舞踏会も終え、短かった旅行も終え、港町に帰ってきた椿たちはいつもの日常を送っていた。
椿はいつも通りに習い事、誠斗はいつも通りに椿の護衛…。
だけど、和気あいあいと楽しそうに勉強する椿の様子はいつも通りじゃない。
それどころか、次の稽古の先生が来るまでの間、ずっと鼻歌を楽しそうに歌い、予習をするのだ。いつもだったら、休憩時間が少なすぎる~と文句を言って、誠斗にあたるのに、それが一切ない。寧ろ、誠斗が目を丸くして椿を見ていると、それに気づいた椿は満面の笑顔で微笑み、
「今日はいい天気ね!!」
と声を掛けると、また鼻歌を歌いながら、読書する。
屋敷に戻ってきてから、ずっとこの調子だから、誠斗はどうすればいいのか戸惑いを隠せずにいた。
その後、稽古も終わり、ティータイムになった時、椿は紅茶を準備する誠斗を待ちながら、窓辺に顔を出し、山の麓に見える港町を見続けていた。いや、正確にはその港町からこの屋敷までの道を。
「…お嬢、紅茶の準備ができましたよ。冷える前にどうぞ。」
準備を終えた誠斗が椿に声を掛けると、振り向かずに持ってくるように告げる。言われたとおり、窓辺にテーブルを置き、その上にカップやポット、洋菓子を置き、カップに紅茶を注ぐと、外に目を配らせながら、紅茶を堪能する。しかし、再び窓の外が気になり、外を見つめる。その頬には若干桃色になっている。
誠斗は椿が何で窓の外を眺めているのか気づき、唇を少し強く結んだあと、椿には聞こえないようにそっと息を漏らす。そして、いつものようにからかってみる。
「そんなに窓の外を見て、誰も待っている事やら。貴臣様なら今日も忙しくてこれませんよ。」
「!!! だ、誰も貴臣を待っているなんて言ってないわ!!」
「おや?俺は『貴臣様なら今日は忙しくて来れません』と言ったんですよ?貴臣様を待っているのですか?なんて一言も言ってませんけどね~。」
「だましたわね!!?」
「だますも何もお嬢が勝手にそう思い込んだんですよ~。」
「もう!!誠斗の馬鹿~~!!貴臣じゃないんだから~~!!」
「おっと…。お嬢が怒った~。ははは!そっちの方がお嬢らしくていいですよ~~!」
「失礼よ!誠斗!!あなたは知らないだろうけど、この私を可愛いって愛してくれる人だっているんだから!!」
「…へぇ~。誰です?」
さっきまでからかって、含み笑いをしていた誠斗だが、椿の言葉で真剣な表情になる。その変化に戸惑いつつも、椿は頭の中にあの夜、仮面をしていた貴臣の事を思い浮かべる。それと同時にあの時の出来事を思い出し、顔から湯気を出し、照れてしまう。
「誰だっていいでしょ!? 誠斗だって知っている人なんだから!!とにかく私の事はほっておいて!!」
茹で上がる顔を手で押さえて、冷まそうとする椿。
そんな椿を誠斗は無言で近づき、椿の顔を持ち上げ、瞳を覗き込む。
「…まだ話は終わってませんよ、お嬢?
お嬢はそいつの事が好きなんですか?」
「な、何を聞いて…!!」
「どうなんですか? そいつに愛されているから好きっていうんですか?」
「違うわ!!」
「違う?何が違うというんです?」
椿の瞳を狼のような片目で見つめる誠斗に椿は何が何だかわからず、ただ聞かれたことに答えていた。身体が震え、怖さを感じた。自然と後退り、壁に背中がぶつかる。
誠斗は質問責めしながら、椿の顔の横を手で壁をついて、逃げ場をなくす。
(誠斗、どうしちゃったの…? もしかして…、怒ってる?)
誠斗が何で怒っているか分からない。
でも、目の前の誠斗から逃げる事も出来ず、問いかけてくる誠斗に彼への…想いを正直に話す。
「私ね、あの舞踏会の時、抜け出して、ずっと待っていた彼と再会したの…。
その彼と一緒に過ごす内に彼の事がもっと知りたくなった。
それで私、彼の傍にいたいって心から思ったの…!
私に隠している事がある彼に…。
私を愛おしく見つめてくれた、大事にしてくれた彼に!!
たった一時の間だったけど、私はそう想ったよ!!
これからもずっと彼の隣にいて、癒してあげたいって!!
だから、私は可愛いって言ってくれたから好きになった訳じゃないわ。私が彼を愛しているから、その想いを貫いているだけよ!!」
涙を流し、誠斗に自分の気持ちを訴える。それを聞いて、誠斗が壁についていた手をおろし、何がを言おうとしたその時、私室のドアにノックが入る。
『椿、私だ。入っていいかね?』
ドアの先から司の声が聞こえ、誠斗は司を迎えるため、ドアまで歩いていく。椿はやっと解放されたと、ほっと安堵し、床に滑り落ちそうになるのを必死に堪え、司を迎える。
誠斗にドアを開けてもらい、椿の私室に入った司に椿が用件を尋ねる。
「お父様、どうなされたのですか?」
「ああ…、椿に話さないといけない事があってな…。」
「私にですか?」
「…そうだ。椿ももう年頃だと思うし、あれなんだが…。実は、椿と婚約したいと申す者がいてな。かなり殺到していたが、どうしても椿がいいというものがいて…。
その婚約の事も兼て、今度この屋敷に来ることになっている。」
「婚約!!? だ、誰なんですか!? 私、実はお慕いしている人が…。」
「椿も知っている。
…………貴臣君だよ。」
「ええ~~~~~!!」
司からの報告で、予想していなかった貴臣との婚約に椿は驚きながらも嬉しさでいっぱいになっていた。
(つまり、貴臣が言っていた『またすぐに逢える』っていうのはこういう事だったのね…!!彼がここに来る…! 私との婚約で!!)
嬉しさで舞い上がる椿はついに私のこの想いを伝えられると喜んでいた。
「…では、貴臣君を今度、招くからそのつもりで…。良いかい?椿。」
「はいっ!!もちろんですわ!!お父様、ありがとう!!」
もう嬉しくて、うれし泣きする椿は司に抱きついてお礼を言う。
その状況に司は娘の喜びように驚きつつも、この展開に若干悲しみを滲ませる。
その一方、今までのいきさつをドア横で控えていた誠斗は驚愕と悲しみと祝福とが入り混じった複雑な表情を見せていたのだった。
誠斗~~!!
どう思うのかな、貴臣と椿との婚約! ちょっとハラハラ!!