無実の罪で牢に入れるわけにはいかないからな~。
誠斗が健介に真実を話した数日後、健介は釈放された。
新聞でもいきさつを報じられ、健介に対する町の人々は共感を覚え、健介に謝る者や無事に出てきた健介に嬉しがる者もいた。
ただし、新聞には船の停まり場で悪事を働いた彼らの事は書かれておらず、自殺の動機は貯めたお金を遺産として残し、それを梅子の手術代に使ってもらうためだったと事実を少し歪めて情報提供した。彼らの事を知っているのは、健介と誠斗、司に彼ら自身だけだ。
なぜこんな事をしたかというと、もちろん健介と梅子の命を守るためだ。本当の事を報じれば、彼らが口封じで殺しに来るのは必然的になる。もちろん何も知らない梅子も道連れになるだろう。それは公昭も望んでいない。
こうなる事も考えていた公昭が遺書の中にそのための別の遺書を書き、自宅の机の引き出しに入れている事も記していたため、それを手に入れて、証拠として自警隊に渡しておいた。
あと、誠斗が凶器?となった包丁を調べたところ、包丁の柄尻に血で着いた親指の指紋を見つけた。これを更に証拠として処理した。
普通、包丁で刺そうとするとき、他殺ならしっかりと柄を握るから指の指紋は全て柄についていなければいけない。しかし、自殺の場合は自分を指す時、包丁を持つときは逆手になってしまう。そのため、包丁の柄尻に親指が付いたのだ。実験でも同じようになったため、有効な証拠として自殺を裏付けた。
その事で新聞でもそれが考慮され、健介の釈放が認められたのだった。
釈放された健介が真っ先に向かったのは、もちろん梅子が入院している診療所だった。
必死に健介の無実を訴え、再捜査をお願いするために床から身体を起こし、痛む体を引きずりながら動いた梅子の事を誠斗から聞かされた時、健介は早く梅子の元へ行きたいと釈放されるのを待ち焦がれていた。そして釈放後は全力疾走で診療所にまで走る。
診療所について、梅子のいる病室に行った健介は勢いよくドアを開ける。
「梅子っ!! 大丈夫か!!」
息を切らしながら叫ぶ健介の目には梅子がベッドに横たわる姿を映しだした。
ガタガタと震える足をゆっくりと進ませ、ベッドの脇まで近づく。そして覗き込むようにして梅子の顔に自分の顔を近づける。
目を閉じて眠り続ける梅子の頬を優しく手で撫でる。その感触に健介は一筋の涙を流す。再び触れた梅子の体温と肌に安らぎを感じる。そんな健介の撫でる感触と声に梅子は目を開ける。
「梅子…。俺だ。健介だ。」
目を開けた梅子にそっと話しかける健介。その声を聞いて、ゆっくりと首を動かし、健介の顔を見る。
久しぶりに見る健介の顔に驚きと嬉しさが織り交ざった表情で微笑む梅子も涙を流す。
「ケンちゃん…だ~。 ケンちゃんがそばにいる…。」
愛しい夫の顔を見て、ほっと安堵し、梅子も健介の頬に手を伸ばし、触れる。
互いに見つめ合った後、健介は身体に差し支えないように梅子の身体を抱きあげ、抱きしめた。梅子も号泣しながら、健介の背に手を回し、抱きしめ合う。
「ケンちゃん、よかった…! 」
「梅子、ごめんな。俺のために…こんな…!」
「ううん、いいの! 私が決めた事だもの。 後悔だけはしたくなかった…。」
「梅子…! ありがとう…。」
さらに強く抱きしめ合い、お互いの存在を確かめ合う。
その夫婦の姿をドアのそばで壁に背をあ透けて見守っていた誠斗はこれ以上は野暮だと音を立てずにこの場を去った。
あの二人が今後も一緒に歩んでいけるように願って、診療所を後にする。
★★★
屋敷に戻った誠斗は司に健介と梅子の報告をしていた。
「…以上です。」
「ご苦労様だったな。 後処理までしてもらって助かった。」
「いえ、自分もあの二人の事は気になっていましたし、そばで無事を確認できてよかったです。」
誠斗は梅子が倒れた時に応急処置をしていた事で、診療所の前に取材をしようとする新聞関係者を差し置いて面会許可を得たのだ。
「それより、司様にはお礼を言わなければいけません。ありがとうございます。」
「あれくらい大した事ではない。 むしろこの町を支えてくれる者を助けるのは当たり前だ。」
手を振って、お礼は不要だと笑いながら却下する司。
「しかし、いくら司様でも、梅子さんの手術代と医者を呼ぶのは大変だったのでは?」
そう、誠斗が言ったとおり、梅子は倒れた後、命に危険がある状態を続けていたが、誠斗が健介の面会に行った夜に、腕のいい知り合いの医者に手紙を出し、協力を要請し、梅子の手術費用も支払ったのだ。
そのおかげで、梅子は手術を受け、無事に一命を取り留める事が出来た。
「人脈を使うときはこういうときでないと私は使う事はないからな。少しはこの港町の経営管理者として救えただろうか…。」
「司様はいつも町の人々を守っていますよ。それは町に行けばすぐにわかる事です。あなた様も愛されるべき存在の方ですから。自信を持っていいと思いますよ?」
自虐するような言葉を司が口にしたため、誠斗は事実を言う。
司は「そうか…。」と呟き、礼を言った後、誠斗に仕事に戻るように命じ、誠斗は一礼してから退室した。
誠斗の姿が消えたのを確認してから、司は机に肘を立て、口を覆い、考え込む。
(誠斗に言われたよ…。昔君が言った事と同じ事を…。
少しは君に近づけたかい…? 正義…。)
司は誰もいない書斎室にてある人物に話しかけた。
書斎室を後にした誠斗は椿が待っている私室に足を運び、またガクガクに舞を踊る椿を想像しながら笑顔で日が差し込む廊下を歩き、私室に向かった。
だが、その一週間後にあんなことになるとはこの時は知らなかった…。
やっと穏やかな日常に戻れる~…。とおもう。