私は参加するなら、多分食い意地を通すだろうな…。
港町から馬車で山道や脇道を進んで3時間経った正午近くになってついに司と椿一行は神戸の中心街に着いた。まずは荷物を置くため、神戸に司が所有している立派な煉瓦式の屋敷の別宅に行き、馬車から荷物を運び出す。もちろん、運び入れるのは使用人の仕事。今回は司と椿の他に、若林執事、椿の世話役メイド、そして誠斗がお供をしていた。そしてこの中での人選で言うと、力仕事が可能なのは必然的に誠斗となった。
若林執事は今日の予定と用意する物を司と相談中で、椿の世話役メイドは屋敷の掃除をさっさと始める。すると椿だけが暇を持て成しており、若干拗ねた顔で待つ。いつもは休憩も取れない稽古が続くと、暇が欲しいと思うが、こうも暇を持て成していると却って落ち着かない気持ちになり、何か手伝おうと声を掛けるが、「「ゆっくり休んでいてくださいな(よ)。」」とメイドと誠斗に言われてしまった。
そして、ようやく屋敷の掃除と荷物の運び入れが終わり、しばらくの付き合いとなる椿が使う部屋の窓を思い切り開け、椿は新鮮な空気を吸う。
「う~~~ん!!港町とは違った新鮮さを感じるわ! それに耳を澄ませば、町の人の声が聞こえてくるわ!最高の日だわ~!!」
浮き足立つ椿は今にも踊り出しそうに鼻歌を歌って、ご機嫌だ。
そんな椿を見て、誠斗は嬉しそうに微笑する。誠斗も今回の椿が舞踏会とお茶会への参加は賛成していた。椿は年頃の娘だが、学校にも行っていないため、友達はいない。女友達を作るいいきっかけになると誠斗は考えていた。いくら、誠斗が傍にいても、手に負えない案件もあったりするからだ。例えば、女性用の服の話とか…。
…とにかく、そういう訳で今日の舞踏会の前に行われる華族身分の御曹司とお嬢様による親交会ならぬお茶会にて友達を見つけるため、早速椿は世話役メイドと一緒に衣装に着替える。今回のお茶会では女性は和装での出席と決まっているらしく、椿の荷物は舞踏会で着るドレスとは別に用意してあり、一番荷物が多い事はこの際目を瞑るとしよう。
和装に着替えている間、男子禁制となった部屋の前の廊下で神戸の中心街の地図を広げていた。今回のお茶会の開催場所はこの神戸を中心に権力を見せつけている華族、藤井正造(ふじいしょうぞう)の本宅にて開催される。
そこまでの道のりを頭に叩き込み、必要なものを巾着に入れ、椿の着替えを待つ。
それから数十分と待たされる誠斗は日頃から慣れているとはいえ、椿の身支度がかかりすぎる事に若干苛立ちが芽生えてきた時だった。
やっとドアが開き、文句に一言でも言っていいだろうと口を開いた誠斗はドアから出てきた椿の格好に言葉を失くす。
桃色と淡い黄色、白が混合し、花々が煌めかに描かれて、金箔も輝く着物とその着物を引き立たせる濃いめの緑の袴で袖や首元から見える色白な肌を更に際立たせていた。そして、くびれで袴の紐を締めているため、豊かな胸がより引き締まったように見える。
まだ幼さがありながら、女性らしい風貌と色気を兼ね備えた和装になっていた。
そんな椿をしばらく我を忘れて見惚れる誠斗は照れて顔が赤くなり、口元が緩む。それを隠すために手で口元を覆ってごまかす。
その時に誠斗はこっそりと「似合ってるじゃん…。」呟くがその言葉は誠斗以外には聞こえなかった。
椿の方も照れながらチラチラと誠斗を見る。何か言いたそうだという事を察した誠斗は自分の心情をとりあえず横に置いて、椿が言いたい事を言わせないようにする。
「へぇ~、お嬢にも”馬子にも衣装”って言葉がぴったり当てはまるんですね~。」
「もうっ!!なんでそうなるのよ!」
てっきり褒めてもらえると思ってたのに、意地悪言われるなんて思ってなかった椿は憤慨する。しかし、誠斗にはそれは通用する訳がなく、
「だってそうでしょ?日頃からそんな高価なものは着ませんし、慣れないながらも一生懸命着たのは理解できますよ。ただし!今回は時間をもう少し考えてから準備していただきたかったですね。」
と、憤りを含めた口調で早くしないと遅刻ですよ?という意味も込めて話す。
その意味に気づいた椿は一気に顔を蒼白になり、誠斗に恐る恐る時間を聞く。
「…お茶会の時間まであと半刻といったところですね。本来ならもっとゆとりがあったんですが。ハァ~~~…。」
呆れている事を隠そうともせず、盛大にため息を吐く誠斗に慌てて椿はお願いする。
「ご、ごめんなさい!次は気を付けるからっ!!だから、お茶会に間に合うように私を連れて行って!!」
必死にお願いする椿をはいはいと返事しながら、先程見ていた地図と残り時間を計算し、最短ルートを頭で見つけ出す。
そして、誠斗は椿を連れて外に出る。それから、庭でまだ神戸での生活で必要な手続きを話している司たちに挨拶をしてから、誠斗は椿に頭を下げる。
「お嬢、申し訳ありませんが、お嬢の命令を遂行するためには少々荒々しい事をしないと間に合いませんので、許可をいただいてもよろしいでしょうか?絶対に傷や汚れ等はさせませんので。」
とあらかじめ断りを入れてくる誠斗に今は時間通りにお茶会に出席する事だと考えている椿は即答で、
「お願いっ!! それでいいからとにかく連れて行って!!」
と涙を目に溜めて必死に願う。
椿の許可を経て、「では…」と椿を軽々とお姫様抱っこすると、とても人を抱えているとは思えないほどの身のこなしで、柵を登り、木を伝って、隣の屋敷の屋根に登る。
椿はある事を考え付き、誠斗に問う。
「誠斗…、もしかして、屋根を渡っていくの?」
「ええ、そうですよ?これだと人込は気にしなくていいですし、早いですから。」
と微笑を浮かべ、屋根を上を駆け出した。
「さぁ!!お嬢!! しっかり捕まっていてくださいよっ!!」
大胆だけど、こういう事されてみたいかも…!