「がはっ!!! …はぁ~、……はぁ~、……はぁ~。」
悪夢を見て、ようやく解放された誠斗は、目を勢いよく開けて、見覚えのある天井を見ながら、息を整える。物凄く現実味のある夢で、両親からの忠告もあった悪夢…。
誠斗は、目覚めた今でもはっきりと鮮明に覚えている悪夢に、身体の震えが止まらないし、冷や汗を掻いた。
「……はぁ~、嫌な夢見てしまった…。久しぶりに夢で逢えたってのに…。」
まだ身体の震えが止まらない中、誠斗はベッドから身体を起こそうと、横に顔を向けると拳一つ分の距離を空いた先に椿の顔があり、ジ~~…っと誠斗を覗き込んでいた。
「うわわわああああぁぁぁぁぁぁ~~~~~~~~~!!!!」
「きゃあああああああああああ~~~~~~~~~~!!!!」
真っ直ぐ見つめてくる椿の顔をしばらく見た誠斗は、驚愕すぎて思わず悲鳴を上げた。部屋は暗いし、明かりと言えるのは、窓から入ってくる月光だけ。そんな空間で椿の顔を見れば、驚くのは必須だ。………しかも先程の夢で動かなかった椿を見せられたすぐ後だ。
驚きで、身体が無意識に起き上がり、後退りする。
そして、誠斗の悲鳴を聞いて、椿も思わず悲鳴を上げた。
二人の悲鳴の共鳴で、誠斗の部屋の扉が開き、ランプを持った世良さんが慌てた様子で入ってくる。
「どうしたの!? 二人とも!! 何があったの!!?」
「せ、せ、世良さん!! ま、ま、誠斗がいきなり悲鳴を上げてきて……」
「椿お嬢様、落ち着いてください。もう大丈夫ですから。」
「……うん、…でも怖かった~~~~!!」
「そうですね、いきなり悲鳴あげられたら、誰だって驚きますよ。」
若干涙目の椿を胸に抱き寄せ、頭を撫でて励ます世良さんは、そのまま誠斗を見て、呆れている事を隠そうともしない顔で見つめてくる。
その顔には、「好きな女の子を泣かせるなんて、何をしているのよ?」って書いているように見えた。
「それはこっちの台詞だ!! いきなりここにいない筈の人の顔が目の前に現れたら、驚くに決まってるだろ!!
…………驚かせてすみません、お嬢。」
世良さんに責められるのは、納得できないと自分の言い分も言った誠斗だったが、椿が涙ぐんだ瞳で見つめてきたので、それ以上は言えず、結局謝るのだった。
(…本当に椿お嬢様には弱いんだから。 まぁ、そこが誠斗の可愛い所よね!)
世良さんはさっきとは違って意味で呆れて、椿を胸から解放する。すると、椿も誠斗の方へと歩み、頭を下げて謝る。
「私の方こそ、勝手に入ってごめんなさい!! 誠斗…、昨日は一度も起きなかったみたいだったから、心配で…。それにまだあのことも謝っていなかったから…。」
「……は?今、お嬢何と言いました?」
椿の台詞に、違和感を感じた誠斗は問いかける。
「…”まだあのことを誤っていなかったから”?」
「それはいいです。その前……」
「えっと…、”昨日は一度も起きなかったみたいだったから心配で”?」
再び同じことを聞かれたので、椿は少し恥ずかしく思った。しかし、椿の台詞を聞いて、誠斗は衝撃を受ける。
「昨日は一度も起きなかった…? あれ…?だけど、まだ夜だし、時間も………はあ!!」
外はまだ暗いし、起床する時間じゃないと思い、ベッドのそばにある棚の上の時計を見ると、日付が変わってからまだ一時間しか経っていなかった。しかし、誠斗が調査から戻ってきて、ベッドに横たわり眠りについたのは、朝日が昇る約二時間前だ。明らかに時計の針が戻っている。有り得ない時間の流れ方に驚き、時計が壊れているのかと調べていると、その様子を見ていた世良さんがため息を吐いて、説明する。
「誠斗君…。その時計は間違ってないわよ? 既に一日が終わってるから。
いつもなら、誠斗君私より早く起きて、椿お嬢様を起こしに行くでしょ。気まずくても自分の仕事はしっかりとこなす誠斗君なのに、今日……ううん、昨日は全然起きて来なくて、私が誠斗君の代わりに椿お嬢様の御世話をしたの。何回か、様子見に来たけど、誠斗君、全く起きてなかったし。
一方、声を掛けたり、身体を揺さぶってみたりもしたけど、全然反応なくて…。たまに魘されていたしね。そしたら、司様が誠斗の事を聞いて様子を見に来られて、今日は誠斗を休ませてもいいという事で、このまま寝かせてあげてたのよ。」
世良さんから話を聞いて、がっくりと力なく、ベッドに俯き倒れる誠斗。あまりにも信じられない…でも妙に納得できる話に脱力してしまう。
「お、俺は仕事を放棄…してしまったのか…?」
「誠斗君にしたら、許せないかもしれないけど。でも司様が直々に休みをくれたのだから、よかったんじゃない? 寝坊して仕事をしたとしてもあの状態では難しかったと思うから。」
「…あの状態って、俺の寝相が悪かったとか?」
「それは大丈夫。寧ろ全く動かないから生きているのかと心配したくらいよ!!」
「そうか、ならいいや。」
「よくないから!! 様子見に来るたびに『生きているかしら?』って心配する私の身にもなって!?」
「ありがとう、世良さん。仕事も代わってくれたみたいだし、本当に恩に着るよ。………さてと。」
よろめきながら立ち上がった誠斗は、乱れていた仕事着を整え、天然癖毛が寝起きで広がった髪を手櫛で直すと、部屋を出ようとする。
「ちょっと待って!誠斗っ!!」
椿が誠斗を引き留める。
「何でしょうか、お嬢?」
「さっきだって、酷い汗かいていたし、魘されていたし、顔色も悪いわ。まだ休んでおかないと! どこに行こうとしているの!?」
「司様の所へ。今ならまだ司様はお仕事の整理をされていらっしゃる時間ですし、司様に用事があるので。」
「そんなの今じゃなくてもいいじゃないっ!! 今は自分の体調に気を配って! もう、誠斗が苦しそうにしている所なんて見たくない…。」
誠斗にしがみついて、行かせないように力を込める椿。誠斗はこんな状況でも椿の言動に喜びと嬉しさを感じる自分に苦笑する。あんな目に遭わされたのに、自分を見捨てる事はせず、傍にいてくれる椿をどれほどこの手に触れて、自分だけの物にしたいと思った事か…。
でも、既に椿が貴臣の物であるのは、あの夜でとうとう思い知らされた。
誠斗は、名残惜しいが、椿の手を優しく解き、椿の頭を撫でる。
「申し訳ありません、お嬢。一刻も早く司様に伝えなければいけない用事なんですよ。俺が寝過ごした事で、司様の仕事に影響を与えてしまったとなれば、司様に顔向けできません。俺は自分の与えられた仕事は全うしないと気が済まないんです。」
「……だったら、今日からまた私の専属護衛は逃げずにしっかりとしなさい!!
誠斗じゃないとダメなんだから…。」
「…はい、畏まりました。お嬢。」
胸に温かいものが包み込んでくる気分になった誠斗は、悪夢を見た事で荒れ掛けていた心も穏やかになっていき、自分を取り持つ事が出来た。椿が誠斗に向ける言動だけで、嬉しくなってしまう自分を単純だと考えながらもそれが自分の力になっていると理解しているため、分かりやすい反応をする自分自身に笑ってしまいそうになる。
「では、俺はそろそろ行きます。司様の御時間を頂戴するのですから、早めにいかないと。世良さん、申し訳ないですが、お嬢を送ってもらってもいいですか?」
「ええ、良いわよ。お姉さんに任せなさい!」
「ははは、相変わらずですね~。それではお願いします。」
「誠斗…、おやすみなさい。」
「おやすみ、お嬢。」
世良さんに椿を任せた後、誠斗は急いで足音が響かないように歩き、司の書斎室へと向かうのだった。
一日眠ったままだった誠斗。どれだけ夢に魘されていた事か…。そして、司に会うために書斎室に向かうけど、それが…!!