港町で起きた殺人事件。争い事もそれほどない平穏なこの町に起きた事件にだけあって、人々は衝撃的にこの事件を受け止めていた。
そして彼らと同じようにこの殺人事件を衝撃的に受け止めている司は地方新聞の一面に大きく記載されている事件の記事を書斎の机の上に広げ、眉を顰め見つめていた。いや、確かに司はこの事件を重く受け止めている。彼が経営し、管理しているこの港町でこのような事件が起きたのだ。責任者としてこの事態を収拾する必要がある。しかし、町の人々のように事件に対し、恐れや関心を持っているわけではない。
この殺人事件がどうしても心をざわつかせるのだ。このままにすれば、取り返しのつかないような出来事になる予感が…。
(やはり、あの時、私があんなことをしなければ…。)
司は必然的に昔の事を思い出して、嘆いていた。そこへ書斎室の扉にノックが入る。
『司様。誠斗です。お呼び出しに応じ、ただいま参りました。』
扉の向こうから誠斗が声を掛ける。誠斗の声に現実に舞い戻った司はいつもの温厚な微笑みを浮かべ、入室を許可する。許可を得た誠斗は扉を開け、一礼した後、司の表情を見て、急に真剣味を帯びた雰囲気になり、扉を閉める際も誰かそばにいないか確認して閉める。そして、書斎椅子に座っている司の所まで何事もないようにいつもの歩調で歩く。誠斗が目の前に着いたのを確認した後、気楽にするように言う。その命令を受け、いつものように力を抜く。ただし、神経だけは働かせておく。
「それで…、どのようなご用件でしょうか?」
「いや、最近私が屋敷にいる事がほとんどないからね。椿の事がどうしても心配で…。
あの子の調子はどうかな。」
「健康そのものっすね。 暇さえあれば庭園で散歩されたり、料理をしたいといきなり作り出したりとやりたい放題ですよ。まったく、華族のお嬢様らしくもう少しお淑やかさを身につけた方がいいと思いますけどね~。」
「はっはっはっ。 元気そうで何よりだ。まぁ、一応お嬢様としても礼儀等は出来るようにしているし、自由にさせておいていい。」
「司様は相変わらずお嬢に甘いっすよ。」
「椿だけではない。私は誠斗も本当の息子のように思っている。誠斗が私の跡を継いでくれたらと今でも思うよ…。」
「………それは無理ですよ。 俺は華族ではないし、ただの使用人ですから。でも、息子だと言っていただけたのはありがたいですよ。」
「…そうか。では前置きはこれくらいにして。少し世間話をしよう。」
そういうと、机の上に置いていた新聞を誠斗の方へ置き直す。誠斗はちらっと見るだけで、すぐに司を見る。誠斗はこの書斎室に入った時から、用件を把握していた。あくまで確認と司の詳細説明を聞くという意思表明をしただけだ。それを理解した司は本題に入る。
「誠斗も知っていると思うが、5日前の真夜中に船の停まり場の警備小屋にてその日の当直で警備をしていた警備員が同じく当直だった同僚を殺害したという事件が起きた。」
「ええ、それは周知の事実ですね。 何でも女の事で揉めた末の口論から縺れて、逆上してしまい、思わず殺害してしまったと供述しているみたいっすけど。」
「動機まで知っていたか。まだ新聞には書かれていないんだかな。」
「初動捜査をした自警隊の皆から聞きました。みんな、この事件に驚いていましたが、手柄を上げる機会だと張り切ってましたよ。あれなら、現場検証もしている事でしょう。」
自警隊から手に入れた情報を話しながら、彼らが自棄に張り切っていた事を思い出す。だが、それを聞いた司が眉を少し顰め、ため息を落とす。
「……本当に捜査されているならいいがね。自警隊が初動捜査した後、神戸の警察が訪ねてきた。『捜査はこちらが受け持つ』とね。」
「……それで?」
誠斗には司が何が気がかりなのか理解できた。それで、呼び出したのかと。
「誠斗にはもう全てお見通しだと思うが、彼らが来たのはその事件が起きたその日の昼だ。いくら応援を受けてきたとしても、その日の真夜中の間に事件が起き、まだ事実関係も把握できていない状態から捜査の引き継ぎを求めに来た。
おかしいと思わないかね?」
「つまり司さんは彼らが何かの理由で、この事件を早期解決させたがっているとみて、その意図も含め、この事件を俺に捜査してほしいとそうおっしゃりたいのですよね?」
司の考えを全て汲み取って確認する。誠斗にとってはこういう仕事は初めてではない。陰から捜査をし、真相を突き止めてきた。そして、その経験と直感から誠斗もこの事件に違和感を感じた。
誠斗に依頼したい事を全て言われ、咎めるどころが、満足そうに頷く。
「そうだ。今回は嫌な予感がする。この事件は徹底的に調べてみるべきだと判断した。誠斗、頼めるか?」
「お安い御用ですよ。 これくらいしかお役にたてませんからね~。
ところで…、お嬢はどうします? 俺が離れるとなれば…」
誠斗はこの屋敷では椿の使用人兼護衛だ。司の仕事で離れるとなれば、何が起きるかわからない。あの時みたいに抜け出すかもしれない。
誠斗の心配事もその通りで、困った顔で頭を搔くと、司は問題ないと誠斗の悩みを一掃する。
「椿には休みが取れないくらいの稽古を積ませてある。それなら、稽古で招いた教授が君の代わりに見ている訳だし、抜け出す暇がないくらいに励んでもらった方が知識も増えて、私は嬉しいよ。」
「さっき、自由にしておくっとか言ってませんでしたっけ?
まぁ、そっちの方がありがたいんで、あまり言いませんけど。仲介する俺の身にもなってください。」
「いつも感謝しているよ。 だが、それでもぜいぜい昼間は数時間ほどしか時間はやれないが。」
「大丈夫ですよ。…何があれば、動きが見えるのは大体日が沈んでからです。それなら、時間は確保できますし。」
「……なら、この事件の捜査依頼を正式に頼む。 無茶はしないでおくれ。危険を判断したら手を引くように。これは絶対命令である。もちろん、この事は私と誠斗しか知りえない事だ。他人には話さず、極秘で行うように。」
温厚な表情が先を見据え、表情を引き締める。
誠斗は司の命令を受け、頭を下げ、跪く。
「御意。」
戦国時代、大名に仕える家臣のように忠誠を誓う雰囲気のように、この時、書斎室には緊張感が広がっていた。
誠斗が極秘任務!!