたって聞いたわよ。琴里と」

「あ、あー……えっと、それは……」

「あー、そう……寂しかったっていうわりにはよろしくやってたのね。私があれだけ辛い思いをしてた時に……」

 

 自身の身体を抱く士道の腕が明らかに強張ったので答えは必要なかった。

 どうやら七罪が寂しさで眠れなくなるほど苦しんでいたというのに、当の士道は寂しいと言いながら琴里と色々やっていたらしい。しかも『よしのん』から聞いた話が嘘で無いなら朝昼晩程度の回数では無い。

 

「い、色々理由があるんだよ! 色々! て、ていうかそう言うお前の方こそ本当にルール守ってたのかよ? 何か反則とかしてたんじゃねぇだろうな?」

「っ! は、反則なんて、し、してないわよ……?」

 

 焦ったように言い返してくる士道に、今度は七罪の身体が強張ってしまう。

 見ようによっては反則と取れなくも無いことをそれと分かっていながらめいいっぱいやらかしたせいで身体が正直に反応してしまったのだ。

 無論抱き合っているのだから七罪の身体の強張りが士道に真実を伝え、ニヤニヤ笑いを浮かべさせていた。やはり浮かべている状況に問題のある笑みだ。

 

「へー、してないのか。そういや洗濯してた時に気付いたんだけどシャツが一枚無くなってたんだよなぁ」

「……折紙とかの仕業じゃない?」

「ああ、なるほど――って、本当っぽい誤魔化しするなよ。一瞬納得しちまったじゃねぇか……」

 

 一瞬納得したようだがさすがに騙されなかったらしい。士道の視線が逆に険しさを増す。

 せっかく五日ぶりに顔を見られたのだから、そんな怒ったような顔よりも笑顔や優しい顔を見せて欲しい。七罪は大人しく口を割ることにした。

 

「それは私じゃなくてよしのんの仕業だから。その……よしのんが差し入れに持ってきてくれただけで……」

「んー……それくらいなら反則じゃないよな。お前のことだから俺のシャツに顔を埋めて添い寝してもらってる程度の可愛い使い方しただけだろうし」

「ま、まぁ、それは反則じゃないわよね……うん……」

 

 ばっちりと使用方法を見抜かれたあたり、七罪がどれだけ辛い気持ちだったかは分かってくれているようだ。とはいえ七罪が他にやらかしたことには気付いていないらしい。できれば言いたくないので七罪は思わず目を逸らし、身を縮めてしまう。

 

「……おい、七罪。何だその反応。もしかして変なことに使ったとかじゃないよな? 俺の匂いを嗅ぎながら一人で、とか……?」

「そ、そんな変なことに使ってないわよ!? 顔埋めて抱きしめながら眠っただけよ!? ただ、その……他にちょっと、反則かもしれないことしただけで……」

 

 そしてその反応が原因で失礼な勘違いをさせてしまったので、やむなく真実を伝えることにした。

 

「……何やったんだ? 怒らないし琴里にも言わないから言ってみろよ」

「別に怒られることじゃないはずだし、琴里も知ってるから良いんだけど……その……ちょっと士道に変身して、言われたいこととか携帯に吹き込んで聴いてみたり……」

「それはさすがにギリギリ反則じゃねぇか? 良くそれで琴里のやつオーケー出したな」

「仕方なかったんでしょ。私があんまり無理しすぎて精神状態乱れたら元も子もないから。まぁ、効いたのは最初の内だけですぐに全然効果なくなったんだけど……」

「へぇ、そんなことしてもあんまり意味無かったのか……そりゃ良かった」

「……良かった? 結局私が寂しくて辛いまま過ごすしかなかったのに良かったってこと?」

 

 さすがに今の士道の台詞は聞き捨てなら無い。

 名残惜しいが真意を確かめるために一旦士道の腕から離れ、あろうことか嬉しそうに笑っているその顔を睨み上げた。仮にも愛する人が辛い思いをしていたというのに良かったと言うとは何事か。

 

「おっと、悪い。お前が俺に変身してやったことが意味無かったってことは、本物の俺じゃないと駄目ってことなんだろ? ちゃんと俺自身を求めてくれてるって改めて分かって嬉しくてつい言っちまったんだよ。ごめんな、七罪」

「う……」

 

 そして予想外のことを言われ、言葉に詰まって俯いてしまう。その喜びは七罪自身が一番良く分かっているのだから、責めることも否定することもできなかった。

 

「……俺もお前自身を求めてるってこと分かってるよな、七罪? 偽物とか嘘とかじゃない、本当のお前自身を」

「……うん、分かってる」

 

 真摯に語りながら距離を詰めてきた士道に再び抱き寄せられる七罪。

 せっかくの幸せで穏やかな時間だがその言葉が事実だと分かっているからこそ、誠実の仮面を被って今士道が本当に求めていることも許してやれる。

 

「あと、せっかく良い雰囲気なのに性的な意味で私の身体を狙って台無しにしてることも分かってるわよ」

「う……す、すまん……」

 

 正面から抱き合っていたので身体の反応で最初から分かっていた。何せ最低でも毎晩発散しないと日常生活に支障をきたしかねないほど性欲に溢れている士道が、本当に七罪自身を愛し求めているというのに五日間も触れ合えなかったのだ。琴里とやたらよろしくやっていたのはその辛さも手伝ってのことなのだろう。

 

「け、けど、これもちゃんとお前を求めてるって証拠にならないか?」

「なる、けど……もうちょっとくらい我慢しなさいよ、全く……」

 

 苦い顔で苦し紛れの屁理屈を零す士道に呆れて物も言えない七罪。

 とはいえ士道がここまで盛っているのは元を辿れば七罪のせいだ。それに先ほどは自分が楽しむためのものではなく、七罪を慰めるためだけのキスをこれでもかというほどしてくれた。受け入れる理由はあっても、拒否する理由などどこにもない。

 七罪は自分を優しくベッドに押し倒し覆い被さる士道に抵抗はせず、むしろ引き寄せるようにその背中に手を回す。

 

「会いたかった、七罪。愛してる……」

「うん。私も、会いたかった……愛してる、士道……んっ――」

 

 それだけ言い切ると自ら顔を寄せ唇を重ねた。

 七罪ほどではないし得られる快感の強さのせいもあるだろうが、間違いなく七罪を恋しく思い寂しさを抱えていたその身体と心を満たしてあげるために。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





 「私の名前は○○○○、依存症です」 → 「やぁ○○○○」
 洋画とかではリハビリを行っている人たちの集まりで話をする時は何故か高確率でこの始まり方。
 次回は七罪のエロ話ではなく四糸乃の非エロ話です。結局四糸乃は一体何をしていたのかというお話。でも降参するっていう結果が分かっているから面白くないかなぁ……。
 

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