遅れて食事の間に入ってきた椿を訝しく思う事もせずに使用人たちが朝食の用意を始める。使用人たちの間では既に、事情が知られているという事だ。
普段通りに接する使用人たちに、椿は少し救われたような気分になり、誠斗と顔を合わせる勇気が少し持てた。
だから、姿勢を正したまま、視線だけを動かし、誠斗の姿を探す。
しかし、いつもなら一目で誠斗がいると分かるほど、自分の視線に入る距離にいる誠斗の姿がどこにもいない。
(誠斗…、やっぱりさっきの事気にしているのかな…?
それともまだ怒っていたり…?
ううん、怪我の治療しているのよ!!きっと!!
朝食が終わったら、今日も先生が尋ねてきてくれて稽古だから、その時なら誠斗もひょっこり戻って来るわ。)
そう決心すると、礼儀正しく朝食を口にする。
しかし、椿の予想は大きく外れた。
なぜなら、稽古の際に傍らにいるのは、誠斗ではなかったからだ。
そして、先生の入れ替えの準備中の休憩に、誠斗の代わりに付き人をしている世良さんに理由を問いただした。
「ちょっと…、世良さん。
誠斗は? いつもなら誠斗が小生意気に窓辺に座って、見守っているでしょ?
どこにいるの?」
「……申し訳ありません。誠斗君は、他の仕事がありますので、代わりに私が誠斗君の代わりを務めさせていただきます。
よろしくお願いいたします。」
「……やっぱり、怒っているのかしら?」
「う~ん…、違うと思いますよ? あえて言うなら、その逆? 辛くて悲しいから、じゃないでしょうか。」
「辛くて悲しい?…誠斗、何かあったの?」
小首を傾げて、聞いてくる椿を見ながら、世良さんは心の中で「椿お嬢様の涙が原因です!」っと言ってあげたいのを堪えていた。
「大丈夫ですよ。ただし今は仕事のために、港町の方へ行っているだけですから。誠斗君が帰ってきたら、すぐに仲直りできますよ。」
「……うん、そうね。ありがとう、世良さん。」
しょんぼりしていた椿に世良さんが頭を撫でてあげていると、入れ替えで次の稽古の先生が部屋に入ってきた。椿は気持ちを一転し、稽古に励む。そんな椿を横目に、窓の外に目をやり、港町の方へ遠い眼差しで見つめる世良さんはため息をつく。
(…まったくもう。 二人して何やっているのかしら?
誠斗君もためらわずにさっさと求婚すればいいのに。
……それは無理かしら? でも、二人はお似合いなのにね。
貴臣様と張り合えるのは、誠斗君しかいないのよ!?
ここは男としてきっちりと決めなさい!!
……二人の気持ちもわからなくはないけど。
…ああああ~~~~~!!! もう!! こうなったら、お姉さんが一肌脱いであげるわ!!)
闘志を燃やす世良さんは、いつかの借りを誠斗に返すために、誠斗と椿の仲を向上させる作戦を頭の中で試行錯誤しながら、椿を見守るのだった。
★★★
「……………はぁ~。」
重苦しいため息を何回吐いただろうか。
数えきれないほどのため息を吐きながら、港町を歩く俺は、ひたすら目的地を目指す訳もなく、ただ歩いていた。
朝食後、世良さんと合流し、仕事を代わってくれと伝えた時、苦笑する世良さんから椿が怒る訳もなく、俺を心配して、仲直りしたがっていたと聞かされた。
それを聞いた時、物凄く体中の血が沸騰するくらいに嬉しかった。
失恋して、もうこの想いは固く閉ざしておくと決めた矢先に平気で鍵を開けてくる椿の言葉も仕草も癒しになってくる。もちろん、例えそれが伝言でも!
その反面、失恋して未だに好きな気持ちを捨てきれないのはどうかと感じる俺もいて、複雑な気分だ。
そんな俺の心境を気遣ったのか、世良さんが俺に慰めの言葉を掛けてくる。
「すぐに気持ちが捨てれるわけがないじゃない! そんなにすぐに捨てられる愛なら、今まで苦しくなったりしていないでしょ?
誠斗君は、椿お嬢様を愛して、そのために生きている方がよっぽど誠斗君らしいわよ!!」
そう言うと、一応すっきりとした感じで、交代してくれたのだった。
あれは、応援してくれていたのだろうか?
そう思うと、少し気分が晴れた気がする。
だけど、やはり椿のあの泣いた顔には今も頭に浮かべるだけで、罪悪感がズシ!…とのしかかってくる。
俺は、しばらく気分転換したくて、後は椿にも今は距離を取った方がお互いのためだと思い、世良さんに甘えて、港町へとぶらぶらと散歩に来たのだった。
でも、世良さんが椿に説明した通り、仕事にも来ている。
例の『マリハ』の件である人物に会いに行くためだ。
しかし、今はなぜか会いに行きたくないんだ。
だから心の準備も兼て、港町を巡回する。
こうしていると、港町に吹く潮風が感じられ、闇が落ち込んだ心も和ませてくれる。…もちろん、一番和ませてくれるのは椿だが!!
だが、神様という者は空気が読めないのか、はたまた御人好し過ぎるのか…。
仕事で会いにいこうも、なかなか顔を見せられなかった相手とばったり出くわしてしまった!
「あれ? 誠斗じゃないですか!? どうしたんです? こんなところへ。」
(おい…、俺は気持ちの整理もついていないんだけどよ~…!)
「? 大丈夫、誠斗?」
顔を覗き込んでくるその人物に、いつも通りに笑顔を作り、丁寧な使用人口調で、気楽に話すのだった。
「いえ、平気ですよ。少し考え事していただけですから。
…………貴臣様。」
さっき会ったばかりの幼馴染にそう、言葉を返す。
ここで貴臣がまたまた登場!!
これは傷口に塩を付けるみたいな展開に!!
いくら幼馴染でも…!! どうなる~~!!?