貴臣との婚約がほぼ決まり、椿は自分の想いが叶う事に幸せを感じていた。まだ正式に婚約を交わしていないが、二人が両想いなのは明白で、実質的にはもう婚約しているも同然。椿は次に再会するときには、屋敷から出られるし、貴臣と二人きりにもなれる時間も取れるしで早くその日が来ないかと待ち遠しそうにしていた。
その椿の姿を間近で見守っている誠斗は窓枠に腰を落とし、今日の駄菓子を頬張っていた。時々、溜息を落とすが、温かい眼差しで幸せそうな椿の笑顔と仕草を見て、微笑ましく思っていた。
今、椿と誠斗は屋敷の中でも一際広い部屋の書物室にいた。
ここには、異国から入ってきた文化や伝統を記した書物、異国の御伽噺、日本各地から仕入れた書物がぎっしりと本棚に所狭しと言わんばかりに収納されているのだ。
そんな場所になぜ二人がいるのかというと、椿が今日の稽古を終えた際、誠斗を連れてきて、棚から目的の本を取り出し、読み始めたからだ。ちなみに誠斗はここにある本は全て読んだため、暇つぶしで窓枠に座って、足を置き、休憩しながら、椿の読書を待っているのだった。
しかし、読書をしながらも椿は度々誠斗の表情を窺うために、広げた本から顔を覗かせたり、隠したりとして見つめてくるので、誠斗はさっきから視線が気になって、落ち着いて、眠れなかった。
椿が草むらに隠れながら、様子を窺う小動物のように見えて、可愛くて目が離せないからだ。
もうしばらく見ていたい気もするが、稽古が終わってからそわそわしている椿が気になっていたのもあり、己の欲求を抑え、椿に気を掛ける。
「お嬢、さっきから落ち着かないような雰囲気ですけど、どうしたんですか?」
「え!? べ、別に、何もないわ!!」
まさか見透かされているとは思っていなかったのか、誠斗に指摘され、はぐらかそうと言葉が力む。
その動きがますます怪しく感じ取った誠斗は窓から離れ、椿の向かい側の椅子に座る。
「何もないなら、俺に隠し事はないはずですよね?
だったら、なんで挙動不審なのか教えてもらえますかね、お嬢?」
「か、隠し事も何も誠斗にいう事なんて別にないわよ…!」
追究を止めない誠斗の視線に耐えられず、椿は顔を背ける。眉を上げ、不自然な椿の心象に理解できない誠斗は椿がさっきから読んでいる本に視線を落とす。それを横目で見ていた椿は慌てて背中に本を隠す。
「やっぱり、俺に隠してますよね?あからさまに本を隠しましたし。」
「これは、まだ私が読んでいるんだから、続きを見られたくなかっただけよ!!私がどんな本を読んでいようと私の勝手でしょ!?」
目をぐるぐると回しながら、明らかに言い訳をしている椿に誠斗が何かを言おうとした時、書物室のドアが開く。
突然開いたドアに二人は視線を向けると、開いたドアには司が立っていた。
「司様、確か仕事の書類整理で今日はずっと書斎室にいらっしゃるとお聞きしていましたが?」
「お父様?どうしてここへ?」
二人とも頭に疑問を浮かべ、司に質問する。司はその質問にはすぐに答えず、苦笑する。
それから廊下に誰もいないかを確認し、ドアを閉める。そして椿の元へ歩み寄る。誠斗は既に司が現れた時から椅子から立ち上がって、椿の斜め後ろで控えている。
「ああ、誠斗、楽にしていてもいい。今から椿に言わないといけない事があるから。」
距離を取ってほしいと命令の裏の意味を理解した誠斗はまた窓枠に足を組んで座り、外の景色を見ながら、司達に耳を傾ける。
「椿、実はお前に言っておかないといけない事がある。」
「何?お父様。もしかして貴臣との婚約の事!!?お父様も喜んでくれているのね!!わざわざ祝いの言葉を言いに来てくれたの!?」
苦笑を漏らしながら、椿を愛おしそうに、そして悲しそうに見つめる司。その表情を見て、椿は浮かれかけた気持ちが収まっていく。
「椿…、愛しい私の娘だから、私は言っておく…。
貴臣君との婚約は私は反対だ…。貴臣君を椿の夫とする訳にはいかない…!それは既に決定事項なのだ。だから、貴臣君との婚約はあきらめなさい・・・。」
衝撃的な告白が司の口から発せられ、椿は理解できないという顔で司を見つめる。何か言おうとするが、あまりにも驚愕すぎて、言葉が出てこない…。
椿たちの会話に耳を傾けていた誠斗も驚いて、勢いよく振り向く。
温厚で、貴臣の事を可愛がっていた司が椿と貴臣との婚約に異を唱えたのだ。
貴臣が椿を大事にしている事はこれまでの付き合いで知っているはずなのに、司は認めないと言い出した。
「……お父様…、何かの冗談ですわよね? お父様は貴臣を息子同然のように可愛がっていましたわ…!
「これは冗談ではない。私は…この婚約は断固として認めない…!!だから、もう一度言っておく。あきらめなさい…!」
司からの信じられない言い分に椿は涙を流し、嫌だと首を横に振る。
「い、嫌ですわ…!! 私は、貴臣の事が…好きですわ!! 愛してます!!
私は貴臣の妻になりたいのです!お父様っ!!」
「椿が貴臣君の事を慕っているのは気付いていた。貴臣君も勉強家で私も好きだった…。しかし、それとこれとは話は別なのだよ、椿。」
どうしても認めない司に椿は声を荒げて、理由を問う。
「どうして…?どうしてなのですか!!? 私が貴臣といてはいけないと仰る理由が分かりませんわ!! 私は絶対に貴臣と結婚したいのです!!」
「結婚は認められない。 なぜかといったね、椿?私は椿をずっと大事に育ててきたし、幸せになってもらいたいと思っている。」
「でしたら、貴臣との婚約を認めてくれても…」
「だから、椿が幸せになるには貴臣君との結婚など認められないのだよ…!!
貴臣君と結婚すれば、椿…!お前は確実に不幸になる…!!私は愛しい私の愛娘であるお前を守るためにこう言っているんだ…!!」
司は椿に近づき、椿の肩に手を置き、真剣な眼差しで椿に語りかける。
肩に置かれた手は小刻みに震えていた。
―――――まるで、何かに怯えているかのように…。
無言になった椿を司は必死に説得する気持ちが伝わったと思った。しかし、すぐに理解できるほどのものじゃないし、女の気持ちから言うと、こうなる事は必然で…
「そんな事、何で勝手に決めつけるの!!? 結局はお父様が私と貴臣との結婚がゆるせないだけでしょ!私の幸せを願っているなら、貴臣との結婚が私の幸せそのものですわ!!それを認めないお父様なんて大嫌いですっ!!」
そう言って、持っていた本を司に投げた椿はそのまま書物室を後にし、駆けて行った。
今までの一部始終を見ていた誠斗は椿が投げて、司の傍に落ちた本を拾い、タイトルが載っている表紙を見る。
その本は、『好きな人へ贈るお菓子作り』と書かれた洋菓子・和菓子のレシピ本だった。
七夕に向けて機能に投稿したかった~!!
でも、登校時間ぎりぎりで出来上がりそうだったのに、投稿文が消えるというまさかのアクシデント。
ふざけるな~~!!
しくしく、バックアップも中途半端だったし…。
椿、一緒に泣こうぜ!!うわ~~ん!!