「むー……」
何の変哲もない平和で穏やかな夜、琴里は部屋で一人物憂げに唸っていた。何度も首を傾げ、白のリボンで結われたツインテールを揺らしながら。
大好きなおにーちゃんが構ってくれないから寂しくて拗ねている、というわけではない。琴里と士道の関係はそれはもう良好だし、身体の相性もバッチリだ。頻繁に朝までノンストップで激しく愛し合う間柄だし、口に出し辛いようなプレイすらもお互い合意の上で行う仲である。
欲を言えばもうちょっと頻度が増えて欲しいと思っているものの、さすがにそれは人数的に不可能な相談だと琴里自身理解している。琴里が今頭を悩ませているのはもっと別のことだ。
「どうしよー? 調子に乗って使いまくってたら無くなっちゃったよー……」
失意の呟きを零す琴里の視線の先には、自らの手の中にある小さなガラス瓶。香水の瓶だがこれは香水ではない。令音から貰った、七罪のフェロモンを分離して液体として凝縮した対士道専用の究極の媚薬である。その効果は鼻先に吹き付けただけで理性を失いケダモノと化すほど凄まじいもので、獣の如き欲望をぶつけられた琴里にとっては決して忘れられない記憶である。
しかし、今その瓶の中には最早液体は残っていない。二、三滴の水滴が光を反射して煌めているだけ。最早空といっても過言ではない状況だった。
「うーん、新しいの欲しいけどそんなこと頼むの恥ずかしいしなー。どうしよー?」
自分でも性癖が色々と終わっている気がしないでもない琴里だが、人並みに羞恥心は存在する。なので新しい媚薬をくれと令音にせがむのはさすがに恥ずかしくて躊躇われた。
しかし黒リボンの時の琴里と比べると遥かに欲望に忠実なのは否めず、その類の事柄に関してだけは黒リボンの時よりも羞恥心は薄めであった。
「そうだ! 面白い効果のある媚薬を作れるか知りたいって言って、新しいのを作ってもらおう! そうしよう!」
そのため明らかな言い訳を名案のように扱い、すぐさま行動に移してしまった。具体的には気軽に令音に連絡して、酷くアバウトな実験依頼を出してしまうくらいには軽率で考え無しだった。
「……琴里。少し話があるんだが、今大丈夫かい?」
「ええ、構わないわよ」
無茶ぶり、もとい難しい依頼を出してからおよそ三日後。琴里が<フラクシナス>で事務仕事に精を出していると、ふらりと現れた令音がそんな問いを投げかけてきた。
てっきり仕事の話、あるいは精霊関係の話だと思っていたのだが、令音の口から続けられた言葉は予想を裏切る内容のものであった。
「……実は今、新しい香水を買おうかどうか迷っているんだ。できれば君に意見を貰いたいと思ってね」
「……分かったわ。女同士、二人きりで話をしましょうか」
このタイミングで香水の話と言えば、当然琴里が依頼したものに関しての話に違いない。周囲の耳目を考え何気ない世間話程度にカムフラージュした令音の手管に舌を巻きつつ、琴里は頷き周囲を警戒しながら席を立った。
そうして内密の話をするために、令音に先導されて艦内を歩く。辿り着いた一室は確かに内密の話をするのに適した機密性の高い場所であったが、気密性も高いのか異様に室温が高かった。真夏の炎天下でもここまで暑くは無いというほどである。これは艦内の冷暖房設備を見直した方が良いかもしれない。
「それで? あの媚薬――じゃなくて、香水の件で話があるのよね? それとも本当に香水を買うから私の意見が欲しいのかしら?」
どちらにせよ琴里にとっては気になる話題。前者に関しては語るまでもないが、後者に関しては別だ。浮ついた話の一切ない令音がどのような香水が良いのか迷っているというのなら、男の姿を邪推してしまうのが人情というものである。尤も純粋に力になってあげたいという気持ちもあるが。
「……いや、あれは方便だよ。さすがに他に人がいる所では話せなかったからね。ただ本当に迷った時は君に意見を求めても構わないかな?」
「ええ、もちろんよ。それで、香水の事なのだけれど……」
「……ああ、何か面白い効果のある媚薬を作って欲しいという依頼だったね」
酷くアバウトかつざっくりとした依頼内容にも拘わらず、令音は全く気にした様子もなく答える。
正直なところ琴里はこの依頼を取り消そうかと思っていたのだが、どうにも踏ん切りがつかず三日が経過してしまっていた。確かに媚薬が切れてしまったので新しいものが貰えるなら都合は良いし、幾ら何でもこちらの琴里は士道専用の媚薬が欲しいと面と向かって頼むほど恥知らずではない。なので依頼をそのままにするべきか、それともやはり取り消すべきかと迷っている間に三日経ってしまったわけである。
「ご、ごめんなさい、令音。あれは冗談というか、あっちの私が欲望のままに頼んだだけだから無視していいわ。可能かも分からない無茶も良いところの頼みで、あなたに手間をかけさせたくないもの」
とはいえ面と向かって話題に出されてしまえば、こう答える他に無い。優秀な令音を意味不明かつ荒唐無稽な依頼で手を煩わせてしまうなど愚の骨頂であるし、明らかに時間の無駄だ。
だから琴里は新しい媚薬は諦めることにしたのだが――
「……冗談だったのかい? もう作ってしまったんだが」
「う、嘘でしょ? 頼んでからまだ三日しか経ってないのよ?」
令音の返答はまさかの完成済みという驚きの言葉であった。依頼から三日しか経過していないというのにすでに完成しているとは、完全に予想外の答えである。さすがにこれには琴里も動揺を隠せなかった。
「……元々非常に興味深い物だったから色々と研究や改良をしていたんだよ。ただ何を以って君が面白いと判断してくれるのかが分からないから、最後に君の意見を聞こうと思ってね」
「香水に対しての意見が欲しいってとこは方便じゃなかったのね……」
「……まあ、あれが冗談だったと言うのなら必要のないことだけれどね。君が望むならこれは破棄してしまっても構わないよ」
そう口にして、令音はどこからか香水の瓶を取り出す。たっぷりの液体で満たされた、非常に心惹かれる対士道専用の媚薬を。
「そ、それは駄目よ! その、せっかく令音が作ってくれたんだから、ありがたく受け取らせてもらうわ?」
「……そうか。では、これを君にあげよう」
表情に変化は無いもののどこか苦笑した感じの令音が、待望の媚薬を手渡してくれる。
それを受け取り記憶の中にある以前の媚薬と比較してみるが、傍目には特に何も変わりは無かった。以前と変わらず無色透明無臭であるため、はっきり言って違いが全く分からない。
「見た目は特に前のと変わらないわね? どんな面白い効果があるの?」
「……それを答える前に実はもう一つやらなければいけないことがあるんだ。琴里、そろそろ汗をかいてきたかい?」
「ええ、さすがにこれだけ暑ければね。というか何故この部屋だけこんなに暑いのかしらね?」
まるでサウナのような蒸し暑さの中で会話をしていたのだから、すでに琴里は相応の汗をかいていた。さすがに衣服が透けるほどではないが、下着が肌に張りつく程度には発汗している。
尤も目の前の令音は普段通りの涼しい顔をしており、汗の一滴も見受けられなかった。
「……君に汗をかかせるのが目的だったからね。ちょっと空調と暖房を弄らせてもらっただけだよ。では琴里、一滴でいい。君の汗をこの香水の中に落としてくれ」
「なるほど、そういう理由ね。いえ、汗を混ぜる理由は分からないけれど……」
分からないが、令音が意味もなくこんな行動を求めてくるはずがない。きっとどうしても必要なことであり、琴里に汗をかかせるために部屋を無駄に温めているのもその一環だったのだろう。確かに目の前で運動をさせて発汗させるというのもなかなか時間がかかりそうで効率が悪い。
そのため疑問を抱きながらも香水の蓋を開け、無色透明な液体の中へ指先で拭った汗を一滴振り落とした。
「これで良いのかしら? それで一体何のためにこんなことを――っ!?」
理由を尋ねつつ蓋を締める琴里であったが、予想外の光景に目を丸くしてしまう。無色透明だったはずの液体にぽつりと薄い赤が生じ、やがて全体を鮮やかな赤色へと染め上げた。
混入させたものはただの汗一滴であるにも拘わらず、絵の具か着色料をたっぷり混ぜ込んだかのような有様だ。まるでこの媚薬が自分色に染まったのではないかと錯覚してしまうほど見事な色合いであった。
「……よし、これで完成だ。色が変化したということは効果も十分発揮できるはずだから、面白いと感じるかどうかは君の判断次第だね」
「令音に限って色が変わるだけ、なんて地味な変化を付与して終わりってことはないでしょうし……これには一体どんな作用があるっていうの?」
「……ああ、その媚薬の作用はね――」
そうして令音が語った、この媚薬に付加された特殊な作用。令音自身は判断がつかなかったようだが、それを聞かされた琴里はどうしようもなく口元に笑みが浮かぶのを抑えきれなかった。
何故なら語られた媚薬の作用は注文以上に面白く、実に愉快な作用だったから。
「ふぅ。さっぱりしたな」
熱いお湯に浸かって一日の疲れを溶かし、長風呂から上がる士道。
よく風呂場でも盛っている気がしないでもないが、やはり風呂というのは疲れを取るための場所である。なのでたまには一人でゆっくり入浴したいこともあり、今日はちょうどその気分だったのでゆっくりバスタイムを満喫していたのだ。尤も自分が風呂場に乱入する場合はその限りではないが。
「ん……?」
脱衣所に戻り濡れた身体をバスタオルで拭いている最中、不意に微かな違和感を下半身に覚え手を止める。
まるで何か嫌らしい妄想を繰り広げていたかのように、下の方がぴくりと反応したのだ。別に疚しいことは考えていないはずだが、風呂場で色々致した経験があるので身体が反応してしまったということもあり得るだろう。
なので一瞬気にかかったもののそれ以上は疑問には思わず、再び身体を拭いて乾かしていく。
「ん……んんっ!? 何だ、どうした!?」
しかし頭や顔といった部分を拭き始めると、先ほどの違和感がぶり返してきた。おまけに無視できないレベルで発生したかと思えば、あれよあれよとあっという間に完全な臨戦態勢が整ってしまう。
確かに性欲はブーストを受けて高まっているとはいえ、さすがにバスタオルに興奮するような特殊な性癖は持ち合わせていない。加えて肌を重ね愛し合う相手が三人もいる上、その内の一人は底無しの性欲を持つケダモノだ。間違っても欲求不満になるような状況ではない。
となるとこれは明らかに異常な事態と言える。ただこの唐突な興奮を催す現象と原因には心当たりがあった。それが幸運と言えるのかどうかは不明であるが。
「……琴里の奴、やりやがったな!」
全てを理解した士道は思わず悪態を吐き、バスタオルをぶん投げる。
こんな異常な反応を引き起こすものと言えば七罪のフェロモンだけだ。しかし七罪自身はこれを悪用したことは一度も無いし、むしろしっかり薬で抑えている。となれば思い当たるのは七罪のフェロモンを凝縮して香水にした危険な媚薬を所持している琴里ただ一人。
たまにそれを嬉々として持ち出して直接鼻先に吹きかけてきたり、身体に吹き付けた状態で擦り寄ったりもしてきたので、士道が使う衣服やタオルにこっそり吹き付けておくくらいは平気でやるだろう。バスタオルをぶん投げたのは恐らくこれに媚薬が吹き付けられているからだ。
「ぐっ……万が一こんな状態で十香たちが来たらどうするんだよ! 襲わないって保証はないぞ!」
こんな興奮しきった状態では出会った女の子をその場で襲わない保証は全くない。向こうが抵抗してくれればともかく、わりと受け入れてくれそうな子が何人かいるので余計に不安だった。
それを避けるためにはさっさと発散するしか方法はなく、どうやって発散するかは考えるまでもない。こんな真似をするということは間違いなく誘っているのだから、遠慮なく琴里で発散させてもらうのが自然だろう。
そんなわけで士道は素早く衣服を着込み(パンツとズボンが酷く履きにくかった)、危ない真似をする義妹を躾けるためにすぐさま琴里の部屋へと向かった。
「――って、いねぇ!? どこいったあいつ!?」
しかし肝心の琴里の姿が見当たらない。ベッドの下を覗き見てクローゼットさえ開けて確かめるが、部屋の中にはどこにもいなかった。
ならばリビングかと向かってみるも、やはり姿は見当たらない。どうやら士道を興奮させた状態での放置プレイに耽っているようだ。琴里には悪いがこんな下半身が無駄に自己主張をしている状態で童心に帰ってかくれんぼなど、とてもではないがやっていられる余裕はどこにもなかった。
「――七罪ぃ! 力を貸してくれ!」
「ひゃあっ!? え、ちょ、なに!?」
そのため、最近引っ越してきた五河家の新たな住人に捜索の協力を求める。
とはいえだいぶ余裕がない状態のためノックも無しに部屋の扉を開けてしまい、ベッドの上でまったりくつろいでいたらしい七罪を飛び上がらせてしまった。
「悪い! でも緊急事態だ! お前の力を貸してくれ!」
「緊急事態って一体……ああ、うん。そういうことね」
しばし目を丸くしていた七罪だが、士道の下半身で自己主張しているモノに気付いたのだろう。全てを理解したような達観した表情で頷いていた。
一目見て全てを理解してくれるあたり、七罪は非常に察しが良くて士道としても大助かりだ。
「えっと……私が、色々としてあげた方が良いの? それとも、士道が私に好きなことする……?」
「いや、そういう力を貸せって言ってるわけじゃなくてだな……」
と思っていたが、どうも認識にズレがあるようだ。どうやら七罪は士道が性欲の処理を頼んできたと思っているらしく、控えめに頬を染めながらそんな提案をしてくる。
もちろん一方的な性欲処理などさせるつもりはないが、非常に魅力的な提案なのは確かだった。だが不思議なことに、現在自己主張中の立派なモノは何ら反応を示さなかった。すでにこれ以上無いほど準備万端な状態とはいえ、ぴくりとも反応しないのは何かがおかしい気もする。
「でもそのまま放っといて良いものでもないでしょ。というか、何でそんなに興奮しちゃってるわけ?」
「たぶん琴里の仕業だ。風呂上がりにタオルで身体を拭いてたら突然興奮してきたからな。それで責任取らせるために琴里を探してたんだけど、あいつどこにも見当たらなくて……ああぁぁぁっ!」
「あー、そういうことね……」
やり場のない興奮に叫びを上げてしまう士道を、目つきが悪いせいで同情なのか軽蔑なのか分かりにくい目で見つめてくる七罪。どこか申し訳なさそうにも見えるのは、やはり原因と思しき媚薬が元を辿れば七罪の手により作られたものだからだろう。
尤も当人に悪気が一切無かったのは知っているし、無意識にやったことなので責任を取らせる気は微塵も無いが。
「でもそういうことならやっぱり早く発散しちゃった方が良いんじゃない? 今の状態で誰か訪ねてきたらヤバいでしょ。もし折紙とか美九だったならあんた食われるわよ?」
「う……やっぱり、そう思うか?」
仮に今の無様に過ぎる下半身を折紙に見られてしまった場合、恐らくその時点でゲームオーバーだ。士道がどれだけ抵抗しようとそのまま最後まで致されそうな気がする。未知のものに対する恐怖と言うのもあるだろうが、正直なところ黒琴里に食われるよりも恐怖を誘う何かがあった。
「仮にあの二人じゃなくても士道が襲いかかったら、たぶん皆受け入れて――って、あれ? でも今、私に襲いかかってないわよね?」
「ん? そういえばそうだな。あれ?」
首を傾げる七罪の言葉に、士道も初めてその事実に気が付く。
性的な欲求は依然荒ぶったままだし、愚息も絶賛起立中。そして目の前には士道に身体を許している七罪。次の瞬間には捕まえてベッドインして当然な状況にも拘らず、不思議と襲いかかりたい欲求だけは沸いて来なかった。
先程も七罪の可愛らしい姿を目にしても反応しなかったあたり、これはかなりの異常事態ではないだろうか。自分の身に何が起きているのか、ちょっと怖くなってくる士道であった。
「……七罪。ちょっとごめんな」
「へ? 何が――ひあっ!?」
この異常事態を究明するため、とりあえず七罪のお尻を揉んでみた。小ぶりだが柔らかいそれは触っていると大変心地良く、いつまでも揉んでいたい感触だ。勿論大いに興奮を催す感触でもあるのだが――
「――ど、どういうことだ!? これ!?」
「んっ……あっ、やぁ……!」
やはり何故か興奮を催さない。今度は控えめな胸元を両手で弄ってみるが、結果は同じ。頭では興奮しているものの、身体の方が反応しなかった。依然として下の方は固くなっているが、それは最初からなので事実全く変化が無い。
端的に言って異常事態であり、その癖不能になったわけではないのは見れば分かるので余計に始末に負えなかった。
「な、何だこれ!? 頭ではお前を無茶苦茶にしたいって思ってるのに、身体が何も反応しないぞ!? 俺、変な病気にでもなったのか……!?」
「何かその発言、前にも聞いた気がする――ん、んうっ……! ていうか、確認終わったならそろそろ弄るの止めてくれない!?」
今にも噛みついてきそうな顔で言われ、小さな胸を揉んでいた両手を離す。七罪の甘い喘ぎも頭を痺れさせていたのだが、やはり下の方には響かなかった。
別に七罪に飽きたというわけではないのは欲望塗れの思考で分かっているため、余計に何が何だか分からない。ギンギンに下の方を起たせたまま途方に暮れてしまう士道であった。
「一体どういうことなんだ、これ……とんでもなく興奮してるのにお前で発散しようって気にならないぞ……」
「私の精神状態に悪影響及ぼしそうな事言うって相当よね。まあ、今の私はそれくらいじゃ動揺しないけど」
何気にかなり前向きな性格になっていることを匂わせる七罪だが、残念ながら士道には反応してやる余裕が無かった。男として致命的に何かが欠けてしまったような絶望的な気分であり、むしろこちらの精神状態の方が乱れていそうな状態だったのだ。
「あっ、もしかして……ねえ、ちょっと琴里のこと考えてみてくれない? 例えばそこのベッドに裸で縛られた琴里が転がってるところとか」
「いや、そんなこと考えてどうなるって――っ!?」
七罪の謎の提案に疑問を返した士道だが、反射的にそれを考えた瞬間驚くべきことに下半身が反応した。同時に頭だけでなく、身体にも欲求が沸き上がってくる。琴里を抱きたい、犯したいといういつもの欲望が。
どうやら顔やら下の方やらに反応が出ていたようで、七罪は納得半分呆れ半分のどこか複雑な表情をしていた。
「あー……やっぱりそういうアレなのね。ロリコンの士道が私に反応しないとか、明らかにおかしいとは思ってたけど」
「ど、どういうことだよ? 何で琴里のこと考えたら反応したんだ?」
「たぶんなんだけど、士道が使われた媚薬って――」
『――新しく作られた、琴里にしか興奮しなくなる媚薬なんじゃない?』
「ビンゴ。なかなか鋭い洞察力ね、七罪」
小型のモニターから流れてきた七罪の推理に、思わず感服の呟きを零す琴里。
令音が媚薬に付与した面白い効果というのは、正に七罪の推理通りの作用であった。正確に言えば、興奮する対象を絞る効果と言うべきか。原液に女性の汗を混ぜることで、そこに含まれたフェロモンが媚薬と結合してその効果を発揮させるらしい。しかもこの媚薬で得た興奮は興奮を覚えた対象で発散しなければ完全には収まらないという、士道にとっては悪夢のような代物である。
この作用を付与するにあたって即効性や興奮の強さが多少犠牲になったらしいが、それを補って余りある素晴らしい作用だった。
「……注文通りの品、ということで良いのかな?」
「ええ。さすがは令音、むしろ注文以上の素晴らしい出来よ」
隣で一緒に様子を鑑賞していた令音に対し、あまりにも愉快で腹筋が痛くなってきたためにモニターを消して答える。
特に素晴らしいのは興奮の対象以外への性的欲求が著しく減退することだ。あの様子では七罪を襲って欲望を満たすことは非常に難しいに違いなく、自身で処理するのも同様に困難だろう。
結果的に士道は琴里が許しを出すまで興奮を募らせていくしかなく、それはある種の拷問に近い仕打ちだ。気が狂いそうになるほど発情しながら琴里を求める姿を想像するだけで、ぞくぞくと堪らない快感を覚えてしまうサディストの司令官であった。
「……お気に召したなら何よりだよ。ところで一応以前のものも用意してあるんだが、良ければこれもいるかい?」
「い、いただくわ……」
何気なく以前の媚薬を差し出されたので、ちょっと躊躇ったが素直に受け取っておく。わざわざ用意してくれたという事は琴里の本音などお見通しなのだろう。確かに今回の媚薬も素晴らしいが、一瞬で士道を理性の焼き切れたケダモノに仕立て上げられる以前の媚薬も捨てがたいと感じていたのだから。
「そういえば一つ気になったんだけれど、もしもこの媚薬の中に二人以上の汗を混ぜていたらどうなったの? その場合でも想定通りの効き目が出るのかしら?」
「……どうだろうね。さすがにそれは考えていなかったよ」
考え込むように小首を傾げる令音に対して、赤色の媚薬をちゃぷちゃぷと揺らして見せる。
仮に二人以上でも問題なく作用するのなら、その対象となった二人を同時に抱いて性欲を満たさなければいけないのか。それとも片方ずつでも問題ないのか。いずれにせよなかなか興味深い内容であった。
「……気になるようならこっちで調べておくかい?」
「いいえ、これ以上令音の手を煩わせるわけにはいかないわ。どうしても知りたいときはこっちで実験するから大丈夫よ。手間をかけさせて悪かったわね、令音」
もちろん実験する時は七罪と四糸乃に協力(強制)してもらうので、琴里は高みの見物を決め込むつもりである。琴里自身は3Pは好きではないし、あの二人は何度か士道と3Pしているようなので適材適所と言うやつだ。
というか以前は3Pを避けていたはずの士道だが、どう贔屓目に見ても今では欲望のままに貪っている。堕ちたか穢れたかはともかくとして、一応男としては長く堪えた方だろう。
「……別に手間ではないさ。それより、そろそろシンの所へ行ってあげたらどうだい?」
「そうね。できればもう少し焦らしてやりたいところだけれど、あの様子じゃ自慰を覚えた猿みたいに死ぬまで自分で処理し続けるかもしれないし、義理とはいえ仮にも兄がそんな間抜けな死に方をしたら私の沽券にも拘わるわ。さっさとヤることヤって大人しくさせるしかないわね」
「……ああ、その方がいいだろうね」
何だかもう無意味な気もするが、あくまで仕方なくという風を装いながら席を立つ。令音には特に何も言われなかったし表情も変わらなかったものの、どこか生暖かい視線を向けられているような気がした。
そうして琴里は若干気まずい思いを抱えつつ退出し、現在発情中の士道の元へと向かう。士道の性欲発散に付き合ってやる事は確定事項とはいえ、実は一つだけ迷っている事があった。それは白と黒のどちらの琴里で相手をしてやるか、という事。
本音を言えばどちらでも問題ないし、どちらでも大いに楽しめる。白い方なら終始幸せなままで楽しめるし、黒い方なら屈辱やら何やらを味わった上で楽しめる。最終的にはどちらも楽しめるので、ここで重要なのは過程である。ちょっと複雑な性癖を持つ琴里としては大いに悩むところだった。
「……よし! 早くおにーちゃんの所に行こー!」
玄関前でたっぷり十分近く悩んだ末、白リボンに変えてから家の中へと入る。
こちらに決めた理由は特に無いが、強いて言えば気分的な問題だ。黒い方の琴里は少し前にメイドプレイでそれはもう大変ねちっこく苛められたため、多少は危ない性癖が満たされている状態だからだ。尤もすぐに渇望し始めるので大人しいのは今だけだが。
「あれれー? おにーちゃんがいない……」
士道の部屋やらリビングやらを覗いてみるものの、肝心の士道の姿が見当たらない。トイレやお風呂場で一人で致しているのかと思って確かめてみるが、やはり姿は見当たらない。
幾ら何でもギンギンに発情したまま家を出ていくとは思えないし、間違いなく家の中にいるはずだ。そもそも現状琴里でしか興奮できないようになっているのだから、他の女の子の所に行く可能性は皆無なわけで――
「――はっ!? ま、まさか、私の部屋のベッドに潜り込んで私のパンツとかをクンクンしながら一人でしてるんじゃないだろうなー!? それは最低の行為だぞ、おにーちゃん!」
唐突な閃きに突き動かされるまま、確認していなかった自分の部屋へとひた走る。
考えてみれば琴里でしか興奮できず、琴里で性欲を発散しないと興奮が冷めないというのは、要するに琴里のフェロモンを感じた状態でなければ駄目という事に違いない。もちろん琴里本人から分泌されるものが一番濃いが、ベッドや衣服にも僅かに残っている可能性はある。特にベッドのシーツや枕は毎日洗濯する衣服や下着と比べれば、遥かに濃厚なフェロモンが息づいていると見て間違いない。
実際琴里はベッドシーツや枕に濃厚な匂いが残っていることも、それに包まれて一人で自分を慰めると大変捗ることも知っているのだ。何故知っているのかはもちろん乙女の秘密である。
「おにーちゃん! 一人でするより私と一緒に――」
そして琴里は自分の部屋の扉を半ば蹴破るように開き、その中で寂しく一人遊びに耽っているであろう最愛の兄に語りかけようとした。一人でするより自分としろ、残り香ではなく本人の匂いを楽しめ、と。
しかし琴里の愛の言葉は途中で途切れてしまう。正確に言えば、視界に広がった光景が衝撃的過ぎて思考が停止してしまったのだ。
別に士道が部屋の中にいなかったわけではない。ちゃんと部屋の中にいたし、何なら性的な行為の真っ最中であった。そこは予想通りなので問題ない。問題なのはもっと別の事。
「――は? お前……琴里、なのか……?」
凍り付く琴里の眼前に広がる光景。それは額にうっすら汗を浮かべた状態で困惑の表情を浮かべ、こちらに視線を注ぐ士道の姿。そして――
「も、もぅ……むりぃ……ゆるひてぇ……!」
士道に床に組み伏せられ、獣の交尾が如き体勢で激しく後ろから突き犯され、だらしなく蕩けた顔をした琴里と瓜二つの少女の姿であった。
別に士道は七罪を琴里に変身させて犯すことで満たされない興奮を発散させようとしたわけではない。では何故結果的にそんな真似をしているのかというと、それは士道にもよく分からない。
琴里にしか興奮しなくなる媚薬なのではないかという七罪の予想を聞いた後、士道はそんなものを作り出す義妹の旺盛さと変態性に心底呆れ果てながらも、真偽を問いただした上で徹底的に犯してやるために琴里を探して再び家の中を駆け回っていた。
そして見つけたと思えばやたら挑発的な態度で誘惑してきたため、部屋に押し込んで有無を言わさず犯したというわけである。どういうわけかそれが琴里に変身した七罪だっただけで、決して士道がやらせたり頼んだりしたわけではない。確かに琴里にしては驚くほど早く堕ちたので不思議に思っていたのだが、荒ぶる興奮に正常な判断力を奪われていたため全く理由に思い至らなかったのだ。
「あ、えっと……これは、だな……その……」
しかしそんな事実を口にしても、状況だけ見れば誰も信じはしない。それが七罪が化けた偽物ではなく、本物の琴里に対しての弁解ならなおさらだ。
従って士道はどんな答えを返せばいいかさっぱり思い浮かばず、しどろもどろになってしまう。さすがに琴里にとっても自分に変身させた七罪と交わっているというのは予想外の光景だったらしく、快活で無邪気な白い方だというのにびっくりするくらいの無表情であった。
「……あっ!? こ、琴里、ちょっと待ってくれ!」
そしてあろうことか、無言で扉を閉めて出て行ってしまう。
元はと言えば変な媚薬を使った琴里が全面的に悪く、士道自身に全く非は無い。同情か優しさかはともかく、琴里に変身して士道を誘惑してきたのも七罪自身の意思だ。この場合責められるべきなのは誰がどう考えたって琴里である。
だが生憎と士道はそんな風に割り切れるほど単純な心は持っていなかった。琴里と七罪、双方の愛と想いを裏切ったかのように思えて正直吐きそうなほどだ。もしも士道が琴里の立場だったならきっと耐えられなかったに違いない。愛する少女たちが自分ではなく、外見が自分にそっくりな別の男と愛し合っている光景を目の当たりにするなど考えたくもなかった。
「ま、マズイ、追いかけないと! けど七罪も放っておけないぞ、これ……ああ、ちくしょう何でこんなことに……!」
琴里を追いかけようと立ち上がるがぐったりしている七罪(いつの間にか元の姿に戻っていた)も放ってはおけず、しばし右往左往してしまう。
現状精神状態が危なそうなので優先すべきは琴里のはずだが、この場で七罪を放っぽりだして行けば後々問題になりそうだ。少なくとも最低限のフォローはしてから追いかけるべきだろう。
「と、とりあえず……私は良いから、琴里を……追いかけたら……?」
「い、いいのか? ていうか七罪、お前大丈夫か?」
あたふたしていたところ、当の七罪から琴里を優先しろとの言葉がかけられる。
ただし七罪は陸に打ち上げられた瀕死の魚の如き状態であり、顔をこちらに向ける力すら無いらしくうつ伏せで手足を投げ出したまま。おまけに股の間からは士道がお仕置きと称して注ぎ込んだ白いものが垂れ落ちている。さすがにこんな姿を目にして素直に頷くことなどできるわけがないし、この姿を誰かに見られたらそれも大いに問題だ。
「大丈夫なわけ、ないでしょうがぁ……予想は、してたけど……激しすぎ、でしょ……」
「それは悪かった。琴里だと思ってたから、遠慮も加減も考えずにやっちまったからな……ていうかお前、こうなることが予想できてたならどうしてこんなことしたんだよ?」
「いや、正直見てられなくて……でも、今はちょっと……後悔、してる……」
途切れ途切れに返してくる言葉にもだいぶ後悔の色が含まれており、士道の本気の激しさについていけなかったことは明白であった。
確かに最初の頃は七罪の事を激しく抱いていたものの、それは七罪のフェロモンで琴里と渡り合えるほどに性欲を亢進させられる遥か前の話。もしも今の状態で本気で七罪を抱いた場合、七罪の身体が耐えられないのは火を見るよりも明らかだ。
「……ありがとな、七罪。その気持ちは本当に嬉しいぜ。けど、絶対もう止めとけよ? 琴里相手ならともかく、加減せずにやってお前を壊さない自信は無いからな?」
「うん、そうする……」
それでも優しさは嬉しかったので頭を撫でてやると、素直な頷きが返ってきた。
尤もまだ身動きできないようなので、とりあえず零れている白いものを拭きとってやってから下着を履かせ、七罪の部屋のベッドに運んであげた。特に拭きとっている最中がかなり恥ずかしそうだったものの、まさかそのまま下着を履かせるわけにもいかないので我慢してもらった。
「……琴里? ここにいる、よな?」
七罪へのフォローを済ませ、琴里を探して歩いた士道が辿り着いたのはトイレの前。鍵がかかっているので間違いなく琴里はこの中だ。もしかしたらお手洗いの最中ということも考えられるが、快活な白琴里が無言かつ無表情で去っていたのだからその線は薄そうだ。
そもそも琴里の自室では士道が黒琴里(七罪)と致していたのだから、引きこもるべき場所の選択肢がトイレしか無かったのかもしれない。
「その、ごめんな? 信じてもらえないかもしれないけど、俺はお前に変身してほしいって七罪に頼んだわけじゃないんだ。というか、アレが七罪だとは考えもしてなくて、本当にお前だと思って襲っちまったんだよ……」
「……ふーん。おにーちゃん、偽物だって気が付かなかったんだ。いっつも私の身体、いっぱい弄んでる癖に」
とりあえず謝罪をしておくと、扉の向こうから琴里の声が返ってくる。白い方のはずなのにやたらと刺々しく感じるあたり、あの光景はさすがの琴里も腹に据えかねたらしい。
「い、いや、普段ならきっと気付いてたぞ! ただあの時は興奮で頭がおかしくなりそうだったから、正常な判断ができなかったせいってのもあるし……と、というか、俺をそんな状態にしたのはお前だろ!?」
「それは、そうだけどー……」
「正直お前が百パーセント悪いけど、俺もまあまあ悪かったって思ってるよ。知らなかっって言っても結果的にはお前に変身させた七罪で色々してたのは事実だしな……だからさっきのは不幸な行き違いってことで、お互い水に流そうぜ?」
思わず逆切れしてしまったものの、やはり琴里も自分に非があることは理解しているようだ。
もちろん士道自身にはさほど非が無いことも分かっているが、それはそれとして罪悪感は拭えない。七罪が変身した姿だと気が付けなかったこと、そして偽物の琴里と愛し合う姿を本物の琴里に見せてしまったことに関しての。
それらを考えるとお互いに悪かったからこれでおあいこ、というのが理想の落とし処だろう。
「……トイレだけに?」
「別に狙って言ったわけじゃねぇけどさ……まあ、どうしても許せないって言うなら一つくらいはお前のお願いを何でも聞いてやるよ。変な光景見せちまったしな」
「ほ、本当っ!? 何でも!?」
扉の向こうから興奮に満ちた声が上がり、ガタリと大きな物音が聞こえる。
正直なところ命令を聞くべきなのはむしろ琴里の方もかもしれないが、見せてしまった光景と与えてしまった感情を考えるとこれくらいはすべきだと感じたのだ。琴里のあまりの喜びようからちょっと後悔し始めていたが。
「ああ。だからそれで機嫌直して出てきてくれよ、琴里?」
「……うん、分かった!」
すっかりいつもの無邪気な白琴里に戻ったらしく、元気いっぱいの返事が返ってくる。そのまま即座に出てくるのかと思いきや、何故かトイレの水が流れる音が聞こえてから扉が開いた。
ちょっと理由が気になったが、それよりも今の士道には優先すべき事柄がある。それに比べれば取るに足らない疑問なのですぐにどうでもよくなった。
「おにーちゃ――ん?」
出てきた琴里は士道に笑いかけようとしていたが、その途中で表情を疑問に染める。何故なら士道ががっしりと腕を掴んで、逃げられないようにしたから。
「琴里、一つ良いこと教えてやるよ。やっぱり俺は本物のお前じゃないと駄目みたいでさ」
「えっ。おにーちゃん、それって……」
逆にこちらがにっこり笑いかけると、琴里の視線は士道の顔からどんどん下へと落ちていく。首を通って腹に至り、その下へ。もちろんそこには未だズボンを押し上げ存在を主張している、酷く固そうなモノが待機していた。
てっきり琴里に変身した七罪のおかげで興奮が解消されたと思っていたのだが、どうやらそれは一時的なものだったらしい。むしろ本物の琴里の声を耳にしてからというもの、痛いほどに昂ってどうにも抑えが利かなかった。
「たっぷり責任取ってもらうからな、琴里ぃ? 何を思ってこんな真似したのかも、どんなヤバい薬を作ったのかも、全部吐いてもらうぜ?」
「わ、わー!? 助けてー、おにーちゃんに犯されるー!」
なので士道はじたばた暴れる琴里を小脇に抱え、寝室へと直行するのであった。とんでもない真似をする義妹にお灸を据え、危険な薬品を作り出した経緯と理由を聞きだすために。
「はぁ……やっとまともに動けるようになってきた。昨日は本当酷い目にあったわ……」
翌日、昼を迎えてやっと身体の調子が戻ってきた七罪はリビングのソファーに身体を投げ出し、昨夜の出来事に思いを馳せていた。
昨夜は新しい媚薬を使われたらしい士道が琴里にしか興奮しないという異常な事態に陥り、完全に性欲を持て余している状態であった。発散できない性欲に苦しむ士道が可愛そうなのと、ズボン越しとはいえ目の前でギンギンになられてちょっと見苦しかったので琴里に変身して相手をしてやろうと考えたのだが、最終的にはかなり散々な結果になってしまった。
「分かってはいたけど予想以上に激しかったし。琴里はよくあんなの相手にしてられるわね……」
実際に士道の相手を努めた時間は三十分にも満たないものの、その短い時間で七罪は動けなくなるほど激しく攻め立てられることとなった。
最近の士道は自重して七罪と四糸乃に対してはかなり加減しているため、七罪を琴里と勘違いした昨夜の激しさが加減の無い素の状態なのだろう。たまになら激しくされても大丈夫かと楽観的な思いで実行した結果がアレである。たぶん一時間も続いていれば医療用顕現装置での治療が必要なレベルでとんでもないことになったに違いない。
おまけに変身した状態で愛し合う姿を本人に見られてしまうという気まずさの極地。見られた直後は七罪には反応する余裕も体力も無かったが、あの陽気な白琴里が何も言わずに無表情で扉を閉めるという反応はかなり恐ろしいものであった。
「……あれ、ちょっと待って? 琴里がおかしな媚薬使ったのって、要するに士道とそういうことしたいからよね? 良く考えると私、もしかして琴里の邪魔したんじゃ……?」
そこでふと恐ろしい事実に気が付き、背筋に寒気が走り震えてしまう。
七罪としては士道への愛と憐れみから取った行動だが、琴里から見れば完全に妨害や邪魔の類だ。白い方ならともかく、黒い方の琴里が自らの作戦を阻んだ者を簡単に許してくれるとは思えなかった。それはもう想像するのも恐ろしいほどの報復を用意するに違いない。
「ま、まあ、あの場ではああしないと色々危なそうだったし、別に私は怒られるようなことしたわけじゃないわよね? そもそも誰が悪いかって言えば士道に変な媚薬使った琴里が悪いわけだし?」
論理的な言い訳を並び立ててみるものの、身体ががたがたと震えるのを抑えることはできない。
やはり報復を受ける前に誠心誠意の土下座をして謝るべきかもしれない。七罪がそう真剣に考え始めたその時――
「んー? 誰が悪いの?」
「いや、だから琴里が――って、ぎゃあぁぁぁぁぁぁっ!?」
「わあっ!? び、びっくりしたー……」
あろうことか当の琴里が横からひょっこり顔を出してきた。驚きのあまり七罪は色気皆無の悲鳴を上げて飛び上がってしまう。白い方の琴里だからまだ良かったものの、これが黒い方だったなら驚きのあまり失神していたかもしれない。
「ご、ごめん……もしかして、今の聞いてた?」
「ううん、聞いたのはおにーちゃんに変な媚薬使った私が悪いってところだけだよー?」
「一番肝心なとこだけ聞いてるし!? というか調子に乗ってすみませんでした本当にごめんなさい。生きててごめんなさい……」
ばっちりと聞かれていたため、七罪は即座に床に跪き流れるような自然かつ美しいフォームの土下座へ移る。間違った事はしていないし口にもしていない事は頭ではわかっているものの、それを面と向かって主張できるほど精神は強くない。
「もー、七罪はまたそういうこと言うー。私は別に怒ってないよ? おにーちゃんにも『お前が悪い!』っていっぱいお尻叩かれちゃったし、さすがにちょっとだけやりすぎたかなーって思ってるもん」
「あっ、あれでちょっとなのね。ていうかまた変なプレイしてるし……」
まあ士道と琴里に限ってはSMも普通にありなのだろう。士道の激しさを改めて思い知った七罪としては、自分は絶対に無理だという事は理解できていた。そもそも痛いのは七罪的に論外である。
「まーあれはあれで楽しかったし気持ち良かったからいいんだけど、予定してたのとはちょっと違ったんだよねー。一体何でなんだろー?」
「あ、はい、すみません。私のせいです。私なんかが士道の初めての女で本当にごめんなさい……」
無邪気に首を傾げて尋ねてきた琴里に対し、再び頭を下げて額を床に擦りつける。
こんなわざとらしい聞き方をしてくるあたり、一見無邪気に見えてもわりと腹に据えかねているらしい。おしおきが怖い七罪はただひたすら床にめり込みそうになるほどの低姿勢な土下座を繰り出す他に無かった。
「だから私は怒ってないぞー? だけど七罪が悪いって思ってるなら、ちょっとだけ私のお願いを聞いて欲しいかなー?」
「い、いいけど……私に何をさせる気……?」
怯えながら顔を上げると、ニコニコ笑顔の琴里がわざわざしゃがんで視線の高さを合わせてくれているのが目に入る。
何故だろうか。とても純真で無垢な笑みのはずだというのに、ある種のとんでもない歪みを感じられる笑顔だった。
「そんなに難しいことじゃないから大丈夫だよー。でも七罪にはちょっとだけレベルが高いかも?」
「琴里基準のレベルって時点でもう不安しかないんだけど、結局私に何をさせたいの……?」
「ふっふっふ、聞いて驚け! それは――」
得意げに笑い、跪いたままの七罪にその内容を耳打ちしてくる。願いの内容と、その願いを抱いた理由も加えて。
「……あのさ、私が言うのも何だけど琴里もリハビリした方が良いと思うわよ? ちょっと性癖の捻じ曲がり方が度を越してて、私には共感どころか理解もできないレベルなんだけど?」
「えー? そんなことないよ。これくらい普通だと思うけどなー?」
耳打ちが終わった時、七罪は躊躇いなくそんな感想を零してしまった。少なくとも先ほどまでの怯えも忘れてドン引きしてしまうくらいには、理解しがたい性癖に満ちたとんでもない願いである。
とはいえ断るのも恐ろしいため、結局引き受ける他になかった。果たしてどのような結果になるのか、大いに不安を抱きながら。
とんでもなくヤベー媚薬を開発されてしまった士道さん。とりあえず折紙とか美九の手に渡らないように祈っておこうな。最終的には全員に行き渡りそうな気もするけど。
七罪に対する琴里の「お願い」ですが……まあ、何となく分かるでしょうね。七罪にしかできないことですし……。
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