半泣きで気絶する泰ジイの身体を揺さぶって声かける椿は目を覚まさない泰ジイに必死に謝っていた。泰ジイはどうやら打ち所が悪かったらしく、頭に大きなたんこぶを作って、未だ意識がなかった。誠斗はこの状況を打開するべく、泰ジイに再び点穴をする。今度は快楽点ではなく、かなりの激痛を起こす刺激点を指圧で刺激する。その瞬間、あまりにも大きな衝撃を受けて泰ジイが勢いよく飛び起きる。
「泰ジイ! よかった!! ごめんなさい! 私、泰ジイになんて事を…!」
泰ジイに抱きつき、号泣し出す椿に泰ジイは何が起きたか理解できないまま、「大丈夫じゃ。」と答えた。
「それにしても、ジジイは頑丈だな。普通はあんなの喰らったら、死んでるぞ?」
ようやく状況を理解した泰ジイは頭を抱えながら自分が見た話をする。
「いや、なんというかの。何もない所で立っていて歩いていると、目の前に川が現れて、川の向こうから儂を呼ぶ声がしたんじゃ。よく聞き取れんかったんで、川を進もうとしたら、後ろから椿お嬢様とお主が迎えに来てくれて、気が付いたらこうじゃったんじゃ。」
「ジジイ…。それは一歩踏み出していたら、文字通りの天国行きだわ。もう帰れんかったかもな。」
「そんなっ!! 泰ジイ~!! もうどこにも行っては駄目!」
誠斗の言葉を本気にした椿は一層泰ジイを強く抱きしめる。それを嬉しく思う泰ジイは抱きしめ返そうとしたが、誠斗の鋭い視線と泰ジイの腕を掴む握力がそれを許さなかった。
(相変わらず、融通がきかんの。)
(こっちは我慢してんだよっ! 下心満載で触んじゃねぇ! ジジイ!)
睨み合いながら心で会話する二人。そこに道場へ新たに来客が現れた。
「何か面白そうなことをしているね。 何してたよ?」
「貴臣! 大変なの! 泰ジイに漬物石が当たって…、泰ジイが…!」
「?? 泰正老師ならそこに起き上がっていますけど?」
「今、意識を取り戻したの!」
「大体、そうなったのはお嬢が投げたからでしょ。その怒ると周りの物を投げつけるのは止めません?そろそろそれで死人が出ると思いますから。俺を死ぬのはごめんですし。」
「誠斗は死なないわよ! というより、誠斗がからかうからこうなったんじゃない!?」
誠斗と椿のいつもの口喧嘩が始まり、それを見学する貴臣のいつもの図が展開している中、泰ジイが貴臣に尋ねる。
「ところで、貴臣様はどうしてここへ?」
「いえ、私も泰正老師に会いたくて。任された仕事も終えましたので、来てみたら老師が来ていらっしゃると聞き、久しぶりに老師の御指導を承りたいとも思いましたので、ここへ来ました。」
「…そうか。しかし悪いの~。先程誠斗と組み手をしたんじゃが、その時にぎっくり腰をしてしまっての~。もう大丈夫だと思うんじゃが、さっきの漬物石の件もあるし。今日はもうお前の指導は無理じゃわい。すまんかった。」
「そうですか…。それは残念ですが、理由が理由ですし、仕方ないですね。」
気落ちする貴臣に老師が提案する。
「じゃから、誠斗と貴臣様で模擬選をしてみたらどうじゃろうか?儂が審判をしよう。どちらかが一本決めれば勝ちという事で。」
ニヤッと野獣のような目つきと表情をし、それが人を引きつける魅力を持った笑みを浮かべた泰ジイに貴臣も同じ表所となり、模擬戦を了承する。誠斗は聞かずもがな。
「これより、誠斗と貴臣の刀一本模擬戦を行う。どちらかが一本取れば、勝者となり、模擬戦終了となる。」
泰ジイの宣言に誠斗と貴臣は頷きで返し、互いに向き合って、一礼する。
「では…、はじめっ!!」
泰ジイの合図と同時に誠斗が高速で前進する。そのスピードを利用して、木刀を縦に一閃入れる。しかし、それを貴臣は後ろに後退し、鼻先ギリギリのところで躱す。それを読んでいた誠斗は一閃を入れている途中で木刀を前に突き刺した。普通は攻撃途中に刀の筋を変えるのは難しいが、誠斗の動体視力と俊敏な反射神経の動きがそれを可能としている。貴臣は更に後退し、誠斗と距離を取るが、それを誠斗は追い立てる。一直線に迫る誠斗に貴臣は横に避けながら、誠斗に木刀を横一閃を放つ。だが誠斗はその一閃をタイミングよく宙返りする事で躱す。
泰ジイと一緒に模擬戦を見学する椿は再び一定の距離を取る二人を感激と心配の眼差しで見ていた。二人の戦いは見ているこっちもどういう展開になるか解らないほど鮮明で、魅せるものだった。そんな戦い方をする二人の視線は真剣そのものだった。泰ジイとの組み手の時の誠斗は組手自体を楽しんでいたけど、貴臣とのこの模擬戦では集中していた。貴臣も誠斗を見据えて、次の手を考えている。椿はこの模擬戦が続けばいいのにって思った。
そんな椿の思いも二人にもある訳で、互いの力量を改めて感じていた。
(貴臣のやつ…、刀の使い方随分見ない内に良くなっている…。相当稽古してきたのか…?)
(誠斗も刀と一体化しているようにこちらの隙を攻めてくる。 昔から強かったけど、更に手強いな~。)
しばらく見つめ合っていたが、同時に足を踏みきって、木刀を交える。それからは木刀で攻撃と防御を互いに繰り出す。貴臣は時に、誠斗の顔に目掛けて突き出す。それを首を傾けて避ける誠斗。誠斗は時に、貴臣の肩に突き出し、それを軽く体を反らして躱す貴臣。互いに掠りながらも、一本取るまでがこの勝負の決め手。木刀で交差の連続をする二人。この状況の流れを変えれば、ついに決着がつく!
そして先に動いたのが、貴臣だ。木刀を交えた瞬間、手首を捻って誠斗の木刀を弾き飛ばし、宙に舞う。手に木刀を手放された誠斗を貴臣が止めの一撃に、大きく木刀を振り下ろす。いや、下ろそうとした。
手持無沙汰になった誠斗はそのまま身体を後ろへ倒し、手を床についてバク転する。バク転した誠斗の足の爪先が貴臣の顎を直撃する。顔を上に向けられた貴臣が次に正面を見た時は、誠斗の姿が見当たらなかった。貴臣の視線を外させた誠斗はバク転の着地と共に屈伸して回転の衝撃を瞬発力に変えて、貴臣の横腹を横回転ですり抜ける。貴臣が誠斗の姿を見失ったときには既に背後に回っていた誠斗は先ほど、貴臣に弾き飛ばされ、重力で落ちてくる木刀を宙で捕まえ、貴臣に思いきり一本決めた。
背中から一撃を受けた貴臣は前のめりに床に倒れこんだ。
「そこまでっ! 勝者! 誠斗!!」
模擬戦終了と勝者を告げた泰ジイは二人の元へ歩く。その後ろを椿が走りたいのを抑えているという足取りで歩く。
「二人とも、いい勝負じゃった。 強くなったな。」
「いや~、こっちもいっぱいだったからな。何とか勝ったって感じかな。」
床に手をついて立ち上がる貴臣は拗ねた顔をしていた。
「また誠斗に負けてしまいました。『今度こそはっ!』って思ってましたのに。
…悔しいです。」
「そんな事ないぞ。前に模擬戦した時よりかなり強くなってたからな。あの時も身のこなしはよかったし、あと少し長引いていたら、そっちに持っていかれたかもな。」
一か月前の椿を助けた時の事を思い出し、今日の模擬戦の戦いも考慮した見分を貴臣に話す誠斗。誠斗はこういう稽古の時は助言や見分も辛口になるが、自分の腕についてくる貴臣にはそれを発揮しない。いつもすっきりとした顔で貴臣と接する。
そのことを知っている貴臣は心から褒めてくれていると理解している。それが照れくさく、頬を搔く。
「あ、ありがとう。 でも、誠斗は最後の僕の攻撃…。読んでいたんだよね?だから、わざと木刀を飛ばされて隙を作り、それを僕が攻めるように仕組んだ。そうだよね?」
「…………ふぅ。 お前には敵わないな。」
そういいながら、貴臣に手を差し伸べる誠斗。その手を見つめ、貴臣も微笑を浮かべ、手を握り返す。模擬戦の健闘を互いに称える握手をする。この時、椿は二人に築かれた絆が確固たるものだと直感した。この二人なら何かあっても大丈夫。そう思える絵図だった。
模擬戦を終え、もう夕暮れにもなったため、今日はお開きとなった。
椿に夕食の誘いをもらった貴臣だが、まだ仕事が残っているからと屋敷を後にする。
帰路に走る馬車の中で貴臣は窓からの景色を意味なく見つめながら、心の内で今日の事を考えていた。
(まだ僕は誠斗には敵わない。 勝ちたい…。 だから…)
「今度は負けないよ…。 誠斗…。 武術も、椿も。」
貴臣以外誰もいない馬車の中で誠斗への対抗心を燃やす貴臣だった。
優しいほんわかな貴臣が男を見せるとは! 男の友情だね!