明治編も本腰に入ってきましたね!!
椿たちが誠斗の部屋を後にし、私室へと向かう様子を向かいの廊下の窓から見ていた誠斗は、安心したのかほんのりと涙を流し、微笑む椿の顔を見て、心から安堵した。先程の悪夢がまだ意識にしみついているためか、悪夢での椿の見ていられない姿が頭を過り、息がままならなくなる。
抱き起こす時に、椿の身体から流れ出てくる血が誠斗の手を染め、大地も染め、真っ暗になった。呼びかけても起きない…、目を開けてくれない…。あまりにも現実味がありすぎる悪夢を見て、生きた感じがしなかった。
目を覚ました時、椿が傍に居なかったら、おそらく…、いや十中八九狂っていたかもしれないと思うほど、誠斗は悪夢に魘されていた。
今でも、その感覚が肌に残っている。
誠斗は、角を曲がり姿が見えなくなった椿を見送ると、椿がいた所へ視線を向けたまま、椿に感謝する。そして生気を育んだ誠斗は深呼吸して、司の書斎室へと足を急がせる。
もし、夢で両親が言っていた事が実際に起きるのであれば、何としても阻止しなければ!!
悪夢といい、調査の時に見かけた怪しげな男達といい、何かつながりがあるのではないか?
嫌な予感がする…。
一刻も早く、司様に知らせなければ!
足音を忍ばせながら、司の書斎室前に着き、軽く乱れている息を整えるためにもう一度深呼吸する。そして落ち着いた事を確認すると、ドアにノックする。ドアの奥から司の声が返ってきた。
『はい、誰かね?』
「誠斗です。司様、夜分遅くに申し訳ありません。御時間を頂いてもよろしいでしょうか?」
『……入りなさい。』
少しの間が空いたが、入室を許可された誠斗は、ゆっくりとドアを開け、空いた隙間に身体を入れこみ、廊下の様子を確認した後、ドアを閉めた。
近づいてくる気配がない事も確認し、司の方へと振り向き、一礼する。
「失礼します、司様。」
「こっちへ来なさい。」
「はい、失礼します。」
司に招かれて、書斎机に向かう。そして、机を挟んで司と対面する。
すると、司が顔を合わせた瞬間、目を見開いて驚き、すぐに険しい表情になる。
「誠斗…、顔色が悪すぎるではないか。そこに座りなさい。全く君は…。体調が優れないというのに、無理して私に会いに来なくてもいいんだ。休みなさい。」
「いえ、これくらい平気です。それよりも今日は……、昨日は申し訳ありませんでした。恥ずかしい限りです。」
司に対し、頭を下げ、謝る誠斗。その姿を見て、心配そうに見ていた司は椅子から立ち上がり、机を回り込んで誠斗の身体を手で掴むと、来客用のソファに強精的に座らせた。抗う事も出来たが、相手が司でもあるため流されるまま腰を落とす。
誠斗を座らせた司は向かいのソファに座り、ため息を吐く。
「君が仕事に熱心なのは分かっている。そしてそのために惜しみなく尽力してくれている事も。しかし、君の具合が悪いのに、無理をさせたり、見て見ぬフリをするほど私は人でなしではないよ。 ……体調が悪いなら、悪いと言ってほしい。私は君を息子同然だと思っているのだから。」
「……ありがとうございます。司様。」
手を伸ばして、誠斗の頭を撫でまわす司の温かさに触れ、人の温もりを感じる。司も生きているという実感を肌に感じ、嬉しさで涙ぐみそうになるが、どうにか堪える。
「…それで私に一体何か話しておくことがあるのではないかね?誠斗。君が身体に鞭を打ってまでここに来るくらいだ。相当な要件なのだろう?」
「…はい! 実は昨日の深夜、調査中に怪しげな男達の密談する現場に遭遇し、何やら『マリハ』の中毒者を使って裏で広めようとしているようです。」
「!! ……それでその者達は?」
「はい…、裏取引をする時まで泳がせておこうかと思ったのですが、せめてあいつらの正体でも暴いておこうと追跡している時、襲撃を受け、見失いました。」
「そうか…、でも誠斗が無事でよかった。怪我はないか?」
誠斗の報告を聞き、襲撃を受けた事で怪我を負い、体調が優れないのではないかと思った司が、誠斗の身体を注意深く観察する。
「いえ、怪我は全くしておりません。寧ろ、相手の方に心配するべきかと。」
「誠斗を狙ったというのに、相手の心配をしなくてはいけないとはな。…まずいのか?」
「上手く言えないですが、その怪しげな男達の中心人物とも言える者がいたんですけど、そいつからはとんでもない殺気を感じました。あれは、野放しにすれば危ない…。
俺を襲撃した奴は、恐らく既にあの世行きになってます。そして……」
「あの場所に誠斗がいた事を知ったその者達が動きを変えてくるかもしれない…と思っているんだな、誠斗?」
「はい、俺の正体までは知らないとは思いますが、自分達を調査している事は向こうも知ったと思います。自分達の出方を知られたと知った奴らが、そのまま実行するとは思えないんですよ。」
「しかし、彼らがその作戦を変えるとも限らない?」
「それも考えられます。しかしそう来ると、余程のお調子者か、馬鹿なのか。それともわざと気付かせるために……か。」
「ふ~~~~む………。話を聞く限り、前者という事はないだろう…。しかし後者という事になると、ますます余談が許せないな。まるで頭のキレる、口が達者で行動性が長ける…政治家みたいだ…。」
司が顎に手を当てて、考えながら呟いた台詞に誠斗は、先に倉庫から出てきた紳士な服装を身に付けた男を思い出す。そして、なぜかその男の後ろ姿が忘れられない。
前にも見た事がある…。
そんな気がする…。
妙に冷や汗が出てきた誠斗は、胸騒ぎがし出した。そして、その胸騒ぎがこんな形で的中するとは思わなかった。
トンットンッ
ドアの向こうからノックが鳴る。
いきなりの事で誠斗は警戒する。しかし、次の台詞で少し安心する。
『司様、若葉で御座います。司様をお訪ねにいらっしゃいました客人を連れてまいりました。』
若葉さんが来た事に詰まっていた息を吐き出す。しかし、こんな時間に来客とは思わず、司の方に顔を向ける。しかし、司が訝しそうに眉を顰めるのを見て、そのような予定がない事を知った。
そもそも司がこんな夜更けに来客を招き入れるような真似はしない。
なぜ、来たのか?
司が返事に渋っていると、ドアの向こうから何やら揉めている声が聞こえたと思ったら、勢いよくドアが開き、人が入ってきた。
「わ~~~~~~はっはっはっはっは!!!
儂を締め出すとは、司よ!人が悪いぞ!!せっかく忙しいこの儂が時間を割いてやってきたのだ。もっと丁重に持て成してほしいものだ!」
人を食ったような、上からの物言いを崩さない態度に脂が乗った顔をした男が我が物顔で部屋に入って来るなり、ソファに思いきり腰を下ろす。
既にソファから立ち上がり、書斎机に向かって椅子に座っていた司とその隣に控えていた誠斗は、この傲慢な態度を取る来客に面を喰らっていた。
司は目を丸くし、慌てた様子を隠しきれずに誠斗を盗み見る。
そして、誠斗は、目の前の男を見て、封じていた記憶が開かれ、同時に憎しみが沸き起こってきた。
(そうだ…!俺はどうして今まで気づかなかったんだ…!!
この男!!ずっと前から知っていたはずなのに!!
………この貪欲さが溢れ出てくるような蔑んだ笑い!!あの時のままだ!!)
怒りで我を忘れそうになり、拳に力を入れ、理性を保ち続ける誠斗。その手は爪が掌に食い込み、血を流していた。
まさかここで宿敵の憎き相手に会ってしまうとは思わなかった誠斗は、目の前の男へ底知れない怒りを秘めた視線を向けるのであった…。
こんな場所で出てくるなよ!!
誠斗が壊れなければいいんだけど。物凄く心配だ…。