※美九が涎を垂らしそうな濃厚な百合展開あり。
非エロ話ですが注意書きがある不思議なお話。いささかふざけすぎた感が否めなくも無いです。
まあここまで読んでくださっている方なら大概は大丈夫だと信じて書きました。四糸乃と七罪のコンビは見ていてほっこりしますよね。
「四糸乃、俺とちょっとしたゲームをしようぜ」
「ゲーム、ですか……?」
とある日の夜中、四糸乃を部屋に呼び出した士道はそんな提案を投げかけた。
とはいえあまりにも説明不足な提案なせいか、さすがの四糸乃も首を傾げていた。その様子がとても可愛らしくて胸にきゅんと来るのは最早必然の反応である。
『なになにー? もしかして四糸乃と一緒に十八禁のエッチなゲームでもするのー?』
「ちげえよ!? ていうかエロゲー一緒にやるとかどういうプレイだよ、それ! あと俺も一応十七だからな!?」
よりにもよって四糸乃とエロゲーを遊ぶなどプレイの一環か何かとしか思えない。たぶんジャンルは四糸乃への羞恥攻めだ。
しかし他の精霊との場合はわりと楽しそうな気もした。白琴里あたりは色々な意味で面白い反応をしてくれるだろうし、七罪と一緒でもそこそこ楽しめそうな気がする。まあ関係の深い精霊たちに限らなければ、一番楽しめそうな相手は女の子が好きな美九に違いない。
『じゃあどんなゲーム? エッチなのだとよしのん嬉しいんだけどなー』
「四糸乃、その……覚えてるか? 前にデートした時、その、映画館で……」
「は、はい……覚えて、ます……」
『よしのん』の願望は無視して四糸乃に問いを投げかけた所、僅かな恥じらいと共に頷きが返ってきた。
「四糸乃は俺のために何でも受け入れてくれるんだよな? 俺を愛してるからどんなに恥ずかしいことでも辛いことでも」
「は、はい……士道さんの、ためなら……」
『おおーっと、何やらよしのん好みの妖しげな雲行きに……』
続く問いにも四糸乃は頷き、『よしのん』はどこか期待のこもった声で呟く。
四糸乃が士道のためなら何でもするというのは、比喩でも何でもなく純然たる事実。そしてそんな行動をする理由の根底には、士道への無限にも等しい愛と優しさが存在する。愛する士道の心労にならないよう、少しでも癒してあげられるよう、士道のお願いや命令は何でも聞いてくれるのだ。そう、士道への愛ゆえに。
「そうか……けどな、四糸乃。お前に一つ言っておきたいことがあるんだ。俺だってお前のためなら何でもできるんだぜ?」
だが愛しているのは士道も同じ。そして愛する四糸乃のためなら何でもできる気概なのもまた同じ。だからこそ士道は四糸乃に向け、不敵な笑みでもってそれを伝えた。
『ん? 今何でもって言った?』
「よしのん、ちょっとで良いから遠慮してくれ。遠慮無いお前には難しいかもしれないけど遠慮してくれ。分かったか?」
『……あー、なるほどねー』
いつも通りおふざけしている『よしのん』だが、遠慮という単語を何度も用いることで真意を察してくれたらしい。こくこくと頷き、珍しく黙して喋らなくなった。
そう、今夜士道が行うのは遠慮の無い関係を望む四糸乃とのステップアップも兼ねた遊びだ。どうしても四糸乃を必要以上に愛でてしまうので、まずはこういった形から変えて行こうと考えたわけである。
「どうだ四糸乃、分かってるか?」
「は、はい、分かってます。士道さんはきっと、私たちのためなら何でもしてくれると思います」
「そっか、なら話は早いな。良いか、四糸乃? 俺とお前はお互いのために何でもする覚悟がある。それはお互い愛し合ってるからだよな。だったら……ここらで、勝負つけようじゃねぇか?」
「しょ、勝負、ですか……?」
八舞姉妹あたりならこの時点で乗ってきそうなものだが、相手は大人しい四糸乃だ。勝負する意味が分からないのか、ちょっと困惑気味に首を傾げていた。
「ああ、そうだ。俺とお前、どっちがよりお互いを愛しているか。どっちの方が愛されてるか。どっちの愛情の方が強いかを確かめる勝負だ!」
「っ!」
しかし愛情の勝負と口にした所、四糸乃の表情にはっきりと衝撃が走る。その様子を見て士道は思わずニヤリと笑った。四糸乃を上手く流れに乗せることができた暗い喜びに。
「どうする、四糸乃? 勝負を受けるか?」
「う、受けます! 私だって、負けません……!」
乗せられているとも知らず、蒼い瞳に決意を燃やして頷く四糸乃。
普段は大人しいのに今は闘志さえ見せている理由は、恐らく士道への愛情故にちがいない。いっそ突き詰めすぎなくらい士道へ愛と優しさをもたらしてくれる四糸乃なのだから、それらに関しては大いに自信があるはず。だからこそそれを否定されるような結果は受け入れたくないのだろう。
ちなみに勝負するからには負けたくないというのが士道の本音であるが、実際には勝負するまでもなくボロ負けなのは最初から分かっていた。四糸乃の愛は海のように広く、そして光の射さない深海の如くに深いのだから。
お互いに抱く愛情はどちらが強いか、それを確かめる勝負。
張り切って勝負を了承したものの、実のところ四糸乃は勝ち負けにさほど拘る気は無かった。士道が四糸乃に感じさせてくれる愛と優しさには逆立ちしても勝てないし、何よりお互いの愛情の大きさを比べることに意味があるのか疑問だったからだ。四糸乃としてはお互いに愛し合っていればそれで良いのでは無いかと思っている。
それなのに勝負を受けたのは、この遊びの最中ならきっと合法的に意地悪できるからだ。士道と遠慮の無い関係になるためには、もっと四糸乃からも踏み込まなければならない。どうにも良い方法が思いつかず二の足を踏んでいた四糸乃にとっては、正に渡りに船の提案だったのである。まあ士道の愛を実感できるから、という理由もちょっとくらいは無くも無いのだが。
「よし、俺の方は準備オーケーだ。四糸乃の方はどうだ?」
「も、もうちょっとだけ待ってください。今、士道さんにもできなさそうなことを考えていますから……」
士道に問われ、四糸乃はそう答えながら更に頭を悩ませる。今四糸乃が悩んでいるのは、四糸乃を愛していても士道には実行することが難しそうな命令である。
勝負の方法はお互いへの命令をそれぞれ十枚の紙に書き記し、あとはそれを順番に引き、記してある自分への命令を実行するという単純なもの。先に実行できなくなった方が敗北というルールだ。
とはいえ四糸乃は勝利することが目的ではないため、士道にも絶対に実行不可能な命令を書くわけにはいかない。普段なら実行できないがこの勝負の中でならギリギリ実行できるかできないか、程度の難易度が一番なのだ。まあそのさじ加減が分からなくて現在頭を悩ませているのだが。
「うーん……」
『四糸乃ー、思いつかないならよしのんが代わりに書こっかー?』
「えっ……で、でも、よしのんに任せると全部エッチなものになっちゃうから……」
『よしのん』の気持ちは嬉しいものの、すでに任せた分の五枚は程度に差はあれすべてエッチな内容であった。だからこそ任せるのには躊躇いがあるのだが、四糸乃一人で悩んでいては一向に思いつかないのもまた事実である。
『大丈夫大丈夫、今度は真面目に書くからさ。ていうかよしのんも色々考えてあの内容にしたんだよー? 少しはよしのんを信じてよー、四糸乃ー?』
「う、うーん……」
もちろん四糸乃は『よしのん』を信じている。実際最終的には全て四糸乃のためになることを色々としてくれているのも分かっている。ただほぼ全てエッチな内容ばかりなので、任せて良いものかちょっとだけ迷ってしまう。
「……うん。それじゃあお願い、よしのん」
しかし四糸乃には思いつかないことを考えてくれるのもまた事実。なので多少悩んだものの、残りの命令も『よしのん』に任せることにした。
『オッケー、それじゃあ残りはエッチな内容から離れたものにしとくよー。あ、せっかくだし二枚くらいは勝負とか関係なく四糸乃が士道くんにして欲しいことを書いてみたらどーう? ぎゅっとして欲しいとか、耳元で愛を囁いて欲しいとか、熱ーいキスをして欲しいとか?』
「え? そ、そんなこと書いても良いの?」
『別に駄目とも言われてないしねー。ていうか絶対士道くんも何枚かそういうの書いてると思うよー? こんなおかしな勝負を始めたのもきっと四糸乃にしてもらいたいことがあるからだろうしねー』
「そう、なのかな……?」
一応四糸乃は士道のためなら何でもすると本人に伝えているし、士道だってそれは理解しているはず。それなのににわざわざこんな回りくどい真似をするだろうか。
ちょっとだけ疑問に思ったものの、よくよく考えてみれば四糸乃だって回りくどい計画を練っているのだ。ちょっとだけ腑に落ちないが、別段不思議なことではないのかもしれない。
『そうそう! そんなわけだから四糸乃は残りの二枚好きなように書きなよ。こっちはよしのんがやっておくからね。ふっふっふ……』
「あ、あんまり士道さんを困らせないでね、よしのん……あれ? でも困らせないと駄目、なのかな……?」
困らせたくは無いが、困らせることこそ四糸乃が望む関係への一歩だ。
なので四糸乃は『よしのん』がさらさらと躊躇い無く書き記していく驚きの内容に胸が痛んだものの、特に反対はせずやりたいようにさせることにした。まあちょっとだけ不安を感じたが、『よしのん』によるイタズラや悪巧みは今に始まったことではないので今更である。
その後、四糸乃は『よしのん』の言う通り自分がして欲しいことを二枚の紙にそれぞれ書き記し、士道に渡された小さな箱の中に残りの八枚諸共投入した。別段ハードルが高くも無ければ士道が困るようなことでもなく、ただ純粋に自分がして欲しいことを書いただけだ。それでも何だか気恥ずかしくて頬が熱くなってきてしまったのだが。
『よーし! 書き終ったよ、士道くん! さあ、よしのんたちの戦争を始めよう!』
「琴里の台詞パクったな、お前。後で怒られてもしらねぇぞ?」
苦笑しながらも瞳には闘志にも似た感情を漲らせ、四糸乃と同じく小箱を手にして立ち上がる士道。四糸乃も立ち上がると、手招きされるままベッドの上へと場所を移した。
そうしてお互いに向き合って腰を降ろし、闘志を宿した瞳で睨みあう。一応四糸乃も頑張って睨み返していたのだが、何故か士道は数秒も経たずに頬を緩めて微笑ましそうに笑っていた。どうやら四糸乃の睨みには迫力が全くなかったらしい。
「さてと、もう一度ルールの確認をするぞ? 俺と四糸乃、交互にこの箱の中から紙を引いて、そこに書いてある自分への命令を実行する。それがどんなものでも実行できなければ負けだ。簡単だろ?」
「は、はい、凄く分かりやすいです」
『はいはい士道くん、ていあーん! 十回もあるんだし、一回くらいなら拒否できるってことにしないー?』
「ん? どうしたよしのん、自信無いのか?」
手を挙げて提案した『よしのん』に対し、どこか悪い微笑みを向ける士道。挑発的というか妙に勝ち誇っているような笑顔だ。たぶん怖気づいたとでも思われているのではないだろうか。
しかし当然ながら『よしのん』が怖気づいたりするわけがなかった。尤も四糸乃自身はちょっと不安を抱えているのだが。
『いやいや、よしのんは四糸乃ならどんなことでもできるって信じてるよ。問題は士道くんの方だね。士道くんには絶対できない命令を幾つか書いちゃったからさー』
「ははっ。あんまり俺を舐めるなよ、よしのん? 俺だって四糸乃のためなら何でもできるんだぜ?」
『えー、本当にー? 四糸乃のためだからこそできないことだってあるんじゃないかなー?』
そのまま挑戦的な目付きで士道は『よしのん』と睨みあう。何だか二人の視線がバチバチと火花を散らしていそうでちょっと怖い。
しかしこのままだとどっちも一歩も引かなさそうな気がするし、何より実際に勝負を行うのは士道と『よしのん』ではなく士道と四糸乃だ。できれば今は対戦相手である自分の方を見て欲しい。
「あ、あの……私も、できたら一度くらい拒否できる方が良いです……」
睨みあいを止めるため、そして自分を見てもらうため、四糸乃は声を上げて士道の意識をこちらに向けさせる。
実際の所、一回くらい拒否できた方が助かるのは間違いなく士道の方だ。『よしのん』が嬉々として書き込んでいた命令の内容からすると、四糸乃に対して行きすぎなくらい優しい士道だからこそ実行できないであろうものが幾つか存在するのだから。
「……そっか。四糸乃がそう言うならそうしとくか。それ以外にルールの追加とか変更は無いよな?」
「えっと……はい、ありません」
『よしのんも無いよー。さすがにこれ以上ルールを変えると面白くないもんねー』
「よし。それじゃあゲーム開始だ。まずは俺から引かせてもらうぜ?」
「は、はい、どうぞ」
ニヤリと悪い笑みを浮かべる士道にちょっとドキッとしながら、四糸乃はお互いへの命令が書かれた紙の入った小箱を交換する。
果たして士道は四糸乃にどんな命令を下し、どんな恥ずかしいことをさせる気なのだろうか。ちょっと不安な反面、遠慮どころか容赦も無い命令を期待している四糸乃がそこにいた。
『クックック……十枚中八枚はよしのんが書いた命令だからね。なるべくかるーいものが出るように祈った方が良いよー?』
「十枚中八枚がよしのんって多すぎだろ!? くっ、それでも引くしかねぇ……! これだ!」
小箱の中に手を入れていた士道が『よしのん』の言葉に顔を引きつらせるが、直後自棄になったように折りたたまれた紙を一枚抜き取った。
そうして緊張した面持ちで紙を広げて行くものの、命令を目にした瞬間――心底ほっとした様子を見せてくれた。どうやらたった二枚しかない四糸乃が書いた命令を引いてくれたらしい。
『んー、その様子だと四糸乃が書いた方みたいだね。ちぇっ、つまんないなー』
「何て、書いてあるんですか……?」
期待を胸に抱きながら、四糸乃は首を傾げて士道に尋ねる。
二枚ある内のどちらだろうと四糸乃が士道にして欲しいことに代わりは無いが、残りの一枚を引く確率は九分の一だ。九分の八の確率で『よしのん』が書いた命令が引かれる以上、また四糸乃の命令が書かれた紙を引くまで勝負が続いている可能性は薄い。だからどちらであろうと四糸乃にとっては喜ばしく、そして大いに期待を寄せてしまう命令である。
「……ほら。遠慮せずに来いよ、四糸乃?」
「は、はい……!」
そんな四糸乃の前で士道はベッドの端に移動すると、揃えた膝の上をポンポンと叩いてこちらを招く。ここまでされれば言葉が無くてもどちらなのかは分かる。
喜びにちょっと上ずった声で頷き、四糸乃は躊躇い無く士道の膝枕へと甘えた。
『せっかく何でも命令できるのに膝枕だなんて、四糸乃は本当に欲が無いよねー』
「まあ四糸乃だし仕方ないだろ。どうだ、四糸乃? 期待通りの膝枕か?」
「はい……とっても、気持ち良いです……」
あまり柔らかくは無いが、そんなことは関係ない。
普段から士道の心労を癒してあげるため、そして負担をかけないようにしている四糸乃は、士道に積極的に甘えたことなどほとんど無い。こんな風に膝枕してもらった上、優しく頭を撫でてもらい一方的に甘やかされるのは極めて新鮮で心地良い気分だった。
「そりゃあ良かった。けどずっとこのままだと勝負が続けられないから、ちょっとの間だけだからな?」
「……もっと長い間じゃあ、駄目ですか?」
思わずそんなわがままを口にして、膝の上からじっと士道に無言のお願いを向けてしまうくらいにはとても心地良い。
口にした後では説得力が無い気もするが、わがままを口にすることも関係の進展には必要なことだろう。だからこそ四糸乃は士道への視線に必死に無言のお願いを込めた。
「そ、そんな寂しそうな目で見るなよ……後で好きなだけ膝枕してやるから、今は五分――いや、十分だけだぞ?」
『うわー、分かってたことだけど士道くん四糸乃に対して甘々だなー』
その甲斐あってか五分から十分に増えただけでなく、後で好きなだけ膝枕してもらえることになった。
口調はどこか困ったようなものであったが、その反面士道は明らかにどこか嬉しそうな微笑みを浮かべている。もしかすると四糸乃の珍しいわがままを聞けて少しは喜んでいるのかもしれない。
「えへへ……」
わがままを言うのも案外悪くない。四糸乃はそんな感想を抱きつつ、頬擦りするようにして士道の膝枕を十分間楽しむのだった。
「それじゃあ、今度は私の番です……!」
十分間の膝枕でしっかり英気を養った後、四糸乃は力強く言い放ってから小箱に手を入れ中を弄る。
士道のためなら何でもできるという言葉に嘘偽りは無い。ただしそれはあくまでも四糸乃が考え付くことなら何でもという意味だ。さすがに自分にも想像がつかないようなことを、説明される前からできるかどうか断言するのは難しい。尤も断言できるくらいの気概自体はあるのだが。
『さーて、士道くんはどれだけエッチで嫌らしい命令を用意してくれたのかなー? よしのん楽しみだなー』
「何でエロいものしか用意してないって決め付けてんだよ、お前は。言っとくけどちゃんとまともなのも用意してるんだぞ。まあ幾つか調子に乗っちまったのもあるにはあるけどな?」
小箱の中をガサゴソと弄っている最中、ニヤリと悪い笑みを向けてくる士道。
一瞬ドキッとしたものの、それがどんな内容だろうと四糸乃にはマイナスにならない。四糸乃を大切にしすぎている士道なら無理のある命令は書かないだろうし、もし書いたとすればそれは四糸乃に対して遠慮がなくなっているということ。なのでどちらでも問題は無いのだが、本音を言えばむしろ無理のある命令をして欲しい所である。
「こ、これです!」
『さてさて、士道くんはいたいけな四糸乃に何をさせる気なのかなー?』
悪い笑顔を向けられながらも躊躇い無く小箱の中から紙を一枚抜き取り、折りたたまれたそれを広げていく。
緊張と期待、そして微かな怯えから目を瞑っていた四糸乃は恐る恐る目蓋を開け――
「っ……」
――微かな恥じらいと共に、頬が熱くなるのを感じた。
何にせよ書かれていた命令は問題なく実行できるものなので一安心である。というかいつもやられていることなのであまり抵抗は無いと言うべきか。
『なーんだ。もっとグチョグチョネチョネチョしたこと書いたのかと思ったらすっごく普通だったね。この程度四糸乃には朝飯前だよ! いや、この場合の朝飯は四糸乃だからちょっと違うかな……?』
「だからお前は俺を何だと思ってんだよ、よしのん……それで四糸乃、何引いたんだ?」
「こ、これ、です……」
引いた紙を手渡した所、士道はそれを確認した後どこか嫌らしい視線を四糸乃に向けてきた。その視線が四糸乃の顔ではなく若干下に行っているのは内容的に仕方の無いことだろう。
「……で? どうする、四糸乃? 一回なら拒否したって構わないんだぜ?」
「へ、平気、です! 士道さんになら、何をされたって構いません……!」
『士道くんには毎晩のようにもの凄いことされてるわけだし、今更この程度のことじゃ四糸乃は堪えないよー? もっと言うと今も昔も堪えなかっただろうけどねー』
期待外れとでも言うように肩を竦めながら言う『よしのん』。
実際の所『よしのん』の言葉は何ら間違っていない。毎晩の如く愛し合う関係になった今でなくとも、この程度のお願いなら四糸乃はきっと叶えてあげた。まあ以前までの士道がそんなお願いをしてくる所などちょっと想像が付かないが。
「そっか。じゃあ――良いんだな?」
「は、はい……好きなだけ、どうぞ……」
ニヤリと笑いながら指を蠢かす両手を近づけてくる士道。そんなわざとらしい真似に恥じらいを多少揺さぶられたが、四糸乃は躊躇い無く頷き目蓋を閉じた。
「よし。なら遠慮なく」
「っ……」
すると士道の両手が衣服の上から胸元に触れ、その感触と胸を触られた事実に思わず息を呑んでしまう。
そう、四糸乃が引いた紙に書いてあった命令は極めて単純明快。『胸を揉ませろ』という短くもそれなりに難易度が高い一文である。
とはいえ毎晩のように士道と愛し合っている四糸乃にとっては難易度はむしろ低い方だ。触られるなんていつもと比べればまだまだ序の口だし、今だって衣服も下着も脱がされて直接触られるのかと思いきやまさかの服の上からである。多少の恥じらいは消せないが、この程度なら全く問題は無い。だからこそ四糸乃は瞳を閉じてされるがまま、士道に胸を揉み回されていた。
「っ、あ……んっ……」
とはいえ他ならぬ士道に胸を弄られている事実と感触が、四糸乃の口からちょっと変な声を出させてしまう。衣服と下着越しに弄られているせいか、まるでくすぐられているようなこそばゆい感覚を覚えるのも原因だ。
「っ……く、ぁ……」
おまけに士道の手の動きが揉むと言うよりも撫でるに近いせいで余計にこそばゆい。
いっそのこと多少乱暴に揉んでくれた方が助かるのだが、そこは四糸乃を過剰なまでに大切に扱ってくれる士道。そういう行為が目的の時ならともかく、勝負の最中である今は四糸乃の僅かな胸の膨らみを持ち上げるように触る程度の強さだった。
「……よし。今回はこの辺で勘弁してやるよ、四糸乃」
「あ……は、はい……」
しかしそれでも結構ギリギリな綱渡りだったのか、一分も経たずに手を止めてしまう士道。気遣う言葉とは裏腹にその下腹部が明らかに盛り上がっていたのを、四糸乃はしっかりと発見していた。
『うん? 別にもっと好き放題四糸乃の胸を揉んじゃって良いんだよ? 何なら服を脱がせて直に揉んだって四糸乃は平気だよー?』
「さすがにそれは俺が耐えられなくなりそうだから止めとくよ。今は真剣勝負の真っ最中だからな」
『なるほど。つまり終わったら存分にヤるってことだね!』
「……まあ、そういうことだ」
士道は否定せず、若干前屈みになりながら座り直す。
四糸乃としてはむしろこの場で勝負を放り出して襲いかかられても構わないのだが、やはり四糸乃を大切に思っているからこそそういった不誠実な行動は取りたくないらしい。嬉しい反面微かに残念な気持ちを抱いてしまう複雑な四糸乃だった。
「じゃ、じゃあ、次は士道さんの番ですね」
「お、おう、それじゃあ引くぜ?」
お互いに気を取り直し、勝負の続きを始める。
一巡目はお互いに難易度の低い命令であったが、ここから先はどう転ぶかは分からない。何せ『よしのん』が書いた命令は総じて難易度が高いからだ。一応難易度の低いものが無くも無いが、間違いなく士道は幾らか抵抗を感じるであろうものばかりなのだから。
「よし、これだ!」
本人もちょっと不安なのか、士道は妙に勢いをつけて小箱の中から紙を一枚抜き取る。四糸乃も固唾を呑んで見守る中、その紙を開いて内容を目にするとやはり苦い表情を浮かべた。そうして一つ深い溜息を吐き、書かれた内容をこちらに見せてくる。
「……これもお前だな、よしのん」
『んー、どれどれ? あー、もちろんよしのんが書いたやつだよー。でもまーこれくらいなら士道くんだってできるよねー。何せやったことが二回くらいあるんだからね。まあ二回目は人違いだったけどさ』
書かれた命令を目にしてけらけら笑う『よしのん』だが、四糸乃の方はちょっと恥ずかしくなってきて思わずお尻に手を伸ばしてしまう。
人違いの時はいきなりだったのでとてもびっくりしたものの、四糸乃としてはやはりこれくらいなら問題なく受け入れられる。
「……できないんですか、士道さん?」
問題は何かのおしおきでもないこの状況で、士道がこれを実行することを受け入れるかどうか。
不安と期待を胸に抱きながら顔を覗き込んで尋ねたところ、士道は目蓋を閉じて一つカッコいい感じの微笑みを浮かべた。それがどこか自棄になった感じの微笑みに見えたのはきっと四糸乃の気のせいに違いない。
「俺を舐めてもらっちゃ困るぜ、四糸乃。俺の愛を身体に教え込んでやるから、大人しくここに来いよ?」
「あ……は、はい……!」
『おおーう、さすが士道くん! そうこなくっちゃ面白くないよね!』
再び座り直して膝の上へと手招きする士道に、喜びを抱きながら四糸乃は近寄っていく。
さすがにちょっと恥ずかしいし少し痛い思いをするかもしれないが、痛みが強ければそれだけ士道は四糸乃に対して遠慮していないということになる。だから例えとても痛い思いをすることになろうとも、緊張こそあれ恐怖はどこにもなかった。
「こ、これで、良いですか……?」
招かれるまま士道に身を寄せ、その膝の上へと身体を投げ出す。先ほどの膝枕とは異なり、うつ伏せで四糸乃のお腹が士道の膝に当たる位置取りである。少し残念だが命令の内容的にはこの位置取りの方が士道に都合が良いはずなのだ。
『分かってるよね、士道くん。直に十発やらないと駄目だからね?』
「わ、分かってるよ。ったく、変な命令書きやがって……じゃあ始めるぞ、四糸乃?」
「は、はい。いつでも、どうぞ……」
その状態で一つ頷き、四糸乃は目蓋をぎゅっと閉じた上で身を縮めて備える。きっとそれほど痛くはしないだろうが、やはりちょっと恥ずかしいし緊張するからだ。
色んな感情で胸をドキドキさせていると、やがてスカートが捲り挙げられる感覚を覚えた。同時に士道が息を呑んだような雰囲気が感じられたのは、恐らく四糸乃が『よしのん』の勧めで身に着けたビキニもかくやという露出度のショーツが原因に違いない。喜んでもらえているなら用意した甲斐もあったというものだ。
「じゃ、じゃあいくぞ?」
「は、はい……!」
思わず頬を緩めていると、ついに士道が命令の実行に移る。再びぎゅっと目蓋を閉じて襲い来る衝撃に備えた次の瞬間――
「っ、あ……!」
――パチン! そんな擬音が相応しい一撃でお尻を叩かれる。一発では終わらず、二発、三発と次々に。
士道が実行している命令はとても単純。四糸乃にお尻ペンペンできるかどうか、という比較的軽い命令だ。『よしのん』的にはお遊びの類の命令のようで、実行は出来ると考えていたらしい。ただし叩く力はかなり弱めで、叩かれている気は全くしなかった。
『ちょっと士道くん、力が全然足りないよ! 琴里ちゃんと勘違いして思いっきりやった時と同じくらい強く引っぱたかないと!』
「くっ……これくらい、か!」
「あ、あぁっ……!」
それを『よしのん』に注意された士道が次に放った一発は――パァン! それなりの痛みと音を伴う一発だった。少なくとも驚いて声を零してしまうくらいには。
ただし耐え難いほど痛いというわけではなかった。これならまだ映画館で士道にお尻をぎゅっと握られた時の方が痛い。あの時は更に酷い真似をしてしまわないよう早めに拒絶して欲しかったらしいので、苛烈さは今と比べるべくも無い。やはり士道にはまだまだ四糸乃に対する遠慮があるのだろう。
「これで、とどめだっ!」
「っ、う……!」
最後の一発で力が入ったのか、今までと比べるとそれなりに痛い一撃。衝撃に軽くお尻が揺れるのを感じながら、四糸乃はちょっと恥ずかしい時間が終わったことに安堵の吐息を零した。
ただまあ、お尻ペンペンが終わったから士道の膝の上に寝転ぶのを止めなければいけないのがちょっとだけ残念だったが。
「ど、どうだ、よしのん。ちゃんと十回、力強くやったぜ?」
『うーん……ぶっちゃけ全然物足りなかったんだけど、まあ今はこれで良いや。どうせ他にも色々と面白い命令を用意してるしねー?』
「本当に何書きやがったんだ、お前……四糸乃、大丈夫か?」
「は、はい、問題ありません……今度は、私の番です」
やはり身を気遣う言葉をかけてくる士道に対し、四糸乃はショーツを穿き直しながら答える。
仮に今お尻を叩かれたのが四糸乃ではなく琴里だったなら、きっと士道は気遣う言葉をかけはしなかっただろう。それどころかニヤニヤと楽しそうに笑うに違いない。二人の普段の様子や『よしのん』の話から考えれば、四糸乃にだってそれくらいは分かる。
だからこそ士道はまだまだ四糸乃に遠慮を抱いていることも分かる。この勝負を進めて遠慮を振り払ってもらうか、僅かでも無くしてもらうことが四糸乃にとっての目的だ。
「こ、これ、です……!」
新しい関係に一歩踏み出すかのように、勢い良く箱から一枚紙を引き抜く。
果たして士道は四糸乃に一体どんな命令を下したのか。緊張に一つ息を呑みつつ、折りたたまれた紙を開く。
「……っ!」
『おおーっ! これはこれは……』
そして記された命令を目にした瞬間、羞恥による顔の火照りを覚えてしまう。
きっと士道から見れば今の四糸乃は頬を真っ赤に染めていることだろう。しかしそれも仕方の無い内容の命令が書かれていたのだ。
「その様子だとたぶんアレを引いたらしいな。まさかこんな初っ端から出てくるとは思わなかったぜ」
『全くもう、士道くんったら好きなんだからー。こういうのが見たいなら素直に言ってくれれば良いのにー』
「いや、さすがにこういうことを何の脈絡も無く頼むほど落ちぶれちゃいねぇよ。俺だってまだ守りたい一線的なものはあるんだからな?」
『えー? 士道くんはもう落ちるところまで落ちたと思うんだけどなー?』
「何とでも言いやがれ。それで四糸乃、どうするんだ? 一回ならパスできるんだぜ?」
命令文から顔を上げてみれば、そこにはニヤニヤと楽しそうに笑う士道の姿。
実の所、この命令は比較的行いやすいものだ。というよりも前に一度似たようなことをしているので四糸乃にはさほど抵抗は無い。問題は抵抗を覚えるかもしれないのが四糸乃ではないことだ。
「や、やります! 少し、待っててください!」
しかしここで負けるわけにはいかない。
勿論無理やり行う気は無いが、向こうも前に四糸乃と一緒に同じようなことをしたのだ。それに以前関係のありそうな話をした時には四糸乃なら問題無いということを言っていた気がするし、多少抵抗があっても丁寧にお願いすればきっと応えてくれるに違いない。
だから四糸乃は紙をぐっと握り締めると、ベッドから降りて命令を果たすための場所へと足を向けた。
「さてと、今夜は何しよう……」
お風呂から上がり、癖の強い髪をしっかり乾かし自分に出来る範囲の手入れも終えた七罪は、五河家の一室に新たに用意された自分の部屋で物思いに耽っていた。
当初の予定からはかなり遅れたものの、今では一つ屋根の下で士道と琴里の二人と一緒に暮らしている。その気になれば散歩よりもお手軽に士道に会いに行ける状況なおかげか、何だか微妙に心が軽くなったような気分であった。まあ自分ばかり幸せになっている事実を考えると若干気分が沈むので、気分の浮き沈みは差し引きゼロなのかもしれないが。
「本当は士道のとこ行きたいけど今は四糸乃が来てるみたいだし、邪魔しちゃ悪いわよね。リビングでテレビでも見てようかしら」
五河家に訪ねて来た四糸乃とお風呂上りにちょうど鉢合わせたので話を聞いた所、士道に会いたくて来たのではなく士道に呼び出されと言っていた。まさか士道に限ってエロ行為を働くために四糸乃を呼び出したということは無いはずなので、きっと二人きりでイチャイチャしているのだろう。
あの二人なら七罪がそこに顔を出しても邪魔とは思わないだろうが、だからといってその優しさに甘えて無粋な真似をする気は無い。だからこそ七罪は一人でテレビ鑑賞をしようと決めたのだが――
「きゃっ……!」
「わっ!? よ、四糸乃!?」
部屋の扉を開けた先には件の四糸乃が立っていたので、七罪は思わず目を剥いてしまう。四糸乃自身も驚いたらしく、七罪とは異なり非常に可愛らしい声を零していた。右手の甲をこちらに向けている辺り、どうやら今正に七罪の部屋の扉をノックする所だったようだ。
『いやー、びっくりしたなー。驚かさないでよー、七罪ちゃーん』
「あっ、ご、ごめん。四糸乃、よしのん……」
「い、いえ、私の方こそ、すみません……」
お互いに頭を下げて驚かせたことを謝罪するが、よくよく考えると四糸乃が謝る理由はどこにもない。完全に扉を開けた七罪の責任だ。
しかし愛と優しさの化身である四糸乃のこと。責任は自分にあると伝えても四糸乃はきっと謝罪するだろう。そんな展開になれば七罪も謝罪を返さなければいけないし、恐らくお互いにひたすら謝り倒す展開になってしまう。
「えっと……とりあえず入って?」
「は、はい、お邪魔します……」
『お邪魔しまーす!』
なので不毛な展開にしないよう、先ほどのお互いへの謝罪で終わりにしておく。
そもそも四糸乃は何か大切な用事があるから七罪の部屋を訪ねて来たはずなのだ。わざわざ士道と過ごす幸せな時間の最中にそんなことをしている以上、よほど重要な用事に違いない。ここはすぐに話を聞いて二人きりの幸せな時間に返してあげるべきである。
「それで四糸乃は私に何か用? 士道と部屋で一緒に過ごしてたんじゃなかったっけ?」
「は、はい。でも、七罪さんに一つお願いしたいことがあって……」
とりあえず部屋の中に通して用件を尋ねた所、四糸乃はもじもじと恥ずかしそうに目を伏せる。その様子があまりにも可愛らしくて抱きしめたい気分になってしまうものの、七罪は何とか衝動に抗うことができた。こんな天使のように愛らしい四糸乃を好き放題できるとは、本当に士道は羨ましい奴である。
「あ、うん。四糸乃のお願いなら何でも聞くわよ? 私にできることならだけど……」
『ん? 今何でもって言った? 言ったよね、七罪ちゃん?』
「あ、何かすっごい嫌な予感……」
言質を取ったとでも言いたげに繰り返し、にゅっと身を乗り出してくる『よしのん』。
何となく悪寒を覚える七罪であったが、冷静に考えることでその悪寒は簡単に振り払うことができた。これが士道ならエロいお願いが飛んできても不思議ではないものの、目の前にいるのは慈愛の化身たる四糸乃。だから間違ってもおかしなお願いなど飛んでこない。七罪はそう考えることで自らの不安を投げ捨てたのだが――
「な、七罪さん! 私と……ディープキス、してください!」
「え……ええぇぇぇぇぇぇぇぇ!?」
――投げ捨てた不安が混乱と困惑と羞恥に変貌を遂げ、更には三倍くらい大きくなって返ってきた。それくらい四糸乃のお願いは七罪にとって衝撃的であった。
士道と三人でしている時ならまだしも今この場でキスを、それもディープキスをして欲しいとお願いしてくるとは一体どういうことなのか。というかそれは浮気ではないだろうか。百歩譲って浮気は良いとしてもその相手が七罪というのはぶっちゃけ間違ってはいないだろうか。
「だ、ダメ、ですか……?」
「え、や、ダメとかそういうんじゃなくて! 私は問題ないっていうかむしろご褒美的な気がしなくもないけど、四糸乃にとっては私とキスとか罰ゲームなんじゃないかなとか思ったり!?」
様々な思考を巡らせる最中、答えが無いことに不安を抱いたのか怯えた子猫のような瞳で尋ねてくる四糸乃。
その愛らしさに胸を打たれ、思わず頷きそうになった七罪を責めることはきっと誰にも出来ないだろう。とはいえ駄目なわけではないし、ましてや嫌なわけでもないのは事実だが。
『そんなわけないってばー、七罪ちゃんったら心配性だなー。前にも四糸乃と舌を絡めるエッチなキスをしたことあるでしょー?』
「……っ!」
混乱している思考を更に乱すのは『よしのん』の指摘。確かに以前四糸乃と一緒に士道に抱かれた夜では、都合上舌先を絡めあったことも無くはない。
ただ正確に言えばあれは士道が自分たちをいっぺんに楽しもうとした結果に過ぎず、七罪と四糸乃がお互いに口付けを交わしたことは厳密には一度も無いのだ。とはいえ経験があるか無いかで言われれば確かにあると言えるのは事実だった。
『まーそんなわけだから四糸乃は抵抗無いよ? ということでぶちゅーっといっちゃおう!』
「ちょ、ちょっと待って!? 抵抗無いのは分かったわよ、うん! でもそもそも何で私とキスなんてするの!? しかもディープなやつでしょ!?」
相手が四糸乃なら嫌ではないものの、事が事である以上理由を聞かなければ素直に受け入れられない。だいぶ混乱しながらも七罪は何とかその理由を聞き出すという選択をすることができた。
「えっと……実は今、士道さんとゲームをしてるんです」
「……ゲーム?」
『お互いに色んな命令を出し合って、応えられなかった方が負けっていう愛を確かめ合う素敵なゲームさ! 要するに愛する人のためにどこまでできるか、っていうこと勝負だね!』
「素敵っていうか悪しゅ――あ、うん、素敵なゲームね!」
そして返ってきたのは極めて悪趣味なゲームで士道と遊んでいるという答え。
ただし実際に口にしたのは素敵という褒め言葉だ。曲がりなりにも四糸乃が遊んでいるゲームを悪趣味と断じることはさすがにはばかられた。まあこれが他の誰かだったなら容赦なく悪趣味と断じてやるところだが。
「そのゲームで士道さんから出された命令が、七罪さんとのディープキスなんです……」
「こんな良い子に何て命令出してんのよ士道おぉぉぉぉぉぉっ!」
あんまりな命令に思わず叫びを上げてしまう七罪。
四糸乃の愛が海よりも深いことは今さら確かめずとも理解できるはずだ。にも関わらずこんな命令を下すとは士道は一体何を考えているのか。ついに越えてはならない一線までも越えてしまったのだろうか。
『まーそういうわけで一発ぶちゅっとやっちゃおう! あ、士道くんも楽しめるようにムービーで撮影しよっかなー。ちゃんとやった証拠にもなるし』
「や、やっぱりやらないといけないのよね? じゃないと四糸乃が負けちゃうし……」
相手が四糸乃なのでかなり畏れ多いものの、七罪が応えなければ四糸乃は士道との勝負に負けてしまう。どうしてそんな勝負をしているのかは良く分からないが、愛が深いのは間違いなく四糸乃の方なのだからできれば勝たせてあげたい。
なので七罪はがちがちに緊張しながらも応えることを決めた。むしろ今から神聖なものを穢す行為を働くのだから緊張も超えて罪悪感すら覚えそうな感じである。
「あ、あの、七罪さん。嫌なら、無理はしなくても良いですよ……?」
ただその様子が嫌がっているように見えたのか、四糸乃は優しさを露に気遣ってくれる。
当然四糸乃とのキスが嫌なわけはなく、本音を言えばそれは紛う事なきご褒美だ。ただその本音を口にすると美九と一緒にされそうだし、何より自分自身でもそう思ってダメージを受けかねないため口にはできなかった。
「い、嫌なんかじゃないわよ! ただその、本当に私なんかが四糸乃とキスしていいのかなって思って……」
『良いに決まってるじゃなーい! おんなじ男に穢された仲なんだし、細かいことは気にせず百合のお花を咲かせようよー!』
「うぅ……分かったからそういう露骨なこと言うのやめてくれない……?」
小さな両手を叩いてはやし立てる『よしのん』に対し、恥じらいに頬が熱くなるのを感じながらお願いする。まあ『よしのん』はからかいやイタズラの類が大好きらしいので、どれだけお願いしようと事あるごとに今夜の出来事を引き合いに出してくるのは分かっていたが。
「あ、ありがとうございます……それに、すみません。私のわがままを聞いてくれて……」
「いや、いいのよ。何でそんな勝負してるのかは分かんないけど、私は士道より四糸乃に勝って欲しいし。それに私なんかが四糸乃の役に立てるならこんなにうれしいことは無いし……」
付け加えるなら勝って士道の鼻っ柱をへし折ってやって欲しいという気持ちもある。怒らないと言った癖に七罪をベッドに縛り付けて快楽放置プレイをかましてくれた恨みは絶対に忘れない。
『よーし! そういうことならさっさと一発深くて濃いのをヤっちゃおう! さあ二人とも、見合って見合って!』
「あ、うん、そうね……じゃあ四糸乃、一応座ってしない?」
「あっ、は、はい。分かりました……」
小さな両手を叩きながら『よしのん』が急かしてきたので、七罪はベッドに腰を降ろして四糸乃を招いた。
実の所緊張が凄くて立っているのもやっとだったため、そんな状態で女神とディープキスなどすればその場に崩れ落ちてしまうと分かっていたからだ。幾ら何でも同性との口付けで骨抜きになってしまう様子を四糸乃には見られたくはない。
『さーて、それじゃあお願いしたのはこっちだし七罪ちゃんに選ばせてあげよっか。七罪ちゃんは四糸乃の方からキスしてもらいたい? それとも七罪ちゃんの方から四糸乃にキスしたい?』
「ふぇっ!? あ、えっと、その……どっちでも、良いわよ!?」
ただまあ、ガチガチに緊張しきっている様子だけは隠せなかった。『よしのん』の質問に対しておかしな声を上げてしまっただけでなく、変に裏返った声で答えてしまう。頬どころか耳の先まで熱さを感じるあたり、きっと顔は茹でダコの如く真っ赤に染まっていることだろう。
そんな七罪の生娘のような情けない反応が、むしろ四糸乃の緊張を取り払ったのかもしれない。四糸乃は一つ可愛らしい微笑みを浮かべると、更に七罪の傍へと身を寄せてきた。最早肩を触れ合わせていると言っても過言ではないくらいに。揺れる蒼い髪から漂ってくる甘い香りが余計に七罪の緊張を煽るとも知らずに。
「じゃあ、私からキスをしますね。七罪さん、凄く緊張しているみたいですから」
「は、はい! ふ、ふつつかものですが、よろしくお願いします……!」
『七罪ちゃーん、さすがにちょっと緊張しすぎだってばー。もうちょっと力抜いた方が良いよー?』
「む、無理無理! これから四糸乃にキスされるのに緊張するなとか不可能よ!」
緊張のあまり思考することも難しくなってきて、思わず初夜にでも臨むような言葉を返してしまう。実際緊張の度合いで言えば士道との初夜に引けを取らないほど緊張しているのだから無理も無かった。
『あっはっは、七罪ちゃんったら純情で可愛いなー。四糸乃もそう思うよねー?』
「はい。七罪さん、顔を赤くしてて凄く可愛いです……」
「っ!?」
おまけに間近で可憐な微笑みを浮かべた四糸乃に可愛いと言われてしまい、最早七罪の頭は沸騰寸前であった。
心の中では慈愛の女神たる四糸乃にこんな馬鹿げた命令を下す士道への呆れと怒りを抱いていたものの、いつのまにやら感謝の気持ちの方が大きくなっていたのはきっと仕方の無いことだろう。
「それじゃあ、始めますね……?」
「っ――!」
その一言と共に、四糸乃はその可憐な右手を七罪の頬へと添えてきた。頬に触れる滑らかな肌の感触、そして暖かな温もりに心臓が飛び跳ね、七罪は呼吸も忘れて固まってしまう。
それも当然。今から七罪は慈愛の化身で女神たる四糸乃に唇を奪われてしまうのだ。しかも唇だけではなく舌も奪われてしまうのは間違いない。女神に触れられるだけでこうなるのなら、女神からのディープキスという天上の祝福を受ける気分は恐らく天にも昇る心地であろう。その幸福感を想像した七罪はごくりと息を呑み、せめて情けない蕩けた表情だけは晒さないでいようと心に誓った。
『よし、録画開始! さー二人とも、士道くんが思わず前屈みになっちゃうくらいの素晴らしい光景を頼むよー!』
「う……」
ちらりと右に視線を向けてみれば、そこには両手で携帯を構えてカメラのレンズを向けてくる『よしのん』の姿。見るのが士道だけとはいえやはり恥ずかしいものがあるし、はっきり言ってレンズを向けられていることそのものが落ち着かない。
なのでそれを避けるように視線を戻した所――
「――っ!?」
いつの間にか四糸乃の端整で愛らしい面差しが目と鼻の先にまで迫っていた。
瞳を閉じてほんの僅かに唇を突き出した四糸乃が、今正に七罪に口付けようと顔を寄せてきている。七罪ならキモイ顔にしかならないだろうが四糸乃の場合はさしずめ神に祈りを捧げる聖女の如き、神々しさに溢れた極めて絵になる表情であった。
縮まる距離と高まっていく緊張に耳の奥に煩く響く心臓の鼓動を感じながらも、七罪はその女神なのか聖女なのか良く分からない表情に魅入られて視線を逸らせず、気が付いた時には――
「んっ……」
――距離は零になり、四糸乃と唇を重ねていた。
ぞっとするほど滑らかで適度に弾力のある唇が、それも女神たる四糸乃の唇が七罪の唇と重なっている。その感触と事実に七罪が抱いたのはもちろん同性とのキスへの抵抗や嫌悪などではなく、純粋かつ胸が締め付けられるほど強い幸福感であった。やはり七罪も美九と同じような性癖を持っているのかもしれない。
「は……っ、ん……ぅ……」
悲劇的な考えに内心落ち込んでしまうが、そんな七罪を慰めるように四糸乃はキスの形を変えていく。触れ合わせていただけの唇を開き、かぷかぷと七罪の唇を甘く食む形に。
そのおかげで心は浄化されたように晴れやかになったものの、代わりにこのまま四糸乃に食べられても良いという末期的な思考をしてしまう七罪であった。というかもう四糸乃が相手なら美九と同じ性癖でも良い気さえしているくらいだ。
「ちゅ……んっ……っは……!」
そんな危ない思考を肯定するかの如く、やがてキスは次の段階へと進む。
重なった唇が優しく割り開かれ、隙間から潜り込んでくるのは四糸乃の舌先。一瞬舌先同士が触れ合ったことで反射的に七罪は舌を引っ込めるが、その動きを遮るように四糸乃の舌先が絡んでくる。私は平気だから気にしないで下さい、とでも言わんばかりに優しく。
「ん……ちゅ……ふぁ……!」
その優しさに魅了され、最早七罪はされるがままにディープな口付けを受け続けた。慈愛の女神と唇を重ねて粘膜同士を擦りあわせている事実に、途轍もない幸福感を覚えながら。
舌に纏わりつき互いの喉の奥へと流れ込んで行くのは、自分のものと混ざり合った四糸乃の唾液。四糸乃の方は七罪に穢されていると言っても過言ではないが、七罪の方は身体の芯から浄化されている気分になったのは言うまでもないことだった。
「っ、ん……よ、四糸乃ぉ……ふあぁ……!」
そして気がついた時には、胸を締め付ける多幸感と女神への愛しさからいつしか七罪からもキスを返していた。畏れ多さが抜けないので唇も舌も上手く動かないものの、心のままに甘えるように食み絡めていく。固まっていた両手も動かし、四糸乃の華奢な両肩にそっと手を置いて。
「ぁ……七罪、さん……ちゅ……!」
固まっていた七罪がキスに応えてくれたことが喜ばしいのか、どことなく嬉しさを滲ませた声を返してくる四糸乃。
ただしその声はキスの合間、それも舌を絡める深い口付けの最中に零したもの。粘膜同士が擦れあう音を響かせながら若干荒い息をした四糸乃に名を呼ばれ、そのあまりのエロさに七罪は少々危険なものを感じてしまった。具体的にはこのまま押し倒したいという、明らかに性癖が確定している自らの欲望を。
「ふあ、ぁ……」
「はっ、あぁ……」
ただ幸運なことにやらかしてしまう事態にはならなかった。その前に四糸乃が口付けを止めたからだ。
とはいえ頬を染めて荒く呼気を乱し、小さく覗く舌先から銀色の糸を引かせている様は限りなくエロかったが。
『よーし、撮影終了! これお金取れるレベルだね! 美九ちゃんに見せらんないのが残念だなー、魂売ってでも欲しがりそうな光景なのに』
「あ、ありがとうございました、七罪さん。これで士道さんの命令、達成できました……」
「あ、う、うん、どういたしまして……」
若干残念そうな『よしのん』とは裏腹に、とても嬉しそうに微笑んでくれる四糸乃。
ディープな口付けをされた後にそんな微笑みを向けられたせいか、予想外に胸が高鳴ってしまう。女神の口付けによる幸福感から心拍はやや早い程度に治まっていたものの、今やすっかり早鐘のような鼓動を取り戻していた。四糸乃可愛い、マジ可愛い。
『それじゃー士道くんの所に戻ろっか。これを見た士道くんがどんな顔で見入るか楽しみだね!』
「うん。あっ、七罪さんも一緒に士道さんの所に行きますか?」
「あー……今回は遠慮しておくわ。今ちょっと都合が悪いし、真剣勝負の真っ最中に水を差すような真似はしたくないし」
一緒に来ないかと誘う四糸乃に対し、七罪は首を横に振る。
ぶっちゃけ勝負の内容は悪趣味だと思っているが四糸乃自身が納得しているし、何より七罪とのディープキスに躊躇いを見せないほど闘志を燃やしているのだ。どうしてそこまでこの勝負に拘るのかは良く分からないが、そんな様子を見せられては万が一にも邪魔になるようなことはできなかった。
「でも私は四糸乃に勝って欲しいって思ってるからちゃんと応援はしてるわ。正直私の応援でやる気が出るかなんて怪しいと思うけど……頑張って、四糸乃」
「い、いえ、七罪さんが応援してくれたおかげで、とってもやる気が出てきました! 私、頑張ります……!」
その言葉は心からの本音のようで、七罪程度の応援だというにも関わらず拳を握って闘志を燃やしている四糸乃。
まあ闘志と言うにはあまりにも四糸乃の様子が可愛らしくて迫力とかそういうものは全く感じられず、微笑ましさしか覚えなかったが。
「うん、その意気よ。四糸乃に愛の深さで勝てるって思い上がってる士道の鼻っ柱をへし折ってやって」
『オッケー! さー行くよー、四糸乃! 士道くんに四糸乃の愛の深さを思い知らせてやるんだ!』
「う、うん! それじゃあ失礼します、七罪さん!」
可愛らしい闘志を漲らせ、最後に一つ七罪に頭を下げてから部屋を出て行く四糸乃。そんな四糸乃に対し、七罪はベッドの上でただ手を振って送り出していた。
本当はちゃんと部屋の入り口までついて行って見送るのが筋だと分かっていたし、七罪自身もできればそうしたかった。ただちょっとそれができない事情があったため、ベッドの上で見送るしかできなかったのだ。
「……ヤバイ、ちょっと濡れたかもしんない。あと腰砕けて立てない……」
慈愛の女神たる四糸乃とのディープキスによって、腰から下がちょっとマズイ状況になっていたから。
同性とのキスでこんな状態になってしまう自分に肩を落しつつも、相手が四糸乃なら仕方ないかと納得してしまう七罪であった。まあ相手が四糸乃限定とはいえ、どこぞの残念アイドルのような性癖を持っているかもしれないと認めるのは非常に癪だったが。
そんな泥を啜るような気持ちも四糸乃とのキスを思い出すとあっという間に晴れたものの、恥じらいやら幸福感やらで悶えて余計に腰から下がマズイ状況になったのは言うまでもなかった。
我が愛は破壊の情。愛でるためにまずは壊そう。死を想え、断崖の果てを飛翔しろ。私は全てを愛している。修羅道至高天!
愛と言うと一番に思い浮かんでくる修羅の理はさておき、前編終了。七罪と四糸乃のキスシーンは実は以前からやりたかったことの一つです。別に百合趣味は無いんですけど、何故かこの二人はこう、絡ませたい……。
せっかく破壊の愛を示したので、余談ですがたまに感想欄に発生していた水銀さんや獣殿に関して。その時点だとネタ元を知らなかったので理解できていませんでした。ネタ元を知ってプレイしたら……うん、はまってしまったよ……。
更新停止期間の執筆状況の進捗はどれくらいの頻度で活動報告に載せるべきか
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