「……こんなに人がいっぱいいるのね~。」
物陰からこっそりと港町の行き交う人々をマジマジと見つめながら、感嘆の言葉を口にするのは、お忍びで港町に来た椿。港町に来るのが初めての椿は数々の店や宿舎が並ぶ町並みやそこを行き交い、楽しそうに話したりする人々の光景に目を輝かせていた。
(外に出たのは何年振りだろう…?)
まだ幼い頃、舞踏会に数回連れて行ってもらってから、ある時を境に、まったく屋敷から出る事は許されなくなって、箱入り娘として過ごしてきた椿は、久しぶりの人の活気に触れ、心を躍らせた。
「ほら、いつまでも、そんな所に隠れていないで、おいで? 案内なら僕でもできるから。一緒に見て回ろう?」
物陰から中々動かない椿に貴臣は手を差し伸べて、誘う。その手を恐る恐る握りしめ、物陰から出てみる。すると、景色が一気に変わったみたいに椿は感じた。まるで、活気溢れる港町と一体になったかのような感覚だった。それからは、色々な物を見て回りたくなっていた。握っていた貴臣の手を引っ張り、港町見学を早く早くとせがす。
こうして椿と貴臣は港町を歩き始めた。気になる建物を見つけたら貴臣が説明し、美味しそうな和菓子屋を見つければ、一緒に食べる。二人は満喫していた。そんな二人を離れた場所で見つめる人は少なくない。元々、二人は美男美女ともいえるほど、顔が整っているし、見立ち並みもしっかりしている。おまけに美女を見事にエスコートを美男がしてるため、二人を見て、羨ましがっている女性がすれ違い様に振り返って見つめたり、恋人といる女性は恋人に圧をかけてエスコートするように鋭い視線で促したりするほど、周囲から目立っていた。
そうとは知らない二人は雑談をしながら、団子を食べていると、椿がふと思い出したという表情で、貴臣に聞いてみる。
「そういえば、誠斗はどんな仕事をしているの? 知っている?」
「ああ! そうでした! 確か、今日は港に到着した貿易船の荷物卸しを手伝って、管理指揮をした後、自警隊と一緒に町を巡回して、屋敷に戻る予定になっているはずです。」
貴臣が話した内容に驚きを隠せない椿。お父様がまだ若い使用人に対し、任せる上限を超える仕事を委ねている現実とそれをやり遂げている幼馴染の敏腕さに驚愕のあまり、意識が固まった。
(もしかして、私は何も知らない…?)
いつも一緒にいた誠斗の事を知っていると思っていた椿はこの目でちゃんと見ようと心に決め、貴臣に誠斗がいるという場所へ案内してもらった。
案内された所は、港町で一番有名な庶民的料理店だった。
「この時間だと、巡回も兼て、昼食を食べているはずだよ。
ここは、誠斗のお気に入りの店だしね。僕も、一度、ここに来た事があるよ。」
「そうなの? ちょっと意外…。」
「うん。昔、誠斗と二人で来て、食べたよ~。 美味しかったな~。」
そう言って、店の中に入ると、人が大勢で溢れていて、楽しそうに友人達と会話しながら、美味しそうな料理を食べていた。屋敷では食べられないだろう料理ばかりで、椿は興味を抱いた。目立たないような奥の角枠の席で注文し、店の雇われ人が湯気が立ちこむ料理を持ってきた。
その時、かなり鍛えているであろう男性数人と一緒に誠斗が店に入ってきた。その途端、店にいた人全員が誠斗に声を掛けていった。
「おう! 誠斗!! 今日も大活躍だったらしいじゃねぇ~か!」
「すげぇ~よな! あんな奴を黙らせるなんて大したもんだわ!」
「ほんと、素敵…。」
口々に浴びせかけられる言葉に一つ一つ丁寧に答え、一緒に来た数人とカウンターに座った。椿達との距離はたった十数メートルの差。
この距離だと、話も聞こえた。
「それにしても、誠斗はやっぱり凄いな。あの外人を大人しくするもんな~。」
「そうそう、本当なら萎縮してしまいがちなのに、堂々としていて男らしかったぜ!」
誠斗の自警隊の仲間と思える人達が誠斗の今日の活躍を大声で店主に語る。
内容をまとめると、異国人に絡まれた少女を助けたらしい。
貿易のためにやってきた異国の船員で、何か食事を摂ろうと店を回っていたところ、勧誘していた飯屋の売り娘を見かけ、一緒に食べようとしきりに声を掛けていた。売り娘である少女は徐々に横暴な誘いになってきたため、助けを周囲に求めたが、異国人との遣り取りができず、困り果てていた所を巡回で通りかかった誠斗によって事和ぎを得たらしい。
「エイゴっていう異国語を淡々と話してたし、あいつ等との睨み合いで向こうが睨み負けして、目を逸らしただろう。」
「ああ、あれを見て、俺達もスカ~ッて気分が晴れたしな!」
誠斗の一躍を聞いた椿と貴臣はそれぞれ違う思いを感じていた。貴臣は尊敬の念、椿は困惑と得体の知れない念。椿は自分でも分からない気持ちでいっぱいだった。胸がモヤモヤし、誠斗に若干の怒りが芽生えてくる。そんな椿を更に男達の言葉が突き刺す。
「いやぁ~、それに、誠斗が助けたあの少女。もう誠斗を見る目が潤ってたよな。
いいね~。また惚れられているよ、羨ましいぜ。」
「そりゃ、こんな男前の奴に助けてもらえれば、誰だって惚れるぜ!俺だって、惚れそうになるもんな!」
「いや、そこは威張るな。気持ち悪いから。」
この会話を聞き、椿の心は更に揺れ動く。モヤモヤがひどくなり、さっきよりも怒りが沸いてくる。
そう思うと、身体は考える間もなく、椿の体を動かす。
いきなり立った椿に貴臣がこそっと聞く。
「どうしたの? 椿ちゃん?」
「ちょっと…、外の空気吸ってくるね! すぐ戻るから。」
そういったかと思うと、颯爽と店の外へと小走りに出ていく椿。しばらくはあの場所にいたくないという拒絶で、無我夢中に外に飛び出した。
(何よ!! 誠斗は私の護衛でしょ!?
私をほっておいて、可愛い少女は守るなんて、非常識だわ!!)
心の中で、誠斗に怒りをぶつけ続ける椿は、それが嫉妬だという事を知らない。そのため、発散せずにその嫉妬を溜め込んでいき、我を返すと、見知らぬ場所に立っていた。
知らない間に遠くまで歩き続けてしまったらしく、帰り方が分からなくなった。自分が迷子になった事に気づき、椿は狼狽え始めた。どうやら、町のはずれに来たようで、一通りは少なく、逆にどこか、物苦しい雰囲気が立ち込める。日の当たらない路地裏もあり、椿は更に不安になる。
「ど、どうしよ…う。 誰…か。」
そう呟く椿の脳裏には、二人の幼馴染の顔が浮かんだ。
その時、後ろから声を掛けられた。
椿は振り返り、訳を話すと、その人達は一通りのある所まで連れて行ってくれるという。それを聞き、安心して、お礼を言い、彼らの後ろについていく。
その現状を椿の前を歩く異国人二人は互いに頷き合い、微笑を浮かべた…。
椿の嫉妬は可愛らしいな。 でも危ない。