貴臣が椿への婚約の申し込み、求婚を正式に申し出た後、屋敷を後にするため、廊下を歩いている時、窓からリンゴが飛んできて、貴臣の後頭部に見事に当たり、落ちたリンゴを片手で拾い、もう片方で後頭部を摩りながら、窓に近づく。
「椿ちゃん、もう一つ用があったから、先に行ってもらってもいい?」
「…早く来てね。待っているから!!」
少し不機嫌な表情を見せたが、貴臣の願いを聞き入れ、司と鳳と一緒に玄関口に向かう。
その後ろ姿を見届けた後、貴臣は窓の外に向かって、話しかける。
「随分と酷い挨拶ですね~。少し痛かったです、誠斗。」
「俺を無視して帰ろうとしていたので、差し入れを渡しただけですよ、貴臣様。」
窓の外には木で寝そべっている誠斗が片手でリンゴを頬張りながら、視線を貴臣に向けた。
「相変わらずだね~。じゃ、有難くこのリンゴはもらっておくよ。
ところで、どうして椿の傍にいなかったんですか?いつも一緒なのに。」
「司様が貴臣様が来ている間は椿の護衛は入らないから、休めと言われたんですよ。まぁ、婚約をお願いする令嬢の傍に俺みたいな奴がいれば、変な勘繰りを考えられそうですしね。縁談が滞りそうですし。」
「そんな事はないと思うけどな~。誠斗がそんな不届き者じゃないって事は僕自身が知っているし、司さんの事だから、僕がいれば安心だと思ってくれたのかもしれないよ?」
「まぁ、俺にとっては関係のない話です。貴臣様とお嬢が結婚し、この港町を導いてくれたら、俺はいいです。」
「え~~。寂しい事を言わないで下さいよ~。僕たち三人はずっと一緒に暮らしてきたじゃないですか!これからも一緒は当たり前ですよ!」
腰に手を当てて、断言する貴臣。その言葉を聞いて、誠斗は寝そべっていた身体を起こし、ひょいっと木から飛び出し、窓枠に着地する。そして窓枠でしゃがんだ後、貴臣の顔を覗き込む。
「何ですか?誠斗…。顔が近いですよ~。」
急に近くなった誠斗に戸惑いながらも、笑顔を絶やさずにいると、誠斗がぽつりと呟く。
「俺は、お嬢と結ばれるのは貴臣様しか認めないけど…。」
「え、なんて言いました?」
「……婚約、おめでとうございます。貴臣様。貴臣様が司様の後継者になられましたら、俺は貴臣様の使用人としてお嬢と貴臣様、二人をどこまでも支えていきますよ。」
そう言って微笑む誠斗の顔には心からの祝福が込められていた。
その表情を見て、貴臣は誠斗の肩に顔を埋める。
「それは…、ありがとうございます。…嬉しいです。」
一言ずつに気持ちを入れ、お礼を言うと、貴臣はその場を離れた。
去っていく貴臣の姿を見送った後、誠斗は屋根へと上り、玄関の方を見る。そこには司と椿が男性と今到着した貴臣を見送っていた。
馬車で帰路に着く様子を見続けていた誠斗は物思いに耽っていた。
(ついにこの時が…、来たな~。心の準備ってやつはしていたけど、やはり辛いもんだな~…。でも…
貴臣なら、椿を任せられる…。俺が認めたたった一人の男だからな…。)
胸の静かな痛みを感じながらそう思い、貴臣に椿を託し、自分が二人の幸せのために傍で支える事を誓ったのだった。
(そういえば、貴臣の隣にいたあの男…、どこかで会った記憶がある。だが、思い出せない…。どこだった?)
人の顔は一通り覚える誠斗だが、貴臣の父親、鳳不二生についてモヤモヤするような違和感と嫌悪感を感じていた。
一方、馬車の中では、貴臣が誠斗からもらったリンゴを見つめていた。
「貴臣、どうした?リンゴなんかを見て、笑いやがって。まさかあの御嬢さんからもらった物か?」
鳳が仕事の書類に目を通していた顔を上げ、貴臣に話しかける。
「ううん、友からもらった餞別です。」
「……そうか。だが、それよりも儂が背中を押してやったんだ。何としても次で物にしてしまえ。どうやらあの御嬢さんもお前に惚れているようだしな。」
「はい、お任せを。」
鳳の気合入れを受け取った貴臣は誠斗からもらったリンゴに齧りつき、上品に食べる。
誠斗~~!!なんて男らしいんだ!!(泣)
大好きだ~~!!