「さっきはありがとうね。
おかげで、仕事にも間に合ってよかったよ、誠斗。」
「それは大変ご恐縮であります。貴臣様のお役にたてて光栄です。」
「……やはりなんだか誠斗が変だ。」
「…………は?」
「何年の付き合いだと思っているんだよ、誠斗。君が何か悩んでいるって事くらい、僕は分かるよ。」
いつも通りに振る舞っていると思っていた誠斗は、鳩に豆鉄砲を喰らったように面食らった気分になる。
「……さすがですね、やはり貴臣様だ。
相変わらず、洞察眼が優れていますね。」
貿易商を行っている母親を補佐している貴臣は、事実上経営者としての地位を確立しつつある。それは、貿易において、外国人や地方の商人との交渉の際に相手の顔や声色から心理状況を読み取り、自分に優位な値段に持っていく洞察眼と類まれな交渉術が評価されているからだ。
そのため、日頃から愛想笑いをする誠斗もかなりの洞察眼を持って、自分を偽る事にも長けていても、貴臣の前では本心を隠す事は難しいのだ。ただ本気で隠すなら、いい勝負になる。
「で、誠斗は何に悩んでいるのかな? 」
「いや~、お嬢が稽古を終えたら、食べたいという和菓子を買いに来たんですよ。もう~、甘い物に眼がないですから。使いっ走りを申しつけられただけです。」
「はははは、誠斗こそ相変わらずだね。それに別に嫌じゃないんじゃないか?
誠斗だって大の甘党なんだし。」
「それは否定しませんね。」
二人で談笑していると、イケメンの二人に見惚れて立ち止まってこそこそ話し出す女性達が増えてきた。
二人ともそれに気づき、誠斗は、貴臣への嫉妬がまだ沈まないが、貴臣に話したい事があるため、貴臣がこれから船が停泊する停留場に行くというので、同行する事にした。
★★★
「お待たせ、誠斗。ちょっと立て込んでしまった。」
「別にいいですよ、貴臣様。 俺が勝手に待っていただけですし。それに久しぶりに港を見れてよかったですよ。
……かなり賑やかになってきましたね。」
停留場に着いた直後に何やらもめ事があり、貴臣が仲介に入りに行った。誠斗も一緒に仲介に入ろうとしたが、貴臣がもめ事の張本人が自分のこれからの取引相手だと知り、このまま交渉に繋げてみたいから、待っていてほしいとお願いされた。
貴臣の交渉は、見学している方も神経を使うほどのやり取りが起きる。貴臣の真っ直ぐな笑顔で、繰り広げられる交渉術には気もしっかり持たないと、貴臣のツボに嵌ってしまう。
久々に見学して、貴臣の貿易商としての腕前をこの目で見てみたかったが、本来の目的の方が重要だと考えなおし、遠くから様子を眺めている事にしたのだった。
だが、誠斗にとってはこれがよかったのかもしれない。
からの木箱の上に座り、遠くから眺めている事で、貴臣だけでなく、周りの人間や船、港全体を見渡してみる事が出来た。その結果、しばらく来ない内に港が賑やかなのに驚いた。
前からも賑わっていたが、その倍くらいはあるのではないかというくらいの活気があふれ、異国から貿易に来た異国人達がせっせと自分の運んできた商品を売り込んでいた。
貿易交渉の熱気は至る所から沸き起こっていた。そして港で働く人が前よりも画然と増えていた。
(これも、『マリハ』による取引の影響なのか?
それとも、近くの神戸港からの取引…。)
港で木箱や布袋を担いで運んでいる人達を見ながら、今回の事件について関連性があるかどうか考えた。
前々から貿易に来る人は多くいた。しかし大きな商談をするなら、どちらかというと、神戸港が一番効率がいい。この港町はあくまで神戸港からのお裾分け程度の商談がやってくる。(たまに大物の商談も来る)それに大日本帝国の中心である東へと向かう際の休憩場所として、宿屋や料理店があるのだ。
賑わうのに越したことはないが、貿易関係で港に人が増え、忙しく行き来する光景はあまり見られなかった事だったので、不思議に思ったという訳だ。
「ああ…、誠斗もやっぱりそう思う?
僕も最近、人の出入りが多いな~…、って思っていたんだよ。それに…」
言葉を濁す貴臣に誠斗が眉を吊り上げる。
「『それに…』? もしかして貴臣様も何か引っかかるようなことがあったのですか?それも一回だけでなく、何回も…。」
「…ふぅ~、どうしてわかったのかな。何回もあったなんて…。」
「貴臣様は不祥事が起きたとしても、すぐに迅速に対応し、一発で問題解決するほどの対応力も持っているではありませんか。
物事が解決したならば、悩む必要も、頭の縁に引っ掛かりを覚える必要もそれこそないですよ。
だから、貴臣様の身の回りに何回も、そして解決には一難ありそうな出来事が起きているんだろうなと思ったんです。」
「…参ったな。誠斗も相変わらず洞察眼があるよ。」
「貴臣様ほどではありませんよ。…ところでなんですか、その引っかかる物とは?」
「……ちょっとあっちで話そうか。」
首を動かさずに視線だけで辺りを見渡し、誠斗を連れて、倉庫街の路地に入る。
「あまり人に広まるのはどうかと思ったからね。それで、話なんだけど…。
どうやら、この港で夜な夜な怪しい取引をする連中がいるみたいなんだ。」
「…怪しい取引だと。…それってまさか何かの調味料だったりしないか?」
「さぁ…、でもおそらくそうだと思うよ。たまたま取引の目撃をした荷運びの雇われ人が目撃したみたいで、木箱から何かの粉を手で掬う所を見たって言っていたから。」
「何だって…!!」
まさかの目撃者の存在が浮上し、誠斗は貴臣の肩に手を置き、身を乗り出す。
「貴臣…!! その目撃者っていうのは、どこにいるんだ!!教えろ!!」
すっかり使用人口調が抜け、貴臣を呼び捨てにするほど、冷静さが崩れた誠斗の目には、闇に一点の光が灯った希望を逃すまいと語っていた。
嫉妬からどうやって貴臣に話を切りだすか迷っていたが、長年の友情が、親友の絆を伝っていき始めた…。
専門の事は専門家に聞いた方がいいもんね。
そして、皆さん!! お待たせしました!! 風邪が長引き、他の投稿で手いっぱいになっていまして、投稿が遅れましたことを深く!! 反省します!!