※この作品はR-18です。

士道クリミナル   作:サイエンティスト

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 風邪やら肺炎やらでしばらくダウンしていましたがやっと続きを書けました。
 今回は七罪のお話とほぼ同時進行の四糸乃のお話です。
 残念ながらエッチなシーンはないです。エッチな話題はいっぱいあるんですけどね。誰のせいかは言わずもがな。



〇四糸乃サイレンス

 一月五日、早朝。愛する人へのモーニングコールをしてあげるために四糸乃は士道の部屋を訪れていた。

 本来ならこの役目は士道と夜を共にした人物のものである。昨夜は琴里と夜を共にしたはずなのでその役割は本来琴里に与えられるはずだった。しかし今回はその役割を琴里が四糸乃に譲ってくれたのだ。とはいえそれが親切心からのものではないということを、とある事情から四糸乃は理解していた。

 

『ちゃんと今日も気をつけるんだよー、四糸乃ー。一度のうっかりでぜーんぶ台無しになっちゃうんだからね?』

「……っ」

 

 ベッドで熟睡中の士道の姿を前にしてきつく念を押してくる『よしのん』。四糸乃はたっぷり深呼吸してから無言で強く頷いた。

 そして仰向けで眠る士道の肩辺りに右手を伸ばし、声はかけずにその身体を揺さぶっていく。

 

『おーい、士道くん朝だよー! 早く起きないと士道くんの身体の一足先に起きてる士道くんの方に悪戯しちゃうよー!』

「……っ!」

 

 『よしのん』の冗談と思しき冗談に流され、ついシーツに覆われた士道の身体の一部分に視線を向けてしまう四糸乃。生理現象なので仕方ないがその部分は朝からとても元気そうだった。シーツを押し上げてこれでもかというほど自己主張している。

 本当に士道が心から望みお願いしてきたなら、躊躇いや恥ずかしさはあるが四糸乃は『よしのん』の言葉通りのことをするつもりだ。士道のお願いを全て叶え士道の命令全てに従うことこそが、積み重なる疲労や心労を癒してあげるために四糸乃ができる唯一の方法なのだから。

 だが今回だけはその例外。例え士道がそれを望んだとしても四糸乃はできる限り拒否するつもりだ。きっと従ってしまえば絶対にルールを破ってしまうから。

 

「ん、もう朝か……おはよう、四糸乃。よしのん……」

 

 四糸乃が身体を揺さぶり『よしのん』が呼びかけることで士道は目を覚ましたらしい。眠そうに目蓋を擦っていたが、四糸乃の姿を瞳に収めると微笑みを浮かべながら朝の挨拶を口にしてくれた。

 そして四糸乃は反射的に挨拶を返そうとして口を開きかけ――

 

『――おはよー士道くん!! 今日もナイスなモーニングだよー!!』

「……っ」

 

 ――すんでのところで『よしのん』が短い両手で口を塞いでくれた。

 気をつけろと言われたばかりだというのに早速失敗を犯しかけてしまい、自分の不甲斐なさにに四糸乃は口を塞がれたまま俯いた。

 

「どうしたんだ、四糸乃……って、ああ。そっか……」

 

 そんな四糸乃の様子を疑問に思ったのか首を傾げる士道だったが、すぐに理由を思い出したらしく納得のいった顔を浮かべた。ただしそれはすぐに胸が痛くなるほど切なげに歪んでいく。

 

「……何か四糸乃におはようって言って貰えないと一日が始まらない感じがするな。早く四糸乃の声が聞きたいぜ……おはよう、四糸乃」

「っ――」

 

 そして四糸乃の頬に手を添え、優しく口付けてくれた。本来ならおはようのキスはほんの一瞬触れ合わせる程度のものなのだが、今回は幾度も触れ合わせてしっかりと唇の温もりを伝えてくれた。

 それはきっと自らの切なさを埋めると共に、四糸乃を慰め力を与えようとしてくれたのだろう。士道に声をかけることを禁止され、沈黙を強いられている四糸乃のために。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、あの、琴里さん! 私にも、七罪さんと同じ試練を与えてください!」

「……何ですって?」

 

 二日前の夜、四糸乃は琴里にそう頼み込んだ。

 五河家で夕食をご馳走になった後のことであり、その時食卓を囲んでいたのは士道に琴里、四糸乃、そして遊びに来ていた八舞姉妹。

 当然ながらリハビリに挑戦中で士道に会うことを禁止されている七罪の姿は無かった。それは寂しくもあり、同時にとても心苦しかった。四糸乃がこんな頼みごとをしたのはその心苦しさが最後の一押しとなったからだ。

 

「七罪にリハビリを課したのは過剰なまでに士道に依存しているからよ。別にあなたは士道に依存しているわけじゃないんだからそんなことをする必要は無いわ」

「でも、七罪さんが一人で辛い思いをしているのに、私だけいつも通り士道さんと幸せに過ごすことなんてできません……!」

 

 怪訝な顔をしていた琴里に四糸乃は思いの丈をぶつける。

 大切なお友達が愛する人に会えない寂しさに苦しんでいるというのに、自分は好きなだけ愛する人に会えて幸せに浸れる。四糸乃はそんな今の自分の状況に納得できなかった。

 本当にお友達なら苦しみも悲しみも分かち合うべきだろう。少なくとも四糸乃は七罪一人で抱え込んで欲しくなかった。だからこそ自分も同じ苦しみを背負うことで、少しでも七罪の力になれればと思ったのだ。

 

「ふぅん、そういうこと。美しい友情ねぇ……」

 

 きっと四糸乃の気持ちを理解してくれたのだろう。琴里は微笑ましいものを見るように優しげに笑ってくれた。

 ただ微笑みというには少し唇が吊り上りすぎているような気もした。

 

『でしょー? でもよしのん的には同じご褒美も欲しいなーって思ったり……』

「えっ? わ、私はそんなつもりじゃ……!」

「ええ、それは分かってるわ。だけど七罪にもご褒美があるんだからあなたにもご褒美が必要でしょう。その代わり……七罪と同じくらい辛い思いをしてもらうことになるわよ? その覚悟はある?」

「は、はい……望む所、です……!」

 

 極めて鋭く真剣な瞳で真っ直ぐ見据えてきた琴里に、四糸乃は視線を逸らさず強く頷いた。それくらいでなければ七罪と苦しみを分かち合うことなどできない。自分だけ楽をしようなどと考えるようではお友達とは言えないだろう。

 四糸乃の返事に満足したのか瞳の鋭さを収めてくれる琴里。ただし今度は四糸乃にも分かるほどはっきりと、悪戯を企んでいるような面白がる笑みが見え隠れし始めていた。

 

『さー琴里ちゃん、四糸乃には一体どんな試練を課してくれるのー?』

「そうねぇ……あなたの場合はさほど士道に依存はしていないし、かといってセックスに依存しているわけでもないし。士道と会うことを禁止したからと言ってさほどダメージを受けるとも思えないわね……」

 

 口に咥えた棒つきキャンディを指で弄びながら考え込む様子を見せる琴里。どうもすぐには考えが浮かばないようで、弄る指を左手のものにしたり右手のものにしたりとしばらく交互に替えて悩み続けていた。

 そんな様子を固唾を呑んで見守っていると唐突に指先の動きが止まり、真剣に考え込んでいたはずの表情には先ほどの比ではないほど意地悪な笑みが浮かんだ。どうやら名案を思いついたらしい。

 

「……士道との会話を禁止する、なんてのはどうかしら?」

「っ!?」

『おおーっ!? それは辛い!』

 

 自身満々に言い放つ琴里と、あまりにも辛い仕打ちに目を剥いてしまう四糸乃。

 会話を禁止するということは会うことそのものは禁止ではないのだろう。会うことそのものを禁止されている七罪には及ばないかもしれないが、会えるのに話せないというのは想像以上に辛そうに思えた。

 

「電話、メール、そして手紙。文字と言葉を用いたありとあらゆる意思疎通の方法を禁止よ。ただし禁止するのは四糸乃、あなたからの意思疎通だけ。身振り手振りでの返事くらいなら構わないし、一度よしのんを通せば会話だって構わないわ。ただしそれが例え士道に向けたものでなくとも士道に聞こえる大きさで何か喋ったらその時点でアウトよ」

『なるほどねー。よーし、任して四糸乃ー! よしのんが四糸乃の言葉を面白おかしく編集改竄して士道くんに伝えてあげるよー!』

「そ、そのまま伝えて、よしのん……!」

 

 意気揚々に胸を張る『よしのん』に四糸乃も不安を隠せなかった。

 『よしのん』のことなので言葉の全てというわけではないだろうが、大部分がエッチなものに変更されるのは目に見えている。言葉での否定を禁止されているので四糸乃にできるのは首を振っての否定のみ。あまり変なことを言って士道を困らせて欲しくは無いのだが、四糸乃に止める手段がほぼ無い以上最早『よしのん』が好き放題する未来しか見えなかった。

 

「さっそく前途多難ね。だけど七罪と同じ辛さを望むなら手加減はしないわ。期限は今日から四日後の夜十時まで。毎朝士道を起しに来てそのまま夕方まで士道の傍で過ごしなさい。そして期限と内容は絶対に誰にも言わないこと。良いわね?」

「わ、分かりました……」

 

 更に突きつけられる酷なルールに不安を煽られながらも四糸乃は頷く。

 会話できないのに毎日半日近く一緒に過ごせとは、どうやら本当に琴里は手加減などしないようだ。

 おまけに朝から夕方まで士道の傍にいなくてはいけないということは、それまでは七罪の元を訪れてお話するができない。それが残念で余計に気持ちが沈んでしまう四糸乃だった。

 

「……それとこれはルールに矛盾して聞こえるでしょうけど、毎日朝から夕方までの時間内に一度だけ七罪の様子を見に行くことを許可してあげるわ。さすがに今の七罪を一人きりにしておくのも不安だし、一時間くらい七罪の話し相手になって寂しさを和らげてやりなさい」

「あ……! は、はい、ありがとうございます……!」

 

 しかしまるで四糸乃の心を見抜いたかのように優しいルールを付け足してくれた。

 変わらず七罪とのお茶会を行うことは認めて貰えたので、四糸乃は頭を下げてお礼を口にしておく。七罪の寂しさを少しでも和らげてあげることができるなら行かない手は無いし、元々夕方を迎えたら行くつもりだったのだから好都合である。

 四糸乃も同じような試練に挑戦していることを七罪が知れば、苦しんでいるのは自分一人ではないということが分かってきっと少しは元気になってくれるはずだ。

 そして一緒にこの試練を乗り越えて喜びを分かち合い、苦楽を共にして今よりも友情を深め合えば、きっと七罪は士道だけでなく四糸乃にももっと色々な表情を見せてくれるようになるはずだ。

 

『んー、なーんか腑に落ちないなー。半日の内一時間も時間を削って七罪ちゃんの話相手になって良いなんてさー』

「よしのん……?」

 

 友情を深め合った後のことを考えていると、不意に『よしのん』が疑惑に満ちた声音で呟きを漏らす。見れば何やら深く考え込むように腕を組み首を捻っている。 

 

「何が腑に落ちないの、よしのん? 琴里さんは七罪さんの寂しさを和らげてあげるためって……」

『だって七罪ちゃんとお話することなんて夕方過ぎでもできるじゃん。それなのにわざわざ時間を削ってまでお話することを認めるなんておかしいよー。元々士道くんとは完全面会謝絶状態の七罪ちゃんはともかく、士道くんから離れたら会話そのものができなくなるからむしろ四糸乃は楽になるんだよー? 同じ苦しみを味わわせるために手加減しないって言った琴里ちゃんにしては、それはちょーっと甘すぎじゃないかなー?』

「でも、あんまり七罪さんが辛い思いをしちゃうと大変なことになっちゃうから、私が話し相手になってあげてって……」

「別に七罪ちゃんの話し相手になるだけなら四糸乃じゃなくても良いじゃん。ていうか話し相手なら事情も情事も知ってる琴里ちゃんが一番適任のはずでしょー? ドSで覗き魔な琴里ちゃんなら七罪ちゃんが苦しむ様子を見たいはずだし、カメラとかで覗いてたとしても一緒にいた方が七罪ちゃんが反則をしないための抑止力にもなるし。なのにわざわざ四糸乃とお話をさせるなんて……琴里ちゃん、何か裏があるんじゃない? どうしても七罪ちゃんと四糸乃に話をさせたい理由がさー?』

「え、えっと……」

 

 自身の数倍は喋り疑問点を並べ立てていく『よしのん』に、四糸乃も琴里への若干の疑いを抱いてしまう。後半の台詞はともかく、前半の台詞については確かに『よしのん』が正しいと分かったからだ。

 士道の傍を離れ一時間七罪とお喋りして良いということは、一時間の間士道に話しかけてしまう危険性から離れられるということ。それはほとんど逃げたと言っても差し支えない状況のはず。本当に手加減せずに七罪と同じ苦しみを味わわせようとしているなら、一時間もの安息の時を四糸乃に与えてくれるだろうか。

 『よしのん』と共に若干の疑いの眼差しを琴里に向けると、返って来たのは唇の端を吊り上げた悪そうな微笑みだった。

 

「ふふっ。なかなか頭が回るわね、よしのん。その勘のよさに免じてさり気なく混ぜた私への暴言は流してあげるわ」

『イェーイ、やったね! よしのん琴里ちゃんに誉められちゃったよー!』

 

 どうやら本当に企みがあったらしい。見事存在を見抜いた『よしのん』は諸手を挙げて喜んでいた。四糸乃としては不安で不安で喜ぶことなどできなかったが。

 

「だけど勿論理由は言えないわ。ただ一つ言えることは私は全く手加減はしていないってことくらいよ。安心しなさい四糸乃。この試練はあなたには絶対に乗り切ることができないほど辛いものだから」

「そ、そんなこと、ありません……! 七罪さんが頑張ってるんですから、私も頑張って耐えて見せます!」

「気合は十分だけどあなたには無理よ。ま、精々頑張りなさい四糸乃? お友達のために。そのお友達が寂しさを必死に堪えて健気に頑張る姿を目に焼き付けて、ね……ふふふ……」

『なーんかちょっと私怨入ってる気がするなー……やっぱりこの前の4Pのせいかなー?』

 

 とっても意地悪な笑いを浮かべ四糸乃に挑発的な瞳を向けてくる琴里。

 どんな企みなのか四糸乃には皆目見当がつかなかったが、大切で大好きなお友達のためなら絶対に乗り越えられる。四糸乃は心からそう信じていた。

 そして少なくとも四糸乃には、琴里に私怨を向けられる覚えは全く無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 四糸乃が試練に挑戦し始めたのは二日前のこと。しかしその日の内に危うく士道に声をかけてしまいそうになる場面が何度もあった。その度『よしのん』が四糸乃の口を塞いでくれたので事なきを得たものの、『よしのん』の手助けも禁止されていたならすでに四糸乃は試練に敗北していただろう。

 まだ二日目だからなのかもしれないが、士道と直接話ができない辛さよりもうっかり声をかけてしまいそうになる自分を抑えることの方が四糸乃には辛い。

 とはいえ本当に辛いのはこれから。モーニングコールを終えた四糸乃はこれから夕方までできる限り士道の傍にいなければならないのだから。

 うっかり喋ってしまわないよう、四糸乃は堅く心に誓うと共に堅く口を閉じる。

 

「よし、それじゃあいただきます」

「――っ」

『だーっ! しっかりしてよ四糸乃ー!』

 

 そして士道のいただきますにつられ口を開きかけてしまう。堅く誓ったはずだというのに四糸乃の誓いは酷く脆いものだった。

 

「いっただきまーす! ねーおにーちゃん、四糸乃がいたただきます言ってないのに食べようとしてるよー?」

「……っ!」

 

 仕方なく無言で食事を始める四糸乃だが、さすがに失礼だったのか対面に座る白リボンの琴里が責めるような言葉を口にする。

 思わず手を止めて隣に座る士道を恐る恐る見やるものの、こちらに向けられていたのは優しい微笑みだけで特に気分を害した様子はなかった。むしろ四糸乃の頭に軽く手を載せ、気にするなとでも言うように軽く撫でてくれた。

 

「仕方ねぇだろ、俺に声を聞かせることもお前が禁止したんだから。揚げ足取るくらいならそれくらい認めてやれよ」

「えー、だって四糸乃の方から辛くて苦しいのをお願いしてきたんだもん。きっと四糸乃は辛くて苦しいのが大好きなMだから、本当は喜んでるんだよきっとー」

「四糸乃をお前なんかと一緒にすんな。あとちゃんと聞いたから知ってるぞ。友達が辛い思いをしてるのに自分だけ幸せにはなれないし、友達なら苦楽を分かち合うべきだから同じようなことを始めたって。そうだよな、四糸乃?」

「……っ」

 

 言葉では答えられないので首を縦に振って肯定を示す。

 試練を始める前に理由は説明しておいたので、士道は四糸乃の考えを全て理解してくれている。もちろん応援もしてくれたのだが、四糸乃と同様に直接おしゃべりできないことを残念に思っているようだった。

 考えてみると七罪に会えないだけでなく四糸乃とおしゃべりできない状況の士道は、下手をすると誰よりも辛い思いをしているのかもしれない。

 なのでこの試練を終えたらすぐにでも士道の元を訪れ、存分におしゃべりすることでその辛さを癒してあげることを四糸乃は心に決めていた。もちろんおしゃべり以外に士道が望むであろうことも全て受け入れて。

 

「本当はご褒美目当てなのを純真な振りして誤魔化してるんじゃないのー? 騙されちゃ駄目だよ、おにーちゃん?」

「お前どうあっても俺に四糸乃を疑わせたいのか……安心して良いからな、四糸乃。俺はもう何があったってお前を疑ったりしないから」

「……」

 

 全幅の信頼と溢れる愛の広がる士道の微笑み。

 そんな素晴らしい笑みを四糸乃に向けてくれること自体はとても嬉しいものの、そこまで盲目的に信頼と愛を寄せられると四糸乃としても反応に困ってしまう。

 きっとこれが原因で四糸乃にはほとんど意地悪や悪戯をしてくれないのだろう。大事に想ってくれていることはとても嬉しいが、大事にされすぎている気がして複雑な気分だった。

 

「おにーちゃんったら四糸乃ばっかり特別扱いしてるー……そんな浮気者のおにーちゃんにはこうだ!」

「ちょっ!? 目玉焼きにケチャップとマヨネーズかけんな! せめてどっちかにしろよ!」

「ドリンクバーとかでこういうことやる人たまにいるよねー。というわけで塩も追加するよー?」

「量を考えやがれ量を! 大匙何杯分だよそれ!?」

「あははははっ! よーし、砂糖も追加だー!」

 

 そして複雑な気分に拍車をかけるのは目の前の光景。遠慮の無い触れ合いを繰り広げ楽しげに笑いあう士道と琴里の姿。

 あれこそが四糸乃の望む関係と言っても過言ではない。少なくとも過剰なまでに大事にされている故に遠慮を抱かれている節のある四糸乃には、士道は絶対にしてくれないことだろう。

 

「ははははっ、ありがとな琴里ぃ! お礼にあーんしてやるから口開けろ!」

「わー!? そんなドロドロした変なもの口に入れないでおにーちゃぁぁん! もがっ、んぐ、うぅー!?」

 

 目の前で最初に悪戯を行った琴里のように、頑張って四糸乃から踏み出せばきっと士道も遠慮の無い触れ合いを返してくれる。

 怒りを抑えこんだ震える笑顔で席を立った士道にがっちり頭を押さえられ、塩と砂糖と淀んだ色の液体が零れる物体を口に捻じ込まれる琴里の姿を目にしながら、四糸乃はそう信じて頑張ることを心に決めた。

 とはいえ今頑張らないといけないのは士道と口を利かないことの方だ。そして二人の会話に全く入れないせいで募る孤独感に耐えること。

 

『士道くーん、琴里ちゃんとだけイチャついてないで四糸乃ともイチャついてよー。四糸乃うっかり話しかけないようにしてるからずっと黙っちゃってるじゃない』

「あ、悪い四糸乃。なるべくこっちからは話しかけない方が良いかと思ってさ。四糸乃は素直だから何度も返事しかけてたし」

『んー、その考えは間違ってないけど話しかけては欲しいかな。よしのんを通してでも士道くんとおしゃべりしてる気分になれば四糸乃も少しは楽になるだろうし』

「っ……」

 

 首を縦に振って『よしのん』の言葉を肯定する四糸乃。

 直接おしゃべりできないのは辛いがおしゃべりそのものができないよりは遥かに良い。それにこちらが直接返事をできないだけで士道からの言葉は直接かけてもらえるのだから、多少危険でも会話を避けたくはなかった。

 

「分かった。なら遠慮なく話しかけるからな。四糸乃、お前は目玉焼きに何かかけるか?」

「……っ」

 

 先ほどまでの一幕の都合上琴里の目の前に密集している調味料を視線で示し、士道が尋ねてくる。指で指し示せば言葉を用いる必要は無いが、密集しているせいでどれを指したのか分かりにくいだろう。

 なので四糸乃は自分の言葉を伝えてもらうために『よしのん』の耳元で囁いた。じゃあ醤油でお願いします、と。

 

『ふんふん。<<士道さんの身体から出る白くて苦味の濃いソースが良いです>>?』

「……っ!?」

 

 しかし『よしのん』が伝えてくれたのは原型を留めていないほどに改竄したエッチな言葉だった。一応どういう意味なのか分かったため、恥ずかしさで熱くなっている顔を全力で左右に振って否定を示す。

 『よしのん』もまともに四糸乃の言葉を伝えてくれることもあるのだが、決して少なくない割合でこの手の編集を入れる。それ自体は最初から理解しているし気をつけてはいるものの、四糸乃には日常の一場面の台詞をエッチなものにする考えなど浮かばないので毎回不意を突かれる形になり困っていた。

 

「うわー、四糸乃ったらすっごくエッチで淫乱だー。私だってそんなこと考えたことないのにー……げほっ、うえー……」

「っ……!」

 

 おまけに今回は涙目で咳き込んでいた琴里が軽蔑の視線を向けてくる。

 四糸乃もそんなことは考えていなかったので必死に否定したかったのだが、士道が隣にいる以上声を出すことは許されていないので必死に首を横に振ることしかできなかった。

 

「自分がエッチで淫乱ってこと自体は自覚してるんだな……ていうかよしのん、昨日も言ったけどそのまま伝えてやれよ。四糸乃赤くなって全力で首振ってるじゃねぇか……」

『あはははっ、大丈夫だよ士道くん。四糸乃は本当はそういうこと考えてるけど士道くんに幻滅されたくないから必死に否定してるだけだよー』

「っ!? っ……!」

「おい、四糸乃の反応の理由まで改竄すんな! 事実をそのまま包み隠さず伝えろよ!」

 

 一切の疑いを見せず『よしのん』の言葉を否定し、首を横に振るだけの四糸乃を信じてくれる士道。

 大きな信頼を寄せてくれているのはとても嬉しいのだが、ここまで信頼されていては四糸乃が何か嘘を突いても簡単に信じてしまうのではないだろうか。四糸乃としては先ほどの『よしのん』の言葉に対してほんの少しでも疑いを見せてくれた方が良かった。

 

『甘いよー、士道くん! 今のご時世事実がそのまま伝えられると思ったら大間違いだよー! 情報は高度に改竄され取捨選択され都合の良いものだけが大衆に流されるものなのさー!』

「朝っぱらからそんな情報社会の闇みたいなこと四糸乃に聞かせんな!」

「おにーちゃん、良かったらティッシュ使うー? あ、全部かけるならいらないか」

「うるせぇ琴里! 醤油でも飲んでろ!」

「やだぁ、おにーちゃんがすっごく味の濃いのを飲ませようとするー……! あ、これ薄口だった」

『ほほぅ、ドロドロしてなくて薄口ねー……あ、お手洗いの方? 四糸乃を士道くん専用の便器にしたい的な? さすがにそこまで行くとよしのんもちょーっと引いちゃうなー……』

「おにーちゃん、今はご飯中なんだぞー? そういうことはせめて四糸乃とトイレ行ってやって欲しいなー」

「もう黙れよお前ら! これ以上四糸乃を辱めんな!」

 

 あまりにも恥ずかしくて四糸乃は最早首を振ることさえできなかった。

 そして士道はそんな四糸乃の身体に腕を回し守るように固く抱きしめてくれた。本当に気持ちは嬉しいし嫌ではないのだが、やはりどこまでも優しく大事に扱って。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 恥ずかしさ溢れる朝食の後、士道の傍にいなければならない四糸乃は色んなお手伝いをして過ごしていた。食器の片付けや洗い物を済ませ、今は洗濯物を外に干すお手伝いの最中。

 澄み渡った空を士道と共に目にした時、良い天気ですねとうっかり言いかけたのはもうどうしようもないことだった。

 

『おおっ、琴里ちゃんの縞パン発見! こっちは黒いレースのエッチなパンツ! いやー、さすが琴里ちゃん。子供っぽいのと大人っぽいの両方取り揃えてるねー。更にリボンを付け替えれば性格まで同じように変わるっていう……あ。そういえば士道くん、もしかして昨日の夜白い方の琴里ちゃんとヤった? 時間的には夕食後くらいに』

「なっ……!?」

「っ……!」

 

 そして青空の下、洗濯物を干す作業の中で『よしのん』が唐突にそんな発言を零すのも仕方の無いことだった。しかしあまりにも唐突な上に内容が内容なのでさすがの士道も目を剥いていた。

 とはいえ四糸乃にとってはさほど驚く内容ではない。何故なら『よしのん』同様、士道が琴里と愛し合ったことに薄々気付いていたからだ。昨日の夜にとある事情でこっそり五河家に忍び込んだ時に。

 もっとも直接見たわけではなくあくまでも間接的に知ったというべきであり、白リボンの琴里であるということは四糸乃には分からなかった。しかし狼狽する士道の反応がそれら全てが事実と語っていた。

 

「な、何で知ってんだよ、よしのん!? 見てたのか!?」

『まーそんなことはどうでも良いじゃなーい。それでそれで? 白い方の琴里ちゃんはどんな感じだったー?』

 

 周囲を警戒する真似をした後、士道へと身を乗り出し尋ねる『よしのん』。どうも士道と愛し合う女の子のエッチなことに対する反応が気になって仕方ないらしい。

 

「どんな感じって……淫乱だったとしか言いようがねぇな。黒い方よりも……」

『おほー! あれよりもまだエッチになれるなんて琴里ちゃんったら底なしだねー! もしかして黒いリボンが逆にリミッターになってるとか?』

「……たぶんな。白リボンの時はドMでデレデレな感じだったし」

『ほうほう……つまり黒リボンをつけるとドSとツンツンが加わってほどよい感じになるわけだね? 四糸乃もリボンつけたらそんな風になれれば良いのにねー……』

「っ……」

 

 こっそりと四糸乃に耳打ちしてくる『よしのん』に思わず頷きかけてしまう四糸乃。本当にそんなに風になれればどうやって士道に意地悪や悪戯をすれば良いか悩まずに済むに違いない。

 しかしそれは無理なので四糸乃にできるのは精々琴里に知恵を求めることくらいだろう。一応『よしのん』は協力してくれるし知恵も出してくれるのだが、内容がエッチな方向に偏りがちなのでちょっとだけ問題がある。

 もっとも全く良い手や方法の思い浮かばない四糸乃にとっては、どんなに恥ずかしいものであろうと無駄にはできない。

 

「……ていうか何で四糸乃の前で琴里との性事情話さなきゃならねぇんだよ? 四糸乃も恥ずかしがらずに入れる会話にしようぜ」

『そうしたいけどうっかり士道くんに話しかけちゃうかもしれないでしょー? だからよしのんが絶えず喋り続けることでその危険を排除してるわけだよ! というわけでもっとよしのんとエッチな話をしよう、士道くん!』

「だから会話の内容が問題だって言ってるんだよ! 大体四糸乃はそれでも良いのか?」

「っ……」

 

 四糸乃を仲間はずれにしないために、士道は気遣いの浮かぶ瞳を向けてくる。

 確かに内容は問題なもののこれならうっかり話しかけてしまうことは早々無いので、恥ずかしいが四糸乃としても安心できる。なので首を縦に振って肯定を示した。

 

「良いのかよ、四糸乃……まぁ、確かに四糸乃が俺にうっかり話しかけちまうような内容じゃないしな」

『そういうことさ! さぁ士道くん、よしのんと心行くまでエロトークをして盛り上がろう! そして身体の一部を盛り上げよう!』

「……やっぱり早く四糸乃とおしゃべりしたいぜ……はぁ……」

「っ……」

 

 テンションを上げる『よしのん』とは対照的にテンションを下げる士道。四糸乃と直接おしゃべりできないことがよほど悲しいのか、見ているだけで胸が痛くなるほど切なげな表情を浮かべている。

 そこまで四糸乃とのおしゃべりを恋しく思ってくれていることはとても喜ばしい。しかしその喜びを直接言葉に出して伝えることができないというのが何とももどかしい。

 だから四糸乃は他の方法でその喜びを伝えることにした。この方法なら言葉を交わす必要なく喜びを、そして士道への愛を伝えることができる。

 

『うん? <<それはまだ駄目ですけど、他のことでなら埋め合わせします>>だってさー』

「嘘付け。もう騙されたりしないからな、よしのん」

『えー、今言った通りそのまま伝えたよー? やだなー士道くんったらエッチな勘違いしちゃって。そんなに溜まっちゃってるのー? よしのんが抜いてあげよっかー?』

「ど、どうやってお前が……? あ、いや、そうじゃない。本当に四糸乃がそう言ったのか?」

「っ……」

 

 度々『よしのん』が台詞を変えてしまうせいで勘違いしてしまったらしい士道が、四糸乃に真偽を尋ねてくる。もちろん今回は本当なので強く頷いた。

 しかしさっきの四糸乃の台詞でどこをどう勘違いするところがあるのかは良く分からなかったが。

 

『<<はい、言いました。士道さん、少しだけ屈んでください>>。ここで士道くんが屈まなかったら四糸乃のお口はどこを目指せば良いのかなー?』

「ああ、そういうことか……」

 

 四糸乃の真意を理解したらしく腰をかがめ、瞳の高さを合わせてくれる士道。そして期待に輝く面持ちで四糸乃が行動を起すのを待っていた。そんなに四糸乃に埋め合わせをして欲しかったのだろうか。

 可愛らしい様子に思わず笑みを零し、四糸乃は静かに士道の左頬へ右手を添えた。そしてそのまま顔を寄せて唇を重ね――

 

「――シドー! 遊びに来たぞ!」

「っ!!」

 

 ――ようとしたところで突如第三者が姿を現したため咄嗟に飛び退く。

 士道もまるで飛び上がるような反応で四糸乃から距離を取っていたが、声の主である十香の姿を瞳に収めるとすぐに微笑みを浮かべ平静を装っていた。もっとも表情が若干引きつっている上に頬が赤く明らかに様子がおかしかった。

 

「よ、よう、十香。きょ、今日はどうしたんだ?」

「うむ、今日はだな……む? 何故シドーも四糸乃も顔を赤くしているのだ?」

 

 キスしかけていた場面は見ていなかったようだが様子がおかしいことに気付いたらしく、士道と四糸乃の顔を見比べて首を傾げる十香。

 自分の顔色は分からないが顔が赤くなっているであろう事は四糸乃にも分かった。胸の中では心臓が暴れまわっているし頬が熱くて堪らないせいだ。

 

「あ、いや、これは何でもないんだ。そ、そうだよな、四糸乃?」

「っ――」

『おおーっとタンマ! 駄目だよ四糸乃、士道くんと口きいちゃー!』

 

 そして緊張と驚きのせいでルールを忘れうっかり答えてしまいそうになり、すかさず『よしのん』がフォローしてくれた。しかしその時に口にした台詞のせいだろうか。十香が更に首を傾げてしまう。

 

「何故だ、よしのん。四糸乃は何故シドーと口をきいてはいけないのだ?」

「ああ、それは……」

『四糸乃は今士道くんと更に仲良くなるために頑張ってるんだよー! もっと絆を強めるためにあえて苦行に挑戦してるんだ!』

「な、何だと!? シドーと口を利かなければもっとシドーと仲良くなれるのか!?」

 

 『よしのん』が微妙に逸らした話題を口にすると、途端に十香の瞳が輝き四糸乃の方に駆け寄ってきた。

 内容が嘘っぽいものの四糸乃たちの顔が赤い理由から話を逸らせたので一安心である。その代わり逸らした方の話に深く食いつかれてしまったのであまり変わっていない気もするが。

 

『その通り! 会えない寂しさが二人の絆を強くする! 的な感じだよー。でも四糸乃にはさすがにそれはキツイから口を利かないで妥協してるんだー』

「そ、そうか……うむ! 私もやってみるぞ! シドーともっと仲良くなるために、もうシドーとは口をきかん!」

「むしろ絶交って感じするぞその言い方!?」

 

 『よしのん』の嘘と言えなくも無い誤魔化しに乗せられ、十香が決意に満ちた顔で高らかに宣言する。

 きっと十香と立場が逆なら四糸乃も似たような思いで挑戦しようとしただろう。しかしその言い方のせいか士道は眉を寄せていた。

 

「と、とにかく私は今からシドーとは口をきかん! 何を言われても絶対に私は答えないぞ、シドー!」

 

 機嫌を損ねたかのように腕を組み、士道から視線を逸らす十香。

 口を利かないだけなのに士道がその顔を覗きこんでも瞳を固く閉じて一切目を合わせようとしていなかった。どうやら四糸乃とは違い十香の決心はとても固いらしい。その心の強さに内心憧れる四糸乃だった。

 

「……よし、今日の昼飯は十香の食べたいものにしてやるぞ」

「おおっ、それは本当かシドー!? 本当に何でも良いのか!?」

 

 しかし昼食に関する士道の呟きであっさり決意が失われていた。四糸乃のうっかりと似たようなものなのでこれは仕方のないことだろう。

 

「自分でやっといてなんだけど俺への想いよりも食い気が勝ったって感じだな……」

「む!? し、しまった!? おのれシドー、謀ったな!」

「ははっ、悪い悪い。お詫びに昼飯はちゃんと十香の食べたいもの作ってやるよ」

「……本当だな? 約束だぞ、シドー?」

「ああ、分かってる。約束だ」

「うむ、約束だ!」

 

 約束を交わし笑いあう二人。怒った顔でぽこぽこ殴りかかっていた十香も、それを苦笑しながら身体に受けていた士道も楽しそうに笑い合っている。からかいと意地悪という四糸乃が望む遠慮の無い触れ合いを経た実に楽しげな笑顔で。

 こんな風に楽しく遠慮なく触れ合うことができたならどんなに良いだろうか。四糸乃は憧れにも似た気持ちで二人の様子を見守った。

 

「むぅ、それにしてもシドー自ら私の邪魔をするとは……シドーは私ともっと仲良くなりたくはないというのか?」

 

 士道自らが邪魔をしてきたことに対して、思い出したように十香が唇を尖らせて不満を零す。

 確かに十香本人にとっては非常に不本意な結果なのかもしれないが、四糸乃にとってはちょっと羨ましい結果だ。士道が四糸乃の邪魔をしようとしたり、あえてしゃべらせようとしたことはここ二日間で一度もなかったからだ。そんな意地悪を開始早々受けられるとは、やはり二人の間には遠慮が無いということなのだろうか。

 

「……そんなわけないって。ただお互いに口を利けないっていう辛いことをしてまで仲を深め合うよりは、いっぱいおしゃべりしたり遊んだりデートしたりして深め合う方がよっぽど有意義だし、そっちの方が十香も良いだろ?」

「うむ……うむ。そうだな! では手始めに一緒に遊ぶぞ、シドー!」

「おう、分かった。心配しなくてももちろん四糸乃も一緒だからな?」

 

 十香と二人で楽しくおしゃべりしていても、四糸乃のことを忘れず気遣ってくれている士道。その優しさはとても嬉しいが、直接会話に入れないのに目の前で笑いあい楽しそうに会話を繰り広げられるのはなかなか辛いものがあった。

 しかし七罪のように士道に会うことも声を聞くことも禁止されているのに比べれば、この程度の辛さは可愛いものに違いない。少なくとも四糸乃は七罪のように不眠症になってしまうほどの寂しさや恋しさは抱いていないのだから。

 軽く見ているつもりはないものの、うっかりにさえ気をつければきっと乗りきれるだろう。四糸乃はそんな風に考えながらこの日を過ごした。

 本当に辛い選択が、この先に待ち受けていることも知らずに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 四糸乃が与えられた乗り越えなければならない期間は計四日間。終了日時は一月七日の午後十時。

 昨日の七罪とのお茶会の時点で残り六十時間程度だったから、そこから二十四時間後である今日のお茶会の時点で残りの期間は三十五時間弱。つまりあと一日と十一時間弱。それだけの時が経てば士道とのおしゃべりを許してもらえる。

 もちろん四糸乃はこの試練が終わったらすぐにでも士道の元を訪れ、たっぷりおしゃべりして語り明かしたいと思っていた。四糸乃としても士道と直接お話をしたいし、士道も四糸乃の声を聞きたがっているのだから当然だ。

 

『えっと、あと一日と十一時間ちょい。アレが駄目ならもう我慢するしかないと思う。せっかくここまで耐え切ったんだから最後まで耐えないと今までの頑張りが無駄になるし……』

 

 だからこそ七罪のこの台詞を耳にした時、四糸乃は動揺を隠し切れなかった。『よしのん』がエッチな話題にすり替え別の動揺と羞恥を覚えさせてくれたおかげで誤魔化せたものの、内心ではずっと同じ動揺を抱えていた。

 四糸乃があと一日と十一時間で終わるのに対して、七罪が終わるのもあと一日と十一時間。それはつまり終わる日時が全く同じだと言うこと。

 おしゃべりを禁止されていた四糸乃でも終わったらすぐに会いにいきたいと思っているのだから、七罪も同じ思いを抱えていることは容易に想像がつく。むしろ会うことすら禁止されていた分、士道と一緒に過ごしたいという想いは四糸乃の比ではないだろう。そのため四糸乃は七罪がリハビリを終えたなら長い間士道と二人きりにしてあげたいとも思っていた。

 それなのに恋人とも言える相手である士道とおしゃべりして語り明かしたいという願いと、大切なお友達である七罪に幸せな時間を過ごさせてあげたいという願いが、よりにもよって重なってしまったのだ。

 これは恐らく偶然ではない。琴里が四糸乃には乗り越えられないと言っていた本当に辛い試練とはこのことだったのだろう。自分の利己的な願いのために七罪の幸せを邪魔するか否かという。

 

「ど、どうしよう、よしのん……?」

 

 お茶会を終え部屋に戻ったところで『よしのん』に助けを求める。気付いてしまった以上この事実を無視するわけにはいかない。

 この状況は全く想定していなかったのか、さすがの『よしのん』も短い手を額に当てて首を振っている。

 

『やられたねー。まさか終わるのが七罪ちゃんと同じ時間だったなんてさ。あの時の口振りからすると琴里ちゃん絶対これ狙ってたよー……とっても素敵な性格してるね! 惚れ惚れしちゃうよ!』

 

 しかし一転してむしろ嬉しそうな声ではしゃぎ始める『よしのん』。

 こういう時の素敵な性格という誉め言葉は皮肉で言われるものだと何となく四糸乃にも分かっていたが、『よしのん』の場合は文字通り誉めているとしか思えなかった。

 

『んー……選択肢は三つだね。まずよしのんがおすすめするのは、終わったら士道くんの所へ行く、だよー。ただここで問題になるのは七罪ちゃんも絶対に同じ行動を取るってことだね』

「そ、それは、駄目……! 七罪さんの方が辛い思いをしてるんだから、士道さんと二人きりにしてあげたいの……!」

 

 四糸乃には期間や内容を話してはいけないというルールがあったおかげで、七罪はきっと時間が被ってしまった事実に気がついてはいない。つまりこのまま期間を終えてすぐに士道の元へ向かうと何も知らない七罪と顔を合わせてしまうことになる。

 七罪の性格からするときっと士道と一緒に過ごす時間を四糸乃に譲ろうとするだろう。

自分よりも遥かに辛い思いをしているのだから、四糸乃は七罪の方こそ二人きりにさせてあげたいというのに。だからこそ一つ目の選択肢は受け入れられなかった。

 

『まー、四糸乃ならそう言うと思ったよー。二人の邪魔をしたくないから電話も無しだろうしねー」

「う、うん……二つ目は?』

『二つ目は、終わってからじゃなくて次の日に士道くんのところへ行くこと、だね。たぶん七罪ちゃんは朝まで士道くんと一緒にいるだろうし、邪魔をしたくないなら朝九時あたりが妥当じゃないかなー』

「つ、次の日……」

 

 『よしのん』が提案した二つ目の選択肢は、期限を終えた翌日に士道の元を訪れることだった。

 恐らくこれがもっとも正しい選択と言えるだろう。翌日なら七罪の邪魔をしてしまうことにはならないから二人きりにさせてあげることができる。

 しかし四糸乃はあまりこの選択肢を選びたくは無かった。これがもっとも正しいと理解していながらである。

 

『たーだーし、せっかくもう士道くんと話して良いのに一晩余計に過ごさないといけないんだよねー。しかも士道くんに会いに行ってもそんなに一緒に過ごすことができないっていうのがまた痛いしさー。終わった夜なら確実に士道くんがハッスルして四糸乃を朝まで愛し抜いてくれるんだけどなー』

 

 何故なら終わったらすぐにでも士道とたくさんおしゃべりしたいのに、もう一晩我慢しなければいけないからだ。その上翌日ではきっと士道も他の皆と何か予定があるかもしれないし、夜でない限り語り明かせるほど二人きりにはなれない。

 それなら夜まで待てば良いだけの話に思えるだろうが、さすがに四糸乃もそんなに待つことはできそうになかった。たった数日とはいえ一度も言葉を交わしていないのだから、元々口数の多い方ではない四糸乃でも一刻も早く士道とおしゃべりしたくてたまらないのだ。

 

「それは辛いけど……やっぱり、七罪さんの邪魔をしたくないから……」

 

 だがそんな辛い気持ちは七罪が抱えているものに比べれば可愛いもの。

 そもそもこんな状況に陥ったのは四糸乃自らが試練を望んだのが原因だ。四糸乃が何もしなければ七罪の邪魔をする恐れなど決してなかった。

 時間が重なってしまった原因は四糸乃にあるのだから、ここは四糸乃が我慢しなければならない。どれだけ辛かろうと歯を食いしばってでも堪えなければいけない。四糸乃はこの時それを決意した。

 

『おーっと、決めるのはまだ早いよー? ここで出てくるのが三つ目の選択肢なんだから。七罪ちゃんの邪魔をせず、期限以上に我慢する必要も無く、士道くんと一緒に朝まで過ごせる素敵な選択肢がねー?』

「えっ……!? そ、そんな方法があるの!?」

 

 しかしそんな夢のような選択肢を提案してくれたため、決意も忘れて食いついてしまう。『よしのん』は強く頷きそんな夢の選択肢があることを肯定してくれた。

 

『もちろん! ただご褒美が手に入らなくなるし今までの頑張りが無駄になるから、ぶっちゃけよしのんはおすすめしないんだけどさ』

「えっ……もしかして……」

『四糸乃の考えた通りだよー。三つ目の選択肢は、降参さ。これなら今日の夜は士道くんフリーのはずだから一緒に朝まで過ごせるし、フリーじゃなかったとしてもきっと琴里ちゃんは譲ってくれるよ』

「や、やっぱり、降参……」

 

 食いついた自分への恥ずかしさとその選択肢への落胆に肩を落とす四糸乃。

 考えてみればそんな自分に都合の良すぎる選択肢があるわけがなかった。今四糸乃に求められているのは何を犠牲にしてどんな幸せを得るかだ。

 七罪が士道と過ごす二人きりの時間を邪魔してまで、士道とおしゃべりして語り明かしたいという自分のわがままを貫き通すか。それとも今までの頑張りとご褒美を諦めて、七罪の邪魔をすることもなく自分のわがままを叶えるか。

 

『さぁ、どうする四糸乃? よしのんがおすすめするのは変わらず一つ目の選択肢だよ。七罪ちゃんと士道くんを二人きりにしてあげたい四糸乃の気持ちも分かるけど、四糸乃だって辛い思いをしたんだから一緒にいたって良いんじゃないかなー?』

「よ、よしのん……もしかして、そのまま三人でエッチなことしようって考えてる?」

『あはははっ、何言ってんのさ四糸乃。そんなの当然じゃん。士道くんはもう何日も四糸乃とも七罪ちゃんともヤってないんだよ? そんな状態の士道くんの元に二人揃って行けば……きゃー! 士道くんのケダモノー!』

「や、やっぱり……!」

『でもまーそれを抜きにしても一つ目がお勧めだよ。七罪ちゃんは四糸乃なら一緒にいたって構わないだろうし、士道くんも早く四糸乃の声が聞きたくて堪らないだろうしねー』

「た、確かに七罪さんも士道さんも、そう思ってくれてるはずだけど……でも……」

 

 『よしのん』の言うことが間違っていないのは分かっていた。しかしすでに四糸乃の中では答えは決まっている。

 確かにちょっとだけ興味を惹かれたのは事実だが、もともとご褒美目当てで始めたわけではない。一人で寂しさを抱え込んでいたお友達の苦しみを分かち合うために始めたことだ。実際それは成功したようでほんの少しは七罪の力になれたのだから、もう四糸乃の役目は終わりだろう。

 やはり四糸乃の選択がどれなのかは分かっていたらしく、『よしのん』は深い溜息をついていた。

 

『……どうしても三つ目にするのー? 今までの頑張りも士道くんとの二人っきりの旅行も、ぜーんぶ水の泡になっちゃうんだよー?』

「うん……今まで頑張ったことが無意味になっちゃうのは、とっても辛くて悲しいけど……それが嫌だからって七罪さんの幸せを奪うのは、もっと嫌だから……」

 

 そう、琴里の言っていた通り結局四糸乃には無理な話だったのだ。

 この試練を乗り切るには他人の幸せを蹴落としてでも自分の幸せを手に入れなければならない。そんなことは四糸乃にはできないし、したくもなかった。琴里もそれを理解していたからこそこの状況を作り出し、絶対に無理だと教えてくれたのだろう。

 

「それに私は二人っきりの旅行ができなくても、士道さんと今までと同じように過ごせればそれで十分なの……」

『はー、全く四糸乃は欲が無いんだから。意地悪になるんじゃなくてわがままになることを目指せば良いのになー、もー……』

 

 本心を余す所無く伝えると『よしのん』は落胆を露にがっくりと肩を落としてしまう。

 一応四糸乃もそれなりにわがままを言っているつもりなのだが、どうやら誰もわがままとは思っていないらしい。四糸乃としてはこれでもかというほど大切に優しく愛されている癖に別の愛され方を望んでいる時点で十分わがままだと思っているのだが。

 

『……まー、四糸乃がそう決めたなら仕方ないか。よーし、それじゃあ今夜までに士道くんをたっぷり楽しませてあげる方法を考えよっか! 四糸乃の声と身体がご無沙汰な士道くんを心行くまで満足させられるプレイを考えよう!』

「う、うん……! うん……?」

 

 四糸乃の意思を尊重してくれる『よしのん』に感謝と喜びを抱きながらも、その中に含まれた淫らな企みに何となく不安を覚えてしまう四糸乃だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あれ、四糸乃? こんな時間にどうしたんだ?」

 

 その日の夜、四糸乃は満を持して士道の元を訪れた。

 今までは朝から夕方までという課された時間内しか会いに来なかったせいだろうか。四糸乃を部屋で出迎えてくれた士道はかなり意外そうな顔をしていた。

 

「……士道、さんと! おしゃべりしに、来ました……!」

「っ!? よ、四糸乃、お前……!?」

「もう……我慢、できません。士道さんと、いっぱいおしゃべりしたいです……!」

 

 その意外そうな顔も四糸乃が話しかけたことによって衝撃と戦慄に支配される。きっと四糸乃がここまで抑えの利かない子だとは思っていなかったのだろう。幻滅されてしまったかもしれないが七罪の幸せを邪魔することなく士道と語り明かせるのだからこれくらいは受け入れるしかない。

 しかし士道は幻滅など欠片も見えない優しい笑みを浮かべ、四糸乃を部屋に招き入れてくれた。

 

「……そっか。よし、じゃあ今日は眠くなるまでいっぱいおしゃべりしような。お前がおしゃべりしたかったのと同じで、俺もずっとお前に名前とか愛してるとか言われたかったんだぜ?」

「は、はい……! あ……」

 

 思わず心の底からの喜びを声にしてしまい、『よしのん』に腕を軽く叩かれてしまう四糸乃。もちろんおしゃべりはしたいしするつもりだ。しかしその前に四糸乃にはすべきことがあった。

 それは士道との関係をもう少し深いものにするための計画の実行。つまり士道に意地悪することだ。『よしのん』に協力してもらい稚拙とはいえ四糸乃なりに計画も立ててある。

 いまいちやり方や度合いに自信は無いが頑張って慣れていくしかない。改めて覚悟を決めた四糸乃は計画の実行へ移った。

 

「あ、あの……! し、士道さんに一つ、聞きたいことがあります……」

「ん、何だ? 四糸乃の言うことなら何でも答えてあげるぞ?」

 

 二人でベッドに腰かけたところで、勇気を出して話を切り出す。

 内容が内容なので口に出すのは恥ずかしいものの、これは後の言葉や行動に繋げるためには聞かなければならないこと。四糸乃は『よしのん』が尋ねることを薦めた質問を口にした。

 

「さ、最近……琴里さんと、どれくらいエッチなことをしましたか……?」

「……よしのんに聞けって言われたのか?」

「は、はい……でも、私も少しだけ気になって……」

 

 さすがに内容が予想外のものだったのだろうか。何でも答えるといってくれた士道も僅かに苦い笑いを浮かべていた。四糸乃も聞くのが恥ずかしくて顔が熱い。

 

「そ、そうか。四糸乃が聞きたがってるなら、まぁ……えっと、どれくらいって回数ってことだよな? 一日に何回琴里と、そういうことしたかっていう……」

『二回戦とか三回戦も数にカウントして良いよー。まぁ士道くんたちは朝まで休憩無しでヤったりすることもあるから連戦なんて無いだろうけどさ』

「なら……七罪がリハビリ始めてから今日までで……」

 

 『よしのん』の言葉に士道が考えこむ様子を見せる。

 七罪がリハビリを開始してからということは約四日間。そして四糸乃がこの試練を始めてからで言えば約三日間。

 都合上真夜中の士道の相手は琴里が引き受けてくれているらしいので、回数で言えばきっと四回くらいだろう。琴里は四糸乃と違い士道が心から満足するまで相手を努められるらしいので、休み無しで続くのだろうからそれくらいに違いない。四糸乃はそう思っていた。

 

「大体……十回くらい、だな……」

 

 しかし実際には四糸乃の想像を遥かに上回る回数。思わず目を剥いてしまうくらいには予想外だった。

 

「じゅ、十回……ですか……」

『おー、四日で十回かー。結構ヤりまくってるとは思ってたけどまさか二桁いってるとは思わなかったなー……ていうかよくそんなにヤれる時間あったね?』

 

 さすがに『よしのん』もそこまでとは思っていなかったらしく、四糸乃と共に驚きを隠せず士道を見つめる。別に責めたりしているわけではないものの、視線に耐えかねたように顔をそらされてしまう。

 

「他の皆が訪ねてこないような時間帯には都合よく七罪も四糸乃も俺のところに来ないようになってたからな。ていうかこれ仕組んでたんだぜ、きっと」

『あー……琴里ちゃんそこまで考えて期間とか時間を設定してたわけね。夜には一つ屋根の下で士道くんと二人きりで過ごせるように』

「ああ、たぶんな。まぁさすがに四糸乃が七罪に触発されて似たようなこと始めるとは思ってなかったはずだろうけど」

 

 『よしのん』と同じく感心したような声音で答える士道。

 さすがにここまで見事に仕組まれていては四糸乃も感心するしかなかった。四糸乃の望み通り酷く耐え難い試練を用意すると共に、自分は士道と二人きりで過ごす時間を手に入れる。四糸乃にはとても無理なほど要領良く巧妙に仕組まれた計画だ。

 四糸乃にその半分でも要領や頭の回転の速さがあれば、これから行うべきことをわざわざ計画立てたり『よしのん』に助言や協力を得る必要も無かっただろう。

 しかしこれは士道との関係にもう一歩踏み出すために、『よしのん』の協力を得て頑張って自分で立てた計画だ。多少『よしのん』なりのお遊びが組み込まれている気がするものの、今の四糸乃に『よしのん』以上の高度な意地悪や悪戯ができるとも思えない。

 なのでこれから続ける言葉や行動も今さら変えることはできなかった。

 

「そ、そんなに、琴里さんと頻繁にエッチなことをしていたんですか……?」

「あ、ああ……そ、それより、琴里の話は止めて四糸乃の話をしようぜ? 今まで俺の家から帰った後は何してたんだ? やっぱり七罪のところに行って二人でおしゃべりしてたのか?」

 

 琴里の話を打ち切り、ベッドに腰かけている四糸乃の隣へと更に身を寄せてくる。普段ならその肩に寄り添うようにして応えるところ。

 しかし今回四糸乃が取ったのは真逆の行動だ。つまり顔を背けて口を閉じること。さながら機嫌を損ねてそっぽを向くように。 

 

「ど、どうしたんだ、四糸乃……?」

 

 そんな反応をされるとは思ってもいなかったらしく、どこか怯えすら感じるほど弱々しい声音で尋ねてくる士道。そんな声を出されてしまうととても心苦しいが、未来の幸せのためにはこれくらい我慢しなければならない。

 この苦しみも積み重ねていけばいつかきっと、士道も四糸乃に対して遠慮の無い触れ合いを行えるようになるのだから。

 七罪や琴里のようにエッチな悪戯やからかいだけでなく、愚痴すら零せるほど遠慮をせずに触れ合える仲に。

 

「そ、そんな浮気性の士道さんとは、口を利いてあげません……!」

「な……!?」

 

 だから四糸乃は勢いを得るためにも力強くその言葉を口にした。途端に士道が驚愕に息を呑んだ気配が伝わってきた。

 

『それくらい多めに見てあげなよ四糸乃ー。士道くんは七罪ちゃんとも四糸乃ともエッチできなかったから溜まっちゃってるんだからさー。その寂しさを琴里ちゃんで埋めるのも仕方の無いことなんだよー?』

「で、でも、そんなの……琴里さんを私たちの代わりにしてるみたいで、不誠実です……! わ、私や七罪さんが頑張って辛い気持ちに耐えてるのに、士道さんは琴里さんと……え、エッチなことばかりして寂しさを紛らわせていたなんて……あんまり、です……!」

 

 予め相談して決めておいた会話を『よしのん』と交わしていく。

 実際の所士道にそんな気がないのは四糸乃も分かっていたし、あったとしてもそれは仕方の無いこと。だが初めて士道に対して意地悪を働こうとしている勝手の分からない四糸乃には、何らかの責める要因があった方がやりやすかったのだ。

 

「ち、違うんだ、四糸乃! 俺は別にそんなつもりじゃ……!」

「い、言い訳なんて、聞きたくありません……!」

『おーっと、これは修羅場突入の兆しかなー? よしのん大好物の昼ドラ張りのドロドロ愛憎劇の始まりだー! しかも十八禁の大人向け!』

「そんな……! し、信じてくれ四糸乃! 俺は絶対にそんなつもりで琴里を抱いたりなんてしてない!」

 

 世界の終わりを目にしたかのように絶望的な面持ちの士道が、鬼気迫るほど必死の形相で四糸乃に迫ってくる。これが演技とは知らない士道は四糸乃の機嫌を損ねてしまったことが相当ショックなのだろう。

 士道の中で自分の存在がそこまで大きいものだということに喜びを覚える反面、その想いを弄んでいるようであまり良い気はしなかった。決心を固めたはずだというのに躊躇いが生じてしまうほどに。

 

『普通ここはそもそも琴里ちゃんを抱いてないって言うシーンだよねー。でも士道くんが四股かけてるのは事実だし仕方ないかー』

 

 しかしそんな四糸乃の後押しをするように『よしのん』が更に台詞を紡いでくれる。

 もっと遠慮の無い深い関係になるという四糸乃の計画は、『よしのん』の協力が無ければ初めの一歩で終わっていたかもしれない。

 

「よしのんお前どっちの味方だ!? 四股っていうならお前も入ってるんだからせめて四糸乃の機嫌を直す方法教えてくれよ!」

『そうだねー……四糸乃が何もかも許したくなるくらい嬉しくなることをしてあげれば良いんじゃないかなー?』

「四糸乃が嬉しくなること……っ! そうか!」

 

 『よしのん』の意味ありげな台詞にしばし考え込む様子を見せ、すぐさま納得の声を零し顔を上げる士道。

 極めて真剣かつ誠実な瞳を向けてくると、静かに四糸乃の背中と腰に手を回し身体を引き寄せてきた。その腕に抱かれ緊張と羞恥を堪えながら、四糸乃はその顔を見上げて行動を待つ。

 細かい所はともかくここまで全て『よしのん』の計画通りに事が運んでいた。きっと士道の心の中も『よしのん』が仕組んだ通りの想いが広がっていることだろう。計画の成功を感じた四糸乃は、安堵の想いで静かに重ねられる唇の感触に浸った。

 

「んっ……っ……ぁ……」

 

 穏やかに触れ合わせ、士道は四糸乃の唇を啄ばみ甘く食んでくる。

 『よしのん』と二人で相談して立てた初めての意地悪作戦の概要。それは機嫌を損ねた振りをしてエッチなことを求めている、と思わせることだった。今までの反応は全てやきもちから生じたものと思わせて、まずは四糸乃でもやきもちを焼くことや意地の悪い真似をすることがあると士道に理解させる作戦である。

 さすがにそんなことは無いと思うが、『よしのん』曰くそれを理解させないと四糸乃が意地悪をしても琴里あたりに操られているだけだと思われてしまうらしい。

 いずれにせよ何の意味も無く意地悪をするなどという高等テクニックは四糸乃には無理だったので、まずはこれくらいのことから挑戦することに決めたのだ。つまりちょっと意地悪をした後に謝罪も兼ねて士道が喜んでくれることをする、と。

 ちなみにその考えを伝えると『よしのん』には飴と鞭の使い方を心得ていると誉められたが、四糸乃にはいまいち意味が理解できなかった。

 

「……愛してる、四糸乃。今日はエッチなことなんてしないで眠くなるまでいっぱいおしゃべりしような?」

「は、はい……あ、れ……?」

 

 計画が成功したと思って安心していた四糸乃は、口付けを終えて囁かれた士道の言葉に呆けた声を出してしまった。

 このままベッドに押し倒されることも、いきなり胸やお尻を触られることも、明るい中で服を脱がされることにも心の準備を終えていたというのに、あろうことか士道が取ったのはそのどれでもない。

 ただ四糸乃を優しく抱きしめながら頭を撫でて、甘い言葉をかけてくれるだけ。もちろんそれ自体は嬉しいし幸せだが、計画とは全く異なる反応だった。

 

「し、士道さん……士道さんは、おしゃべり以外に何かしたいことは無いですか?」

「そうだな……今夜はずっと、こんな風にお前を抱きしめてたい」

 

 不安に思って胸に顔を埋めたまま四糸乃が尋ねると、優しげな声音でそんなことを言われる。間違いなくそれが半分事実で半分嘘なのは四糸乃にも分かっていた。

 士道は四日間で琴里と十回もエッチなことをしてしまうほど、四糸乃や七罪を恋しく思ってくれていたのだ。四糸乃がルールを破って言葉を交わしてしまった以上、絶対に声を出してしまうから我慢してもらっていた四糸乃とのエッチな行為をこれ以上我慢する理由はもうどこにもない。

 それでも頑なに性的な欲求を抑え込んでいるのは、やはり四糸乃に対して遠慮があるせいだろう。四糸乃としては遠慮なく欲求をぶつけてくれた方が嬉しいというのに。

 助けを求めて『よしのん』に視線を向けたものの、返って来たのは首を捻りながらたっぷり時間をかけた後、控えめに首を横に振る反応だった。『よしのん』もかなり悩んだようだがこれで満足してはいけない、ということなのだろう。四糸乃は意を決して半ば突き飛ばすような形で士道の腕から抜け出し、そっぽを向いた。

 

「こ……これじゃあおしゃべりなんて、してあげません……!」

「な、何だって……!? そんな……これじゃ駄目なのか、四糸乃……?」

「はい……これじゃ、駄目です……本当に私が喜ぶことを、してください……!」

「う、嘘だろ……!? なら一体何すれば四糸乃は喜んでくれるんだ……くっ、考えろ俺……!」

 

 無理難題を突きつけられたかのように頭を抱え、唸りながら必死に考えこむ様子を見せる士道。

 確かにエッチなことへのお誘いをするのは初めてなので上手くできていないのかもしれないが、気付いてもらえない理由はきっとそれだけが原因ではないのだろう。

 

『……四糸乃ー、今回はここまでにしとこっか。四糸乃がベッドに誘うとは思ってもいないみたいだから、士道くんこのままだと一生悩み続けるよー』

「……うん」

 

 延々と苦悩し続ける士道の姿に胸の痛みを覚えてきたところなので、四糸乃は『よしのん』の囁きに素直に頷いておいた。あくまでも四糸乃は意地悪をするだけであって、苦しめたりする気はないのだ。

 

『もーっ、士道くんったら鈍いなー。抱きしめてキスする以上のことって言えばアレしかないでしょー? 士道くんと同じで四糸乃もご無沙汰だから誘ってるっていうのにさー』

「え……? そ、そうなのか、四糸乃……?」

「……っ」

 

 顔を上げて意外そうに見つめてくる士道に、四糸乃は視線を戻して頷いた。

 誘っているように取られることをしていたのは確かだし、ほんのちょっぴりそういうことをしたいと思っているのも確かだったからだ。言葉を交わせず積もり積もった寂しさを溶かして欲しいし、今まで我慢してもらっていた分声だけでなく四糸乃の持てる全てを捧げて満足させてあげたい。

 

「そっか……ごめんな四糸乃、気がつかなくて。恥ずかしいのを我慢してまで、俺が遠慮なくそういうことできるようにしてくれてたんだな。ありがとう」

「え、あ、あの……そういうことじゃ――んっ……!」

「大丈夫だって。終わったらちゃんと、四糸乃が眠りたくなるまでいっぱいおしゃべりするからな?」

「あ、あの――ひゃっ!? や、あ、うぁぁぁ……!」

 

 どうやら四糸乃が自分自身のために誘ったのではなく、士道のために誘ったと勘違いしてしまっているのだろう。

 否定しようとしたものの四糸乃は唇や首筋に甘く口付けられ、そのむず痒さにも似た快感に何も言えず喘ぎを堪えるだけで精一杯だった。

 

「っ……悪い、四糸乃。今日はあんまり優しくできそうにない」

「えっ……?」

 

 不意に肌を啄ばむ唇の動きを止め、そんな呟きを零す士道。

 意外に思って顔を覗きこむと、そこに広がっていたのは湧き上がる強い感情を抑えこんでいるかのような苦い顔だった。

 

「お前の可愛い声聞くの久しぶりだしさ、もっといっぱい聞きたいんだよ。だからそのためにお前に色んな声上げさせたい……駄目か?」

「あ……」

 

 若干の罪悪感を滲ませながらも士道は四糸乃にお願いしてきた。許可を得た上で行おうとしているものの、間違いなく意地悪をしてやると宣言して。

 そんなお願いに驚きを覚えて『よしのん』に視線を向けると、返って来たのは短い両手での音の無い拍手。それは大成功とまではいかないまでも、四糸乃の目的に対して大きな一歩を踏み出せた証であった。

 

「はい……士道さんの好きにしてください。さっきは少し意地悪をしてしまいましたから、そのお詫びになるなら……」

「だったら遠慮なくやらせてもらうからな、四糸乃。俺を泣かせそうになった責任、取ってもらうぜ?」

「んっ――!」

 

 それだけ言うと熱く四糸乃の唇を奪い、衣服の隙間から手を滑り込ませ容赦なく胸元を弄ってくる士道。

 この調子で意地悪を続けていけば、きっと近いうちに四糸乃が望む関係になれる日が来てくれる。四糸乃はこの時それを確信した。

 優しさに満ち溢れた笑みではなく、本当にごく稀に見るニヤリとした笑みで身体に覆い被さってくる、意地悪な士道の姿を目にして。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日、午前十時。四糸乃は今までと同じく話し相手となるために七罪の元を訪れようとしていた。

 知ってしまうと気に病んでしまうかもしれないので、四糸乃が降参してしまった事実はもちろんその理由も伝えない。『よしのん』にも絶対に口にしてしまわないように固く念を押してあるのできっと心配は無いだろう。

 それよりも四糸乃が心配なのは七罪の様子。やはり寂しくて眠れないらしく、日に日に目元のクマが濃くなっていっているのだ。何とかまともな睡眠くらいは取らせてあげられないかと『よしのん』に相談した結果昨日とある差し入れをしたのだが、果たして本当にあれで何とかなったのだろうか。

 

『さーて、今日の七罪ちゃんは……おーっと、どうやらやっちゃったみたいだね。何かスッキリした表情してるよー?』

「うん、やった……変態の私にはあれくらい普通のことなのよ。あはは……」

 

 部屋で四糸乃を出迎えてくれた七罪は目元のクマこそ消えていたものの、代わりに瞳を暗くして乾いた笑いを浮かべていた。

 清々しいが痛々しい不思議な笑み。しかし良く眠れたことは確かなようなので四糸乃としてはちょっとだけ安心だった。

 

『あっはっはっは。士道くんのシャツの匂いで安眠できるなら変態なんかじゃないから大丈夫だよ。最低でも逆に興奮して眠れなくならない限りは変態とは呼べないね!』

「えっ……私、変態じゃないの……?」

『当たり前じゃん。大好きな人の匂いで安心できることのどこが変なのさ。それとも七罪ちゃんは士道くんのシャツを使って何かエッチなことでもしちゃったのかなー?』

「そ、そんなことしてないわよ!? ただ、その……顔埋めて、眠っただけで……」

 

 顔を真っ赤にしながら呟き、恥ずかしさに耐えられなかったのか目をそらす七罪。

 そんな様子を目にした四糸乃はついつい笑ってしまった。士道のシャツを胸に抱いて眠る七罪の姿を想像してしまい、その可愛らしさに頬の緩みが抑えきれなかったせいだ。

 

「そ、そんな優しい微笑み私に向けないで四糸乃ぉ……!」

「す、すいません、つい……」

「……そういえば一つ気になったんだけど、あのシャツの匂いの濃さからして士道がその……してた時に、着てたやつよね? どうやってあんなの手に入れたの? もしかして私に渡すために士道に直接頼んだとか……?」

『まっさかー。夜中に士道くんの家にお邪魔して洗濯機に突っ込まれる前のをちょっと拝借しただけだよー。士道くんここ最近琴里ちゃんとヤりまくってたみたいだから運良く着衣エッチの時のシャツが手に入っただけさー。ちなみに連戦を含めても四日で十回だって』

「……何か私と違ってずいぶん楽しんでるみたいね、士道……」

 

 どことなく不機嫌な様子で溜息をつく七罪。

 士道が着ていたシャツをこっそり持ち出し差し入れする、というのが『よしのん』の提案だったのだが、そのシャツがエッチなことをしている時に着ていたものなのは完全に偶然である。もちろん『よしのん』がそんな偶然にはしゃぎ喜びを露にしたのはいうまでもないことだ。

 

『……ところで七罪ちゃん。よしのんの差し入れを使ったってことは、よしのんにとーっても大きな借りができたって考えても良いんだよねー?』

「え、あ、うん。確かにもの凄く助かったから四糸乃にもよしのんにも恩ができたわね。何やってるかは教えられないみたいだけど私に付きあって辛いこともしてくれてるみたいだし、私にできることなら恩返しでも何でもするけど……?」

「い、いえ、別に恩返しだなんて……大切なお友達が苦しんでいたんですから、これくらい当たり前だと思います……」

「あ、ありがと、四糸乃……」

 

 四糸乃の言葉に感動したような声音で僅かに目尻を下げる七罪。

 七罪に付き合って苦行に挑んだのも寂しさを紛らわせるために差し入れをしたのも、全ては大切なお友達のためだ。見返りを求めてやったわけではない。

 

『んー、美しい友情だねー。それはともかく、よしのん的には恩返しとまではいかないまでもお願いしたいことがあるんだ。七罪ちゃん、さっき何でもするって言ってたし無理にとは言わないけどよしのんのお願い聞いてくれるかなー?』

「よ、よしのん……?」

 

 しかし『よしのん』は何か見返りが欲しいのか、身を乗り出して七罪の目と鼻の先で丁寧にお願いしていた。しかし妙に有無を言わさぬ感じがあり、若干七罪もたじろいでいる。

 

「え、えっと……何となく予想つくけど、お願いって?」

『大丈夫大丈夫、そんな難しいことじゃないから。これからはよしのんがお願いしたら四糸乃と一緒に士道くんのお相手を努めて欲しいだけだから。もう士道くんお盛ん過ぎて四糸乃一人じゃ満足させられなくてさ、四糸乃も結構気に病んでるんだよねー……』

「あ、やっぱり四糸乃もそうなのね……」

「あ……は、はい……」

 

 七罪も同じなのか瞳に理解を浮かべて見つめてきたため、四糸乃は素直に頷く。

 少し前までならともかく、もう今の士道の心と身体を四糸乃一人で完全に満足させることはできそうになかった。七罪が作り出したフェロモンが原因で亢進した性欲は相当なものらしく、四糸乃が士道を完全に満足させるためには最低でも気を失うまでは相手を務めなければ無理だと思うほどだ。

 しかし当然優しい士道が、それも過剰に四糸乃を大切に扱ってくれる士道がそこまで相手をさせることなどなく、いつも四糸乃の身体を気遣って途中で止めてくれる。自分はまだ満足していないはずだというのに、最近はずっとこんな調子なのだ。たまには四糸乃の身体を気遣うことなど忘れて、自分が満足するまで好きにして欲しいのに。『よしのん』が七罪にこんなお願いをしたのは四糸乃のそんな想いを見抜いていたからなのだろう。

 士道を満足させてあげたいという想いも同じらしく、七罪は頬を真っ赤に染めながらも頷いてくれた。

 

「ま、まぁ、四糸乃が構わないっていうなら、私も構わないけど……? 正直、私一人でも無理だし……四糸乃なら、別に……」

『よーし! これでいつでも四糸乃と七罪ちゃんを交えた3Pができるようになったねー! 後は何とか琴里ちゃんを脅迫――じゃなくて説得できれば……ロリっ子三人を交えた夢の4Pはもうすぐだよ、士道くーん!』

「よ、よしのん……もしかしてそれをお願いしたかったから、七罪さんに差し入れを……?」

 

  何の見返りも求めていないふりをして恩を売り、事後承諾で恩返しを求め、更には士道を満足させてあげられないという負い目や満足させてあげたいという想いを巧みに突く。

 ちょっぴり不安だが『よしのん』が協力してくれればきっと士道に対する意地悪や悪戯はきっと上手くいくだろう。短い腕を広げ喜びを表現するエッチな策略家の『よしのん』を見つめながら、四糸乃はそう思った。ただし、七罪と共に苦い笑いを浮かべながら。

 

 

 

 

 

 

 

 




 四糸乃のお話なのに他の女の子とイチャついているシーンがある不思議。
 次回は久しぶりのエロ話です。誰のお話なのかはこの話の流れで大体分かるはず……。
 最近感想を貰えなくて寂しいので是非感想をお願いします。でも感想を書きにくいとか面倒くさいとかそういう理由ならともかく、作品の質が落ちたせいとかなら仕方ないか……。

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