未だに涙が止まらない…椿を、世良さんがどう慰めるかな?
椿の私室から一番近い客間へと連れてこられた私は、世良さん達に身支度をしてもらう。
それをどこか他人事のように見つめ、先程感じた恐怖が頭を捩りながら、私の涙は流れ続ける。
気が付くと、世良さん以外のメイドは既に姿を消していた。
「あら………? 他の使用人の方々は……?」
「私が後を引き継ぐから、みんなには先に朝食の用意をお願いしました、椿お嬢様。
………それに、人が多いと椿お嬢様のお気持ちが落ち着けないかと思いましたので。」
「え?」
「………誠斗君と何かありました? よければ、私がお話を聞きますが?」
「……………う……うぅぅ……」
優しい世良さんの笑顔で緊張が解けたのか、私は世良さんの胸を借りて、声を出して泣いた。
あまりにもショックだったんだと思う。
誠斗が人が変わったように私を見てきたことに。
初めて誠斗が……怖いと思った。
そして、そう思った私にも、嫌になって、分からなくなってとにかく泣いた。
★★★
あれからどれくらい泣いたのだろう…。
それほど時間は経っていないと思うけど、随分と長い間泣いていた気がする。
「……もうすっきりしましたか?椿お嬢様。」
「え、ええ……ありがとう、世良さん。後、ごめんなさい。服を…私の涙で汚してしまったわね。」
「これくらい大丈夫ですよ。……では、早く着替えませんとね。泣いちゃったんで、身体も冷えてきますよ。今度は椿お嬢様が熱を出しますよ。」
「熱……」
世良さんの言葉で、少し前、誠斗が熱を出して、看病した事を思い出す。
あの時は、ドキドキしたり、一緒に笑ったり、いつも通りに誠斗と居たのに、今は顔を見る事が出来ない。
私を守ってくれたのに、お礼どころか声も出なかった。そして、あの誠斗の顔…。
誠斗が私の怪我がないか確認して、目が合った時、誠斗は申し訳ない顔をして、辛そうな笑みをしてすぐに俯いた。
私…、誠斗を傷つけたわ。身体だけでなく、心も…。
また気分が落ち込み、ため息を吐く。
「…お嬢様。」
「はい!!」
突然耳元で呼ぶ声に驚き、声を上げる。
「椿お嬢様、朝からそのような顔をされていてはせっかくのお洋服が椿お嬢様の落ち込みで可愛さ半減しますよ!
さぁ!」
「き、きゃ~~~~~~~~!!!」
身ぐるみはがされ、てきぱきとした動きで私の身支度をあっという間に終わらせる世良さんに体の隅々まで手ほどきを受け、心だけでなく、身体までも疲労を感じた私。
もう今日は、稽古も休んで、一人でいたい気分だわ…。
「ところで、椿お嬢様。先程から気になっていたのですが…。」
「何かしら?」
「胸元や首筋に赤い鬱血が多数ありましたが……」
「ああああああああ~~~~~~~!!!」
世良さんの口を手で塞ぎ、これ以上言わないように首を横に大きく振る。真っ赤になった顔で。
それだけで、ぴんときた世良さんはニヤニヤとした顔で、私に詰め寄ってきた。
「ほ~~~う……? そうですか、そうですか…! 誠斗君、とうとうやってしまったのね!
初々しい事だわ!! 後で褒めてあげなくちゃ!!」
「?あの~…、世良さんさっきから何を?」
「え?だって、それって誠斗君にしてもらったですよね?わかっていますわ!この日がついにやってくると私は信じていましたもの!」
妙にはしゃぐ世良さんに、私は思わず本当のことを言ってしまった。
「…違うわ。これは誠斗じゃない…。」
「………え?そ、それはどういう……」
私の一言と私の私室で見た光景とで、全てを理解した世良さんは、ため息を吐いて、私の頭を撫でてくれた。
「椿お嬢様、安心してください。誠斗君も…きっとあなたに危害を加えるつもりはなかったと思います。ただ…、嫉妬しただけでしょうから。」
「嫉妬…? 何で?」
「………相変わらず気づいていないのですね。ふぅ~…、まぁ、それも椿お嬢様らしいと言えばそうなのですけど。
……なんだか誠斗君が可愛そうに思えてきたわ。」
「…やっぱり私が誠斗を怒らせるようなことをしたのね。私……どうしよう!?
ま、誠斗に嫌われた…!」
再び身体が震え、涙が溢れてくる私を世良さんは優しく包み込むように抱きしめてくれる。
「そんな事はないですよ。誠斗君があなたを嫌いになる事はありませんから。決して…。」
「ほ、本当に? 私、誠斗と仲直りしたいけど、何が悪かったか分からなくて…! でも聞いたら、もう誠斗とはいられない気がして…!怖いの!! 誠斗…、本当に嫌いにならない…!!」
「…ええ、誠斗君は椿お嬢様を一番に大事に想っていますから。それこそ椿お嬢様が思うほどずっと…。
それに、今回は誠斗君の暴走に近いですし、椿お嬢様が気に病む事はありませんよ。寧ろ、今みたいに泣いてばかりいると、余計に誠斗君が慌ててまた怪我するかもしれませんね。」
「ええ!? それは駄目よ! ………これで大丈夫…!」
涙を手拭いで拭いて、笑顔を浮かべる。私の笑顔を見て、世良さんも微笑を浮かべる。
「それで結構です。椿お嬢様はそうでなくては! さぁ、もう朝食の準備もできているでしょうし、食事の間へ急ぎましょう。」
「そうね…、ところで世良さん。どうして私を呼びに来る時、誠斗に譲ったのかしら?いつもは私を着替えさせるために、早めに訪ねてくるのに。」
ようやく気分が清々しくなったのか、先程芽生えた疑問をぶつけてみる。
「?何のことでしょうか?
私、今日は誠斗君と会ったのは、椿お嬢様の部屋へ駆けつけたあの時ですよ。
誠斗君に椿お嬢様の着替えを取られるのは嫌ですもの! これだけは誰にも譲れませんわ!」
意気込んでそう断言する世良さんの言葉に、誠斗のあの時の言葉を思い出す。
”さぁ、早く支度してください。 折角世良さんと交代して、起こしに来たんですから。
それとも、あれを、世良さんに見られてもよかったんですか?”
確かに世良さんと交代したって言っていたのに…。
世良さんが来る前に、起こしに来た…?
でも、世良さんが来る時間帯は早朝だけど、時間はまばら。狙ってくることは難しいはずよ…。
そう言えば…、私を庇って、私を抱きしめた時、誠斗の身体は温かかった…けど、それほど温かくなかった気がする…。
さっき、世良さんに抱きしめられて慰めてもらった時の温もりよりも…。
!! そうよ!
私の怪我を確認する時も、素足だった私の足を持ち上げて確認した誠斗の手はやけに冷たかったわ!それに、誠斗の顔…、いつもより肌が白かったような…!
……もしかして、ずっと外にいた…?
私は、あの時の誠斗の冷たい肌の感触を思い出して、誠斗がなぜ怒っていたのかわかった気がした。
そうです!誠斗はずっと外に居ました。窓から出て、屋根で待機してました。
それにしても、少しは誠斗を怒っていいのに、誠斗と気まずい関係になったのが嫌で仲直りしたいって…、健気な女の子だわ!(泣)