新月のある真夜中、人々が寝静まった港町に一隻の船がゆっくりと船の停留場に到着する。国籍不明のその船から船員と思われる男達が数人降りてきて、辺りを見渡し、そのまま警戒に入る。その内の一人が船に旗を振って合図を送ると、船から次々と人が降りてきた。後から降りてきた者達の手には大きな木箱が担がれていて、それを外に運び出していく。大量に運び出されるその箱を皆慎重に扱って、近くの倉庫街に移されていく。そんな行動をする人たちの中、一人だけそれを観察する者がいた。
その者は顔を布で覆っていて、顔までは見えない。体型も上からすっぽりとコートを被っていて分からない。謎に包まれたこの者は、この集団の中では最も異質で、統率している者なんだろう。しばらく作業を見た後、この場を離れ、少し先にある港の警備小屋に向かう。
いくら真夜中でも交代制で港を巡回する事が決められているから、警備員がいるはずである。そして、まさに今この時が巡回時間だった。しかし、港には警備員がおらず、先程の男達が木箱を運び入れているだけだ。
その巡回する警備員は警備小屋にいた。ただし、一人は包丁を持って立っており、もう一人は大量の血を流して床に倒れていた。
そこに顔を布で覆った者は入ってくるか悲鳴を上げるどころか床に倒れている警備員を見向きもせず、むしろそれが当然であるとでもいうかのように近づかずに包丁を持つ警備員の方に話しかける。
「予定通りだ…。 これが報酬だ…。」
目の部分以外は布で覆われているため、曇った声だが声質が低く、体の芯まで届く太い冷淡な声だった。その声で話しかけられた警備員は自分が犯した罪を目の前にして、さっきまで怖気づいていたが、報酬だと言われて渡された風呂敷の中身を見る事で、感覚が麻痺し出し、これは正しかったのだと自分の罪を正当化した。
その風呂敷の中には数年は働かなくてもいいような金額の札束が入っていた。札束を手で触れ、本物かと実感する警備員に顔に布を覆った者…、声からして男が問いかける。
「いいか。お前はそこの奴と女の事で揉めていた。そして口論になり、咄嗟に殺してしまった…。自警隊にはそう話しておけ…。もし、漏らした場合は……」
「いえ! 大丈夫です! できます!」
腰にした刀の柄に手を置き、少し鞘から抜く。抜かれた刀の刀身が少し見え、小屋の灯りに反射して光る。それに慄いた警備員が自らの身を守るために誓う。命乞いも含め。
その返答に抜いていた刀を元に戻す。そして警備員に渡していた風呂敷を回収する。もちろん警備員が持っていた札束も回収する。名残惜しそうに見つめる警備員に顔を布で覆った…、覆面の男は機嫌悪そうに話す。覆面の男にとっては演技であるが。
「これはお前の妻に渡すものだ。これからお前は捕まり、しばらくは暗い牢の中だ。その間、これは必要ないだろ?刑を終えたら、思う存分使う事だな…。」
「はい!! そうします!」
こうして覆面の男は警備小屋を後にする。警備員はこの後、彼らが港を去ってから自らの罪を告白するため、自警隊が駐屯する民家兼派出所に出頭する手はずになっている。
木箱の積み荷を降ろし終えたと部下らしい男から報告を受け、撤収の合図を覆面の男が指示する。部下らしい男以外は全員乗ってきた船に乗り込み、船を出向させる。そしてそれを見送り、覆面の男はその部下を付き従わせ、まだ夜が明けない港町を歩きだす。
(あの警備員…、馬鹿な奴だ…。 簡単に欺かされて、いいように手の平で踊ってくれた。 後もう少しは働いてもらおうか)
覆面の男は心の内で盛大に嘲笑っていた。彼が吐いた本音がそれを物語っていた。
覆面の男は警備員に話した通り、その警備員の妻にお金を渡すつもりが一切なかった。そんなことをすれば、妻に顔を覚えられる疑いがある上、今の姿のように正体を隠せばもっと妻に印象を与え、こちらの正体がばれてしまう。自ら危ない橋を渡るのはごめんだ。
・・
そしてあの警備員は用事が済めば、処分する算段だ。刑が決まるまでは家族との面会もできん。妻はただ夫が同僚を殺したと信じたまま、哀れもない姿を目にすることになる。男も妻から何も聞くことなくすべてが終わる。
覆面の男は自分の卓越した計画の終結した光景を目に浮かべて、声を押し殺しながら笑い、闇へと消えていった。
その早朝、平和的で豊かで栄える港町で、真夜中に起きた殺人事件がそれを捜査した自警隊によって港町中に徐々に広まっていった。
覆面の男…。絶対の自信があるとこが凄いわ。