※この作品はR-18です。

士道クリミナル   作:サイエンティスト

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 前回から引き続き四糸乃のお話です(非エロ話)。前進を果たした四糸乃と士道の関係。二人の触れ合いは果たして……?
 何か駅の中にあるコンビニみたいなタイトルになりましたが気にしない方向でお願いします。


〇四糸乃ニューデイズ

『よし、準備オッケー! これでいつも通り、可愛い四糸乃の出来上がりだー!』

「うーん……変じゃ、ないよね?」

 

 大きな姿見の前で、四糸乃は自分の装いを前も後ろもしっかりと確認していく。

 時は四糸乃が士道に手酷いお仕置きを受けた二日後、その早朝。一昨日は念願叶って士道と更に深い関係になれて、四糸乃はとても晴れやかで幸せな気分だった。ただお仕置きの後遺症でほとんど丸一日ベッドから動けず、士道との新たな日々を楽しむことはできなかった。そのため、今日が士道との新たな日々の幕開けである。

 もちろん士道はお見舞いに来てくれたので顔を合わせる事はできたものの、さすがにベッドから動けない四糸乃に酷い事をする気は湧かなかったらしい。終始優しく愛情深く看病されて、嬉しい反面ちょっと複雑な気持ちを抱いてしまった。

 しかし、今日の四糸乃の体調は万全。士道がどんなに酷い事をしてきたとしても、しっかりと受け止めることが出来る。だからこそ四糸乃は緊張と期待から胸を高鳴らせ、万が一にも変な所が無いようにしっかりと自分の装いを確認していた。

 

『どこから見てもバッチリだよー。しっかし四糸乃も毎回毎回マメだよねー。士道くんに会いに行くだけなのに、いっつもこんなに気合を入れておめかししていくんだからさー』

「だ、だって……いつ士道さんと、エッチする事になるか、分からないから……」

 

 そう『よしのん』に答えつつ、何度もブラシで梳いた髪の調子も更に確かめる。

 映画館で身体を重ねた経験もある四糸乃としては、士道がどこで襲ってきても問題無いように備えるのは当然の事だ。あの映画館での出来事は琴里による指示であり、士道が心の底から願い実行した行動ではないと分かってはいるものの、その性欲が非常に強いのもまた事実。

 突然襲われる事もあり得ない事ではないので、一応四糸乃は普段からしっかりと準備を重ねている。もちろん今身に着けている下着もそれ用のものである。

 

『んー、四糸乃は本当に健気だねー? それなのに士道くんったら過保護で碌に悪戯してきてくれなかったから、いっつも準備が無駄になっちゃってたよねー。せめてこうやってスカート捲ってパンツを確認するくらいはして欲しいのにさー』

「きゃっ……! よ、よしのん!」

 

 ぺらりと『よしのん』にスカートを捲られ、反射的に押さえる四糸乃。姿見に映るのは申し訳程度に大事な所を隠した、大人っぽいランジェリー。

 しかし四糸乃としても『よしのん』と同意見だった。士道は今まで非常に過保護であったため、今まで準備が功を奏した事はほとんど無かったのだから。

 

『アハハハ、ごめーん。でも、今日からはもしかしたらエッチな悪戯もしてくるかもしれないよー? 士道くんは四糸乃が悪い子だってようやく気付いちゃったからね』

「うん……だから、ちょっとだけ楽しみ」

 

 『よしのん』の言葉に、四糸乃は自分の胸に手を当て高鳴る鼓動を感じる。

 念願叶って、遂に士道は四糸乃を悪い子だと認識してくれた。だからきっとこれからの日々は、エッチな悪戯をされたりおかしな触れ合いをされたりするに違いない。そう、まるで士道と七罪の関係のように。

 

『覚悟はいーい? お外でスカート捲ってパンツ見せろとか言われたりするかもよー?』

「う、うん。士道さんのためなら、それくらいは……」

『さっすが四糸乃! 愛が深いねー。よーし、それじゃあ心の準備も出来てるみたいだし、早速士道くんの所に行こうか!』

「うん……!」

 

 期待と興奮から力強く返事を返し、四糸乃は足早に部屋を出た。愛しい士道と新たな逢瀬を交わすために。もちろん、そのための悪戯グッズも手にして。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「すー……はー……」

 

 そうしてやってきた五河家の玄関前。四糸乃は緊張と興奮を収めるために、しばし深呼吸を重ねていた。二月の早朝の空気は程良い冷たさであり、火照った身体を適度に冷ましてくれた。

 

『四糸乃ー、もう大丈夫ー?』

「……うん、大丈夫」

 

 まだちょっと緊張はしていたものの、四糸乃はこくりと頷く。

 もっと長く深呼吸をしていれば緊張も消え去るかもしれないが、それよりも早く士道に会いたかったからだ。ついにより深い関係へと踏み入る事ができたのだから、今は一刻も早くその触れ合いを楽しみたかった。

 

『あ、そうだ。今日は士道くんにお出迎えしてもらうためにチャイムを鳴らそっか。四糸乃の事を滅茶苦茶にして一日ベッドから動けなくしたんだし、それくらいはして貰っても良いよねー?』

「うん。それじゃあ――」

『おっと、チャイムを鳴らす役目は譲らないよ! とーうっ!』

「あっ!? よ、よしのん、ずるい……!」

 

 四糸乃は玄関のチャイムを鳴らそうと右手を上げたが、その前に『よしのん』が短い手を閃かせて先にチャイムを鳴らしてしまった。押せば士道が出てきてくれるボタンを押せなかった四糸乃は、その暴挙に僅かなショックを受けた。

 とはいえ五河家には琴里も七罪も暮らしているため、確実に士道が出てきてくれるわけではないのだが。

 

『フッフッフッ、悔しかったら四糸乃も精進する事だね。よしのんの神速の右に追いつけるようにね?』

「むぅ……!」

『ほらほら、むくれてないで用意して? すぐにでも士道くんが来るはずだよー?』

「う、うん」

 

 誤魔化されたような気がしないでもないが、士道が来るのなら仕方ない。四糸乃は悪戯グッズを握りしめ、それを背中に隠してその時を待つ。

 しばらく待っているとやがて玄関の扉が開かれ、愛しい士道が現れた。士道は四糸乃の姿を認めるなり、柔和な笑みを浮かべてくれた。恐らく四糸乃も似たような笑みを浮かべているに違いない。愛しい人の姿を目にすれば、それだけで頬が緩んでしまうのだから。

 

「――おはよう、四糸乃。身体はもう大丈夫か?」

「おはようございます、士道さん。もう大丈夫です。士道さんに虐められた身体は、すっかり元気になりました」

「い、苛めたなんて言うなよ……人聞きが悪いだろ……」

 

 ほんのちょっとだけ意地悪に皮肉を込めて答えると、途端に士道は苦い顔をして居心地悪そうに視線を逸らす。そんな反応が何だか可愛らしくて、四糸乃はだらしなく頬が緩むのを感じた。

 

『んー、でも苛め抜いたのは事実だよねー? いや、ここは苛めて抜いたって言うべきかなー?』

「わざわざ言い直すのもやめてくれ……それより、わざわざチャイム鳴らしてどうしたんだ? 合鍵忘れたのか?」

「いえ、違います。チャイムを鳴らしたのは……このためです!」

 

 そう言い放ち、四糸乃は後ろに回していた右手を士道に向けた。その手に握り込んでいるのは、片手で扱えるくらいの大きさの水鉄砲。すでに引き金に指をかけて準備万端だった四糸乃は、躊躇いなく引き金を引いた。

 

「うおっ、何だ!? 生暖かいっ!?」

 

 水鉄砲から放たれたお湯を浴びて、士道が驚きの声を上げる。軽く水滴をかけられたようなレベルの水量だが、その反応はなかなかに愉快だった。そして四糸乃自身、士道に悪戯を働くのはなかなか楽しかった。

 

「えいっ、えいっ!」

「こ、こら! やめろ、四糸乃! 銃は人に向けて使っちゃいけないんだぞ!」

『大丈夫! これは水鉄砲だから問題ないよ! というわけでどんどん撃っていこう!』

 

 そのため、何度も引き金を引いて士道にお湯を浴びせていく。水ではなくお湯を入れたのは四糸乃なりの気遣いだが、優しさはそこまで。両手で防ごうとしてくる士道へ、四糸乃は容赦なく連射していく。

 今までの士道ならこんな真似をされても、まず怒ることは無かっただろう。例えそれが遊びの範疇であってもだ。しかし四糸乃を悪い子だと認識してくれた今は違った。

 

「ぐっ、くそっ! こうなったら――こうだ!」

「きゃっ――ふふっ、あはははっ! く、くすぐったいです……!」

『うあーっ! 銃を持った四糸乃を簡単にやり込めるとは、さすがは士道くんだー!』

 

 士道は四糸乃の水鉄砲を掻い潜って肉薄してきたかと思えば、そのまま身体中をくすぐってきた。得も言われぬくすぐったさに、四糸乃は笑い声を上げて手を止めてしまう。

 士道は怒るどころか、まさかの反撃までしてくるという夢のような状況。やはり二日前のあの夜に、四糸乃たちの関係は大きく前進を果たしたらしい。その幸福感も然ることながら、士道がひたすらに身体を弄ってくるくすぐったさに耐えられず、四糸乃はちょっと呼吸が怪しくなるほど笑い声を上げてしまった。

 

「全く……朝っぱらからこんな悪戯してくるなんて。四糸乃はとんだ悪戯っ子だな?」

「あぅ……!」

 

 水鉄砲を取り落とすほどくすぐられた後、そんな事を口にしながら四糸乃の額に軽いデコピンを打ち込んできた士道。

 額に感じる僅かな痛みすらも愛おしく、嬉しいやら恥ずかしいやらで頬の緩みが抑えられず、四糸乃は思わず『よしのん』の陰に隠れてしまった。

 

「は、はい……私は、悪戯がとっても大好きな、悪い子です……!」

『悪戯サイコー! トリックオアトリック! 悪戯させないと悪戯しちゃうぞー!』

「あーもうっ、お前らは本当に悪い子だな?」

 

 『よしのん』と二人がかりでそんな悪戯っ子な発言をすると、士道は困ったように笑いながら四糸乃たちの頭を撫でてきた。念入りにブラシで梳いてきた髪がいつもよりちょっと強めな撫で撫でのせいで多少乱れてしまったものの、四糸乃としては文句など全く無い触れ合いであった。

 何より言葉とは裏腹に、士道自身も少し楽しそうに見える。やはりお互いにどこか遠慮があり、心のままに触れ合う事が出来なかったのだろう。それが可能になった今、四糸乃は強めに頭を撫でてくる士道の手の感触をじっくりと楽しんでいた。

 

「――ちょっと、何を玄関で騒いでんのよ? まだ朝は寒いんだし、早く四糸乃を中に入れてあげなさいよ」

 

 などと幸せな気分に浸っていると、七罪が玄関の扉を開けて現れる。少し騒ぎ過ぎた覚えはあるので多少申し訳ない気持ちになったものの、どうにも士道との触れ合いで沸き上がった悪戯心は大人しくしてくれなかった。

 それに四糸乃としては、七罪にも遠慮なく接して欲しいと思っている。士道との距離を詰める最適解が悪戯っ子になる事だったのだから、七罪とより親友らしい関係になる方法もまた同じだろう。

 

「………………」

「………………」

『………………』

 

 四糸乃がまだ悪戯を働く気な事に気が付いたのか、無言で警戒を見せる士道。地面に落ちている水鉄砲にじっと視線を注ぐ四糸乃。そして笑いを堪えるように手を口に当てて静かにしている『よしのん』。

 

「え、何この空気――ひゃっ!?」

 

 唯一状況を理解していない七罪が困惑の表情でぼそりと呟いた瞬間、四糸乃と士道は同時に動いた。そして動きは士道の方が若干早かった。四糸乃が水鉄砲を拾って七罪に向けた時には、士道が七罪の背後に回り込んで抱きしめるように拘束していた。

 

「どうだ、四糸乃! 俺を撃てば七罪にも当たるぞ! これでも俺を撃てるか!?」

『あっ、そっち? そういう方向だったかー』

 

 そのまま士道は迫真の表情でそう言い放ち、まるで七罪を盾にするように水鉄砲の射線を遮る。

 しかし『よしのん』の反応と同じく、士道の行動は四糸乃が考えていたようなものではなかった。四糸乃は七罪にも水鉄砲で悪戯をしようと考え、士道は七罪を押さえつけて撃ちやすくしてくれるものだと思ったのだが、現実はまさかの人質である。どうやら四糸乃が七罪を撃つとは考えていなかったらしい。

 

「ひ、卑怯です、士道さん! 七罪さんを盾にするなんて……!」

『くーっ! 幾らよしのんが凄腕のガンナーでも、この状況ではさすがに手が出せないっ……!』

「え、何この状況……」

 

 しかし四糸乃としても何だか面白い状況なので、士道の行動に乗っておいた。士道の腕に抱かれている七罪だけは状況が掴めないようで、困惑顔で大人しくしていたが。

 

「さあ、大人しく銃を渡せ。七罪がどうなっても良いのか?」

「わ、分かりました……」

『くっ、ここは大人しく従うしかないねー……』

「朝っぱらから玄関で何やってんの? 本当に……」

 

 親友の七罪を人質に取られてしまった哀れな四糸乃は、大人しく武器こと水鉄砲を士道に差し出した。やはり士道もこの状況を楽しんでいるのか、妙に悪い顔をして水鉄砲を受け取っていた。

 

「よし、両手を上げて中に入るんだ。大人しくしろよ? 逆らえば七罪がびしょ濡れになるぞ?」

「えー……? た、助けてー?」

『こ、この外道めー!』

「ひ、酷いです……!」

 

 今度はこちらが水鉄砲を突き付けられる番になった四糸乃。七罪もうっすらと状況を察しているのか四糸乃たちに付き合ってくれているため、みんなで遊んでいる気分で実に楽しかった。

 そんなこんなで四糸乃は七罪と共に両手を上げて、士道に水鉄砲を突き付けられながら大人しく家の中へと入る。傍目から見ると暴漢に家に連れ込まれている少女たちの図で、完全に事案の絵面だった。

 

「よし、二人とも。扉を背にして立つんだ」

 

 家の中に入って人目を気にする必要が無くなったせいか、先ほどよりもノリノリで続ける士道。

 尤も四糸乃たちに向けているのはただの水鉄砲なので、少しも怖くなかった。だからこそ四糸乃も楽しい気分であり、素直に従って怖がっているような演技もした。

 

「う、撃たないでください……何でも、しますから……」

「あっ、四糸乃それ言っちゃ駄目な台詞……」

 

 とりあえずそれっぽい台詞を口にすると、隣で両手を上げている七罪が苦い顔で視線を向けてきた。一瞬何か間違ってしまったのかと思ったが、どうやらそうではなかったらしい。見れば士道がそれはもう意地の悪い笑みを浮かべていた。

 

「へぇ、何でもか? それじゃあ――スカートを捲って、パンツを見せてくれるか?」

「あー、ほら。やっぱり……」

 

 そしてかけられた言葉は、スカートを捲ってパンツを見せろという指示。こんな感じの事を強制される展開が見えていたのか、七罪が小さくため息を零していた。

 とはいえ、四糸乃としては願ったり叶ったりの指示だ。士道がこんな事を四糸乃にお願いしてくるなんてあまりにも新鮮だし、いつもの準備も無駄にならない。むしろこんな指示をされた事が嬉しくさえ感じていた。

 

「は、はい……」

『フッフッフ、四糸乃のエッチなたくし上げ。とくとご覧あれー?』

 

 だからこそ、四糸乃は素直に従った。右手で正面のスカートの裾を掴み、ゆっくりとおへそが見えるまでたくし上げる。

 スカートをたくし上げる時はおへそが見える所まで、焦らすようにゆっくりする事。そんな以前に『よしのん』から聞いたアドバイスが役立つ形となっていた。おかげで士道は食い入るように四糸乃の下着を見つめ、ごくりと息を呑んでいる。

 どうやらたくし上げ方も、そして下着もお気に召したらしい。何故か隣の七罪も食い入るように見つめてきていたが。

 

「へぇ……なかなか嫌らしいのを履いてるな、四糸乃? もしかしてこういうのを期待してたのか?」

「えっと……その……は、はい……」

 

 エッチな子だと思われそうだが、期待していたのは事実なので素直に頷く。

 それに例えエッチな子だと思われても問題は無かった。むしろその方が士道も躊躇いなくエッチな悪戯をしてきてくれそうなので、そう思われた方が都合が良いまである。

 

『ほらほら、七罪ちゃんもパンツを見せないと撃たれちゃうよ?』

「え。いや、私ズボンだし……え、私もなの?」

 

 そこで未だ下着を見せていない七罪を『よしのん』が急かす。だが当の七罪はスカートではなくズボンを履いているため、見せる必要が無いと思っていたらしい。意外そうに目を丸くしていた。

 

「ほら、七罪も早くしろ。じゃないと四糸乃を撃つぞ?」

「う、撃たないでください……!」

「うっ……」

 

 士道が水鉄砲を突き付けて急かし、四糸乃がぷるぷると震えて見せる。心優しい七罪はそれだけで酷く申し訳なさそうな顔をしていた。

 四糸乃としてもそんな顔をさせるのは若干心苦しいものがあるものの、これは七罪との関係を深めるためにも必要な事なのだ。なので四糸乃は心を鬼にして、怯えた演技を続けた。

 

「はあっ、分かったわよ……」

 

 その甲斐あってか七罪は大人しくズボンを膝まで下ろし、鮮やかな緑の可愛い下着を曝け出した。恥ずかしそうに頬を赤くして、士道を睨みつけながら。

 

「七罪は随分可愛いパンツ履いてるな? 似合ってるぞ」

「こんな状況でそんな所褒められても、あんまり嬉しくないんだけど……」

 

 下着を晒したまま、両手を上げた体勢に戻る七罪。あんまり嬉しく無いと口にしているものの、四糸乃がちらりと表情を窺えば満更でもなさそうな顔をしていた。ただ相当恥ずかしいのか、かなり頬が赤かったが。

 

『それでそれでー? 凶悪犯士道くんは次に何をするつもりー?』

「そうだな、次は……」

 

 士道はしばし顎に手を当てつつ、下着を曝け出している四糸乃たちをじっくりと眺めてきた。

 主に下腹部を穴が開きそうになるほどじっくり見られ、何だか実際に触れられているような気分になってしまい、恥じらいから四糸乃は視線を背けた。すると同様に視線を背けたらしい七罪と視線が合い、お互いに何となく苦笑した。

 

「……こうだ」

「んっ――」

 

 そして次の瞬間には優しく顔を正面に向かされ、そのまま唇を奪われた。

 このまま玄関で七罪共々纏めて頂かれても四糸乃は構わなかったが、さすがに平日の早朝からそんな真似をするのはリスクが高すぎたらしい。士道は若干深めの口付けだけで終えると、今度は七罪にも同様の口付けをしてからいつもの柔和な表情に戻った。

 

「今回は時間も無いし危ないからキスだけで済ませてやるけど、あんまり悪戯ばっかりするとキスだけじゃ済まさないからな?」

『ちぇー。まあ十香ちゃんたちが来るかもしれないし、仕方ないかー』

「すみません、でした……えへへ……」

 

 最後に四糸乃の額をこつんと水鉄砲で小突き、そう注意してくる。その注意も何だか無性に嬉しくてドキドキしてしまい、四糸乃は頬を緩ませながら水鉄砲を受け取るのであった。

 念願の触れ合いを重ねられてあまりにも嬉しそうに見えるのか、隣でズボンを履き直した七罪が酷く微笑ましそうなものを見る表情をこちらに向けていた。

 

「良かったわね、四糸乃……で、もう人質は必要ない感じ?」

「そうだな、もう必要なさそうだ――四糸乃」

「はい! 要らない人質は、処理します……!」

「わぷっ!?」

 

 士道に促され、四糸乃は水鉄砲を七罪に向けて引き金を引いた。ピュッと放たれたお湯が顔にかかり、七罪が驚きの声を上げる。これで七罪も怒って反撃をしてきてくれれば、四糸乃としても言う事は無い最高の状況だ。愛する人とも親友とも距離を詰められるのだから。

 

「よ、四糸乃にぶっかけられた……これって、ご褒美……?」

『おおっと、そう来たかぁ……』

 

 ただし、現実はそこまで甘くなかったらしい。七罪は反撃も怒りもせず、何やら畏れ多そうな顔つきで震えていたのだから。

 やはり一朝一夕で距離を詰める事はできないようだ。七罪との距離を詰める戦いも長期戦になる事を、改めて視野に入れる四糸乃だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「七罪、そこの――いや、まだ物を言ってないのに良く察して渡せるな……」

「そう? これくらい誰だってできるでしょ。はい、胡椒」

 

 鍋の中の汁物が沸騰しているリズミカルな音。包丁で食材を切っていく小気味の良い音。フライパンで食材が焼けていく耳に残る音。それらを耳にしつつ、非常に食欲をそそる香りに包まれながら、四糸乃は台所に立っていた。

 と言っても、四糸乃が料理を手伝っているわけでは無い。朝食の準備をテキパキと進める士道と、同じくらい洗練された動きでその手伝いをしている七罪が、阿吽の呼吸で料理をしているのだ。幾ら何でも四糸乃が入れるほど甘くは無かった。

 ならば何をしているのかと言うと、じっとタイミングを計っていた。二人の邪魔にならない後ろの方で士道の背中を眺め、問題が無さそうだと判断した瞬間――

 

「――えいっ!」

「うおっ!?」

 

 士道の背にぎゅっと抱き着いた。途端に士道は驚きの声を上げるが、しっかりタイミングを見計らって抱き着いたので特に事故は起こらなかった。

 尤も四糸乃がタイミングを計っていた事など士道は知らないはず。そのため顔だけ振り向いてきた士道は少しばかり眉を顰めていた。

 

「こら、四糸乃。料理の最中にいきなり抱き着いてきたら危ないだろ?」

「ご、ごめんなさい……」

『ごめんねー? 士道くんの魅惑のお尻に抗えなくてさー』

 

 注意されているのだが、四糸乃はどうしても頬が緩んでしまう。

 その様子に全く反省していない事を悟られてしまったらしい。士道はむっとしたように表情を崩していた。そんな表情もまた新鮮で、余計に四糸乃の表情は緩んでしまう。

 

「おいおい、さては全然反省してないな? 後でお仕置きしてやるから、料理が終わるまでは大人しくしててくれよ?」

「はい、分かりました。大人しくしています……えへへ」

 

 更にはピンと指で額を弾かれ、笑顔を全く取り繕うことができないまま士道から離れる。

 士道とこんな風に仲睦まじく触れ合い、過保護ではない反応を返してくれるようになった事が何よりも嬉しい。士道と愛し合う間柄になった事も非常に幸せだったが、今回もまた別方向に至福に満ち溢れていた。

 

「わっ、と……」

「あっ! す、すみません。七罪さん……! 邪魔をしてしまって、ごめんなさい……!」

 

 あまりの嬉しさに少々四糸乃は視界が狭まっており、危うくお玉とお椀を手にした七罪にぶつかりそうになる所であった。

 確かに四糸乃は士道にも、そして七罪にも悪戯を働いてるが、別に迷惑をかけたいわけでは無いのだ。だからこそ自分に非がある今の状況は、素直に頭を下げて謝罪した。

 

「ああ、いや。うん。良いのよ、四糸乃。見てて幸せだから、むしろどんどんやって?」

「え……そ、そうなんですか?」

「うん。滅茶苦茶幸せそうな四糸乃の笑顔を見てるだけで、もう胸がいっぱいになってくるし。まあ、いっぱいになるほどの胸は無いけどね……」

 

 しかし七罪は全く気にした様子を見せず、むしろ四糸乃同様満ち足りた微笑みを返してきた。自虐的な付け足しすらも、非情に穏やかな笑みで以て口にしたほどだ。

 

「それはともかく、何て言うか四糸乃はこう……生まれかわったみたいな感じね?」

「はい! 士道さんとの距離が縮まって、とっても嬉しいんです!」

「アッ……!」

 

 正にそんな気分だった四糸乃は、胸の内から沸き上がる喜びのまま笑顔で答える。別段大きな声ではなかったはずだが、何故か七罪は気圧された様に小さく声を上げ胸を押さえていた。

 

『どうよ、七罪ちゃん。この四糸乃の笑顔の輝き。惚れ惚れしちゃうでしょー?』

「うん、すっごい可愛い笑顔。あまりにも眩しくて浄化されて死ぬかと思った。こんな笑顔を向けられてる士道が、ちょっと憎くなってきたかも……」

「あ、ありがとうございます……七罪さんの笑顔も、とっても素敵ですよ?」

「えっ!? あ、えっと……あ、ありがと……」

 

 そうしてお互いに笑顔を褒め合い、顔を赤らめあう。

 今までなら四糸乃が幾ら褒めようと、七罪は絶対に自信の魅力を認めなかっただろう。やはり士道と触れ合い愛し合う事で、七罪も良い方に変わってきているに違いない。それが四糸乃としても嬉しい変化だった。

 

「……おまけにこの優しさと慎ましさ。やっぱ士道に腹が立ってきた。一発蹴ってやる」

「え? あの、七罪さん……?」

 

 何か気に障ったのか、七罪は少々機嫌の悪そうな顔でそう呟く。そして四糸乃に背を向けると、トコトコと士道の方へ歩み寄って行き――

 

「――いっ!? 何だ、七罪!? 今蹴ったよな!?」

「ごめん。何か腹が立って、つい」

 

 士道の脛めがけてローキックを叩き込んだ。わりと捻りが入った遠慮無しの蹴りを食らい、士道が脛を押さえてピョンピョン飛び跳ねる。まさかの七罪による士道への暴力に、四糸乃は少々驚きながらもその光景を眺めていた。

 何故なら予想が正しければ、四糸乃が憧れていた士道と七罪の遠慮のない触れ合いが目の前で繰り広げられるから。

 

「俺、今回は特に何もしてないよな……? まあ、それはそれとして仕返しな?」

「えっ、あっ、ちょっ、待っ――ぬああああぁああぁぁあぁあぁっ!?」

 

 期待通り、そこでは正に遠慮の一切存在しない触れ合いが繰り広げられていた。具体的には七罪を固く抱きしめその長い髪に顔を埋め、思いっきり吸い込んでいる士道の姿が。じたばたと暴れて悶える七罪も、その内無駄な抵抗だと悟ったらしい。すぐに大人しくなり、虚無的な表情でぐったりとしていた。

 たっぷりと吸われてからようやく解放された七罪は、生気を吸われたように力なく床に伸びる有様だ。まるで美九にたっぷり吸われた時のような光景である。

 しかし、あれこそ正に四糸乃が望む触れ合いだった。何故なら士道はあんな風に四糸乃の髪に顔を埋め、匂いを楽しんだ事など一度も無いから。生気を吸われたように倒れてびくびくしている七罪の姿を見るとちょっと怖いが、それでも四糸乃は憧れの方が勝っていた。

 

『七罪ちゃんが尊い犠牲を払ってお手本を見せてくれたよ! さあ、四糸乃も同じようにやるんだ!』

「う、うん!」

 

 なので四糸乃も覚悟を決めて、『よしのん』に促されるまま突撃した。小走りに士道の背後へ駆け寄ると――

 

「……えいっ!」

「って、今度は四糸乃かよ!? どうしてお前らいきなり俺を蹴るんだ!?」

 

 その脛目掛けて、ローキックを放った。慣れない事をしたのでいまいち威力も乗らない軽く叩くような一撃になってしまったが、それでも士道に心的ダメージを与える事には成功したらしい。ちょっとショックを受けたような顔で、今度は四糸乃に鋭い目を向けてきた。 

 

「こうなったら――四糸乃にも仕返しするからな!」

「きゃっ!? わっ、ふあっ、ああっ……!」

『おぉーう!? 四糸乃成分がたっぷり吸われちゃってるー!』

 

 そうして正面から固く抱きしめられ、髪に顔を埋められた状態で思いっきり匂いを嗅がれてしまう。予想外の羞恥とこそばゆさに四糸乃は変な声を上げてしまうが、もちろんその程度では士道は解放してくれなかった。

 そのまま倒れていた七罪が回復して身体を起こす辺りまで、四糸乃はたっぷりと匂いを嗅がれ続ける羽目になってしまった。

 

「ふぅ……朝飯はもうすぐ出来るから、二人ともリビングで大人しく待ってるんだぞ。分かったか?」

「は、はい……」

「分かった……」

 

 そうして四糸乃と七罪、二人揃ってヘナヘナとした状態でキッチンを去る。実は本当に生気を吸われているんじゃないかと思ってしまうほど、二人揃って消耗していた。

 

「……えへへ」

 

 しかし、四糸乃の胸の内はとても暖かった。嗅がれている最中こそ、変な匂いはしていないか不安と恥じらいで堪らなかったが、終わってみれば実に清々しい気分であった。髪がちょっと乱れてしまったものの、あんな風に接してもらった事など初めてだ。喜びと幸せに瞬く間に生気が戻って来るほど、四糸乃は舞い上がっていた。

 

「本当に幸せそうね、四糸乃。何か私も、胸が暖かくなってきたわ……」

 

 そしてその気持ちをお裾分けできたのか、七罪も顔色が良くなっていく。それ自体は喜ばしい事なのだが、何故か七罪の表情が過保護だった頃の士道を思わせる暖かさに満ちていた。

 

「ていうか……士道とあんな風に触れ合いたいって事は、もしかして私にももう少し遠慮を無くして欲しいとか思ってたりする……?」

「それは……えっと、その……はい……」

 

 どうやら気付かれてしまったようなので、少し迷ったが素直に答えておいた。実際七罪とも親友らしくもっと触れ合いたいと思っているのは確かなのだから。

 

『鋭いねー、七罪ちゃん。でも分かってるなら、ちゃんと行動に移して欲しいかなー?』

「えーっと、その……四糸乃の幸せに繋がるなら、ちゃんと頑張るから……今は、これくらいで見逃してくれる……?」

 

 そう口にした七罪は、酷く躊躇いがちでぎこちない動きながらも、四糸乃を正面からぎゅっと抱きしめてくれた。

 士道に抱かれるのとはまた違った温もりが四糸乃を包み、四糸乃は瞼を閉じてその心地良さに浸る。もちろんこちらからもしっかりと抱き返しながら。親友との友愛のハグは、実に幸せな気分を感じる素晴らしいものであった。

 

「……はい。今はこれで、見逃してあげます」

「ふあぁ……! 耳元でそんな風に囁かないで、四糸乃ぉ……!」

 

 悪戯っぽく耳元で囁くと、七罪はびくんと身体を震わせる。

 どうやら吐息が耳を撫でたのかちょっとくすぐったかったらしい。ハグから解放すると、七罪は顔を真っ赤にして耳元を押さえていた。妙に呼吸を荒くして、激しい心臓の鼓動を抑えるように胸元に手を当てながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんな調子で、四糸乃は士道が学校へ向かう時間まで新たな触れ合いを重ねていった。悪戯を働いてお仕置きをされたり、ダイレクトな愛情表現をしてそのお返しを貰ったり、とにかく色々だ。そしてその全てが四糸乃にとってかけがえのない素晴らしい触れ合いだった。

 何せ悪戯を働いてお仕置きとしてデコピンをされたり、お尻を軽く叩かれたりするのは極めて新鮮な触れ合いだ。それに四糸乃としても琴里や七罪が見ている前で士道に抱き着き、愛の言葉を口にするというのもあまりやらない行動。

 士道はもちろん、四糸乃自身も遠慮が無くなったのだろう。気兼ねなく愛情表現を行い、そして壁を感じない深い触れ合いができるのが最高に嬉しかった。

 とはいえ、それは士道がこの場にいるからこそできる事。士道が学校に行ってしまうと悪戯も愛情表現もできなくなってしまったので、四糸乃はちょっぴり切ない気分だった。

 

『よーし、そろそろ士道くんが帰ってくる頃だね。四糸乃、準備は良い?』

「うん、バッチリ……!」

 

 しかし、今の四糸乃はそれくらいでへこたれたりはしない。むしろ士道がいない間に新たな悪戯の準備を進めていた。学校から帰ってきた所を、渾身の悪戯で出迎えてあげる予定なのだ。

 

「何かこう、ちょっと濃いめの色合いしてるわよね。いや、凄く美味しいのは分かるんだけど……」

 

 そう息巻いていると、七罪が僅かに眉を顰めながら四糸乃の手元を覗いてきた。

 四糸乃が手にしているのは、かなり濃いめの黄色い液体がたっぷりと注がれた透明な瓶。爽やかな香りと炭酸の泡が立ち上る、実に爽快感の強そうな飲み物だ。ただし、見た目の十倍くらい爽快過ぎる。

 

『いやー、美味しく感じるのは七罪ちゃんだけじゃないかなー? よしのんたちも味見したけど、ほんのちょっと口に含んだだけで悶絶しちゃったからねー』

「は、はい……ちょっと、やり過ぎました……」

 

 七罪の感想に、四糸乃も『よしのん』も全力で首を横に振る。

 これこそ四糸乃が士道を出迎えるために、朝から夕方まで時間をかけて作った悪戯用の飲み物だ。見た目や香りこそちょっとキツめのレモンソーダくらいに収まったが、その正体はありとあらゆる酸味の強い物を混ぜて煮詰め、申し訳程度の砂糖と炭酸水でかろうじてそれっぽく整えた強烈な何か。味見をした四糸乃があまりの刺激にのた打ち回りそうになってしまったほど、凄まじい酸味が特徴の危険物である。

 何より恐ろしいのはこれを合計一リットルも作ってしまった事だ。もちろん材料を無駄にするわけにもいかないので、残った分は例え泣きながらでも四糸乃が飲み干すつもりだった。

 

「え、そう? 普通に酸っぱくて美味しいのに……」

『ひええぇっ……!』

 

 しかしこんな危険物だというのに、何故か七罪は美味しそうにグビグビと飲んでいたのだから驚きだ。何なら今も全く堪えた様子も無く飲んでおり、『よしのん』を戦慄させていた。

 試しに味わった四糸乃の悶えようを見た後、『四糸乃の手作りなら何でも飲める』と言って七罪もチャレンジした形なのだが、まさか有言実行を地で行くとは四糸乃も思っていなかった。士道もこんな風にグビグビと飲んでくれたら、それはそれで四糸乃への愛を感じられるので悪くない。たぶん士道でも飲めないだろうが。

 

「――あっ、士道さんたちが帰ってきました!」

 

 そうして用意を整えて待っていると、ついに玄関の方から物音が聞こえてきた。士道が帰ってきたのだろう。鍵を開ける音も聞こえて来たので、四糸乃は興奮気味にソファーから立ち上がった。

 

『よーし、それじゃあ早速お出迎えに行こう! とびっきりのウェルカムドリンクを持ってね!』

「あ、そっちは私が持っていくから、四糸乃たちはひとまず普通にお出迎えしたら? 普通のお出迎えからのアレの方が、わりとパンチが効いてると思うし」

『それ採用! というわけでまずは普通に良い子ちゃんなお出迎えをするよ、四糸乃!』

「うん! それじゃあお願いします、七罪さん!」

「うん。任せて、四糸乃」

 

 七罪の提案で最初は普通のお出迎えをする事に決めた四糸乃は、ドリンクを持ってくるのを七罪に任せ、一足先に玄関へと向かった。

 何だかんだで四糸乃に熱心に協力してくれる七罪は、本当に素晴らしい親友である。是非ともそんな七罪とも距離を詰めたい四糸乃であった。

 

「おかえりなさい、士道さん! 十香さん!」

 

 玄関に出ると、そこには士道の他に十香の姿もあった。二人とも今正に靴を脱いで家に上がろうとしている所であり、四糸乃が駆け寄って行くと二人で魅力的な笑顔を返してくれた。

 

「ただいまだ、四糸乃! よしのん!」

「ただいま、四糸乃。良い子にしてたか?」

「……はい。良い子にしてました」

「今ちょっと間があったな、四糸乃……」

 

 良い子にはせずばっちり悪戯の準備をしていたため、一瞬返答に詰まってしまった四糸乃。ちゃんと良い子な返事を返したものの、妙な間が空いたせいで明らかに疑われていた。

 尤も疑われていようと何だろうと、四糸乃がやることは変わらない。

 

『犠牲者は二人かぁ……可哀そうな十香ちゃん。士道くんについてきたばっかりに……』

「おい、よしのん。何か今もの凄く不穏な事言わなかったか?」

『いんやー、別に何もー? それより学校でお疲れの二人に差し入れがあるんだー。七罪ちゃーん?』

「はい、持ってきたわよ」

 

 不吉な予告をした『よしのん』がリビングに呼びかけると、危険物と普通のお茶、それからコップを幾つか乗せたお盆を持って七罪が現れた。お茶は四糸乃も用意していなかったが、恐らくは口直しのためのものなのだろう。士道に悪戯したいがためにそこまで気が回っていなかった。

 

「……四糸乃、それ何だ?」

「士道さんたちが学校に行ってる間に、頑張って作りました。レモンソーダ……だと、思います」

「何で疑問形になるんだ……?」

 

 四糸乃の答えに、士道が更に疑いを深める。しかし四糸乃としてもこう答えるしかなかった。最早レモンソーダというより、完全な刺激物になっているからだ。

 

「おお、ありがとうだ四糸乃。ちょうど喉が渇いていたからな、ありがたく頂くぞ」

『最初の犠牲者は十香ちゃんかぁ……』

「やっぱ何かあるのか、これ……」

 

 しかしそんな事を全く知らない十香は、笑顔でお礼を言ってきた。

 四糸乃がこれを飲ませたかったのはあくまでも士道のみなのだが、ここで十香にだけあげないというのも不自然だ。なので四糸乃は心の中で謝りつつ、コップに手ずから十香の分を注いで渡した。

 

「どうぞ、十香さん。ちょっと刺激が強いので、気を付けてください……」

「うむ、分かったぞ! 頂きますだ!」

 

 分かった、と答えた割にはそれなりに豪快にグイっと口に含む十香。

 とはいえ十香は何でも美味しく食べるタイプだ。七罪もゴクゴクと飲んでいたし、きっとそこまで問題は無いはず。『よしのん』もそう思っているようだし、士道も同意見なのか特に心配した様子も見えない。なので四糸乃は士道の分をコップに注ごうとしたのだが――

 

「――んぐっ!? むううっ!?」

「ど、どうした十香!?」

 

 突如として十香がむせた。驚いて視線を向ければ、何と十香はじんわりと涙を浮かべていた。しかもコップの中身は半分も減っていない。たった一口であんな反応を示しているのだ。これにはその場の全員が衝撃に息を呑む。

 

「こ、これは……本当に、刺激が強いな……! あまりにも酸っぱくて……上手く、飲み込めないぞ……!」

 

 その上、十香の口から飲食物に関しての弱音が出てくる。それでも口に入れた分だけは絶対に味わうと決めているのか、必死に飲み下している様子だった。

 

「ぐ……だ、駄目だ……! すまない、四糸乃。私は、これ以上は飲めない……!」

「嘘だろ!? 十香がギブアップしたぞ!?」

「び、びっくりです……!」

『おぉーう。とんでもない危険物を創り出しちゃったね、四糸乃……』

 

 口に含んだ分は何とか飲み干したようだが、そこまでだった。驚くべきことに、十香が匙を投げたのだ。非常に悔しそうな顔をしているのが印象的で、四糸乃もまさかここまでの危険物だとは思ってもいなかった。

 

「十香でも飲めないとか、やっぱり私の舌が腐ってんのかしらね……十香、これ口直しのお茶」

「おお、助かったぞ七罪。口の中が酸っぱ過ぎて困っていた所だ。ありがとう」

 

 しかしこれを美味しそうに飲める人物が、十香に口直しのお茶を勧めている。失礼だとは思うものの、恐らく問題なく飲める七罪の方が特殊なのだろう。

 

『……さ、次は士道くんの番だよ?』

「え……俺に、これを飲めって……?」

「はい。士道さんのために、頑張って作りました。士道さんなら、飲んでくれますよね?」

 

 それはそれとして、士道にも飲んで貰わなければならない。なので四糸乃は士道の分をコップに注ぐと、にっこりと笑って差し出した。こうすれば士道は絶対に断らないと、『よしのん』に教わったからやっているのだ。

 

「と、当然だろ? ハハハ……」

「顔引き攣ってるわよ、士道……」

 

 案の定、士道は素直にコップを受け取ってくれた。七罪に指摘される程度には引き攣った笑顔で。とはいえあの十香が匙を投げるレベルの刺激物なのだから、それを飲めと言われればこんな反応も仕方ない。

 士道は恐々といった様子でコップを顔に近付けると、その匂いを注意深く嗅いでいた。匂いはあくまでも爽やかなレモン風なので、これなら大丈夫かもしれないと思ったのだろう。そのままコップに口を付けると、指の先程の量だけを口に含んだ。

 

「……うっ!? ぐふっ!? んな、何だこれっ……!」

 

 そして、途端に表情を歪める。やはり七罪が特殊なだけで、相当ヤバい代物なようだ。爪の先程の量しか口に含んでいないにも拘わらず、あまりの酸味に士道は涙目になっていた。

 そこまで苦しめているのはちょっと心苦しいが、ここで退いては意味がない。士道ともっと深い関係になりたがったのは四糸乃自身なのだから、こちらも同様に踏み込まなければいけないのだ。

 

「士道さん……飲んでくれないんですか?」

 

 なので、今度は不安げな表情で窺うような視線を向ける。これも飲むのを渋られたらこうすればいいと『よしのん』から教わった手法だ。思惑通り、士道は胸を突かれたようにたじろいだ。

 

「い、いや、四糸乃、これはさすがに……」

『おおっと、これはさすがに飲み物じゃない、何て言い訳は通らないよー? だって七罪ちゃんはぐびぐび飲んでるからねー』

 

 何とか逃げ道を作ろうとした士道に、容赦なく『よしのん』が追い打ちをかける。十香が残した分のレモンソーダもどきが注がれたコップを、七罪にひょいっと手渡して。

 

「私としては逆に何で飲めないのか分かんないわ。確かにちょっと酸っぱいけど、四糸乃が手間暇かけて作ってくれた一品なのに……んくっ」

「本当にグビグビ飲んでるぞ……」

「お、おおっ……凄いな、七罪……!」

 

 受け取った七罪はまるで水でも飲むかのように、何の問題も無くあっさりと飲み干す。その光景に士道は恐れおののき、十香に至っては憧憬にも似た感情を寄せていた。そのせいで七罪はちょっと居心地が悪そうで、僅かに頬を赤らめていた。

 

『七罪ちゃんは飲んでくれるのに、士道くんは飲んでくれないのー? 酷いねー、四糸乃ー? せっかく四糸乃が士道くんのために頑張って作ったのにねー?』

「ちょっとだけ、傷つきました……」

「うっ……!」

 

 本当に傷ついたように目を伏せ、ぽつりと呟く。途端に士道は苦々しい表情を浮かべ、手の中のレモンソーダもどきに視線を注ぐ。

 なお実際の所、飲んで貰えなくとも別に四糸乃は傷つかない。何せ四糸乃自身まともに飲めないのだから、他者に飲み干すことを求めるなどあまりにも自己中心的だ。とはいえ飲んでくれたらそれはそれで嬉しいが。

 

「……フッ。私の方が四糸乃を想ってるみたいね?」

「ぐっ、七罪お前……!」

 

 どうにも迷っている感じの士道へ、何故か七罪が勝ち誇ったような珍しい笑みを向けた。恐らく四糸乃の意図を察して士道を煽り、飲ませようとしているのだろう。実際士道は酷く悔しそうな顔をしていた。

 しかし愛する少女たちにここまでお願いされ、煽られた士道には選択肢など無いはずだ。しばらく逡巡していたが、やがて士道は覚悟を決めた様に静かな面持ちを浮かべた。

 

「……シドー、いくのか?」

「ああ。十香、男には行かなきゃならない時があるんだ」

「そうか……頑張れ、シドー。応援しているぞ」

 

 酷く真剣な顔をした十香の応援を受け、士道は軽く深呼吸をしている。

 どうやら本当に飲んでくれるらしい。自分のためにここまでしてくれる事に、悪いとは思いながらも喜びを抑えきれない四糸乃であった。

 

「ありがとな。それじゃあ――逝ってくる!」

 

 直後、士道は一気にコップを煽った。

 もちろん飲み干す事などできなかったばかりか、盛大に吹き散らかして咳き込んだのは言うまでも無い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ふあー、良いお湯……暖まるねぇー……』

「うん。暖かくて、とっても気持ち良い……」

 

 ポカポカと身体の芯から暖まる湯船にとっぷりと浸かり、四糸乃は『よしのん』と共に恍惚の吐息を零す。

 夜の帳が降りた頃、四糸乃は精霊用マンションの自室でお風呂に入っていた。本当は五河家で士道がお風呂に入ってる所を襲撃する計画もあったのだが、今日は慣れない事をたくさんしたせいか疲れてしまったのだ。今は一人でゆっくり湯船に浸かり、疲れを癒している所である。

 

『それで四糸乃、今日は楽しかった?』

「……うん! とっても楽しかった!」

 

 今日の感想を求められた四糸乃は、溢れ出る喜びのまま素直に答えた。

 念願叶って士道と更に深い関係になれて、好きなだけ壁も遠慮も無い触れ合いをする事ができたのだ。これで楽しくないわけがない。今日一日だけでもとても充実した時間だった。

 

『良かったねー、四糸乃。いやー、ここまで本当に長かったなー。士道くんったら過保護過ぎるんだもん。あれじゃ恋人って言うよりお父さんだね』

「うん。もっと七罪さんたちにするみたいに、遠慮しないで好きなように接して欲しかったな……」

『だよねー。でも、もうそんな不満は無いでしょー? だってようやく念願叶って、士道くんの心のオアシスから脱却できたんだからね!』

「うん! 今日はいっぱい、士道さんに怒られたり、お仕置きされちゃった……!」

 

 今日の出来事を思い返し、四糸乃は自然と頬を緩める。

 水鉄砲で悪戯をしたら盛大にくすぐりで反撃された上、七罪と一緒に下着を見せる事になった。料理中に抱き着いたり蹴ったりしたら怒られて、髪の匂いをたっぷりと嗅がれてしまった。朝食の最中にも色々あったし、それは夕食の時も同じだ。

 一番印象に残ったのは、やはりレモンソーダもどきの件だろう。あの刺激物を飲まされた士道は相当腹に据えかねたのか、十香が帰ると笑顔で四糸乃の手を引き部屋へと連れ込んだのだ。そして無理やりに四糸乃を組み伏せると、十回ほどお尻ペンペンをしてきた。まさかの行動に四糸乃も驚きと嬉しさがない交ぜになり、お尻を叩かれながらちょっとおかしな声を上げてしまったほどだ。

 何だかんだで、今日はとても充実した日だった。そして、これからもこんな日々が続いていく。未だ士道と愛し合っていない他の精霊たちには申し訳なさを感じるが、どうしても嬉しくなってしまう四糸乃だった。

 

『士道くんも満更でもなさそうだったよねー。楽しそうに笑っちゃってさー? やっぱり士道くんは面倒見が良いから、手のかからない良い子よりも手のかかる悪い子の方が好きなのかもねー?』

「じゃあ、私はもっと悪い子にならなきゃ……!」

『その意気だよ、四糸乃! 目指せ士道くんの正妻!』

「えっと、別にそこは狙わなくても――あれ?」

 

 天高く短い手を突き上げる『よしのん』にやんわりと答える四糸乃だが、そこで奇妙な事に気が付いた。浴室の外、擦りガラスの向こうに人影が見えたのだ。人影の大きさ的に、身長は成人男性くらいはありそうだ。

 脱衣所には四糸乃の着替えも脱いだ服もあるし、四糸乃が入浴している事は一目瞭然。そもそもここは精霊用マンションの四糸乃の部屋。そういった情報を踏まえると、服を脱ぐような動きを重ねるあの人影が誰なのか、四糸乃にははっきりと分かってしまった。

 

『フフフ、そりゃそうだよねー? 悪戯をして良いのは悪戯をされる覚悟がある人だけだもんねー? しっぺ返しの時間だよー、四糸乃ー?』

「そ、そうなんだ……」

 

 どうやら『よしのん』もあの人影が誰か分かっているらしい。四糸乃の左手で楽しそうに踊り始めた。

 とはいえ四糸乃はまさか向こうから襲撃して来てくれるとは思わず、少なくない驚きを感じていた。それと同時に、どんな悪戯をされるのかという期待も。

 

「――四糸乃! 今日はよくも色々と悪戯をしてくれたな!? そのお返しに来たぜ!」

 

 バーンと戸を開け浴室に入ってきたのは、悪い笑みを浮かべた士道(全裸)。今日一日の四糸乃の行動がなかなかに腹に据えかねたのだろう。見るからに嗜虐的な雰囲気が漂っていた。具体的には曝け出された下半身の辺りに。

 

『キャー! 士道くんのスケベ! エッチー!』

「お前が身体を隠すのか、よしのん……」

 

 そして自分の身体を隠すように悶える『よしのん』に、困惑気味の反応を示す。

 本当は四糸乃こそこういう反応をするべきなのかもしれないが、多少の恥じらいはあれど士道に見られるのなら四糸乃は構わないのだ。なのでいきなりお風呂場に全裸で入ってきても、特に騒ぐような事は無かった。

 

「それはともかく……お仕置きの時間だぞ、四糸乃? 覚悟はできてるか?」

「……はい。悪い子には、お仕置きが必要ですから」

 

 嬉しさと幸せでどうにかなりそうな四糸乃は、素直に罪を認める。

 何せ今夜は琴里の日なので士道はとっても大変だというのに、その前にわざわざ四糸乃のお仕置きに来てくれたのだ。それも入浴中に踏み入ってくるという、今までの士道なら早々考えられない暴挙を働いて。これで嬉しくないわけが無かった。

 

「物分かりが良くて何よりだぜ。よし、湯船から出てこい」

「はい……」

『さてさて、今日はどんなドギツイプレイで四糸乃を苛めるのかなー? よしのん楽しみだなー?』

 

 促され、四糸乃は素直に従って湯船から出る。

 湯船から立ち上がった時も、浴槽から出た時も、士道の視線は四糸乃の身体を舐めるように見ていた。身体を大量のお湯が滴り落ちていく光景がとてもお気に召したのだろう。今にも舌なめずりせんばかりに興奮を露わにしていた。

 

「あの、士道さん……」

「何だ、四糸乃? 言っておくけど、お仕置きを加減したりはしないぞ?」

「いえ、違います。そうじゃなくて……んっ――」

 

 溢れんばかりの幸福感に堪えきれず、四糸乃は自ら士道に飛びつきその唇を奪った。

 幸運というべきか、さすがにキスの味にあの刺激物の味わいは残っていなかった。ただただ幸せで胸を暖かくしてくれる、素晴らしいキスだった。

 

「……愛してます、士道さん。悪い子になってしまうくらい、愛してます」

「……ああ。俺も愛してるよ、四糸乃。そんな子にさせちまった、過保護な馬鹿でごめんな?」

 

 お仕置きをしてやると息巻いていた士道だが、四糸乃が愛を囁けば同じように愛を口にして優しく抱きしめてくれた。

 やはり悪戯が露骨で多すぎたせいで、士道も四糸乃の真意に気付いていたのだろう。本当に悪い子になったわけではなく、あくまでもお互いの間にある壁を取り払うためのものであるという事に。

 想いは通じ合い、お互いにもう壁など無く、今は裸で互いの温もりを直に感じながら抱き合っている。この上ない幸福の瞬間に、四糸乃は士道の腕に抱かれながらどうしようもなく頬を緩ませるのであった。

 

『士道くん、士道くん。よしのんの事はー?』

「もちろん、よしのんも愛してるぞ。よしよし」

『あーっ!? そこはよしのんの大事な所ー!』

「どこだよ、よしのんの大事な所……まあそれはさておき、今度は四糸乃の大事な所をたっぷり苛める番だな?」

 

 指で『よしのん』の身体をくすぐった士道は、くねくねと悶える『よしのん』の反応に苦笑する。しかし次の瞬間にはとても嫌らしく意地の悪い笑みを浮かべ、抱いていた四糸乃の身体を離した。

 さすがに四糸乃もここまで来て、士道が言う大事な所が一体どこなのか分からないほど初心ではない。そして悪い子になろうとも、四糸乃は士道の望むことは全て叶えてあげたいと思っている。

 

「はい……いっぱい、苛めてください……」

「っ……!」

 

 だからこそ、四糸乃は浴槽の縁に腰掛けると、自ら脚を開いて士道を誘った。

 さすがにこの行動は予想外だったのか、士道は目を見開いて固まっていた。しかし次の瞬間には獣を思わせる敏捷性で以て、四糸乃へと襲い掛かってきたのは言うまでもない。そして四糸乃はたっぷりとお仕置きをされ、幸福な日々の始まりを情熱的な交わりで飾るのであった。

 とはいえ昨日の今日で再び身体を酷使したためか、結局翌日もベッドから出られないほど疲労困憊になってしまったが。

 

 

 




 ずっと四糸乃のターン!
 望み通りの触れ合いができて四糸乃はご機嫌。エロい悪戯もされるようになって『よしのん』もご機嫌。ついでに七罪は四糸乃の会心の笑顔で尊死しかけた模様。
 ちなみにレモンソーダもどきに関しては実際に作ってみようかと思いましたが、レモンを食べると数日は便器から離れられなくなるのでやめました。さすがにそこまでして味を確かめようとは思わないかな……。
 なお、残った刺激物は後で七罪が美味しく頂きました。

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